虹の光を操る者、その存在は知っていた。アウトレットの爆発から、幾多の事件に関わったであろう人物だ。ムティナからすれば、面白くなりそうな騒動を早々に片付けてしまう邪魔な存在であった。忌々しいものを見るかのように表情が歪む。
「どんな奴かと思っていたが、随分ヒーロ然とした格好じゃないか。宛ら正義の味方気取りか?」
煽るような言動に祐は何も返すことはなく、それがムティナを更に苛立たせる。
「おまけにユーモアも無いときた、がっかりだな」
隣にいたティアナが一歩前に出て、ムティナにクロスミラージュを向けた。
「ムティナ・アーリア!このロボット達を停止させて、今すぐ投降しなさい!」
「これはこれはランスター執務官!君達時空管理局が虹の光とそこまでの仲だったとは私も知らなかったよ!都合のいい戦力を手に入れられてさぞ満足だろうね!」
「勘違いしないで!この人が勝手に来ただけよ!別に呼んでないわ!」
何故か逆ギレをするティアナに何とも言えない顔をするモデナ。そんな状況でも祐は黙ってムティナを見ている。普段とはまるで違う雰囲気に、モデナは少し不安を覚えた。
「生憎だがねランスター執務官、私の一番の目的を果たせない状態で捕まるわけにはいかないんだ。君が予想よりはるかに早く出てきてしまったこと、そして強力な助っ人を連れてきたことは少々計算外だったが…行動を変えるつもりはない」
「君は…麻帆良を攻撃するつもりか」
「そうだよ、
「目的は私の筈だ!麻帆良は関係ない!」
「お前が目的だから麻帆良を攻撃するんだよ!自分自身より、自分の大切なものが傷つけられる方がお前が苦しむだろうからな!」
苦虫を嚙み潰したような表情になるモデナ。そんな彼女の肩に祐の手が乗せられる。顔は依然ムティナに向けられたままだが、その手からは温かさを感じた。
「お前が麻帆良の地を踏むことはない。さっきも言ったが、お前はここまでだ」
「ああ、そうかい…気に入らないな!」
指を鳴らすとロボット達が一斉に飛び上がる。光のドームを越えようとするが、その壁を通り抜けることは叶わなかった。
「ちっ!どんなインチキだ…!」
祐はティアナとモデナの手を取ると、ビフレストでドームの外へ出る。
「ロマーニさんはここにいてください。ここなら戦闘の余波を受けません」
そう言って戻ろうとする祐とティアナの背中にモデナの声が掛かる。
「すまない…彼女を…私を頼む」
二人は頷くとドームの中へと戻り、そこで祐がティアナに言った。
「ロボットは全て俺に任せてください。ランスターさんはムティナをお願いします」
「まさか、全部相手にする気?」
「やれます」
「…分かった」
即答した祐にティアナは一瞬迷ったが、頷いてムティナへ向かって進んでいく。祐も同様に前に進んだ。
「戦闘開始だ、全機で迎撃しろ!」
一斉にこちらに向かってくるロボットの軍勢。祐は右の拳を握るとそこに光が収束する。そして拳を突き出すと、光が一直線に伸びて敵を消し飛ばしていく。光はそのまま軌道を変えながら伸び続け、ムティナがいる場所を目指していった。
「この光に乗ってください、ムティナのところまで行けます」
「私は触っても大丈夫なの…?」
「ランスターさんは大丈夫ですよ」
「信じてるからね!」
光に自棄気味に飛び乗ると、それをレールのようにして進んでいく。向かってくる敵は撃ち落としつつ、直接光に触れたロボットは破壊されて落下していった。
「まるでウィングロードね…ほんとなんなのよこの光!」
「それはこちらの台詞だ!」
追尾してくる光から逃れるのは時間の無駄だと判断したムティナは、地上に降りて迎え撃つことに決めた。光に乗って近づいてくるティアナに対して、手首にリング状の装置をはめると戦闘態勢を取る。
「来たまえよランスター執務官…まずはお前から叩き潰してやる!」
「やれるもんならやってみなさいよ!」
「ま、また変なことやってる…」
「てか一緒にいるあのお嬢さんは誰だ?」
空間に映し出された巨大なモニターから祐達の姿を見ている明日菜達。超の衛星によってその光景は映し出されていた。
「音声は拾えないのか?」
