Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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一番の望み

モデナに関する話を受け、祐とティアナはその後もお互いの情報を擦り合わせた。

 

「そうですか、ゲンさん達が」

 

「不幸中の幸い…って言っていいのかしら、全員命に別状はないわ。ただ、中にはかなり重傷を負わされた人もいる」

 

腕を組んだ祐は視線を落として黙り込む。ティアナは彼にテロ事件で知り合いとなった源八達のことを話すべきか迷ったが、今後のことを考えると伝えておくべきだろうと思った。これから相対する者はそういったことを平気で行う人物だと祐には知ってもらっていた方がいい。そうすることで彼をムティナに向かわせないことができるかもと考えたのだ。

 

「太田さんは比較的軽傷で済んでるけど、大事を取って入院中よ。今すぐにでも復帰できるって本人は言ってたけどね」

 

「逞しいですねゲンさん。それを聞けてちょっと安心しました」

 

祐が少し笑顔を見せてから表情を引き締めた。それは歳不相応と言っていい顔だ。自分もどちらかと言えばその部類だが、彼も若くして様々な経験をしてきたのかもしれない。口には出さなかったが彼を見てふとそう感じた。

 

「ランスターさんは、これからどうするんですか?」

 

「私は後を追う。ムティナ…便宜上モデナって呼んだほうがいいかしら。彼女を連れて飛び去ったロボットに発信機を付けさせてもらったの。反応はまだ生きてるからそれを目印にね」

 

「ここで会えたのもそれのおかげということですか」

 

「ええ」

 

そこでティアナは光に包まれると再びバリアジャケットの姿になる。

 

「有益な情報をありがとう。彼女のことは任せて、私が責任を持って対処するから」

 

「…ランスターさん」

 

「なに?」

 

一瞬言い淀むように口を閉じる。結局伝えたのは言おうと思っていたものとは違うものだった。

 

「いえ…ロマーニさんのこと、お願いします」

 

「勿論。忙しなくてごめんね、もっと色々聞きたかったけど行かなきゃ」

 

「どうかお気をつけて」

 

しっかりと頷いて見せる。そして背中を向けたティアナは、少し振り向いて軽く手を上げると空へと飛んでいった。

 

その姿を見つめ続ける祐の心の中は迷いで埋め尽くされている。本当は自分も行きますと言うつもりだった。だが一瞬迷いが生じて、その後出た言葉は真逆のものだ。自分がやるべきことは、この事件を学園長達に伝えて麻帆良祭に戻ること。ティアナという事件の正式な担当者がいるのなら自分は出過ぎた真似をすべきではない。きっとこの選択が正しい。しかしいくらそう言い聞かせても、生まれてしまった感情は消えなかった。

 

力があるのに、お前は何もしないのか。自分の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

夕方を迎えた麻帆良祭一日目は間もなく終わりの時間を迎える。営業時間を終え、片付けを始めているA組の教室に美砂達が戻ってきた。

 

「みんなお疲れさ~ん」

 

「おかえり皆の衆、一日目の麻帆良祭はどうだったカナ?」

 

「楽しかった~!」

 

「これ以上ないくらいシンプルで分かりやすいネ」

 

近くにいた超が美砂達を出迎える。桜子の単純な感想に笑顔で返した。

 

「聞いてよちゃおちゃおー!僕達祐の隠された幼馴染に会ったんだ!」

 

「別に隠されては…いや、隠されてたか」

 

「ほほう、それは興味深い」

 

興味が引かれた様子の超だったが、それとほぼ同時に美砂が手を叩いた。

 

「あっ!そのこと問い詰めなきゃ!こら~!明日菜!木乃香!」

 

「私達に隠し事なんて酷いぞ~!」

 

話もそこそこに明日菜と木乃香に向かっていく一同。いきなり呼ばれた二人は驚いた顔をしている。一人だけその場に残った円は苦笑いをしていた。

 

「それでクギミー、隠された幼馴染というのは?」

 

「クギミーやめて。実は逢襍佗君にはもう一人女の子の幼馴染がいてね、二人が一緒にいるところをたまたま目撃したもんだから追跡したのよ。最終的には紹介してもらったけど」

 

「なるほど、それは驚きだネ」

 

「C組の桜井梨穂子さんっていう子なんだけど、この子がまぁ~優しい子でさ。明日菜達が秘蔵してたのも分からんでもないって感じ」

 

