放課後を迎えた麻帆良学園。本日は水曜日の為部活動はなく、生徒達はそのまま下校を始めていた。A組もその例に漏れず下校をしているが、寮住みではないエヴァと茶々丸を除いたクラス全員で寮へと向かっていた。理由は勿論千鶴関係である。
「あの、流石にここまでしなくても…」
「何言ってんの千鶴!いつどこで千鶴に魔の手が迫るか分からないんだよ!」
「いきなり襲われるとは思えないけど…」
風香からそう言われ、困った顔というより申し訳なさそうな顔をしている千鶴。その肩にハルナが手を乗せた。
「まぁまぁ。どうせ帰る場所は同じなんだし、たまにはみんなで帰るのもいいでしょ」
「なんか遠足みたいで楽しいよね!」
「ほんとあんたは能天気なんだから」
言葉通り楽しそうな桜子を始め、周りはなんとも賑やかだ。恐らく何人かは本来の目的を忘れているのではないだろうかと、夕映は一人思っていた。
「実際人の目は多いに越したことはないでしょ?あれに効果があるかは…正直微妙だけど」
美砂の意見は尤もである。何せ相手は敢えて全校生徒の前で告白をかました宇宙人だ。そんなものは関係ないとばかりにやって来るかもしれないが、それでも人が少ないよりはいいだろう。
「でも、みんなに面倒をかけるのは悪いわ」
「寂しいこと言わないでよ、困った時はお互い様。千鶴さんも夢の中で私のこと庇ってくれたじゃん」
「そうそう、ウチらもう長い付き合いやろ?」
「言ってしまえば私達の仲は結婚秒読みレベルだよ」
「それは違うと思う」
裕奈達にそう言われると何も言えなくなる。あの時周りと同様、裕奈を庇うように千鶴も前に立っていた。持ちつ持たれつということなのだろう。しかし千鶴本人は、じゃあいいかとは簡単に思えなかった。
そんな団体の一歩後ろを歩いていた明日菜は、これからどうしたものかと考える。
「う〜ん…あいつはどうせまた来るだろうけど、じゃあどうするかってのも決められないし…」
「奴が取る行動に対して後手に回ってしまうのは歯痒くはありますが、そこは仕方ありませんね」
今までと違い、取り敢えず戦って押し返すという選択肢は取れない。今のところ、こちら側は受け身でいるしかない現状だということは明日菜も刹那も認識していた。
「下手なことはできないし…あ〜、私こういうの苦手」
「お恥ずかしながら、私も余り得意な方では…」
頭を悩ませる二人を横目で確認し、木乃香は小声で横を歩くあやかに話し掛ける。
「なぁ、いんちょ。さっき電話してたみたいやけど、もしかして祐君?」
「ええ、お察しの通りですわ」
下校の少し前、あかやが通話を受けて席を外していたのを木乃香は見ていた。通話の相手は予想通りである。
「祐君はなんて?」
「なるべく千鶴さんのそばにいて、見ていてあげてほしいと。祐さんもまだ直ぐには動けないからと仰っていました」
「そっか、ウチも出来ることあったら協力するえ」
「お願い致します、木乃香さん」
気合いを入れた表情で拳を握る木乃香が微笑ましくて、あやかは少し笑った。
「こんにちわ〜」
「あら逢襍佗君、こんにちは」
学校終わりに公園に寄った祐は、ゴミ拾いをしている高齢の女性に挨拶をした。彼女とはボランティアで知り合った顔見知りである。
「今日はボランティアの日だったっけ?」
「いえ、ただ何となく花の様子が気になりまして」
そう言って花壇を見つめる祐に女性は笑顔を浮かべた。
「なんだか逢襍佗君がお世話をするようになってからここにあるお花、前より元気になった気がするわ」
「本当ですか?じゃあやっぱりあれが効いたんだなぁ」
嬉しそうな顔をする祐に女性は首を傾げた。
「あれって?なにか使ったの?」
「僕の愛をこの花達に伝えたんです。溢れんばかりの愛でもって接しています」
