Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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漢の喧嘩
彼の距離


宇宙に浮かぶ一隻の宇宙船。そのブリッジに座る男に船員が報告を行なっていた。

 

「以上のことから、プリンセスは行方不明となっているとのことです」

 

「なるほどな…まぁ、プリンセスとはいえまだ子供。向こう見ずな行動も若気の至りってやつか」

 

堂々とシートに座る男と、背筋を伸ばして立つ側近と思われる船員。その光景だけでも上下関係が窺えた。

 

「如何致しましょうか」

 

男は深く腰掛け、思考を巡らせる。まだ大々的に広まってはいないものの、この話が宇宙全体に知れ渡るのは時間の問題だろう。そんな中で逸早くこの話を知れたのは幸運だったかもしれない。

 

「特に大きな予定があるわけでもない、俺達も探索に参加してみるか。仮に見つけられればプリンセスと結婚とまではいかなくとも、デビルークに大きな借りを作ることは出来る。それなりの謝礼ぐらいは与えられるだろうよ」

 

「かしこまりました。して、まず何処から?」

 

「そういえば、少し前にエクレル星人が捕まったという惑星があったよな?あれは何処だったか…」

 

そこで側近がコンピューターのような機材の前に座る船員に視線を向けると、その船員がこちらに振り向く。

 

「出ました、太陽系第三惑星。名称は地球だそうです」

 

「地球か、ならそこにするか」

 

「何かお考えが?」

 

そこで男は笑顔を浮かべる。

 

「文字通り候補なんざ星の数ほどある。何処にするかのきっかけが欲しかっただけだ」

 

「それに、その地球という星にもそれなりに興味がある」

 

シートから立ち上がると、男は目の前を指さした。

 

「というわけだ。これより目的地は地球、発進しろ」

 

「ハラート様の仰せの通りに」

 

 

 

 

 

 

夏休みも終わりを迎え、新学期がやってきた麻帆良学園。9月になったことで僅かにではあるが気温も落ち着き始めていた。とは言ったものの、やはり長期休暇明け。生徒たちの顔は憂鬱そうであった。

 

「あぁ~…いよいよ終わっちゃったなぁ夏休み」

 

「蒔ちゃん、昨日も同じようなこと言ってたよ」

 

新学期初日の1年B組で机にうつ伏せになりながら呟く楓を見て、横にいた由紀香は苦笑いを浮かべる。夏休み最終日にいつもの三人で遊びに行ったのだが、そこでも楓は終わる夏休みを憂いていた。

 

「だってさぁ…この夏休みは特に事件も起こんなかったし、平和だったから余計になぁ」

 

「確かにこの期間大きな事件は起きなかったな。蒔の字がフラグを立てていたから、何か起きると思っていたんだが」

 

「私の発言一つでそんなことになってたまるか」

 

実際は麻帆良学園都市全体を巻き込んだ大事件が起きてはいたのだが、A組以外はその事を知らず、そもそも彼女達は学園都市内ではなく実家暮らしの為知らないのは当然であった。

 

「このまま何にも起きなきゃいいんだけど」

 

「今のは間違いなくフラグだぞ」

 

「だから怖い事言うなって…」

 

そんな話をしていると教室に祐が入ってくる。由紀香がそれに気が付くと挨拶をした。

 

「あ、逢襍佗君。おはよう」

 

「おはよう三枝さん。蒔寺さんと氷室さんも」

 

「おっす逢襍佗」

 

「ああ、おはよう」

 

挨拶を返しながら荷物を自分の机に置いた祐に、由紀香が続けて質問をする。

 

「逢襍佗君は夏休みどうだった?」

 

「いやぁ、忙しかったっていうか大変だったね色々と」

 

「なんかあったのか?」

 

「あったね」

 

「…何があったんだよ」

 

「そいつは教えられねぇな」

 

「何でだよ!」

 

相変わらずの二人のやり取りに、由紀香と鐘は学校が始まったんだなと感じていた。

 

