良く晴れた休日、朝食を作る木乃香が冷蔵庫を見て呟いた。
「ん~、今日辺りにでも買い出し行かなあかんかも」
「買い物?それならこの後私が行ってこようか?」
「急にどうしたんすか姐さん?普段家事をしないことが後ろめたくなったんすか?」
「失礼なこと言うんじゃないわよ!私だって、偶には手伝おうかなって思っただけ」
「気にせんでええのに。でも、そう言ってくれるんなら今日はお言葉に甘えようかな」
木乃香は笑って朝食作りを再開する。明日菜の後ろにいたネギも顔を出した。
「なら僕も行きますよ」
「あんた、今日までにやっておかなきゃならない仕事があるって言ってなかった?」
「ちょ、ちょっとくらいなら大丈夫ですよ…」
少し自信がなさげなネギの額を明日菜が軽く突いた。
「たく、おこちゃまが変な気を遣うんじゃないわよ。別に持てない程の荷物が出るわけじゃないし、ここは私に任せなさい」
そう言われたネギは明日菜に少し尊敬のこもった眼差しを向ける。
「明日菜さん、年上のお姉さんみたいですね!」
「みたいじゃなくてそうなんだけど」
「荷物に関しても、魔法使ってない兄貴より姐さんの方が腕力あるだろうしな」
「はじめてのおつかいやね!頑張ってなぁ明日菜。ウチ泣いてまうかも」
「ねぇ、もしかして馬鹿にしてる?」
朝食を食べ終えた和美はスクープを求めて外へと繰り出した。街は賑やかで平和な光景で溢れている。これを見ていると騒がしい事件のことなど忘れてしまいそうになるが、すぐ隣に事件や問題は潜んでいるのだとここ最近嫌でも意識させられていた。和美からすればそれは望むところなのだが、そう思う者はごく少数だろう。
このまま当てもなく歩くのも悪くはないが、何かが起こる可能性が高いところに行くのが一番である。であるならば行くべき場所は決まっているので、和美は迷わず祐の自宅に向かった。例え事件は起きなくとも、彼の近くにいれば何か必ず起こるだろうからだ。
少しして祐の家が見えてきた。中に入ったのは一度だけだが、新聞を届けに何度もここには来ている。その為か勝手知ったる場所の如く、慣れた様子でチャイムを鳴らした。すると直ぐに扉が開く。
「へ~い…うおっ、何しに来やがった」
「ちょっとちょっと、せっかく休日に女子がお家に来たんだから。もっと嬉しい反応してほしいんだけど?」
顔を見た瞬間、随分な挨拶をする祐。和美とて流石にその態度は不満である。
「どうせ何か起きないかなと思って俺のとこ来たんでしょ」
「……そんなことないわよ」
「朝倉さん、俺の目を見て言ってみ?」
「あっ!私の
効果は恐らくないだろうが、自分を抱くように身体を隠す和美。謂れのない罪に祐は怒りを覚えた。
「言うに事欠いてスケベだとこの悪女めが!うちは悪女お断りだよ!」
扉を閉めようとした祐の手を急いで掴む。大した距離ではないにしろ、これだけで帰るのは御免被りたい。
「ごめんごめん!嘘だから!門前払いは勘弁して!」
「許してほしければゆるしてにゃんと言え」
「なんだそれ!?言うわけないでしょ!そんなこっぱずかしい台詞!」
「君とはここまでのようだ」
「あ~!ちょっと閉めないで!」
「ならば、することは分かるよね?」
何かを求めてやってきたとは言え、これといった用事もないのだから帰ればいいものを和美も変に意地になっていた。このまま帰っては記者の名折れだ、多少の恥など捨てろと自分に言い聞かせる。言っておくがまったくもって捨てる必要はない。
「ゆ…ゆるしてにゃん…」
「本当に言う奴がいるか」
「表出ろ」
それからひと悶着あったものの、祐と和美は都市部へとやってきた。
「んで来ましたけど、何か考えはおありで?」
「いんや、なんにも」
「帰っていい…?」
「取り敢えず!片っ端から気になるものを見ていくわよ。何処にスクープがあるのか分からないんだから」
(それはただ遊んでるだけではないのだろうか)
歩き出す和美にそう思うが、ご機嫌な表情を見ていると水を差すのは憚れた。特に予定があるわけでもない、彼女の気が済むまで付き合うことにしようと決めた祐だった。
「唐揚げうめぇ」
「凄いわねそれ、脂質の塊って感じ」
「唐揚げうめぇっす」
「わかったわかった」
