「どうして…?」
「散歩が趣味でさ。最近涼しくなってきたから、当てもなく出歩いてるんだ」
困惑したままの夏美に優しく微笑むと、ゆっくりと振り上げていた腕を下ろさせる。そっと手を離すと夏美の目を見た。
「那波さんのことで何かあったんだね」
祐から目を逸らす。しかしこの状況で何を言っても誤魔化すことは出来ないだろうと、夏美は力無く頷いた。祐は暫く夏美を見つめると、隣に座り込む。それを夏美が不思議そうに見た。
「こっち側にはあまり来たことないんだけど、ここも中々いいね。あっ、邪魔なら直ぐ退散しますんで」
「えっと…邪魔なんかじゃないけど…」
「あざます」
そう言うと祐は黙って流れる川を見つめる。夏美も何となくそれに倣って座り、視線を川へと向けた。お互いそうしていると、どうにも気まずくなって夏美は祐を何度も横目で確認する。だが当の祐はまったく気にしていない様子で川を眺めていた。
「あの…逢襍佗君?」
「へい」
「聞かないの?何があったかとか…」
「ぶっちゃけ言うとめちゃくちゃ気になってるよ。でも、言いたくないことだったら悪いし。ただ…聞いてもいいなら、聞かせてほしい」
夏美としては先程までのことは恥ずべきことで、おいそれと話せるようなことではない。それでも自分が千鶴にどうして欲しかったのかを考えると、祐に話すべきだろうとは思った。軽蔑されるかもしれないが、それも仕方ない。それだけのことをしてしまったのだから。寧ろ責められるのなら、それもそれでいいかもしれないと考えていた。
「私ね、ちづ姉に辛い思いさせちゃった。ちづ姉が一番大変なの分かってて…それなのに酷いこと言った…」
それから寮を飛び出してしまった時のこと、そして自分の気持ちを全て話した。千鶴がハラートに告白されてから、周りに一つも弱音を吐かなかったこと・千鶴が自身の心配ではなく、ずっと周りに申し訳ないと思っている姿が悲しかった。それと同時に自分では彼女を支えてあげられない。いつも助けてもらっている相手に、お返しをすることさえ出来ないのだと、どうしようもなく自分が惨めだった。
「ちづ姉、凄く辛そうな顔してた…私がそんな顔させちゃった…傷つけちゃった…!」
その時のことを思い出し、再び涙が流れる。その涙が余計に夏美は惨めに感じた。悪循環に囚われた状態だ、何を思っても最終的に自分を責めるところに行き着いてしまう。祐は一瞬触れていいものかと上げていた手を止めるが、駄目なら払い除けられるだろうと思い、泣いている夏美の背中を摩った。
「俺は村上さんが酷い人だとは思えないな。那波さんにそう言ったのも、那波さんが大切だったからでしょ?」
泣きながらではあるが頷く夏美。祐にとって二人の気持ちはどちらも理解出来るもだった。
「村上さんの周りに頼ってほしかったって気持ちも、那波さんの大切だからこそ言えなかったって気持ちも…きっと間違いじゃない。だから難しいんだけどさ」
「大切だから…言えない…」
背中を摩っても嫌がられなかったことに人知れず安心しつつ、ゆっくりと続けた。
「その人のことが大切だと、何かあってもなんとかして自分で片付けようって思っちゃうんだよ。自分のことでその人に心配や迷惑を掛けたくないから」
「でも実際そうすると、大概は余計に心配させちゃうんだよね」
苦笑いを受けべて話す祐は、まるで自分のことを話しているようだった。恐らくこれは経験談なのだろう。今祐が言った話は今回のケースにも当てはまるものだ。決して千鶴の優しさは間違いなどではない。しかし彼女の強い責任感と周りに対する優しさ、それがあったからこそ夏美の千鶴に対する心配と不安が募っていったのも事実であった。
「お互いに相手のことを思うあまりに起きるすれ違いってやつなのかな。難しいよ、ほんと」
「私、ちづ姉にどうしてあげるべきだったのかな」