「いやだわ逢襍佗君、情熱的なのね」
「そうですとも!やっぱり愛ですよ愛!それに人間と違って花は嘘つきませんからね!ハハハハハ!」
「それ深く触れた方がいいのかしら…」
冗談なのかそれとも過去に何かあったのか、女性には判断がつかなかった。そんなことを考えていると、祐は少し離れた場所に鞄を置いてこちらに来る。
「せっかくなんでお手伝いさせてください。何かやることありますか?」
「あら、いいの?悪いわね」
「任せてくださいよ!体力が有り余ってるのだけが取り柄ですから!」
「何言ってるの、元気なのが一番よ」
それから落ち葉の掃き掃除を任された祐は、時折箒で謎の全力フルスイングを挟みながら掃除を行う。側から見れば完全に危ない人物である。
すると祐は視線を感じてそちらに目を向ける。制服を着ており恐らく中学生辺りか、紫色の長い髪にリボンをつけた少女がこちらを見ていた。
祐がその少女から受けた印象は虚無だ。彼女自身は何も感じていない、ないしは感じようとしていないという印象を受ける。それを示すかのように少女の目には光が灯っていなかった。
暫く二人は見つめ合う。どちらも相手を見ながら固まっていると、最初に動いたのは祐だった。
ゆっくりと少女に近寄ると、目線を合わせる為に少し屈む。少女の表情に変化はないが、今の状況を僅かにだが不思議に思っているのを感じとれたので、それが祐は少し嬉しかった。どうやら彼女の心は完全に死んでいるわけではないようだからだ。
「こんにちは、よかったら見ていってよ。結構自慢の花壇なんだ」
祐は身体を逸らせて花壇を見せる。少女の視線は祐から花へと移った。少ししてゆっくりと花壇に近寄ると、咲いている花を眺め始める。その後ろ姿を見た後、近づき過ぎず離れ過ぎずな距離で掃き掃除を始めた。
やがて一通り見終わったのか、花壇から離れて祐の元とへとやってくる。何も言葉を発することはない少女だが、祐は彼女を見て笑った。
「また気が向いたら見にきてね。もっと周りを綺麗にしておくよ」
少女は祐を見つめた後、頭を下げて一礼するとその場から離れていく。祐もそれ以外に何かを言うことはなく、箒を片付ける為に歩き出した。
A組が帰路についていると、裕奈がふと足を止めた。それにアキラが反応する。
「裕奈?」
「ん?ああ、ごめん」
少し早歩きで合流した裕奈を不思議に思い、アキラが尋ねる。近くにいたまき絵と亜子も裕奈を見ていたようだ。
「何かあったの?」
「この前ここの公園通ってみたら、逢襍佗君がボランティアしててね。それ思い出してた」
「逢襍佗君、ボランティアしてるんだ」
「なんか意外なような、そうでもないような…」
「ボランティアって何してたん?」
「花壇の世話」
それを聞いたアキラ達は微妙な顔をする。一同の顔を見回した後、裕奈が真剣な表情を浮かべた。
「今似合わないと思った者は正直に挙手しなさい」
すると言い出した裕奈を含めた4人が手を挙げる。
「ひどいみんな!逢襍佗君が可哀想だよ!」
「裕奈も手挙げてるじゃん!」
「ほら、逢襍佗君優しいけど黙ってると怖めやから…」
「亜子、たぶんそれフォローになってない」
「なになに、何の話?」
四人の声を聞きつけた桜子が顔を出す。他の何人かもこちらに視線を向けていた。
「この公園の花壇を逢襍佗君がお世話しとるんやって」
「へ~、似合わないね!」
「こら!失礼でしょ!」
「だから裕奈も思ってたでしょ!」
それは一瞬で周りに伝わり、光の速さで件の花壇を見に行くことに決まった。
「やはり皆さん当初の目的を忘れているのでは?」
「あはは…でも一応帰り道だし」
のどかが苦笑いで答えると、視線を下に向けている千鶴が目に留まった。
