Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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夜明け前には

大学部のイベントは事故もなく無事大成功に終わった。現在撤収作業を終えた学生達が後夜祭へと移行している最中である。

 

「イベントは成功したけど、モデナ先生に見てもらえなかったのは残念だったな」

 

「急な家庭の事情じゃ仕方ないさ。残念とはみんな思ってるだろうけどね」

 

一日目の午後から他の教員に、モデナが家庭の事情により急遽帰宅したと伝えられていた。モデナ本人も学生達の晴れ舞台を楽しみにしていたことは周知であり、何より学生達が努力の成果を一番に見てもらいたかった相手はモデナだった。イベント自体は申し分ないものだったが、どうしても物足りなさを感じてしまう。

 

「あ~あ、私モデナ先生に褒めてほしかったなぁ」

 

「それを言うなら私だって」

 

「いつ戻ってこれるのかも分からないんでしょ?なんか心配だね」

 

彼女と深く関わった学生全員が同じ気持ちを抱えていると、一人の生徒がこちらに近づいてきている人物に気が付く。

 

「あれ?誰かきて…えっ!?」

 

「どうしたの?って…モデナ先生!?」

 

その声を聞いて周囲の目が同じ方向を向く。言葉通り、そこには少し緊張をした様子のモデナが歩いてきていた。生徒達は急いで彼女の元へと走っていく。モデナは必死の形相の生徒達に驚いた顔をした。

 

「モデナ先生!」

 

「や、やあ…みんな…」

 

「帰ってきてたなら連絡くれれば迎えに行ったのに!」

 

「用事の方はもう大丈夫なんですか⁉︎」

 

「ていうかどうしたんですかその服!?所々破れちゃってるじゃないですか!」

 

「ほんとだ!汚れもあるし!何かあったんですか!?」

 

怒涛の勢いで飛んでくる生徒からの質問に押されるモデナ。目が回りそうになるのと同時に、申し訳なさが募っていく。こんなにも慕ってくれる人達を、自分のせいで危険な目に合わせるところだったのだ。例え死者が出ずとも、そんなことになれば自分のことを一生許せはしないだろう。

 

「モデナ先生?」

 

俯くモデナを不思議に思って声を掛ける生徒。モデナはゆっくりと口を開いた。

 

「ごめんね、みんな…君達が一番大変な時に私は…」

 

「何言ってるんですか先生!事情があったんならしょうがないですよ!」

 

震える声で謝罪をするモデナに生徒の声が聞こえた。下げていた顔を上げると、優しい笑顔が見える。

 

「そうですよ!確かに先生にも見てほしかったですけど、それはいいんです!」

 

「大成功だったんですよ!先生のおかげです!」

 

「そんな…私は何も…」

 

「いつも私達のこと助けてくれたじゃないですか!」

 

「先生がいなかったら、正直どうなってたか…」

 

「先生がいてくれたから、俺達頑張れたんですよ」

 

その言葉に目を見開く。好意的な眼差しを向けられているのが分かる、嘗ての自分ではこんな光景は考えられなかった。怒りに支配されて周りを傷つける、そんな自分が遠くから冷たい目で見られるのは当然だ。そう思っていても、更に怒りを覚えて傷つけようとする自分がいた。

 

人間として壊れている者が誰かに必要とされるわけがない。しかし今この瞬間、モデナは間違いなく周りから必要とされていた。

 

「映像は撮ってありますから、後でみんなで見ましょうよ!」

 

「後夜祭はまだまだこれからですから!先生も思いっきり楽しんでください!」

 

「みんな先生が来てくれたらなって思ってたんです!」

 

目の前にいた女子生徒がモデナの手を握って気持ちを伝える。少しずつ、モデナの目から涙が流れ出した。

 

「あ、あれ!?も、もしかして手を握られたのがそんなに嫌だっ」

 

その姿に大きく動揺した生徒にモデナは思い切り抱きつく。抱きつかれた生徒は完全に停止してしまった。

 

「ごめん…ありがとう…ありがとうみんな…!」

 

「私…今日死んでもいいかも…」

 

「バカなこと言ってないでどきなさい!あんただけ狡いでしょ!」

 

モデナから無理矢理引き離して別の生徒が抱きつこうとする。それを見ていた周りも我先にと押し寄せた。

 

「ちょっと!抜け駆けしないでよ!」

 

