「やぁみんな、調子はどうかな?」
「あっ、モデナ先生!お疲れ様です!」
作業を続ける学生達の元にやってくると、全員に笑顔で迎えられる。それが学生達からの信頼を表しているようだった。
「ラボの方はどうなりました?」
「鋭意作業中だね。だが、成果は期待してくれていい。セキュリティは間違いなくより強固になるよ」
「流石ですね先生」
この生徒はこちらに憧れの目を向けている。随分と上手くこの街に取り入ったものだ。心底気に食わない。
「煽ても何も出ないよ?さて本題だが、現在ラボは私しか入れない仕様になっているんだ。だからもしあのラボに用事があるのなら、手間だろうが私に一言声をかけてくれたまえ」
「わかりました。みんなにも伝えておきますね」
「よろしく頼むよ。ではまた」
軽く手を上げてその場を後にする。背を向けた彼女の表情は誰も見ることはない。従ってその凶暴な笑みには気付かなかった。
「事は全て順調だ。至ってね」
バックヤードで小休憩をしていた明日菜はなんとなく監視カメラを眺めている。その背中を軽くつつかれて後ろを向くと、相手は木乃香だった。
「ん?なに?」
「明日のことなんやけど、行くとこもう決めとる?」
「ううん、全然。木乃香は?」
「ウチはそれなりや」
「何よそれなりって…」
二日目にクラスでの仕事がない時間が重なっていることから、明日菜・木乃香・刹那の三人で麻帆良祭を回ることにしていた。
「あとな、明日は祐君も午前は空いてるらしいんよ」
そこまで聞いてこの後続くだろう話に大体の当たりがついた。
「祐も誘っていこうって話?」
「せいか〜い!」
「まぁ、私は別にいいけど。もう誘ってあるの?」
「それがうっかりしとって、この後電話して聞いてみるわ」
祐にとっては急な話になるかもしれないが彼のことだ。予定を聞かれた時に察してその時間帯は何も入れていないだろう。変なところで気が回る人物なのは知っている。
「それにしても木乃香って連絡は基本電話よね。ラインも使ってはいるけど、何か理由でもあるの?」
「う〜ん、どうせなら声聞いてお話したいやん。直接会うのが一番やけど」
可愛らしい理由に明日菜はつい笑ってしまう。そして少々その部分を茶化してみたくなった。
「なるほどね〜。確かに木乃香って寂しがりやなところあるもんね」
「むっ、明日菜イジワルや。そんなんちゃうもん」
分かりやすく頬を膨らませる姿は威圧感のかけらもない。男子は好きな子にいじわるをしてしまうといった話を聞いたことがあるが、少しだけ気持ちが理解できるかもしれない。目の前の膨らむ頬に両手でそっと触れると軽く押した。
「ごめんごめん。ほら、そんなにむくれないで」
「ん〜!」
明日菜の手を押し返すようにもう一段階膨らませようとする木乃香。目をぎゅっと瞑って力を入れている姿は同性の自分から見ても愛らしい。
「んふふ、なんかフグみたい」
「だっしゃ〜〜‼︎」
「いたっ!」
木乃香の頬で遊んでいた明日菜に対して謎の掛け声と共にハルナがタックルを仕掛けた。
「いきなり何すんのよ!」
「バックヤードとはいえ周りの目もあるのよ!そんな状況で見せつけやがって!」
そう捲し立てられても明日菜は何を言われているのかさっぱりである。そこで今気が付いたが、待機していたクラスメイトの視線はこちらを向いていた。
「えっ、みんなどうしたの?」
「い、今キスしようとしてたんでしょ?私達のことは気にしないで…」
「そうよ、いないもんだと思ってもらって構わないから」
「んなわけないでしょ!」
まき絵と裕奈にそう言われて急いで否定する。しかし一度エンジンが掛かったらそうそう止まらないのが彼女達だ。
「ほら、今って多様性の時代じゃん?私は応援するよ」
「だから違うっての!」
「じゃあ木乃香の顔見てみなさいよ!どう見てもキス待ちの顔でしょうが!」
