Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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言えないのは大切だから

「えっ!あの人また来たんですか⁉︎」

 

学園から帰宅したネギは、明日菜と木乃香から下校中に起きたことを聞いた。想像以上に行動が早いと考えながら、明日菜を横目で確認する。その様子は誰がどう見ても機嫌が悪いと分かるものだった。

 

「なぁ、姐さん…何でまたそんなご機嫌斜めなんだ?」

 

「あいつ、祐のこと馬鹿にしたのよ。祐が喧嘩も碌にしたことないって言った瞬間急に態度変えて!祐もその後何も言い返さないし!」

 

その時のことを思い出して怒りのゲージが一段階上がる明日菜。カモは墓穴を掘ったかと思いながら、明日菜を宥めようとする。

 

「ダンナは手の内を明かさない為にそう言ったんだろうな。下手に熱くなって口が軽くならない辺り、流石っすよ」

 

「そうかもしれないけど…だぁ~!イライラする!」

 

「ほらほら明日菜、落ち着き?」

 

「こりゃ相当頭にきてるみたいっすね…」

 

木乃香が明日菜の背中を摩る姿を見て、後は木乃香に任せることにした。普段は色々と言っているが、いざ祐が悪く言われた際にここまで怒るのはきっと愛されている証拠なのだろう。

 

「でも困りましたね。そうなるとあの人は、これからも千鶴さんの前に頻繁に現れるでしょうし…」

 

「確かにな。そこらへんダンナは何か言ってたりしたんすか?」

 

「いんちょには千鶴ちゃんを近くで見ててって言うたみたい。まだ直ぐには動けんからって」

 

「ふ~む…まだ動くには要素が足りなすぎるってとこか」

 

カモはネギの肩からテーブルに飛び移ると、三人を見回した。

 

「取り敢えず、俺っち達も千鶴の姉さんの周りに気を張っていくしかねぇな。生憎奴はどこから来るのか分からねぇ…何かあったらすぐに対処できるようにしとくのが一番だぜ」

 

「うん、そうだね」

 

「なんなら千鶴ちゃんの部屋に交代でお泊りでも行く?」

 

「それ、お泊りしたいだけじゃないわよね?」

 

「千鶴ちゃんにお泊りしてもらうでもええよ」

 

「そういうことじゃないわよ…」

 

 

 

 

 

 

それから少し経った大浴場の洗い場で、ハルナと和美が隣り合って座っていた。

 

「くっそ~、なんか悔しいわね…祐君のこと好き勝手言ってくれちゃって」

 

「まぁ、気持ちは分かるけど仕方ないわよ。あそこでドンパチ始めるわけにもいかないし」

 

あの状況を快く思っていないのは明日菜だけではない。ハルナや和美もそうであれば、宥める側にいる木乃香もあまり表には出していないが同じであった。

 

「あの舐めた態度!あいつなんて祐君がその気になったら一発よ!一発!」

 

「なんであんたがそんなキレてんのよ…」

 

考えてみれば、最近何かとハルナは祐に関して熱くなっているきらいがある。その場の雰囲気やいつものノリでそうしているのかと思っていたが、もしや別の何かがあるのだろうか。

 

「ねぇ、パル。あんた最近逢襍佗君に随分とお熱じゃない?」

 

「…朝倉には言われたくないんだけど」

 

「へ?なんで私?」

 

ハルナがやれやれといった様子のリアクションを取る。和美はその仕草にイラっときたが、今は次の発言を待つことにした。

 

「祐君にお熱なのはあんただっておんなじでしょうが。なんか最近の朝倉、尽くす女って感じが滲み出てきてるわよ?」

 

「…そりゃあ、最後まで付き合うって言ったし?遊び半分でやってるって逢襍佗君に思われたくないし」

 

「少なくともそれって、どうでもいい相手には思えないでしょ。無意識に惚れてんじゃないの?」

 

「まさか、馬鹿言わないでよ。そこまでちょろくないっての」

 

「どうだかねぇ…最後まで付き合うってのも、聞き様によっては一生傍に居るって告白ともとれるけど」

 

「……ないない、好きになるほど逢襍佗君のことまだ知らないし。取り敢えず、惚れてるとかそういうのじゃないから」

 

「まぁ、私はいいけどぉ~?朝倉の心は本当はなんて言ってるのかなぁ~?」

 

おちょくるような物言いに、遂に和美はカチンときた。

 

