ザスティンは信じられないものを見たような表情だ。だがあの最後から情報が止まっているなら当然の反応と言える。
「まさか…」
言葉を紡ごうとしたところで祐の後ろにいるリトに目を向ける。祐に視線を戻すと祐は無言で頷いた。ザスティンは深く息を吐いて持っていた剣をしまう。
「ザスティン隊長、あの地球人は」
「心配ない、私の知り合いだ」
武装を解いたザスティンを確認し、祐は振り返ってリトに手を伸ばした。我に返ったリトはその手を掴む。
「悪い、遅れた。こんなことなら直接飛んでくるんだったよ」
「充分速いって。それに、住宅街に飛んできたら大パニックだろ?」
「そう言ってもらえると助かるよ」
リトを立たせると今度はララに手を差し伸べた。素直に手を取ったララも立ち上がる。
「貴女がデビルークさん、でいいんですよね?」
「う、うん。貴方…もしかしてアマタユウ?」
「はい、僕が逢襍佗祐です」
ザスティンやリトの反応から見ても嘘を言っているわけではないだろう。だからこそララは首を傾げた。
「あれ?でもザスティンは貴方のこと」
言葉の途中で祐が掌をかざして待ったをかけた。ララは不思議そうに見つめている。
「そのことは一旦置いておいてください。まず先に解決しなきゃならないことがありますから」
そっと手を離すと振り返ってザスティン達に顔を向ける。三人と目が合った。
「話し合いの場を設けましょう。宜しいですか?」
「分かった」
ザスティンは短く答える。すると祐はリトの肩に手を置いた。
「リビング借りていいか?」
「お好きにどうぞ…」
それから結城家に戻ったリト達。帰ってきたと思えば知らない人物と祐も増えており、美柑は状況が飲み込めなかった。現在リビングにてリトと美柑の間にララ、その向かいにザスティンが座っている。祐はリト側、ブワッツとマウルはザスティン側に立っていた。
「ララ様、私は今回二つの命を王から仰せつかって参りました」
「二つ?」
「はい」
ザスティンは静かに頷いた。室内は重苦しい空気が支配し、我が家ながら居心地が悪いリトと美柑だった。
「まず一つ。ララ様がデビルーク星に帰ることを承諾した場合、貴女を無事に送り届けること」
そこでララは視線を落とす。この反応を予想していたザスティンは二つ目を話しだした。
「そして二つ目。帰らない意思を見せた場合、この音声を聞かせろとのことでした」
懐から禍々しい形のオブジェのような物を取り出してテーブルに置く。少しして頂点に付いていたクリスタルが光りだすとそこから声が聞こえてきた。
[おう、この音声を聞いてるってことはお前はやっぱり帰ってくるつもりがないってことだな]
流れる男の声は底冷えするようなものだった。ララは表情を暗くする。
[まぁ、お前の行動に思うところがないわけじゃねぇ。だが、今回は少し俺も考えた]
先の見えない展開に、聞いている誰もが口を閉ざす。祐はララの表情を観察していた。
[俺はお前を、というよりお前達を少々温室で育て過ぎたのかもしれねぇ。お前らはこの宇宙を何も知らないと言ってもいい、それはこれから女王となる奴には不利益だ]
ブワッツとマウルが言っていた姫様、そして女王という単語。ここまでくればリトと美柑もララの正体に勘付く。どうやら彼女はとんでもない立場の宇宙人だったようだ。
[てなわけで、お前がそうしたいんなら暫く自由に生きてみろ。そしてこの世界ってもんを知るといい]
思わず驚く親衛隊二人に反してザスティンは表情一つ変えない。恐らくこの話を前もって知っていたのだろう。ララも驚いていることからこの決断は相当予想外のもののようだ。
「これって…帰らなくてもいいってことだよね?」
「お待ちを、まだ続きがあります」
[忘れんなよララ、自由に生きるってのにはそれなりの代償がいる。お前がこの星から離れて暮らすってことは、少なくとも俺が直接お前を守ってやれないってことだ]
[これからお前の元に間違いなく婚約者候補共がやってくる、力尽くでお前を手に入れようとする奴だっているだろう。お前はそいつらを自分でやるでも、誰か護衛を付けるでもして対処する必要がある。それがお前の選択に伴うもんだ]
言っていることは間違いではないのかもしれないが、どこか突き放すような物言いにリトは僅かに顔をしかめた。ララがデビルーク星のお姫様というのなら、王と呼ばれたこの人物はララの父親という事になる。些か冷たすぎるのではないだろうかと思ったのだ。