言葉通り、とにかく気になったものに手を出していく。そうしている内に和美が本来の目的を忘れるのは然程時間が掛からなかった。
「千円払ってこれ⁉︎」
次に千円ガチャなる真っ黒な自販機に千円を投入した和美。そんな彼女が手に入れた物は、サムズアップをした手のイラストのストラップであった。因みに紐の部分は赤色である。
「なんなのかはよく分かんねぇけど、千円の価値は間違いなく無い」
「逢襍佗君もやってよ」
「絶対被害者増やそうとしてるでしょ。まぁやりますけど」
続いて祐が千円を入れると、出てきたのは同じサムズアップのストラップだった。一応紐は青色という違いはある。
「これしか出てこねぇじゃねぇか!」
「ぷふっ!や、やったじゃん。私達お揃いだよ」
「何笑ってんだてめぇ」
そうやって暫く二人は街を散策していくが、やはりどう見てもその姿は遊んでいるだけにしか見えない。だが本人は楽しそうなので問題ないのだろう。そうしていると、二人の目に一人歩く明日菜が留まった。
「あれ明日菜じゃね?」
「あれま、ほんとだ。一人っぽいけど、何してるんだろ?」
どうやら手にはエコバックを持っているようだ。普通に考えれば買い物なのだろうが、どうもそれが明日菜となると想像がつかない。
「買い物…あの明日菜が一人で?妙だな…」
「結構失礼なこと言ってるわよね、気持ちは分かるけど」
「仮に買い物だとすれば、一人で出来るか心配だ。ついていこう」
「逢襍佗君の中で明日菜って幼稚園児だったりする?」
明日菜達は祐に対して過保護気味だと思っていたが、それはどうやら片方側だけということでもなさそうだ。ただそうは言っても少し面白そうなので、和美も明日菜の後をつけるのに反対しなかった。
「え~っと、このスーパーよね」
機会は多くないが、一人で買い物する程度の経験は幾らでもある。ラインで送ってもらった買い物メモに目を通しながら、明日菜は店内に入っていった。
「マジで買い物なのか…気でも狂ったか!?」
「流石に言いすぎでしょ…」
心底驚いた様子の祐に呆れた顔をする和美。明日菜に家庭的な印象など無いが、そこまで驚くことではない。
「そりゃ明日菜も偶には買い物ぐらいするって」
「そうか、明日菜だっていつまでも子供じゃない。あの不愛想だった幼少期を過ぎたかと思えば、気付くと力で全てをねじ伏せるようになっていた明日菜が一人で買い物か。当たり前だけど、ちゃんと成長したんだな」
「何目線だ」
言っていることは失礼極まりないが、横目で見るとその表情は嬉しそうだった。本当におかしな幼馴染連中だと思う。言えば明日菜やあやかは否定するだろうが、続くべくして続いた関係性だと和美は感じていた。
「見てくれ朝倉さん。恐らく木乃香を真似たんだろう。キャベツを二つ取って見比べているが、あれはその実何が違うのかまったく分かってない顔だ」
「悲しいかな、頭の上にクエスチョンマークを浮かべているのが私にも見えるわ」
「今度はもやしを見たぞ、一瞬目を見開いたな。たぶん思ったよりもやしが安いことを知って驚いたんだ」
「農家の皆さん、いつもありがとうございます」
「次は何を手に取ったんだ?…チョコ〇ッグだ!チョコ〇ッグを取ったぞ!」
「未確認生物のチョコ〇ッグだわ!チュパカブラがいるのね!でも駄目よ明日菜!間違いなくそれは買う予定なかったでしょ!」
明日菜の行動を逐一観察する二人。異様なその姿に周りは少し距離を取っていた。
「やっぱりエロい足してんな」
「どこ見てんの!?」
「あっやべ、口が滑った。もういいや、ミニスカート穿いてる方が悪い。舐め回すように見たろ」
「よせよせ!…ふむ、確かになかなか」
それから暫くして買い物も終わりに近づいてくる。変わらず明日菜を観察し続けていると、和美にふと気になることが生まれた。
「ねぇ、逢襍佗君」
「なんざんしょ」
「もし明日菜達がさ、誰かと付き合うってことになったら…逢襍佗君どうする?」
「どうって…どうもしないけど」
「…それってなんか冷めてない?」
何か期待していた返答があったわけではない。しかしこの回答は和美的には冷たく感じた。
「そうは言ってもねぇ…幼馴染だし明日菜達のことは大切だけど、そこは個人の自由でしょ」
「それはそうだけど…」