「僕も!僕もお願いします!」

 

「男子はダメ!セクハラになるわよ!」

 

「何故だ!それは男女差別ではないのかね!」

 

一気にお祭り騒ぎとなった学生達。その中心に、自分が温かい場所にいることを実感してモデナは大粒の涙を流す。

 

ここでの生活はモデナにとって夢のような時間であった。誰かと笑い合い、触れ合うことのできたこの街とそこに住む人々は彼女の宝物だ。最後にみんなと会うこともできた。この後真実を伝え、別れを告げなければならない。その結果、軽蔑されることもあるだろう。それはとても悲しいことだが、後悔などない。今までの人生の中で最も幸せな日々を貰えた。モデナ・ロマーニは、間違いなく幸せだ。

 

 

 

 

 

 

モデナを取り囲む生徒達の姿を、少し離れた場所から祐が見ていた。少し寂しそうな表情をしているのは、この後やってくる別れを思っているからだ。そんな祐の背後から近づいてくる人物がいた。

 

「やぁ、お疲れ様。祐くん」

 

「タカミチ先生」

 

やってきたタカミチは祐の隣に立って、同じようにモデナ達を見る。

 

「報告は聞いたよ。彼女を連れていく時間、少しだけ伸ばしてもらったそうだね」

 

祐の願い。それはモデナに生徒達と別れの挨拶をさせてあげてほしいというものだった。周りから難色を示されたが、源八とティアナの協力もあってなんとか今日一日だけは許してもらったのだ。

 

「別れはいつだってついて回るものですけど、一言も告げられずにさよならっていうのは…寂しいじゃないですか」

 

「…そうだね」

 

暫く様子を見続ける二人。やがてタカミチが祐の肩に手を乗せた。

 

「彼女は僕達が見ておくよ。大丈夫だとは思うけど、そういう約束なんだよね?」

 

「いいんですか?」

 

「こっちのことは任せて、祐君には自由にしてほしい。麻帆良祭は終わってしまったけど、後夜祭は始まったばかりだから行ってみるのもいいんじゃないかな」

 

笑顔を向けられ、祐も笑顔を返すと頷いた。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて。明日のお見送りは僕に行かせてください」

 

「分かったよ」

 

「それでは、お願いします」

 

お辞儀をすると、今一度モデナを見る。現在彼女は生徒達に手を引かれて、食べ物などが並んでいるテーブルに案内されていた。少し微笑んで歩きだす。その後姿を見つめるタカミチはスマホを取り出し、誰かに連絡を行った。

 

 

 

 

 

 

一人歩く祐の向かう先は後夜祭の行われている場所ではなかった。賑やかな声が聞こえる場所からは背を向けて、街灯が照らす道を進む。

 

『さぞ生きづらいだろう、君にとってあの街は』

 

思い出すのは最後にムティナが言っていたことだ。反応をすることはなかったが、その言葉はしっかりと祐に刻まれていた。

 

『あの街は、君の大切なもので溢れている。それが君を戦いに駆り立て、そして同時に生かしている』

 

気がつけば意図せず祐の表情は鋭くなっていた。一言では表すことのできない感情が渦巻く中、スマホから振動を感じる。冷静さを取り戻す為、深呼吸を行ってから画面を確認して電話に出た。

 

「もしもし」

 

『祐…その、こんばんわ』

 

電話の相手である明日菜はどことなく緊張している気がした。その理由は分からないが、まずは言わなければならないことがある。

 

「ごめんな明日菜、連絡が遅れちゃって。申し訳ない」

 

『ううん、忙しかったのは知ってる。超さんにも色々聞いたから』

 

「超さんに?」

 

『聞いたんだ。超さんとハカセ本人から、実は祐の協力者だって』

 

どうやら明日菜の方にも話さなければならないことがあるようだ。緊張の理由はそれだろう。

 

「なるほどね。俺も明日菜も、話すことが沢山あるみたいだな」

 

『そうね…うん、そうだと思う』

 

そこで会話が止まる。お互い次の話題を探しているのかもしれない、まるで出会って間もない知り合いだと思った。

 

「なぁ、明日菜」

 

『なに?』

 

「麻帆良祭、楽しかったか?」

 

なんと言おうか考えているのだろう、彼女の思考する顔が電話越しでも目に浮かんだ。

 

『正直メイド喫茶が忙しかったって感想が強いけど…まぁ、うん。楽しかった』

 

