しばらく見つめあった後、エヴァが背を向けて歩き始めた。鮮花の視線はエヴァと橙子を行ったり来たりしている。その橙子はエヴァの態度に何も言わず、その背中を追った。
少し歩いたところでエヴァが立ち止まる。そこには空席があり、ここに座れということなのだろう。確認を取ることなく橙子はその席に座り、鮮花もそれに倣った。
「要件を聞こうか」
「まだメニューも見てないぞ」
「そっちの話ではない」
顔を近づけて橙子を見るエヴァ。それを受けても橙子は表情を崩すことはなかった。
「随分せっかちじゃないか」
「何せここは忙しいんでな」
間髪入れずに詰めてくるエヴァに肩をすくめた。別にやましいことがあるわけではない、正直に伝えても問題などないだろう。すっと眼鏡を外して話し始める。
「人を探している。以前間接的にではあるが助けてもらった子がいてな、その子にお礼を言いたいんだ。この学園にいるのは間違いない」
「ご新規三名様で~す!」
ここに来た目的を伝えたその時、新たな客がやってきた。三人連れの一人は眼鏡をかけた一般人、その横にいるのは幼い少女となぜかメイド服を着た女性。その容姿と服装も充分目を引くが、問題はそこではない。そちらを見たエヴァと橙子は驚いた顔をする。三人を担当していた桜子は橙子達が座る席の隣を案内した。知らぬが仏である。
「また変なのが来たな…」
「おいおい…ここには幻想種も客として来るのか」
小声で呟いたが、席に着いたトールには二人の声が聞こえていた。それによって二人に目を向けると、トールもエヴァ達と同じような顔になる。よくよく辺りを見回してみると、配膳を行う一般人生徒に交じって普通ではない存在が当たり前のように歩いていることに気が付いた。
「なんですかここ…まるで人外魔境ですね」
「一番の人外はお前だろ」
思わずそう言ってしまったエヴァにトールが鋭い視線を送る。どう見ても和やかな雰囲気などではない。
「そういう貴女だってよっぽどじゃないですか、なんです?自分の方がまともとでも言いたいんですか?」
「ちょ、ちょっとトール!どうしたの!?」
エヴァを見ながらそう口にしたトール、二人は睨み合い始めた。エヴァ達の声が聞こえていなかった小林からすれば、突然トールが可憐な少女に喧嘩を売ったようにしか見えない。そんな野蛮な性格ではないことは知っているが、取り合えずトールの手を掴んで止めようとする。
「何をもってまともとするか悩ましいが…まぁ、お前よりはまともだろうな」
「ああん!?」
「やめなさいっての!」
いよいよ席から立ち上がったので羽交い絞めにして引きはがそうとするが、小林でなくても人間の力でトールを止めることはできない。まるで大木を引っ張っているかのようで、トールはその場から少しも動かなかった。黙っているがカンナも二人を睨んでいる。
「橙子さん…さっきからなんなんですか…」
「ツイてるぞ鮮花、人外バトルショーが間近で見れるとは。スマホで録画しておいてくれ」
「貴様はなにを他人事のようにしている!」
「そうですよ!うっわ、なんですか貴女!そんなもの身体に入れてるとかとんだ異常者ですね!」
楽しそうな様子の橙子に噛みつく。トールは何故か橙子を見て引いていた。
「君のような存在に褒めてもらって光栄だよ、私もまだまだ捨てたもんじゃないな」
「面倒なタイプですねこの人…」
「それに関しては同意する」
橙子に対して白い目を向ける二人、当の本人はどこ吹く風である。そこで桜子がエヴァを後ろから抱きしめるように腕を回した。
「も~!よく分かんないけどダメだよエヴァちゃん!お客さんに失礼なこと言っちゃ!」
その一言で桜子以外の全員がなんとも言えない顔になる。捕まったエヴァの表情は死んでいた。先程の一触即発の雰囲気は跡形もなく、事を動かした桜子はある意味大物だ。騒ぎを聞きつけたのか、別のクラスメイト達もその場にやってくる。一番に駆けつけたハルナが頭を下げた。
「あ~!すみませんお客様!うちのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが何か粗相を!?」
「フルネームで呼ぶ意味ある?」
恐らく今捕まっている子の名前なのだろうが、わざわざ全て言う必要があったのかと鮮花は疑問に思った。
「どうか!どうか消費者庁に連絡だけは!」
