時刻は間もなく24時になろうとしている。静まりかえる麻帆良の第二グラウンドの中央に三人の男達がいた。その正体は祐・士郎・当麻である。
「もう直ぐ時間だな」
「なぁ…この服着る必要ってあったのか?」
士郎が自分の服を見ながら聞く。その服とは祐がハラ―トに見せた親衛隊Tシャツのことである。律儀に士郎と当麻の分も作っていたのだ。
「超さんがものの数分で作ってくれた物だぞ!着れることに感謝せえ!」
「これどのタイミングで着ればいいんだよ…」
「部屋着でもここぞの勝負服でも使えばいいじゃない」
「使えるか!」
士郎の反応とは違い、当麻としては部屋着ぐらいならいいかと思っていた。それに今は服のことより気になることがある。
「それより今からくる奴らってどれぐらい強いんだ?宇宙人ってことしか知らないんだけど」
当麻からの質問に、祐は手を顎に当てた。
「そうだなぁ…身体能力は人並み以上って感じだと思うけど」
「能力とかは?」
「あいつらと対峙した時に危機感は覚えなかったな。だからその程度だよ」
「お前の危機感の幅は俺達とは違うんだぞ…」
「なんか出してきたら当麻に任しちまおうぜ?」
「人柱にしないでいただけますかね?」
緊張感のない会話をしていると三人の前に緑色の光が現れた。しゃがんでいた状態から立ち上がると、首を鳴らす。
「さて、王子様のご登場だ」
光が晴れるとハラ―トを中心に、左右を戦闘服と思われる服装をした二人の男が囲んでいる。
「怖気づかなかったことは褒めてやるよ」
「夜分遅くにどうも王子様、お褒めに預かり光栄です」
ハラ―トは祐から士郎と当麻に視線を移す。
「お前達が他のチヅル親衛隊か」
気乗りしているわけではないが、ここまできたら乗り掛かった船だ。二人は口裏を合わせることにした。
「ああ、親衛隊その1だ」
「同じくその2」
三人を見回してハラ―トは鼻で笑った。
「どんな奴らかと思ったが、ただのガキの集まりとは。しかも本当に三人か」
「少数精鋭なもので」
目に見えた挑発に反応することなく祐達は横に並んだ。
「約束通り、俺達はこの三人で勝負してやる。謝罪をすれば今ならまだ許してやらんこともないぞ?」
「お気遣い痛み入ります王子。しかしご心配なく、覚悟はしていますので」
頭を下げるとグラウンドの奥にそれぞれ立っている棒を指さした。
「ルールは至って単純です、それぞれの陣地に立っている棒を先に倒した方の勝ち。妨害は可能ですが、急所への攻撃は反則です」
「いいだろう。それと俺達ブライト星人は大気中に溢れるエネルギー、フォトンと呼ばれるものを操ることが出来るんだが…」
ハラ―トはその口元を釣り上げる。
「それは使わないでいてやる」
「わざわざハンデくれていいのか?」
士郎がそう聞くとハラ―トは笑う。
「ハンデではない、これはお前達に完全な敗北を与える為だ。あんな能力を使われたから勝てなかったという言い訳を潰す為のな」
「それはありがたいこって」
呆れたように言う当麻を見るハラート。そんな当麻の肩に祐が手を乗せた。
「こっちからすれば得しかない話だ、頂戴しようや」
「ああ」
それから白線で引かれたスタート位置に着く両者はお互いを視界に捉える。勝負の時は目前であった。
「力は使うのか?」
「あっちがその気ならこっちも使わない。身体一つでいく」
「了解」
士郎に祐がそう返すと、当麻はため息をついた。
「使えば楽なのに」
「カッコつけさせてくれ、こういうの好きなんだ」
「知ってるよ」
同時刻。千鶴の部屋に夏美が枕を持って静かにやってきた。
「ちづ姉、まだ起きてる…?」
「ん…夏美ちゃん?」
少し上体を起こすと、恐る恐る夏美が近づいてくる。どこか緊張している様子を不思議に思っていると、夏美は口を開いた。
「あの、よかったらご一緒してもよろしいでしょうか…」