「ああっ!手が勝手に!」

 

「ギャーーー‼」

 

ハルナの使用している蛇口のハンドルを勢いよく捻り、シャワーから高出力の冷水がハルナに突き刺さる。深く考えるまでもなく、攻撃として効果は抜群だ。

 

「なにすんのよ!?」

 

「手が勝手に動いたのよ」

 

「……あ~!手が勝手に!」

 

反撃になるのかは強く疑問だが、ハルナが和美の胸を鷲掴む。和美は即座にその手を振り払った。

 

「揉むんじゃねぇ!エロオヤジ!」

 

「揉ませなさいよ!何の為のデカチチだ!」

 

「少なくともあんたに揉ませる為じゃないわ!」

 

再度揉もうとするハルナとその手を掴む和美。その姿は他のクラスメイト達の目にも留まり始めた。

 

「朝もそうだったけど、やっぱり早乙女達仲良くなってない?」

 

「前も学園祭の出し物決める時とか、一緒になって騒いでたでしょ」

 

「あ~、確かに」

 

円からの質問に答えながら、美砂は湯船から立ち上がった。

 

「もう出るの?」

 

「いや、私も揉んでくる」

 

「アホか…」

 

円からの言葉は流して、美砂は宣言通り二人の元へ向かった。

 

「おらっ!A組のエロ番長を差し置いて乳繰り合いやがって!両方揉ませろ!」

 

「上等よ!代わりにお前のも揉むがな!」

 

「もうあんたら二人でやってなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

「お二人とも、そろそろ行きますわよ」

 

「はいは~い」

 

あやか達も大浴場に向かう為、荷物を持って部屋から出ようとしていた。しかし千鶴は先程のこともあってか、心ここにあらずといった状態である。

 

「千鶴さん。先程のことは祐さんも仰っていましたが、貴女が気に病むことはないんですのよ」

 

「ええ、そうよね…いつまでもこのままじゃ、余計みんなに心配かけちゃうもの。お風呂に入ってさっぱりしましょうか!」

 

「ち、千鶴さん!?何も走っていかなくても!」

 

笑顔を浮かべて駆けていく千鶴を慌てて追いかけるあやか。その後ろ姿を見つめ、夏美は少し強めに拳を握った。

 

「そうじゃないよ、ちづ姉」

 

夏美の声は届かず、その真意は誰も知らない。そして千鶴がどこかぼーっとしていた原因は、帰宅した後自室の机に置かれていた手紙が関係していることも誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

次の日、昼休みの屋上にて祐は士郎と当麻の二人を召集していた。理由は昨日起こったことから、今後の方針を固めたと伝える為だ。

 

「てことで、あいつが行動に出たら俺はこの方向で行こうと思う」

 

「なんか回りくどくないか?」

 

「そもそもその括りは必要ないような」

 

「じゃがしいわ!これでいいんだよ!」

 

この感じは何を言っても聞かなそうだと思った二人は、仕方ないので納得することにした。

 

「どんな屁理屈だろうが、理屈があればあとはひたすらゴリ押しで持っていける。なにか言われても安心だ!」

 

「結局いつも通り、勢い任せの力技と…」

 

「パワー!」

 

「うるせぇよ!」

 

拳を握り、全力でポーズを決める祐とツッコむ当麻。士郎は頭が痛くなった。

 

「なぁ…協力は勿論するけど、その親衛隊って俺達も入らなきゃ駄目なのか?」

 

「何言ってんだ。じゃなきゃ締まり悪いだろ」

 

「はぁ、バレたら藤ねえに何か言われそうだ…」

 

「藤村先生かぁ、そういや最近会えてないな」

 

「あれ、祐のクラスは担当してないんだっけ?」

 

「そうなんだよ、こんな悲しいことあっていいのか?」

 

「いや、知らないけど…」

 

士郎の言う藤ねえとは教員の藤村大河のことで、士郎と大河は昔からの知り合いである。士郎を介して祐達も大河とは高等部に上がる前から面識があった。

 

「それで思い出したわ。タカミチ先生に話しとかないと」

 

「このことをか?」

 

「話通しておいた方が何かとスムーズだろ」

 

「仰る通りで」

 

 

 

 

 

 

二人と別れると、祐はその足で職員室へと向かう。ドアから中を覗くと、タカミチの姿を見つけた。

 

「失礼します。タカミチせ…高畑先生、今お時間宜しいでしょうか?」

 