実際超はその幼馴染のことを知っている。既に桜井梨穂子という少女のことも調査済みだが、ここは初耳のふりをした。

 

「ふむ、その後はどうしたネ?」

 

「なんやかんやで桜井さん含めてみんなで麻帆良祭を見て周ったわ。途中同じタイミングで会った逢襍佗君の友達もいたんだけど、逢襍佗君が大学部の手伝いとかで抜けたのと一緒にどっか行っちゃった」

 

「大学部の…祐サンが?」

 

祐が大学部の手伝いで抜けた。そこに超は引っ掛かりを覚えて聞き返すと、円も不思議そうな顔をした。

 

「いきなりロボットが飛んできてさ、何事かと思ったら逢襍佗君がロボットから手紙を渡されたのよ。それが大学部からの手紙だったみたいで、手伝ってほしいことがあるから来てみたいなことが書かれてたんだって」

 

「そうだったカ、祐サンは大忙しのようだネ」

 

「だね」

 

そこで美砂の円を呼ぶ声が聞こえた。気が付けばそちら側が随分騒がしくなっている。

 

「お~い!円も明日菜達を脱がすの手伝って!」

 

「やめろ~!」

 

「隠し事してたそっちが悪いんだぞ!」

 

「これは罰よ!その肌を晒しなさい!」

 

「や~ん!堪忍やみんな~!」

 

「何やってんだか…」

 

呆れた様子でそちらに向かう円。超はそれを見送ってから、近くにいた聡美に声を掛けた。

 

「ハカセ、ちょっといいカナ?」

 

「はい、なんですか?」

 

「少し、気になることができたネ」

 

 

 

 

 

 

ロボットに捕まり、長い時間空の移動を共にするしかなかったモデナ。そんな時、ロボットが高度を下げ始めた。暫くして着陸したのは辺りに何もない森の中で、ここがどこかなど分かる筈もない。地上に降りた後も逃がさんと腕を強く掴まれて連行される。なんの抵抗もできない非力な自分がいたく惨めだった。

 

森の中を歩いていると突然ロボットが足を止める。何事かと思っていると少し先の地面が浮き上がり、そこから階段が現れた。再び歩みを進めるロボット。抵抗したところで逃げられる筈もなく、モデナとロボットは暗闇が広がる階段へと消えていった。

 

最低限の灯しかない地下通路を進むこと数分、一つのドアが見えてくる。そのドアはこちらを待っていたかのように自動で開き、その先には実験室と思われる広い空間が広がっていた。その中心にリクライニングチェアのようなものが見える。椅子の手前まで連れていかれると、そこに座っているであろう人物が話し掛けてきた。

 

「空の旅はどうだった?景色を楽しむ余裕があればいいものだったろうが…まぁ、君には無いだろうね」

 

モデナは聞こえてきた声に眉を顰めた。酷く聞き馴染みがあるようで、それでいて違和感を覚える声だ。

 

「君は…誰なんだ…?」

 

「ハハハハハ!誰かだって?そうかそうか!分かるわけもないか!」

 

突然の大声に思わず身体が震えた。恐怖を煽る笑いだったが、同時に何故か懐かしく思えてしまう。そして一つの考えが頭を過るが瞬時にその考えを捨てる、そんな筈がないのだから。しかし椅子に座っていた人物が振り返ったことによって、それが正解であったことを突き付けられた。

 

「嘘だ…」

 

「久しぶりだねぇ私。いや、今はモデナ・ロマーニだったね。どうもこんにちは、ムティナ・アーリアだ」

 

上手く力の入らない足で一歩ずつムティナから離れるモデナ。だが一瞬で距離を詰められると右手で首を絞めつけられた。

 

「あがっ!」

 

「離れることはないじゃないか。やっと再会できたんだ、私は嬉しくてしょうがないぞ」

 

恐ろしい握力で首を掴まれ、モデナは必死で逃れようとする。それに反してムティナは余裕の表情だった。

 

「おっと失礼、今の私は力が強いんだった。このままでは死んでしまうね」

 

そう言って首から手を離すと、今度は胸倉を掴まれる。苦しいことに変わりはないが、なんとか呼吸を行える状態になったことでモデナは懸命に息を吸う。そうしながら涙目で相手を見ると、目の前にいるのはやはり自分で間違いなかった。

 

「色々と聞きたいことがあるだろう。何故身体があるのか、この力の強さはなんなのか、そもそもどうして私がいるのか。安心したまえ、全てしっかり教えてあげようじゃないか」