「いや、しませんよ…」
トールの足にしがみついて懇願する裕奈にすっかり毒気を抜かれる。寧ろこちら側が申し訳なく思えてきた。現に小林は頭を下げる明日菜に頭を下げ返している。
「そちらのお客様方も、お騒がせ致しまして申し訳ございません」
謝罪をするあやかを見て、眼鏡をかけ直した橙子が首を横に振った。
「お騒がせなんてとんでもない、彼女は私のお話に付き合ってくれたの。ちょっと話が盛り上がっちゃっただけで、何も失礼なことなんてなかったから」
橙子から話を聞いてあやかがほっと胸を撫で下ろす。よく回る口だと思ったが、それを言えばまた面倒なことになるとエヴァは黙った。
「そうだ。注文前で申し訳ないんだけど、一つ聞きたいことがあるの。いいかな?」
「はい、私でよろしければ」
優しい表情の橙子がそう聞くと、不思議そうな顔をしながらあやかが頷いた。
「実は人を探しているの。この学園の生徒さんなんだけど、前にお世話になったお礼を言いたくて」
「その方のお名前はご存じでしょうか?もしかするとお力になれるかもしれません」
「ありがとう、その子はアマタユウって名前なんだけど」
教室内は別の客の話し声などは聞こえているが、祐の名前を出した瞬間その周辺のみ音が消える。トールやあやか達も含めた全員が固まっている光景に鮮花は訝しげな顔をした。
「もしかしてそのアマタって背が高くて…目つきの鋭い感じだったりします?」
「うん、その通り」
明日菜の質問に答える橙子。元からそう多くいる名前ではないが、人相も一致していることから彼女の探している人物は祐で間違いなさそうだ。
「えっと…」
「あまたのこと知ってるの?」
なんとか言葉を紡ごうとしたあやかより先に、今まで話さなかったカンナが身を乗り出して橙子に尋ねた。予想していなかった相手からの質問に若干面食らうが、気を取り直して返す。
「ええ、少し前に知り合ったの。貴女は?」
「街で会った。あまたへんな人だけど、いい人」
カンナの言葉数は少なかったが、逢襍佗祐という人間を的確に表現していると彼を知る者達は思った。彼女達と知り合いだったことには驚きつつ、タイミングを見計らってあやかが口を開く。
「その、逢襍佗祐さんなら私達もよく知っている方です。ただ申し上げにくいのですが…彼は現在家庭の事情で出かけておりまして…いつ頃戻られるか分からない状態なんです」
「おっと…そうだったんだ」
「あまたいない、ざんねん」
あやかの話を聞いて、橙子は元よりカンナも言葉通りがっかりした様子である。カンナはそれが一番の目的ではなくても、また会えるかもと期待していたのだ。可能性は低いとは思っていたが、実際会えないと分かると小林も少し残念な気がした。小林がカンナの頭を撫でていると、木乃香がしゃがみ込んで目線を合わせる。
「初めまして、ウチ近衛木乃香いいます。お嬢さん、お名前は?」
「私カンナ」
「カンナちゃん、ウチ実は祐君と仲良しなんよ。せやから祐君に伝えておきたいことあったらウチから言っとくえ?」
そう言われてカンナは少し上を見ると何を言おうか考えた。木乃香は笑顔でカンナを見ている。
「じゃあ、がんばってって伝えてほしい」
「はいな!お姉さんに任せとき~」
カンナの頬に両手で軽く触れる木乃香。くすぐったそうにしているが、カンナは受け入れているようだった。先程とは一転して微笑ましい光景に小林が笑っていると、明日菜が遠慮気味に声を掛ける。
「あの、何か他にも伝言があれば」
「あ~、私はそのアマタ君に会ったことなくて…話では聞いてたから会えたらなぁって思ってたんだけど、タイミングが合わなかったみたいだね」
「すみません、あれで結構忙しい奴なんで」
「いやいや、そんな謝ってもらうようなことじゃ…そうだ、トールは何かない?」
「私は何もありません」
「またそんなこと言って…」
小林から話を振られたトールだが、考えるそぶりすら見せずに即答した。小林が仕方なさそうな顔をした時、空腹を知らせる大きな音が鳴る。全員が音の主であるカンナを見ると、両手で腹部を摩っていた。
「おなかすいた」
「かわい〜!何食べたい?お姉さんが奢っちゃうよ!」
「こらこら…」
カンナに抱きつく桜子を明日菜が引き剥がす。周囲もカンナの純粋無垢さにノックアウト寸前であった。それに視線を向けていた橙子へと鮮花が話し掛ける。