「宇宙から観察しているからネ、音声までは無理ヨ」
「そうか。欲を言えばもう少し近くで見ていたいが、確認できるだけでも満足しなければな」
映像を見ながら橙子は興奮している様子だった。興味津々といった具合に目を輝かせており、その姿はどこか子供のようでもある。
「本当に何も分かっていないんですか?あの光に関して」
「魔法でも魔術でもない。色々なことができる。分かっているのはそれくらいネ」
「……」
視線をモニターに戻したトールの表情は橙子とは反対に苦々しいものだ。そこでふと周りを見回してみると、過半数は心配そうに映像を見ている。暫く各々の表情を確認すれば、なんとなく彼とここにいる者達の関係性が見えてきたような気がした。
(不安そうにしている人が何人かいますね。彼が戦うことはあまり快く思われていないのでしょうか)
印を結ぶかのように手指を組み替えて、左手を地面に叩きつける。すると地面から無数の光の糸のような物が現れ、ロボット達を絡めとるとそのまま地面へと吸い込んでいった。正面から攻撃を放たれれば、両手を広げて光の幕を作り出す。オーロラのように広がった光はレーザーを消し去り、祐が掌でオーロラを押し出すようにすると前進して敵を通過していく。光が通り過ぎた場所にいたロボットは崩れ落ち、バラバラに分解された。
「ふざけた力だ…!なんなんだあれは!」
「それはこっちも聞きたいわね!」
エネルギー弾を放つティアナと、手首の装置から発生させた魔力シールドでそれを弾くムティナ。時折祐の方向に視線を向ければ、そちらは訳の分からない状況になっている。双方自身の戦闘に集中しつつも頭痛がしていた。
「その動き…貴女やっぱりただの科学者じゃないわね」
「ご明察、この私の身体は君にも馴染み深いものだ」
「…戦闘機人」
「流石だよランスター執務官。やはり同じ存在が近くに居ると分かるものなのかな?」
「あんたとあの子達を一括りにしないでもらいたいわ!」
ティアナが攻撃を放つと、弾は全てムティナのいる位置から離れた場所に向かった。一瞬不審に思ったが、意図的に外したと分かると急いでその場から飛び退く。放たれた弾はムティナを取り囲むように設置されており、多方面から襲い掛かる。向かってくる弾丸を対処していくが、背後からの一発が背中に当たった。
「ぐっ!」
膝を着きかけるが次の攻撃が迫ってきていることから、無理やり身体を動かして回避を行う。常人の身体能力では成しえない動きだ。
「小賢しい技を使うじゃないか、性格が出るね」
「お生憎様、素直な性格じゃないのは自分が一番よく知ってるわ」
「だろうな!」
今度は装置からビームを発射するムティナ。攻撃を避けながら反撃するティアナだが、お互いの距離は縮まりつつあった。戦闘範囲が狭まったことで両手にエネルギーを纏い、ティアナ目掛けて殴りかかる。ティアナはクロスミラージュをダガーモードに切り替えて受け止めた。
「私は射撃より肉弾戦の方が好きでね、予想外のことばかりでイライラしてるんだ…付き合ってくれ!」
「性格出るわね!」
拳を押し返し、右手のクロスミラージュをガンズモードに変えて後退しながら牽制をする。防御しつつ、再びその距離を縮めようとムティナは進んだ。
一方ロボット軍団を相手にしていた祐は、着実にその数を減らしていた。近くにいた一体を殴って破壊すると残りの数を大まかに確認する。今やムティナは完全にティアナを、ロボットは祐のみに攻撃を絞っていた。残りの全機体がこちらに向かっている、これは祐にとって都合がいい状況だ。
両手を握り締めると、重心を低くして全身に力を入れる。身体から溢れ出した光をそのままに高速で回転し始めた。祐を中心に巨大な渦を作り出し、向かってきていたロボット達がその渦に少しずつ巻き込まていく。光の嵐はやがて全てのロボットを捕らえた。
「残りの全てを巻き込んだのか!?くそっ!」
「またあの子は…!」
巻き起こる嵐を見て、呑まれないようにと距離を取るムティナとティアナ。離れていたモデナでさえも風に煽られ、近くの大木に掴まっている。