 

隙間がなくなる程顔を近づけて瞳を覗くムティナ。モデナの恐怖一色に染まった表情を見ることができて笑いが止まらない。すると乾いた音が室内に響く、モデナの頬を平手打ちしたことで鳴った音だ。地面に崩れるように倒れた彼女の髪を掴むと、強制的に顔を上げさせた。

 

「ぐっ」

 

「これでも優しくしてあげてるんだ、感謝したまえよ?即死されては意味がない。さぁ、楽しくおしゃべりしようじゃないか」

 

そのままモデナを引きずっていくムティナ。ここまでモデナを運んできたロボットは、ただその場に佇むだけだった。

 

 

 

 

 

 

辺りが暗くなり始めた頃、祐は学園長室を後にしていた。ティアナと別れた後すぐに近右衛門のもとへ向かい報告を行ったのだ。現在タカミチを始めとする教員達がモデナが関わったものの調査を開始しており、大学部の生徒達にはイベントで問題が起こらないようにと事件のことは伏せたうえで最終日に向けて設置されているロボット達も総検査を受けていた。報告を終えた時、近右衛門によく相談してくれたと言われた。そして後はこちらに任せてほしいとも。

 

近右衛門からすれば祐が一人でティアナについていき、事件に関わるといった行動を取らなかったことは喜ばしいものだった。少し前であればきっとそうはしなかったであろう祐の行動、それをいい風潮だと感じたのだ。だが祐本人の気持ちは晴れることはなく、いつも通りを装い学園長室を出たその表情は優れない。

 

一日目は終了したがこの後行われる中夜祭を前に学園の賑やかさは衰えることはなく、周囲は楽しそうな笑顔で溢れている。それに時折視線を向けながら近くにあったベンチに腰かけた。

 

この選択をして誰が自分を責めるというのか。寧ろ己の大切な人はこの選択を喜んでくれていた。なのにどうしてこうも心が晴れないのだろう。そんなことを考えながら答えは分かっている、見て見ぬふりをして厄介なことに背を向けたからだ。

 

「こんな所でしけた顔するなよ、目立つだろ」

 

前から声が掛かり、視線を上げて声の主を見た。目に映ったのは見慣れた不機嫌そうな顔だ。

 

「慎二?どうしたこんなとこで」

 

「ここは学園内だぜ、偶然通ったっておかしいくないだろ」

 

「それもそうだ」

 

慎二は一度祐の顔を見ると、少し距離を置いてベンチに座った。

 

「バカ騒ぎしてる連中もどうかと思うけど、そんな中で暗い顔してる奴もどうかと思うね」

 

「そこに関しちゃ返す言葉もないな」

 

そこから少しの間無言が続く。どちらが話すわけでもなく、二人とも遠くに視線を向けていた。

 

「お前、ほんとよく分かんないな。普段は好き勝手やってるくせに、変なとこは悩んでさ」

 

「残念ながら悩んでることの方が多いんだぜ俺。悩んでばっかだ」

 

「大方お前の悩みは、自分には関係ないって割り切れば解決だろ」

 

元も子もないことを言う、だが事実だ。実に耳が痛い、本当のこととはなんとも鋭利なものだ。

 

「衛宮と上条もだけどさ、なんで他人を助ける為に自分を犠牲にするわけ?僕にはまったく理解できないね」

 

「俺のはそんな高尚なもんじゃないよ。罪悪感に耐えられないだけで」

 

「そこで自分は無関係だって思えないのが理解できないんだよ。お前はそいつの家族か?赤の他人だろ」

 

誰に後ろ指をさされたわけでも、誰に非難されたわけでもない。にも拘らず戦いから遠ざかることができない。逢襍佗祐を非難し、戦いに向かわせているのは他でもない逢襍佗祐自身だ。

 

「自分から進んで厄介事を請け負ってくれるのは、周りからすればさぞありがたい存在だろうさ。でも、厄介事を請け負ってる奴を大切に思ってる奴は気の毒だよな」

 

そこで脳裏に浮かんだのは自分の大切な人達だ。彼らは常に自分を気に掛けてくれた。何か危険なことをする度に心配をさせている、それは承知の上で今まで戦ってきた。それが正しいことなのかには目を背けて。

 

祐は言葉を発することなく、ただ遠くを見つめる。慎二はそれを横目で確認してベンチから立ち上がった。

 

