千鶴達が寮のロビーに着くと、そこには部活の朝練がある者以外全員が集まっていた。その光景に驚いた顔をする千鶴。
「おっはよ~三人とも!今日も一緒に行こうじゃないか!」
風香が元気に声を掛けてくる。周りも千鶴達に挨拶をすると、これから色々と説明しなければと千鶴達は苦笑いをした。
「う~ん…これ信じて大丈夫なの?」
あれから起きたことを説明した千鶴達はそのまま登校し、現在教室で例の動画を全員で見ている。仕方のないことだが、美砂は疑いの目を向けていた。それは他のクラスメイトも同じようだ。
「演技には見えないけど実際分からないよね。ほっとしたところを狙うってのも考えられるし」
「取り敢えず、暫く護衛は続けておく。那波もそのつもりでな」
「ええ、よろしくね真名さん」
笑顔で返事をする千鶴を見て、真名は少し不思議に思った。それを感じて嬉しそうに千鶴が話す。
「一人で抱え込んでいると怒られちゃうから。嬉しい悩みね」
「ああ、大体分かった」
真名が横目で確認すると、夏美の顔が少し赤くなっている。それを見て深くは聞かないであげることにした。
「そのことなんだガ、実は今日の4時過ぎにあの宇宙船は地球から離れていったネ。私が確認済みヨ」
突然超が言ったことに周りは首を傾げた。
「確認て…どうやって?」
「自前の衛星を使ったネ」
「なんだ自前の衛星って!?」
「そもそも衛星って一個人で持てるものなの?」
「てか知ってたんなら先に言ってよ!」
「教室に着いてから言おうと思っていたネ」
「天才に凡人の心は分からないのか!」
「は~!これだから天才ってやつは!」
バッシングを受け始めた超が珍しくムッとした顔になる。
「何故そこまで言われなければならないのカ!もう怒ったヨ!実家に帰らせてもらうネ!」
教室から出ていこうとする超を周囲が急いで止めにかかった。
「ああ!待って超りん!」
「お願い!見捨てないで!」
「超りんがいなくなったら、このクラスの偏差値が更に下がっちゃう!」
「今更でござるよ?」
「お前が言うな!」
「せめて頭脳だけでも置いていって!」
「欲しいのは私の頭脳だけとは!なんて人達ネ!」
「そもそも実家って何処よ?」
「中国でしょ」
騒がしいクラスの様子に笑う千鶴。その姿を見て、夏美は優しい表情を浮かべた。
「良かったですね、村上さん」
「うひゃあ!さ、桜咲さん…脅かさないでよ…」
「す、すみません!そんなつもりでは…」
突然後ろから声を掛けられて思わず大声を出してしまった。刹那は随分と申し訳なさそうにしている。
「あ~ごめんね、びっくりしちゃって。でも…うん、本当に良かった」
微笑む夏美に刹那も笑顔になる。大切な友人が危険な目に合うことの辛さはよく分かるつもりだ。だから夏美のことを気に掛けていたが、どうやらこちらも大丈夫のようで安心した。
「あっ、そうだ。桜咲さんもちづ姉の護衛だったよね、親衛隊のことについては知ってる?」
「親衛隊?…ああ、例の親衛隊のことならば少しは」
「誰がメンバーとかって話は?」
「いえ、そこまでは私も」
本当は祐が作ったものだということも知ってはいるが、そこに関しては他言無用だと言われた為知らないふりをする。
「そっか~、逢襍佗君に聞いたら教えてくれるかな?」
小声で呟きながら考える仕草を取る夏美に対して、しっかりと言ったことが聞こえていた刹那は苦笑いをした。
「え~、というわけで…遅ればせながら今回はお疲れ様でした」
「「お疲れ様でした」」
人気のない中庭で祐が士郎と当麻に頭を下げると、二人も同じように頭を下げた。
