Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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厄介な告白

宇宙船のデッキにて多くの船員が整列している。その服装は制服から戦闘服のようなものまで様々だった。

 

彼らの目線は正面の台に向けられており、そこに向けてハラートが歩いてくる。数段の階段を登って台の上に立つと、船員達が敬礼をした。軽く敬礼を返すとハラートは口を開く。

 

「さて諸君。昨日伝えた通り、俺は本日彼女に思いの丈をぶつける」

 

ハラートの後ろの空間に大きな画像が浮かび上がる。写っているのは千鶴の写真だ。

 

「とはいえ突然のことだ、彼女にも考える時間は必要だろう。今日は本格的に俺のこと、そして俺の気持ちを知ってもらう程度で済ませるつもりではある」

 

「今後のことだが、俺の想いに応えてくれるならばそれで良し。応えてくれないのならば、応えてくれるようにするまで。もしもの事態が起こる可能性もある、諸君らもその心持ちでいてくれ。以上だ」

 

再び敬礼をする船員にハラートは頷くと台を降りる。その顔は決意で満ちていた。

 

 

 

 

 

 

早朝の時間帯に目を覚ました夏美は、ベットから起き上がりリビングへと向かう。いつもであればそこには朝食を用意している千鶴がいるのだが、今日は見当たらない。珍しいこともあるものだと思いながら、顔を洗う為に洗面台へと進んだ。

 

洗面台から戻ると、そこにはあやかと少し慌て気味の千鶴がいた。

 

「おはよう二人とも」

 

「おはようございます夏美さん」

 

「おはよう夏美ちゃん、朝ごはん少し待ってて」

 

登校時間までは充分時間があるので問題ないが、いつもより起きる時間が遅かったことが気になった夏美はそのことを聞く。

 

「ちづ姉今日はちょっと遅かったよね、どうかしたの?」

 

聞かれた千鶴は悩んでいるように見えた。正確には言おうか言わまいか迷っていると言ったところか。それにあやかも気付いた。

 

「千鶴さん、もしかして何かあったのですか?」

 

「あったと思うんだけど、なんて言ったらいいのかしら…」

 

「まさか、また夢でどうこうとかじゃ…」

 

「夢ではないと思うわ。ただ、余りにも突拍子もないことだったから」

 

「…話していただけませんか?そのこと」

 

「あやか?」

 

真剣な表情を向けられ、千鶴は不思議に思った。

 

「どんな小さなことでも、気になったことがあるのなら話してくださいな。近頃、何が起こっても不思議ではありませんもの」

 

先程とは違い、優しい表情になるあやか。それを見て千鶴は夜に起きたことを話すことにした。

 

「…そうね、正確な時間はわからないんだけど」

 

 

 

 

 

 

「おいっす祐、早いな」

 

「おう、正吉。なんか今日はそんな気分でね」

 

生徒達が教室へと集まり始めるB組で、既に席に着いていた祐に挨拶をする。正吉が窓から外を見ると、今日も今日とて麻帆良学園は賑やかだった。

 

「相変わらずここは朝から賑やかだねぇ」

 

「良いことじゃない、朝から元気なのはさ」

 

「まぁ、違いねぇな」

 

その後も世間話を続けていると、気が付けばクラスの大半が集まっていた。今日も一日学園生活が始まる。しかし、今日に限ってはいつも通りのとはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

明日菜達が教室に着くと、クラスメイトが一箇所に固まっている。気になってそちらに向かうと、中心にいたのは千鶴だった。意外な人物に首を傾げながら、近くにいた美砂に話し掛ける。

 

「おはよ美砂。何かあったの?」

 

「ああ、おはよう明日菜。それがさ…千鶴が不思議体験したらしいのよ」

 

「不思議体験?」

 

正直言ってそれだけで嫌な予感がするが、だからこそ続きを聞く必要がある。明日菜が話を聞こうとすると、風香が千鶴と話しているところだった。

 

「じゃあ千鶴の部屋にいきなり出てきたってこと?その変なのは」

 

「ええ。緑色の光が見えたと思ったら急にそこから出てきて…」

 

「そんで花を渡されたと」

 

「そうね」

 

「ヤバイやつじゃん」

 