「やっぱり、僕はお前が嫌いだ」

 

「俺はお前のこと、嫌いじゃないよ」

 

その返しに視線だけ向けると、こちらを見ていた祐と目が合う。

 

「ありがとな慎二」

 

「…言ってろ」

 

背を向けて足早にその場を後にする慎二に言葉を掛けることはなかった。祐はベンチに深く腰掛けて空を見上げる。深いため息が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだい?私の身の上話は楽しんでもらえたかな?」

 

ムティナが問いかけるのは床に座り込み、壁に寄りかかって視線を落とすモデナだった。意気消沈といった様子で、力無く床を見つめるその頬には痣ができていた。

 

「どうやったかは知らないが、うまくあの街に取り入ったようだね。君を見つけてから楽しそうに日常を満喫していたのを観察していたよ。まぁ、それも今日までだが」

 

そこで地下室が大きく揺れた。それに驚く仕草も見せず、ムティナは椅子から立ち上がる。

 

「来たか。ふむ、どうやら管理局のお嬢さん一人のようだね」

 

その言葉にモデナが少し反応する。ムティナは笑顔を浮かべると、モデナの顎に触れて顔を上げさせた。

 

「あの子は来てくれなかったみたいだ。なかなか見所のある青年のようだったから参加してくれると思ったんだが…少々期待しすぎたか」

 

モデナは何も言わず、その目をムティナに向けるだけだった。手を離すとゆっくりと立ち上がる。

 

「今頃君のことを先生方に報告しているんじゃないかな?モデナ・ロマーニは善人のふりをしたクズだって」

 

「死んでもおかしくない目に遭わされたんだから、当然だよね」

 

笑いながら部屋から出ていくムティナ。静まり返った室内で、モデナは自分を抱きしめるように膝を抱えた。

 

「ごめん…ごめんなさい、アマタ君」

 

 

 

 

 

 

中夜祭が間もなく始まる時間帯。明日菜・木乃香・あやかは円陣を組んで三人で話していた。

 

「居ないに一票」

 

「私もです」

 

「ウチも~」

 

明日菜とあやかは同時にため息をつく、それを見て木乃香は苦笑いだ。話の内容は祐が中夜祭の会場内に居るか居ないか。意見は満場一致で居ないとなった。ネギと刹那は少し用事があるとのことでこの場には居ない。

 

「ったく、昨日の今日よ?反省を活かすってことしないわけ?」

 

「明日菜さんにそう言われるとは…少々祐さんが不憫ですわ」

 

「どういう意味よ!」

 

そんなことを話していると、こちらに近づいてくる三人組が見えた。それにいち早く気が付いた木乃香が笑顔で手を振る。

 

「あっ!りほちゃ~ん!純一君にリト君もおる!」

 

「おっ、ほんとだ」

 

「あら、珍しい」

 

梨穂子が木乃香に手を振り返し、三人がやってくる。

 

「はお~みんな!久し振り~!」

 

手を向けてハイタッチをせがむ梨穂子に木乃香達が応えると、ハイタッチを終えた明日菜が笑いながら言う。

 

「この間遊びにいったでしょ」

 

「そうだけど…ほら!昔は毎日会ってたから」

 

「せやなぁ、そう考えると会う回数すっかり減ってもうたね」

 

「純一さんは先程ぶりですが、リトさんは本当にお久し振りですわね」

 

「ああ、みんな久し振り。にしても変わってないな、みんな」

 

梨穂子の一歩後ろにいた純一とリトに話掛けるあやか。言葉通り、リトと会うのは随分と久し振りだった。

 

「リト~、あんた美柑ちゃんに迷惑かけてないでしょうね?」

 

「かけてねえって…俺はちゃんとしてるつもりだぞ」

 

「リトさんなら大丈夫でしょう。男性陣の中で一番まともですから」

 

「ちょっと待ったあやか!祐はいいとして僕がまともじゃないって言うのか⁉︎」

 

「自信を持ってまともだと言えますか?」

 

「……勿論だよ!」

 

「今の間はなんだよ」

 

この人数が集まるのは祐の引越し初日以来だろう。それぞれの生活も変化し、昔のように毎日会うというのも難しいのだ。

 

「たまたま純一とリトに会ってね、せっかくだからみんなで集まりたいなって探してたの」

 

「なるほどね」

 

「それで、祐はどこにいるか知ってるか?純一も見てないらしくてさ」

 