「奴はあの後自分の星へ帰り、那波さんも無事日常を取り戻しました。我々に大きな怪我もなく、大成功と言っても差し支えないのではないでしょうか。僕はそう思います」
「まぁ、実際目的は達成できたしいいんじゃないか?俺は何発かもらったけど…」
「右に同じ。それよか第二グラウンドがボッコボコになってるって少し騒ぎになってたんですが…」
「事前にタカミチ先生に言ってあったので、そこは無問題だ。後で整備に行きはするけど」
タカミチにはあの時、何をするつもりなのかの説明とグラウンドが少し荒れるかもしれないと伝えていた。結果は少しなんてものではないが、そこは大目に見てもらうしかない。
「仕方ない、俺もやるよ。関係者だし」
「大半は祐のせいとはいえ、流石に一人でやらせるのはな」
二人の発言に祐は感動したように肩を組んだ。
「心の友よ…なんて素敵な友人達なんだ…!すげぇ嫌だけど今日の昼めし奢ってやるよ。すげぇ嫌だけど」
「二回言うな」
「嫌ならなんで言ったんだよ…」
昼食の約束をしたところで、士郎は少し気になっていたことを祐に聞く。
「なぁ、なんで今回は回りくどいことしたんだ?」
「ん?ああ、それか。本当は那波さんに脅しをかけた時点で、宇宙船ごとどっかにぶっ飛ばしてやろうかと思ったんだけどさ。やめたんだ」
「やろうとしてたことは置いておいて…やめた理由ってのは?」
「誰かを助けようとする人ってのは、自分が助けられることに慣れてない。那波さんは正にそれだったからさ、自分が誰かに助けてもらうことってのはそんな悪いもんじゃないって思ってほしかった。これからの世界のことも鑑みて、たぶん必要なことだ」
祐が真剣な顔でそう言うと、二人の表情も真剣みを帯びた。
「これからの世界…か」
「簡単に言うと、この先も事件だらけってことでいいんだよな?それ」
「だな。だから困った時には素直に周りに頼ってもいいってのを那波さんだけじゃなく、A組のみんなにも浸透させられたらなって。ついでに那波さんには、自分がどれだけ周りに大切だと思われてるのか知れる、言葉は適切じゃないかもしれないがいい機会だと思ったんだ」
「親衛隊ってのもその一環か?」
「それに関しては俺が関わる為の理由付けと隠れ蓑の為だな。俺がなんかしたって知られたら、那波さんにいらん気を遣わせちゃうし。正体不明の親衛隊がやりましたってなればお茶を濁せる」
「力を隠す為じゃないんだな」
「結果としてみんなに力がバレるのは仕方ないと思ってるけど、変に恩を感じられるのは望むところじゃない。那波さんは特に気にしちゃいそうだからね、だから今回は黙ってる」
「なるほどな」
「俺のことを黙っててくれるなら、二人は親衛隊だって言ってもいいぞ」
「いや、言わねぇよ」
「言ったら色々と面倒な気がするし」
分かってはいたが、予想通り過ぎる二人の返答に祐は少し笑う。
「取り敢えず、納得してもらえたかな?」
「大体は」
「ならばよし!昼休みまで一旦解散!」
そうして各々の教室に戻る為動き出す三人。その時二人の背中に祐が言った。
「困った時は頼っていいってのは、お前らにも当てはまることだからな。俺は今回二人を頼ったんだ、だから少なくともそれぞれ一回ずつは何かあったら俺に話せよ?」
二人は顔を見合わせると、今度は祐に向けた。
「分かったよ」
「困ったことがあったら相談する」
「うそくせ~」
「「なんでだよ!」」
噛みつく二人に祐は鼻をほじりながら、覇気のない顔をした。
「だってねぇ?君らだし」
「極めて心外だぞ!」
「誰にも相談せずにずっとアホな修行やってた奴は誰かなぁ!」
「……」
「士郎関しては分かる、アホだ」