回転をやめて両手をすくい上げるように大きく上げると、光の嵐はその勢いを更に増した。気付けばドームは消え、嵐は地上から上空に浮かび上がる。常軌を逸した現象にそこにいる誰もが嵐を見つめた。拳を握り、腕を交差して勢いよく振り払う。暴れ回る巨大な嵐は、その瞬間大爆発を起こす。『エクスプローディング・テンペスト』が大気を揺らした。
爆発が晴れると、嵐だった光が粒子となって大地に降り注ぐ。幻想的ともいえる光景だが、いつまでも目を奪われているわけにはいかない。目を見開いてその状況を見つめるムティナに少しだけ同情を覚えながら、ティアナは最後通告を行う。
「全滅だと…?こんな…短時間で…」
「もういいでしょ。投降しなさい、ムティナ・アーリア」
ゆっくりとティアナに視線を向けるムティナ。遠くに見えるモデナもその視界に収めると、虚ろだった目に怒りという炎が宿っていく。やがて瞳だけではなく、怒りはムティナとい存在そのものを包み込んだ。
「ふざけるな!ずっとこの時を待ち望んでいたんだぞ!私を消そうとしたあいつに復讐するこの時を!」
「それを…こんな…こんな訳も分からない奴に潰されるのか!どこの誰とも知らない奴に!」
大きな雄叫びをあげると両手に魔力を集中させる。ムティナの感情を表すかのように禍々しい光が出来上がる。
「殺す…お前だけでも絶対に!」
その目に映るのはモデナのみ、血走った瞳で睨みつけてがむしゃらに走りだす。瞬間ティアナが一直線に向かうムティナの少し先を撃って砂塵を起こした。目くらましのつもりだろうが関係ない、スピードをそのままに走り抜ける。煙が消えると目の前に現れたのはティアナだ、後方には変わらずモデナも確認できる。ならばここで纏めて消し去ればいい。溜めていた魔力を一気に放出してティアナ達に撃ちだした。
「お前ごと抹消してやる!残骸は私ではない…お前だ!」
光に飲まれる二人。ティアナはこれだけの至近距離、そしてモデナはそもそも防ぐ術を持っていない。己に残るほとんどの魔力を込めた一撃だ。確実に消し去れた筈である。
「熱くなりすぎてなんにも見えてないわね」
声が聞こえた。後ろを振り向くとそこにはこちらに狙いを定めるティアナと、無傷のモデナがいる。クロスミラージュには既に多くの魔力が溜まっているように見えた。
「まさか…幻影」
「痛いのいくから覚悟しなさい!」
急いで阻止しようとするが、上手く身体に力が入らない。それどころか足が縺れ、膝を着いてしまった。あれだけの魔力を込めたのだ、向こう見ずな行動が生んだあまりにも無様な結果だと自分のことながら思える。気がつくと虹の光に身体が固定され始めたことに気がつく。いよいよ打つ手がなくなった、こちらに手をかざす祐を睨み付ける。
「ふざけやがって…」
届かないと分かっていても手を伸ばす。憎しみの対象である自分自身へ、この世のどんなものよりも憎い存在へ。
「お前は…!どこまで!」
「ファントムブレイザー!!」
全身を覆う巨大な光に飲まれ、視界は一色に染まった。
地面に横たわるムティナ。先程の技は非殺傷設定で放ったので息はあるが、その姿はまさに満身創痍だった。ゆっくりとティアナが近寄っていく。うつ伏せに倒れているムティナが拳を握り締めた。
「これでお前は…完全に私を捨てることができたわけだ…嬉しくて堪らないか?」
モデナが痛ましい表情で見つめる。許されるのなら耳を塞ぎ、目を背けたい。だがきっとそれはすべきではない、自分には彼女の言葉を聞く責任がある。
「お前は、人殺しだ…手に負えないからと私を切り取って…お前だけが平和に暮らす。私とお前は別人じゃない、一人の人間だというのに」
「誰よりも卑怯な奴だ…お前は、誰よりも…」
「ムティナ・アーリア、貴女を逮捕します」
ティアナがムティナの腕を掴むと、素早く腕を掴み返された。
「ランスターさん!」
「とっておきだ…味わっていけ!」
ティアナにムティナから何かが流れ込んでくる。これは感情だ、彼女の怒り・憎しみといった負の感情が強制的に押し寄せた。物理的な衝撃はなくとも、ティアナの精神に多大な苦痛を与え始める。
「あぐっ!」
