麻帆良祭の振替休日も終わり、学園全体が日常に戻った。一大イベントが終わってしまった寂しさを感じつつ、学生達は学園へと登校する。いつも通りの行動が、より祭りが終わったことを実感させてくるような気がした。
「いや〜なんというか…終わったなぁ」
「僕も燃え尽きた感じがする」
教室内にて正吉と純一は窓から見える光景に切なさのようなものを感じながら呟いた。休み明けなのもあってか、その表情は覇気がない。集まりはじめたクラスメイト達も、大なり小なり気怠げな状態だった。そんな中で普段と変わらない様子で薫が教室に入ってくる。周りと挨拶を交わしながら席に鞄を置く姿を二人は横目で見た。
「薫は相変わらずだな〜」
「まぁ、棚町はノスタルジーとは遠い存在ではあるからな」
「朝っぱらから失礼なこと言わないでくれる?」
話が聞こえていたのか、鞄から荷物を取り出しつつジト目を向けた。純一と正吉は見られていることを分かった上で、目を合わないようにしている。
「気にしないでよ薫、いつも変わらないのは良いことだから」
「そうだな、安定感がある」
「せめてこっち向いて言え」
遠くに視線を飛ばしながら黄昏れる二人に薫はため息をついた。
「ったく、麻帆良祭が終わったからって気が抜けすぎでしょ。シャキッとしなさいって」
「「へ〜い」」
「こいつら…」
だらけきった姿を見せる純一と正吉。今日一日はこんな感じかと薫が思っていると春香が教室にやってきた。
「薫ちゃんおっはよー!」
「おはよう春香!よかった、あんたは普段通りね」
変わらぬ元気さで安心する薫に春香は首を傾げた。
「普段通り?どうかしたの?」
「麻帆良祭が終わった影響で、学園全体がなんかだらけてんのよ」
「なるほど、言われてみれば確かにそうかも」
「まったくだらしないったらないわ」
「あはは…だけど私も麻帆良祭が終わって少し寂しい気はするかな」
会話するのと同時に薫はクラスの男子達に目を向ける。この後彼らがどんな反応をするのか、大方の予想を立てつつ春香に聞いた。
「でも春香だってだらけてる奴より、キリッとしてる奴の方がいいでしょ?」
「え?う〜ん…まぁ、元気な方がいいのは間違いないかもね」
「梅原、今日も一日張り切っていこうな!」
「そうだな大将!休み明けこそ明るくいくぜ!」
「あー、なんか今日はやる気が溢れてくるわ。麻帆良祭後なのに」
「俺もだよ。俺に関してはいつも元気だけど、俺はいつも元気だけど!」
純一達を始め、クラスの男子達が急に活発になった。曲がっていた背筋は伸び、やる気に満ち溢れている。教室の端ではシャドーボクシングを始める者もいた。どうしてシャドーボクシングをしたのかは謎である。
「うちのクラスはいつも元気だね!」
「…しょうもな」
まさしく予想通りなクラスメイトに薫は呆れを通り越してさえいた。そこで普段なら最も目立つと言っても過言ではないほど元気のある祐が教室にいないことに気がつく。
「あれ?そこのバカ二人、祐はまだ来てないの?」
「ひでぇ呼び方」
「もう少しまともな呼び方あるだろ…」
「ほんとのことでしょうが」
「その呼び方は大変遺憾ではあるが一旦置いておいて、祐ならまだ見てないな」
「荷物もないみたいだし、まだ来てないんじゃないか」
普段であれば既に教室にいる時間だが、珍しいこともあるものだと思った。一昨日連絡は取り合ったが、直接見たのは麻帆良祭初日が最後だ。来れなかった理由が理由なので少しだけ心配にはなる。
「逢襍佗君、今日は来れるのかな?」
「もう落ち着いたって言ってたし、来るとは思うけど」
どうやら春香も同じことを考えていたようだ。その表情からは心配が見て取れる。
「騒がしい奴だけど、居ないなら居ないで寂しい気もしないでもないわ」
「な、なんか遠回しな言い方だね…」
「ありがとう薫、俺も会えなくて寂しかったよ」
