Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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歪と欠落

軽い挨拶を終えた後、容疑者の詳しい話を聞く為にティアナを部署へと案内した。移動中何かと話題を振る後輩刑事に笑顔で答えるティアナを見て、申し訳ないと思いつつも彼女の社交性の高さがありがたい源八であった。

 

「さてランスター執務官。早速で悪いんだが、例の容疑者について教えてほしい。資料で確認はしたが、実際に担当者からの言葉で聞きたくてね。自分でも時代遅れとは思っちゃいるが、何分昔気質なもんで」

 

「よろこんで。私達が協力していただく立場ですから、どうかお気になさらず」

 

「そう言ってもらえると助かります」

 

テーブルを挟んでソファに向かい合って座る源八とティアナ。源八の横に座る後輩刑事もその表情を引き締めている。この部署の刑事は総じて女性に弱い部分があるが、締めるところは締める連中なのでそこは信頼していた。

 

「まず私が追っている人物の名前はムティナ・アーリア。出身は私達と同じ次元、ミッドチルダです」

 

小さなタブレットのようなものを取り出したかと思えば、そこから立体映像が浮かび上がる。そこには例の人物であるムティナ・アーリアの画像が映し出されていた。ティアナからすればこれは当然なのかもしれないが、源八にとっては見たこともない代物なので表情が引きつっている。しかし目新しいもの全てに反応していては一向に話が進まない為、それはなんですかという言葉を飲み込んだ。

 

「三年前、突如工業用のロボットが暴走して破壊活動を行うといった事件が立て続けに起きました。調査の結果、理由は何者かがシステムにハッキングしてプログラムを書き換えたからだと判明します」

 

「それを行ったのがこの女性だと」

 

「そう思われます」

 

「思われる…とは?」

 

源八の言葉にティアナは頷くと別の画像を見せた。

 

「ロボットが暴走した後、そのプログラムを解析するとそこには必ず謎のメッセージが残されていました。これはその一部です」

 

映し出されたメッセージは日本語に翻訳されている。恐らくティアナがそうしてくれたのだろう。

 

「これは始まり。捨てられ、葬られたことへの復讐」

 

源八は声に出しながら文章を読んでいく。映されたものは一つ一つがどれも短い文章で、それだけでは到底このメッセージの真意に辿り着けそうにはなかった。

 

 

 

 

 

 

なかったことにされた。一つだった筈なのに

 

お前だけが幸せに生きるなど許さない

 

私がしたことはお前がしたこと

 

私は罪を犯し続ける。全てお前が原因だ

 

 

 

 

 

 

「なんなんだこれ…気味が悪いですね」

 

後輩刑事が思わずそう言う。口には出さなかったが源八とてそれは同じ気持ちであった。何を言いたいのかはさっぱりだが、どうにもこの文章には強い憎しみが込められているようだ。

 

「しかし、これだけ見ても言葉に困りますな」

 

「今のメッセージは最初の頃のものです。そして犯行を重ねるにつれて、内容は誰かに宛てたようなものから変化していったんです」

 

「変化ですか?」

 

再び映像を変え、新たな文章が出てくるとそれを見る源八達。確かに言われた通り、そのメッセージは先程見たものから性質が変わっていた。

 

「なんか、急に自分のことを言うようになってますね」

 

「ご丁寧に私がムティナだって書いてるくらいだしな」

 

誰かに対する恨み言から自分の名を明かして管理局を挑発するような文章になっていっているように思える。ただ何故そのような変化に至ったのかは到底知る由もない。

 

「でもこれだけだとなんとも言えなくないですか?このムティナって人に濡れ衣着せてるとも思えますし」

 

「最初は私達もその線で考えていました。ですが調べるとかつての同級生から普段は人当たりのいい性格ながら時折凶暴性を見せることもあったとの証言、その学生時代に科学者であり次元犯罪者の人物と親しい関係だったということが分かりました」

 

腕を組む源八。自身の中で様々な思いが生まれるが、口には出さずにティアナの話を最後まで聞くことにした。

 

