暴君姉さんチャチャゼロ
『改めて一昨日はありがとう鮮花。おかげで貴重な体験と繋がりを得られたよ』
麻帆良祭の振替休日2日目。寮の自室で鮮花は橙子と通話をしていた。同室の静音はまだ睡眠中である。
「それは良かったですけど…大丈夫なんですか?橙子さんって、一応追われてるんですよね?それなのに自分の情報を教えるなんて」
鮮花は橙子からあまり大手を振って行動できる身ではないと聞いている。相手は魔術師でないとはいえ、危険ではないかと思えて仕方ない。
『秘密を握っているのはこちらも同じだ。彼女は賢いよ、上手く付き合っていければお互いに得をする。それにだ、危険を冒す価値は充分にあると私は考えているしな』
橙子本人が納得しているのならこれ以上言えることはない。思うところがないわけではないが、それは飲み込むことにした。
「ところで…メイド喫茶の時に話してたあの二人、いったいなんだったんですか?人外バトルショーとか言ってましたけど」
通話をしながらコップに水を注いだ。なんとなくベットで寝ている静音の寝顔を覗きながら一口飲む。
「ああ、あれか。客としてきたメイド服の女性はドラゴン、フランス人形のようなお嬢さんはどうやら真祖の吸血鬼だそうだ」
「ブハッ!」
「ひゃあ!な、なに!?」
思わず口に含んでいた水を勢いよく吐き出してしまう。発射された水は見事に静音の顔面に直撃してしまった。
「ご、ごめん静音!もう!橙子さん!」
半ば八つ当たりのように名前を呼ぶ。当然その光景は見えてはいないが、何が起こったのか大体の予想がついたのだろう。スマホからは橙子の笑い声が聞こえた。
「おああああああ」
自室で一人大きく伸びをする祐。声だけ聞けばダメージを負ったかのようだが、ただ伸びをしただけである。
昨日の朝にあった大勢での朝食を終えた後、超と聡美も含めて明日菜達と情報の擦り合わせをした。そして幼馴染やクラスメイトへの詫びの連絡、それが終われば今度は学園長に報告などなかなか忙しい一日だった。向かう途中でばったり出くわした愛穂に怒りのヘッドロックを掛けられる一幕があったがそれは置いておく。
「それにしても、冠位の魔術師ときたか…」
超から聞いた同盟を結んだ相手、蒼崎橙子とトール。トールのことは初めて会った時から感じてはいたが、博物館で会った女性である橙子についてはそこまでは知らなかった。只者ではないことなど百も承知だったが、まさか魔術師側の有名人だったとは。
(あっちからの接触を待つか、こちら側から行くか…)
彼女の出方を伺うべきか、それともこちらから先制するか。どちらにするべきかと思考するが、一人で考えても仕方がないと腕を組んだ。
(まぁ、なるようになるさ)
余りにも楽天的と思える考えだが、それは彼女達から悪意を感じなかったことが大きな要因だ。トールからは警戒を感じたがそれだけで、こちらを害そうとする意志は見られなかった。警戒ではなく興味を向けられたという違いはあれど、それは橙子とて同じである。世界だけでなく、自分の身の回りも混みあってきたなと思っているとチャイムが鳴った。立ち上がって玄関へと向かう。
「はいは~い」
「オウ、来タゾ」
視線を下ろせば立っていたのはチャチャゼロで、腕には『無限地獄』と書かれた一升瓶を数本抱えていた。物騒である。
「おお、ゼロ姉さんいらっしゃい。どしたの?」
「ココントコロ御主人モ茶々丸モ祭リニ出ズッパリデ、オレダケ楽シンデネェ。楽シマセロ」
「それは僕のせいですか?」
「イイカラ早ク入レロヨ」
「この暴君めが…」
文句を言いつつ、チャチャゼロを抱えて部屋へと戻る。あの師匠にしてこの姉ありだ。茶々丸はこの一家では例外的にいい子なので、どうか姉達には似てほしくないと思う祐だった。因みにエヴァは祐には似てほしくないと思っている。双方自分のことを棚に上げているのは言うまでもない。
それから少し経った昼過ぎ。祐の家の前にあやかの姿があった。周りに友人がいるわけでもなく、あやか一人である。
(き、気が付いたら祐さんの家の前に…私はいったい何を考えているのですか!)