「誰がアホだ!街でばったり会うよりも、病院に見舞いに行く機会の方が多いのは誰だっけか!?」
「……」
「お前らやっぱまともじゃねぇな」
「「お前にだけは言われたくない‼」」
昼休みになった学園は、朝に負けず劣らずの活気を見せる。約束通り二人に奢る為、集合場所の食堂に向かおうとする祐。
「あっ、いたいた。逢襍佗君!」
後ろを振り向くと来ていたのは夏美である。少し新鮮な気分を感じつつ、軽く手を振った。
「どもども村上さん、何か御用で?」
「えっと…ここじゃ話しにくいことなんだけど、今大丈夫?」
「そうだね、ちょっとなら。腹を空かせた奴らに餌付けしないといけないからさ」
「よく分かんないけど…あんまり時間はかからないと思う。こっち来て?」
少しくらいならば大丈夫だろうと、遅れる連絡を入れてから夏美についていく。校内で人影もまばらな場所に着くと、夏美は祐に向き直った。
「ここら辺でいいかな?それじゃ逢襍佗君、話っていうのなんだけど」
「告白ですね、俺も覚悟を決めたよ。村上さん、必ず一緒に幸せな家庭を」
「違う違う!告白じゃないから!」
急に何を言い出すかと思えばとんでもないことを口走る祐に、両手を大きく振って否定した。
「えっ、そうなの?参りましたなぁ…」
「逢襍佗君わざとやってるでしょ」
少し恨めしそうな視線を送る夏美が微笑ましくて、祐は思わず笑顔を浮かべてしまった。
「ごめんごめん、邪魔しちゃって。それで、話ってのは?」
「まったくもう…実はね、今朝あのハラートって人から動画が送られてきたの。簡単に言うと、ちづ姉を諦めて帰るってものだったんだけど」
「なるほど。まぁ、それについては俺も親衛隊の人から話は聞いたよ」
「そうなんだ。あっ、実際あの人は本当に帰ったみたい。地球からあの宇宙船が飛んで行ったのを超さんが確認したって言ってた」
「ほうほう、それは何より」
相槌を打つ祐。超の話はきっと衛星で確認したのだろうと当たりを付けた。
「あの人が言うには、親衛隊の人達に説得されたみたいな感じだった」
「らしいね、結構激しい説得だったみたいだけど」
「ねぇ、逢襍佗君。その親衛隊の人達は」
「ごめん村上さん、それについては話せない。彼らとの約束なんだ」
呼び止められた時から大方予想はしていた。彼女が何を知りたがっているのかを。
「…どうして?」
「あの人達は自分の存在が表に出て感謝されるのを望んでない、那波さんが幸せであればそれでいいそうなんだ。これからも陰ながら見守っていくって。勿論、法律の範囲内でとも言ってた」
「逢襍佗君は、その人達の知り合いなんだよね?」
「うん」
「じゃあ、絶対に伝えて。あの人を説得してくれてありがとうって。私だけじゃない、ちづ姉も本当に感謝してるって」
「必ず伝えておくよ。望んでないとはいっても、それを聞いたらあの人達絶対喜ぶと思う」
夏美は自分の中にある様々な感情を飲み込んだ。その親衛隊の人達が望んだことならば、こちらは納得するしかない。彼らには大きな恩があるのだから。
「ごめんね、呼び止めちゃって」
「いえいえ、とんでもない。俺でよければまたお待ちしております。それではまた」
「うん、またね逢襍佗君」
その場から離れていく祐の背中を見つめ、夏美はため息をついた。
「やっぱり教えてくれなかったかぁ…ほんと誰なんだろ?親衛隊の人って」
残念に思いながら、千鶴達の待つ教室に戻る為に歩き出した。
「ひょっとしてあの虹の人だったりして。…そんなわけないか」
一人呟きながらその場を後にする夏美の姿を、少し離れた物陰から和美とさよが見ていた。
「やっぱり本当のことは言わなかったか」