精神への過剰な負担によりティアナの表情が歪む。すると一瞬で祐が二人の間に入り、ムティナの腕を掴んで強制的に離した。ムティナはそれに笑っている。
「今度はお前だ!」
ティアナからは引き離したものの、今度は祐にターゲットを変えて再び感情を流し込んだ。
「私が生み出した魔法だ…己の怒りや憎しみを触れた相手に流し込む!並の人間なら精神が壊れてしまうかもな!」
息も絶え絶えながら口元は吊り上がり、その目は狂気に満ちている。それは邪悪を形容したかのような姿だった。
「何故私がすぐに消えなかったか!それは切り離されても、それだけで存在できるほどにこの感情が強大だったからだ!私は残りカスではない…モデナ!お前こそが残りカスだ!お前が偽物なんだ!」
叫びながら感情をぶつけ続けるムティナ。モデナがこちらに走ってきているがもう遅い、これだけ流し込まれれば受けたダメージは計り知れないだろう。己の身体が限界を迎え意識が遠のくが、この手だけは絶対に離すものかと力を籠める。そこで彼女は気が付いた、今間違いなく自分の腕を強く握られたことに。
祐は頭部の装甲を開き、認識障害のシステムも停止させた。現れた顔を見てムティナが驚愕する。
「なっ!?お前…!」
「お前のは見せてもらった。だから、今度は俺のを見せてやる」
瞳が虹色に輝くと、ムティナは思わず祐と目を合わせてしまった。それが今最もしてはいけない行動だったと知らずに。
「あああああああ!!」
突然発狂し始めたムティナが暴れまわる。しかし祐はその腕をしっかりと握り、離すことはなかった。その光景にモデナは足を止め、呆然と見つめる。
「いったい…何が…」
祐が手を離した瞬間、ムティナは頭を抱えてのたうち回る。その姿を無言で見る祐は驚くほど冷たい表情で、暫くするとムティナの動きが止まったが全身が痙攣を起こしていた。
「アマタ君…今のは…」
「流れてきた感情を押し戻したんですよ。効果があるかは賭けでしたけど、有効だったみたいですね」
「…そうか」
聞こえた声は普段通りだったが、ムティナに視線を向け続ける祐の顔は見えない。モデナは祐の表情を覗こうとも、今の話を詳しく聞こうとも思えなかった。見るべきではない、聞くべきではないと何故かそう強く感じたからである。
祐が振り向き、膝を着いて荒い呼吸を繰り返すティアナに近づくと背中を摩った。
「ランスターさん、深呼吸してください」
素直に深い呼吸に切り替えるティアナ、次第に落ち着きを取り戻し始める。
「そのままゆっくり呼吸を繰り返して、急がなくて大丈夫です」
優しく声を掛けながら背中を摩り続ける祐。余裕が出てきたのか、ティアナは顔を上げた。
「ごめん、ありがと。だいぶ良くなったわ…」
まだ顔色は悪いが、会話をこなせるほど回復してきている。もう少しすれば元の状態に戻れるだろう。立ち上がろうとするティアナを支えると、遠慮気味にほんの少しだけ体重を預けてきた。
「最悪…最後の最後でとんでもない目に遭ったわ…」
「文字通り奥の手だったんでしょうね、肝が冷えましたよ」
「彼女は、どうなったんだ?」
力なく地面に倒れ伏しているムティナを見ながらモデナが口を開く。その表情は優れないが、それは当然だろう。
「死んではいません。ただ魔力を使い果たし、身体は元より精神的にもダメージを受けています。相当疲弊してるでしょうから、暫くは満足に動けないと思いますよ」
「取り敢えず…」
ティアナは魔力で発生させたリングをムティナの全身に掛けて自由を奪う。目に見えて分かる程厳重な捕縛だ。
「まだ足りないかも」
「僕からも追加でやっておきます。これでそう簡単には解除できませんよ」
腕をかざし、ティアナが行ったリングバインドに虹の光を上乗せする。充分すぎる拘束だろう。
事件の終わりを感じ、全身から力が抜けた様子でモデナが座り込んだ。彼女達からすれば十数時間の出来事だったが、とてもそうは思えない負担が掛かったのは言うまでもない。
「まだ色々やらなきゃならないことはあるけど…一番の山場は越えたわね」
疲れた顔で呟くティアナ。支えていた祐は彼女を優しく地面に座らせる。
「アマタ君?」