「あの…那波さん?」
「学校終わったばかりだし、逢襍佗君は居ないわよね?」
「え~っと、たぶん」
「下校と同時に走って向かうなどしない限り、まだ居ないと思われますが」
「そうよね」
千鶴がいったい何を気にしているのか、のどかと夕映はわからず首を傾げる。
(はぁ…早く帰りてぇ…)
当然のように巻き込まれていた千雨は、心の中で独りごちた。
「もしかして祐がいたりして!」
「まっさかぁ!そんな都合よくいないでしょ!」
「いたわ」
A組が公園の中央に向かうと、そこには花壇に水を与える祐の姿があった。見るからにご機嫌な様子で、口笛を吹きながらホースを持っている。
「めっちゃ機嫌よさそうね」
「あんな楽しそうに水やりしてる人初めて見た」
スッとその場から風香が走り出すと、祐の背中を叩いた。
「おーっす祐!」
「お、今度は風香ちゃんか。…いや多いな」
風香一人だと思っていた祐は、振り向くとまさかのほぼ全員集合に驚いた様子だった。遅れて明日菜達がやってくる。
「あんたほんとにボランティアやってたのね」
「おいおい、嘘だと思ってたのか?俺は隠し事はするけど、嘘は余りつかないぞ」
「それもどうなのよ…」
「にしても寮生全員で下校とは、相変わらず仲がよろしいな」
「まぁ、あんなこともあったしなぁ」
小声で木乃香が答えると、祐は気まずそうな顔をしている千鶴に目を向けた。
「どうも那波さん。今日は災難だったね」
「そうね、ほんと…困っちゃったわ」
そこで会話が途切れてしまう。祐は普段通りなのだが、祐と会ってからどうも千鶴の様子がおかしい。違和感を覚えて夏美は祐と千鶴を交互に見ていた。
(…な、何か気まずくない?)
(確かに…何だろう、この息苦しさは…)
美砂と円が小声で話し始める。二人に限らず周りも謎の気まずさを感じていた。
(ちょっと風香、いつもみたいに騒いでこの空気何とかしてよ)
(無茶言うなよ!僕だってこの重い空気ぐらいわかるんだからな!)
美空が耳打ちで風香に何かさせようとするが、流石の風香も普段と違う空気感を認識しているようだ。
「せっかく来たんならこちらにどうぞ」
この空気を感じた上でそうしているのか、祐はそっと千鶴の手を引いて花壇へと連れていく。その行動に驚きはしたが、千鶴は抵抗はしなかった。進む途中で一度止まると、振り返って近くにいた夏美の手も取る。
「はえ?逢襍佗君?」
「村上さんも。こういう時は自然と触れ合うのが一番だよ」
言われるがまま祐に連れられる二人。着いた場所にあるのはそれほど大きな花壇ではなく、これと言って特別な所もない。それでも二人にはその場に咲く花がとても美しく映った。
「どう?奇麗でしょ。嘘でも奇麗って言ってください…」
「奇麗よ、とっても。嘘なんかじゃないわ」
咲いている花を見つめ、千鶴はそこでようやく笑顔を見せる。夏美も同様に笑みを浮かべると、枝に小さなオレンジ色の花をたくさんつけたものが目に留まった。近づいて気付いたが、この花から優しく甘い香りがしている。
「この花いい匂いするね、何て名前の花?」
「しらねぇ」
「ええ!?ダメじゃん!お世話してるんでしょ!?」
祐の投げやりな返答に夏美は思わずそう言ってしまった。対して祐は逆ギレする。
「いいんだよ名前なんか知らなくても!愛があれば万事解決だ!」
「あ、愛?」
「そう、俺はこの花達に愛を持って世話してる。そして花はそれに応えて元気に育ってくれてる。これだけで充分なんだ」
「……逢襍佗君何言ってるの?」
「何言ってるのとはなんだ貴様!」
会話を聞いていた美空と風香が顔を見合わせて笑うと、祐に向かって茶化すように声を出した。
「それっぽく言ってるけど決まってないぞ~逢襍佗君!」
「ダサいぞ祐~!」