「そっか、よかった」

 

それを聞いて祐は笑みを浮かべる。祐にとってそれが何よりも大切なことだ。モデナが無事で、尚且つみんなが楽しめたのなら麻帆良祭を飛び出してムティナと戦った価値は充分にあった。

 

『ねぇ、もう麻帆良には着いたのよね?』

 

「ん?ああ、もう着いたよ」

 

『どこにいるの?』

 

「どこって…」

 

『早く教えて』

 

「…少々お待ちを」

 

有無を言わさぬ圧を感じる。口頭で説明するのは難しかったので、地図アプリを開いて現在地の画面を送った。

 

「ここだけど」

 

『今から迎えがそっちに行くから。絶対動かないでよ!』

 

「迎え?迎えってなんの」

 

『いいから!いなかったらぶっ飛ばすからね!』

 

「ええ…」

 

『じゃあ待っててよ!』

 

こちらの返事を待たずに通話を切られる。やけに押しが強かったが理由はまったく分からない。しかしぶっ飛ばされるのは勘弁願いたいので、首を傾げつつその場に留まることにした。

 

それから数分後、何をするでもなく夜空を見上げていた祐に声が掛かる。そちらに目を向ければ、近づいていたのはネギだった。

 

「祐さん!おかえりなさい!」

 

嬉しそうに大きく手を振り、走ってくると祐の胸に飛び込んできた。少し驚いたが優しく受け止める。

 

「おお、ただいまネギ。なんか一段と情熱的だな」

 

「えっ?あっ!ごめんなさい!」

 

顔を赤くして急いで祐から離れる。この反応を見るに、先の行動は無意識だったのかもしれない。

 

「なんというか、祐さんに会えたの久し振りな気がして…とは言っても2日ぐらいしか経ってないんですけど」

 

「2日?…ああ、そうか。こっちだとそれぐらい経ってるんだったね」

 

「こっちだと…ですか?」

 

現実時間では丸2日は経っているが、祐からすれば麻帆良を飛び出して体感まだ1日も経っていない。これも時差ぼけということでいいのだろうか。

 

「まぁ、そこら辺は後で話すよ。ところでさっき明日菜からここで待ってろって言われたんだけど、何かあるの?」

 

「はい!実は祐さんに来ていただきたい場所があるんです!僕が案内しますね!」

 

「さっきから君ら押し強くないか?」

 

満面の笑みで祐の手を取るとネギが歩き出す。帰ってきてから祐は押されっぱなしである。だが立ち止まることはなく、ネギと歩幅を合わせて進んだ。

 

「へへ、愛されてるねダンナ」

 

「それなんの話?」

 

「まぁまぁ、すぐに分かりますぜ」

 

笑うカモに疑問を浮かべる。悪い予感はしないが、いったいなんだというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

手を繋いだ状態で暫く二人で歩いていると、目指している場所になんとなく予想がつき始めた。何故ならこの道の先にあるものに毎日帰っているからだ。

 

「なぁ、ネギ」

 

「はい、なんですか?」

 

「もしかして俺の家に行こうとしてる?」

 

「えっ!どうして分かったんですか⁉︎」

 

純粋に驚いた表情を浮かべたネギに、祐はなんとも言えない顔をする。

 

「いや、まぁ…この先にあるのってそれくらいだし」

 

目的地は判明したが、何があるのかは不明なままだ。明日菜もネギもそれを伝えないということは着くまで秘密にしておきたいのだろう。聞くのは野暮かとそこに関しての質問はしなかった。

 

「さぁ!着きましたよ祐さん!」

 

「なんだこりゃ…」

 

そうして祐の家の前に着くと目の前に巨大なブルーシートが左右に立て掛けられた棒に吊るされており、この位置からでは先が見えないようになっていた。こそこそと物音はするが、シートの後ろにあるものは予想もつかない。

 

「祐さんがお見えになりました!」

 

ネギが声を出すと、ブルーシートが落下した。どこから持ってきたのか、大型の照明に照らされるのと同時にクラッカーの音が響く。

 

『おかえりなさいませ!』

 

『1年A組メイド喫茶出張店でーす‼︎』

 

目の前に広がるのはメイド服を着たA組全員と、並べられたテーブルや椅子であった。流石に祐は驚いて唖然としている。走ってきた風香と史伽が立ち尽くしている祐の手を握って引っ張っていく。