「あの子達が優しいのは間違いないけど、人を見る目はあるよ。だから変な相手には引っかからないと思う。明日菜達が決めた相手なら心から祝福するよ、寂しい気持ちは勿論あるけどね」
和美は一度祐から視線を外し、明日菜を見た。スマホを指さしていることから、買い忘れがないか確認しているのだろう。今自分の中に生まれた想いは正直言って余計なお世話な気がする。それこそ何目線だと言われそうなものだが、それでも和美の口からその言葉は出た。
「自分が相手になろうとは、思わないんだ」
「朝倉さんも知ってるでしょ、俺のこと。こんな奴に、平和で幸せな家庭は荷が重すぎるよ」
それに返す言葉を和美は出せなかった。そんなことはないと、そう言えたのならよかったかもしれない。だが軽々しく口にしていいとは思えなかった。ここにいる誰よりも、そういったことについて考えていたのは他ならぬ祐だろうから。
「俺自身が好き勝手やってるから、人に対してあれはしないでほしいとかってのは言えない。だけど本音を言えば、俺に良くしてくれた人達には危険なことからは遠ざかって平和に暮らしてほしいんだ。なら、そもそもお前は人に近づくなって話なんだけど…それはごめん。みんなといるのが楽しいから、つい甘えてる。そこに関しては、言い訳のしようもない」
頭を下げる祐から視線を逸らしたくなる。その姿を見ていると、何故だか胸が締め付けられた。こんな感情を和美は知らない。
「…謝んないでよ。悪く言うつもりなんて、ないのに」
「あ~…直ぐ謝るってのも考えものか。よし!この話は終わりにしよう!こんなこと休日に話すこっちゃないよ」
重くなってしまった空気を振り払うように言う。強引すぎる気もしないでもないが、それが今はありがたく感じた。
「さてと。買い忘れもないし、帰りますか」
「明日菜」
「え?ああ、祐…朝倉も?なんで?」
荷物を持って歩き出そうとする明日菜に声が掛かる。振り向くと祐と和美が立っていた。何故二人がと疑問に思っていると、祐が近づいて明日菜の手に何かを渡した。それを見ると、渡されたのは例のお菓子だ。
「あの明日菜が一人で買い物とは…感動したよ。それは俺からの気持ちとして受け取ってくれ」
「あんた何言って…ちょっと!もしかしてあんた達見てたの!?」
「ええ、偶々明日菜が歩いてるの見つけてね。エコバック持ってるから気になってつけさせてもらったわ」
「別にいいでしょバック持ってたって!てか私って周りにどんな風に思われてるのよ!」
木乃香達といい祐達といい、自分が周りからどのように見られているのか不安になってきた。
「明日菜の確かな成長を感じたぜ。見事だった」
「因みに逢襍佗君、明日菜の足も褒めてたわよ」
「あし…?」
初めは意味が分からなかったが自分の服装を思い出し、余り意味は無いが明日菜は赤い顔でスカートを抑えた。
「どこ見てんのよ!」
「見事だった」
「うるさい変態!」
「スケベだの変態だの散々言ってくれるじゃねぇか!そこにある、目に映るものを見て何がいかんのじゃい!」
「開き直るな!」
買い物荷物がある手前、いつものように激しい動きをするわけにはいかない明日菜は祐に攻撃できなかった。
「寧ろ触ってないだけありがたく思えんのか!」
「なんであんたがキレてんのよ!?」
最近よく見る光景に和美は笑う。しかし先程祐が言ったことは消えず、頭の中に残っていた。
その後明日菜を女子寮まで送ろうとしていた祐と別れ、和美は一人街を歩いていた。正直言うと一人になれてよかったと思う。先程の話からどうも思考に靄がかかってすっきりしない。祐の考えに何かを感じているのは間違いないのだが、その何かがよく分からず堂々巡りしていた。
祐が苦笑混じりに話していた姿を思い出すと少し寂しいような、または悲しいような気分になる。純粋に友人が色々と抱えているからこう思うのだろうか。様々な柵に囚われている友人というのはそういるものではなく、少なくとも己が深く関わった友人で言えばそういった人物は祐が初めてかもしれない。だからこそなんと言えばいいのか、今自分が抱いている感情はなんなのかを上手く表すのは簡単ではなかった。
頭の中で考えを巡らせながら歩いていると、ふと立ち止まって辺りを見回した。そこは普段余り来ない場所で、麻帆良湖に続いている川が柵越しに確認できる。近くにある建物を見るにこれは教会だろう。少し教会を眺めた後に手すりへと体重を預けて遠くを見つめた。