[俺からは以上だ。どちらを選ぶにしても、よく考えるんだな]
クリスタルから光が消え、音声も終了したようだ。先程よりも更に重い空気が漂っていた。
「ということになります。ご決断を」
「いや、いくらなんでも急すぎじゃ」
「地球人、名前は」
「…結城リトだけど」
遮って名前を聞いてくるザスティンに眉を顰める。不満を感じたまま名乗った。
「そうか。結城リト、この星に来てからララ様が世話になり話し合いの場所を提供してくれたことは感謝している」
「…ああ」
頭を下げるザスティン。しかし次に向けられた表情は鋭いものだ。
「見たところ君は王族の人間ではないように思える、違うか?」
「確かに俺は一般人だけど…」
「ならば君には馴染みがないだろうが、この問題は君が想像するより大きなことだ。申し訳ないが少し…静粛にしてもらいたい」
リトは膝の上に乗せていた拳を強く握る。言い返したい気持ちはあるが、それに適した言葉が出てこない。そこで力の入った拳に温かさを感じた。隣のララが手を乗せたのだ。
「ありがとうリト、リトってやっぱり優しいね」
「ララ…」
「心配してくれたんだよね、でも大丈夫!答えは決まったから」
リトに笑顔を向けたララは続けてザスティンを見る。二人の視線が交差した。
「ザスティン。私…デビルークには帰らない」
ザスティンは言葉を返さず見つめる。ララは一度深呼吸をして話し始めた。
「私、まだまだやりたい事がいっぱいあるの。知りたい事も…結婚相手だって自分の意思で決めたい」
「きっとデビルークにいた方が安全なのは分かってる。でもあそこには自由がない…」
心配そうにララを見つめるリトと美柑。ブワッツとマウルも表情に出さないようにしているが、内心穏やかではない。
「自由には代償が付きもの、きっと大変な事も沢山だと思うけど…それでも私は自由を選びたい。自由に生きてみたい」
自分の気持ちを正直に伝えるララ。少し手が震えていることからその緊張が見て取れた。らしくないとはララ自身も思っている。ザスティンは一度瞳を閉じてから静かに頷く。
「分かりました」
「隊長…」
「よろしいのですか?」
「王とララ様が決めたことだ、ならば我々はそれに従うのみ」
納得しきれてはいない、それでも二人が反論することはなかった。
「しかしララ様、これからどうするのですか?」
今まで黙っていたペケが我慢できずに聞いた。ララは明るい表情を作る。
「全部未定!でもたぶんいろんな星に行くと思う」
「どこか別の星に行くんですか?」
心配そうに美柑が聞いてきた。本心でこちらを気に掛けてくれているのが分かり、今度は自然に笑顔になれた。
「きっと地球はすっごくいい所。美柑やリトが住んでる星だもん、この星で暮らしてみたいなぁとは思うんだけどね…ずっとここに居たら、私を狙ってくる人達が集まって来ちゃうかもしれないし」
「だから、星を転々をするってのか?」
「うん」
「…ララ様、やはりそれはより危険では」
「それは仕方ないよ、狙われるのは…たぶんずっと続くことだから」
『生きてる限り、私は命を狙われる。これはたぶん…ずっと続くんだよ』
今になってこの言葉を思い出すとは、考えてみれば立場が似ているといえば似ているのかもしれない。今日はやけにあの時のことを思い出す出来事が多い。ついてない日だ。
「地球に居たいなら、居ればいい」
「ユウ?」
意外な人物からの言葉にララが少し驚いた顔をした。感情に任せた発言だと自分でも分かるが、そんなものは今更だと見て見ぬ振りをする。
「貴女が居ても居なくても、異星人はこの星に攻撃を仕掛けてきます。というか既に攻撃はありました」
エクレル星人も言っていた事だ、地球は他の惑星から目を付けられている。ララの存在があろうとなかろうと、もう始まっているのだ。
「祐、お前…」
「やってくる異星人が一人二人増えたところでやることは変わらない。それに貴女には遠くに行かれるより、近くに居てもらった方が僕としてはありがたい。そっちの方が守りやすいですから」
「守る?どうしてユウが私を守ってくれるの?」
「貴女が碌でもない奴に捕まったら大事件に発展するからです。それを阻止するのは、間接的に僕の大切なものを守る事に繋がりますから」