明日菜・木乃香・あやかが顔を見合わせると声を揃えて答えた。

 

「「「いつもの」」」

 

「「「あ〜」」」

 

その一言で伝わるあたりが全員の関係を物語っていると言っていいだろう。そこで梨穂子があることを思いついた。

 

「そうだ!ねぇ、別れて祐を探そうよ。一番早く見つけた人の勝ち!」

 

「かくれんぼか何か?」

 

「ウチはこっち〜!」

 

「早いな⁉︎」

 

いち早く木乃香が駆け出していく。無駄な反応の速さに周りが驚いていると、更に驚くことが起きた。

 

「おった〜」

 

「やぁ」

 

『いた〜⁉︎』

 

数秒も経たぬ内に祐の手を引いて木乃香が戻ってくる。祐探しは即終了した。

 

「あんた居たの⁉︎」

 

「居たらいかんのか!」

 

「ダメじゃないけど…」

 

てっきりいつものように人気のない場所に居ると思っていたが、どういったわけか今回は人混みの中から出てきた。これは全員予想外である。

 

「また捕まえられると思ってこちらから来てやったわ。残念だったな!」

 

「いや別に残念ではない」

 

「強がんなよリト君」

 

「うわ鬱陶しい」

 

肩を組んでくる祐から視線を逸らしながらリトが呟いた。祐はそれに対しても笑顔だ。

 

「昼は途中で抜けてごめんね梨穂子。あの後大丈夫だったか?」

 

「大丈夫!あの後柿崎さん達と楽しく周れたよ!」

 

「そっか、よかった」

 

二人の会話に何人かは首を傾げたが、それは後で聞けばいいだろうと今は流すことにした。

 

「めでたく全員揃ったことだし、屋台でも見にいく?」

 

「「いくいく〜!」」

 

明日菜の提案に元気よく手を上げて同時に答える木乃香と梨穂子。そんな梨穂子に祐がこっそり耳打ちをする。

 

「昼結構食べたのに、気にしてる体重の方は大丈夫か梨穂子?」

 

「また後から後悔するなよ?」

 

「だ、大丈夫だよ!それに今日はお祭りだからいいの!」

 

祐とそれに続いた純一の発言に顔を赤くして反応する。梨穂子は体重が気になるお年頃であった。

 

「お二人とも!女性に対してその発言はデリカシーがないですわ!」

 

「俺は梨穂子の体型いいなと思ってるから無罪です」

 

「そう言うことではありません!純一さんも、分かりましたか!」

 

「すみません」

 

「ごめんさないあやかおばさん」

 

「誰がおばさんですか!」

 

「ブオッ!」

 

素早いビンタが祐に炸裂した。腰の入ったキレのある一撃である。

 

「ほんと相変わらずだな…」

 

「仲良しなのはええことやね!」

 

「あ、うん」

 

この一連の流れはある種の信頼関係が無ければ成り立たないと言えばそうかもしれないので、リトが木乃香に反論することはなかった。

 

「人にビンタを食らわせるのはデリカシーがあるんですかね?」

 

「……」

 

「なんとか言ったらどうだ」

 

「さぁ、屋台を見に行きますわよ」

 

「こいつ…」

 

「はいはい、一旦置いときなさいって」

 

明日菜に背中を軽く叩かれ、あやかを先頭に歩き始める一行。自然と最後尾に着いた祐も歩き出した瞬間、それは起きた。

 

『ごめん…ごめんなさい、アマタ君』

 

目を見開いて祐がその場に立ち止まる。頭の中に響いた声は間違いなくモデナのもので、そのまま俯いて少しずつ拳を握った。幻聴などではない、それは自分が一番よく分かっている。

 

「祐?」

 

立ち止まっていることに気が付いた明日菜が声を掛けると、全員が振り向く。佇む祐の様子を見て嫌な予感がしたのは明日菜だけではなかった。

 

「何か…あったん?」

 

「少し前に、たまたま知り合った人がいる。モデナ・ロマーニさんって名前で、大学部の臨時講師の人だ。実はその人が…今厄介な事件に巻き込まれてる」

 

木乃香の問いにゆっくりと答える祐の言葉に覇気は無い。大学部の臨時講師と聞き、梨穂子はその部分でなんとなく昼の出来事に納得をした。

 

「その事件には正式な担当者がいる。その人とも話したけど、きっと信頼できる人だ」

 