「逢襍佗さんが色々と難しい立場なのは聞きましたけど、それでもちょっとモヤモヤしちゃいます。いつも頑張ってるのに、それを知られることがないなんて…」
祐には祐の考えがあり、望んで自らがしたことを周りに黙っている。それはさよも知っているが、やっていることを考えればもっと祐は周りから感謝されてもいい筈だと思っていた。
「まぁ、なんせ持ってるものが持ってるものだからねぇ…それには逢襍佗は感謝される気なんかないみたいだし」
何より祐は現状に満足している。彼は今の生活が奇跡のようなものだと言っていた、だからそれ以上のものなど欲してはいないのだろう。和美からすれば、それは酷く欲がないように見えた。まだ高校生の若者が、平和な暮らしを噛み締め多くを望まない。聞こえは良いが随分と達観していると思うのは、自分があれこれ欲しがり過ぎているからだろうか。
「逢襍佗さんが頑張っていることを私達がお話しするわけにも行きませんし…う〜ん、もどかしいです…」
悩むさよの肩に手を置いて、和美は笑いかけた。
「だからこそ、知ってる私達が彼にちゃんと言ってあげなきゃね。ありがとうって」
和美の言葉を受け、さよの表情がパッと明るくなる。
「確かに仰る通りです!こうしてはいられません!早速逢襍佗さんに伝えてきます!」
「ちょっとさよちゃん⁉︎」
その場から飛び出したさよは祐の背中を追った。暫くして祐に追いつくと、立ちはだかるように前に出て祐の手を両手で握る。
「逢襍佗さん!いつもありがとうございます!」
「いいんだよ相坂さん、なんのことかは分かんねぇけど」
「そりゃ分かんないでしょうね…」
こちらの心配をよそに当の本人は能天気な態度である。呆れながら和美もそちらに移動する。さよもさよで純粋無垢だが少し抜けている、なんとも心配になる同居人だ。
「あらあら、今日のお迎えは刹那さんなのね」
保育園のボランティアが終わり園内を出ると、立っていたのは刹那だった。先日決まった落ち着くまで千鶴は一人で登下校してはいけないという決まりは、一応まだ続いている。
「はい、今回は僭越ながら私が護衛につきます」
「うふふ、よろしくね刹那さん。刹那さんとはちゃんとお話ししたことが余りないから、楽しみね」
「お、お手柔らかにお願いします…」
二人は会話をしながら歩く。千鶴からの質問の嵐に、刹那はたじたじであった。しかし彼女の人柄がそうさせるのか、ついつい色々な話をしてしまう。
(いけないな…彼女と話していると口が軽くなる。ある意味恐ろしい人だ)
心の中で一目置いていると、千鶴が遠くを見ているのに気が付く。刹那達のいる場所は例の公園の近くだ。それで何となく察した刹那は、珍しく自分から切り出した。
「見に行ってみますか?あの花壇」
「え?」
「気になっているようだったので。かく言う私も、少し気になっています」
刹那がそう言うと、千鶴は頬に手を当てて考え始めた。
「そうね、せっかくだから行きましょうか。寄り道したのはみんなに内緒ね」
「かしこまりました。内緒ですね」
「みんなに内緒で寄り道なんて初めてかも。ふふ、なんだか楽しいわ」
笑顔を浮かべる千鶴は、子供らしく見えた。普段は忘れがちになるが、彼女は立派な同い年の少女だ。寧ろ子供らしくて当然だろう。
「刹那さん?もしかしてだけど…私が同い年だってこと忘れてなかった?」
「いえ、とんでもありません」
見た目は同じ笑顔なのだが、受ける感覚は天と地ほどの差がある。笑顔とは本来威嚇の意味があると聞いたことがあるが、これを見ると納得である。
(な、なんという圧だ…真名といい、年に関することはそれほどデリケートなことなのか…?)