偶には散歩も悪くないかと一人当てもなく繰り出した筈だったが、無意識に進んだ先は祐の家だった。昨日一人暮らしの男性の家に上がるのはよくないとクラスメイトに言った手前、自分の行動を恥じる。
(私としたことがぼーっとしすぎました、街の方に戻りましょう)
背を向けてその場から離れようとした時、家から話し声が聞こえてきた。思わず立ち止まって耳を澄ませるも、ここからでは内容まで聞き取れない。
(一人は祐さんですが、もう一人はどなたでしょうか…。ま、まさか!すでに誰かが!?)
そうとなれば帰るわけにはいかない。品行方正な学級委員長として、不純異性交遊を見逃してはならないのだ。足音を立てぬよう姿勢を低くしてゆっくりと近寄る。祐の部屋には大きな窓があるので、そこから中を覗こうとしていた。傍から見れば完全にあやかが不審者である。そっと窓から顔を出すと、部屋の中には祐と小さな人形が見えた。
(に、人形ですか…?)
しかし見間違えでなければ人形は手に一升瓶を持っており、時折口元に運んでいる。あれではまるで酒を飲んでいるようだ。
「少しくらい酒以外の物も飲み食いしたら?いつか身体壊すよ」
「壊サネェヨ、人形ダゾ」
「そんなこと言う子は体調悪くなっても面倒見てあげないぞ!」
「ジャアオメェノ体調ガ悪クナッタラ、オメェノケツニ一升瓶突ッ込ンデソッカラ飲マス」
「イカレてんのか姉さん」
何やら仲良さげに会話している。よくよく見ればあの人形は夢の世界にいたのを思い出した。もっとよく観察しようと顔を近づけたところで、勢いよくチャチャゼロの首がぐるりと回って目が合う。宛らホラー映画のような出来事にあやかは血の気が引いた。
「ひっ!」
「オウオウ、覗キ見トハイイ趣味シテンジャネェカ」
窓を開けてゆったりとした速度で近づいてくるチャチャゼロにあやかは一歩ずつ後ろに下がる。血の惨劇が巻き起こりそうな展開だが、チャチャゼロの腋に手を入れて祐が持ち上げた。
「こらゼロ姉さん、脅かしたら駄目でしょうが。よく知らなかったら姉さんは怖いんだから」
「ナンダヨ、チョット揶揄ッタダケダロ」
祐の小脇に抱えられると脱力した状態になった。こうして見ると、先程とは違って愛らしいような気もする。
「ごめんねあやか、ゼロ姉さんが驚かせちゃって」
「い、いえ…あの祐さん、そのゼロ姉さんというのは…」
「ん?ああ、もしかしてちゃんと顔合わせるのは初めてか。じゃあ紹介しなきゃね。取り合えず上がって」
現在祐の部屋ではあやかに対してチャチャゼロの紹介が行われていた。祐の隣にあやかが座り、二人の前にチャチャゼロが鎮座している。
「な、なるほど…つまりチャチャゼロさんはエヴァンジェリンさんの昔からの相棒で、茶々丸さんのお姉さまなのですね。あと祐さんにとっても」
「ソウイウコッタ。ヨロシク頼ムゼ、パツキン姉チャン」
「パツキン姉ちゃん…」
「頭のネジは何本かぶっ飛んでるけど、これで意外と優しいところはあるから」
「オメェガ言ウンジャネェヨサイコ野郎」
「誰がサイコ野郎だ!」
二人が話しているのを見ると、確かに気心の知れた関係だと分かる。エヴァと同じように、チャチャゼロとも一緒に暮らした長い付き合いということだろう。
「ところであやかは何してたんだ?」
「…なんのことでしょう」
「それでごまかせると思ってるのか」
当然と言えば当然の質問が祐から飛んでくると、あやかはすっとぼけた。だが逃げるには余りに苦しい。
「ドウセ覗キニデモ来タンダロ、オマエスケベソウダシナ」
「心外ですわ!私はスケベなどではありません!」
「俺はスケベだ」
「聞いてませんわ!」
「アト知ッテル」
そんな話をしていると再びチャイムが鳴る。祐が玄関の方を見つめた。
「やけに今日は来客が多いな。ちょっと行ってくる」
