麻帆良学園都市には幾つもの学校が存在している。その中でも有名どころの一つ、リリアン女学園は幼稚園から大学まで存在する女子校である。その名は麻帆良に限らず、女子校といえば常盤台と並んで必ず挙がる程のものだった。
全寮制ではないが遠方からの入学希望者も多い為、麻帆良学園程ではなくとも広大な敷地内に寮は存在する。その寮の一室に二人の少女がいた。その内の一人、長い黒髪に青い瞳を持つスタイルのいい少女が本日配られたプリントに目を通している。
「地域のボランティアに参加しろ〜なんて、ボランティアって強制参加させられるものじゃないでしょ」
「まぁ、そうでもしないとやる人少ないだろうしねぇ」
不満そうに呟く少女『黒桐鮮花』の同室であり親友でもある『瀬尾静音』が苦笑いを浮かべる。
「そりゃ好き好んでやる人の方が少ないでしょ、若者なら尚更ね」
「若者って…」
内容的には地域への貢献として行うとのことだ。学園は世間体やイメージでも気にしているのかとも思ったが、そこまでは口に出さなかった。
「何個か候補があるけど、鮮花ちゃんはどれにするか決めた?」
「どれも一緒な気がするし、なんでもいいけど…静音は?」
「実はね、一つ気になってるのがあるんだ」
何かを期待したようにソワソワとしだす静音に首を傾げる。プリントに書かれていた候補の中にそれ程面白そうなものがあったとは思えない。
「これ、公園の清掃と花壇のお世話」
「…これのどこに惹かれたわけ?」
「これだけ見えないんだ、なんにも。他の候補だとそんなことないんだけど」
静音の言葉に眉を顰める。知らない者からすれば何を言っているのかさっぱりだろうが、鮮花はそうではない。親友として彼女のことはよく知っている、彼女の持っているものも含めて。
「見えないって…これだけ?他のものは見えるのに?」
「うん、他はいつも通り。普段は勝手に見えちゃうのに、変だよね」
困ったように笑う静音だが、同時に少し嬉しそうでもあった。彼女の持っているものは自分にはないものだ。だからその苦労を完全に理解してあげることはできないが、色々と思うところはあるのだろうと想像できる。見えないものが見えるというのは、決していいことばかりではない。
「だったらそれはやめた方がいいんじゃない?それが悪いことかは判断できないけど、何かしら理由があるのは間違いないんだから」
「確かにそうなんだけど…」
その先の言葉はなくとも見れば分かる、この顔は納得していない。気になっていると言っていたが、もうその段階はとっくに終わって答えは決まっているのだろう。
「まぁ、無理か。気になるよね」
「うん。何か理由があるなら、それを見てみたい。こんなこと今までなかったから」
普段は怖がりな筈なのに、ここぞの時に思い切りがいいところがある。正直その性格は心配になるが、気持ちは理解できた。人生で初めてのことが起きたのだ、気にせずそこから遠ざかれと言うのは酷だろう。それが生まれた時からついて回ったことに関連するものならば尚更だ。
「分かった、じゃあ私もそれにする」
「ごめんね、催促させちゃって」
申し訳なさそうな表情になる静音。今に限らず普段の姿を見ていると、やはり彼女を動物に例えるなら子犬だろうなと思った。
「気にしないで、どれかはやらなきゃいけないんだし。決める理由として充分よ」
「ありがと、鮮花ちゃん」
先のことは分からないもので、時に人を不安にする。それは当然のことだ。しかし、先が分かっていれば全ていいのかは判断が難しい。ただ少なくとも今、静音は先の見えない未来に僅かな不安と大きな期待を抱いていた。
それから2日後の休日。ボランティアの為に目的の公園に向かう鮮花と静音。休みの日に駆り出されることを不服に感じている鮮花と違い、静音の足取りは軽くいつもより歩く速度が速かった。
「遠足じゃないんだから」
「え?…あ〜、あはは。ごめんごめん」
何に対して言われているのか気が付いた静音は少し顔を赤くした。
「それで、どう?まだなんにも見えない感じ?」
「うん、全然。これは絶対何かあるよ!それが何かは分からないけど!」
「そ、そう…」
