この次元の銀河統一を成し遂げたデビルーク星のプリンセスによる電撃訪問から一夜が明けた。目を覚ました美柑は起き上がって部屋を見渡す。そこに祐の姿はなく、言いようのない不安を感じて寝起きにも拘わらず少し早歩きで部屋を出た。階段を下りてリビングに向かうとソファに座っている大きな背中が見える。足音が聞こえていたようでこちらに振り返った。
「おお、美柑ちゃんおはよう。早起きだね」
普段と変わらない笑顔を見せる祐に美柑も少し笑う。胸の奥にあった不安は気付けば既に消えていた。
「祐さんもね。おはよう」
それから続々とリビングに集まり始める面々。まだ眠たそうなリトに反してララは完全に本調子だった。
「おはよーみんな!地球で迎える初めての朝!なんかドキドキするよ!」
「そりゃよかったな…」
正反対な二人の姿は見ていて面白い。暫く観察してもいいが、あまり時間に余裕はないので話を進めなければならない。なにしろ今日も平日、学生には学校があるのだ。
「さてララさん、ちょっといいかな?」
「なになに!」
(尻尾があったらめっちゃ揺れて…尻尾あったわ)
満面の笑みでこちらに近づいてくるララに、祐は大型犬の姿を見た。確認すれば今の感情を表すように尻尾が元気に揺れている。並みの思春期男子であったのならこの仕草だけで恋に落ちるだろう。
「今後のことを決める為にも、今日は俺に付き合ってほしいんだ。まずはララさんが地球で生活する上で、きっと助けになってくれる人達に紹介したい」
「うん!行く!」
何がそんなに嬉しいのかよく分からないが、もしかするとララは特定の人物以外とはどこかに出かけるといったことをしていなかったのかもしれない。好奇心が旺盛なのはこの短い時間でも充分伝わっている。知らない場所に行くことも関係しているのだろう。
「じゃあ今日は祐とデートだね!」
「…リト、俺はなんて返すのが正解だと思う?」
「やめろよ、俺に振らないでくれ」
「祐さん、聞く相手間違えてるよ」
「悪かったな!」
少しして美柑が作ってくれた朝食を四人で囲む。食事をしながら今日のことを詳しく話していた。
「学園長に会わせるって…なんでまた?」
「俺、学園長によく世話になってるんだ。実はいろんなところに顔が利く凄い人なんだよ」
「木乃香の爺ちゃんってそうだったのか…てことは力のことも」
「勿論知ってる」
出るわ出るわの新事実、リトは朝から情報過多だった。祐のことはそれなりに知っているつもりだったのだが、その認識は改めなければならないかもしれない。口には出さないが正直少し寂しい。
「まずララさんのことを話して、それから住むとこなんかも決めていきたいな」
「住むところか~、祐の家は?」
「いやぁ、俺一人暮らしだから…それは色々と問題が」
「なんで?祐は私と一緒に暮らすのイヤ?」
「……リト、俺は」
「だから振るのやめろって!」
ララは少しというか驚くほどに純粋無垢すぎる。一緒に暮らすのが嫌など微塵も思っていないが、だからと言ってじゃあ俺の家でとはいかない。祐は額に手を当てた。
「違うんだよララさん、嫌とかじゃなくてね?この星…もっと言うと日本では若い男女が一緒に住むってなると様々な壁があるもんなんだ」
「そうなの?私は祐と一緒に暮らしてみたいけどなぁ」
そうやって無邪気に殴ってくるのはやめてほしい。祐は裏表のない想いが何よりも苦手なのだ。
「そんなことを簡単に言っちゃいけません!もしかすると俺はとんでもない変態で、常にララさんの尻を触るような人間かもしれないんだぞ!」
「祐さん最低」
「違うよ?例え話だからね?」
「お尻触りたいの?よく分かんないけど、はい」
キョトンとした顔で椅子から立ち、臀部を祐に向けるララ。祐は絶句し、リトと美柑は顔を赤くして固まった。
「なんなんだよこの子は!?おいペケ!デビルーク星の教育はどうなってんだ!」
怒りの矛先をテーブルに座っているペケに向ける祐。ペケは申し訳なさそうな顔をした。意外と表情豊かである。
「すみません、ララ様は異性との交流があまりなく…元の性格も相まってそういったことへの羞恥が乏しいのです…」
「だからってもうちょっとさ!なんかあるって!」
「ユウ殿、落ち着いて下さい…」
多少時間は掛かったがなんとか落ち着きを取り戻す一同。ララに対しての不安は募ったがそれは一旦置いておく。学園に向かうのならそろそろ準備をしなければならない。
これからのことがまだ決まっていない状態でララを多くの目に留まらせるのはよろしくないといった考えから、リト達とはこの場で別れて遅い時間にララを連れていくことに。祐は話しておきたいことがあるので時間を空けてほしいと近右衛門に連絡。なんとなく察してくれた近右衛門はこちらの事情を知らない祐の担任である麻耶にも手回しをしてくれるそうだ。相変わらず頼りになる学園長である。
「それじゃ俺達は先に行くな」
「話が決まったらちゃんと教えてね」
先に出発することになったリトと美柑が玄関で振り返る。この家に住んでいる二人を泊まらせてもらった祐とララが見送るという、なんとも奇妙な光景ができあがった。