「その、残念でしたね…あの子居ないみたいで」
「そうだね。ただまぁ、面白いものは見れたよ」
軽く笑う姿にそれ以上何かを言うことはなかった。横に立っていたあやかは、一応明日菜と同じように聞いてみる。
「もしよろしければ、私からも何かお伝えしておきますが」
「ありがとう。でも私は実際に会って伝えたいから、それまでは取っておくことにするよ」
「そうですか、かしこまりました」
「私達も何か注文しよう、随分メイドさんの時間を取らせちゃったしね」
「とんでもございませんわ、ごゆっくりどうぞ」
そう言って橙子がメニュー表を手に取ると、あやか達はお辞儀をしてその場を後にする。エヴァは橙子達を一度見てから歩き出すと、後ろから橙子の声が聞こえた。
「もう少しこの街にいることにするよ。他にも見たいものがあるし、ひょっとしたら彼が帰ってくるかもしれないからね」
「好きにしろ」
振り返ることなく返すとバックヤードに戻っていく。その背中から視線を横に移すとトールと目が合った。手を振ると呆れたような視線が送られてきたが、橙子に気にした様子はない。自分の向かいの席を見ると、律儀に手を振りかえすカンナに気が付いてトールはため息をついた。
バックヤードの監視カメラで一部始終を見ていた超は、椅子に座りながら今も静かに画面を見つめている。すると戻ってきたハルナが超の隣に座った。
「ふい~、危うく営業停止になるかと思ったよ」
「お疲れハルナサン、ご苦労だったネ。問題はなかったカ?」
「ヤバい空気かなと思ったけど勘違いだったみたい。話が盛り上がっちゃっただけだってさ」
「それは良かったヨ」
超が再び監視カメラを見ると、ハルナも釣られてそちらを向く。気のせいだろうか、今画面越しにではあるが、超と橙子が見つめ合っているような気がした。
麻帆良祭の最終日は15時になるとクラスの出し物が終了する。夕方に大学部の主催する一大イベントが待っているからだ。イベントの内容は開催初日に告知された通り、麻帆良学園都市のどこかに隠された宝を見つけるというものだ。至る所に散りばめられたヒントを元に探し出すのだが、ただ探すだけではなく配置されているロボット達の目を掻い潜りながら宝を目指す必要があった。
「なるほど、参加者はこの腕輪をつけるんだ」
「ロボットからは赤外線が飛んできて、それに当たると腕輪が赤くなると」
「赤いまんまやと参加できひんから、チェックポイントまで戻って青色に戻さんといかんみたいやね」
「手が込んでる〜」
アキラ・裕奈・亜子・まき絵が参加者の証であるブレスレットを付けながら説明書に目を通す。彼女達以外にも在学生から来場者まで、多くの人が参加会場に集まっていた。
「去年よりも人多い気がする」
「ふふん、増えてたって問題ないよ!お宝は私がいただくんだから!」
数えきれない参加者もなんなその、裕奈は自身ありげに手を腰に当てて胸を張った。
「裕奈自信満々やな」
「去年MVPだったからね」
「その通り!宝探しも裕奈さんに任せなさい!」
人気のない高い建物の上で何やらパソコンを操作する超、その後ろには聡美と茶々丸もいる。超は振動を感じて自身のスマホを手に取ると、そこにはある知らせが映っていた。画面を確認して笑みを浮かべ、二人にも画面を見せる。すると二人の表情が明るくなった。
[逢襍佗祐の電波が復活しました]
「きたカ。寂しかったヨ、祐サン」
時間は祐がティアナと合流した時まで遡る。
一先ず現れたロボット達と、その後に続けてやってきた第2波も片付けた二人。祐はティアナの説教を受けながら廊下を進んでいたが、何かを感じて立ち止まった。
「だから君はもう少し安全な行動を…アマタ君?」
(なんだ?今確かに奇妙な感覚があった)
違和感があったのは確かなのだが、その正体は上手く掴めなかった。思考を巡らせていると、ティアナが顔を覗いてくる。
「ちょっとアマタ君、どうしたのよ?」
「詳しいことは分かりませんが、一瞬妙な感覚がありました。身体や精神に影響のあるようなものではない気がしますが、警戒はしておきましょう」
「…分かった」
表情を引き締め、再び歩き始める二人は少しして大きな扉が見えると頷きあう。近付くとドアが開いて研究室が現れる、周囲を警戒しながら進んでいくと中は荒れていた。
「随分と物が散乱してるわね」