「ああ!?」
「「きゃ~!」」
とてつもないスピードで二人に向かって走り出した祐と、楽しそうに走って逃げる二人。周りはそれに呆れながらも笑って見ている。先程までのどこか重苦しい雰囲気はすっかり無くなっていた。
あっという間に捕まえた二人をそれぞれ脇に抱えた状態で、祐が花壇に戻ってくる。美空と風香は完全に力を抜いてぶら下がっていた。
「逢襍佗君力持ちなのね…」
「いやいや、二人が軽いんですよ。ほら、紳士的な発言だろ。顔を赤くしろ小娘ども」
「わーほれちゃう」
「かっこいいー」
脇に抱えた二人にそう言うと、返ってきたのはまったく感情のこもっていない発言だった。
「明日お前らの上履きに画鋲入れてやるからな」
「「陰湿!?」」
その三人の姿に千鶴はすっかり笑顔だ。それを見てあやかは一安心していた。
それから祐の手伝いをすると数名が言い出し、結局全員で公園で作業を始める。少し離れていた場所から戻ってきたボランティアの女性はその光景に驚いた顔をしていた。
「いきなり女の子がたくさんいるからびっくりしたわ。逢襍佗君やるわね~」
「それ程でもありません。僕の魅力がなせる業ですな」
「謙遜をしなさい謙遜を」
横で祐と同じように掃き掃除をしていたあやかが白い目を向ける。女性はあやかを興味深そうに見ていた。
「もしかして逢襍佗君の幼馴染の子?」
「え、ええ。そうですが…何故それを?」
「やっぱり!逢襍佗君に聞いてたのよ、女の子の幼馴染が何人かいるって。貴女がそうなのね」
「そういえば話してましたね、この場に後二人いますよ。明日菜!木乃香!」
呼ばれた二人がやって来ると、手招きして三人を横一列に整列させた。
「彼女達が僕の幼馴染です。女の子の幼馴染はもう一人いるんですが、その子は別のクラスの実家暮らしなんで」
「ど、どうも」
「こんにちは~」
明日菜は少し恥ずかしそうに、木乃香は笑顔で挨拶をする。それに笑って女性も挨拶を返すと、祐の肩を軽く叩いた。
「やだわぁこの子ったら!本当に隅に置けないんだから!幼馴染だけじゃなくて、たくさんの女の子達と仲いいなんて!」
「あはは、もっと言ってくれていいんですよ?」
「調子に乗るなっての」
少し赤い顔で明日菜が肘で祐を小突く。それに笑顔を浮かべつつ、祐が木乃香の両肩に手を乗せる。
「ちなみにこの中で一番優しいのはこの子です」
「ややわぁ祐君、ウチ照れてまうわ」
頬に手を添えて満更でもなさそうに木乃香は微笑んだ。
「他二人はどちらかというと野蛮です」
「「誰が野蛮だ!」」
「こ、こういうとこ…」
明日菜とあやかに胸ぐらを掴まれて青い顔をする祐を見て、女性は声を出して笑った。
急激に人数が増えたので、作業はあっという間に終わろうとしていた。最後にもう一度花壇を見ていた祐の隣に千鶴がやってくる。
「逢襍佗君、ありがとうね」
「え?それはこちらの台詞ですよ那波さん」
首を横に振ると祐の顔を見つめた。
「気を使ってくれたんでしょ?みんなも私の為に色々とやってくれて、本当…申し訳ないわ」
言葉通りの表情を浮かべる千鶴を見て、祐は頭を掻いた後身体の向きを花壇から千鶴に変えた。
「それだけ那波さんがみんなに大切だと思われてるんですよ。貴女もみんなも、双方相手のことを大切だと思ってる。素敵じゃないですか、とっても」
そう言われても余り表情の変わらない千鶴を見て苦笑いをする。正直彼女の気持ちは痛いほどわかる、だから自分でも碌に出来ていないことを言うのは何様だと自己嫌悪になるが、伝えるべきだろうと思った。
「那波さん、本当に相手のことを大切だと思うなら…自分が相手に世話を焼かれることも受け入れてあげてください」