「今話題に出た次元犯罪者は既に捕まっているのですが、その人物曰く彼女は教え子のようなものだったと。それ以外の詳しいことは聞き出せませんでしたが、以上のことから私達は彼女が少なくとも無関係ではないとの判断に至りました」

 

「あ~…そりゃまた」

 

「他には?」

 

「それ以外にも彼女が多分野で優秀な科学者であること、数年前に突如行方をくらましたこと、何より先日送られてきたこの画像が証拠になりました」

 

出された画像には邪悪さが滲み出ていると思えてしまう笑みを浮かべ、煙の上がる建物を背景に自撮りをしたのであろうムティナが写っている。そして源八達にはどうしても無視できない部分がその画像にはあった。

 

「ゲンさん…これ…」

 

「ああ、あのアウトレットだ」

 

後ろに映っている建物は忘れもしない、トゥテラリィによって爆破されたアウトレットのイベント会場だ。これだけではムティナがトゥテラリィもしくはこの事件に関係あるのかまでは判断ができないが、彼女の経歴を聞くに二つを結び付けてしまうのは致し方ないのかもしれない。

 

「画像の解析を行いましたが、加工された形跡はないとのことです」

 

「色々ときな臭いところだらけだが、とにかく彼女を見つけられれば分かる話か」

 

「はい、その為にも皆さんのご協力をお願いしたいんです」

 

「勿論です、全力で協力しますとも」

 

改めてティアナに協力の意を示す源八は、続けてムティナの画像を見直した。源八は知る由もないが、眼鏡を掛けていないという違いはあれど彼女の顔は麻帆良学園に勤務しているモデナそのものだった。彼女を知る者なら到底想像できないような凶悪な笑みを浮かべているその画像にもメッセージが付属していた。

 

 

 

 

 

 

私は地球、日本にいる。見つけろ、捕まえろ、そして大切なものを奪え。それで全てが終わる

 

 

 

 

 

 

「焼き鳥は塩なんだよ!どうして分かってくれないんだ!」

 

「そっちこそ!変に通ぶってないで折れなさいよ!高級店やるわけじゃないんだから!」

 

麻帆良祭も一週間前だというのにB組の味付けはまだ決まっていない。その他の準備はもう済んでいるのでまだなんとかはなるが、いい加減に決めなければ支障が出てしまう。タレ派塩派それぞれの先頭に立つ薫と正吉が何度目になるか分からない言い合いを始めた。

 

「タレつけたらタレの味しかしなくなるだろ!」

 

「おいみんな!蒔寺がなんか寝言言ってるぞ!」

 

「寝言じゃねぇ!」

 

「三枝さん!言ってやってくれ!」

 

「え!?わ、私はタレが好きかな~…」

 

「僕もだよ三枝さん!」

 

「う、うん」

 

「なんだよそのやりとり!?」

 

「微塵の価値もない会話だったな」

 

クラスが大きく二つの勢力に別れている中、中立の立場にいる春香・凛・詞が成り行きを見守っている。

 

「まさかここまで長引くなんて思わなかったよ…」

 

「それ程譲れないものなのかしら、私にはちょっと分からないかな」

 

春香と凛が話していると、詞は耐え切れずため息をついてしまった。今までは特に口を出さずにいたが、このままいっても話は進まない。少し強引でも今決めてしまうのが最善だろうと手を叩いて周囲の注目を集め、全員に聞こえるように話し始めた。

 

「はいはい、みんな落ち着いて。もうこの件で時間を取られるのも勿体ないわ。話を続けても平行線でしょうし、あみだくじで決めましょう」

 

「…仕方ないわね」

 

「絢辻さんが言うなら…」

 

渋々といった様子ではあるが引き下がった薫と正吉を見てもっと早くにこうしておくべきだったかと反省しつつ、この争いに終止符を打つため詞はあみだくじを作り始めた。そんな朝の光景に祐の姿はない、というのも現在彼は近右衛門に呼ばれてそちらに向かっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「いよいよ麻帆良祭じゃが、祐君としてはどうじゃ?」

 

「興奮で常時パキってます」

 

「なんじゃそれは…」

 