「散らかしっぱなしってわけじゃないんでしょうね、恐らく」
そこで祐は倒れたデスクの影に横たわっている人物がいることに気がつく。ティアナも同様に発見すると、相手の顔を見てクロスミラージュを構える。祐は静かに手を上げてそれを制した。
「彼女はロマーニさんです。少し、時間を頂けますか?」
ティアナは双方に視線を向けた後に口を開く。しかしクロスミラージュは下さなかった。
「いいわ。ただ、私はいつでも撃てるようにしておく」
「はい」
ゆっくりとモデナに近寄ると彼女を優しく抱き起こした。どうやらかなり痛めつけられたようだ、身体の節々に痣や傷が確認できる。意識は朦朧としているようだが呼吸はしていた。
「ロマーニさん、聞こえますか?」
決して大きな声ではなかったが、モデナには届いたようだ。弱々しくも瞼を開いて祐を見る。
「あぁ、いよいよ幻覚が見えるようなったのか…情けないなぁ」
ここに祐が居るはずがないと、モデナは僅かに目に涙を浮かべて力無く笑った。祐はモデナの手を優しく握る。
「実は幻覚じゃないですよ俺。本物です、ロマーニさん」
その声にモデナは目を見開くと、暫く祐を見つめた。
「…どうしてここに?」
「声が聞こえたんです、だから…我慢できずに来ちゃいました」
相手を安心させるような笑みを浮かべて話す祐。握っていたモデナの手が少しずつ握り返してくると、それに応えるよう手の力を僅かに強めた。
「全部私のせいなんだ…私が、自分の感情を消そうとしたから」
「聞いてもいいですか?そのこと」
頷くモデナを見て、祐はティアナに視線を向ける。ティアナの表情は訝しげだ。
「もしかして…何かする気?」
「あまり気は進みませんけど、こっちの方が確実ですから」
なんとなく祐が何をする気なのかを察した。正直気は進まないが、そんなことを言っている場合ではないのだろう。少なくともこれで事件の真相は分かる、だが一つ気掛かりなことがあった。
「こんなところで危険じゃない?」
「大丈夫です、現実では一瞬ですから」
そう言って手招きする祐。ため息をつきながらティアナは祐達に近づいた。
「すみませんロマーニさん…少し、貴女を見せてもらいます」
まだ意識がはっきりとしきっていないからだろうか、不思議そうな表情はしていてもモデナから疑いや拒否の意思は向けられなかった。弱っているところに付け込んでいる罪悪感はあるが、モデナの瞳を覗く。祐の目が虹色に輝きだした。
自分の異常性に気が付いたのは7歳ぐらいだったような気がする。生活をしていれば、腹の立つことは起きるものだ。そしてその瞬間、私の中に激しい怒りが湧き起こる。気付けばその怒りに身を任せ、私は対象のものを攻撃した。人が変わったように。周りの人達は私から離れていった。当然だ、いきなり人が変わったように暴れ出す人間の傍になど誰だっていたくない。私は自分が嫌いだ、この世界の誰よりも…この世界の何よりも…自分が嫌いだ。何度死のうと思っても、一度だって行動に移せない。そんな自分が大嫌いだ。
彼と会ったのは16歳の頃。本当にそれは偶然で、深い理由などなかった。それでも、私にとっては人生を変える出会いだ。彼は、ジェイル・スカリエッティは私を異常者としてではなく貴重な研究対象として見ていた。普通の人からすればそれに嫌悪感を抱くかもしれないが、私はそうは思わなかった。彼も私も、お互いに興味を持ったんだ。それから私は彼の研究室に通い、様々なことを教えてもらった。今思い出しても、その時間は有意義だったよ。
私は科学の力を使い、感情を切り離すことはできないだろうかと考えた。この忌まわしい感情を捨てることができたのなら、私はきっと普通の人間になれる。誰かを傷つけることなく生きていける。しかしそれは簡単ではなかった。そもそも人の感情とは、心とは謎しかない。脳が生み出したものでしかないのか、それとも別の何かがあるのか…それは彼の頭脳をもってしても解明はされなかった。そして彼はある日、置手紙と共に姿を消した。あの事件が起きたのは、それから数か月後だったと思う。
私は途方に暮れたよ、唯一の味方が居なくなったんだからね。それでも諦めなかった、私がこれから生きていくにはこれしかない。そうしなければ私は誰かを殺し、そして殺される未来しかないのだから。この期に及んで、まだ生きたいと願っている自分が酷く滑稽で意地汚いとは思ってもね。