 

「ほらほら!ぼーっとしてないで!」

 

「こちらにどうぞ!」

 

そのまま席に座らされると我に帰った祐は周りを見回す。彼女達はこちらを置いてきぼり気味に料理などの準備を進めていた。

 

「ちょ、ちょっと待って…誰か説明してくれない?」

 

「いや〜祐君!お疲れ様!」

 

「うおっ!」

 

滑り込むように祐の座る長椅子に飛び乗ったハルナ。祐は倒れないようにバランスを取りつつハルナを支えた。

 

「親戚のお婆ちゃんの為に麻帆良祭抜けて頑張った祐君へのご褒美よ!」

 

「うちのメイド喫茶楽しみにしてくれてたでしょ?だから特別に出張してあげたの」

 

ハルナの反対側から詰めてきた和美が祐の肩に手を回しながらウィンクをする。和美達は本当のことを知っているのだろうが、取り敢えず周囲に自分が抜けていた理由はそう説明されているのだろうと察した。

 

「だからってこんなに…」

 

「最初は私達だけでやるつもりだったんですけど、皆さんも協力していただけることになったんです」

 

さよがトレーに水の入ったコップを持ってやってくる。私達というのは祐の秘密を知るメンバーのことだろう。

 

「まぁ、大半は騒げればそれでオッケーって思ってるんだろうけどね」

 

「なんやかんやでみんな集まってくれたんよ」

 

明日菜・木乃香・刹那・あやかも祐の元へ来る。口には出さないが、祐の無事な姿を直接見ることができてようやく心配が解消さた。全員が自然と笑顔になっている。

 

「逢襍佗さん、今回もお疲れ様でした」

 

「あ〜…いえ、とんでもないです」

 

「後で何があったのか、しっかりと話していただきますからね」

 

「あ、はい。承りました」

 

あやかに小声で耳打ちされると素直に返事をした。混み合った話なので説明が難しいなと思うが、それはその時考えればいいだろう。

 

「まぁいいんちょ、今は難しいことは一旦置いて楽しもうよ!」

 

「さぁさぁ!まずはうちのフルコースをご堪能あれ!」

 

料理を持った裕奈がテーブルに皿を並べていく。非常に食欲を誘う料理だが、気になることがある。

 

「…メイド喫茶なんだよね?えっ、コース料理出てくんの?」

 

「細かいことは気にしちゃダメだよ逢襍佗君!ほら!この唐揚げとかめっちゃ美味しいよ!」

 

「出してもらっておいてなんだけど、普通俺より先に食うかね」

 

置いてある唐揚げに手を伸ばして口に運んだ裕奈。仮にこれが営業時であれば問題行動である。

 

「イエ~イ!逢襍佗君にかんぱ~い!」

 

『かんぱ~い!!』

 

「そう言うなら俺がいないとこで乾杯すんな」

 

別の場所では桜子が祐の名前は出したものの、本人そっちのけで盛り上がっている。気付けば各々が思い思いに料理に舌鼓を打っており、最早パーティー会場である。

 

「おい!俺は客だぞ!もてなせよ!」

 

「うわっ!厄介客だ!」

 

「厄介客だと!こっちこい!」

 

「きゃ~!」

 

立ち上がった祐は裕奈の腰に手を回して持ち上げると、その場で回転し始めた。中々のスピードだが裕奈は楽しそうである。

 

「あ~!お触りしてるよ!」

 

「うちはお触り禁止です!」

 

祐に雪崩れ込むA組。彼女達に取り押さえられるその様子はもてなしとは程遠かった。

 

「やっぱりこうなっちゃったか」

 

「ええやん、祐君も賑やかな方が楽しんでくれるやろ」

 

「…かもね」

 

 

 

 

 

 

「いっきしたるぞ~!」

 

「飲め飲め~!」

 

それから暫くしても途切れることなく盛り上がっているA組。しかし一応客の筈だった祐は地面に敷かれたシートの上で転がっていた。

 

「おかしい…これは俺に対する褒美ではなかったのか…?」

 

世の中はやはり理不尽だと感じていると、誰かが近くにしゃがみ込んだ。

 

「祐君、こんばんは」

 

声を掛けられ、そちらを向くと千鶴が見えた。当然だが彼女も例に漏れずメイド服である。

 