学園長室にて話している祐と近右衛門。言葉の意味は分からず、俗に言ういっちゃってる目をして答える祐に不安を覚えた。取り敢えず楽しみにしているということでいいのだろうか。

 

「まぁ、祐君にとっては初等部以来の麻帆良祭じゃ。わしとしても存分に楽しんでほしいと思っておる」

 

「ありがとうございます学園長。そんな、いいですよお金なんて」

 

「誰もお小遣いをあげるとは言っとらんぞ」

 

言葉とは裏腹に受けとる気満々で手を差し出すも、どうやらそういうことではないらしい。別に金に困ってなどいないが、祐は貰えるものは基本貰うスタンスである。

 

「あ、そうなんですか。となると呼ばれた用件とはなんでしょう」

 

「そうじゃな、それでは本題に入るとしよう。その前に手を下ろさんか、あげんと言うとるじゃろ」

 

「じゃあ木乃香をください」

 

「じゃあとはなんじゃ!じゃあとは!そんな物のついでみたいに言うでない!そもそもそれを言うからには、木乃香を幸せにする自信はあるんじゃな⁉︎」

 

「あるわけないでしょ!何言ってるんですか!」

 

「何言ってるんですかはこっちの台詞じゃ!」

 

久し振りの二人でのやり取りに祐は居心地の良さを感じていた。長年の付き合いも相まって、近右衛門としても祐の対応には慣れたものである。

 

「まぁ一旦その話は置いておいて、ソファに掛けて楽にしてくれ」

 

「失礼します」

 

言われた祐はソファに横になった。

 

「楽にしすぎじゃ、せめて座らんか」

 

「いやもう、流石ですね学園長」

 

「老いぼれの頭を変なところに使わせるでない。老人虐待じゃぞ」

 

近右衛門の返しに嬉しそうな顔をして座る姿勢に移行する。素早いボケとツッコミの応酬に疲れはするが、この顔を見ているとつい甘くなってしまう。まるで孫に甘い祖父である。

 

「それで本題じゃが…祐君も知っての通り、麻帆良祭の期間中は例外の場所はあれど一般開放を行う」

 

「そうでしたね」

 

「その為学園内の警備は普段以上に厳重にするつもりじゃ」

 

近右衛門の話に黙って頷く祐。ふざける時とそうでない時の切り替えが早いのは彼の良いところと言えるかもしれない。

 

「だから祐君、今回の麻帆良祭中は余計なことを考えず楽しむことだけを考えなさい」

 

掛けられた言葉が想像していたものと違い、祐は少し惚けた表情をしていた。その顔を見て近右衛門は笑う。

 

「ふぉふぉふぉ、大方警備の仕事を頼まれると思っておったんじゃろ」

 

「ええ、まぁ…仰る通りで」

 

「先程も言ったがお主にとって久し振りの麻帆良祭じゃ。それに、最近祐君は幾つもの事件に対処してきてくれた。偶には面倒事には関わらず、学生らしく羽目を外してほしいんじゃよ」

 

「学園長…」

 

「言っておくが、羽目を外すと言っても限度はあるからの」

 

おどけたように言う近右衛門。祐が次に浮かべた表情はとても柔らかい笑顔だった。

 

「これは、自分も協力させてくださいって言うのはナンセンスですね」

 

「分かっているならよし」

 

「分かりました。不肖逢襍佗祐、全力で麻帆良祭を楽しませていただきます!」

 

「うむ、全力でな」

 

その言葉に対して満足げに長い髭を撫でる近右衛門。祐は頭を深く下げた。

 

「ありがとうございます学園長。俺はここに居られて、本当に幸せです」

 

「これこれよさんか、学園生活を楽しむのは学生として当然の権利じゃ」

 

「では当日に関して多少の情事は大目に見ていただいて」

 

「そこは絶対に認めんぞ」

 

「学生ならば力を入れるべきなのはそこじゃないんですか!」

 

「違うわい!」

 

 

 

 

 

 

放課後。夕日が都市全体を赤く照らしている中、詞主導の元綿密なスケジュールで準備を行なっていたB組は本日の作業を終えて下校をした。

 