「あれ?朝倉じゃん。何してんの?」
声のした方を向くと、そこにはシスターの姿をした美空が立っていた。横には同様に修道服を着た幼い少女もいる。和美は美空の頭から足先まで一通り確認すると不思議そうな顔をした。
「コスプレ趣味なんてあった?」
「コスプレじゃねぇわ」
「あ〜そう言えばシスターだったわね。その印象薄いからすっかり忘れてた」
「腹立たしい、何より言い返せないのが腹立たしい。ココネ、慰めて」
「美空、影薄い」
「追い討ちかけてとは言ってない」
現在三人は川を眺めながら話をしていた。話題は美空がシスター見習いであったことから始まり、そして横にいる少女はココネという名前で美空と同じシスター見習いだそうだ。無表情と言えばいいのだろうか、静かで明るい性格には思えないが、かと言って暗いというわけでもないようだ。美空に対する発言でなんとなくそれは分かる。
「それにしても、どしたの朝倉」
「何が?」
「何がって…さっき黄昏てたでしょ。らしくもない」
「私だって黄昏る時ぐらいあるわよ」
「今まで見たことないけど?」
一度美空を見てから川に視線を戻し、ため息をついた。らしくないのは自分でも分かっている。
「な~んかね。深く考えずにやりたいように生きるってこと、結構難しいのかなって」
「ほんとにどうした…」
ふざけて言っているようには見えず美空は困惑した。軽い気持ちで声を掛けたが、思った以上に悩んでいるのだろうか。もしかしなくても迂闊だったかもしれないという考えが頭を過った。
「私の友達がさ、なんて言えばいいんだろ…簡単に言うと、色々と諦めてるっていうか達観してるっていうか…そんな感じなのよ」
「はぁ、その友達ってA組じゃなくて?」
「うん、別のところ」
A組の過半数が賑やかなのは間違いないが、その中にも達観しているようなクラスメイトは何人か思い当たる。だが和美の言う友人はA組ではないそうだ。その人物が誰なのか気にはなるが、名前を出さないということはそういうことなのだろうと流すことにした。
「よく分かんないけど人生諦めが肝心とも言うし、達観してるのって悪いことかな」
「悪いってことはないだろうけど…寂しくない?自分も周りも全部は無理だから、だったら自分のことは諦めるなんて」
「今の言い方だと、その人は自分のことよりも周りを優先してるってわけ?」
「たぶん。どっちかだけって状況なら間違いなく周りを選ぶと思う」
「随分殊勝な心掛けの人っすね」
「何その反応…」
「いやだって、私にゃその考え理解できないし」
「美空は自分勝手だから」
「さっきからめっちゃ刺してくるじゃん」
はっきりと言い切る美空にこれまたはっきりと言うココネ。少しではあるが、二人の関係性が見えてきた気がする。
話を戻すが和美とて周りを大切だと思う気持ちは理解できるし、周りの為に動く姿は尊いものだとも思う。だが自分自身のことも多少は大切にしてほしいと思うのは友人として当然な筈だ。付き合いが始まってそう経ってはいないし、深い仲とも言い難い。それでも彼の人となりはそれなりに快く思っている。そんな人物が自らを蔑ろにしているように見えるのは、きっと悲しいことだ。
「周りを大切に思うのは勿論いい、でも自分のこともちょっとくらい考えてほしいのよ。うん、間違いない。もやもやの原因はそれだわ」
「…じゃあ、そう言ったらいいんじゃない?」
「いや、それは…言ったら面倒くさい奴だって思われそうだし」
「うわ…めんどくさ」
「言いやがったな!人の心は無いの!?シスターのくせに!」
「相手にとって都合のいいことを言って聞かせるのがシスターではございません」
「コスプレシスターの分際で尤もらしいこと言っちゃって!」
「断じてコスプレではない!」
そのままレベルの低い言い合いに発展する二人をココネは変わらず無表情で見つめているが、その目はどこか呆れているようにも映った。
「なんでそんな感じにくすぶってるのか知らないけど、せっかくだから懺悔室でも行ってみたら?今ならシスターシャークティがいるし」
「その人って美空の教育係の人だっけ?」
「まぁ、そんなとこ」