公園に近づくにつれて興奮気味になる静音。これから起こることが分からないということにそこまでテンションが上がる人は、このおかしな世界でもそういないのではないだろうか。彼女の持つ能力のことを考えれば致し方ないのかもしれないが、逆に鮮花は不安になってきた。事件が起こるとは思えないが、一応心構えはしておくことにする。
目的地に着いた二人は、既に作業を行なっている係の人物に声を掛ける。その女性は高齢には見えるが、表情や身体には気力が溢れていた。
「あの、おはようございます」
「はいはい。あら、もしかして今日来るって言ってたリリアンの子達かしら?」
「はい。本日参加させていただきます、黒桐鮮花と」
「おはようございます!瀬尾静音です」
美しい姿勢で挨拶をする鮮花と明るく挨拶をする静音。二人の姿に女性は笑って挨拶を返すと、少し会話を交えながら公園を案内した。
「それじゃ、まず二人には落ち葉を掃いてもらおうかしら。そこの倉庫に箒と塵取りがあるから、それを使ってちょうだいね」
「「はい」」
言われた通り、二人は掃除用具を持って早速取り掛かる。黙々と行う鮮花だが、静音は箒で掃きつつ周囲に視線を巡らせていた。
「いくらなんでもキョロキョロしすぎ。周りに見られるわよ?」
「あっ、いかんいかん…集中集中…」
「極端か」
忙しない静音の姿に呆れた様子の鮮花。そんな時、ふと花壇に水を与えている人物が目に留まる。後ろ姿なので詳しいところまでは分からないが、歳は若いように見える。背は高く、言ってしまえばこの場所には浮いている人物だ。暫く見つめていると今度は静音がそれに気が付いた。
「あの人、若い人だよね?学生かな」
「たぶん…顔見えないからなんとも言えないけど」
二人で話しながら見ていると、先程の女性が彼に声を掛けた。振り返ったことで見えたその顔は、目つきが鋭く冷たい印象を受ける。かと思えば柔らかい笑顔を見せ、女性と楽しそうに会話を始めた。ギャップというやつだろうか、二人はその姿を意外に感じた。
そうしていると女性がこちらを見て何か話した後、青年と共にやってくる。見た目からか近寄ってくる姿に二人は少しだけ身構えた。
「二人とも、年も近いだろうし折角だから紹介するわ。こちら逢襍佗君、いつもボランティアに来てくれる子よ。何か分からないことがあったら彼にも聞いてみて」
「どうも初めまして、逢襍佗祐と申します。麻帆良学園高等部の16歳です」
人の良さそうな笑顔で二人に挨拶をする。鮮花はまだ若干警戒しているが、静音は警戒を解いている様子だった。
「初めまして!瀬尾静音です。16歳なんだ、背高いね」
「僕の数少ないアピールポイントです。父さん母さんありがとう」
鮮花の祐に対する感情は、今の一言で警戒から呆れに変わりつつあった。悪い人間ではなさそうだが変人の部類だろう、まだ出会って数十秒だがそれは確信した。
「ほら、鮮花ちゃんも」
「あ、失礼しました。黒桐鮮花です」
「どうも、逢襍佗祐です」
「…さっき聞きました」
「おっとそうでしたね、逢襍佗祐です」
「……はい」
「僕が逢襍佗祐ですけども」
「知ってるわよ!」
祐に対して思わず素で反応した鮮花はしまったといった顔をする。一応これでも普段は品の良いお嬢様で通っているのだ、それをこんなに早くボロを出してしまうとは不覚である。しかし何故か祐の表情は嬉しそうだった。
「素晴らしい反応ですね、天性の才能を感じざるを得ません。もっとふざけていいですか?」
「なんなのこの子…」
「見た目怖かったけど、面白い子だね!」
小声で話し掛けてくる静音に、鮮花はため息をついた。
「あ、一年先輩なんですね。これはたまげましたな」
「別にそんな驚くことじゃないでしょ」
「それって若く見えるってことかな?」
「勿論ですよ、よくしゃべる赤ちゃんだなって思ってました」
「そこまで!?」
その後三人で落ち葉の入った袋をゴミ収集の場所へと持っていきながら会話をする。祐と静音はもうすっかり打ち解けたのか、楽しそうに話していた。彼女のこういった部分を鮮花は素直に尊敬している。
「いつも来てるってさっき言ってたけど、元々ボランティアとかやってたの?」
「いえ、始めたのはつい最近です。ちょっとした思い付きで始めました。ただ花の世話は前にも別の場所で手伝いしてましたね」
「そうなんだ。あの花壇奇麗だったよ」
「ありがとうございます!いやぁ、可愛い奴らなんですよ!話し掛けても返事すらしねぇけど」