一緒に帰っていた純一達と別れ、祐は大勢が今も準備を行なっている広場を高台から眺めていた。ここからでも分かる程学生達の熱意が伝わってくる。皆が時間も忘れて作業に打ち込む姿に自然と笑みがこぼれた。

 

「アマタ君かい?」

 

後ろからの声に振り向くと、そこにはモデナが立っていた。少し意外な人物の登場に祐は不思議そうな顔をする。

 

「あれ、ロマーニさん?」

 

「やはりアマタ君だったか、君は目立つから待ち合わせなどでも困らなそうだね」

 

手を軽く振りながら隣へとやってくる。祐は軽く会釈をした。

 

「今日はこちら方面に用事ですか?」

 

「ああ、大学部が行うイベントで使用するロボットの設置と調整さ。イベントの会場は学園都市全体になるからね」

 

そう話すモデナの視線を追っていくと、そこには大学部の生徒達がロボットを運搬しているのが見えた。

 

「人型以外もいるんですね」

 

「四足歩行のものからキャタピラ式のものまで、バラエティ豊かだ」

 

「あれらはロマーニさんが?」

 

「いや、全て生徒達のアイディアさ。私はちょっとしたアドバイスとお手伝いだけ。あのロボット達は言わば、生徒諸君の汗と涙の結晶といったところかな」

 

「おお、そりゃ凄い」

 

「そうだろう?彼らの熱意には目を見張るものがあるよ」

 

そう話すモデナは楽しそうなのと同時にどこか誇らしげであった。

 

「この学園は本当に素晴らしい。皆がそれぞれ目標を持ち、それを周りがしっかりとサポートする。様々な点から見ても、ここは恵まれた環境だよ」

 

「ロマーニさんは好きですか?この学園のこと」

 

「勿論、ここに来れて本当に良かったと思っているよ。君はどうかな」

 

聞いてくる祐にモデナは微笑んで返す。そこには間違いなく、嘘偽りはなかった。

 

「僕も好きです。この場所とここに居る人達が」

 

「そうか、もしかすると私達は気が合うのかもしれないね」

 

「そうなら嬉しいですね」

 

二人はそこで少し笑いあった。共通の趣味を見つけたかのように、お互い僅かにではあるが親近感が湧いたのかもしれない。

 

「さて、私も作業に戻らないと。運ばなければならない物も沢山あるからね」

 

無意識にモデナは少々疲労気味な表情を浮かべると、祐は右手を上げた。

 

「荷物持ちであれば、お力になれますよ」

 

「本当かい?それはありがた…いやいや、君だってクラスの準備で疲れているだろう。流石に悪いよ」

 

祐の申し出に一瞬嬉しそうな顔を見せるも、すぐに頭を振って考えを変えた。どうやらこの様子から察するに、モデナは力仕事があまり得意ではないようだがそうとなれば黙っているわけにはいかない。力仕事が得意なのは、実のところ自己評価が低い祐にとって数少ない自慢できる部分だ。それに何よりモデナは美人で性格もいい、これだけで助ける理由は充分だ。思春期男子は女性の前では格好をつけたくなるものである。

 

「ロマーニさん、何を隠そう僕は体力だけには自信があるんです。寧ろそれしかないと言っても過言ではありません」

 

「そ、そんなことはないんじゃないかな…」

 

それしか取り柄がないようには思えないが、まだ祐のことなど碌に知らないのでモデナはやんわりと否定する事しかできなかった。

 

「それに男子高校生という生き物は女性に対していい格好をしたいものなんです。どうかここはひとつ、僕のちっぽけな自尊心を満たさせていただけませんか?」

 

モデナとしても手伝ってもらえるのならありがたい。何故ここまで押してくるのかは分からないが、本人がこう言ってくれるのなら断る理由などなかった。

 

「ありがとうアマタ君。これは断る方が失礼だね、それでは是非君の力で私を助けてくれたまえ」

 

「任せてください!どんな物でも運んでみせますよ!まずはロマーニさんを運びましょうか!?」

 

「それは恥ずかしいから勘弁してほしいな」

 