刹那としては何とも思わないことだが、千鶴と真名はどうやら違うようだ。そう思うのは刹那の顔つきが幼いからなのかは分からない。
二人が花壇の近くに行くと、前回と同じく大きな背中が見える。千鶴はその光景を見て無意識に笑っていた。もしかすると、こうなることを期待していたのかもしれない。それを見ていた刹那が足を止めた。
「刹那さん?」
「どうぞ、私はこちらにいますので。逢襍佗さんも那波さんのことを気に掛けていたようです。明日菜さん達に既に聞いているかもしれませんが、直接言って安心させてあげてください」
「…ありがとう、ちょっと待っててね」
「ごゆっくり」
千鶴はバレないようにゆっくりと進むと、祐の横からすっと顔を出した。
「こんにちは、逢襍佗君」
「えっ?……あ、那波さんか。びびった、突然天国に召されたのかと思った」
「どういうこと?」
「いや…なんでもない、忘れて。とんでもなくキモイ台詞が口から出かけたわ」
焦った様子の祐を不思議に思いつつ、隣に立った。二人とも花壇の花に目をやる。
「明日菜達から聞いた話によると、一応ひと段落ついたみたいだね」
「そうみたい。知らない間に始まって、知らない間に終わってたって感じかな。正直まだ混乱してるかも」
「無理もないよ、なんせ色々と急過ぎだったからね」
千鶴の言うことに苦笑いを浮かべる。彼女のことを思うとなかなかに不憫だ、随分と振り回されたのだから。
「なんだかよく分かんないけど、兎にも角にもみんな無事でよかったよ」
「ええ、ほんと。みんな無事でよかった」
千鶴の表情からほんの少し影を感じた。なんとなく、その理由は察しがついている。
「ねぇ、逢襍佗君。もっと私がちゃんとしてればって思っちゃうのは、思い上がりなのかな」
やはりなと思った。彼女は優しすぎる、それは時に周りを救うが同時に彼女自身を苦しめることにもなる。現に今もそうだ。
「あの人から映像が送られてきたの、そこで謝罪を受けたわ。説得されて色々と気付いて、諦めることにしたって言ってたけど…凄く辛そうな顔をしてた」
「みんなを人質に取ろうとしたのは絶対に許せない。傷つけようとしたことも。でも…もう少しちゃんと話し合えていればって考えてしまうの」
「那波さんは充分に相手の話を聞いてたよ、それと相手のこともしっかり見てた。今回のは単に、あいつが選択を間違いまくっただけ。悪いのはあいつだ」
祐が言ったことは紛れもない本心だ。相手のことなど何も考えていないと断言されても言い訳できない程に、独りよがりの過ぎる行動だった。
「でも、那波さんの気持ちは分かるよ。そう思う気持ちが」
花から祐に視線を移す。祐も同じように千鶴を見た。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺って実は気にしいなんだ。だから事が終わった後にいつも思う、これで良かったのか、もっといい方法があったんじゃないかって」
「全部が終わった後だからさ、そりゃいくらでも言えるよね。結果を知ってるんだから。でも当たり前の話、やってる時はどうなるかなんて分からない。精々できて予想ぐらい。どれだけ考えても常に最善の選択なんてできるもんじゃないのは重々承知なんだけど、分かってても納得できないこともあるよ」
祐からの言葉は、千鶴を慰める為の取り繕った何かは感じない。全て彼の本心のように思えた。もしこれが本心でなく演技だったとしたら、大した役者だろう。だが千鶴は祐のことをそうだとは思わない。その理由は説明できないが。
「終わった後でも悩みはするし、後悔だってする。だけど一番大事だったことがなんとかなったかどうか、それが大切だってことを忘れちゃいけないのかも」
「一番大事だったこと?」
「那波さんにとって、今回のことで一番大事だったことって何?」
千鶴は目を閉じて考える。自分にとって一番大事だったこと、一番望んでいたこと、それは間違いなく
「みんな無事に、一緒にいること…」
「なんとかなった?それは」