縋るような目だった。この一件が起きてから、それは夏美の中で常にあった疑問だ。自分の気持ちを正直に言えば、こちらの迷惑など気にせず困っていると言ってほしかった。大変だということは見れば分かることでも、直接千鶴の口から聞きたいことである。だがその結果として千鶴を追い詰めてしまった、この想いは言ってしまえば独りよがりなものだったのだろうか。
「ここまで言っておいて情けないんだけど…俺も分からないんだ」
夏美は花の名前を聞いた時と違い、祐に詰め寄ることはなかった。そんな空気ではないのは勿論だが、祐の表情が真剣なものだったからだ。祐も心から悩んでいる、そう見えたのだ。
「相手の気持ちを汲んで静観することが正解なのか、例え相手の気持ちを押しきってでも行動するべきなのか。それなりの期間考えてるんだけど、未だに答えが分からない」
「きっと…これはずっと悩みながら生きていくしかないんだろうなって、最近は思ってる」
夏美の背中から手を離すと、祐は両手を強く組んだ。言葉とは裏腹に、たった今浮かべた表情に迷いはないように見える。
「村上さんも那波さんも、相手が大切だからこそがんじがらめになってる。優しい人ってのはそうなりやすい、柵が多くなっちゃうんだよ。色んな気持ちが行きかうから」
祐は優しい表情で夏美の肩に手を乗せる。少し肌寒い9月の夜にあって、その手は温かく感じた。
「だからこそ!そんな時には優しくない、自分勝手な奴の出番だ」
夏美は困惑に染めた瞳で祐を見る。その視線を受け、祐は笑った。
「どう?村上さん。この一件、自分本位で好き放題やってる俺に任せてみない?」
「任せてって…逢襍佗君、どうするの?」
「これからそれを少しお話ししましょう。取り敢えず、絶対悪いようにはしないよ」
祐は少し顔を近づけて、夏美の瞳を覗く。藁にも縋る思いだっただからだろうか、夏美は祐のことを信じてみたいと思っていた。
「村上さんにとっても、那波さんにとっても…ね」
夏美が飛び出してから暫く経った千鶴達の部屋。なんとか気持ちを落ち着かせた千鶴は、まだ少し赤い目と鼻をそのままにリビングを忙しなく歩き回っていた。
「千鶴さん、お気持ちはわかりますが少し落ち着いてください」
「でも心配だわ。どこか知らないところまで行ってないかしら…だけど闇雲に探しても、そもそも私が行っても駄目かもしれないし」
普段の姿はどこへやら。あわあわとしている千鶴の姿はなんとも新鮮だが、このまま眺めているわけにもいかないだろう。あやかは千鶴の肩に手を乗せた。
「私から電話をしてみますから、一旦座りましょう?」
渋々といった様子で頷いたのを確認すると、早速夏美に連絡を入れようとする。その瞬間、ドアが開く音がした。その音を聞きつけて千鶴が駆け足で向かう。そこには期待通りの人物である夏美が立っていた。
「夏美…」
気まずい顔をしている夏美だが、黙っていても仕方がない。そもそもここに来るまでに一言謝ろうと決めていたのだ。意を決して口を開く。
「ちづ姉…さっきはごめ」
言葉の途中で千鶴が思いきり夏美を抱き締める。驚いて千鶴の顔を確認しようとすると、その身体が震えているのに気付く。
「ごめんね夏美…私、みんなのこと何も考えられてなかった…」
その一言に夏美の中で様々な感情が生まれる。だが今はそれを言葉として発するよりも先に、抱きしめ返すことを優先した。
「私こそごめん。ごめんね、ちづ姉」
言葉は少ないが、今はそれで充分なのだろう。二人の姿をあやかは優しい眼差しで見守っていた。
それから暫くして、千鶴は遂に二人に対して今日起こった出来事を話した。話を聞いて当然と言ってはなんだが、二人は憤怒寸前である。実のところ、あやかは和美達から報告を受けた祐を通して大まかに話は聞いていた。だが何度聞いても気分の良いものなどではない。
「最悪…完全に脅迫じゃん!」
「随分と卑劣なやり方ですね。流石に度が過ぎています」