「当たり前でしょうが…」
会話の中で時折彼は冗談を言う。実際冗談なのか本気で言っているのかの判断はつかないが、やはり変わった人物であることは間違いないだろう。彼の言動を見ていると警戒しているのが馬鹿らしくなってきた。
「まぁでも元気に育ってくれればそれでいいです。これが親心ってやつなんですかねぇ」
まるでペットを溺愛する飼い主のようだ。これが演技であるならば末恐ろしいなと思った鮮花は、同時に疑いの目で見ていることに少し罪悪感を感じた。しかし横にいる親友は人に対して不用心なところがある。自分が少しくらい疑り深い方が丁度いいだろう。
「こっちの方はあまり来る機会ないし、せっかくだからあとで写真撮っておこうかな」
「てことはこの区域の学校じゃないんですね、どこか聞いても?」
「いいよ~、私達リリアン女学園の生徒なんだ」
一瞬止めようかとも思ったが彼の身元も大方割れている上、学校名ぐらいは別にいいだろうと鮮花は何も言わなかった。
「まさかのリリアンとは、かなりの有名どころじゃないですか」
「だね、女子校としては特に」
「女子校ですか、僕には一生縁がないとこですね。えっと、なんだっけな…あれだ、挨拶はごきげんようとか言ったりします?」
「あれ?それも知ってるんだ」
「本当に言うのか…」
半分冗談だったが、どうやら事実らしい。それを聞いた祐は何かを思い出したのか、腕を組んで目線を上に向けた。
「……もしかしてですけど、そこになんというかヘアバンド付けた和風の美人さんっていますか?」
「ヘアバンドの和風美人?」
たったそれだけでは分かるわけがないと言いたいところだが、いる。リリアン女学園に間違いなく。祐の言っている人物と同一かは定かでないが、ヘアバンドが目立つ和風美人は確かにいた。何故知っているのかと聞かれれば、彼女は自分達と同級生且つ生徒会に所属する才色兼備の生徒でリリアンでは全生徒憧れの存在の一人だからだ。
「えっと…」
「あ~大丈夫です、その人のこと教えてくださいってわけじゃないんで」
なんと答えようか悩んでいた静音に祐が苦笑いをする。自己紹介をしたとはいえ、自分は他校の男子生徒だ。そう易々とここにいない人物のことなど口にできないだろう。
「ただ、もし知り合いでしたらその人に伝言をお願いしたいんです」
「因みに伝言って?」
鮮花に聞かれて祐は少し笑った。
「仮にその人が本人でも覚えてるかどうかわからないんですが、一応伝えておこうと思って」
鮮花と静音は顔を見合わせた後、祐にその視線を向けた。
「今日はありがとうね、二人も若い子が来てくれて助かったわ。また気が向いたら来てちょうだい」
「はい、ありがとうございました」
「また来ます!」
高齢の女性に挨拶を告げ、帰り支度をする二人。すると静音がスマホを取り出した。
「鮮花ちゃん、写真撮ろうよ」
「さっき言ってたの?ていうか撮る程珍しいものないでしょ」
「もう、こういうのは気持ちだからいいの!記念だよ記念!」
「記念って…初ボランティア記念?」
「そんなとこ!」
「はいはい」
そう言って花壇に向かったところで、静音は少し離れた場所にいた祐に声を掛ける。
「アマタ君!写真撮ってもらっていい?」
「んえ?はいはい、かしこまりました」
小走りで来ると静音からスマホを受け取る。そうして静音が鮮花と腕を組んで身を寄せたのを確認し、花壇を背景にした二人にスマホを構えた。
「それじゃ3・2・1で撮りますからね」
「は~い」
やれやれと思いつつ、どうせ撮るならと鮮花も笑顔を浮かべる。
「いきますよ~。3・2・1…オッケーイ!」
「なんで自分を撮るのよ!」
カウントした後にレンズを自分に向けて写真を撮る祐。当然鮮花はキレた。
「必要かなと思って…」
「いらないわ!」
「いらないとか酷いっすよオッケーイ!」
「だから撮るな!」
その場から走って祐のもとへ向かう鮮花。そんな姿を見て静音は笑った。
「まったく、変なやつ。やっぱり麻帆良学園に変人が多いのは本当の話ね」
寮へと戻る二人は、今日のことを話しながら街を歩く。疲れた様子の鮮花に反して静音は楽しそうである。
「でも面白い子だったよね、今まで会ったことないタイプかも」