「お姉ちゃん、はっきり言い過ぎだよ…」

 

そこだけ聞いても内容はまるでわからないが、厄介事だというのは理解できてしまう。それが明日菜をなんとも言えない気持ちにさせた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、出席取るわよ」

 

朝の挨拶を終え、麻耶が出席を取り始める。出席番号が最初の方の祐と春香は、名前を呼ばれた後に小声で世間話をしていた。

 

「今日はちょっと涼しいよね」

 

「だね。これからどんどん寒くなっていくと思うと心が躍るよ」

 

「逢襍佗君、寒いの好きって言ってたもんね」

 

「そうなんすよ。やっぱり冬こそ至高の季節だと思うんだ」

 

楽しそうに語る祐に春香は笑った。

 

「じゃあ12月のスキースノボー教室は楽しみだね!」

 

「勿論!早く雪まみれになりたい」

 

「あれって雪まみれになるスポーツだったっけ…?」

 

春香が疑問を浮かべていると、祐が窓の方を向いていることに気が付く。そちらをじっと見つめる祐を不思議に思い、小さく声を掛けた。

 

「逢襍佗君?」

 

(敵意は無いのか…何の用だ)

 

変わらず外を見つめたままの祐の顔を覗き込もうとすると、窓際の席にいる正吉が声を出した。

 

「は?なんだあれ…」

 

 

 

 

 

 

同時刻のA組。タカミチは別件で少し遅れている為、ネギが出席を取ろうとクラス名簿を開く。まず出席番号一番のさよの名前を呼んだ。

 

「相坂さよさん」

 

「……あの、ネギ先生」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

名簿からさよに視線を向けると、さよの視線は外に向けられていた。それにネギが首を傾げていると、さよがゆっくりと外を指さす。

 

「私が知らないだけかもしれないんですけど、あれって麻帆良のものだったりしますか?」

 

その発言に逸早く反応した隣の席の和美がさよの指をなぞって外を見ると、その表情を驚きで染めた。

 

「うおっ!なにあれ!?」

 

和美のリアクションにA組のほとんどが窓に寄って外を見ると、驚きの声を上げる。そこには上空に浮かぶ、大型の船と思われる物体が現れていた。

 

 

 

 

 

 

「いや、なんだよあれ!?」

 

B組でも正吉の発言から生徒達が視線を向けると同じように空飛ぶ船が目に留まる。窓から上半身をのり出している楓が思わず大きな声を出した。それは周りだけでなく、この学園で同じ光景を見ている全員の総意であった。

 

「何ということだ。ここに来て蒔がフラグを回収してしまうとは」

 

「私か!?私のせいなのか!?」

 

「船が空飛んでる…」

 

外見から何処か近未来的な雰囲気を醸し出す船は、音もなくその場で留まり続けていた。学園全体がその存在に気付いたのか、教室外からも声が聞こえ始めている。純一がそこで祐に視線を向けると、窓から少し離れたところで腕を組み、じっと船を見つめていた。静かに祐に近寄ると耳元で話し掛ける。

 

「祐、あれって…」

 

「たぶんだけどこの星のやつじゃない。別次元かどうかまでは分からないけど…宇宙から来たな」

 

「宇宙からって…じゃあ、あれは宇宙船ってこと?」

 

「そんな気がする」

 

「まさか侵略に来たんじゃ」

 

「敵意はまだ感じない。迂闊なことは出来ないな」

 

 

 

 

 

 

「よし、どうやら掴みは悪くないみたいだな」

 

「はい。あの場所にいる全員がこちらに釘付けかと」

 

ブリッジから自身の宇宙船を驚愕の表情で見つめる地球人の姿に気を良くしつつ、ハラートは気合を入れ直す。

 

「さて、それではそろそろ行くか。彼女の元へ」

 

マントを翻し、デッキに向かうハラート。彼がその場に着くと、既に大勢の船員が列を作って待機していた。

 

 

 

 

 

 

職員達が動き始めた頃、宇宙船も動きを見せる。宇宙船の丁度下に位置するグラウンドに緑の光が船から発射された。それを見ていた千鶴が反応する。

 

「あの光…」

 

「緑色の光って、まさか…」

 