目を開け、両手を胸の前で強く握る。今目の前にあるものを確かに感じる為に。
「なったわ。みんな無事で…一緒にいられてる」
「なら、きっと上出来だよ。それがなんとかならなかったら、そんな悲しいことってないから」
祐は少し屈むと、千鶴と目線を合わせる。
「いきなり全部は無理だよ、難しすぎることだからね。だからどんな時も必ず一番大事なことだけはなんとかして、少しずつなんとかできることを増やしていけたら…それで充分じゃないかな、きっと」
祐からすれば、それは千鶴に言っているようで自分に言い聞かせてもいた。正確には違うが似たようなことで悩んでいる者として、または反面教師として、彼女が悩みの突破口を見つける手がかり程度にはなれたらいいと思う。例え長いこと悩み続けているのを棚に上げて、諭すようなことを言う自分を酷く滑稽に感じたとしても。
「できることを増やしていけるように俺も頑張る、一人でじゃなく周りに助けてもらながら。幸い俺も那波さんも、頼りになる人達が周りにいてくれてる。だから最大限お世話になってやろうじゃないの」
祐は優しく笑った。その笑顔を見ていると、自然と信じたくなる。彼の言ったこと、彼自身のことを。そう千鶴に思わせることができたのは、虹の光の力は関係がなかった。
「頑張る、私も。みんなと一緒に。逢襍佗君も一緒よね?」
「お望みとあらば、喜んで」
自分が入っていたことは少々意外だったが、千鶴の今の表情に満足する。その時祐はあることを思い出した。
「そういえばなんですがね?この村上さんが名前聞いてきた花。名前が分かったよ」
しゃがんで指をさすと、千鶴も同じようにしゃがんで花を見た。
「あら、何ていうのかしら?」
「
「金木犀…逢襍佗君、勉強熱心なのね」
「実はそうなんです、日々進化する男なので」
誇らしげな祐に笑うと、隣の花を指さした。
「こっちの花はなんていうのかしら?」
「……」
「あっ」
真顔で固まってしまった祐を見て、千鶴は察した。
「俺は…自分が情けねぇ…」
「あ、逢襍佗君…落ち込まないで」
「あいつは底の浅いカッコつけの馬鹿だと広められてしまう…」
「逢襍佗君の中の私ってどんな人なの?」
もしかしたら性格の悪い人だと思われているのだろうか。そんなことを考えていると祐は立ち上がっていた。
「さて、俺はそろそろ帰ろうかな。千鶴さんも気を付けて…って思ったけど大丈夫か、頼りになる護衛さんがいるみたいだし」
祐は少し離れて立っている刹那を見た。視線に気が付いた刹那が軽く会釈をすると、それに祐は手を振って返す。
「それじゃ那波さん、また」
背を向けてその場を離れようとすると手を掴まれた。足を止めて後ろを確認すると、当たり前だが掴んでいたのは千鶴だ。だが止められた理由はまったく分からない。
「え~っと、どうかした?」
実のところ、なぜ掴んで引き留めたのか千鶴本人も分からない。祐の去っていく姿を見ていたら、無意識の内に手が伸びていたのだ。お互いが黙ってしまうが、このままでいるわけにもいかない。千鶴はなんとか言葉を紡ごうとした。
「あの…そうだ!逢襍佗君も一緒に帰りましょう!」
「……え?」
再び二人の間に沈黙が訪れる。祐は現状の解決策を探して視線を四方八方に向けると、不思議そうにこちらを見ていた刹那と目が合った。
「桜咲さん!助けてください!」
「なにからですか!?」
あれから結局三人で帰ることになり、今は女子寮に向かっている。先程までの沈黙とは打って変わって、下校中の会話は途切れることなく進む。会話をしながら、千鶴はあることに気が付く。祐と会話をしている際、自分はいつも笑っているということだ。
普段から彼は時折失礼なことを敢えて発言し、周りから少し激しめのツッコミを受けている場面をよく見る。しかし最後には必ず周りは笑っていた。恐らくそれは偏に彼の人柄が成していることなのだろう。正直、彼のことはまだよく分かっていない。彼が本心ではいつも何を考えているのか、どんなものを抱えているのか、そしてなぜ隠し事が多いのか。