しっかりとララの目を見て伝える祐。ララも祐の瞳をじっと見つめていた。
「ちょ、ちょっと祐さん!ララさんを狙ってるのは宇宙人なんだよ!?まさか宇宙人と戦うなんて言わないよね!?」
話を聞いていた美柑が椅子から立ち上がって祐の服を引っ張った。聞き間違いでなければララを狙う連中と祐は戦うと宣言している。普段からおかしな事を言うが、これは流石に聞き捨てならない。
「正確には宇宙人とも戦う…かな。何も敵は宇宙人だけじゃないからね。問題も、ララさんの事だけじゃないし」
「も、もう!何言ってんの!今はふざけてる時じゃ」
祐は美柑の頬にそっと触れると美柑は驚いて身体が固まってしまった。祐がリトに視線を向ける。祐がしようとしている事を理解したリトは目を伏せた。いつかは来ると思っていた瞬間が今来たのだ。顔を上げると祐と目を合わせてゆっくりと頷いた。それに頷き返し、祐は美柑を見る。
「美柑ちゃん、これ見て」
掌を上に向けてかざす祐、それを目で追うと現れたのは虹の光だった。美柑は賢い少女だ。今起きたことが何を意味しているのか、それが分かったからこそ思考放棄をしたかった。
「うそ…」
「黙っててごめん、簡単に言える話じゃなかったんだ」
大きな不安を感じて美柑は掴んでいた祐の服を更に強く握った。祐はしゃがんで優しく美柑を抱きしめる。美柑の握る力が少し弱くなったのを感じ、抱擁を解いた。
「この後ちゃんと説明するよ。少し待っててくれる?」
未だ服は掴まれたままだが、頷いてくれた美柑を撫でた。立ち上がってララと向き合う。
「これでも沢山の奴らと戦ってきました。俺はダメな奴ですけど、戦う事だけには自信があります。そんじゃそこらの奴には絶対に負けません」
「祐、君がララ様の護衛になるという事か?」
ザスティンは椅子から立ち上がって祐の前に来た。二人の目線が重なる。
「そうなりますかね。さっきも言った通り、結局やる事は変わりませんけど」
「向かってくる奴を叩き潰す。ずっと同じですよ」
結城家で行われた話し合いから少しの時間が経った。今は人気のない森林に着陸していた宇宙船にザスティン達が乗るところである。ブワッツとマウルを先に行かせ、見送りに来ていた祐に振り返った。
「まさか、君が出てくるとはな…幻覚でも見ているのかと思った」
「まぁ、そうなりますよね。今こうしている事に自分でも驚いてるくらいですから」
苦笑いをする祐。その姿はザスティンの知るものとは随分とかけ離れていた。
「正直今でも驚いているよ。あの時の君とはその…色々と違うからな」
「本来はこういう人間なんですよ、あの時が特殊だっただけで」
「そうか…」
祐の言った事に納得は出来る、あんな状況なら人も変わるだろう。
「ザスティンさんはこれからどうするんですか?」
「まずは王に報告だ。その後は、恐らくこの星の宙域に留まる事になるだろう」
「それならまた話す機会はありそうですね」
「そうだな、私も聞きたい話が山ほどある」
お互いに少し笑顔を浮かべた。本当なら今からでも話したい気持ちはあるのだが、双方やらねばならない事がある。
「それでは俺はこれで。あの子にちゃんと説明するって約束しましたから」
「ふっ、気が重いと顔に書いてあるぞ」
「ぐうの音も出ませんね…」
身から出た錆とはいえ、この後を想像するとどうしてもため息は出てしまう。ザスティンはまた笑うと、右手を差し出した。
「兎にも角にも、また会えるとは思わなかった。よくぞ生きて帰った、祐」
「恥ずかしながらってやつですかね。会えて嬉しいです、ザスティンさん」
固い握手を交わす二人。遠い星の友人とこうしてまた再開できるとは、人生というものは本当に分からないものだ。
一方その頃、リトの前には腕を組んで不機嫌を隠そうともしていない美柑がいた。リトは黙って縮こまり、取り敢えず結城家に残る事になっていたララは少し離れた場所から二人を交互に見ている。
「二人ともどうしたんだろう?」
「恐らく先程の、ユウ殿の件ではないかと」
少し時間が経った事で美柑は幾分か冷静になれた。そこで気が付いたのだが、どうもリトは祐の秘密を知っていたと思われる。リトの反応からほぼ間違いないだろう。
「…リト」
「はい…」
「知ってたの?祐さんのこと」
「はい、知ってました」