普段はタカミチを名前で呼ぶのだが、誰か周りに教員がいる際はなるべく名字の方で呼ぶようにしていた。しかし余り深く考えての行動ではない為、気を抜いていると今のようになる。

 

「うん?ああ、祐君か。いいよ、どうかしたのかな?」

 

「実は折り入ってご相談がありまして、少しご足労願えませんか?」

 

「わかった。移動しようか」

 

何となく察したタカミチは席を立つと祐と共に教員室を出ようとする。その時祐がこちらを見ていた大河と目が合い、タカミチに断りを入れてからそちらに小走りで向かった。大河は笑顔で祐に手を振る。

 

「やっほ~逢襍佗君。顔合わせるのは久し振りね」

 

「お久し振りです藤村先生。従って今度腰を据えてお話しませんか」

 

「えっと…どうしたの逢襍佗君?」

 

「逢襍佗…またナンパか…?」

 

机越しから愛穂の眼光が飛んできたので、祐は走って教員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

放課後、保育園でボランティアを行う千鶴。周りにはボランティアが終わり次第、部活終わりのクラスメイトと帰ることを約束に何とか納得してもらった。現在は子供たちと園内の広場で遊んでいるところである。

 

「ごめんねみんな、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

 

『はーい』

 

元気な返事が返ってくると、別の保育士にこの場を任せて離れる。少しして人気のない場所まで辿り着くと、辺りを見回してから深い呼吸をした。

 

「ハラートさん、どうぞ」

 

そう言った瞬間、千鶴の前に緑色の光が現れる。昨日机の上に置かれていた手紙はハラートからの物だった。内容を簡潔に言うなら、二人だけで話がしたいというものだ。

 

「すまないなチヅル、手間を掛けさせた」

 

「いえ。それで、お話というのは?」

 

ハラートは真剣な表情を浮かべる。どこかそれは焦っている様にも見えた。

 

「それがな…色々あって、俺達は故郷の星に帰らなければいけなくなった」

 

「それは…随分突然ですわね」

 

思っていたことと違い、少し千鶴は肩透かしを食らった気分だった。

 

「なるべくここを早く立たなきゃならない。それに伴ってなんだが、チヅルも一緒に来てもらいたい」

 

一瞬で驚いた顔になる千鶴。出会ってから何から何まで急な相手である。

 

「恥ずかしながら俺は父親から結婚をせっつかれていてな…チヅルのことを伝えたら今直ぐ連れて来いと言われたんだ」

 

「そんなことを急に仰られても困ります。そもそも私達は顔見知りなだけで」

 

「本当であれば俺もゆっくりと時間をかけていきたかったんだが、そういう訳にもいかない」

 

遮るように言われ、ハラートは改めて千鶴を見つめた。

 

「チヅル、今一度伝える。俺は君が好きだ、俺と一緒にブライト星に来てほしい」

 

千鶴はゆっくりと目を閉じると、強い意志でハラートを見つめ返した。

 

「申し訳ございませんが、お断りさせて頂きます」

 

「…何故だ?」

 

「先程も申しましたが、私達は顔見知りなだけです。それなのにハラートさんのご両親にご挨拶なんて、おかしな話だとは思いませんか?」

 

ハラートは黙ってこちらを見ている。千鶴は今日、自分の想いを正直に伝えると決めていた。

 

「私は貴方のことを何も知りません。それは貴方だって同じで、私のことを何も知らない」

 

「だからこそ、これからお互いを知っていって」

 

「仮に貴方とその星に行ったとして、ご両親と会えば私を地球に返してくれますか?」

 

ハラートは答えない。ただ返すと言わないことからも、答えは出ているようなものだった。

 

「幸運なことに、私には一緒に居たいと思える人達がたくさんいます。この星にです」

 

「その人達と離れてまで貴方と一緒に居たいとは、少なくとも今はとても思えません」

 

迷いなく言い放つ。今回の件で再認識した、自分はみんなと一緒に居たい、まだまだこの学園で生活したいと。大好きな相手となら、共に行くという選択肢もあったかもしれない。だがハラートと自分の大切なものを天秤にかけた時、どちらに傾くかなど考える必要もなかった。

 

「ですので、私のことはどうか」

 

「そうか…そうなってしまったか…」

 

ハラートは視線を落とすと、独り言のように呟いた。千鶴が訝し気にそれを見る。

 