「少し楽にしてください。見張りは僕がしっかりやっときますから」
「きみってタフよね…」
「頑丈なのが取り柄なんで」
静まり返る室内。全員がモニターに視線を集中させながらも、誰一人と口を開かなかった。そんな中、一番最初に声を出したのは橙子だ。
「最後のは映像だとよく分からなかったが、どうやら終わったようだな」
「そのようネ」
同意する超。周りと違い、燈子は満足げである。
「さて、いい頃合いだ。名残惜しいが私はそろそろ失礼するとしよう」
「おや、もう帰るのカナ?」
「彼はまだ少し掛かるだろうし、待たせている子もいるんでね」
デスクに寄り掛かった状態から立ち上がる。本来の目的は果たせていないが、それでも得るものは多くあった。
「彼との再会は叶わなかったが、新たな繋がりを得られた上に素晴らしいものも見れた。充分すぎるくらだ」
懐からメモ帳を取り出し、何かを書いて紙を一枚超に渡す。
「私の連絡先だ。何かあればここに掛けてくれ、力になろう。その代わり」
続きを言おうとしたところで超が別の紙を渡してきた。橙子の言わんとしていることは分かっていたのだろう。
「勿論、こちらも力を貸すヨ。私の連絡先ネ、貴女のことは祐サンにしっかりと伝えておくから安心するヨロシ」
「助かるよ」
笑顔で紙を受け取ると、新たに連絡先を書いて今度はトールに見せる。予想通りトールは手を伸ばしてはこなかった。
「変な機能はない、ただの紙だ。取り合えずここは受け取ってくれないか?」
言う通り目の前の紙からは特殊な気配はしない。信用はしないが関係は作ったのだ、渋々といった様子で紙を受け取る。すると橙子が掌を差し出した。
「…なんですか?」
「君の連絡先をくれ」
「え~…」
気が乗らないのを隠そうともしないトールの態度を笑う。ドラゴンというだけでも興味が湧くというのに、表情豊かな彼女は本当に面白い。
「君の知識を借りたいときが来るかもしれないだろ?それに君の連絡先だけ知らないのは不公平だ」
気が付くと橙子の隣で超も手を出していた。トールは大きなため息をつく。
「紙もらえます?」
「喜んで」
紙を二枚もらい、そこに番号を書いて手渡した。超と燈子は笑顔である。
「分かってるとは思いますけど、本当に必要な時以外は掛けてこないでくださいね!」
「モーニングコールでもしてやろうか?」
「したらぶっ飛ばしますよ」
「それは恐ろしいな」
軽い調子で応えると一息ついて歩き出す、やがて扉に近づくと振り返った。
「これからよろしく頼むよ、皆様方。学生諸君はこの後も楽しんでくれ、それと…」
「素敵な出会いに感謝する。また近いうちに会おう」
最後にそう言って橙子は部屋から出ていった。次にトールが動きを見せる。
「私も失礼します、小林さんとカンナが待っていますので」
「お気を付けて、連絡待ってるネ」
「連絡するような問題が起きないことを願ってます」
そこで周りを見回すと必然的に明日菜達と目が合う。お互いがじっと相手を見つめていると、トールが気の毒そうな顔をした。明日菜は首を傾げる。
「えっと…」
「あなた達は色々と苦労しますね」
「へ?」
「それでは」
瞬間トールの背後に魔法陣が現れ、それをすり抜けると彼女は消えた。明日菜は瞬きを数回してからネギを見る。
「どういうこと…?」
「わ、分かりません…」
不思議そうな顔をする明日菜達を超が静かに見つめ、一度目を閉じてから手を叩いた。
「協力感謝するヨ皆サン、無事我々は新たな同盟を得ることができた。これはきっと大きなアドバンテージとなるネ」
「大丈夫なのでしょうか?彼女達と繋がりを持つのは…」
「100パーセント安全なことなどないヨ刹那さん。大きなことを成し遂げる為にはそれ相応のリスクは背負わねばならない、この関係にはその価値があると私は信じてるネ」
どこか自信を持って断言する超に返す言葉は刹那になかった。思考に耽る刹那達に向かって超は明るく声を掛ける。
「堅苦しいのはここまでにしよう。もうすぐ麻帆良祭も終わる、私達も残りの時間を楽しもうではないカ」
「この街を守ってくれた、祐サンの活躍を無駄にしない為にもネ」