話を聞いていたA組も、もしやと考える。そうしていると光が晴れ、その場には軍人のような恰好をした団体が整列していた。その姿にざわめき始める学園。すると少し遅れて再び緑色の光が現れる。

 

その場に現れた人物を見て千鶴が目を見開く。自分の記憶違いでなければ、その人物は昨日花を突然渡してきた人物だった。

 

「千鶴さんがその反応をするってことは…」

 

「あれが噂の男ってことね」

 

千鶴の表情を見た明日菜と美砂が、言いながら現れた男に視線を戻す。少し離れているので詳しいことはわからないが、その姿は随分と堂々としているように感じられた。

 

ハラートは辺りを見渡すと、校舎に向けて歩き出す。すると少し先から何人かがこちらに向かってくるのが見えた。それはタカミチを始めとした麻帆良学園の魔法教師達である。

 

「失礼、そこで止まってくれるかな?」

 

タカミチからの言葉にハラートは素直に従う。取り敢えず言葉は通じるようだと判断し、そのまま会話をすることにした。

 

「いきなりだけど、この場所は関係者以外立ち入り禁止なんだ。まずそれを理解してもらいたい」

 

「なるほど、そうだったか。それは失礼した、無礼を詫びよう」

 

軽く頭を下げるハラート。想像とは違った対応に、他の魔法教師達は困惑していた。その中でタカミチはあくまで冷静に続ける。

 

「質問ばかりで申し訳ないけど、君達が何者で何の為にこの場に来たのか聞かせてもらいたい」

 

「ああ、いいだろう」

 

タカミチ達に笑顔を見せ、ハラートは話し始める。その姿に一切の緊張は見て取れなかった。

 

「俺の名はハラート。この星、地球から遠く離れたブライト星の王子だ」

 

ハラートの発言に、誰が発したのか息を吞む音が聞こえる。タカミチの顔つきは僅かにだが変わった。

 

「この星からすれば、君達は宇宙人…ということだね?」

 

「そうなるな。そして俺達…いや、俺の目的だが。この星と事を構えるなどといったものではない。言ってしまえば、超個人的な目的だ」

 

目的が物騒なものでないのならそれに越したことはないが、ではその目的とは何なのか。それを聞こうとしたところで、その内容はハラート自身から語られた。

 

「俺の目的はただ一つ。それは、運命の相手に俺の想いを伝えることだ!」

 

熱意のこもった言葉だったが、聞いていたタカミチ達は思わず固まってしまう。いくら何でもこれは想定外すぎた。

 

「う、運命の相手かい…?」

 

「その通りだ。俺は彼女の名前も知らなければどんな人物かも知らない。知っているのは顔だけだが、それだけでもわかっていることがある。彼女こそ、俺の運命の相手だということだ」

 

熱く語りだしたハラート。どうもこちらに話しているようで、自分の世界に浸っているのではないかと感じてしまう。

 

「今日俺は彼女に想いを伝えに来た。ここにその彼女がいるのは間違いない。画像を見せよう」

 

ハラートが指を鳴らすと宇宙船から画像が映し出される。それを見てタカミチは頭を抱えたくなった。何せ映し出されたのは自分の受け持つ生徒、那波千鶴だったからである。

 

「でっかい千鶴の写真だ!?」

 

「なんてシュールな光景…」

 

その光景を見ていたA組も反応せざるを得ない。何故画像が出たのかは教室にいる生徒達には分からないが、千鶴は妙に恥ずかしく、赤くした顔を手で覆ってしまった。

 

「ちづ姉がやられた!」

 

「こりゃレアだね」

 

「言ってる場合か!」

 

A組だけでなく、他のクラスも先程とは別の理由で騒がしくなる。

 

「あれってA組の子だよね…?」

 

「ああ…関係者なのか?」

 

「会話までは聞こえないから、まるで話が見えんな」

 

「何が目的なんだあいつ?ん、遠坂どうした?」

 

「はぁ…もうイヤ…」

 

由紀香達が話している後ろで祐は頭を掻いていた。能力を使用して会話を聞いていたが、何とも面倒なことになった。質が悪いと言うべきだろうか、正直今はまだどうしていいか判断がつかない。これでも歳の割には色々な事を経験してきた自負はあるが、こんなことは初めてだ。