枕で顔を半分隠しながら聞いてくる夏美に千鶴は小さく笑った後、奥に寄ってスペースを開ける。
「どうぞ、狭いですけど」
「お、おじゃまします」
縮こまってベットに入る夏美は、まるで借りてきた猫のようだ。夏美が入ったのを確認して、千鶴は毛布をかけた。二人とも仰向けで天井を見つめている。
「ちづ姉」
「なに?」
「絶対大丈夫だよ、ちづ姉は連れていかれたりなんかしない。みんなが協力してくれるんだもん」
「…ええ、ありがとう」
「おやすみちづ姉」
「おやすみ、夏美ちゃん」
普段より温度が高いベットの中。9月の夜には少し暑い気もするが、それでも二人には心地よかった。
「よーいどんで試合開始と行きましょう。準備の方は?」
「いつでも来い」
スタートラインに立った全員が腰を低くした。深夜故、周りからの音は聞こえない。
「よーい…」
「どん」
合図とほぼ同時に飛び出したハラートは祐に向けて一直線に進んでくる。常人では出すことが不可能な速さで目の前に迫ると、顔面を狙って腕を振り上げた。
「手加減はなしだ!」
強く握られた拳が迫り、風を切り裂く音が鳴る。しかしハラートが突き出した拳が届くよりも早く、祐の拳がハラートの腹部を貫いた。身体をくの字に曲げて後方に吹き飛ぶハラート。左右にいた部下は、思わず吹き飛んだ方向を見つめる。
祐は殴った状態を解くと、ハラートに向けて走り出した。
「取り巻き頼む!王子様は俺がとる!」
「よっしゃ!」
「任された!」
続けて当麻と士郎もそれぞれの相手に向けて走り出す。部下達の反応が遅れて祐は既にハラートに迫りつつある。急いで止めに入ろうとするが、向かってきた二人が正面に立って行手を遮った。頭を振るってなんとか立ち上がったハラートは、こちらに迫る祐に視線を向ける。
(なんだ今のは…まぐれ当たりだっていうのか⁉︎)
今の一撃は決して軽いものではなかった。地球人の戦闘能力は低いはずで、ましてや祐は喧嘩の一つもしたことがないと言っていた筈だ。実際祐から覇気のようなものは感じなかった。だからこそ話を信じていたが、まさか一杯食わされたのか。
「ふざけやがって…!」
祐を睨みつけて走り出す。その距離が近づくと、互いの拳を突き出してぶつけ合った。衝突した拳から生まれた衝撃の余波が周囲を揺らす。歯を食いしばるハラートに反して、祐は鋭い表情を浮かべてはいるものの、そこに必死さは見られなかった。
(なんだその目は…!会った時のこいつはこんな目はしていなかった!)
拳で押し合いながら両者とも視線は相手から外さない。祐から向けられる視線を、この状況にあってハラートは無視することができなかった。
(戦いどころか喧嘩すらしたことがない一般人が見せる目じゃねぇ!俺はこの目を見たことがある…!この目はまるで戦士の)
瞬間、祐の右拳がハラートの拳を押し返す。押された反動で自分の腕に振られるかのようにハラートが体勢を崩すと、押し切った勢いを利用して回転を行い、左の手の甲を頬に叩き込む。
裏拳打ちが直撃し、脳を激しく揺さぶられる。一瞬真っ白になった意識の中、気がつけば視界が反転していた。祐は手の甲を振り抜いた動きさえ利用し、視界の定まらないハラートの胸ぐらを右手一本で掴んで背負い投げをしたのだ。少しして背中から地面に落ちる、強く打ち付けたことで体内の空気が意図せず口から吐き出された。
「ハラート様!おのれ…!」
倒れたハラートを見た部下が相対していた当麻に拳を振ると、放たれた攻撃を顔を庇うように上げた左腕でなんとか防ぐ。勢いを殺すために横に逸れたのを見計らい、部下が祐に向かおうとする。しかし当麻が背を向けて走り出した部下の右足に飛びつくと、それにより部下は転倒した。
同じ瞬間士郎と対峙している部下は何発か攻撃を当てるも、士郎の動きが鈍っていかないことに違和感を覚えていた。
(何度か当たってる筈だ…なんだこいつの打たれ強さは⁉︎)