「そんなに俺のことが知りたいのか蒔寺さん。じゃあ今日この後二人でどこか行きませんか?」

 

「は!?い、行くかバカ!絶対変なことする気だろ!」

 

「まぁ、あわよくばとは思いますよね?」

 

「お前最低だな!」

 

そこで今度は教室に春香がやってくる。祐がそちらに視線を向けているのを見て、楓は嫌な予感がした。

 

「あ、天海さんだ。よし、天海さんを誘うか」

 

「行かせるかこの性犯罪者!」

 

「今の会話を聞いていたら誘わせるわけにはいかんな」

 

「知らないのか?俺は障害は多い方が燃えるんだぜ?」

 

「こいつ夏休み中にパワーアップしてないか?」

 

次に教室に入ってきた凛は、楓と鐘に技を掛けられている祐を見てため息をつきながら席に着いた。

 

 

 

 

 

 

「さて、夏休みが終わって新学期が始まったわけだけど…」

 

「10月の終わりには学園祭があるのよね」

 

「戦争が始まるわけだ…」

 

A組の教室ではカーテンを閉めて電気を消し、暗くした状態でシリアスな雰囲気を作っていた。それに乗る者とまた始まったと呆れる者、我関せずの者といつもの3パターンに別れている。

 

「今年の出し物は何にするか。それが一番の問題ね」

 

「メイド喫茶は一昨年やっちゃったし」

 

「そして去年はお化け屋敷」

 

「う~ん、なかなか難しい問題だ」

 

一応は真剣に悩んではいるようだが、そんな大した問題だろうかと思えなくもない。

 

「学園祭か、もうそんな時期なのね」

 

「特におっきな行事やからねぇ。ウチも楽しみや」

 

麻帆良学園都市で行われる学園祭は他の学校とは一線を画した規模で行われる、文字通りのお祭りだ。三日間行われるこの行事は麻帆良を代表するイベントと言っても過言ではない。

 

「そもそも開催できるのかしら…」

 

「あはは…なんやかんやで夏休みも事件あったもんなぁ」

 

明日菜がそう心配するのも仕方がない。何せ祐が言ったのだ、まだまだ世界は落ち着かないと。

 

「まぁ、気持ちは分からないでもないけどさ。だからって学園生活を楽しめないってのは寂しいと思わない?」

 

明日菜達にそう言った和美は、楽しそうに会議を進めるA組の写真を撮っている。

 

「私的には学園生活も事件の方も、どっちも全力で臨んでいくつもりだけどね」

 

「逞しいわねあんた…」

 

「見習ってもいいわよ?」

 

「…考えとくわ」

 

そう言う明日菜ではあったが、少なからず和美のその考えは見習ってもいいかもしれないとは思っていた。和美本人にそう言えば調子に乗りそうなので口にはしないが、以前超にも言われた『この世界ではこれから何が起こるのか楽しむぐらいでなければ』という言葉に思うところがあったからだ。

 

「取り敢えず今日は学校午前までだし、この後カラオケで話し合おうか」

 

「そうだね」

 

「行きたいだけでしょ…」

 

話し合っていたハルナの発言に裕奈も賛成する。見習うとは言ったが、こうなれる自信は明日菜にはなかった。

 

「カラオケ、ちづ姉はどうする?」

 

「行きたいんだけど、今日は保育園のお手伝いがあるのよ」

 

「え、新学期初日から?」

 

夏美にそう答えた千鶴。彼女は日頃から保母のボランティアをしている。他人の世話をすることが好きで、年下の面倒を見るのもお手の物。まさに母性の塊と言っていいだろう。

 

「保育士さんが一人風邪をひいちゃったみたいでね?午前中までだしお手伝いしようと思って」

 

「は~、流石ちづ姉。頑張るねぇ」

 

「ふふ、私がやりたくてやってることだから」

 