後ろから聞こえた声に驚きながら振り向くと、いつの間にか祐が真後ろに立っていた。人混みに紛れるような見た目はしていないにも関わらず、どうやればここまで気配を消せるものなのだろうか。
「うわっ!急に後ろから声掛けないでよ!」
「そんなこと言って、俺に会いたかったんだろ?さぁ、抱きしめてあげよう」
「そこまで言ってないわよ!あとにじり寄ってくるな!」
離れていく薫と後を追う祐。一定の距離感を保ったまま二人の追いかけっこが始まった。
「寂しいと言ったのはお前だろ!どうして逃げるんだ!」
「抱きつこうとしてるからに決まってんでしょ!」
「逃がさんぞ!絶対に抱きつかせてもらう!」
「私はそんなに安い女じゃないわよ!」
「い、行っちゃった…」
勢いをそのままに教室から出ていく祐と薫。困惑して二人を見送る春香達だが、祐がいつも通りの様子なことに少し安心してもいた。
「てなわけで廊下は走るんじゃないぞ。いいな棚町?」
「はい、以後気をつけます…」
教室を出てから廊下を走り回っていた薫と祐は、歩いていた愛穂に見つかりお叱りを受けた。祐は愛穂に一撃もらったので、首根っこを掴まれた状態で沈んでいる。
「私は教員室に戻るから、こいつのこと頼んだじゃんよ」
「あ、はい」
祐を突き出してその場を去る愛穂。薫はしゃがみ込むと未だうつ伏せに倒れている祐をつついた。
「ほら祐、そろそろ起きなさいよ」
「朝っぱらから重いの食らった…あの大胸筋にはパワーも詰まってるのか?」
「あんたもう一回食らってくる?」
くだらないことを言う祐を再度愛穂の元に連れていこうかと悩む。いつの間にか祐は立ち上がっていた。
「あれを食らうのは多くても一日一回で充分だ。教室に戻ろう」
歩き出した祐だが薫は立ち止まって何かを考え始めた。少し進んだところでそれに気が付いた祐も足を止める。
「どうした?」
「う~ん…適任じゃないかもしれないけど、祐の方が女の子と関わってること多そうだし…」
「お~い薫」
「よし決めた。祐、今日の休み時間ちょっと付き合って」
「なんだそりゃ…いいけどなんの用事なんだ?」
「簡単に言うと、恋愛相談ってやつ」
「……薫が恋愛相談だって?」
「なんかムカつくわねその言い方」
睨みを利かせると祐は瞬時に両手を上げた。今回は見逃してやろうと決めて、先程のことを詳しく説明する。
「言っとくけど相談相手は私じゃないからね」
「はい?」
「薫~、いきなりどうしたの?」
それから数時間後の校舎裏。そこには薫と彼女に呼び出された『田中恵子』がいた。例の件で話があると教室から連れ出された恵子は不安そうに薫に聞く。
「あの事だけどさ、私達女子だけの意見じゃなくて男子の意見も聞いた方がいいんじゃないかなって思ったのよ」
「男子の意見って…じゃあこれから誰かくるってこと?」
「その通り。恵子もよく知ってる奴よ」
首を傾げる恵子だったが、その人物と思われる相手がこちらに向かってきているのが見えた。薫が手を振って呼び掛ける。
「あっ、きたきた!おーい祐!こっちこっち!」
呼ばれると祐は小走りで二人の元へやってくる。近くに来るとやっぱり大きいなと恵子は思った。
「よく分かんないけど言われた通り来てやったぞ。ん?あれ、田中さんじゃん」
「ど、どうも逢襍佗君」
祐が薫の隣にいる恵子を見る。同じクラスでもあり薫を介して何度も話したことはあるが、恵子としては改めて面と向かって話すとなると緊張してしまう。
「ここに田中さんがいるってことは…」
「そそそ、悩みを抱えてるのは恵子よ」
どこか納得した様子の祐は腕を組んで恵子を見た。見られた恵子の視線が思わず四方八方に飛んでしまうのは、彼女が恥ずかしがり屋だからに他ならない。
「それで、さっそくなんだけどその悩みってのが」
それから話を薫と恵子から聞く祐。要約すると話はこうだ。