「私の予想だと祐さんが私には黙っててくれって言ったと思ってるんだけど、どう?」
「…その通りでございます」
リトから聞きたいことは大体は聞けた、後は本人から聞いた方がいいだろう。美柑は大きくため息をついた。
「美柑、その…黙ってて悪かった」
「いいよ、祐さんにそう言われたんなら仕方ないし。でもリトがここまで隠し通せたなんて、未だに信じられないかも」
「必死でなんとかやってきたんだよ…良くないかもしれないけど、これからは美柑に隠さなくていいと思うと正直ほっとしてる」
リトの正直さはよく知っている。きっと何度も危ない場面はあっただろうし、バレればとんでもない事になる可能性を秘めた話というのも関係しているだろうが、それでも今日まで隠し通したのは大したものだ。そんな事を考えているとドアが開く音がした。先程渡した合鍵を使ったのだろう、リビングの扉に目を向けていると期待通りの待ち人が現れた。
「お待たせしました、お見送りは無事に終わったよ」
「おかえりユウ!ザスティンはなんだって?」
一人だけ明るい空気のララに祐は笑った。なるほど、銀河を統べるデビルーク王の娘なだけはある。彼女はかなりの大物のようだ。
「王様に連絡するそうです。それからは恐らくこの星の宙域に留まるんじゃないかとのことでした」
「そっか~」
ララに顛末を伝え、本命である美柑を見る。帰ってきた時から向けられていた視線を合わせた。
「ごめんね美柑ちゃん、これから話してもいいかな?」
「はい。あの、私の部屋でお願いできませんか?できれば…二人だけで話したいです」
遠慮気味にお願いする美柑。その意図は分からないが、祐としては断る理由はない。
「俺は問題ないよ。いいか、リト?」
「ああ、そうしてやってくれ」
リトの承諾も得て、美柑を先頭に二人は二階へと上がっていった。それを見送ったララはリトの方を向く。
「なんの話?」
「お前も見たろ、祐の力の事だよ。美柑は知らなかったからな」
「そうなんだ、力ってあの虹色の光だよね?奇麗だったなぁ…ねぇ、あれってなんなの?」
「まったく分からん」
「えぇ…」
(それは大丈夫なのでしょうか…)
リトの回答にララとペケが困惑する。それと同時にリトは一人考えていた。
「なぁ、ララ。その…お前は祐の…」
何かを聞こうとして突然大きく頭を振るった。ララは当然首を傾げる。
「リト?」
「いや、なんでもねぇ。忘れてくれ」
ララはザスティンから祐の話を聞いていたという。もしかすると彼女は自分の知らない事を知っている可能性がある。知りたい、大切な幼馴染の事だ。そう思ったがすぐにその考えは捨てた。仮に祐が言っていない事ならばそれは本人の口から聞くべきであっって、他の人物からこっそり聞くのは違う。
「ユウの…あ!ユウは私の婚約者候補の人じゃないよ」
「え?…ああ、そうか」
ララはリトが何を聞こうとしていたのか予想をして答えたようだ。そんなことは考えていなかったが、取り敢えず祐が婚約者候補ではないという話は覚えておこう。
それから二人が部屋に向かって一時間程が過ぎた。リトはなんとなく時計に目を向けると祐がリビングに戻ってくる。どうやら一人のようだ。
「終わったか?」
「ああ、まぁ…なんとか」
「あれ、ミカンはどうしたの?」
「まだ部屋にいますよ。リト、悪いんだけど今日泊まっていいか?」
「ん?別にいいけど」
申し訳なさそうな表情で祐が聞いてくる。リトは不思議に思いながらも承諾した。
「すまん、まだ少し話し足りないんだ」
「…わかった。前にお前が泊まった時置いていった下着があった筈だから、持ってくる」
「助かります」
そこでなんとなく察した。きっと美柑に気を遣っての発言だろう、リトはそう言って服を取りにいく。一息ついた祐の顔をララが覗いた。
「どうかしました?」
「やっぱり。ユウって私には敬語だよね」
「そりゃ、初対面ですし」
「じゃあこれから敬語はなし!あと貴女とかデビルークさんじゃなくてララって呼んで」
やけに押しが強い気がするのは思い違いだろうか。随分と気さくなお姫様である。
「まぁ、本人がそう言うなら。よろしくねララさん」
「うん!よろしくねユウ!」
祐の手を取って大きく振るララ。惑星を統治する王族にしては警戒心が無さすぎる。
「それとね、ありがとう」