戦闘が行われた場所に多くのパトカーがやってくる。そのうちの一台から我先にと最初に降りてきたのは源八であった。
「おお!ランスター執務官!ご無事ですか!」
病み上がりにも関わらず全力疾走をする源八を心配に思いながらも、ティアナが笑顔を浮かべる。
「はい、私達は無事です。彼のお陰ですね」
その言葉と共にティアナの後ろから祐が顔を出す。
「どうもゲンさん、お久し振りです」
にこやかに挨拶をしてくる祐を見て、源八は笑うと彼の肩を叩いた。
「久し振りだなボウズ!あと…すまん、今回も世話になっちまったな」
「よしてくださいよ、相変わらず好き勝手にやっただけです」
苦笑いをする祐から周囲に目を向けると、台風でも通り過ぎたのかと思えてしまう規模で周りは荒れ果てていた。
「あ〜…確かに派手にやったみたいだな」
「そこに関しましては反省しております」
頭を下げてそう言うが、少なくともここには祐を非難する者は居なかった。
「まぁ、みんな無事ならそれでいいんだ。お前が好き好んで周りを壊して回るような奴じゃないことぐらいは知ってる」
「恐縮です」
明るい調子で会話をする二人だが、後からやってくる警官達は神妙な面持ちで未だ倒れているムティナを取り囲んでる。源八も表情を引き締め、そちらを見た。
「たく…随分と引っ掻き回してくれたな」
「時空管理局にも連絡済みです。彼女の身柄を拘束する為にもうじき」
ティアナが説明している途中で空から影が落ちる。その正体は今話題に出た時空管理局の次元空間航行艦船であった。
「来ましたね」
「みたいですな」
お互い空を見上げるティアナと源八。少しして源八は再び祐を見る、正確には祐が後ろに隠している人物をだが。
「でだ…そろそろその後ろにいる人が誰なのか、教えてもらえるか?」
「説明すると長くなるんですが、取り敢えずこれだけは先に伝えておきますね。僕の後ろにいる方は危険な人ではないです、それだけは信じてください」
「そりゃいいが…いったいなんだってんだ?」
祐が少し横にずれながら、後ろの人物の背中をそっと押して前に出させる。その顔を見て当然源八は驚愕した。
「ム、ムティナ・アーリアじゃねぇか!」
その大きな声に全員が反応すると、驚いてから銃を向け始める。
「はい待ってください皆さん!ムティナ・アーリアはあっち!こちらはモデナ・ロマーニさんです!」
前に出でモデナを庇いながら大声で伝える祐。仕方がないが、そう言われても源八達は首を傾げるか困惑しているかのどちらかだ。
「いやどう言うこったよ!その嬢ちゃんはムティナとは別人ってことか⁉︎」
「元は一緒です、でも今は違います」
「……分からん!」
「はぁ…」
源八達には元より、艦船から降りてき始めた局員達にも詳しく説明せねばならないとティアナはため息をついた。
それから騒がしくはなったものの、ティアナと祐の必死の説明によりモデナとムティナの関係、そして事件の真相がこの場にいる全員に伝わった。
「つまり彼女は…その別れた半身って感じでいいんだよな?」
「大方その認識で間違いないかと」
周囲の警官や局員がなんとか聞いた話を自分の中で落とし込んでいると、モデナが暗い表情で頭を下げた。
「別れたとはいえ、彼女が私であることは変わらない…私は沢山の人達を傷つけてしまった…謝って済む問題ではないけれど、それでも…本当に申し訳ない…」
時折声を詰まらせながら謝罪をするモデナを見て、周りは難しい顔をする。
「あんたがしたことについては…正直俺らじゃなんとも言えねぇ。ランスター執務官、そっちでは前例があったりするのか?」
「いいえ、私が知る限りではありません。こちらとしても、彼女の処遇は簡単には決められないと思います」
モデナがしたこと、それは自分の感情を切り離したというもの。如何せん前例がない事件で、彼女の罪を決めるのは容易いことではない。
「少なくとも、彼女が発端となったのは間違いありません。モデナさん、貴女にも私達と一緒に来てもらうことになるわ」
静かに頷くモデナの姿を見ていると同情をしてしまう。しかし彼女の行動がこの結果を招いたことは確かで、あくまで冷静にティアナは判断を下した。