きっと彼は自分達に多くのことを隠している。今回のこともそうだ、本人は何も言わないが千鶴は祐が何かしら関わっていたのではないかと思えて仕方がなかった。確固たる証拠などないし、自分が勝手にそう思っているだけで的外れなことを考えている可能性は大いにある。もしかするとただ期待しているだけなのかもしれない。祐が何かしてくれたのかもと。だが節々で見た祐の言動には、上手く言葉では言い表せないが『そう思わせるような何か』があった気がする。そこまで考えて何故自分がそんな期待を彼に向けているのかと疑問に思ったが、それすら分からなかった。
分からないことだらけだ。彼のことも、この彼に向ける感情も。自分にとっては未知のことばかりで考えは堂々巡りをしてる。しかし決して嫌な気分はしない。彼を見ていると知らないことに触れられる、新しい何かを知ることができる。そんな気がして、そしてそれはもっと彼を知りたいという感情に繋がった。
「お、見えてきましたよ。乙女の園が」
「なんというか、逢襍佗さんが言うと変な意味に聞こえますね…」
「おう、どういう意味だ」
気が付けばもう女子寮は目の前だ。一人考え事をしていたせいで、何を話したのか碌に覚えていない。変なことを言っていなければいいが。
「それじゃ俺はこの辺で。また入ってるのバレたらあやかに絞られそうだし」
「一応そのような考えはあったのですね、今更ですが」
「桜咲さんは今夜枕元に気を付けておいてね」
「何をする気ですか!」
「ねぇ、逢襍佗君」
二人の視線が千鶴に向かった。彼女からの言葉を待っていると目が合い、その瞳から強い意志を感じる。はっきり言ってこの目は苦手だ、絆されそうになるから。
「前に逢襍佗君言ってたでしょ?俺は自分勝手な人間だって」
「…うん、言ったね」
何故今その話をとは聞かなかった。今重要なのはそこではないのだろう。
「残念だけど、それを自信を持って否定できるほど私は逢襍佗君を知らない。だから、逢襍佗君が本当に自分勝手な人だとして」
「自分勝手だからその人は優しくないなんて、必ずしも繋がらないって思うの」
猫にエサを与えていた時、千鶴は祐を優しい人だと言った。祐は否定の意味を込めて、己は自分勝手な人間だと返した。これはそれに対する千鶴の答えなのだろうか。
「あやか達には負けるわ…貴方のこと、知らないことだらけだもの。でも自信を持って言えることもある、逢襍佗君は優しい人よ」
祐は困惑していた。どうしてそこまで自分のことを良く言ってくれるのか理解できないからだ。
「いったい、なんで…」
「だってそう思ってしまったんだもの。貴方と話して、貴方を見て、私は確かにそう思ったの」
「そう思っちゃったら、もうしょうがないでしょ?」
見惚れるような笑顔だった、否定する言葉も出てこない程に。祐は困ったように力なく笑った。
「そうだね…そう思っちゃったら、しょうがないかも」
千鶴は場所を移動して、祐と正面から向かい合う形になる。
「貴方には秘密がいっぱいで、それを無理矢理聞き出そうなんてするつもりはないわ。きっと逢襍佗君の考えがあると思うから」
「でも逢襍佗君のことは知りたい。私は隠してる秘密が知りたいんじゃなくて、逢襍佗君ていう人のことを知りたいって思ってるの。だから、これから色々聞いたりすると思うけど…それは許してね?答えたくないことはそう言ってくれていいから」
「は、はぁ…」
先程よりも祐の困惑度合いは強くなる。千鶴から感じる気持ちに、自分と虹の力の結び付きを疑うものはまったく含まれていない。そうなると彼女は自分という人間に興味があるということでいいのだろうか、だとすればいったい自分のどこが彼女の興味を誘ったのか。頭を捻っても答えは一向に出てこなかった。そこで千鶴は随分と祐を付き合わせてしまっていたことに気が付く。
「あら、ごめんなさい。一緒に帰ってもらった上にまた引き止めちゃって」
「あ~…いえ、そこは別に」
完全に祐は千鶴に押されている。これは余り見られる光景ではないかもしれない。