恵子は少し前に別のクラスの男子に告白をした。しかしその男子はすぐには答えられないと言い、恵子は答えを待つことにするがそれから暫く経っても返事は返ってこない。流石にいくらなんでも時間が掛かり過ぎだと相談していた薫に言われ、再度麻帆良祭中に答えを聞いた。すると返ってきたのが
「取り合えずキスさせろよ!信じられる!?」
「信じられません!今から血祭りにあげてきます!」
「あ、逢襍佗君!待って待って!」
走り出そうとした祐の腕を急いで掴んで止める恵子。たぶんだが今までの人生で一番と言えるくらい素早い動きだった。
「離してくれ田中さん!俺は…俺はこんな純朴そうな子にそんなことをほざく奴が許せねぇ!そもそも告白されてる時点で許せねぇ!」
「本音が漏れてるわよ」
「醜い男の嫉妬だと言えばいいさ!それでその男を葬れるのなら望むところだ!」
「逢襍佗君落ち着いて~!」
「あんた相手が誰かも分かんないでしょうが…」
それから恵子による必死の説得のおかげで落ち着きを取り戻した祐。相談というのがこれからどうするべきかというものだったのだが、祐の答えは話を聞いた瞬間に決まっていた。
「そんなもんとっとと愛想を尽かせて、別の人にした方がいいよ」
「は、はっきり言うね…」
「まぁ、私も概ね同意するわ」
「薫まで…」
難しい顔をする恵子を見て祐は居たたまれない気持ちになる。誰かを好きになるのは素敵なことであるし、赤の他人である自分がどうこう言うのは差し出がましいとは思う。それでも彼女のことを考えれば自分の考えをはっきりと言うべきだ。
「田中さん、俺は恋愛のことを指南できるような人間じゃないけどこれだけは言える。絶対に田中さんにはもっといい人がいるよ」
「そんな、私になんて…」
「田中さんは薫の親友でしょ?それは薫がそれだけ田中さんを信頼してるってことになる」
「え?」
いきなり別の話題に移ったような気がするが、祐は屈んで恵子と目線を合わせた。
「田中さんもよく知ってると思うけど、薫はいい子だよ。手が早いし言葉遣いは乱暴だし、性格も傍若無人だけどいいところも沢山ある」
「ねぇ、私これ怒ればいいの?」
薫が笑顔でこめかみをひくつかせている。祐はなるべく彼女を視界に入れないようにした。
「そんな薫が信頼してるんだから、田中さんもきっと素敵な人だ。だったらこんな地雷だってことが分かってる奴のとこになんか行かない方がいい。こいつがどんだけ顔がいいのかは知らんけど、絶対碌なことになんないと俺は思う」
「逢襍佗君…」
「まぁ、これは所詮俺の一意見だけど…少しは判断材料に入れてくれると嬉しいかな」
「…うん、分かった。ありがとう逢襍佗君」
「とんでもない。寧ろごめんね?好き放題言っちゃってさ」
「ううん、気にしないで。凄く参考になったから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
優しく笑って立ち上がる祐。恵子がどんな選択を取るのか結局は本人次第だが、できれば傷つくことがないようにと願った。どこまで立ち入っていいものか、これは相変わらず難しい問題だ。
「ところでそいつってどんな奴なの?写真とかある?」
「あるわよ」
「あんのかい」
自分で言っておいてなんだが、まさかあるとは思わなかった。薫は恵子に近づいてスマホを取り出させた。どうやら写真は恵子のスマホにあるようだ。
「えっと、この右にいる人」
映し出された写真は一人というわけではなく、大勢を撮ったものだった。なんの為に撮った写真なのか少し気になったがそれは置いておこう。相手の顔を見て祐は眉間に皺を寄せる。
「何か気になることでもあった?」
「いや…こいつ、どっかで見た事があるような…」
「同学年だし、見たことあっても不思議じゃないでしょ」
「それはそうなんだけど…」
暫く写真を見つめていると、ある記憶が蘇ってきた。直接会ったことはないが、一時期話題になっていた人物である。