「俺としてもこうはしたくなかったんだが…仕方ない」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「言ったろう?俺の星では欲しいものか勝ち取るのが常識なんだ。そうさせてもらうのさ」

 

千鶴の表情が険しくなると、その目は少し鋭くなった。

 

「無理やり連れていくつもりですか」

 

「出来れば手荒なことはしたくはない。実力行使は辞さないが、蛮族にはなりたくないからな」

 

一歩近寄ると千鶴の肩に手を乗せる。今は下手に刺激与えるべきではないと、その手を払いのけることはしなかった。

 

「取引しよう。チヅルが大人しく俺と来てくれれば、チヅルの友人には手を出さないと約束する」

 

そこで千鶴は目を見開いた。自分一人ならまだよかった、だがこれは千鶴にとっては最悪の流れだ。

 

「みんなを…人質に…」

 

「この星と事を構える気はない。ただ数人が軽傷…程度であれば、それほど大事にもならないだろう?」

 

千鶴の体が震える。自分の責任で、大切な友人達が傷つく姿を想像してしまった。千鶴にとって、これ程恐ろしいことはない。

 

「決断は早めで頼む。そうだな…今日から二日後の朝、この星を立つことにしよう」

 

余りにも早すぎる。そんな僅かな間では碌に気持ちに整理などつく筈もないが、それでも千鶴の中で答えは大方決まっていた。その選択を取らなければ、自分の大切な人達が傷つくなら、他の選択肢など無かった。

 

「どうやら、答えは決まっているようだな」

 

暗い表情で視線を落とす千鶴。ハラートは自身の勝利を確信し、笑みを浮かべた。

 

「二日後の早朝、迎えに行く。それまでに別れを済ませるもよし、黙っているのもいい。そこはチヅルに任せよう」

 

肩から手を離すと、背を向けてその場から離れる。千鶴の視線は下を向いたままだ。

 

「ではなチヅル。当日を楽しみにしているよ」

 

そう言ってハラ―トは宇宙船へと戻っていった。千鶴はその場にしゃがみ込む。

 

「みんなとお別れか…思ってたより、ずっと寂しいのね…」

 

俯いて自分の身体をきつく抱きしめた、不安と寂しさで震える身体を落ち着かせるように。もうそろそろ子供達のところへ戻らなければならない、それでも今直ぐにとはいかなかった。今の顔を見せてしまえばみんなを不安にしてしまうから。しかし千鶴の想いとは裏腹に、その表情を明るくすることは簡単には出来そうもない。

 

千鶴は一人覚悟を決める。それが大勢を悲しませることになるとは分かっていても、周りを危険に晒すという選択を彼女が取れる筈もない。本人以外は誰も知らぬ内に話は決まり、唐突過ぎる別れは目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「物事が思うように進んでご満悦、といったところか?」

 

「まぁ、そうは問屋が卸さないんだけどね」

 

千鶴のいる場所から遠く離れた大きな木の上で、和美・真名・茶々丸がその光景を見つめていた。本日朝方に嫌な予感がするからと祐に言われ、信じて見張っておいて正解だった。彼の直感を少し怖ろしく思いながらも、和美は静かに双眼鏡を下ろす。

 

「さぁて茶々丸、しっかり撮れた?」

 

「はい。音声、映像共に問題ありません」

 

「よっしゃ、ばっちりね」

 

「いったん引くぞ刹那。あと夕凪は抜くなよ」

 

耳に付けた機材で、実は身を隠しながら千鶴の近くにいた刹那に通話を行う真名。すると刹那から不機嫌そうな声が返ってくる。

 

『馬鹿を言うな、子供のようにかっとなって暴れたりなどしない』

 

「それは良かった、いつ斬りかかるのかとひやひやしたぞ」

 

『真名…』

 

「はいはい、一旦そこまで。まずは報告ね」

 

和美が纏めると全員が動き出す。理由は充分だろう、これでようやく彼が動ける。

 

「お待たせ逢襍佗君、ネタは掴んだわよ」

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、あやか達は普段通り千鶴の作った夕食を食べていた。特に変わりはない、普段通りの風景だ。だからこそ、千鶴は悲しくて堪らなかった。この生活も明日には終わりを迎える、永遠に続くとは思っていなかったが、こんなにも早く終わるなどとは当然だが想像もしていなかった。

 