確か学園の教師であり、教会のシスターだと美空から聞いたことがある。少し考える仕草を取った後、和美は首を横に振った。
「やめとく。懺悔室ってなんかちょっと堅苦しそうだし」
「気持ちは分かる、なんせ懺悔って言葉が付いてるしね。でも緩いお悩み相談みたいなもんよ、シスターの性格はきついけど」
「誰の性格がきついんですか?」
「誰って、そりゃシスターシャークティに決まって」
「美空…後ろ」
ココネが自分の後ろを指していて、今の質問の声が和美でないことにも気が付く。後ろの人物が誰かはほぼ分かっているが、どうか違ってくれと願いながら後ろを振り向く。残念ながら願いは届かなかった。
「なかなか戻ってこないと思えば、やはり油を売っていましたか」
予想通りそこにはシスターシャークティが立っていた。笑顔だがこめかみに青筋が浮かんでいるのは美空が掃除をサボっていたからか、性格がきついと言われていたからかは定かではない。
「ああ!待ってください!悩める同居人がいたので相談に乗ってたんです!」
「悩める同居人?あら、貴女は」
視線がこちらに移ったのを認識し、和美は軽く会釈をした。彼女のことは話には聞いていたが直接顔を合わせるのは初めてである。見た目は美空から聞いてた9割愚痴に近い話からは結び付かない、凛々しくも可愛らしい大人の女性といった印象だ。
「こんにちは、朝倉和美です。美空のクラスメイトで同室やってます」
「なるほど、貴女が朝倉さんね。私はシャークティーと申します。貴方達のことは美空から聞いていたわ、同室のもう一人は…確か幽霊の子だったかしら」
「あはは、仰る通りです」
シャークティも自分と同様に名前だけは知っていたようだ。さよのことも知っているようなので、美空が色々と話しているのだろう。
「悩み事というのは本当かしら?」
「えっと…まぁ、一応。でも、そんな大したことではないんで」
苦笑いを浮かべる和美を少しだけ見つめて、シャークティは笑顔を浮かべた。
「無理にとは言わないけど、少しでも気になったら是非うちに来てね。教会はいつでも貴女を歓迎するわ」
「…はい、ありがとうございます」
釣られて和美も笑顔になる。これが包み込むような優しさというものなのだろう、真のシスターを見た気がした。見習いとはいえ美空とは大違いである。シャークティは和美に頷いた後、改めて美空の方を向いた。
「嘘ではないようですから、これ以上は何も言いません。あまり遅くならないうちに戻るように。ココネも、いいですね?」
「あ、はい。かしこまりました」
頭が上がらないといった具合の美空と素直に頷くココネ。三人の上下関係はしっかりとしているようだ。そして気のせいでなければ、カースト最下位は美空であろうと和美は思った。
「もうじき言峰神父がいらっしゃいますから、私は教会に戻ります」
「あれ、来るの今日でしたっけ?」
「だから貴女達に掃除を早く終えるようにと言ったでしょう」
完全に忘れていた様子の美空にため息が漏れると、出てきた名前に和美は首を傾げた。
「言峰神父って?」
「隣の冬木市にある教会の神父さん。随分熱心な人でさ、定期的に周辺の教会を周ってるみたい」
「周ってるって、なんでまた」
「他所の教会とか街を見て、より良い教会を作る参考にしたいんだって。うちにも何回か来てるよ」
「そりゃ真面目だ」
感心したように呟いていると、目を引くほど背の高い男性がこちらに向かって来ているのが見えた。その背はかなりの高身長である真名や楓よりも大きく、もしかすると祐よりも高いかもしれない。和美の視線を追って、美空達もその存在に気が付いた。
「あら、言峰神父。申し訳ありません、教会を空けてしまって」
「いや、気にしないでくれたまえ。教会に行く前に、少し周辺を見て周っていたらここに着いた」
どうやら彼が例の神父のようだ。服装などはそうではないが、世間が思う神父の一般的なイメージとはかけ離れた姿と言っていいだろう。体格の良さもさることながら、その纏う雰囲気はお世辞にも近寄りやすいとは言えず、何より和美が気になったのはその目だ。失礼な言い方だがはっきり言って目が死んでいる。
シャークティ達と挨拶を交わしていると、言峰神父の視線が和美で止まった。それに気が付いたシャークティが間を取り持つ。
「言峰神父、彼女は美空のクラスメイトの子です。先程まで美空達と話していたそうで」