「あっ!思い出した!こいつ柿崎さんの元カレだ!」
「「カキザキさん?」」
「どうこのスニーカー?結構可愛いと思うんだけど」
「ちょっと色強すぎじゃない?」
「そこはほら、コーデ次第でしょ」
同じく休み時間にファッション雑誌を見ながら円と美砂が話している。今をときめく女子高生として、おしゃれに気を遣うお年頃なのだ。ただしこのクラスに関してはそちら方面には無頓着な生徒も多い。近くにいたことで話に付き合わされている明日菜もその内の一人だ。
「二人ともちょっと前にも新しい服買ったとか言ってなかったっけ?」
「それは秋服の話でしょ」
「そろそろ寒くなってくるし、本格的に冬用の服も考えとかないとね」
「なんか違うの?」
疑問を浮かべる明日菜に、美砂と円は信じられないといった表情で見てくる。
「な、なによ…」
「はぁ…大体予想はしてたけど、ここまで予想通りとは」
「明日菜、あんただって女子高生なんだし少しくらい興味とかないの?」
「そんなこと言ったって…私そういうのよく分かんないし」
「そんなの最初は誰だってそうよ!知ろうとしてないだけでしょうが!」
「なんでそんなに熱くなってんのよ!?」
急にヒートアップした美砂が明日菜の両肩を掴む。明日菜は美砂の琴線がどこにあるのかまるで分らなかった。
「私は悲しいわよ!あんたがこんなに自分のことに無頓着だなんて!」
「無頓着じゃないと思うんだけど…」
「じゃあ今履いてる下着はいつ買ったやつ?」
横から飛んできた円からの質問に明日菜は口を閉ざす。この流れで本当のことを言ったら駄目だとは思うが、その場で咄嗟に嘘をつけないのが神楽坂明日菜という少女だった。
「さ…三年前…」
「このおばか!」
「別にいいでしょ!」
「本当にあんたって子は!まさかクマパンじゃないでしょうね!?」
「それはもう履いてない!」
このネタはいつまで擦り続けられるのだろうか、恐らくまだ数年は続くだろうとの予感が明日菜にはしていた。しかしそんなにも服に関心などあるものなのだろうか、明日菜は周りにも自分と同じ考えの者がいるだろうと周囲を見回した。
「あっ、刹那さん!刹那さんって服とかに興味ある?」
「えっ!?あの、えっと…私はそういうことには…」
「じゃあハカセは!」
「基本的に古くなったら同じ物を買い直してますが」
「ほら見なさいよ!」
「ほら見なさいよじゃないわ!聞いてる連中がダメな奴らじゃないの!」
「明日菜狙って聞いたでしょ!」
「だ、だめな奴ら…」
確かに比較的興味が無さそうだと思われる人物を選んだのは間違いない。流れ弾を食らい、刹那はダメージを受けた。不憫である。
「待って!他にも…他にもいる筈よ!えっと…パル!パルはどう!?」
「その流れで私を指名するとか馬鹿にすんじゃないぞ」
次の標的にされたハルナは心底不服だと席から立ち上がった。遠回しに刹那と聡美をディスっている。
「これでも私は身だしなみには気を使ってるのよ!明日菜みたいなメスゴリラとは違うんだから!」
「誰がメスゴリラよ!」
ハルナは腰に手を当てて胸を張った。如何にも自信満々といった姿だ。
「最近新しい服だって買ったし、下着も新調したわ!どう!」
「ぐぐぐ…パルのくせに…」
「お前も大概失礼だな」
「ハルナは身だしなみ以前にもっと別のことを気にしてほしいです」
「うるせぇ!」
話を聞いていた夕映から横槍が飛んでくる。しかしそこにも気を使っていると言えないのがハルナの悲しいところだった。
「あ~そうよね!なんせ夕映の下着はドギツイもんばっかりだもんね!」
「な!何を言うですか!」
「確かに夕映って下着は結構アダルトよね、顔に似合わず」
「顔に似合わずは余計です!」
「そしてのどかは白無地パンツしか持ってないぞー!」
「やめて~!」
謎の暴露を大声で叫ぶハルナ。新たな流れ弾が飛んできたのどかが急いでハルナの口を手で塞ぐ。良くない流れができ始めていた。