弱る様子を見せない士郎に対して焦りが生まれる。その焦りは動きに隙を生んだ。士郎は大きく踏み込むと、相手の懐に入る。まずいと思い身体を引こうとした部下の顎を士郎の拳が捉え、鋭い拳に首をもっていかれた部下の足腰がぐらつき、即座に背後に回った士郎は後ろから羽交締めにして動きを封じた。
それを見た当麻が立ち上がり、うつ伏せに倒れた部下の背中を踏んで走り出す。
「ぐえっ!」
「士郎!そのまま!」
「善処する!」
士郎を振り解こうとするが、上手く剥がすことはできない。音が聞こえて目の前を向くと、どうやら間に合わなかったようだ。
「歯食いしばれ!」
跳躍した当麻は勢いを乗せた右腕を振りかぶる。向かってくる右腕を前に、言われた通り歯を食いしばることしかできない。渾身の右ストレートが炸裂し、部下は膝をついてそのまま倒れた。
起き上がるハラートは、今自分の目に映る光景を信じたくはなかった。こちらは僅かな間にこれほどのダメージを負っているにも関わらず、祐に関しては無傷である。少し先を見ると部下の一人は倒れ、もう一人は親衛隊の二人に関節技を掛けられている。舐めきっていた相手にここまでされては、冷静な判断は難しかった。
「お前、本当は何者なんだ…ただの地球人じゃねぇだろ!」
「かもな。ただ生憎自分でも自分が分からなくてね」
無機質な返答だ。自分のことであるはずなのに、どこまでも他人事のようである。自分のことさえよく分かってない子供に対してこの体たらくとは、ハラートのプライドは大いに傷つけられた。
「俺はブライト星の王子として相応しい相手を見つけた、みすみす逃すつもりはねぇ!」
「さっきも言っただろ、お前は那波さんに相応しくない」
「相応しくないだと?俺は一惑星の王子だぞ!」
その言葉を受けてか先程とは違う冷めた視線を送り、ゆっくりと歩みを進める。
「あの子は優しい子だ、優しすぎるくらいにな。だからあの子の隣に立つ奴は同等か、それ以上の優しさを持ってないと吊り合わない」
「何が優しさだ!その相手がお前だとでも言うのか!」
祐は心底呆れたように笑った。余りに的外れな意見だ、笑わずにはいられない。そんなわけがあるはずがないのに。
「馬鹿言うな、俺もお前も予選落ちだ」
嘲笑う祐にハラートは強く拳を握る。全身が震える程の力を込めて怒りを表した身体から力の流れを感じた。
「使ったな」
右手をかざすとそこに緑色の光が収縮し始める。どうやらこれがブライト星人が操ることのできると言っていたフォトンなのだろう。少し期待をしていたが自分と同じ力ではないと分かり、僅かに落胆した。
「俺は立場ってものがある…お前のような訳の分からない相手に負けるなどあってはならない!」
今のハラートには祐の存在しか見えていない。狙いを付けられているにも関わらず、何の反応も見せないことにさえ疑問を持つことはなく捲し立てた。
「この場所を貴様ごと吹き飛ばしてやるぞ!それでこの下らん遊びも終わりだ!」
最大まで溜めたフォトンを放出しようとした瞬間、突然体から力が抜けるような感覚と共にフォトンが消えた。
「は?」
呆気に取られて思わず口からそうこぼれた。そこで気付いたが、左腕に違和感を覚える。少しずつ視線を向けると、左腕が当麻の右手によって掴まれていた。
「お前…何をした…?」
「見て分かんねぇのか?右手で掴んでんだよ」
「何を言って」
言葉の途中で物音が聞こえる。今度はそちらを見ると、どこから取り出したのだろう。虹色に光る槍を祐が手に持っていた。
「先に使ったのはそっちだからな、文句は無しだ。それと…」
「自分で言ったことは守るべきだったな、ハラート」
祐が鋭い眼光を飛ばす。目が虹色に輝くとそれを直視したハラートは何故か身体が硬直し、自分の意思で指の一本も動かすことができなくなった。
(動かねぇ…!なんなんだこれは!?)