人から見れば立派なことでも、千鶴からすればそれは自分が望んでしていること。決して楽ではないが、それ以上に彼女には得るものがあった。

 

 

 

 

 

 

新学期初日が終わり、千鶴はそのまま保育園へと向かう。入口に着くと園長が千鶴を笑顔で迎えた。

 

「こんにちは千鶴ちゃん。悪いわねぇ、新学期初日なのに」

 

「いえ、とんでもありません。困ったときはお互い様ですから」

 

「助かるわ、ほんと…千鶴ちゃんみたいな子がうちのをもらってくれればいいんだけど」

 

「もう園長先生、私まだ高校生ですよ?結婚とかまだまだ先の話です」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

少し拗ねたような表情を浮かべる千鶴に園長は笑う。落ち着いた性格と大人びた容姿を持つ千鶴はある意味それがコンプレックスでもあり、実年齢より年上に見えることを気にしていた。

 

「でも千鶴ちゃん優しくてきれいなんだから、彼氏くらいいるでしょ?」

 

「いませんよ。というか、いたこともありません」

 

「え~、周りの子達がよっぽど見る目がないのね」

 

何と返せばいいか分からず、千鶴は苦笑いを浮かべながら園長と保育園内に向かった。

 

制服から着替えた千鶴は園児たちの元へ向かう。すると千鶴を見つけた園児たちは彼女の元へと走って向かった。

 

「あ、千鶴先生だ!」

 

「お姉ちゃ~ん!」

 

「は~い、みんなこんにちわ」

 

笑顔で園児達を迎える千鶴。慈愛に満ちたその表情を世の男性が見ていれば、目を奪われていたに違いない。

 

「今日はなんで早いの~?」

 

「え~っとね、みんなに会いたくて早く来ちゃった」

 

「ほんと!?じゃあこれから毎日早く来て!」

 

「学校も行かなきゃならないから、ちょっと難しいかな…」

 

それから園児達と会話を続けていると、一人の園児が夏の思い出を話し始める。

 

「千鶴お姉ちゃん。この前ね、私帽子を川に落としちゃったの」

 

「あら大変、その後どうしたの?」

 

「なんかね、横からおっきなお兄ちゃんが走ってきて、川に入って帽子取ってくれたの」

 

「おっきなお兄ちゃん?」

 

「うん!凄いんだよそのお兄ちゃん!お洋服着たままビューンって泳いで帽子取ってくれたの!」

 

何故かはわからないが、その話から千鶴の脳内にはそのおっきなお兄ちゃんがある人物の姿で出てきた。まさかと思いながらも聞いてみる。

 

「ねぇ、そのお兄ちゃんてどんな人だった?」

 

「ん~とね…おっきくてお顔はおっかなかったけど、優しかったよ。帽子渡してくれた時もニコニコしてた」

 

聞けば聞くほど自分の知っている人物と被る。彼も背が高く、顔は怖めだがいつも笑顔で優しい人物だ。

 

「そのお兄ちゃんと何かお話しした?」

 

「ちょっとだけ。ありがとうって言ったらどういたしましてって言って、泳ぐの早いねって言ったら、えっと…なんだっけ?」

 

当時のことを思い出しているのだろう。頭を捻りながら体を揺らしている。

 

「思い出した!この程度の川の流れに負ける俺じゃねぇぜって言ってた!」

 

その言葉でほぼほぼ自分の予想は当たっているだろうと思えた。判断する要素として数は少ないが、自分のイメージとぴったり当てはまっている。

 

「そうなんだ、優しいお兄ちゃんでよかったね」

 

「うん!でもね、その後お兄ちゃんもう帽子ないのにまた川に入って泳いでたの。なんでかな?」

 

「な、なんでだろうね…?」

 

今ので確信した、そのお兄ちゃんは間違いなく逢襍佗祐だ。実際千鶴は正解である。

 

余談だが二度目の水泳を行っている際は「流せるもんなら流してみやがれ!」と言いながら川の流れに逆らって泳いでいた。何故また川に入ったのかは分からない。そもそも理由などないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「千鶴ちゃん、どうもありがとうね」