「みんなを危険な目に合わせることになると思うと言い出せなくて…ごめんなさい…」
「ちづ姉が謝ることじゃないよ。そんなこと、簡単には言い出せないよね…こっちこそごめん」
理由を聞く事で夏美の中の申し訳なさが増した。自分が千鶴の立場であれば周りに言えただろうかと考えると、それは簡単ではないだろう。
千鶴は夏美からの謝罪に首を横に振る、彼女のことを悪くなど思える筈がない。それと千鶴には二人に一番伝えておきたいことがあった。
「二人に話しておいてなんだけど…みんなには危険なことをしてほしくないの。私のせいで怪我したりなんて、とても耐えられないわ」
なんとなく想像はしていたが、あやかは難し顔をした。気持ちは分かるが、流石に納得するわけにはいかない。
「そうは仰いましても…黙って見ているわけにはいきませんわ。そのままにしておけば、明後日の朝には千鶴さんは連れ去られてしまうのでしょう?」
「それは…そうなんだけど…」
二人の会話を聞きながら、夏美が遠慮気味に手を挙げた。二人が夏美に視線を向ける。
「え~っと、それに関してなんだけど…もうある人達が動いてるみたいで…」
「ある人?誰のこと?」
千鶴が聞くと、たどたどしく答える。その様子を見るに夏美本人も困惑しているようだった。
「親衛隊の人達が、だそうです…」
「「……親衛隊?」」
自室から管制室に戻ったハラートは、オペレーター達がざわついているのに気が付いた。
「どうした?何かあったのか」
「はい、それが…あるモニターだけ先程から機能しなくなりまして」
「モニターが?」
そう言ってスクリーンに目を向けると、地上を監視しているモニターの内、確かに一つだけ消えているものがあった。
「故障か何かではないのか」
「たった今係りの者が確認に向かったのですが、機材に故障は見られないとのことです」
全員が頭を悩ませていると、突然そのモニターに光が戻る。映像を確認してみると、映った光景に目を奪われた。何せそこには誰もいない広場でプラカードを掲げている祐がいたのだ。まるでこちらを認識しているかのようにプラカードを見せつけている。ありえない話だ、ここから地上の距離は視力が良い程度では済まない程離れているというのに。
プラカードに書かれているのは恐らくこの星の文字なのだろう。ハラートは映った祐に対して眉間に皺を寄せると、周りに聞いた。
「あそこには何と書かれているんだ?」
「解読終わりました。あの…これは…」
如何にも言いにくそうな船員にハラートは視線を向けた。
「言ってみろ」
「その…『話があるから降りてこい』と…」
静まり返る船内。ハラートはその表情を更に鋭くした。
「面白い…」
「おっせーな、もう見えてんだから早く来なさいよ」
一人愚痴をこぼす祐の前に、ほどなくして緑色の光が現れた。やっとかと掲げていたプラカードを肩に担ぐ。
「この俺に命令するとは大きく出たな地球人、今日のことがそれほど悔しかったのか?」
現れて開口一番そう告げるハラート。機嫌は良くないようだが、そこは祐にとってどうでもいいことだった。
「ご足労かけて申し訳ございませんな王子様。何分急いでお伝えしたいことがございまして」
「伝えたいことだと?お前が俺にか」
「ええ、その通りです。単刀直入に申しますと、私目と一つ勝負をして頂きたいのです」
祐にハラートは目を見開いた。正直言って、余りに予想外な発言だ。
「戦うこともしろと言ったのは俺だが、相手は選べとも言った筈だがな」
「貴方の言う通りにしたまでですよ、王子。貴方だから勝負を挑むんです」
「どういう意味だ」
会話を重ねる毎にハラートの機嫌は悪くなる。それに対して何のリアクションも返さず、祐は告げた。
「さっきは本人もいる手前正体は明かしませんでしたが、俺には隠していることがありましてね」