「那波さんもよく知ってると思うけど、ここにいるみんなは凄く優しい子達だから。もらいっぱなしじゃなくて、あげたいって思う子達なんですよ」
「もらってあげてを繰り返して、きっとみんな那波さんと対等な関係でいたいんじゃないかな?」
千鶴は祐と見つめ合うと、暫くそのまま動かなくなる。祐は不思議そうに千鶴の顔を見ていると、パッと空を見上げた。釣られて千鶴もその方向を見るが、何もない空しか映らない。しかし祐にはそうではなかったようだ。
「お早いご登場だな」
千鶴にも聞こえない程の小声でそう呟くと、千鶴の肩に手を置いて自分の少し後ろに優しく誘導した。直後、二人の少し前に緑色の光が現れると、それに明日菜達も反応する。
「ちょっとこれって!」
「マジ!?早過ぎでしょ!」
走って祐達の元に向かい、全員がその場に着いて光を見つめた。
「また直ぐにと言ったろう?言ったことは実行する、それが俺だ」
声と共に光が晴れると、立っていたのはやはりハラートだ。一歩前に出ると千鶴を見る。
「やぁ、チヅル。また会えたな」
「ハラートさん…」
「さっきはああ言ったが、流石にこんな直後に会いにくる予定はなかった。だが、どうしても聞きたいことが出来てしまってな?」
ハラートの目線は千鶴から祐へと移る。その目は千鶴に向けていたものとは比べ物にならない程鋭いものだった。
「お前は、誰だ?」
「麻帆良学園高等部、一年B組逢襍佗祐です」
普通の自己紹介を返すが、ハラートの目は変わらない。それが緊張感で辺りを包んでいた。
「そうか…ではアマタユウ、お前はチヅルの何なんだ?」
「同級生です。最近よく話すようになったかもしれませんけど」
ハラートがさらに一歩前に出ると、刹那を始めとした数人が動こうとする。しかし祐が手をあげてそれを制した。
「お前もあの学園の生徒か?」
「はい」
「ではお前も見ていただろう?俺は彼女に告白をした」
「ええ、見てました」
千鶴はその光景に思わず二人の間に入ろうとするが、真名が肩を掴んで止める。
「よせ那波。今は大人しくしていろ」
「真名さん…でも」
「言いたいことはあるだろうが、今は私に従ってもらう」
有無を言わさぬ真名に、千鶴は唇をかみしめる。後ろの方にいる千雨は面倒事に巻き込まれたと思いつつ、祐とハラートを見て周りとは少し違う緊張感を味わっていた。
(おいおい、どうすんだよこれ…まさか逢襍佗のやつ、ここでおっぱじめるんじゃないだろうな…)
「俺は彼女を愛している。そんな相手に自分以外の男が近づいていたらいい気分がしないのは、分かってもらえるよな?」
「まぁ、わからないでもないですかね」
更に近づくハラート。拳一つほどの距離となった祐と視線を合わせ続ける。ハラートの鋭い視線とは裏腹に祐の目からは何も感じられなかった。
「忠告しておく、彼女に必要以上に近づかないことだ。俺に敵認定されたくはないだろ?」
「無理に近づくつもりはありませんけど、那波さんが誰と接するのか決めていいのは那波さんだけじゃないっすか?」
そこで少しの沈黙が訪れる。こういったことに慣れていない大半のA組生徒は冷や汗が止まらない状態だった。
「それは俺の忠告を聞かないってことか?」
「那波さんの意思は那波さんだけのものだってことです」
「…見たところお前はただの地球人のようだが、戦闘の経験は?」
「戦闘どころか喧嘩すら碌にしたことありません」
「ハッ、それはそれは」
ハラートの目が鋭いものから別のものに変わった。
「ガタイはいいが覇気も無ければ喧嘩すらしたこともないとは。俺の質問にちゃんと答えられたことだけは褒めてやるよ。まぁ、こんだけ女性のギャラリーがいれば情けないところは見せたくないもんな。よく頑張った」