 

「いえ、それではまたお願いします」

 

「は~い。気を付けて帰ってね」

 

それから保育園でのボランティアを終え、千鶴は寮へと帰っていく。夕日が辺りを照らす時間帯、街の景色を眺めながらゆっくりと歩みを進めた。

 

並木道を通っていると、何やら猫の声が聞こえてくる。気になって声のする方に向かうと、そこには多くの猫に囲まれた状態でしゃがんでいる祐がいた。

 

どうやら猫たちにエサを与えているようだ。その姿に千鶴は微笑むと、静かに近づいた。

 

「こんにちは、逢襍佗君」

 

「んあ?おお、那波さんじゃないっすか!どうもどうも」

 

振り向いた祐は千鶴に笑顔を見せる。千鶴はそっと祐の横にしゃがんだ。

 

「この子達にいつもエサをあげてるの?」

 

「いや、偶にだよ。いつもは茶々丸がやってるんだけど、今日みたいに用事がある時とかは俺が代わってるんだ」

 

本日茶々丸は超と聡美による定期健診の日であった。それ以外にも祐の気まぐれで代わることもある。

 

「すっごく懐かれてるみたいね」

 

「エサ持ってるからじゃないかな?偶にしか来ないからね、久々に来ると誰だお前みたいな顔されるんだよ。あれ結構ショックなんだよね」

 

そう言って近くの猫に触る祐。そんな姿に千鶴は再び笑った。

 

「ねぇ、逢襍佗君。もしかしてなんだけど、この前小さい子の川に落ちた帽子を取ってあげたりした?」

 

「帽子?ああ、そんなことあったわ。俺が川に勝ったやつだ」

 

川に勝ったというのはよく分からないが、その返答に間違いないなと思った。やはり園児が話していたのは祐のことだ。

 

「今日ね、いつもお手伝いに行ってる保育園の子が話してくれたの。おっきなお兄ちゃんに帽子を取ってもらったって」

 

「そうなの?世間は狭いなぁ」

 

しみじみといったように呟いた祐は、猫たちがエサを食べ終えたのを確認して片付けを始めた。

 

「つか那波さん保育園の手伝いやってんの?凄いね」

 

「そんなことないわ、私小さい子の面倒見るの好きだもの」

 

「それが凄いんだよ。俺は誰にでも出来ることじゃないと思うな」

 

「そうかしら?」

 

エサを食べ終えたことで思い思いの行動をとる猫たちを眺めながら祐は答える。

 

「難しいよ、誰かの面倒を見るなんて。少なくとも俺は自分のことで手一杯だから」

 

千鶴は祐の顔を見つめる。祐は猫に視線を向けたままだ。

 

「自分で言うことじゃないけど、俺は自分勝手で自分が一番の人間なもんでね。誰かの為に何かをできる人って素直に凄いなって」

 

「逢襍佗君は優しいじゃない。この子達に対しても、帽子を取ってあげたのだってそうでしょ?」

 

「あれは見過ごしたら寝覚めが悪いからね。それに自分には無理そうだなって思ったら何もしないよ」

 

「この子達にエサをやってるのだって、ただ単に茶々丸に対していい恰好したいだけなのかも。動物は純粋に好きだけどね」

 

そこまで言って祐は立ち上がる。千鶴も同様に立ち上がると祐が視線をこちらに向けた。

 

「あ~ごめんね、こんなしょうもない話。笑えない自虐は人にするもんじゃないよね」

 

苦笑いを浮かべて頭を掻く祐。それはどこか反省しているようにも見えた。

 

「格好つけるのは程々にしておけって友達にも言われたし、気を付けないと」

 

千鶴は黙って祐を見つめる。そうした方が今はいい気がしたのだ。

 

「それじゃまたね那波さん。道中お気をつけて」

 

「ええ、ありがとう。逢襍佗君もね」

 