「千鶴さん…助けに来てくれたんだね…」

 

「助けるっていうのはよく分からないけど…こっちに座って」

 

祐の手を取って立ち上がらせると、近くの席に座らせる。テーブルにはハンバーグが置かれていた。

 

「ハンバーグ…これってもしかして」

 

「うん、私が作ったの。どうぞ召し上がれ」

 

「どっちも召し上がっていいですか?」

 

「どっちも?」

 

「すみません、なんでもないです」

 

発言が理解できずに聞き返すが、祐は一瞬でなかったことにした。途轍もなく余談だが、今の発言はセクハラ発言である。

 

ウェットティッシュで手を拭き、両手を合わせてからハンバーグを食べ始める。無言で一心不乱に頬張る祐に驚くが、その姿に優しく微笑んだ。

 

「美味い、すげぇ美味い」

 

「よかった、お口に合ったみたいね」

 

その後も黙々と食べ続ける祐とそれを笑顔で見守る千鶴。大きめのサイズだったにも拘わらず、あっという間にハンバーグはなくなった。

 

「ごちそうさまでした。本当に美味かった」

 

「また食べたい?」

 

「え?そりゃあ…作ってくれるんならいくらでも」

 

「うふふ」

 

(めっちゃ笑顔だな…)

 

祐の回答に満面の笑みを浮かべる千鶴。喜んでいるのは分かるが、何故そこまでご機嫌なのか今一分からない。

 

「ええな~祐君、美味しかったやろ~」

 

いきなり後ろから声を掛けられて驚きながら振り返ると、今度は木乃香が笑顔で立っていた。正直心臓に悪い。

 

「びびった…木乃香か。そりゃもう、絶品でしたよ」

 

「やだわ祐君ったら」

 

素直に感想を言う祐とまんざらでもなさそうな千鶴。木乃香の表情は変わらず笑顔だ。

 

「ウチのハンバーグとどっちが美味しかった?」

 

瞬間空気が凍る。理由は自分でも分からないが、祐は冷や汗を流した。

 

「いや、その人の料理にはその人の良さがあるから…どっちがいいとか決めるのは好きじゃないかなぁ俺…」

 

「そっか~」

 

木乃香は笑って返事はしたが、その場から動こうとしない。千鶴を見ると、彼女も笑顔で隣に座ったままだ。

 

(なんだこの状況は…)

 

何かこの空気を払拭するものはないかと辺りに目を配ると、こちらに近づく茶々丸が見えた。

 

(素晴らしいタイミングだぞ茶々丸!やはり君は最高の妹だ!さぁ!早くこっちに来てくれ!)

 

彼女を出しにして会話を切り出そうと思っていると、茶々丸がその手に皿を持っていることに気が付く。嫌な予感がした。

 

「おかえりなさいませ祐さん、お疲れ様でした」

 

「あ、どうも…」

 

「こちら、私が制作いたしましたハンバーグになります」

 

(茶々丸ーーー!!)

 

活路が見えたと思っていたが勘違いだったようだ。普段であれば嬉しいが、余りにもタイミングがよろしくない。失礼極まりないが、祐には茶々丸のハンバーグが爆弾か何かに見えた。

 

「ふ~ん」

 

「なるほどね」

 

(なに今のふ~んとなるほどねって…ふ~んとなるほどねってなに…)

 

テーブルに置かれたハンバーグはとても美味しそうだ。作ってくれた料理を食べる以外の選択肢など初めからないが、どうしてこんなにも緊張しながら食べなければならないのかは疑問である。

 

「おまたせ祐サン!ハンバーグヨ!」

 

「なんでだよ!」

 

続いて超がハンバーグを持ってきた。今回は心の中ではなく声に出して叫んでしまったが、それは許してほしい。

 

「ではこちらもどうぞ」

 

「嘘だろ五月さん⁉︎」

 

間髪入れずにハンバーグを追加する五月。彼女に限って悪ノリをするなどということは考えられないが、それにしたってもう少しなんとかならなかったのか。

 

「ハンバーグバイキングかなんかかこの店!?頭がハンバーグになりそうだわ!」

 

「それはどういう意味ネ?」

 

「流せそこは!」

 

「ご迷惑でしたでしょうか…」

 

「んなわけないだろ!嬉しくてしょうがないよ!ありがとうみんな!茶々丸愛してるよ!」

 