突然お礼を言われて祐は訝しげな顔をする。ララは握っていた手の力を少し強めた。
「地球に居ても良いよって言ってくれた時、私嬉しかった。守ってくれるって言った時も」
やはり彼女は心配だ、こちらのことをまったく疑っていない。ララからは好意的な感情しか向けられてこなかった。
「ララさん、俺はあくまで俺の為にそう言ったんだよ。リトや美柑ちゃんは本当に優しい人達だ。でも俺はそうじゃないし、二人みたいな心を持ってる方が稀だ」
祐はララから手を離した。握られたままでは良くない、彼女の純粋さに絆されてしまう。
「それともう一つ。ザスティンさんに俺の事を聞いていたみたいだけど、その聞いた話は誰にもしないでほしい」
「いいけど、どうして?」
「あまり周りには知られたくないんだ。悪いけど、お願いね」
理由はよく分からないがララは頷いた。彼女の口がどれほど固いものかは知る由もないが、今はこれでいいだろう。何かの弾みでバレたとしたらその時が来たと納得すればいい。そろそろリトが戻ってくる、この話はこれで終わりだ。祐はテレビが置いてある方に行くと、そこのカーペットに座った。するとララも身体が触れそうなほどすぐ隣に座る。
「…なんで?」
「え?もしかして私はここに座っちゃダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど…」
「祐、持ってき…どうした?」
リトがリビングに着くと、座っている二人が見えた。ララは先程からなんの変化もないが、祐は若干困ったような顔をしている。
「あ〜、なんでもない。ちょっとしたカルチャーショック受けた感じだよ」
首を傾げるリト。祐は立ち上がって持ってきてくれた物を受け取った。
「ありがとう、風呂入ったか?」
「いや、まだだな」
「んじゃ俺は最後に借りるよ。家主より先に入るのは申し訳ない」
「そんなの今更気にすんなって。あと家主じゃないし」
「あっ!じゃあみんなで入ろうよ!私もお風呂入りたい!」
「はぁ⁉︎」
名案とばかりにララが手を上げる。彼女の態度を見るに冗談ではないようだ。
「な、何言ってんだ!一緒に入るわけないだろ!」
「え〜、なんで〜?」
「なんでってお前…」
「リト、ここは一つ異文化交流ということで是非ララさんと一緒に」
「お前はさっさと入ってこい!」
自室で枕を抱きしめながらベッドに横になる美柑。足音が近づいてきたかと思えばノックの音が聞こえた。起き上がって返事をする。
「どうぞ」
控えめにドアを開けて祐が顔を出した。服装と香りから風呂上がりなことが分かる。
「ごめんね美柑ちゃん、今大丈夫?」
小さく首を縦に振ったのを確認し、部屋へと入る。美柑が座る位置から少し横の床に座ってベッドに背中を預けた。すると美柑もベッドから床へと腰を下ろしたので、隣り合って座る形になる。
「俺から言うのもなんだけど、整理はついた?」
「一応はつきました。ほんと、一応ですけど」
「そっか。まぁ、取り敢えずは良かった」
祐から力に関する詳しい話を聞いた。あの怪獣騒動の時、リトが驚愕の表情を浮かべていたのも今となっては納得である。世界を騒がせた虹の光の正体が、自分の物心ついた時から近くにいた人物だったとは夢にも思わなかった。それと同時にどこか腑に落ちている部分もある。矛盾している感想だとは自分でも思った。
「これから…どうなるんですか?」
「まだまだ事件は続くだろうね。ララさんの件だけじゃない、この地球も宇宙も別次元も…正直言って不安定な状態だから。何が起こっても不思議じゃないかな」
「それも大事ですけど、祐さんのことです」
美柑が聞いたことはこの世界ではなく祐のことだったようだ。不満気な表情なのは質問の内容を勘違いしていたからか、それとも
「簡単に言えば戦っていく、今までと同じように。話し合いの時にも言ったけど、問題が増えたところでやることは変わらないよ」
美柑は抱えていた膝の上に顎を置いた。少し視線が下を向く。
「なんで祐さんなんですか…そんなことする義務なんて」
そこまで言って口を閉じる。祐が戦いを好き好んでやっているわけではない事など聞かなくても分かっているつもりだ。彼はいつだって優しい、だから殴ったり殴られたりするのは嫌いな筈なのだ。それでも戦うのは、これもまた優しいからに他ならない。それが途中で分かったから続きを言わなかった。