各々そこで思う部分が出てくるが言葉の続きを待った。今の祐を急かしたくはない。

 

「でも…今ロマーニさんの声が聞こえた。よく分からないけど、苦しんでる」

 

正式な担当者がいるのなら、その人物に任せればいい。だがそれで納得できるなら、祐はこんな顔はしない。ましてや渦中にいるのが知り合いともなれば放っておくことができないのは、ここにいる幼馴染達は誰よりも理解していた。声が聞こえたというのも別の者が言ったのなら気にし過ぎだと言えたかもしれない、だが祐相手にそれは言えない。彼ならばその声が聞こえていても、なんら不思議ではないのだから。

 

「学園長も言ってくれたんだ、余計なことは考えずに麻帆良祭を楽しめって。だけど…」

 

「行ってあげて」

 

俯いていた祐が顔を上げる。驚いた表情で声のした方を見れば、発言したのは梨穂子だった。

 

「よく分からないけど…声が聞こえたなら、その人にはきっと祐が必要なんだよ」

 

まっすぐに見つめてくる梨穂子と目を合わせる。彼女の声は少し震えていた。自分の為に嫌なことを、言いたくないことを言わせてしまっている。そんな梨穂子の前に純一が出てくると自分の胸を叩いた。

 

「焼き鳥の空いたところは僕に任せろ!戦うなんてできないけど、それぐらいは代わってやれるぞ!」

 

「俺は他のクラスだけど…料理はできるし、手伝っても問題ないよな」

 

すっと梨穂子の手を握り、明日菜も明るい調子で声を掛ける。

 

「いつもみたいにちゃちゃっと片付けてきちゃえばいいのよ。まだ二日もあるんだし!」

 

純一とリトに続いて明日菜も背中を押す。今は祐を止めるより、送り出す方がいいと思ったのだ。今直ぐに考えを変えさせることはできない。それをすれば、より祐を追い詰めてしまう。

 

「一応事前報告がありましたし、大目に見て差し上げます。早く終わらせて戻ってきてください」

 

ぶっきらぼうな言い方ではあるが、あやかの表情は優しいものだった。また、その目からは決して少なくない心配も感じられる。

 

「ちゃんと約束守ってくれるんやったら、ウチらは大丈夫や」

 

木乃香が一歩前に出て祐の手を握り、顔を上げてお互いの視線を重ねた。

 

「せやから祐君、そない辛そうな顔せんで?祐君は優しいから、間違っとらんよ」

 

木乃香の手を握り返す。罪悪感と痛みは消えないが、それでも迷いは消えた。それでいい、痛みを感じなくなったら終わりだ。この痛みは常に感じているべきものだ。

 

「ちゃんと帰ってきなさいよ、祐」

 

明日菜からの声に力強く頷いた。そっと手を離すと、少しずつその場から後ずさる。

 

「ごめん。行ってくる」

 

後ろを向いて走っていく祐。気のせいだろうか、その姿はこの場から一刻も早く離れようとしているようにも見えた。祐は人混みの影響で直ぐに見えなくなる。見送った明日菜は、握っていた梨穂子の手の力が強くなったのを感じた。

 

「みんなごめん。私…祐に行ってあげてって言っちゃった」

 

「ほんとなら…戦わなくていいんだよって言わなきゃいけないのに」

 

「梨穂子が謝ることじゃないだろ?それを言うなら俺だってそうだ。俺だって、祐を後押しした」

 

リトの言葉を受けて今にも泣いてしまいそうな梨穂子の肩に、あやかはそっと手を乗せた。

 

「梨穂子さん、今はこれが最善でしたわ。貴方だけではありません、ここに居る全員が同じことを言った筈です」

 

同意するように全員が頷く。梨穂子が一番に言わなければ、別の誰かが同様の発言をしたのは間違いなかった。

 

「僕が一番に言わなきゃ駄目だったよ。ごめん梨穂子、嫌な役やらせた」

 

「ううん、そんなことないよ」

 

首を横に振る梨穂子の手を、明日菜は再度握り返した。

 

「たぶん、すぐには無理よ。あいつは…ずっとあの生き方をしてきたから。でも間違いなく変わってきてる、これからも私達がしっかり見ててやればいつかきっと」

 

「そうやね。少しずつでも、ゆっくりでも」

 

明日菜と木乃香の意思は変わらない。彼女達が決めたことも、悩んだ末に導き出したものだ。二人から確かな気持ちを感じた梨穂子は、目を擦って祐の向かった方向を見た。

 