「あんなのが世の中溢れかえってたら堪んないわよ」
「あっ、さっきの写真送ってなかった。今から送るね」
静音はスマホを取り出して鮮花に先程の写真を送信する。一応確認すると何枚か送られてきていた。
「所々余計なものが入ってるみたいだけど…」
「記念だよ、記念!」
二人で撮った写真と共に、祐も交えた三人での写真やそれぞれと撮った写真もそこにあった。すると少し遅れてまた写真が送られてくる。それは祐がふざけて自撮りしたものだ。
「ちょっと!これは本当に余計なんだけど!」
「ほら、せっかくだから」
「何よせっかくって⁉︎」
鮮花の反応を見て笑う静音。そこで鮮花はあることを思い出した。
「ていうかなんにもおかしなこと起きなかったし、関係ありそうなものも無かったわよね?」
「え?……あっ、すっかり忘れてた…」
祐と会ってから話に夢中になって、そのことがすっかり頭から抜け落ちていた。今思い返してみても特に変わったことは無かった筈だ。何かあったとすれば、それは祐と会ったことだけである。
「偶々なのかなぁ…でも今までこんなこと無かったし」
「理由らしい理由が見当たらないとなると、そうなるわよね」
そう思うと残念な気持ちが湧く。何かこうなった理由やきっかけが知れればと思っていたのだが、そう思えるものは終始見つけられなかった。
「残念だとは思うけど、そんな気を落とさないで。こういうことも起こるって知れたのは、それはそれで収穫じゃない?」
「鮮花ちゃん…うん、そうだね。まだまだ分からないことが多いなぁ」
苦笑いを浮かべる静音の背中を優しく摩った。鮮花は気の利いたことなど言わない。それは同じものを持たない自分が言ったところで、所詮安い慰めにしかならないだろうから。
「もしかして…アマタ君が居たからだったりしないかな?」
「あの子が?」
呟くように言った静音の言葉に、訝しげな顔をする。
「変わったことがあったとしたら、アマタ君に会ったことぐらいだから」
「まぁ、ないとは言い切れないけど…」
かと言って可能性が高いかと言えばそうではないだろう。静音の能力に影響を及ぼす程のものをあの青年が持っているとは、正直想像できない。
「また会えたら何か分かるかも!あの公園に行けば会えるかな?」
突然明るくなるとそんなことを言い出した。過保護になるつもりはないのだが、その行動は余りお勧めできない気がする。
「わざわざ会いに行くの?変に気にかけると勘違いされて、何されるか分からないわよ?」
「え〜、そんな子じゃないと思うけどなぁ」
「静音は警戒心なさすぎなのよ」
可能性が0というわけではない以上、確かめてみたくなるのは仕方がないだろう。それを止めるつもりはないが、会いに行くというのなら自分も必ず同行しようと決めた鮮花だった。
それから数日後。廊下を歩く静音の向かいからある人物が歩いてきた。それこそ他でもない、ヘアバンドをつけた和風美人その人だ。ここで会ったのも何かの縁だと、静音は一度深呼吸をしてから声を掛けた。
「ごきげんよう、江利子さん。今大丈夫?」
「あら、ごきげんよう静音さん。貴女から話し掛けてくれるなんて珍しいわね」
同級生でもあり何度か話したことはあるものの、彼女『鳥居江利子』はリリアン屈指の有名人の一人だ。彼女から溢れ出るオーラも相まって静音としては気軽に話し掛ける相手ではなかったが、せっかくの機会である。
「違ったらごめんね?3ヶ月くらい前、駅前で背が高くて目つきの鋭い男の子に会わなかった?」
「駅前で…」
頬に手を添えて考える仕草をとる江利子は、それだけで美しい一枚絵のようだった。
「ええ、会ったわ。背の高くて目つきの鋭い、面白い子になら」
その言葉で確信した。祐が言っていた相手は江利子で間違いなさそうだ。勇気を出して声を掛けたことが骨折り損にならなくてほっとした。
「でも、それがどうかしたのかしら?」
「実はこの前ボランティア活動でその子に会ったんだ。話をしてたらもしかしてって聞かれたの」
「あら、そうなの。縁ってあるものなのね」
その時のことを思い出しているのか、浮かべた表情は柔らかいものだ。
「私達の一年後輩だったよ、あとその子からの伝言があってね」
「伝言?」
「あのオコジョは無事に飼い主のところに戻れましたって。これだけしか言ってなかったけど、分かる?」