何を馬鹿なと木乃香の方を向くと頬はもう膨らんでおらず、顎を少し上げて手を後ろで組み黙って目を閉じていた。いつもの悪ノリである。
「木乃香!」
「ここまでされたらやるしかないでしょ明日菜!」
「しっかり見届けるからね!」
「女の子に恥かかせるんじゃないわよ!漢見せんかい!」
「私は女よ!」
「「「……」」」
「なんか言え!」
ハルナ達に(物理的に)背中を押されるも踏ん張って抵抗する明日菜。すると別方向から参戦してくる者がいた。
「神楽坂が行かないようならうちの刹那が黙っていないぞ」
「やめろ!離せ真名!」
後から真名に羽交い絞めにされた刹那が連れてこられる。こちらも抗ってはいるのの、暴れて周りにある機材を破壊するわけにもいかないので申し訳程度にしか抵抗できていない。
「禁断の恋!なるほど、こういうのもあるのね!」
「きゃ~!麻帆良祭でカップル誕生だ!」
「どっちでもいいから早くキスしろ!」
「なんでそんなにキスさせたがってんのよ!?」
(ずっと忙しいのに本当に元気ですねこのクラスは…)
正直もうお疲れモードの夕映は同じくらい働いているにもかかわらず、朝から調子の変わらないクラスメイトを少しだけ羨ましいと思った。いや、やはり羨ましくはないかもしれない。横にいるのどかは顔を真っ赤にしながら手で顔を覆っているが、指の隙間からしっかり明日菜達を見ている。いつだって人は好奇心には勝てないものだ。
モデナを抱えて空を飛んでいたロボットは少しして地面へと降り立ち、モデナをその場に降ろした。浮遊感が未だ残る状態でよろけながらもなんとか立って辺りを見回す。中心地から離れた場所のようで周りには芝生と林が広がっており、人の気配はなかった。
「ここは…街の外れか」
腰が抜けたようにその場に座り込む。今思い返してみても訳の分からない状況だ。なぜ彼女は自分を狙っているのか、思い当たる節があるとすれば恩師であるジェイル・スカリエッティの研究室に出入りしていたことくらいだ。彼からはあらゆる技術を教授してもらったが、誓って自分は犯罪行為をしていない。彼が数年前に何を起こしたのかは知っている。その件で参考人として呼ばれる可能性がなくはないが、彼の処遇は既に決まっている筈。それにティアナの目は初対面の人物に向けるようなものではなかった。
「まるで…私自身に何か恨みがあるような」
そう口に出してもまったく心当たりはない。いったい何がどうなっているのかと膝を抱えた。そこで起動音から横にロボットがいることを思い出す。そのロボットを見つめても、何か言葉が返ってくるわけもなかった。
「ロマーニさん」
突然声を掛けられて驚きながら声のした方を見る。そこに立っている人物を見て驚きは増した。
「アマタ君…どうして…」
「ロボットから手紙をもらいました。ここで待っていると」
異様な雰囲気を感じ取ったのか、祐はなるべくモデナを刺激しないようにとゆっくり近づいてくる。しかし祐からの言葉はモデナを更に困惑させた。
「手紙?」
「差出人はロマーニさんで、面倒な事件に巻き込まれたと書かれてます」
ポケットから例の手紙を取り出す祐だが、それでもモデナの表情は変わらない。どうにもきな臭くなってきた。予想はしていたが、本当に面倒なことになっているようだ。
「もしかしてこれは、貴女が書いたものじゃ」
言葉の途中で変化が起こる。いつの間にか飛んできていた別のロボットが祐目掛けて体当たりを仕掛けたのだ。
「アマタ君!」
モデナからは見えなかったが、祐は胸の前で腕を交差させ衝撃を防ぐ。そして敢えて足を地面から浮かせロボットに林の中へと押し込まれることを選んだ。そこへ続くように空からロボット達が押し寄せてくる。モデナは急いで立ち上がると祐の元へと走ろうとした。しかしその腕を掴まれて足が止まる。モデナを止めたのは隣にいたロボットだ。
「なっ!?離してくれ!」