茶々丸に悲しそうな顔をされては精神的ダメージが計り知れない。自分の為に料理を作ってくれたこと自体は嬉しいのだ。そこに関しては嘘偽りなく本心を伝える。だが最後に余計な一言が入ったので、案の定茶々丸はオーバーヒートした。それを感知した聡美が急いで茶々丸の元へやってくる。

 

「逢襍佗さん!毎度毎度茶々丸をオーバーヒートさせないでください!」

 

「違う!僕じゃない!僕はピーターパンなんだ!」

 

「意味が分かりません!」

 

騒がしくなったのを聞きつけて他のクラスメイトもその場に来る。

 

「どうしたの?」

 

「逢襍佗さんが茶々丸にセクハラしました!」

 

祐を指さしてそう告げる聡美。全員の目がこちらに向いた。

 

「その発言は大変遺憾であります」

 

「違うと言うんですか!」

 

「愛してると言っただけです」

 

「なんてことを!」

 

「逢襍佗君が言ったら精神的セクハラだよ!」

 

「俺はその発言に精神的苦痛を受けたぞ」

 

「とにかくギルティ」

 

「うちはセクハラ禁止です!」

 

「ちょっと待った!」

 

祐が両手を突き出すと、飛び掛かろうとしたメンバーがぴたりと止まる。

 

「ハンバーグ食ってからにしてほしい」

 

「どうぞ」

 

周りが構えを解き、祐は席についてハンバーグを食べ始める。かなりの量なのだが、それを感じさせない様子で味わいながら簡単に平らげた。

 

「ごちそうさまでした」

 

「は〜、いい食べっぷり」

 

「流石は男の子だね」

 

「では僕は一旦失礼して」

 

「やっちまえ!」

 

食事を終えた瞬間に再び取り押さえられる祐。しかしその顔はどこか満足げであった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、そろそろアレいっちゃおうか!」

 

「いいね!」

 

「ほんとにやるの?」

 

裕奈が号令をかけると何人かが集まりだした。それを見ていた祐は、隣に座ってジュースを飲むあやかに聞く。

 

「あれってなに?」

 

「私にもなんのことだか…」

 

隠しているわけではなく、本当に分からないようだ。いったいなんだろうかと想像していると、美砂が箱を持ってくる。

 

「さぁさぁ逢襍佗君、ここでスペシャルタイムよ!」

 

「スペシャルタイム?」

 

「今からこの箱に入ってるカードを引いて。引いたカードに書かれてる服をご希望の子に着てもらえるわよ」

 

「おいなんだよそれ!素敵過ぎんだろ!」

 

祐は一気にハイテンションになるが、横にいたあやかがすかさず止めに入る。

 

「何をおバカなことをしようとしているんですか!」

 

「いいじゃんいいじゃん!もともと祐君が来たらやるつもりだったんだから」

 

「そんな話聞いてませんわよ!」

 

(やはり碌なことではありませんでしたね…)

 

ハルナが笑いながら言ったことを聞いていた夕映は、あの時話していたのはこれかと呆れた。

 

「因みに一回千円になります」

 

「金とんのかよ…」

 

「やりませんか?」

 

「やります」

 

「祐さん!」

 

気付くと祐は既に箱へと手を入れている。いつになく真剣な表情でカードを漁っており、その姿にあやかは悲しくなった。素早く引き抜くと、その手にあるカードにはバニーガールと書かれている。

 

「おっ!さっそく際どいのがきたわね!」

 

「イエエエエエイ!!」

 

雄叫びを上げる祐。真面目なグループには冷めた目で見られているが、そんなことを気にしてはいられない。ここは鋼の意思を持って突き進むのだ。

 

「それで誰に着てもらう?」

 

「楓さんで」

 

祐の一声に謎のどよめきが起こった。楓本人は完全に気を抜いていたのか、珍しく驚いた顔をしている。

 

「せ、拙者でござるか?」

 

「くくっ、やったな楓。まさか一番にご指名とは」

 

笑いをなんとか堪えながら横にいる真名が言う。祐は楓を指さした。

 

「言っただろう、お前を指名してやると。俺はやると言ったらやる男だ!」

 

「なんと猛々しい…真の武士(もののふ)でござる…」

 

「馬鹿だろ」

 

端の方で料理を食べていた千雨がきっぱりと言い放った。

 

「そんじゃ楓は着替えてきて」

 