「士郎」
名前を呼ぶと同時に槍を士郎に軽く投げて渡し、それを士郎が掴むと祐を見た。
「槍投げは専門外だぞ」
「物は何でもいいだろ、お前なら当てられる」
祐に視線を向けられながら言われると、士郎はそれから何も言わず構えを取る。その目は既に標的を捉えていた。一切のブレもない動作で光の槍を投げると、放たれた槍は一直線にハラート側の棒を射貫き、地面へと突き刺す。呆気に取られているハラートに祐は声を掛ける。
「ルールは説明しただろ。これは棒倒しだ、殺し合いじゃない」
勝敗が決した瞬間は、槍が風を切り裂く音以外は何も聞こえぬ程静かだった。
「勝負あったな」
一瞬で目の前に祐が現れた瞬間、ハラートの意識は闇へと落ちた。
ハラートが目を覚まして周囲を見回す。そこは自分の船の医療室で、身体を起こすと壁に寄り掛かっている祐が見えた。
「てめぇ!なんでここに!」
「ハラート様⁉︎落ち着いてください!」
横にいた医療スタッフ達がハラートを抑えつけると、祐は壁から離れてハラート達に近寄る。
「お迎えが来たと思ったら、あんたの残りの部下が攻撃仕掛けてきたんでな。何人かぶっ飛ばして大人しくしてもらったところでお邪魔してる。なんせ夜中だ、周りに人は住んでないとはいえ静かにしないと迷惑だからな」
「なんだと…」
「ハラート様…この者が言っていることは本当です…」
「この艦の戦闘部隊は、半数以上が今現在も気を失っている状態です」
部下達の暗い表情を見て、ハラートは身体から力が抜けてベットに座り込む。
「さて、約束通りあんたらにはとっとと自分の星に帰ってもらいたいんだが…その前に一つ」
「こんな辺境の星の、それも一般人のガキに負けたとあったらあんたの面目も立たないだろ。だからこうしよう」
ハラートの視線がこちらに向いたのを確認して、祐は本題に入る。
「あんたはこの星で素敵な女性を見つけた。だが相手の気持ちを無視したやり方で彼女を手に入れようとしてしまった。そんな中で彼女を大切に思う人達を見たり、親衛隊を名乗る奴らからの強烈な説得を受けて、自分では彼女を幸せにできないと気付いたあんたは自ら身を引いて星へと帰る決断をした…ってな」
「何故そんなことを…」
「紛いなりにも惚れた相手だ。もう二度と会うことはないとしても、最悪の印象のまま終わりたかないだろ?これでいい印象に変わるなんてことはないが、今より少しはマシにはなる」
「俺としてもそうしてくれた方が色々と都合がいいんだ。あんたも俺もどっちも損をしない、悪い話じゃないだろ」
ハラートも部下達も何も言葉を返さず、全員が顔を下に向けたままだ。ハラートは生きてきた中で初めての敗北を味わったこと、部下達は自分達が目の前の相手に手も足も出なかった現実にショックを受けていた。それは感じ取りつつも、そこまで面倒を見るつもりはないと祐はポケットからメモ帳を取り出してハラートに投げ渡す。
「それを読んでもらうぞ」
そう言うとハラートを映す為、持ち込んでいたビデオカメラを設置し始める。
「要点を纏めてあるから、それを元に彼女に謝ってもらう。映像として残すのは、直接会わなくてもいいようにだ」
ハラートは拳を強く握る。形はどうあれ千鶴が好きだという思いに関しては本物であり、はい諦めますと直ぐに言えるほど軽いものではなかった。
「俺は…俺は千鶴を本気で」
「それは知ってる。でも間違い過ぎた」
下げていた視線を祐に向ける。セッティングを続けながら、ハラートを見ることなく祐は言った。
「顔合わせてたんだから分かるだろ。あんたと話してる時のあの子、どんな顔してたよ?」
自分と会っていた時の千鶴の顔を思い出す。覚えていないなどとは言えない、ハラートは千鶴しか見ていなかったのだから。だがどんな表情だったかは口に出したくなかった。
「那波さんに惚れたあんたの目は間違ってないよ。でも取る行動全部が間違い過ぎて、地雷しか踏んでない。あんた自分で自分の可能性を潰しちまったんだよ。彼女は生まれや種族なんて関係なく、相手のことをちゃんと見てくれる子だったのに」