少しだけキョトンとした顔をした後、どこか上品に笑い出す。
「うふふ。ええ、よく分かったわ。ありがとう、静音さん」
「い、いえいえ…とんでもございません」
緊張しながらそう返す。やはり彼女達『山百合会』の生徒と話す時は無駄に力が入ってしまう。彼女達が威圧的ということは決してないのだが、それでも違う世界の住人のような気がしてしまうのだ。
「ねぇ?その子の名前とかは聞いた?どこの学校とか」
少し考えたが、彼女がその情報を聞いて悪用するとも思えない。そもそも本人は名乗っていたので伝えても問題ないだろう。
「えっと、名前はアマタユウ君。学校は麻帆良学園高等部だって」
「そう、アマタユウ君ね。それと麻帆良学園」
呟くように反復すると、再び笑顔を浮かべた。
「改めてありがとう静音さん。とても貴重な情報を貰えたわ」
「へ?」
つい気の抜けた返事が出てしまう。どういうことかと思っていると、江利子は軽い足取りで歩き始めていた。
「それでは、ごきげんよう」
「あ、うん…ごきげんよう」
上機嫌でその場から離れていく江利子を見送り、静音は暫くその場に留まった。
廊下を進む江利子の姿を教室から出てきた一人の生徒が見つけた。その生徒も江利子に負けず劣らずの美人であり、またその姿は気品で溢れている。珍しく機嫌がいい様子を不思議に思い、声を掛けた。
「江利子、どうしたの?随分上機嫌に見えるけど」
「ふふ、ねぇ蓉子…やっぱり私、交流相手は麻帆良学園がいいと思うわ」
「学園交流会のこと?なんでまた急に」
『水野蓉子』は首を傾げる。前から候補の一つとして名前は挙がっていたが、その時はそこまで推しているわけでもなかったはずだ。しかし今はその案以外無いぐらいの勢いである。昨日も特にその話題にはならなかったので、いったい何が彼女をそうさせたのか見当も付かなかった。
「だってあの学校、とても楽しそうなんですもの。それに間違いなく一人、面白い子がいるわ」
「面白い子って、貴女麻帆良学園に知り合いなんていた?」
「知り合いと言う程ではないわね。でも、そうなれたら素敵だとは思ってるわ」
楽しそうな笑顔を見せ、江利子はその場から離れていった。彼女の反応から察するに何か珍しいものでも見つけたのか、今までの経験上ああなったら満足するまで止まらないことは想像に難しくない。その面白い子が面倒な子でなければいいがと思いながら、蓉子はため息をつかずにはいられなかった。
「要するに、その少年が関係してるかも知れないと?」
「静音はそう思ってるみたいです。私はただの変人じゃないかって思ってますけど」
あるビルの一室。そこの事務所で鮮花はある女性に先日の話をしていた。椅子に腰掛けながらタバコを咥えて話を聞いているのは蒼崎橙子である。
「ただの変人ね。鮮花が急に異性の話をしだすから驚いたけど、期待した話じゃなかったか」
「いったい何を期待してたんですか…」
「ん〜?遂に鮮花にも春が来たのかと思ってね」
それを聞いた瞬間座っていたソファから飛び出して、橙子の机に身を乗り出した。
「そんなわけないじゃないですか!あんな兄さんと似ても似つかないような変人に!」
「お前…まだ諦めてなかったのか…」
心底呆れた様子の橙子。鮮花は何を当たり前なと腕を組んだ。
「当然です。だからこうやって橙子さんのところに来てるんじゃないですか」
「はいはい、そうだな」
思うところは幾らでもあるが、突いたところで碌な結果にはならないだろうと橙子は納得したふりをする。もう今更あの二人の中に割って入ろうなど無駄だと言うのに。
「まぁ、それはいいとして。どんな子なんだ?その少年というのは」
「どうって…さっきも言った通り変人ですよ。よく分からないっていうか、掴みどころがないというか」
「いくらなんでも抽象的すぎる…何か特徴とかはないのか?身体的なものでも」
鮮花は頭を捻って考える。祐の内面的なものは出会って数時間しか経っていないのもそうだが、言葉で説明するにはなんとも難しかった。だが外見の説明ならばできるだろう。
「えっと…背はけっこう高くて、あと目つきが鋭いから喋らなければ近寄り難い雰囲気かも。顔は…まぁ、若いなって感じです」
その言葉を聞いて、先程まではにこやかな表情だった橙子から笑顔が消えた。