「祐は…自分に厳しすぎるから。やっぱり私達が優しくしてあげないとね」

 

そう言った梨穂子に明日菜達は少し笑った。対してあやかはため息をつく。

 

(まったく…簡単にいくとは思っていませんでしたが、まだまだ先は長そうですわね)

 

心の中で呟いていると、今度は大きな足音が聞こえてきた。何事かとそちらを見ればハルナと和美が猛ダッシュでこちらに向かってきており、少し後ろにはさよもいる。今は触れられるようになっているので、律儀に人混みの合間を縫っているが若干波にのまれ気味だ。自分の意志で物体を通り抜けることができたはずだが、焦っているのかそれをしていない。

 

「あ~!いたいた!幼馴染のみなさん!」

 

「ちょっと!さっき逢襍佗君が凄いスピードで走っていったけど、何かあったの!?」

 

どうやら走っていった祐を見てこちらに来たようだ。彼女達のことを詳しく知らない純一達は困惑している。

 

「えっと…この人達は…?」

 

「あ~っと、取り合えず私達のクラスメイトで…祐のあれも知ってる人」

 

代表してリトが明日菜に小声で聞くと、明日菜が要点を纏めながら答える。驚いたことで声が出そうになるが、一旦落ち着いてから更に声を小さくして質問した。

 

「あれって、力のことか?」

 

「うん、それ」

 

「何人か知ってる人が増えたってのは聞いてたけど、この人達だったのか」

 

「一応協力者と言うか…悪い人達じゃないのは保証するわ」

 

「まぁ、そう言うなら大丈夫…なのか?」

 

祐が正体を明かし、明日菜が保証するな問題無いだろうと納得することにした。再びハルナと和美を見れば、隣にいないさよに和美が今気付いたようだ。助けを求めるさよの声が聞こえる。

 

「ひゃ~!みなさ~ん!」

 

「あれ!?さよちゃん!なに遊んでんの!」

 

「あれは単純に人の波にのまれているだけでは…?」

 

 

 

 

 

 

人が大勢いた場所を抜けて、辺りに誰もいない夜道を走る祐。その速度は常人の出せるものではない。

 

あの時の梨穂子の声は少し震えていた。自分の背中を押す為にああ言ってくれたのだろう、心配に思ってくれている気持ちは抑えた上で。そしてその思いは他の幼馴染達も同じだ。仮に死んで死後の世界に行くことがあれば、自分はきっと地獄行きだろうと本気で考えていた。情けない、今すぐ自分を殴ってしまいたい気分だ。

 

「クソッ!」

 

何に向けての言葉なのか、まるで子供の癇癪だが抑えることができなかった。苛立ちを抱え込たまま、祐は高く飛び上がると光になって夜空へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

「以上じゃ。皆引き続き警戒を怠らぬよう頼む」

 

『はい』

 

学園長室で近右衛門から改めてモデナの件が詳しく話された。少なくない動揺はあったものの、警備を担当する全員に情報は行き渡った。

 

「まさか彼女が…正直今でも信じられないな」

 

「明石、気持ちは察するが油断するなよ」

 

裕奈の父である明石は同じ大学部であったことからモデナと交流があった。彼女は自分自身に無頓着な部分はあったが、同僚や生徒には物腰が柔らかく信頼されている人物だという印象を持っていた。そんな明石に神多羅木がそう言うと、明石は静かに頷く。

 

警備を担当するメンバーの中にはネギ・刹那・真名・エヴァンジェリン、そして愛穂の姿もあった。彼女は元から警備員だったが宇宙人の一件もあり、あれから麻帆良の魔法使い達と正式に関わることになっていたのだ。その理由の一つには祐の正体を知ったというのも少なからず関係している。

 

近右衛門の話に興味があまりなく、所在なさげなエヴァはぼーっと窓から外を眺めていた。しかし何かを感じ取り、顔つきが変わる。

 

「む?どうかしたのかの、エヴァンジェリン」

 

近右衛門が聞くと、エヴァは薄く笑ってから軽い調子で話し始めた。

 

「今祐が麻帆良(ここ)を離れていった。酷く急いでいたようだ、何かを感じ取ったんだろう。十中八九、そのモデナとかいう奴と関係があるだろうな」

 

「なんじゃと?」

 

エヴァの発言に学園長室がざわめいた。ネギ達を始め動揺が起こる中、愛穂は眉間に皺を寄せる。

 