千鶴の口から今日のことが語られることはない。言ってしまえば彼女達はきっと自分を止める、そうして危険な目に遭う。それだけは何としても阻止しなければならなかった。自分自身と自分の大切なもの、これはその大切なものに天秤が傾いた結果だ。

 

そう思っていつもと変わらぬ態度をとる千鶴。そんな時、夏美が静かに箸を置いた。

 

「夏美ちゃん?どうかしたの?」

 

「ねぇ、ちづ姉…今日何かあったでしょ?」

 

夏美は和美達から話を聞いたわけではない。それでも気付けたのだ、彼女に何かあったと。

 

「今日?いいえ、今日は特に何も」

 

「嘘だよ、じゃあなんでそんな悲しそうなの?」

 

千鶴は思わず驚きが顔に出そうになる。危なかった、あと少しで言い訳も出来なくなるところだったが、寸前でなんとか堪えた。あやかは何も言わず、黙って二人を見ている。

 

「そんなこと言われても…今日は本当に」

 

「じゃあちゃんと目を合わせて言ってみて、何にもなかったって」

 

そう言われては仕方がない。深呼吸をしてから千鶴は夏美の目を見つめる。

 

「今日は何もなかったわ、本当よ」

 

自分では完璧だと思った。身体も震えていなければ、表情だって問題ない。しかし夏美の顔は悲しさで歪んでいた。

 

「やっぱり、何かあったんだね」

 

「……」

 

ここで黙ってしまうのは悪手だとは分かっている。それでも上手く言葉が紡げない。こういったことは得意だと思っていたが、案外自分の事となるとそうではなかったんだなと他人事のように思った。

 

「何で言ってくれないの?ずっと」

 

「私達に迷惑が掛かるから?心配掛けたくないから?」

 

視線を下げていく千鶴に、夏美はその場から勢いよく立ち上がった。

 

「ちづ姉が優しいのは知ってる!責任感が強いのも!でも今一番大変なのはちづ姉でしょ!」

 

そこで顔を上げて千鶴は夏美の顔を見る。彼女の目が潤んでいるのが分かって、それが千鶴の心をきつく締めつけた。

 

「そんなに私が頼りない!?何か悩んでたら相談も出来ないぐらい信用ないの!?」

 

「夏美ちゃん…」

 

「そりゃ私には特別なものなんてなんにもないし!あの人を押し返す力もないけど!それでも!」

 

強く力を入れた全身から徐々に力が抜ける。情けない、勢いよく言ったものの、自分に出来る事など碌にないのに。

 

「それでも…ちづ姉が困ってるなら、何かしたいよ…」

 

潤んでいた瞳から涙が溢れ出す。千鶴が何も言ってくれないこと、そして何より自分が何もしてあげられないことが夏美は悔しくて仕方がなかった。その時、辛そうな表情を浮かべる千鶴が目に留まる。それが更に悔しくて、夏美は部屋を飛び出した。

 

「夏美!」

 

手を伸ばすがその手は届くことはなく、ドアが閉まる音が聞こえた。宙に浮いた手を力なく下ろし、脱力したように座ると身体を優しく包まれるのを感じた。それはあやかが抱きしめてくれたのだと直ぐに理解する。

 

「あやか…」

 

呟く千鶴に何も言わず、只々抱きしめ続けるあやか。その静かな優しさが千鶴の胸に届く。あやかを抱きしめ返すと、静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

部屋から飛び出した夏美は、当てもなく走り続ける。やがて息が切れてその場に座り込むと、近くから川の音が聞こえた。それに誘われるように近づくと、流れる奇麗な水に泣いている自分の顔が映った。

 

「最悪だよ私…一番大変なのはちづ姉だって、自分で言ったくせに…」

 

あの時の千鶴の辛そうな顔が脳裏に焼き付いている。そんな顔をさせたこと、そして無力な自分に激しい怒りが湧いた。

 

「何にも出来ないくせに…言いたいことだけ言って…そのくせ自分だけ泣いて!」

 

自分の映る水面を思いきり叩く。しかしそうしても少しすれば、また泣いている自分の顔が映った。その光景を強く睨むと、今度は直接自分の顔を叩こうとする。そうして手を振り上げて勢いよく振りぬこうとすると、その手は何者かに掴まれた。突然のことに理解が追い付かず、呆然とした表情でゆっくりとそちらを向く。相手の姿は夜であるにも関わらず、夏美には何故かしっかりと見えた気がした。

 

「逢襍佗君…」

 

「こんばんは、村上さん」

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  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり
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