その後学生たちと合流して必要なものを運んでいく。言葉に違わず祐の働きは大したものだった。その体格から力はあるのだろうとは予想していたが、それにしてもかなり重たい荷物を軽々と持ち上げる姿には目を見張るものがある。女性の前ではいい格好をしたいと言いながら、男子生徒しかいない場面でも笑顔で仕事を手伝う祐をモデナは離れた場所から自分の仕事をこなしつつ観察していた。

 

 

 

 

 

 

本日分の作業がひと段落つき、生徒達が帰っていく。作業中にすっかり打ち解けたのか、祐は大学生から次も頼むよ等の声を掛けられていた。

 

「よろこんで!代わりに合コン連れてってくださいね!」

 

「オッケーオッケー!」

 

笑って別れる祐と大学生達。すると横にモデナがやって来た。

 

「助かったよアマタ君。素晴らしい働きぶりだった」

 

「ご満足いただけましたか?」

 

「これ以上ないくらいにね。お礼としては安くて申し訳ないが、飲み物でもどうだい?」

 

「飲み物!?いいんですか!」

 

「その反応は普段の生活が心配になるぞ」

 

近くの自販機で飲み物を買ってもらった祐はお礼を言って受け取った。次に自分の分を買ったモデナがベンチを指さす。

 

「そこで一息つこうじゃないか」

 

「皆さんと一緒に帰らなくて大丈夫なんですか?」

 

「今日の作業は終わったし、皆には先に帰っていてくれと言っておいた。それとも迷惑だったかな」

 

「んなわけないじゃないっすか!さぁ行きましょう!今すぐに!」

 

「ふふっ、君は面白いね」

 

ベンチに座った二人はそれから色々なことを話す。なんてことはない世間話から学園生活のことなど、それ以外にも質問などに祐は答える。その話をモデナは楽しそうに聞いていた。

 

「なるほど、なかなか愉快な幼馴染が大勢いるんだね」

 

「はい。みんな一癖ありますけど、凄く優しいんです」

 

「そんな顔で言われたら疑いようがない。それと、君が異性に慣れているように感じたのはそれが要因かな」

 

「え、そんな感じします?」

 

「私の主観だけどね。なんとなくそんな気がしたんだ」

 

「まずいな…それだと純情な青年には見えませんよね」

 

「いったい何を気にしているんだ君は…」

 

買った紅茶を一口飲んで喉を潤すと、モデナは手元を見つめる。祐がそれを横目で確認すると、なんとなくそこで会話が止まった。

 

「アマタ君、君は…生きづらいと思ったことはあるかな?」

 

思わず口に出てしまったのだろう。モデナがはっとした顔をすると、祐からの言葉を待たず即座に慌てた様子で取り繕った。

 

「あはは、すまない。いきなりこんなこと聞かれても困ってしまうよね。お酒を飲んだわけでもないのに酔ってしまったみたいだ」

 

「ありますよ、生きづらいって思ったこと」

 

自分で聞いたことだが、返答が来るとは思わずモデナは驚いた顔で祐の方を向く。そうするとこちらを見ている彼と目があった。

 

「変なこだわりとか、気にしいなところとか。理想なんて面倒なものは捨てちゃえばもっと楽だって分かってはいるんですけど、それができなくて。なんでこんな要領の悪いやつなんだろう、こんな性格じゃなければなって自分で思ってます。僕は…まぁ、こんな感じですかね」

 

苦笑いを浮かべながら語る姿は酷く脆いように見えた。彼の表面から想像できる人物像とはかけ離れていると感じるそれに、モデナはきっとこちらが本当のものなのだろうと思ったと同時により祐に親近感を抱くことができた。彼は自分と同じなのだ。

 

「君は私と同じだね、随分と着込んでいる。そうしないとすぐに綻びが出てしまうからかな」

 

「ガチガチに固めておかないと、あっという間にダメになっちゃいますから。なんとか形にしてはいると思ってるんですけど」

 

「上出来だよ、君がそう答えてくれた今この瞬間まで確信が持てなかった。自慢ではないが私はある理由から科学と同等に心理学というものにもかなりの時間を費やしてきたんだ。そして私は種類は違えど君と同類、なのにそれを感じさせないとは大したものだ。普通の人ではまず気が付けないだろうね」