「あの〜…すみません、よろしいでしょうか?」
祐が小さく手を上げると全員がそちらを見る。
「ロマーニさんは、これから麻帆良には暫く戻れないんですよね?」
「…そうなるでしょうね」
「なら、どうしても一つだけ叶えてほしいお願いがあるんです」
「そんな大事な話に何故呼ばなかったのですか!」
「そうよ!私達だって祐君同盟の一員でしょ!」
「祐君同盟って…」
地下水路の秘密の場所から地上に戻った明日菜達は、イベントを終えて打ち上げの作業を始めようとしていたあやか・ハルナ・和美・さよを呼んで先程のことを説明した。予想はしていたが、あやかとハルナは自分達がその場に居なかったことに納得がいかない様子である。
「し、仕方ないじゃない…私達だって急に呼ばれたんだから…」
「みんなを仲間はずれにしたわけやないんよ」
「それはそうかもしれませんが…」
「まぁまぁ、いいじゃない。お相手がいたんなら実際時間はなかったんだろうしさ」
一旦和美がその場を収めて話を進めようとする。和美もできればその場に居たかったが、既に終わってしまったことだ。
「でもさっきのお客さん、アオザキさんとトールさんでしたっけ?お二人はその…信じても大丈夫なんでしょうか…」
不安そうな表情のさよがそう聞くと、明日菜達は困ったような顔になる。それを見ると例の場所に居なかったメンバーはどうにも不安になった。
「正直に言うと、分かりません」
「超さんが一応の策を講じてはいますが、私達はあのお二人のことを碌に知りませんから…」
ネギに続いて刹那がそう話す。言葉通り、信用するには余りにも彼女達のことを知らなすぎるのだ。
「なんというか、マーリンさんが言ってたことがいよいよ現実味を帯びてき始めてるって感じね…」
「マーリンさん?ああ、夢に出てきたって人か。…なんか言ってたっけ?」
「裕奈の夢の中で話してたことよ。あの虹の光に目を付けた人達は、少しずつその的を絞ってきてるって言ってたらしいじゃない」
「目的がなんであれ、虹の光を追う人達が祐さんに近づいてきている」
あやかの呟きに全員がこの先の未来を憂いた。事件が大きくなっていけば、そして数が増えれば目に留まる確率も上がっていくのは当然である。その流れを止めることは誰にもできない、これからも騒動は起こり続けるだろう。今の世界はそれだけ波乱に満ちているのだ。
「あの、ところで祐さんはご無事なんですわよね?」
聞かれて明日菜達がはっとした顔をする。自分達は一部始終を見ていたからか、同盟の話はしたが祐の現行については説明していなかったことを思い出して苦笑いをした。
「ごめん、そのこと言ってなかったわね。あいつは大丈夫、戦いも…もう終わったみたい」
「それは何より。あっ、怪我とかはしてない?」
「遠くからの映像だったので確実ではないですが、恐らく無傷かと」
「凄かったですよ!あれだけ敵のロボットがいたのに攻撃を一度も受けていないみたいでした!」
興奮気味にネギが伝えると、安心と微笑ましさからか一変して周りから笑顔が出てくる。考えなければならないことは山積みだ。それでも一番大切なのは祐が無事であること、この街に帰ってくることであった。
「でも、まだすぐには帰ってこれんみたいや。色々やらなあかんことがあると思うって超さんが言うとった」
「じゃあ、麻帆良祭には間に合わないんですね…」
「メイド喫茶にも来れなかったし…祐君、前から結構楽しみにしてくれてたのに」
祐が麻帆良祭を楽しみにしていたのは周知の事実だ。しかし参加できたのは初日のみで、後で梨穂子から聞いた話によればその日も昼からは事件に巻き込まれていた可能性が高い。きっと彼がこの祭りを楽しめていた時間はほんの僅かなものだっただろう。
「はっ!閃いた!」
突然大声を出したハルナに全員が驚く。当の本人はそんなことは気にも留めず、高いテンションで続けた。
「この後だって後夜祭もあるし、最悪振替休日だってあるんだからやり様はいくらでもあるわ!」
「ちょいちょい、一人で盛り上がってないで説明しなさいって」