自分が行ったところで大した役に立てないことは分かっている。だがそれでも彼の元へ行かねばと腕を振りほどこうとしても、ロボットは微動だにしなかった。逆に腕を引かれて無理矢理抱え込まれると身体が宙に浮くのを感じる。
「待って!彼の…彼の所に行かないと!アマタ君!」
モデナの叫びは届くことはなく、ロボットは再び空へと飛び立っていった。
祐を押したまま林の中を低空飛行するロボット。暫く進んだところで祐は腕の交差を勢いよく解く。するとその力に負けてロボットが体勢を崩した。それを見越していた祐が宙返りを行い、勢いを付けたつま先でロボットの顎の部分を蹴り上げる。ロボットの頭部はボールのように吹き飛び、身体の部分は地面に墜落した。危なげなく着地をした祐の周りをついてきていたロボット達が取り囲む。
「イベントにしては過激すぎるな」
『少しくらい過激な方が楽しいじゃないか』
独り言を呟いたつもりだったが、まさかの返事がきた。聞き間違いでなければその声はモデナのものだ。どうやらロボットに内蔵されているスピーカーを通して聞こえているようである。
『やぁ、アマタ君。楽しんでもらえてるかな?』
「誰だ」
『さっきまで聞いていたのに忘れてしまったのかい?私はモデナだよ』
祐は反応せず無言で視線を向けていた。それを気に掛けることなく音声は流れる。
『突然のサプライズで申し訳ないね。驚いただろうが本気でやった方が盛り上がるだろう?こう見えて私は演技派なんだ。ただ、君の身体能力がこんなにも高かったのは私にとってのサプライズだったよ』
今の状況がイベントだと言い張るつもりのようだ。この身体能力をサプライズと言っていたのが本当なら力のことは知らないのだろう。だがそうだとしたらそれはそれで問題だ。普通の人間なら少なくとも先程の行為は無事では済まない。殺すつもりがあったのかは定かではないが、痛めつけるつもりだったのは間違いない。
『現在の私は宛ら悪の組織に捕まった哀れなヒロインといったところだ。囚われの女性を助けるシチュエーションを好む男性は多いと聞く。君には是非ともたった今始まったこのイベントに参加してほしい。君は私のタイプだからね』
林の中で彼女の声だけが響く。それがこの空間を不気味なものにしていた。
『これから幾つもの試練が君達を待っている。見事それらを突破して私を悪の魔の手から救い出してくれたまえ。一緒にこの麻帆良祭を盛り上げようじゃないか』
そこで周りを囲んでいたロボット達が少しずつこちらに近づき始める。第一の試練と言ったところだろうか。
『では手始めに、そのロボット達から逃げ回ってくれ。できるなら倒しても構わないよ。それでは一旦失礼する、次の準備があるからね』
声は聞こえなくなり、いよいよ音が消えた。しかしすぐに新たな音は生まれる。ロボット達が動き出した。
狙いは祐のみ。一斉に襲い掛かってくるロボット集団を前に取り乱した様子はない。状況の整理はついていないが、今は戦うだけだ。大きく踏み込むと距離を一瞬で詰めて正拳突きを放つ。拳は目の前のロボットの胴体を貫き、その後ろにいたロボット達も余波で吹き飛んでいった。貫いたロボットをそのままに自身の身体を一回転させると向かってきていた周囲の敵も弾き返す。距離が取れると腕を軽く振って無残な姿に変わったロボットを投げ捨てた。立ち上がり再度向かってくるロボット達に構えを取る。
「そこの君!後ろに下がって!」
迎え撃つ為に体勢を低くした瞬間、声と共に上空からロボットに向けられて放たれたであろう謎の光弾が飛来した。ロボットを吹き飛ばし、祐とロボットの間に今度は人が現れる。祐は少し呆けた表情でその背中を見つめた。敵意はまったく感じないことから敵ではないのだろうが、初対面の人物だ。後ろ姿しか見えなくてもそれは分かる。どこか近未来的な服装、綺麗な長いオレンジ色の髪など一度見ればそう忘れるものではないからだ。その女性がこちらに顔を向けると、取り合えず美人だということも分かった。