「燈子さん?」
「他に何かないか、どんなことでもいい。写真は?」
急に態度が変わったことに困惑しつつ、静音から送られてきた余計な写真を表示して見せる。すると目を見開き、眼鏡を外して今度は橙子が机から身を乗り出す。その行動に鮮花はビクッと肩を揺らした。触れそうな程スマホの画面に顔を近づけるその表情は驚愕しているようにも、歓喜に満ちているようにも見えた。
「見つけたぞ…こんな所にいたか…」
「あの…どうかしたんですか?」
恐る恐る声を掛けると、思い切り橙子に抱きしめられた。急すぎる展開に、鮮花はまったくついていけない。
「よくやった!でかしたぞ鮮花!今日ほどお前を弟子にとって良かったと思った日はない!」
そのまま乱暴に頭を撫でられる。既に鮮花の髪は強風に煽られたかのような状態になっていた。
「なんなんですかいったい⁉︎あと髪ボサボサにしないでください!」
橙子がパッと手を離したことで、よろけながら離れる鮮花。未だグラグラとする頭を振ると、いつの間にかスマホは橙子の手に渡っていた。
「こんな巡り合わせがあるとは…今すぐにでも!いや待て、いくら学園と言ってもあそこは関東魔法協会の総本山…私が大手を振っていくわけには」
大きな声で喋り始めたかと思えば、急に小声で呟き始める。いったい何が彼女をこうも興奮させるのか分からない。まさかこの少年のことを知っているのか。
「橙子さん、もしかしてこの子のこと知ってるんですか?」
「一度だけ会ったことはあるが何も知らない。名前も含めてな」
まさかと思ったが会ったことがあるとは、自分で言ったことだが鮮花は驚いた顔をした。しかし一度会っただけで何も知らない人間に対してこんな態度にはならないだろう。
「じゃあ…いったいどうして」
「分からないことだらけだが、分かるものもある。断言してもいい、お友達が未来を見れなかった原因が外部にあるとすれば…それは間違いなく彼だよ」
そう言い切られても困惑が強くなるだけだ。何も知らないと言いながら、静音の『未来視』に影響を与えたのは祐だと言ったのだから。
「こう言えば多少は納得できるかもな。以前話題になった虹の光、その正体はこの少年だ」
「うそ⁉︎」
虹の光のことなら鮮花も知っている、寧ろ知らない者の方が少ないだろう。超巨大な怪獣が宇宙まで吹っ飛ばされた瞬間は日本に、延いては全世界に流れた。
「あの子があれをやったって言うんですか…?」
「間違いない、何せその瞬間をこの目で見たからな。それからずっと手掛かりを探していたが、結果は芳しくなかった」
先程から驚愕の事実ばかりで眩暈がする。橙子があの場いたことも驚きだが、何にも増して祐があの虹の光の正体だということに未だ理解が追いついていない。そこで何かを思い出した橙子がまた表情を明るくする。
「そういえば、もうすぐ学園祭じゃなかったか?」
「えっ?いや、まぁ…そうですけど」
「その日は一般開放されるが警備は厳しくなるだろう。…確かリリアン女学園に関しては、入るのに生徒からの招待状が必要と言っていたよな⁉︎」
「言いましたけど…」
両肩を掴まれ、興奮気味に聞かれて困惑しながらも答える。短い付き合いではないのだが、こんなにもテンションの高い橙子は初めて見た。
「何から何までありがたい!それがあれば当日学園内で動きやすくなる!鮮花!招待状をくれ!」
「ええ⁉︎この前聞いた時は興味なさそうじゃなかったですか!」
「事象が変わった!そこに未知の存在がいるんだぞ!行かない理由がない!」
「一応聞いときますけど、騒ぎは起こしませんよね…?」
「勿論だ。なに、彼に会いに行くだけさ」
正直言って不安はまったく拭えないが、橙子には随分と世話になっている。いくら彼女でも流石に他人の庭で暴れることはないだろうと思う。たぶん…
「はぁ…分かりました。今度来るときに持ってきます」
「すまないな鮮花!恩に着るよ!私はいい弟子を持てて幸せだ!」
「すっごい複雑…」
再度頭を撫でられる鮮花の表情は実に不満げであった。
一番好きな章は?
-
序章・始まりの光
-
幽霊と妖怪と幼馴染と
-
たとえ世界が変わっても
-
消された一日
-
悪魔よふたたび
-
眠りの街
-
旧友からの言葉
-
漢の喧嘩
-
生まれた繋がり