そう言うと羽織っていた上着を脱いだ。そこから現れた白いTシャツには、これでもかというくらいでかでかと千鶴親衛隊と書かれていた。当然ハラートにはなんと書いてあるのか分からないので、固まってしまう。
「…なんと書いてあるんだそれは?」
「お教えしましょう、千鶴親衛隊です」
「チヅル…親衛隊…」
オウム返しをするハラートに笑うと、祐は自分を親指でさした。
「俺は…那波千鶴親衛隊隊長!逢襍佗祐だ!」
祐の声が夜空に響き渡る。この状況をツッコむ人物はここにはいない。ハラートは今のこの状況を真剣に受け止めていた。
「チヅルの親衛隊隊長だと!?」
「そうとも。那波さん本人には隠しているが、俺達は本人の知らないところで彼女を見守ってきたのさ」
「俺達…どれ程の組織なんだ」
「俺含めて三人くらです」
「…少なくないか?」
「地球じゃそんなもんっすよ」
祐は当たり前のように嘘を言った。しかしハラートにはそうだと分からないので、話はそのまま進んでいく。
「その親衛隊隊長である俺が言わせてもらう。ハラート、あんたは那波さんに相応しくない」
「貴様…いくら寛大な俺でも我慢の限界はあるぞ?」
睨みつけるハラートに逸らすことなく視線を返すと、ポケットから機材を取り出した。ボタンを押すとそこから音声が流れる。その音声は他でもない、ハラートが友人を人質に千鶴を脅迫しているところのものであった。そこでハラートは祐に警戒心を抱く。
「聞いていたのか…いったいどこで」
「重要なのはそこじゃない。重要なのは、あんたが那波さんを脅迫したってことだ」
僅かに祐の纏っている雰囲気が変わったような気がする。同時に身体の内が冷えた感覚を覚えたが、気のせいだとその考えを振り払った。
「彼女が幸せなら宇宙人だろうがなんだろうが、相手が何者だろうと祝福しよう。だがあんたは駄目だ、今のあんたじゃどうやったって彼女を幸せになんざできない」
「吠えるじゃねぇか、喧嘩すらしたことがない奴が」
「そんな奴が喧嘩しようって言ってるんすよ、受けないわけないですよね?」
なにか策があるのかもしれないが、そんな小細工程度で敗れる筈がない。少なくともこちらはそれなりに戦闘経験があるのだ。戦いというものを何も知らない小僧に現実を教えてやろうと考えているハラートは、正直言って冷静ではなかった。
「いいだろう、受けてやる。その喧嘩とやらをな」
「そいつはよかった。実はこの国には、勝負を決める神聖な競技があるんですよ。それで勝負するとしましょう」
「乗ってやるよ、どんな勝負だろうと俺が勝つんだからな」
「なら一つ、約束して頂きましょうかね」
祐が人差し指を立てる。ハラ―トは視線で続きを促した。
「俺が勝ったら、那波さんから手を引いてとっとと自分の星に帰ってもらう」
祐からそのように告げられてもハラートの余裕は変わらない。その表情から自分が負けることなど微塵も考えていないのが伝わってくる。それでいい、下手に警戒されるよりも余程やりやすいというものだ。
「なけなしの勇気を出したんだろうから、その心意気を汲んでやる。そうなったら大人しく帰ってやるよ。お前が勝てたら、だけどな」
「言質は取りましたよ、王子様」
ハラートは祐を嘲笑う。だが祐としては今の発言を引き出せた時点で充分ではあった。
「それで?お前の言う神聖な競技ってのはなんなんだ?」
ようやくきた質問に祐は静かに笑うと、先程のように平然と嘘をつき始める。
「王子様。棒倒しってご存知ですか?」
「那波千鶴親衛隊…」
「なんですかそれは…」
「わ、私もよく分からないけど…そう名乗る人からさっき話し掛けられて…」
夏美が祐から聞かされたのは那波千鶴親衛隊なるものが秘密裏に結成されていて、その親衛隊がハラートをなんとかするつもりらしいというもの。自分もそれに少なからず関わっていて、恐らく今日中には作戦を開始するらしい。