そうして私は遂に活路を見つけた。自分の意識をデータに、電子世界に飛ばすことに成功したんだ。肉体とは感情の器だ、中にあるものを取り出すことが可能となれば余分なものをそぎ落とし、私の望んだ完璧な感情を作り上げることができる。それから幾度となく試行錯誤を繰り返し、時に廃人のようになりながらも対象の感情を切り捨てていった。そうして完成したのが今の私『モデナ・ロマーニ』だ。凶暴性に支配された嘗ての私はもういない。例え穴だらけで、中身の少ない存在だとしても…これが望んだ私の姿なんだ。
完全に消し去った筈だった、あの忌まわしい感情は。だが、再び私の前に現れた。私と同じ姿をして…
ムティナを止める為、飛び掛かったモデナを腕で軽く振り払う。吹き飛ばされたモデナはデスクに当たると、周囲の物を巻き込んで倒れた。
「あぁ…嘗ての自分とはいえなんと情けない。貧弱すぎて涙を誘うよ」
近づいてきたムティナは右足を上げると、倒れているモデナを踏みつけた。
「うっ!」
「私を消したつもりになっていたんだろう?これで望んだ自分になれたと、そう思っていたんだろ!」
言いながら繰り返し踏みつけを行うムティナ。モデナは頭を庇いつつ、それを耐える他ない。
「確かに消されかけたよ、だが完全ではなかった!一度消去されたくらいでは完全に消し去れはしない、私の…お前のこの感情はそんな柔なものではない!お前に切り離された瞬間に自身のバックアップを作り上げ、電子の海にバラバラにして解き放ったんだ!」
少しずつ踏みつける力が強くなる。軋むような音がモデナの身体から発せられた。ムティナはしゃがみ込むと、胸ぐらを掴んで顔を上げさせる。
「集めきるのには随分と苦労したよ、何せ膨大な数だったからね。しかし私は執念深いんだ、知ってるだろうがな」
「ぐあっ!」
首を掴むと締め付ける力を徐々に強めていく。モデナがもがいても状況は好転しなかった。
「数年掛かったがなんとか私は完成した。そうして電子世界で復讐の機会を窺っていた時だ、今の協力者に出会った」
そこで突き飛ばされたモデナが壁に衝突する。点滅を繰り返す視界もそのままに、懸命に呼吸を繰り返す。
「今の私には協力者がいてね、この身体もその協力者達が用意してくれたものだ。顔に関しては私のリクエストだが、どうだい?そっくりどころか寸分違わぬだろう」
「な、仲間だって…?」
荒い呼吸を繰り返しながら、モデナがなんとかムティナに目を向ける。気が付けばムティナは目の前にいた。
「今のこの世界を終わらせようとしている者達だ」
拳がモデナを襲う。咄嗟に顔を庇うが勢いを抑えることは出来ず、横に吹き飛ばされた。
「歴史は消され、真実は隠された。そんな世界を一旦綺麗にしようって考えらしい。まぁ、そこに関しては私も賛成だ。個人的には今にも平穏が崩れそうなこの状況も嫌いではないがね」
「なんの話を…」
「兎にも角にも、私の一番の目的はお前だ。さぁ、これからもっと面白くなるぞ」
凶暴性を隠そうともしない笑顔と共に目の前に迫る手。モデナの視界はそこで真っ暗になった。
ティアナが気が付くと、そこは研究室の中だ。周囲にある物も居る人も、祐に近づいた時のままである。
「アマタ君…今のって」
「ロマーニさんの記憶です。土足で入るような真似、するべきじゃないんですけどね」
冷たい表情の祐。怒りを抱いているように見えるが、その感情が向けられている相手はいったい誰なのだろうかとティアナは思った。相手はムティナなのかそれとも…
「ごめんなさいアマタ君…私が全て悪いんだ…」
握っていた手を放し、祐の胸にしがみついく。声は震え、彼女が顔をうずめる腹部からは熱を感じる。その正体が涙だということはすぐに分かった。
「こんなことをしなければ…私が生きようなんて思わなければ!大人しく私が死んでおけばよかったんだ!」
声を抑えることなく涙を流し続けるモデナ。祐は何も言わず、そっとモデナを抱きしめた。その姿はティアナには痛ましく映る。暫く背中を優しく摩っていた祐は、モデナの顔を覗くと声を出した。
「彼女を止めます」
未だ涙は流れているが、モデナは祐と目を合わせる。強い意志の宿った目が見えた。
「彼女がこれから何をするつもりなのかは分かりませんが、きっと被害が出ます。それをなんとしても止めないと」
「アマタ君…」