「えっと…貴女は?」
「私は時空管理局の者です!ここは私に任せて君は避難して!」
時空管理局と言えば別次元の巨大組織だ。普通ならば馴染みのない存在だが、その言葉で思い出される人物が一人いた。あの時世話になった人物も確か時空管理局と呼ばれる組織の所属だった筈である。
「時空管理局って確か、クロノさんの…」
「えっ、なんでクロノさんを知って」
目の前の青年から予想外な人物の名前が飛び出し今度は時空管理局の女性、ティアナが驚いた顔をする。だがそれも束の間、破壊を逃れたロボットがこちらに飛んでくる。瞬時にクロスミラージュを構えて迎撃しようとするティアナだったが、それよりも先に祐が前に出てロボットを殴り飛ばした。
「へ?…ちょっと!避難してって言ったでしょ!」
少し怒った様子のティアナが大きな声で言うが、当の祐はロボット達に向かって走っていってしまう。
「大丈夫です!慣れてますから!」
「そういう問題じゃないわよ!」
構わずロボットをなぎ倒していく祐。それを見たティアナは頭を乱暴に掻いた。
「あ~!もう!なんなのよこの子!」
祐を撃たないよう、彼に近づこうとする遠距離の敵を優先して狙撃する。なるほど、慣れていると豪語するだけはある。一対多数でありながら未だ一撃も食らうことなく、身のこなしも常人のものではない。特殊な力は見受けられず、身体能力一つで乗り切っているようだ。この場を治めたら詳しく話を聞く必要があると思いながら、残りの敵を排除していった。
最後の一体が胴体に風穴あけて背中から倒れた。辺りを確認してもロボットの反応はない。ひとまず終わったとティアナは一息ついた。すると祐が歩いてくる。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「お礼を言うくらいなら、ちゃんと言うこと聞いてほしかったんだけど」
「ごめんなさい」
頭を下げる祐にため息が出た。生意気な方がまだやりやすい。変に素直だと調子が狂う。
「色々聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるわよね?」
「答えられる範囲でなら、喜んで」
祐と一度視線を合わせてから、ティアナはクロスミラージュを待機状態にするとバリアジャケットから執務官のスーツに変わった。
「おお、ハイテクですね」
「どうも…先に名乗っておくわ、私はティアナ・ランスター。時空管理局で執務官をしています」
「麻帆良学園高等部一年、逢襍佗祐です」
「高校生なのね。ん?アマタ…ユウ?」
何故だか聞き覚えがあるような気がする名前で、ティアナは頭をフル回転させる。そもそも彼はこの次元の人間だと思われるが、時空管理局のことを知っていた。次元同士での交流があったのでそれ自体はおかしな話ではない。しかしただの一般人がクロノのことまで知っているとなればそうではないだろう。こちらの次元ではそれなりに名のある人物だが、別次元まで名を轟かせているかとなれば答えは否だ。そのクロノで思い出したが今回の任務にあたる際、彼から地球であったテロ事件のことを聞いていた。確かその話には…
「君…もしかして」
「おっと、少々お待ちください」
祐が手で待ったの合図を送る。言葉を遮られたティアナは不満そうな顔をした。
「…なに?」
「もしよかったらですけど、ちょっと掴んでみてくれませんか?それではっきりできると思います」
そう言って自分の手を差し出す祐。恐らく手をとれということだろうが気が進まない。いくらロボットに襲われていたとはいえ、ティアナにとっては彼の存在も行動もまだ怪しさしかない。
「あ~…まぁ、怪しいですもんね。なら人通りの多いところで話を」