「なるほど。では自己紹介をしよう、私は言峰綺礼。冬木市にある教会で神父をしている者だ」
「どうも、朝倉和美です」
ほぼ反射的に自己紹介を返す。話を聞いていたからいいが、知らなければとても神父とは思えないだろう。それこそコスプレと言われた方がまだしっくりくるかもしれない。ただしその場合、人としての危険度は上がる。
「立ち話もなんですから教会にどうぞ。朝倉さんもよければ」
「ああ、いえ。せっかくですけど私は」
「そうですか、それでは私達はこれで。行きましょうか言峰神父」
「承知した」
綺礼はそこで一度和美を見ると声を掛けた。
「少女よ、もし何か困ったことがあれば私の教会にも立ち寄ってくれ。立地やアクセスが良いとは言えないが、出来る限りのことはすると約束しよう」
「え?あ、はい。その時はお世話になります」
「美空、話が終わったらちゃんと戻って続きをしてくださいね」
「は~い」
美空に釘を刺しつつ、シャークティは綺礼と共に教会に向かっていった。
「じゃあ、私もこれで。ま、一応付き合ってくれてありがとね」
「いやいや、いい休憩になったよ」
「言うほど掃除してない」
「それは言わないお約束」
そう言うと美空とココネは手を繋いで和美を見た。
「そんじゃまた寮でね、考え事して事故に合わないように」
「そこまでぼーっとはしないって」
「ならよし。行こっかココネ」
頷いたのを見て、教会へと足を進める。するとココネが途中で振り返り、和美に手を振った。
「カズミ、またね」
「うん。またね、ココネちゃん」
その姿だけでも思わず頬が緩む。なんとも愛らしい子だ、彼女に会う為に教会に行ってもいいかもしれない。そんなに子供が好きだったかなと思いながら、寮に帰ることにする。
祐に対するこのもやもやの理由は、もう少し自分のことも大切にしてほしいから。きっとそう思うのは友人だからだ。それは間違いない筈なのに、どうもしっくりこない部分がある。親しい異性の友人は祐が初めてで、だからこうも同性に対するものとは色々と勝手が違うのだろうか。答えを知りたいところだが、一人で考えていると行き詰まる。かと言ってクラスメイト達に相談するのは何故だか気が引けた。
場合によってはよく知らない人物に対しての方が話しやすいことはある。先程言っていた綺礼の教会に行ってみるのも悪くないかもしれないと、和美は冗談半分に思い始めていた。
「聞いたか?例の逃亡中の犯人、潜伏先が判明したらしいぞ」
「本当か?で、どこに?」
別次元ミッドチルダの首都クラナガン。そこに存在する時空管理局の地上本部の廊下で二人の局員がコーヒーを片手に話し合っていた。
「それが、なんと地球だってよ」
「地球って、あの次元最近事件起きすぎだろ…」
かねてより度々話題に挙がっていた次元ではあるが、最近やたらと無視できない事件が連発している。あの次元には何かあるのではと思っていしまっても仕方がない程だ。
「確かその犯人って『ジェイル・スカリエッティ』の教え子みたいなもんなんだろ?」
「ああ、学生時代によく研究室を出入りしてたそうだが…それだけでも何仕出かすか分かったもんじゃない」
今出た名前は時空管理局としても非常に苦い思い出のある人物の名前だ。決して良い方面にではないが、歴史に名を遺す程のことをした人物である。
「見つけたってことはもう追ってるのか?」
そう聞かれた局員は、一度周りを確認してから耳を近づけるように合図を送った。不思議に思いながらも指示通り耳を近づける。
「まだ正式に発表されてないから大きな声じゃ言えないんだが、どうやら執務官の一人が向かったらしい」
「執務官が?言っちゃあなんだけど、大丈夫なのか?基本内勤ばっかだろあそこ」
「大抵はそうだろうけど、中には進んで現場に出る執務官もいるんだよ。今は違うけど、クロノ提督とかがそうだった」
「ああ、なるほど。んでその執務官てのは」
「残念ながらそこまでは俺にも分らん」
「まぁ、仕方ないか」
「そのうち分かるさ。なんせそもそもの数が多くないし、最終的には正式に発表されるだろうしな」
「違いない」
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