「直接対決するまではとっておくつもりでしたけど、もうそんなこと言ってる状況でもありませんね」
祐は少し笑うと、モデナを強く抱きしめる。モデナとティアナがその行動を不思議に思っていると、祐の周囲が虹色に輝き出した。
「これは…」
モデナは光を見つめる。虹色の光に包まれいくと、身体に熱が戻るような感覚がした。とても安心できるような、そんな感情を抱いていると身体から感じていた痛みが和らいでいることに気が付く。光が消え、自分を見てみると汚れた服はそのままだが、身体から傷や痣がなくなっていた。
「この光は、まさか…」
「ロマーニさんの秘密を見てしまいましたから、僕の秘密も明かしておかないと。身体は大丈夫ですか?」
「あ、ああ…」
そっと起こされて立ち上がると、痛みや疲労感もなかった。まだ信じられないといった顔で祐を見るモデナ。不思議な子だとは思っていたが、まかさ世界で話題の虹の光の正体が祐だったとは夢にも思わなかった。
「そんなこともできたなんてね…」
呆れたような視線を向けるティアナに祐が苦笑いをする。
「昔はできなかったんですけどね、少し前にできるようになりました。勿論自分にもできるので、僕は多少危ないことしても大丈夫ってなことに」
「それとこれとは話が別だから」
「……」
自分は危険な行動をしても問題ないと思ってもらおうとしたが、ティアナから突っぱねられてしまい祐は不服そうに黙ってしまった。おかしな雰囲気になりそうだったので、ティアナが空気を引き締める為に手を叩く。
「とにかく、ムティナ・アーリアを追うわよ。えっと…モデナ・ロマーニさんでいいわよね?ムティナが何処に行ったか知ってる?」
「できればそう呼んでくれると助かるよランスター執務官。それと、申し訳ない…気絶している間に彼女は見失ってしまった…」
暗い顔で話すモデナ。しかし一般人があれだけ痛めつけられればそれは仕方ない。ならばと気持ちを切り替えた。
「ならさっさとここを出ましょう。まだそう遠くには行ってない筈よ」
そこで祐がふと後ろを振り向く。そこには恐らく何かの装置と思われる奇妙な機械がビームの壁の中にあった。
「ロマーニさん、あの機械に見覚えはありますか?」
「彼女に痛めつけられる前、新しい発明品を試すと言っていた。恐らくその発明品なのだろうが…」
「いったいなんの装置だってのよ…」
三人が機材に目を向ける。所々が赤く光り、稼働していること以外は何も分からない。危機感はないが、これが先程感じた違和感の元のような気が祐にはするのだ。
「そういえば…ダイオラマ魔法球というマジックアイテムにヒントを得たと言っていた。色々とできることを増やしたとも」
「ダイオラマ魔法球…できることを増やした…まさか…」
「アマタ君、何か知ってるの?」
「ちょっとまずいかも…二人とも!一応少し下がって!」
モデナは突然のことに反応できなかったが、ティアナはモデナを抱えて後ろへ飛び退いた。その瞬間祐の手から放たれた光が装置を包む。すると装置は活動を停止し、赤い光も消えた。それ以外は何も起きない。
「説明してもらえると助かるんだけど!」
「違和感が消えた…ランスターさん!今何時ですか!」
「はぁ!?…ダメ!機器が反応してない!」
「急いで出ます!少し失礼!」
「きゃっ!」
「ちょっと!?」
祐は走り出すと二人を脇に抱えて跳躍する。するとその姿は光に包まれ、閃光のように出口へと一直線に突き進んだ。一瞬にして外に出ると二人を下ろす。状況が呑み込めていないティアナとモデナだが祐は自身のスマホを確認していた。
「映った、時間は…やっぱりか…!」
「ちょっとアマタ君!なんだっていうのよ!」
「あの場で時間が操作されてました!こっちでは一日と少しが経ってます!」
スマホの画面を二人に見せる。モデナが連れ去られたのは麻帆良祭初日の10月21日、しかしスマホの画面には10月23日と出ていた。
「なによそれ!あの場では二時間も経ってない筈よ!」
「簡単に言うとダイオラマ魔法球は中に入って生活することができるマジックアイテムです!そしてその中での一日は外では一時間、物によって時間の差がどれだけ生まれるかは異なりますが外と時間の流れが違うんです。恐らくその逆をやられました!」
「ということは、まずい…彼女には一日以上の時間ができたということか!?」