 

「お墨付きをいただけて安心しました。最近どうも襤褸が出やすくなってる気がして自信なくなりそうだったんです」

 

「ふむ…先程の話から察するに、君の周りにいる人達は相手を深く見ようとしている可能性があるな。それとも特別鋭いタイプなのか」

 

「どちらにせよ気が抜けませんな」

 

「間違いないね」

 

軽い調子に戻ったモデナは幾分か明るくなったようだった。祐があまり取り繕う必要のない人物だと分かって気が楽になったのかもしれない。

 

「ロマーニさんはどうですか?無いなら無いで苦労とかは」

 

「私の場合、ずっと嫌いに思っていた部分を捨てたんだ。でも捨てた後、これは卑怯なんじゃないかと思った。だから私のは勝手な自己嫌悪だよ、自ら望んで捨てたくせにね」

 

「いったいどうやって?」

 

「それは…」

 

「あっと、僕の良くないところが出ちゃいました。今言ったのは忘れてください」

 

「すまない、助かるよ。あまり気分のいい話ではないからね」

 

脆く歪な者と欠如している者。なぜそうなったのかの理由や経緯は違うが二人は括りとしては同じだ。

 

「というか、私は同類とだけしか話していない。しかし君は私の無い部分に気付いているんだね。なんてことはなさそうに言うから流してしまうところだったよ」

 

「あれ、そうでしたっけ?やっちゃいましたね」

 

「いや、それはわざとだろう。上手いねアマタ君、君はやはり大したやつだ」

 

「あら~…ロマーニさんてばやり手ですね」

 

「君程ではない。そうやって隙があるように見せて、相手の油断を誘っているんじゃないかな?だからと言って全てが演技というわけでもない。本当…手強いよ」

 

尊敬と呆れが半々の目を向けられた。多くの部分を見透かされている、ここまで自分の常套手段が通じないのはエヴァぐらいなものだ。仮に彼女と敵対関係になったとしたら、最大限の警戒をもって臨まねばならないだろう。だがそれはモデナとて同じこと、お互い相手が敵になるのは御免だった。

 

「隙ができるのはロマーニさんが奇麗だからということで」

 

「その軽薄な感じも半分以上は演技か、自分に踏み込んできそうな人物を篩に掛けている。有効な手かもしれないが、君に強い興味を持っている相手にはあまり通用しないだろう。従って私にも通用はしない」

 

その言葉を聞いて、千鶴にここのところ負け越しているのはそれが原因かと頭を抱えたくなった。今までは大抵これでなんとかなってきたからと甘く見ていたのは否めない。

 

「奇麗だと思っているのは本当ですよ」

 

「ありがとう。私が君に強い興味を持っているのも本当だ」

 

祐は腕を組んで考え込む仕種を取る。モデナはその意図が分からず首を傾げた。

 

「そんなこと言われるとテンション上がっちゃうんですけど」

 

「どうやらそれは本心みたいだね…」

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、大学部の廊下をあくびをしながら歩く学生が少し先でロボットを見つめている人物に気が付いた。

 

「あれ、モデナ先生じゃないですか。まだいらっしゃったんですか?」

 

「ん?ああ、ちょっとね。君こそどうしたんだ?随分眠そうだが」

 

自分の大きなあくびを見られていたかもしれないと、学生は恥ずかしさで頭を掻いた。

 

「できれば今日中に仕上げておきたい項目がありまして…」

 

「そうか。熱心なのは君達のいいところだが本番前だ、無理をして体調を崩さないようにね」

 

肩を軽く叩かれた学生の顔は少しにやけていた。些細なボディタッチだが、それでもうれしさを感じるには充分だったのだろう。

 

「大丈夫です!よし、もうひと頑張りしてきます!」

 

「ほどほどにね」

 

眠気など遥か彼方に飛んでいった様子で研究室へと戻る学生。その背中を見送り、姿が小さくなると冷たく笑った。

 

「幸せなんだろうな、慕ってくれる者がいる暖かい場所で過ごせて。それももうすぐ終わるけど、さて誰のせいかな」

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  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり
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