「それじゃあ、今日はありがとう。偶にはまたお昼ご一緒させてね?」
「あっ、へい。かしこまりやした」
所々おかしな返事をしてしまう。千鶴は満足げに頷いて寮へと向かっていくが、途中で振り返ると笑顔を見せた。
「またね、祐君。気を付けて帰ってね」
今度こそ寮へと帰っていった千鶴の背中を、ただただ黙って見つめるしかない祐。呆然と立ち尽くしていると、横から視線を感じた。余り気は進まないが無視もできないのでそちらに目を向けると、非難するような眼をした刹那が黙ってこちらを見ていた。
「逢襍佗さん」
「…はい」
「斬ってもいいですか?」
「なんで!?」
その週の土曜日、平和な休みを堪能するあやか達。夏美がリビングで微睡んでいる中、千鶴はスマホを熱心に見ていた。
「ちづ姉、何見てるの?」
「ちょっとお花をね」
「お花?」
「あら、これは花壇にあった花ではないですか?」
横にいたあやかが画面を覗くと、そこに映っていたのは花壇に咲いていた例の花だった。
「どれどれ?あ~、このいい匂いがしたお花か~」
「ええ、金木犀って言うんですって」
「へ~、金木犀ってこの花のことだったんだ。育てるの?」
「そうねぇ…一応鉢植えでも育てられるみたいだけど」
それから話題を膨らませる三人。話の途中で夏美はふと気になった。
「でもなんでまた急に?逢襍佗君がお世話してるの見て影響されたとか?」
「かもしれないわね、やってみるのも楽しそうかなって」
「育てる花はお決まりですか?」
「今のところ、このお花がいいかなって思ってるの」
続いて見せられたのは先程の金木犀とほぼ同じに見える花だった。
「ん?色違い?」
「名前は銀木犀、金木犀はこのお花の変種とも言われてるんですって」
「はへ~」
「こちらの方がお好みなんですね」
その質問を受け、千鶴は何かを考え始めた。
「まだはっきりとはしないんだけど…もしかしたらこのお花、今の私に合ってるかもしれないのよ」
「合ってる?どゆこと?」
「私に聞かれましても…」
何故か自分に聞いてくる夏美に困惑するあやか。すると夏美はその理由を説明するより実際に見せることにした。
「それじゃちづ姉、それってどういうこと?」
「ふふ、秘密」
「ほらぁ!」
思った通りの返答に大きなリアクションを取る夏美と楽しそうな千鶴。二人に呆れつつも、一度は失いかけたこの光景をあやかは大切に視界に収めた。
花言葉というものは、一つの花に幾つか付けられているものである。銀木犀の花言葉は「高潔」ともう一つ。そのもう一つの花言葉が、もしかすると今の千鶴が抱いている感情なのかもしれない。それが合っているのかどうか、それはこれからゆっくりと確かめていければいいと千鶴は密かに楽しみにしていた。
一番好きな章は?
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序章・始まりの光
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幽霊と妖怪と幼馴染と
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たとえ世界が変わっても
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消された一日
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悪魔よふたたび
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眠りの街
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旧友からの言葉
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漢の喧嘩
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生まれた繋がり