苦笑いをする姿に少々心が痛んだ。こちらが悪いことをしているような気がして気分がよくない。ティアナは二度目のため息をついて右手を差しだした。
「あれ、いいんですか?」
「よく分かんないけどこれでいいんでしょ?言っておくけど変なことはしないように」
「ありがとうございます」
笑顔を見せるとそっとティアナの手を握り、瞳を見つめる。するとどういうわけかティアナの頭の中に祐に関する情報が流れ込んできた。その現象に驚きながらも流れてくる情報を確認していく。口で説明しろと言われてもできる自信はないが、間違いなく祐の意識が直接送られてきている感覚がする。気が付くと祐がそっと手を放していた。一瞬だったが夢でも見ていた気分だ。
「どうですか?ちゃんと伝わりましたかね?」
「はぁ…全然よく分かんないけど、分かった。駄目だ、上手く言葉にできないわ…」
「いえ、言いたいことは分かりますよ」
体験したことのない感覚にぼーっとしてしまいそうになるが、頭を振って意識をしっかりさせる。嫌な気分はしないが、あまり多用されたくない。
「こっちの方が信用できるかなって思ったんですけど、大丈夫ですか?」
「これ以上ないくらい高い信憑性だったわ。でもこれ、あまり使わないで。なんていうか…ふわふわしちゃうから…」
「気を付けます」
祐の心に触れたような感覚を起こし、初対面にも拘わらず彼に対して親しみのようなものを抱き始めているのに気が付く。言いようのない気恥ずかしさと何より恐ろしさを感じた。彼こそがクロノの言っていた虹色の光を放つ青年で間違いない。未知の力だと聞いていたが、まったくもってその通りだ。これは力の一端なのだろうが、その底知れなさを感じるには充分だった。
「それで、アマタ君…でいいかしら。襲われていたようだけど、貴方はあのロボットがなんだか分かる?」
「あれはこの麻帆良祭で行われるイベント用のロボットです。大学部が制作したもので、間違っても人を襲うために作られたものじゃありません」
ティアナは顔を顰めた。彼が嘘を言っているとは思えないが、実際に自分も祐もあのロボットに襲われている。彼の言葉を信じるとなると、この街の大学生が作ったロボットを何者かが悪用しているということだろうか。
「ムティナ・アーリアの仕業って考えるのが妥当か…」
「ムティナ・アーリア…ですか?」
「ええ、そう。私が追っている人物で、恐らくこの事件の首謀者よ」
そう言って機材を取り出すと立体映像が浮かび上がる。そこに映ったのはムティナの写真だ。
「彼女がムティナ・アーリア。科学のあらゆる分野に精通していて、私達の次元で多くの科学犯罪を起こしたとして行方を追っていたの。この次元にいることが分かって、連行しようとしたところを私も襲われたわ」
祐はムティナの顔を見て表情が変わった。何か違和感を感じたような、そんな顔だ。
「この人のことは僕も知ってます。彼女はこの学園の大学部で臨時講師をしてる方ですから」
「なんですって⁉︎」
「僕が知り合ったのは最近ですが、講師としては一年前ぐらいに来ていたそうです」
驚愕した様子のティアナ。他人に危害を加えることをなんとも思っていないような人物が、学園で講師として生活しているなどとは思えないのは当然である。
「ただ2つ不可解なところがあります。僕の知っている彼女の名前はモデナ・ロマーニで、そのムティナという名前は初めて聞きました」
「偽名を名乗っているとすれば説明がつくわ。おかしな話でもないでしょ?」
「そうですね、名前に関してはそれで解決できます。それでもう一つなんですが、こっちが本命です」
「言ってみて」
祐は頷くと破壊されたロボットの残骸を見た。
「ランスターさんがくる前、このロボット越しに彼女から話しかけられたんです。声こそ同じでしたが僕の知っているロマーニさんとはまったく違う、荒々しいというか…凶暴な印象を強く受けました」