「ふむ、仕方ないでござるな」

 

「生着替えはなしですか?」

 

「別料金になります」

 

「いくらですか!?」

 

「いい加減にしろ!」

 

「オッス!」

 

我慢しきれなくなった明日菜が祐をはたいた。しかしその後も祐は諦めず、過半数がコスプレをさせられる結果となる。

 

「明日菜!お前はミニスカシスターだ!そして桜咲さん!貴方はミニスカポリスになってもらう!」

 

「ほらっ、いくよ明日菜!」

 

「死なば諸共よ!」

 

「イヤ~~~!!」

 

「せっちゃんもいくえ~」

 

「お嬢様!どうかお許しください!」

 

既にコスプレしているまき絵と円に引きずられていく明日菜。刹那は木乃香が連れていった。因みにまき絵がブルマ、円がナースで木乃香がゴシックロリータである。明日菜達を見送りつつ、祐がチャイナドレス姿の美砂に質問する。

 

「あ、これってクレカ使えます?」

 

「ご利用可能です」

 

「……まだいけるな。次はネギにします」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

時刻は日を跨いで午前三時、その後もはしゃぎ続けたA組も連日の疲れからか流石に力尽きたようだ。用意周到というかなんというか、シートの上に持参した寝袋や毛布を敷いて寝ている。そんな中ふと目が覚めた明日菜は、横で寝ている丈の短い着物を着て髪を解いたネギに毛布を掛け直してあげると周りを見回した。その場に祐の姿はない。

 

しかし少し離れた場所を確認すると、椅子に座っている祐の背中を見つけた。よく見ると隣にはエヴァもいる。なんとなく明日菜はその場を抜け出し、祐の元へと向かうことにした。

 

「神楽坂明日菜か」

 

「あれ、目が覚めちゃったんですかね?」

 

「さぁな。もしや、いい雰囲気なのを嗅ぎつけたのかもしれんぞ」

 

「んなまさか」

 

二人は話しているようだが、その内容までは聞き取れない。眠い目を擦りながらふらふらと近寄っていると、エヴァが席を立った。

 

「私は寝る。また夜にな」

 

「はい。おやすみなさい、エヴィ姉さん」

 

エヴァは微笑みながら祐の頬に触れるとその場を後にした。途中で明日菜とすれ違う。

 

「エヴァちゃん?」

 

「今は譲ってやるよ」

 

寝ぼけているのでエヴァが何を言っているのかよく分からずに首を傾げる。前を向くと祐が笑ってこちらを見ていた。明日菜は覚束ない足取りで祐の元に着くと隣に座ったが、時折舟を漕いでいる。

 

「まだ眠いんだろ?そんな無理しなさんな」

 

「ん~…眠くない…」

 

「酔っ払いか」

 

段々と祐に寄り掛かる明日菜。祐は黙って寄り掛かりやすいようにと身体を傾けた。

 

「ありがとう明日菜、お陰でメイド喫茶を楽しめたよ。普通に行くよりも得だったな」

 

祐へ完全に体重を預けながら、その服の裾を摘んだ。ゆっくりと瞼が閉じていく。

 

「ねぇ祐。麻帆良祭は忙しかったけど、私本当に楽しかった」

 

「うん」

 

「でも、やっぱりあんたが居なかったのは寂しい」

 

祐は遠くに向けていた視線を下に落とすと、そっと明日菜の頭を撫でる。

 

「来年はさ、一緒に周れたらいいな」

 

「うん。来年は、一緒に…」

 

明日菜を横目で見ると静かに寝息を立てていた。再度視線を遠くへと飛ばす。

 

『可哀想な奴だ、大切なものなど無ければ…君はとっくに楽になれたろうにな』

 

拳を強く握りしめ、虚空を睨みつける。

 

「楽になんかなれるかよ。俺は…」

 

静寂に包まれた空間に冷めきった声が漏れた。しかし少しずつ力を抜いて、言いかけた言葉と共に頭に浮かんだものも捨てた。冷静になれたのは、口を閉ざせたのは明日菜の体温を感じたからだ。くだらない、無駄なことを考えすぎてしまった。

 

「みんな無事なんだ。俺のことなんて、どうでもいい」

 

吐き捨てるように呟いた言葉は、誰にも届かず消えていった。夜が明けるのは、もう少し先だ。

一番好きな章は?

  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり

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