「二人は光るパジャマ着てんでしょ?」
「着るか!」
「そもそも光るパジャマってなんですか!」
美空は風香と史伽を茶化して思った通りの返事がきたことに笑顔である。周囲の話題にあやかはため息をついた。
「まったく品がないですわ…」
「そういえばあやか、最近きつくなってきたって言ってたでしょ?今週のお休みに一緒に買いに行きましょうか」
「その話はここでしないでください!」
「……」
千鶴とあやかの話を聞いていた夏美が無言で自分の胸に触れていると、廊下から誰かが走っているような音が聞こえてきた。気になってドアを開けようかと思った瞬間、謎の物体が教室に飛び込んできた。祐である。
「オラァ!」
「ひゃあ!!」
突入してきた祐は教壇へと突撃して、勢いそのままに担任用の机にまで飛んでいった。
「な、なんですかいったい!?」
クラス中の視線がそちらに向く。倒れた机と教壇から這い出てきた祐は、丁寧に机などを元の位置に戻して誰かを探し始めた。
「柿崎さん!悪いけど一緒に来てくれ!」
「えっ、私?」
自分が呼ばれると思っていなかった美砂は驚いた顔をする。その間に祐は近づいてきており、小声で話し掛けた。
「新たな少女があの男の毒牙に掛かりそうなんだ。どうか力を貸してほしい」
たったそれだけの説明だったが、その一言に美砂の眉がピクリと動く。
「案内して」
「ぜっ……たいにやめときなさい!」
恐ろしい剣幕で恵子に顔を突き合わせる美砂。恵子は涙目である。
「いい!?あいつは女の敵なの!この私と付き合っておきながら隠れて別の子に手を出した不届き者なんだから!」
「は、はい…」
力説を続ける美砂を見ながら祐はやりきった表情を浮かべていた。対して薫は困惑気味である。
「ねぇ祐、この人ってA組の人よね?もしかしてこの子…」
「そう、何を隠そう彼女こそ柿崎美砂さん。あの男の元カノにして浮気された御方だ」
その説明を聞いて色々と納得した。それならばあの怒り具合も分からないでもない。ただ少し熱くなり過ぎな気もするが。
「いつまでも過ぎたことを言ってもしょうがないわ…だけどあいつ全然懲りてないじゃないのよ!まだ殴られ足りないっての!?ならお望み通りにしてやるわよ!」
「あ、これはいかん…柿崎さん!落ち着いてくれ!」
走り出した美砂を今度は祐が止めにかかった。腕を掴んでも止まりそうになかったので、申し訳ないが後ろから羽交い絞めにさせてもらう。
「離して逢襍佗君!あいつにはお灸を据えてやらないといけないのよ!」
「気持ちは分かるがダメだ柿崎さん!今やったらただの傷害事件だ!」
「あんたもさっきやろうとしてたけどね」
「なにがキスさせろよ!地面とキスさせてやるわ!」
「なんてパワーだ…!二人も手伝ってくれ!」
「う、うん!」
助けを求められた恵子は素直に美砂を抱きしめて加勢した。薫は冷めた目でそれを見ている。
「…なにこれ」
「はぁ…私としたことが思わず自分を見失うところだった」
(充分見失ってたが言うべきではないな)
あの後落ち着きを取り戻した美砂は薫と恵子に謝罪し、改めて例の男子はやめておけと伝えた上で教室に戻っているところだ。彼女を呼んだ祐は薫達と別れて一応教室まで送ることにした。
「ありがとう柿崎さん、これでたぶん田中さんも踏ん切りついたと思う」
「それは気にしないで。あいつに泣かされる子が増えなかったんならよかったわ」
祐は美砂の横顔を確認する。少し考えてから口を開いた。
「それでも助かったよ。今度なにか奢るね」
その言葉に風を切る速さで顔をこちらに向ける美砂。首が心配になる。
「ほんと?」
「う、うん。あ、でも高過ぎるのは勘弁してね」
「そんなむしり取ろうなんて思ってないわよ、既に逢襍佗君には充分温めてもらったからね」
それは出張メイド喫茶でのスペシャルタイムのことだろう。その件に関しては祐自身も大いに楽しめたのでいくら使ったのかは考えないようにしている。真実を知るのが怖いからでは決してない。