祐は笑うと、手を軽く上げて去っていく。千鶴は暫くその背中を見送った。

 

あやかを通じて祐という人物を見てきた。そんな千鶴は祐に対して感じていることがある。彼は誰にでも分け隔てなく接しているように見えて、ある一定のラインまでしか踏み込んでこないと。

 

あやかを始めとする幼馴染達にはそれをあまり感じない。当然と言えば当然のことなのかもしれないが、どうにも千鶴にはそれが気掛かりだった。

 

祐は確固たる自分のペースというものを持っている。それは良くも悪くも周りに影響を及ぼす。気が付けば彼を中心とした波が出来上がるのだ。

 

それは偏に彼の人柄がそうさせるのだろうと思ている。あやかも明日菜も、そしてA組のクラスメイトもなんだかんだ言いつつ彼という人物に惹かれているのだ。惹かれているというのは何も恋愛に限った話ではなく、一緒にいて楽しいと感じるものだったりもする。

 

だからこそ気になってしまう。なぜ祐が一歩周りと距離を置いているのか。自分の考え過ぎ、思い違いという事はあるかもしれない。だが千鶴にはどうもそうは思えなかった。

 

千鶴の好きなものはスローライフ・他人の世話・みんなといること。そして嫌いなものは孤独と、距離を置いた人間関係であった。

 

「くだらないことベラベラ喋り過ぎたな。那波さんの母性にでもやられたか?しょうもねぇ」

 

一人歩く祐は誰にも聞こえない声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

18時の大浴場には今日も多くの寮生達で溢れていた。その中には勿論A組もいる。

 

「は~…別になにしたってわけじゃないけど、やっぱり学校始まると疲れたって感じするわね」

 

「わかるわぁ、夏休みも後半は平和でのんびりやったもんねぇ」

 

「まったく、長期休みだからといってだらけ過ぎては後が大変だと言ったではありませんか」

 

洗い場で明日菜達幼馴染三人が隣り合って座っている。明日菜だけでなく、休み明けということもあってクラスメイト達の表情にも疲れが見えた気がした。

 

「はいはい、そうだったわね」

 

「明日菜~、お母さんの言うことはちゃんと聞かなあかんえ」

 

「誰がお母さんですか…」

 

木乃香は笑うとあることを思い立つ。

 

「いんちょがお母さんなら、ウチはお姉ちゃんで明日菜は妹やね」

 

「別になんでもいいけど何で私が妹なのよ…」

 

「明日菜が長女って言うのはなんかしっくりこんくて」

 

「木乃香が長女なのもしっくりこないわよ」

 

「じゃあ梨穂子ちゃんが長女やろか?」

 

「…それもしっくりこないわね」

 

木乃香に負けず劣らずのほんわか天然な梨穂子も長女というイメージは湧かなかった。それからいつの間にか幼馴染で誰がどのポジションかの話になる。

 

「一番上は純一君で次男がリト君って感じやね」

 

「それは何か分かる気がするわ。間違いなく純一は長男ね、実際そうだし」

 

「そうなると祐君はどこやろ?」

 

「祐?そうねぇ…どこだろ?」

 

「自由人ですからただの居候でいいのではないですか?」

 

「……しっくりきちゃったわ」

 

「なんや可愛そうやないかな…」

 

「あやかがお母さんなら逢襍佗君はお父さんじゃないかしら」

 

いきなり後ろからそう言ったのは千鶴で、その表情は何とも良い笑顔だった。

 

「千鶴さん!冗談はよしてください!祐さんと結婚なんて天地がひっくり返ってもあり得ませんわ!」

 

「あらそう?逢襍佗君といたら毎日楽しそうじゃないかしら」

 

「千鶴さんは祐のこと美化しすぎだって。祐って思ってる以上にまともじゃないんだから」

 

「明日菜さん、辛辣ね…」

 

幼馴染だからこその遠慮のなさといえばそれまでだが、それにしたってあんまりな発言に千鶴は苦笑した。

 