また親衛隊のことは話してもいいが、自分が関わっていることは秘密にしてほしいと頼まれた。よって二人には外に出た時に、その親衛隊の一人に話し掛けられたのだと説明した。
「あ、怪しすぎますわ…」
「その通りではあるんだけど、凄い熱弁されたの。あれはたぶん嘘じゃなかったと思うんだ」
「熱弁って、いったい何を?」
「…ちづ姉がどれだけ素晴らしい人で、あのハラートって人がちづ姉には相応しくないってこと」
千鶴とあやかが何とも言えない顔をするのは仕方のないことである。夏美は帰ってくる際に祐がいい加減に決めた嘘の話を、自分の中で再構築しながら話していく。演劇部なのが関係しているのかは分からないが、夏美は意外と演技派であった。
「本人が心に決めた相手ならどんな人でも祝福するけど、あんな人には任せられないって」
「何目線なんですかその人達は」
ご尤もなことを言われるが、ここで折れるわけにはいかない。屁理屈でも押し通せばなんとかなると祐は言っていたが、ちゃんと話し合って決めなかったことを夏美は今になって後悔していた。
「でも気持ちは分かるでしょ?私だっておんなじ。あんな人にちづ姉を連れて行かせたくなんかない」
「それは私も同じ気持ちではありますが…」
そこであやかはもしやと考える。その親衛隊はひょっとすると祐が考えたでっち上げの話ではないかと。祐がこの件で動くのは確定してる。本人から親衛隊関連の話は聞いていないが、そう考えると自分でも驚くほど腑に落ちた。
「夏美さん、ちょっとこちらへ」
「え?いいんちょ!?」
突然夏美の手を引いて、千鶴から離れていくあやか。千鶴は困惑しながら二人を見ていた。距離を取ったところであやかが千鶴に聞こえないように小声で話し始める。
「その親衛隊というのは、祐さんが関わっているのではありませんか?」
心臓を掴まれたような錯覚を起こすが、夏美の表情はぶれなかった。今この瞬間、夏美は間違いなく名女優であった。
「逢襍佗君が?なんで?」
一度あやかはため息をついた。それは夏美に対してではなく、自分の予想が当たっていたと確信したことに対してである。
「安心してくださいな、私は祐さんから千鶴さんの件で既に話をされています。親衛隊という話は聞いていませんでしたが…彼が動いているのは知っていますから」
夏美はとてもではないが、祐のことを詳しく知らない。しかし今のあやかを見ていると、よく祐という人間を理解しているんだろうと思った。そもそも夏美自体、あやかのことを信頼している。彼女の言葉は信じていいだろう。
「…うん。さっき逢襍佗君に会って、その話をされた」
「やはりそうでしたか。分かりました、なら私も口裏を合わせると致しましょう」
二人は頷き合うと千鶴の元へと戻っていく。千鶴は相変わらず状況に戸惑っていた。
「二人とも、どうしたの?」
それぞれが指定の席に着くと、一度咳払いをしてからあやかは千鶴に視線を向けた。
「千鶴さん、その親衛隊に関してですが…信じてみてもよろしいかと」
「えぇ…」
先程とは打って変わったあやかの態度に、千鶴の戸惑いは更に強くなった。
「先程夏美さんと話して思い出したのですが、私達A組の誰かにファンクラブのようなものが存在しているとは以前から実しやかに囁かれていました」
「初耳なんだけれど…」
「なんでもその集団は、その人の幸せを何よりも望んでいるとのことでした。表立って行動はせず、人知れず対象を見守っていると」
「それってストーカあふん!」
思わずそう呟いてしまった夏美の後頭部を素早くはたくあやか。はたかれたことに思うところはあったが、口を滑られてしまったのは確かではあるので夏美は何も言わなかった。
「その対象の人物が千鶴さんだったのは驚きですが、これはありがたいことかもしれません。何せその集団は無駄な争いはしないまでも、かなりの実力者が集まっているらしいですから」
「ず、随分詳しいのね…」
(ちょっといいんちょ、そんなこと言って大丈夫なの?)