祐が部屋を出ていくとその場にはあやかとチャチャゼロが残る。チャチャゼロに気にした様子はないが、あやかは凄まじく気まずかった。
「ヨォ、パツキン。オマエ祐トハドコマデイッテンダ?」
「その呼び方で固定なのですか…。因みにどこまでとは?」
「ンナモン決マッテンダロ、ズコバコシタノカダヨ」
なんのことを言っているのか分からず首を傾げるが、暫くして一つの予想に行きつくとあやかの顔が一瞬で赤くなった。
「なっ、何を仰るかと思えば!そんなことする筈がないでしょう!」
「ソノ感ジダト本当ミテェダナ。ツマンネェ」
だらけきった様子で横になるチャチャゼロ。ポリポリと腹部を掻く姿は妙にオヤジくさい。
「オメェラガキナンダカラ、ムラムラキタラ取リ合エズヤットケヨ」
「なんと無責任な!そういったことはちゃんと段階を踏んで行うべきですわ!」
「最終的ニヤルンナラ、イツヤタッテ変ワンネェダロ」
「全然違います!」
妙な話題で白熱する二人の元に足音が聞こえてきた。祐が帰ってきたのかと思ったが、足音は複数聞こえる。するとドアが勢いよく開いた。
「あっ!ほんとにいんちょがいる!」
「あ~!いけないんだ!昨日はあんなこと言ってたのに!」
ドアから顔を出したのは裕奈とまき絵だった。少し後ろから祐も来ると、両隣にはアキラと亜子もいる。
「皆さん!?どうしてここに!?」
「街で遊んでたんだけど、近くを通ったからせっかくだし覗いてこうかなって」
「そしたらなんと、いんちょが隠れて逢襍佗君に会いにきてたってわけ」
裕奈の発言にたじろぐあやか。正直言い訳のしようもない状況を目撃された感は否めないが、必死に頭を回転させた。
「お待ちください!私は祐さんと話しておかなければならないことがあって来たのです!そうしたら外ではなんだからと呼ばれ、断るのも申し訳ないと思ったのでお邪魔しました!」
「めっちゃ早口やん…」
「でも隠れて会いにきてたことに変わりはないような…」
アキラの冷静な分析に退路を断たれそうになる。助けを求めて祐を見ると目が合った。
「俺からお願いして来てもらったんだ。気温も下がってきたし、あやかだけ外に居させるのもね」
「ふ~ん。で、肝心のその話ってなに?」
「野暮なこと聞くもんじゃないぞ」
「え~、そんなこと言われたら気になるよ」
「それ以上聞くなら家から投げ飛ばす」
「急に乱暴!?」
話の矛先が祐に向いたことであやかは一息ついた。煙に巻くのが上手い彼のことだ、そのまま別の話題へと舵取りをしてくれることだろう。
「オマエハ変ナトコデクチガ回ルナ」
「へ?今しゃべったのって…」
聞こえた声に違和感を覚えてその元を目で追う。そこには見覚えのある人形が胡坐をかいていた。
「あれ!?もしかしてあの時夢の中にいた人形!?」
「そう言われれば居たような…」
「この子が喋ったん?」
「たぶん」
視線が集まっても然程気にした様子もなく、チャチャゼロは手をひらひらと揺らした。
「オウ小娘共、相変ワラズ能天気ソウナ面ダナ」
「お~、動いてる」
「こりゃまた紹介が必要だな」
裕奈達にも改めてチャチャゼロの説明しなければと思う祐と、完全に話題が変わって安心したあやかだった。
「へ~、茶々丸のお姉さんなんだ」
「ちっちゃいのにね」
「ウルセェヨ絶壁」
「絶壁!?」
酷いあだ名にまき絵がショックを受ける。笑っては失礼なので祐は下を向いた。
「ねぇねぇ、それじゃあ私は?」
「パッパラパーダトナゲェカラ、オマエハ『パー』ダナ」
「パー!?」
裕奈を命名すると、続けて亜子とアキラを指さす。
「オマエハ『幸薄』デオマエハ『能面』」
「さ、幸薄ちゃうもん!」
「能面…」
それぞれがもれなくショックを受けていると、流石に祐も申し訳なくなった。
「ごめんねみんな。ゼロ姉さんってとびきり口が悪いから」