 

周りの困惑もなんのその。ハラートは再び指を鳴らす。するとどういう仕組みかは分からないが、スピーカーを通した様にハラートの声が学園内に響き渡った。

 

「運命の人よ!約束通り俺は会いに来た!この声が聞こえているのなら、俺にその姿を見せてくれ!」

 

『運命の人!?』

 

学園中から驚きの声が上がる。千鶴は生まれてきて、今が一番恥ずかしかった。その羞恥心に押しつぶされるかの如く、身体を縮こませる。

 

「ああ!ちづ姉がどんどん小さくなっていく!」

 

「千鶴さん!お気を確かに!お気持ちはお察ししますが…」

 

「でもやっぱり目的は千鶴ってことよね」

 

「こんだけ大々的にしてたらそうでしょうね」

 

美砂に和美が同意する。しかし困った。このままあの男を放置するわけにもいかないが、千鶴はここに居ますよなどと言うわけにもいかない。全員が頭を悩ませていると、決意をした表情で千鶴が立ち上がった。顔は赤いままだが。

 

「ちづ姉?」

 

「大丈夫よ夏美ちゃん。ちょっと行ってくるわ」

 

「ま、待ってください那波さん!」

 

教室から出ていこうとする千鶴の前にネギが立ちふさがった。

 

「何を仰るかと思えば!危険ですわ!」

 

「そうだよ!あの人危ない人かもしれないんだよ!?」

 

あやかと夏美も必死で千鶴を止めようとする。それは他のクラスメイトも同様だった。今千鶴をあの男の前に行かせるのはいい案とは思えない。

 

「あの人が来た目的は私のようだし、このままずっと隠れているわけにはいかないわ。それに今日だけ凌いだって意味ないもの」

 

「それはそうかもしれないけど…」

 

「行かせてやれ、このままにしていても埒が明かん」

 

「そんな、龍宮さんまで!?」

 

夏美が真名に詰め寄るが、真名は冷静に返す。

 

「那波の言う通りだ。今あいつを帰せてもそれで諦めるとは思えん。寧ろ監視の目がある今の内に話を付けるべきだと思うが?」

 

反論したいが上手く言葉が出ず、夏美は強く拳を握る。真名はため息をつくと夏美の肩に手を置いて、千鶴を見た。

 

「那波、行くなら私も同行しよう。それなりに護衛の役目は果たせるつもりだ。刹那」

 

真名が呼ぶと、刹那は頷きながら応える。

 

「ああ、無論だ。私も同行します、那波さん」

 

「真名さん、刹那さん」

 

「僕も行きます!教師として、生徒を守る責任があります!」

 

「ネギ先生まで…」

 

悩んでいる顔をするが、少しして意思は決まったようだ。

 

「ええ、ありがとうみんな。それじゃ、お願いしようかしら」

 

それを見て明日菜も同行する為名乗り出ようとするが、楓が明日菜の肩に手を置いた。

 

「明日菜殿、気持ちはわかるが最初から大勢で行くのも得策とは言えぬ。我々はいざとなれば出陣するでござるよ」

 

「楓ちゃん…でも…」

 

「心配召されるな、真名も刹那もプロでござる。それに、あの場には高畑先生もいるではござらんか」

 

完全に納得したわけではないが、明日菜は渋々頷く。楓は笑顔で頷き返した。

 

「ちづ姉…」

 

「心配しないで夏美。危ないことするつもりなら、深夜会った時に出来たはずよ。あの人が話したいと思ってるなら、まずはちゃんと話してみないと」

 

表情を暗くする夏美の頬に両手で触れる。夏美が千鶴を見ると、その表情は優しく微笑んでいた。

 

「何かあったらみんなが守ってくれるみたいだし、大船に乗ったつもりで行ってくるわ」

 

「…分かった。気を付けてね…」

 

頷く千鶴。あやかは真名と刹那、そしてネギを見た。

 

「千鶴さんをお願いしますわ。皆さんもどうかお気を付けて」

 

「お任せを」

 

「那波の無事は約束しよう」

 