軽く祐の肩を叩くと背中を向けて歩き出す。最早祐は気にする相手ではなくなったということなのだろう。
「なにそれ…」
夏美の口から思わずこの言葉がこぼれた。ハラートの態度から祐を馬鹿にしていると感じ、何人かの表情が険しくなる。
「だがこんな世界だ。そんなことじゃ大切なものは守れないぜ?お前も男なら少しは戦うってこともした方がいいんじゃないか。相手は選ぶべきだがな」
「ちょっとあんた」
明日菜は額に青筋を浮かべてハラートに詰め寄ろうとするが、祐が明日菜の手を握った。明日菜が振り向いて顔を見ると、祐は真剣な表情で首を横に振る。
「ハラートさん」
千鶴からの声に、ハラートは前を向いたまま歩みを止める。千鶴の表情は間違いなく怒気を含んでいた。
「彼は私の大切な友人です。もう二度と、彼に失礼な発言はしないでください」
僅かに顔だけ振り向くと、直ぐに正面に向き直る。
「すまない、俺としたことが冷静ではなかった。邪魔したな、どうぞ花の世話を続けてくれ」
結局こちらに振り返ることなく、手を軽く上げて光と共にハラートは消えていった。ハラートは去ったものの、その場の重い空気は変わらない。祐は握っていた明日菜の手を引いて顔をこちらに向けるさせると、悔しさを隠そうともしない表情の明日菜が見える。祐は微笑んで明日菜の頭をそっと撫でた。
「ありがとな、明日菜」
「…別に」
ふてくされたような明日菜に苦笑いを見せる。次にすっかり暗い顔になってしまった千鶴に近寄ると、屈んで目線を合わせた。
「ごねんね、気まずくさせちゃって。ボキャブラリーが足りなかったよ、もっと本読まなきゃだな」
「逢襍佗君…ごめんなさい、私のせ」
続きを止めるように祐は千鶴の両肩に手を乗せる。
「那波さん、それだけは言っちゃだめだ。貴女が責任を感じる必要なんてない、いいね?」
納得などしていないだろう。それでも何とか千鶴は頷いた。例え形だけの物でも、今は多くを望むべきではない。
「みんなも、今日は手伝ってくれてありがとう。学校終わりで疲れたでしょ?助かったよ」
「そうね、慣れない仕事でちょっと疲れたかも」
「んじゃ、私達は帰ろっか」
即座に反応した和美とハルナが周りに声を掛けて帰宅を促す。祐は二人に小さくごめんとジェスチャーを送ると、二人はそれぞれウィンクとサムズアップを返した。
「さぁ、千鶴さん。帰りましょう?」
「…ええ」
あやかが千鶴をそっと連れて離れていくと、全員がそれに倣って祐に挨拶を告げて帰っていった。一息ついて、自分が使っていた器具の片付けを始めようとする。すると一部始終を見ていた女性が祐の背中をトンと叩いた。
「やるじゃない逢襍佗君。大したもんだったわ」
「いやぁ、駄目駄目ですよ。緊張して全然上手いこと言えませんでした」
女性は柔らかい表情で、祐の背中を摩る。
「本当は今直ぐにでも殴ってやりたかったでしょうに、よく我慢したわね」
祐が驚いた表情を浮かべると、女性は得意げに笑った。
「気付いてたわよ。逢襍佗君、まだボケてない年寄りには気を付けなさい」
「肝に銘じておきます」
女性に深く頭を下げて、祐は畏敬の念を示す。それと同時にこれから起こるであろうことを予想し、例のメンバーと話を進めておくことを決めたのだった。
何となくではあるが、取るべき行動が見えてきた気がする。
一番好きな章は?
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序章・始まりの光
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幽霊と妖怪と幼馴染と
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