「それじゃ今日のお昼奢ってもらおうかな!昼休みは迎えに行くからよろしく~!」
「了解、それくらいなら喜んで」
「決まり!それじゃまた昼休みにね!」
教室が近づいたことで美砂は手を振りながら戻っていく。祐も手を振り返し、姿が見えなくなってから自分の教室に入った。
「あっ、帰ってきた」
「ただいま~」
教室に入った美砂は自分の席に着くと円から質問がくる。
「結局なんだったの?」
「ん~?まぁ、恋愛相談みたいな感じ」
『恋愛相談!?』
全員の声が一致すると、一気に詰め寄られる。その激しい勢いに美砂は身を引いた。
「ちょっとなに!?」
「そりゃこっちの台詞よ!」
「恋愛相談ってなに!?逢襍佗君好きな人いるの!?」
「へ?…ああ、違う違う。別の子の恋愛相談に呼ばれたのよ、逢襍佗君本人じゃなくて」
何故そうまで驚いていたのか理由が分かった美砂は重要な部分を説明する。すると周囲は力を抜いた。
「な~んだ、そういうことか」
「てっきり逢襍佗君が美砂に恋愛相談したのかと思ったよ」
「もう、お騒がせだなぁ」
「でもなんで美砂に?」
裕奈が言ったことにクラスメイトも疑問を浮かべる。それに答えたのは他でもない美砂だった。
「そんなの、A組きっての恋愛マスターである私に白羽の矢が立つのは当然でしょ」
「あはははは!」
「おいなに笑ってんだ美空」
「え?今のって冗談でしょ?」
「違うわよ」
「いや、ちょっとその冗談は笑えないよ…」
「表出ろ」
笑っているクラスメイト達の後ろで幼馴染組はほっと胸を撫で下ろしていた。あの祐に限ってそんな話は考えられないが、それでも驚いたことは間違いない。
「ほんとにびっくりした…心臓に悪いわよ…」
「まったくです、気絶するかと思いましたわ…」
「祐君のことやから違うとは思っとったけど、もしもってこともあるかもしれんしな」
因みに刹那も内心大いに驚いていたが、真名からの視線を感じて目を閉じた状態で自分の席に座っていた。日頃行っている精神統一の賜物である。そんな中、明日菜達三人を見ていた千雨はふと疑問を口にする。
「なぁ、他の連中もだけどさ…仮に逢襍佗が恋愛相談したとして、なんか問題あるのか?」
千雨に顔を向けた三人はキョトンとした顔をしている。その状態のまま固まっているので千雨の方が気まずくなった。
「…なんか言えよ」
「えっと…うん、そうよね!別になんにも問題なんてないわよね!」
「そ、そうですね!本当にお相手がいるのならば、些かその方の苦労を考えると心配ではありますが…私達が関わる話ではありませんものね!」
急にテンション高めに笑い出した明日菜とあやかに当惑する千雨。よく分からないまま背を向けて二人はどこかに向かおうとした。
「なに考えてたんでしょうね私達!あはは!」
「私としたことがお恥ずかしい!きっと明日菜さんのアレさ加減に釣られてしまったのですね!」
「…あれって何よ?」
「…お分かりになりませんか?」
一転して険悪な雰囲気に包まれる二人。それはいつものことなので問題ないが、先程のはいったいなんだったのだろうか。
「なんなんだあいつら…ん?」
今は押し合いを始めている明日菜とあやかから視線を移すと、木乃香は一人考え事をしているようだった。一瞬迷ったが声を掛けることにする。
「近衛、どうかしたのか?」
「えっとな、ウチもよう分らんのやけど…なんでウチ、祐君が恋愛相談したって聞いた時ドキッとしたんやろって」
困ったような顔をする木乃香に千雨も同様の顔になった。
「なんでって、そりゃ……なんでだ?」
最終的には二人共首を傾げて考える。だがそうしていても一向に答えが出ない木乃香と千雨だった。
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