いつものようにそんなことはない、知ったことかと言えればよかった。俺の選択は間違ってなどいないと。しかしハラートからその言葉が出てくることはなかった。
「相手の意思なんて関係ないって考えてる奴を、きっと彼女は好きになってくれないよ」
言い返してやりたい、黙らせてやりたいと思っても今の自分では叶わない。言葉でも力でもそれは同じで、だからこそどうしようもなく自分に惨めさを感じた。
「彼女のことを本気で好きなら、これが最善だ。さっさと始めよう、あの子を早く安心させてやれ」
その時のハラートは初めて相手にではなく、自分に対して怒りを覚えていた。
「ん…」
カーテン越しに差し込む朝の光を浴びて、千鶴が目を開ける。横にはまるで離さぬようにと千鶴の手を握る夏美がいた。優しく握り返し、そっと夏美の髪を撫でる。くすぐったそうに身を捩る姿に思わず笑みがこぼれた。ふと置いてあるスマホに手を伸ばすと、画面はメールが来ていることを知らせている。見てみると差出人不明のメールには、どうやら動画が添付されているようだ。
非常に気になるが、ハラートの問題もある。従って千鶴一人で見ることはせずに、二人が起きてから確認することにした。
「じゃ、じゃあ再生するよ?」
「はい」
「ええ、お願い」
夏美達が起きたのち、メールのことを話した。これを無視できるわけもなく3人が横並びに席に着くと、何故か再生担当に任命された夏美が緊張の面持ちで画面に触った。動画が再生されると映ったのはやはりというかハラートだ。
「うわ!出た!」
「夏美ちゃん、当たりが強いわね」
「まぁ、そこは仕方ありませんわ」
しかしどういうわけか動画のハラートは雰囲気が違う。千鶴達が見てきた自信しか持ち合わせていないような態度は形を潜め、言ってしまえば意気消沈したような姿だ。違和感を抱えたまま動画は進んでいく。
『あーチヅル…俺だ。実は君に伝えたいことがあって、この映像を送った。直接ではないのは許して欲しいが、その方がお互いに良いと思ったんだ』
やはりいつもの様子ではない。3人は一度顔を見合わせていると、再びハラートは話し出した。
『実は先程、チヅルの親衛隊を名乗る集団が接触してきてな。平和的とまではいかずとも…まぁ、色々と話し合った』
先が読めず、黙って動画を視聴する3人。ただ、時折まるで何かを確認しているように視線を落とすハラートの姿に僅かな違和感を覚えた。
『自分の気持ちだけを優先し、相手のことを思いやれない方法では君を幸せには決してできないと言われた。それはもう、さまざまな意味で強烈にな。正直、かなりのダメージを受けた』
そこで言葉が詰まったハラートの表情は、一言では言い表せない感情が浮かんでいた。
『言われたこと全てに納得したわけじゃないが、思うところもなかったわけじゃない。そして改めて、友人に囲まれている君を見返して分かった』
『俺は、一度も君を笑顔にできていなかった。この数回の間に、俺が見た君の表情は暗いものだった』
いよいよ話が分からなくなってきて夏美は困惑した。千鶴は真剣な顔で映像を見続ける。
『俺が、君をそうさせてしまった。君の意志など関係ないと、俺のものにすることしか考えていなかった』
『俺は…俺は急ぎ過ぎて、間違い過ぎたのか?生まれてきてから、好きになった人にどう接するべきかなど…誰も教えてはくれなかった。欲しいものは勝ち取るということしか、俺は知らない』
当然その質問に答える者はいない。虚しさのようなものを感じながら、3人は何も言うことはなかった。
『俺は、星に帰ることにする。今の俺では、君には相応しくないという言葉に…もう言い返せない』
恐らく彼は悔しいのだろう、それがありありと伝わってきた。それが自分に対してなのか、別の何かに対してなのか、それともその両方か。そこまでの判断は付かなかった。