「褒メンナヨ」
「こいつ…」
外見的に似てる部分はあるかもしれないが、その性格は茶々丸とは似ても似つかないものだ。そんなチャチャゼロは持参した次の一升瓶を開ける。
「オイ祐、酒ガ足リネェカラ買ッテコイ」
「俺未成年だから無理だよ」
「商店街ニアルアノ店ナラ売ッテクレンダロ、オ得意様ダカラナ」
その店は個人営業で、チャチャゼロはよくそこから酒を購入している。祐は荷物運びに付き合わされるので店主とも顔見知りだった。
「分かったよ、行けばいいんだろ!この女版チャッキーが!」
「逢襍佗くーん!冷蔵庫になんもないからジュースも買ってきて!」
「お前本当に投げ飛ばすぞ」
仕方なく祐が立ち上がると、勝手に冷蔵庫を覗いていた裕奈が注文を増やした。するとアキラが隣にやってくる。
「そっちは私が行くよ。おじゃましたお礼に、逢襍佗君も欲しいものあったら言って?」
「大河内さん、貴女は素敵だ。間違いなくこの中で一番素敵な女性だ」
「あ、ありがとう…」
尊敬の眼差しを向けられてアキラは困惑する。そんな二人に買い物に行くならと亜子もついていこうとした。
「ほんならウチも」
「待テ幸薄、ソノ二人以外ハオレニ付キ合エ」
「幸薄はやめてくれへんかな!」
チャチャゼロの中ではそれぞれの呼び名が定着したようだ。見たところあやか達のことをそれなりに気に入ったようなので、苦笑いを浮かべながら祐はアキラと一緒に買い物へ出かけた。
「ごめんね逢襍佗君、いきなり押しかけて」
「いいえ、特に何をしてたわけじゃないし。まぁ、来てもらったとこでなんにもない家だけどね」
買い物を終えた二人は祐の家へと戻る途中である。チャチャゼロが贔屓にしている店には酒以外もあり、価格も安めなことから個人的に行くのもありかもしれないとアキラは思った。
「逢襍佗君ってそんなに物とか置かないタイプ?」
「そうしようと思ってるわけじゃないけど、あまりあれこれ欲しいってのはない気はするかな。男の一人暮らしってそんなもんだと思うよ」
祐の部屋は片付いており、置いてある物も必要最低限のように見えた。本人の話からも、物欲があまりない性格なのだろうか。
「一人暮らしか。実際どう、結構大変?」
「う〜ん…俺は最低限のことしかしてないからそれほどって感じ。ただ最初らへんは少し寂しい気はしたね、でも住めば都ってやつだよ。人間、大抵のことには慣れていくものだから」
「なるほど」
話を聞いてアキラは小さく頷いた。特にこれから一人暮らしの予定があるわけではないが、身近にいる人物で一人暮らしの経験があるのは祐くらいなので聞いてみたくなったのだ。そこでアキラがはっとした顔をすると、ぎこちない笑顔になった。はっきり言って恐ろしい。
「え…ど、どうしたの?」
「あ、その…無表情だったかなって…」
(き、気にしとる…)
チャチャゼロから与えられた能面というあだ名が意外と刺さっている様子である。祐は軽くフォローすることにした。
「気にすることないって。大河内さんはそれでいいと思うよ?現に友達だって多いし、みんなに好かれてるじゃないの」
「…そうかな?」
「うん。それにそういう人がたまに笑ったりすると、それだけで魅力的に映るもんさ。自分の武器として、最大限活用しちゃいなよ」
明るく話す祐に、無意識にアキラも釣られて笑った。祐が言った通り、その笑顔は非常に魅力的である。
「ほら、今みたいに大河内さんはちゃんと笑えるんだからそのままでオッケーです。ただし勘違い男子が増えるぞ!気をつけろ!」
「それなんの話…?」
「さては貴様…無自覚男殺しだな!恐ろしい子だよ!」
「だからなんの話⁉︎」
それからも二人は会話を続けながら祐の家へと向かった。距離も大したことはないのですぐに着くが、家の少し前で祐が訝しげな顔をして立ち止まる。
「どうかした?」