「義務は無いかもね。でも、どうにかできる力は持っちゃってる」
祐は美柑の顔を見る。釣られて美柑も顔を向けた。
「大変じゃないなんて事はないけどさ、悪い事ばっかりじゃないんだよ?この力のおかげで自分の大事なものを守れる確率はとんでもなく上がった。それは俺にとって幸運だ」
「やりたいと思う事があって、それを叶えられる力があるってのは…きっと恵まれてると思うんだ」
気が付けば美柑は祐の胸に額を押し当てた。大きな身体だ、耳を当てれば心臓の鼓動が聞こえる。伝わる体温と心音が、美柑の心を安心させてくれた。祐は優しく美柑を抱きしめる。こうするのは何年ぶりだろうか。彼女も大きくなっていって、こういったこともできなくなると思うと寂しい気持ちになる。しかしそれが成長するということなのだろう、いつまでも幼い少女のままではない。
「美柑ちゃん、俺は今の生活にすっごく満足してる。大変ではあるけど辛くなんかない、寧ろ今が幸せの絶頂だよ」
彼は昔から無理をする、それも知っている。しかし今祐が言ったことは信じたい。大変だけど辛くない、それだけは真実であってほしかった。そうでなければ、悲しすぎるから。
「今言ったこと、嘘じゃないですよね?」
「嘘じゃない。俺は幸せだ」
美柑は祐に腕を回す。普段ならば恥ずかしくて絶対にできないようなことも、今は驚くほど自然と行動に移せた。目を閉じてより温もりを感じようとする。この温かさがきっと祐は本当の事を言っている、その考えを確かなものにしてくれる気がした。
暫くそうしていると美柑はそのまま眠ってしまう。祐は優しく美柑を両手に抱きかかえ、ベッドに寝かせると毛布を掛ける。最後に頭を撫で、音を立てずに部屋を後にした。階段を下りているとペケが一人で宙に浮いているのが目に留まる。どうやら家を見て回っているようでペケも祐に気が付く。
「おや、ユウ殿」
「どうも、君は確か…ララさんが連れていた子だよね」
「これはこれは、申し遅れました。私はペケと申します」
「初めましてペケ。逢襍佗祐です」
顔を合わせた時から幾分かの時間を経て自己紹介を終える。ペケもララと同様、祐のことはザスティンから聞いていたので存在は知っていた。
「ユウ殿のお話は私もザスティンから伺っておりました。貴方のような方がララ様の護衛に就いていただけるのなら安心です」
「ザスティンさんの話してた俺からはきっと見劣りするだろうけど、ベストは尽くすよ」
直接聞いたわけではないが、ザスティンが語っていたのは当時の自分でまず間違いない。その時の自分を期待されているのなら、はっきり言って辛いところだ。だが守ると大言壮語を吐いた、全力で事に当たる以外にない。
「ついでになってしまって申し訳ないのですが、一つ教えて頂きたいことが」
「何かな?」
「ユウ殿、どうしてあの時この星に居ていいと仰ったのですか?」
祐はペケを見つめる。純粋に気になっているだけらしい、ペケから裏を感じない。
「一つ二つやることが増えても、大して変わらないからだよ」
「それはそうですが、騒動は少ないに越したことはない筈。それでもいいと思われたのには何か理由があるのではと」
そういう事かと祐は一人納得する。気になるのなら答えよう、別段隠す事でもない。
「生まれた家や立場でその後の生き方が決まるって話、俺は好きじゃない」
「自由に生きてみたいと願った彼女に協力してあげたいと思った。それが理由だね」
答えを聞き、なんと返そうか悩み固まるペケに近づいて頬と思われる部分を指でつついた。ペケは困惑している。
「ユ、ユウ殿?」
「なるほど、見た目通りモチモチだね。癖になりそうだ」
暫く触って満足したのか、祐はペケを一度撫でてから歩き出す。
「これからよろしくねペケ。君とも長い付き合いになりそうだ」
軽く手を挙げてその場を去る。ペケはなんとなしに撫でられた部分に触れた。
「…変わった方ですね」
ペケとの話で薄っすらと分かった事がある。ザスティンはララ達に自分の話をしたようだが、全てを話したわけではないという事だ。そこに関しては彼に感謝しなければならない。墓まで持っていくと決めた事は、今のところこのまま持っていけそうだ。
一番好きな章は?
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