和美がハルナの肩を叩いて詳細を聞こうとする。ハルナは振り向くと一歩前に出た。
「私にいい考えがあるの!みんな、協力してくれない?」
「いい考え?」
(大丈夫だろうか…)
(不安ですわ…)
普段の行いのせいと言えばそうなのだが、刹那とあやかはハルナのいい考えに不安を感じざるを得なかった。
艦船に内蔵されている独房に入れられたムティナを見る祐とティアナ。未だムティナは気を失っており、拘束された状態で俯いていた。
「これで大丈夫、目が覚めたとしてもあの装置が付いていれば魔法は使えないわ。まぁ、あれだけ魔力を消費したら装置が無くても暫く使えないでしょうけど」
「なら、一安心ですね」
その場を後にしようと歩き出した祐達の耳に微かな笑い声が聞こえる。振り返ると意識を取り戻したムティナが虚ろな瞳でこちらを見ていた。
「起きたのね」
「あ~…やられたよ、とんでもないものを流し込まれた。化け物というのはいるんだな、よくそんな状態でまともな奴を演じられるものだ」
まだ意識が朦朧としているのか、ティアナには答えずに独り言のように喋り続ける。周囲の明かりが薄暗いこともあって、その光景は不気味なものだった。
「心ってものは分からない…研究を重ねた今でもその真相には辿り着けずだ。不思議だな、壊れているものは動かない。これはどんなものにでも当てはまると思っていたんだが、例外はあるか」
「貴女…さっきから何を言って」
「さぞ生きづらいだろう、君にとってあの街は」
静まり返る艦内。ティアナはムティナの発言がまるで理解できず、祐はただ静かにその目を合わせる。
「あの街は、君の大切なもので溢れている。それが君を戦いに駆り立て、そして同時に生かしている」
脱力したまま笑うムティナを、祐はどこまでも冷たい表情で見つめていた。
「可哀想な奴だ、大切なものなど無ければ…君はとっくに楽になれたろうにな」
「行きましょう、ランスターさん」
最後に一言だけ言って、祐が背を向けて歩き出した。困惑するティアナはすぐには動けず、その場に佇む。
「気を付けろよ執務官殿」
ムティナに呼ばれ、ゆっくりと視線を向ける。
「化け物とは分かり合えない。理解できないから、化け物なんだよ」
「それを今言う意味がまったく分からないわね」
「嘘をつくな、君はそんなに鈍くないだろ」
ティアナはその瞳に怒りを込めてムティナを睨みつけた。
「…あの子は化け物なんかじゃない」
「化け物じゃない?あれが?は、ははは…ハハハハハ!」
心底愉快だと言わんばかりに笑いだしたムティナ。意識を取り戻したことを確認した局員達がこちらに向かっている頃だろう。現在の彼女は正常ではない、これ以上話していても無意味だと祐の後を追った。
化け物とは分かり合えない。その言葉が脳裏に焼き付いたままで。
一番好きな章は?
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序章・始まりの光
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幽霊と妖怪と幼馴染と
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たとえ世界が変わっても
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消された一日
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悪魔よふたたび
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眠りの街
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旧友からの言葉
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漢の喧嘩
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生まれた繋がり