「なんというか…部屋の中から嫌な予感がする…」
「嫌な予感って…」
困惑するアキラだが、祐はすぐにその予感に当たりをつけた。もしこの予想通りなら急がねば、今より更に悲惨な状況になるやもしれない。
「まさか…いかん!ゼロ姉さんならやりかねない!」
「逢襍佗君⁉︎」
両手に荷物を持ちながら走って玄関へと向かう祐に少し出遅れたがアキラもついていく。器用に鍵を取り出すと扉を開けて部屋へと進み、中へと突入した。
「あは〜ん」
「いいぞまき絵!エッチだ~!」
部屋の中ではまき絵がテーブルの上でその柔軟性を活かしたセクシーポーズをとっていた。下着姿で。裕奈は声援を送っており、あやかと亜子は床に寝転んでいる。もれなく全員顔が赤い。
「なにやってるの⁉︎」
「やはり遅かったか…」
予想が当たっていた祐は、この現状を作り出した犯人であろうチャチャゼロを見た。本人は呑気にまき絵を鑑賞している。
「ちょっとゼロ姉さん!飲ませたでしょ!」
「コイツラガ勝手ニ飲ミ始メタンダヨ」
「いや止めてよ」
「若イ内カラ慣レテオクノハ良イコトダロ。飲マナキャ強クナレネェゾ」
「その理論は今の時代じゃ通用しないの!」
話している途中であやかと亜子を見る。間違いなく彼女達も飲んでこの状態なのだろうが、二人が進んで飲む姿を想像できない。
「寝てる二人は自分からとは思えないけど…」
「ソコノ二人ハ絶壁トパーガ飲マセテタ」
「だから止めてよ!」
「若イ内カラ慣レテオクノハ」
「もういいわ!」
「ま、まき絵!せめて服着て!逢襍佗君もいるから!」
アキラが焦った様子でまき絵の脱いだ服を着せようとする。まき絵は焦点がいまいち定まっていない目を向けた。
「あれ?アキラだ。も~、ステージ上がっちゃだめだよぉ」
「ステージってなに!?」
「そうだ!上がったんならアキラも脱がなきゃだめだぞ~!」
「裕奈は静かにしててほしいな…」
「なんだと!お客さんに向かってそんな口きいていいのか!」
「アキラも一緒にやろ~よ」
「あっ!ちょっと二人とも!」
裕奈とまき絵がアキラを脱がしにかかった。非常に危険な状態である。抵抗しながら祐に視線を送ると、胡坐をかいて腕を組んだ姿勢でこちらを静観していた。
「あれ!?逢襍佗君!助けてほしいんだけど!」
「いや大河内さん、なんかここはそのまま流れに身を任せた方がいいと俺の勘が言ってる気がしたようなしないような」
「それ嘘だよね!」
「…だめか」
初めから望み薄だったが、アキラのストリップショーは拝見できなさそうだ。立ち上がって二人を止めに入ろうしたところで腕を誰かに掴まれる。
「ん?あっ、起きた」
掴んだ人物はあやかで、俯いたままふらふらと立ち上がる。
「祐さん…貴方という人は…」
「え?」
「そんなに女性の裸体が見たいのですか!」
「うん。じゃなかった…いきなりどうしたあやか!」
「本音ガ漏レテンジャネェカ」
人よりそちらへの関心が強いのは自負しているので、祐は反論しなかった。しかし取り敢えずアキラを救出せねばとあやかに声を掛ける。
「あやか。大河内さんが現在進行形でピンチだから助けてあげないと」
「そんなに見たいのならば…私が犠牲になります!」
「本当にどうした!?」
手を離したかと思えば、服を脱ぎだすあやか。何故A組の生徒達は酔うと脱ぐのか、非常に興味深い話であるがそんなことを考えている場合ではない。
「よせあやか!進んで見せてくれるのはありがたいが、後で素面に戻った時が怖い!」
「私では不満だと言うのですか!」
「そうは言ってないだろ!」
「ケケケ、大忙シダナ」
「笑ってんじゃねぇよ!」
見せてくれるのなら是非お願いしますと言いたいが、後のことを考えてあやかの腕を掴んで止める。アキラの方を見れば、そちらはそちらで追い詰められていた。