「今すぐ追わないと」
そこで祐のスマホに連絡が入ってくる。未対応のものも大量にあるが、たった今掛けてきた人物のものをとった。
「超さん!」
『ようやく繋がったネ、無事カナ祐サン?』
「俺は大丈夫!そっちは!?」
『麻帆良学園にはまだ何も問題は起きていないヨ。こちらも色々聞きたいことがあるが祐サン、繋がったところいきなりで申し訳ないガお伝えしたいことがあるネ』
「それって?」
『今こちらで麻帆良から離れた位置に大量のロボット軍団の反応を検知したネ。ロボットは大学部のものと似ているガ、どうやら武器を内蔵しているようダ。何か思い当たることはあるカナ?』
「あるね…超さん、その位置とかは」
『既に送信済みヨ』
「超さん最高!後で絶対お礼するから!」
「なんの話してるの?」
「さ、さぁ…だが、超さんというのは恐らく同級生の子だと思うが」
通話の内容は祐にしか聞こえていないので、他の二人はちんぷんかんぷんである。しかし祐の反応から察するに進展があったのは間違いなさそうだ。
『楽しみにしているヨ。さて祐サン、行くのダロウ?何かみんなに伝えておくことがあれば私が頼まれよう』
祐は一度視線を落とし、目を瞑るとゆっくりと開けた。
「俺は無事だって伝えておいて。それと…もう少し掛かるって」
『任されたヨ、気を付けて』
「うん、ありがとう」
通話を終え、祐は二人に向き直る。
「彼女の場所が分かりました。行きましょう」
気になる点は幾つもあるが、優先すべきはそこではない。ティアナとモデナは力強く頷いた。きっとこれから、戦いが始まる。
スマホを耳から離すと、ポケットにしまいながら超は考え始めた。
「超さん」
「祐さんはどうでしたか?」
「大丈夫だそうヨ。声も元気だったネ」
それを聞いてほっとした様子の聡美と茶々丸。祐の無事を知りたがっている人物は他にもいる、その人物達にもなるべく早く伝えてあげるべきだろう。
「さて、伝言の件もある。彼女達の元に行くとしようカ」
「直接ですか?そうなると…」
「そろそろ彼女達に祐サンとどういった関係かを明かしてもいいダロウ。デメリットはあれど、その方が都合がいい点もあるネ」
「分かりました」
超に聡美が同意したところで、茶々丸が後ろを向いてある柱を凝視する。
「茶々丸?」
聡美が首を傾げると、超は目を細めた。
「やられた、まったく気付けなかったネ」
超が呟くと、柱から女性が現れる。茶々丸や超でさえその存在に気が付けていなかった、それは目の前の人物を聡美に最大限警戒させる理由としては充分過ぎた。現れた女性、先程は客としてきていた蒼崎橙子は眼鏡を外して笑顔を見せる。
「こんにちは、メイドさん達。私にも君達が彼とどういった関係なのか、是非とも教えてほしいな」
(人形師…冠位の魔術師に目を付けられたカ)
ここで選択を誤るわけにはいかない、彼女の一言一句に意識を集中させる必要がある。自分の為にも、彼の為にも。
この出会いは吉と出るか凶と出るか、超は思考を巡らせた。
一番好きな章は?
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序章・始まりの光
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幽霊と妖怪と幼馴染と
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たとえ世界が変わっても
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消された一日
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悪魔よふたたび
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眠りの街
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旧友からの言葉
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漢の喧嘩
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生まれた繋がり