「彼女の凶暴性は私も体験した。野放しにしておくには余りに危険な人物よ」
「そこなんです。もし彼女が本当にロマーニさんなら、あり得ないんですよ」
その発言を聞いて、あくまで冷静にティアナは話し始める。
「彼女のここでの生活態度を私は知らない。でも学生時代から普段は温厚だけど、時折凶暴な一面を垣間見せていたと調べで分かってる。それもこの話で解決できると思う」
祐は視線を落とし、何かを考え込んでいる。納得できていないのは見ているだけでも分かった。仮に彼がムティナと近しい関係だったのならば、彼女の行いにショックを受けて現実を受け止めきれていないという線が考えられる。しかしどうにもそういったわけではなさそうだ。
「何がそんなに引っ掛かってるの?」
「ランスターさん、貴方のことを信頼してこの話をします」
「…何を聞かせてくれるつもりなのかは分からないけど、私を信用するのは早すぎるんじゃないかしら?私は言葉でしか自分のことを教えていない。時空管理局というのも嘘で、君を騙そうとしてるかもしれないのよ」
これは彼女個人としての忠告だ。祐はまったくと言っていい程こちらに疑いの目を向けてこない。特殊な力を持っているのだ、疑い深いぐらいでなければ彼はこれから多くの悪人に騙されてしまうかもしれない。そう思った上で敢えてこちらに疑念を持たせるような発言をした。
「それなら大丈夫ですよ。ランスターさんはそんな人じゃないって気がします」
「何を根拠に…なんにも知らない赤の他人同士でしょ?」
「悪意には人一倍敏感なんです、特に自分に向けられてるものには。これも力のおかげでしょうね」
ティアナはそこで口を噤む。能天気な発言だと言えてしまえればそれで終わりだが、あの力の影響でと言われるとそうはできない。
「まさかだけど…色々と自分の話を通しやすくする為に、さっきのを私にしたの?」
「正直そこまで考えてませんでしたけど、その方ができる男っぽいのでそういうことにしていいですか?」
これが冗談か本心かの判断が付かない。はっきり言ってティアナの祐に対する警戒度は着々と上がっていた。
「今の話のせいで、私は君のこと警戒してるわよ」
「そこは仕方ないです。僕はランスターさんのことを信用しますけど」
どうやらこの青年はなかなか面倒な人物だったらしい。もっと言及したい気持ちは多分にあるが、このままいってものらりくらりと躱されそうだ。彼に対する注意は怠らず、ここは一先ず飲み込んで話の続きを聞いた方が建設的だと無理やり自分を納得させた。
「もういいわ…それで、話っていうのは何かしら」
「ムティナ・アーリアとモデナ・ロマーニが同一人物であるなら、どうしても納得できないことがあります」
聞き返すことはせず、ティアナは黙って話の続きを待った。何がくるかは予想もつかない。
「僕の知っているモデナ・ロマーニさんには無いんです。怒りや憎しみ…凶暴な感情は」
「どういうこと…?」
流石に聞かずにはいられなかった。今のを言葉通りに受け取っていいものか、それとも何か比喩的な表現なのか。判断材料が少なすぎてどうしていいか分からない。
「言葉通りの意味です。ロマーニさんと話していた時に感じました」
「あの人は、幾つかの感情を意図的に自分から消し去っています。その方法は…分かりませんが」
「感情を、消し去る…」
小さく呟いたティアナは、考えを噛み砕く為に落としていた視線を祐に向けた。
「アマタ君の知っているモデナ・ロマーニには、欠けている感情があるって言うの?」
祐は静かに頷いてみせる。それが彼女の、モデナ・ロマーニの秘密。モデナには、人が持つ幾つかの感情が欠落していた。
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