(いいんです!少しくらい話を盛らなければ、千鶴さんを渋々でも納得させることは出来ませんわよ!)
耳打ちをしてくる夏美にあやかが強く言う。このごり押し具合は奇しくも祐と通ずるものがあった。幼馴染だからといってそこは似るものなのだろうか。だが今一番大事なのは、千鶴をハラ―トに連れて行かせないことで、それには周りを頼ることが必要不可欠だ。周りに助けを求める、千鶴にはそれを納得してもらう必要がある。
「千鶴さん、貴女のお気持ちも分かります。友人が危険な目に遭うのは、辛いことです。ですが私は、危険な目に遭ってでも貴女を行かせたくはありません」
「あやか…」
「確かに危ないことは怖いけど…それよりもちづ姉が居なくなっちゃう方がもっと怖いよ。それに、このまま黙ってちづ姉を行かせたら…きっとこの先、笑って生きていけない」
二人からそう言われ、千鶴は黙ってしまう。間違いなく揺らいでいる、あと一押しだ。
「話は聞かせてもらったわ!」
突然ノックもせずに和美が部屋に入ってくる。三人が驚いた顔でそれを見ると、勢いを弱めない為に間髪入れずに口を開く。
「千鶴。悪いけどあの瞬間の映像と音声、しっかり撮らせてもらってたわよ」
その言葉に驚愕の表情を浮かべる千鶴。夏美は少し呆れた目を向けた。
「抜け目ないんだから…」
「今回はいいでしょ!これは決定的な証拠になるわよ、あの人が千鶴を脅して無理やり連れ去ろうとしたって証拠にね」
「確かに…それがあればあちらの非道を証明できます。偶には善行をしますわね和美さん!」
「さっきからなんなのあんたら!?」
もう少し夏美達に問い詰めたいが、それは一旦置いておいて話を進める。
「桜咲も龍宮もこの件に協力済みよ。千鶴、もう観念して周りを頼りなさい」
和美達三人からの視線を受け、千鶴は力なく笑った。もうここまで話が広まったとなっては、黙っておくことなどできないだろう。
「困ったわね…そこまで話が進んでたなんて…でも、どうしてそこまでしてくれるの?」
千鶴が発した疑問に三人は顔を見合わせると、代表して夏美が答える。
「知らないの?みんなちづ姉が思ってる以上に、ちづ姉のこと大切なんだよ」
千鶴は静かに俯く。両手で顔を覆うと、それが涙を流しているのだと周りが気付いた。夏美とあやかはそっと千鶴に近づき、彼女を抱きしめる。一つ目の山場を越えたのを確認して、和美は腕を組んでから深く息を吐いた。
(こっちは一先ず成功か。後はお任せするしかないわね)
「と、いうことで!これから勝負することになりました!」
『いや急だな⁉︎』
ハラ―トとの話を付けた祐は、グループ通話で当麻と士郎に報告を行っていた。
『これからって…何時からだ?』
「決戦は24時です」
『深夜だな…』
『良い子は寝る時間だぞ』
「お前ら良い子じゃないんだからいいだろ」
『『……』』
それに関する返答はなく、ため息の後に質問がくる。
『それで、どこに行けばいいんだ?』
「麻帆良の第二グラウンドだ。そこでケリつける」
『因みに勝負の内容ってのは』
「棒倒し」
三人に沈黙が訪れる。聞きたいことは幾らでもあるが、取り合え一つずつ消化していくことにした。
『あの…私目の記憶だと、こっちは三人しかいないんですが…』
「心配するな、3対3の棒倒しだ」
『棒倒しってそんなルールあったっけか?』
「いや、俺のオリジナル。双方の陣地に棒立てて、それを先に倒した方が勝ち。シンプルだなぁ、シンプル・イズ・ベスト」
『…とにかくそっち行くわ』
「飯食ってからでいいぞ。あと士郎は俺が迎えに行くよ」
『はいよ』
諸々のことを決めて通話を終了すると、一度夜空を見上げてから歩き出した。
「やろうぜハラート、漢の喧嘩だ」
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