「はい、絶対に那波さんに怪我はさせませんから!」

 

三人が囲む形で千鶴は教室を後にする。その背中を見送りながら、まき絵が思い出した様に呟いた。

 

「龍宮さんと桜咲さんは強いの知ってるけど、ネギ君は大丈夫なのかな?」

 

「大丈夫だよ!だって夢の中で戦ってたし!」

 

桜子がそう返すが、円が微妙な顔をする。

 

「でもあれ、夢の中だからって言ってなかった?」

 

静まり返る教室。一目散に駆け出したあやかを偶然にも祐の秘密を知るメンバーが間一髪で止める。

 

「離してください!ネギ先生を連れて帰らねば!」

 

「刹那さん達もいるから大丈夫だって!」

 

「今行くとややこしくなりそうやし、いんちょは大人しくしとこうな?」

 

「そうよいいんちょ!行っても邪魔だから!」

 

「誰が邪魔ですか!」

 

「パル!余計なこと言わない!事実だけど!」

 

「聞こえてますわよ朝倉さん!」

 

「委員長さん!深呼吸ですよ!ヒッ・ヒッ・フー!」

 

「それはラマーズ法です!」

 

「なんかあのメンバー前より仲良くなってない?」

 

「そう?前からあんなもんだったでしょ」

 

 

 

 

 

 

困惑の感情は未だ消えないが、タカミチは何とか気を取り直してハラートに話し掛ける。

 

「え~っと、その子に想いを伝えるっていうのはいったい…」

 

「そのままの意味だ。この俺の滾る想いを彼女に伝える、その為に俺は来たのだ。俗にいう愛の告白というやつだ」

 

今まで対処してきた事件とは別の方向で厄介だとタカミチは頭を悩ませた。あちら側が一応話し合いを求めている以上、こちら側から手を出すようなことをしていい筈がない。かと言って千鶴を出す訳にもいかない。

 

何とか案を出そうとしていると足音が聞こえてきた。そちらに目を向けると流石にタカミチも驚く。ネギ・刹那・真名が庇う様に歩く一歩後ろに千鶴がいたからだ。

 

「千鶴君…」

 

「すみません高畑先生。でも、こうしないと話が進まないと思いまして」

 

申し訳なさそうに口にする千鶴。タカミチはその姿に頭を掻いた。対して遂に待ち人に出会えたハラートは喜び一色である。

 

「おお…やっと出会えたな」

 

一歩前に出る千鶴。ネギ達は双方の目線は遮らずとも、千鶴の前からは移動しなかった。

 

「どうも。私に用事があるようですが」

 

「ああ、そうとも。俺は君に会いに来たんだ、伝えたいことがあってな。改めて自己紹介しよう、俺はハラート。ブライト星人にしてブライト星の王子だ」

 

ハラート達の声は学園中に響いたままなので、学園からどよめきが起こる。その容姿は人間と違いが無いように見えるが、目の前の船といいその印象的な服装といい、宇宙人であってもおかしくはないと思えた。

 

「おいおい…あいつ宇宙人なのかよ…」

 

「本物初めて見たわ…」

 

教室から覗く正吉と薫が呆気に取られながら口にする。祐は黙って見つめており、純一はそれを見て一人ハラハラしていた。もしかすると場合によっては祐が動くのではないかと気が気でないのだ。

 

「是非、君の名前を教えて欲しい」

 

「那波千鶴と申します」

 

「ナバチヅルか…素晴らしい名前だ」

 

「ありがとうございます」

 

当たり障りのない会話をする二人に反して、周りの緊張感は次第に高まっていく。何かあればすぐに動けるようにと、身体は準備を終わらせていた。

 

「それでハラートさん、私にお話とはなんでしょう?」

 

「おっと、そうだった。俺としたことが忘れていたよ。では、ナバチズル…君に伝えよう」

 

ハラートのその一言に学園中が固唾を呑んだ。辺りを包む緊張感は最大限に達したと言っていいだろう。

 

「君に惚れた。俺の嫁になってくれ!」

 

ハラートが思いの丈をぶつけても、変わらず静寂が続いていた。それは単純に聞いていた者達が、今の状況についていけていなかったからだ。しかし時が止まったかのような状況は、やがて大きく変化する。