「あの馬鹿…」

 

「先に言っておくがジジイ、余計なことをするなよ」

 

祐の元に救援を向かわせようと考えていた近右衛門にエヴァが先手を打った。緊張した空気が部屋を包み込む。

 

「どういうことじゃ」

 

「あいつは本当に助けが必要ならそう言う。それが無いのなら余計な手出しは無用ということだ」

 

「しかし対応する人数は多い方が、事態の収拾も早くつくのではないですか?」

 

珍しくこういった場で自分から発言した刹那に、彼女のことを知る葛葉刀子は意外そうな顔をする。隣の真名は何も言わず、静観を決め込むようだ。

 

「かもな。だが、お前達が助けに向かってもあいつは喜ばんだろうよ」

 

「どうしてですか…」

 

刹那に代わってそう聞いたネギに、事もなさげにエヴァが言う。

 

「あいつは歪んでいるからだ。ぼーや、祐の捻くれ具合を甘く見ない方がいいぞ」

 

ネギに伝えた後、視線を近右衛門に向け直す。

 

「あいつが一度、話を持ち帰って相談しに来たのだろう?少し前の祐では考えられんな、大した進歩だ」

 

この部屋で唯一笑顔のエヴァは誰の返答も待たず、一人学園長室から出ていった。

 

「あの、僕…ちょっと失礼します!」

 

「…失礼します」

 

少し遅れてエヴァを追うようにネギと刹那が頭を下げてからその場を後にする。何とも言えない空気だけが残った。

 

「逢襍佗祐…どうやら噂通りの問題児のようですね」

 

「どうかしましたか、お姉様?」

 

「なんでもありません。愛依、二日目も気を抜かずにいきますよ」

 

「はい、お姉様」

 

警備を担当する魔法生徒として報告を聞いていた『高音・D・グッドマン』と『佐倉愛依』は、決意を新たに麻帆良祭の警備に臨む。最近よく聞く名前となった祐に、高音はあまり良い印象を抱いてはいないようだった。

 

 

 

 

 

 

「マスター!」

 

廊下を歩くエヴァの後ろからネギの声が掛かる。振り向くと刹那もネギの隣に立っていた。

 

「なんだ?」

 

「えっと…よく考えずに追ってきちゃいました…」

 

呆れた目をネギに向ける、よく見てみると隣の刹那も若干顔が赤い。どうやら刹那もネギと同じのようだ。

 

「何しに来たんだ貴様ら…」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!今ちゃんと考えます!」

 

目を閉じて頭をひねるネギ。無視して帰ってもいいが、なんとなくそれは居た堪れないので待ってやることにした。暫くして考えが纏まったらしく、ネギが目を開く。

 

「マスター、祐さんは…祐さんが僕達に一番してほしいことってなんですか?」

 

表情を引き締めてネギが聞いてきた。その顔を値踏みするようにエヴァが視線を向ける。

 

「祐さんが望んでるのは、助けが来ることじゃないんですよね?なら、祐さんが望んでいることはなんなんですか?」

 

少しの間沈黙が生まれる。エヴァは腕を組んで視線を上に向けた。何かを考えているのだろう。

 

「自分で考えろと言ってもいいが…今回は特別だ。この一件は、今後祐を理解する良いきっかけになるかもしれないからな」

 

その発言は二人の興味を引くのに充分だった。ネギと刹那はエヴァの言葉を今か今かと待っている。

 

「祐はお前達に自分が事件に関わっていることなど忘れて、麻帆良祭を楽しんでほしいと思っているだろう。自分が危険な目に合っていようと周りに然程気にされない、恐らくそれがあいつの望みだ」

 

ネギ達はすぐに反応をすることができなかった。なんと言っていいか分からず、ただ立ち竦むしかない。だが何か言わねばと刹那が重い口を開いた。

 

「それが、本当に逢襍佗さんが望んでいることなのですか?」

 

「少なくとも私はそうだと思ってるよ」

 

話は終わりだと言わんばかりにエヴァが歩き出す。二人に背中を向けたまま最後に一言呟いた。

 

「自慢ではないが、私の祐に対する理解度は高いと自負している。ここに居る誰よりもな」

 

ネギと刹那は去っていくエヴァの背中を見つめている。その姿が見えなくなっても、二人が何かを言うにはもう少し時間が掛かりそうだった。

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  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり
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