「いやいや明日菜、女ってのはまともじゃない、もしくは危険な男に惹かれるもんなのよ」

 

「それはあんたの好みでしょ」

 

会話に入ってきたハルナにそう返す。人の趣味にどうこう言うつもりはないが、明日菜の好きなタイプは渋いおじさまなので分かり合えそうになかった。すると今度は和美が参加してくる。

 

「でも私は分かるな。どこかミステリアスで底の知れない感じとか結構惹かれるわ」

 

「パルもそうだけど、朝倉も特殊なのよ」

 

「「明日菜には言われたくない」」

 

「悪かったわね!」

 

「先に言っておくけど委員長もだからね」

 

「何故ですか!」

 

本人達はそうは思っていないだろうが、明日菜もあやかも好みのタイプがとても一般的とは言えないので致し方ない。

 

「木乃香さんはどうなの?好みの男性のタイプとか」

 

「ウチ?う~ん…考えたことないかも」

 

千鶴に聞かれた木乃香は視線を上に向けて考え始める。周りは気付いていないが刹那がこっそり聞き耳を立てており、真名はいじりはしなかったが呆れてはいた。

 

「じゃあ逢襍佗君はどうなのかしら」

 

「祐君?ウチ祐君は好きやで?」

 

何気なく放った一言は、先程まで賑やかだった大浴場を一瞬で静寂に包む。不思議に思って木乃香が辺りを見回すと、大浴場にいるA組の全員が木乃香を見ていた。

 

「あれ、みんなどうしたん?」

 

「ちょっとちょっと木乃香!あんたまさか!」

 

「敵襲!敵襲よ~!」

 

「何がですか…」

 

あれよあれよという間に木乃香が囲まれる。全員が鼻息荒く詰め寄るので木乃香は若干恐怖を感じていた。

 

「木乃香は逢襍佗君が好きなの!?」

 

「え?うん、明日菜もいんちょも祐君好きやろ?」

 

『マジっ!?』

 

超ド級の流れ弾が飛んできて明日菜とあやかは思わず白目をむいてしまった。

 

「なんてこった!これはとんでもないことよ!」

 

「修羅場だ!修羅場がきた!」

 

「まさかの四角関係!?」

 

意識を取り戻した明日菜とあやかが急いで訂正に入る。

 

「んなわけないでしょ!誰が好きになるか!」

 

「とんでもない濡れ衣ですわ!」

 

「言い訳するなって!素直になれよ!神は見ています!」

 

「美空うるさい!てか前もこんなことなかったっけ⁉︎」

 

一瞬でお祭り騒ぎになる大浴場。話題が話題なので半ば狂乱と化している。

 

「木乃香が言ってる好きも人としてってことでしょ!そうよね!?」

 

「え?…あっ、そういうことかぁ」

 

そこで木乃香は自分が言ったことを周りがどう受け取ったのか気が付いて顔を赤くした。

 

「お、お嬢様!まだ私達は高校生です!将来の相手を決めるのは些か早計ではないかと!」

 

「桜咲さんが暴走してる!?」

 

「面白そうネ!私も参加させてもらおうカ!」

 

「頭のいいバカがきた!?」

 

「上等じゃない!私だってやってやるわよ!」

 

「なんでハルナまで…」

 

「この場とお湯の熱にやられたのではないでしょうか…」

 

「出席番号17番!椎名桜子!せっかくだから参加します!」

 

「せっかくとは」

 

「拙者は出席番号20番!長瀬楓でござる!」

 

「ただの自己紹介じゃねぇか!」

 

「好きな技は鉄山靠(てつざんこう)アル!」

 

「聞いとらんわ!」

 

そのまま騒動は暫く収まることなく続く。悪いことをしてしまったと思う反面、これだけ周りに想われていながら、周りと距離を取っているように感じる祐が千鶴は気になっていた。

一番好きな章は?

  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり
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