 

『ええ~~~!!!!』

 

一帯を揺らすように声が響き渡る。長い歴史の中で、これほどまでに麻帆良学園全体がシンクロしたことはないだろう。

 

「まさかのプロポーズかよ!?」

 

「星を超えた恋ってか!?」

 

「てかあの人誰なんだよ!」

 

「どっかの星の王子って言ってたろ」

 

「そういうことじゃねぇんだよ!」

 

至る所から驚愕の声が聞こえてくる。渦中にいる千鶴も当然驚きの表情だ。何せハラートとは碌な面識もない。

 

「あの…私が忘れていたら申し訳ないのですが、以前どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」

 

「いや、ない。昨日の夜が初対面だ」

 

平然と言ってのけるハラートに更に困惑する。ほぼ初対面の相手に結婚を申し込まれれば、誰でもそうなるだろう。

 

「会ったばかりの相手に結婚を申し込んだのかこいつは…」

 

「出会った月日など関係ない。確かに感じたのさ、チヅルこそ俺の運命の相手だと…それが全てだ」

 

呆れた表情の真名にも悠然とした態度を崩さないハラート。なるほど、星の王子を名乗るだけのことはある。確かに大物だ、面倒なことこの上ないと真名は思った。

 

「それにしたって少し急すぎませんか…?」

 

「思ったら即行動に移す、ブライト星の教えの一つだ。そうやって今まで生きてきた」

 

愛や恋はまだよく分からないネギだが、そんな風に即決するものではないことはなんとなく分かる。従ってそう聞いても返ってくるのは一切の迷いのない回答だった。

 

「チヅル。いきなりのことで困惑しているだろうが、どうしても俺の想いを伝えたかった。今直ぐにとは言わん、君にも考える時間が必要だろう」

 

一歩前に出るハラート。ネギ達が僅かに姿勢を低くするが、ハラートは笑みを浮かべて千鶴を見るだけだ。

 

「だが、先にこれも伝えておこう。俺は諦めが悪い、ちょっとやそっとのことでは手を引くことなどしない」

 

「それはどういう意味だ」

 

先の発言で鋭くなった視線を向ける刹那。ハラートは一度ふっと笑うと背中を向けて歩き出した。そのまま少し進むと、振り向いて口を開く。

 

「手に入れたいものは何としても必ず勝ち取る。これもブライト星の教えでね」

 

思わせぶりな発言に一層目つきが鋭くなる。刹那からすれば、今の発言は武力行使も辞さないという風にしか聞こえなかった。

 

「お騒がせしたな。また会おうチズル、また直ぐにな」

 

軽く手を上げると緑の光に包まれ、宇宙船へと消えていく。周りにいた兵士達も同様に艦内へ戻ると、宇宙船は空高くへと消えていった。

 

再び辺りを沈黙が支配する。ただ先程とは違い、その空気は重苦しいものに変化していた。暗い表情で視線を落とす千鶴。ネギ達はそれを心配に思いながら、上手く言葉を掛けることが出来なかった。タカミチは優しく千鶴の肩に手を乗せる。

 

「取り敢えず教室に戻ろう。千鶴君も疲れたろ?」

 

「…はい」

 

校内へと戻っていく千鶴達。その姿を眺めながら夏美は両手を強く組んだ。

 

「ちづ姉…」

 

「こりゃまた、面倒なことになったわね」

 

和美が呟いたことは、A組全員が思っていた事だった。

 

 

 

 

 

 

「なんか雲行き怪しくなってないか…?」

 

「あいつ…なんか気に食わないわ」

 

見ていた正吉がそう言うと、薫は少し機嫌が悪そうだった。純一は小声で薫に声を掛ける。

 

「薫?」

 

「自分の言いたいことだけ言って、あの子の気持ちはまるで聞いてなかったじゃない。好きなのは噓じゃないかもしれないけど、独りよがり過ぎるわよ」

 

それを聞いて純一は表情を険しくした。周りが暗い空気に包まれて息苦しさを感じていた春香は、そこでふと祐を見る。その時見た祐の表情は、今まで見たことがない程冷たく感じた。

一番好きな章は?

  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり

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