「「いい女〜いい女〜、服を脱いだらいい女〜」」
「なんなのその歌⁉︎あ、逢襍佗君!」
こちらに手を伸ばして助けを求めるアキラ。彼女の為にも、まず目の前のあやかをなんとかしなければならない。
「ちょっと待ってて大河内さん!あやか!少しいい子にしてよう!な!」
「私は常にいい子です!だから祐さんのこともいつだって心配しているというのに、貴方は毎回無茶ばかりして!今回だってそうです!私だって麻帆良祭を案内して差し上げようと思っていましたのに!」
「それは本当にすまん!その話は後でしっかり聞くから!」
「イヤです!今聞いてください!最近祐さんは私以外の人にばかり構っています!」
「そんなことはないんじゃないかな…」
「オラ祐、手ッ取リ早クキスシテ黙ラセチマエ」
「やかましいわ!」
これでは流石に埒があかない。多少強引にでも締めなければこの場は収まらないだろう。あまり気は進まないが、背に腹は変えられない。祐は右手を高く上げた。
「はーい!みんな注目!」
大きな声に全員が祐を見た。それを確認して強く手を合わせて音を鳴らす。騒がしかった室内に、祐の発した音が響いた。
「…あれ、私」
ゆっくりと目を開いたアキラは、自分が横になっていたことに気付いて上体を起こす。周りには眠っている裕奈達がいた。
「たく…この子達に酒飲ませるのは金輪際禁止だからね。勝手に飲もうとしても止めること、いい?」
「シャアネェナ〜」
「なんでそっちが妥協してやってるみたいになってんだよ!」
声のした方にはチャチャゼロと話している祐の背中が見えた。目を擦って起き上がる。
「あの…逢襍佗君、私達寝てたの?」
「ああ、大河内さん起きたんだね。みんな騒ぎ疲れて寝ちゃったよ。大河内さんも一緒に寝るとは思ってなかったけど、意外と疲れてたのかもね」
「う〜ん、そんな気はしなかったけど…」
先程危うく裕奈とまき絵に服を脱がされそうになっていたことは覚えているが、どういった経由で全員が眠ってしまったのかは思い出せない。
「んで起きたところ悪いんだけどさ、佐々木さんの服着させてあげてくれない?一応毛布は掛けてあるけど」
確かに寝ているまき絵は毛布にくるまっている。しかし彼女の服は床に置かれたままだ。
「俺は一旦部屋の外にいるから、よろしくね」
「わかった、ちょっと待ってて」
頷いた後に部屋から出ていく祐。あまり待たせても悪いので早速取り掛かる。チャチャゼロはそんなアキラを見ていた。
「ナァ能面、寝タ時ノコトハ覚エテルカ?」
「え?…ううん、あんまり」
「ケケケ、ソウカイ」
「何かあったの?」
「サァナ、飲ンデタカラ知ラネェ」
それから裕奈達の目が覚めると時刻は夕方に向かおうとしていた。暫く部屋でだらだらと過ごし、今は女子寮へと帰宅するのを祐が送っている。
「うへ〜、まだちょっとクラクラすらする…」
こめかみを摩りながら呟く裕奈はまだ完全にアルコールが抜けきっていない様子で、それはチャチャゼロの酒を飲んだ全員に当てはまっていた。その手には祐からもらったスポーツドリンクが握られている。
「ていうか私達飲んだ後何してたんだっけ?」
「ウチは寝てたから分からん…」
どうやらまき絵達は酒を飲んでから起きるまでの間、自分達が何をしていたのか覚えていないようだった。祐としてはありがたい話である。
「暫くはしゃいでそのまま力尽きたって感じだったよ」
「そっか~。言われてみるとなんかそんな気がする」
祐の言ったことにまき絵は疑いを持った様子はない。その方がお互いの為だろうと真実を知っているアキラは何も言わなかった。
「まったく、ひどい目に遭いましたわ…」
「でも初めての経験ができて良かったよね!」
「良くありません!未成年の飲酒は法律で禁止されてますのよ!」
「黙っとけばバレないって」