『ただ、これだけはどうしても伝えておきたい。君を好きだと言った俺の気持ちは…嘘なんかじゃないんだ。それだけは、どうか覚えていてほしい』
『最後になるが…さよならチヅル、今まですまなかった。この星で君に出会えたことは…いや、やめよう。幸せに暮らしてくれ』
頭を下げたところで映像は終了した。終わった後、誰も口を開かない時間がしばらく続く。一番最初に沈黙を破ったのはあやかだった。
「終わった…ということでいいのでしょうか?」
「よく分かんない。なんか…もやもやする…」
正直すっきりとしない終わり方に、夏美は眉をひそめた。いなくなるにしても、最後まであの態度でいてくれれば憎まれ口でも叩けたものを。何があったかは知らないが、酷くショックを受けた様子だった。だからといってハラートを許すつもりなど無いが、それでも夏美は何か言う気になれなかった。それが余計に腹立たしくも感じる。
あやかは夏美を見た後、千鶴の様子を確認する。映像を見ていた時と同様、千鶴は黙って終わった映像を見つめていた。あやかが立ち上がり、二人の肩に手を置いた。
「一先ず、支度を致しましょう。今日も学校はあるのですから」
「そうね、朝食も作らないと」
千鶴も立ち上がると、あやかと夏美の手を取った。
「ねぇあやか、夏美ちゃん。せっかくだから、今日は二人も手伝ってくれない?」
「ええ、喜んで」
「…うん、偶には私も頑張ってみようかな」
三人は手を繋いでキッチンへと向かう。やるべきことを手近なところから片付けるのは、日常生活を行う上で大切なことだ。今日も日常が始まる、それは何より三人が求めていた事だった。
『千鶴サン達は映像を見たようネ。これにて一件落着でよろしいカ?』
「そうだね、ありがとう超さん」
『これぐらいどうってことないネ』
差出人不明のメールの送り主は超で、これも祐が手を回していた事だった。今はスマホで連絡をしているところである。
『彼はもう帰ったのカナ?』
「うん、あの後直ぐに星に帰っていったよ」
『それはそれは。後で一応こちらでも確認してみるネ』
祐は一人空を見ながら超に返事をする。静かな朝だ、まだ麻帆良が賑やかになるには少し早い。
『祐サン、私は貴方の行動に感謝してるヨ』
祐は空を見上げたまま、反応を返さなかった。それを予想していたのか、超は気にせず続ける。
『あのまま行っていれば、間違いなく彼は千鶴サンを連れ去ろうとしていた。当然みんなは止めに入る、そうすればもっと大事になっていたネ』
『例え屁理屈でも男と男の勝負に落とし込んだこのやり方は、中々悪くないやり方だと思うヨ。言ってしまえば平和的な解決ネ』
「そうだと嬉しいな」
祐は小さく笑う。また彼女に気を使わせてしまった。天才であり洞察力の高い超に甘える形を常に取っている気がするのは、きっと気のせいではないのだろうと思う。
『千鶴サンの友人の一人として、ありがとう祐サン』
「超さんにそう言ってもらえるなら、やった甲斐があったよ。それに天才のお墨付きなら、安心できるね」
『うむ、天才である私が保証しよう』
慣れているかどうかは置いておけば、こんなのはいつものことだ。やっている時は迷わず走れるが、いざ終わった後にこの考えはいつもついて回る。意志が弱いのかなんなのか、面倒なことこの上ない。自分でもそう思っている。
だが自分の取った行動に対して自信しかなく、疑問も持たないのは違う気がする。明確な答えなどないのだから、そこら辺は都合のいいように解釈すればいいのにと心の中で自分に言った。面倒な性格なのは間違いないが、何よりただ不器用なだけではないのかと、最近はそう思えてならなかった。
ただ一番重要なのは、これで千鶴がみんなと一緒に生活を続けられるということ。それが達成されたことに関しては、絶対に間違いではないと言えた。だからきっと、これでいい筈なのだ。
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