「そういう問題では!いたた…」
話している途中で頭痛がしたあやかは額に手を添えた。そんなあやかの背中を祐が摩る。
「今は安静にな。みんな帰った後もしっかり水分取って、ごはん食べるんだよ」
『はーい』
(返事だけはいいな…)
そうしていると女子寮が近づいてきた。建物を確認すると、祐が立ち止まる。
「さて、じゃあ俺はこの辺で。一応階段とか気を付けてね」
「うん、今日はありがと~」
「また行くね!」
「全然反省しとらんやん…ごめんな逢襍佗君」
「お騒がせしました。またね」
それぞれが手を振って寮へと戻っていく。しかしあやかは一人その場に残った。
「あやか?」
「あの…祐さん。私何か変なことを言ったりしてませんでしたか?」
酔ったのとは違う理由で頬を赤く染めて聞いてくる。変なことは言ったというかしたのだが、知らない方が幸せなこともあるだろう。
「いいや、そんな気にするようなことはなかったよ。いつもよりテンションは高めだったけどな」
「そ、そうですか」
まだ何か気になることでもあるのか、指先を合わせて時折視線を向けてきては逸らす。その姿を見て、ふとあやかが酔っている時に言っていたことを思い出した。これが果たして正解かは分からないが、取り合えず思ったことを口にする。
「まぁ、その…なんだ。もし嫌じゃなかったらさ、またおいでよ」
行ったり来たりしていたあやかの視線が祐に固定される。その目から話の続きを待っていると感じた。
「特に何があるってわけじゃないけど、たまにはゆっくり話すのも悪くないでしょ」
「……か、考えておきます。それでは」
挨拶もそこそこに、あやかは足早に女子寮へと向かっていった。怒った様子でもなかったので、いまいち自信は持てなくとも先の発言は間違ったものではなかったと思っていいのだろうか。
一息ついてから祐も家に戻ることにする。まだ我が家にはチャチャゼロが居るのだ。家の中で一人何をしているか不安なので、少し急ぎで帰宅をした。
「オウ、帰ッテキタカ。ソンジャ今日ハ朝マデイクゾ」
「俺明日学校なんだけど」
「オマエドウセ寝ネェカラ関係ナイダロ」
「あんたって人は…!あまり俺を舐めるなよ!このままだとゼロ姉さんへキスの嵐が吹くぞ!」
「ハッ、虚仮威シダロ?」
「馬鹿にしやがって!俺はやると言ったらやるぞ!」
余裕を崩さないチャチャゼロを祐が持ち上げる。その後本当に嵐が吹いたのかは定かではないが、朝までチャチャゼロが家にいたのは確かだった。
一番好きな章は?
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序章・始まりの光
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幽霊と妖怪と幼馴染と
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たとえ世界が変わっても
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消された一日
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悪魔よふたたび
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眠りの街
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旧友からの言葉
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漢の喧嘩
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生まれた繋がり