「二人ともいってらっしゃい!」
「道中気をつけてな。リトはまた学校で」
「ああ」
ドアを開けて外に出ようとするリトだったが、美柑が顎に手を当て何かを考え始めた。全員の視線が美柑に向かう。
「美柑?」
「ねぇ、思ったんだけどさ…ララさんが住む所、うちでいいんじゃない?」
「はい?」
思わず聞き返すリト。美柑の言葉を聞いてララは表情を明るくした。
「いいの⁉︎」
「うん。部屋だって空いてるし、私達はララさんの事情も知ってる。それに祐さんのことも」
美柑が祐を見ると、その顔は悩んでいるようだった。
「改めて説明とかする手間もないし、ララさんが私達の家にワープしてきたのもきっと何かの縁だと思う。私は歓迎するよ、ララさんさえ良ければだけど」
「ありがとうミカン!私すっごく嬉しい!」
美柑の手を取って両手で握るララ。もうすっかりその気になっているようだ。
「ミカンもリトも優しいし、ミカンの作るご飯も美味しかった!寧ろ私からお願いしたいくらいだよ!」
「おいおい…」
とんとん拍子で話が進んでいく中、リトも祐を見れば変わらず真面目な表情だ。美柑は恐る恐る聞く。
「祐さん…だめ?」
「一つの案としてありだね。でも、今すぐに決定はできないかな」
「…そうだよね。うん、分かった。候補として入れておいてね」
「ありがとう美柑ちゃん。さ、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」
「だな。美柑、行こう」
「うん。二人ともまたね」
今度こそ二人は学校に向かう。ドアが閉まると祐は腕を組んで俯く。悪くない案かもしれない。しかし問題がないわけではなかった。
「ユウ…」
声に反応してララに顔を向けると、不安そうな表情でこちらを伺っていた。
「あの、ごめんね?勝手に話進めちゃって…私嬉しかったから」
まるでこれから叱られるのを待つ子供のようだ。祐は苦笑してなるべく優しく言う。
「こっちこそごめん、別に怒ってるわけじゃないんだ。考えだすと黙っちゃうのが癖でね」
祐は真剣になると普段とは打って変わって無口になる。そうなると元から悪い目つきが更に鋭さを増し、見ている者に威圧感を与える。戦闘時ならば一種の牽制として役立つが、そうでない日常の場面ではあまり褒められたことではないだろう。
「ララさんの今後に関わる話だから、しっかり考えたい。勿論ララさんの意見もなるべく取り入れた上でね」
「うん、ありがとう」
ララも笑みを浮かべたので、少しは空気も軽くなっただろう。こんな子を怯えさせて何をやっているんだと自分を責めるのは後にする。
「俺達も準備しようか。服はまぁ、それでもいいかな」
今のララはリトのジャージを着ている。華やかさのかけらもない服装ではあるものの、わざわざ着飾る必要もない。
「もし何かご希望の服装があるのなら私にお任せください」
「というと?」
飛んできたペケが祐の前にくる。ペケがどういった構造で動いているのかは不明でも、滞空しているのはもしかすると疲れるのかもしれないとペケの脇に手を入れて支えた。
「私はララ様の発明したコスチュームロボット、何かデータか画像でも見せていただければ再現できます」
「ほ〜、そりゃ凄い。よし、目立たないことを一番に考えるなら…」
祐はペケを連れてリビングに飾られている写真立ての前に行く。その中の一枚、高等部入学式の際に幼馴染で撮った集合写真を手に取る。ララも後ろから写真を覗く。
「ユウとリトと…他の人達は誰?」
「俺達の幼馴染。たぶんその内ララさんも会うと思うよ」
「ほんと?楽しみ!たくさんいるんだね〜」
幼馴染を興味深そうに眺めるララ。彼女の横顔を見て笑っていると本来の目的を思い出したので写真を指さす。
「ペケ、この女の子達の制服をお願いしたいんだ。どう?」
「お安い御用です!ララ様」
「オッケー!」
そこでジャージを脱ぎだすララ。この行動にどういった意図があるのかは置いておいて、祐は呆れた顔をした。
「この子には色々教えていかなきゃならんな…」
「そう言いつつしっかり見てますねユウ殿」
「見たらダメですか?」
「え?ダメじゃないよ?」
「調子狂うな…」
ララにこういった手法は通用しないらしい。彼女が祐の中の強敵トップに躍り出た瞬間である。
「それでは失礼して」
ペケは祐の手から飛び立つと光となってララの身体を包み込む。光が晴れるとそこに居たのは麻帆良学園の制服を着たララだった。ペケは髪飾りとなってララの髪に付いている。
「大したもんだ、一瞬だね」
「私の本業ですから」
「へへ〜ん、ペケならこれくらいどうってことないよ!」
得意げに胸を張るララ。この技術、そしてペケを作ったのが彼女だと言うのならその頭脳は相当なものである。幾多の星が彼女を欲しているのは、もしかするとその地位を狙っているからだけではない可能性が出てきた。
「よし、もうちょっとしたら俺達も出かけよう。行き先は麻帆良学園だ」
「それってどんなとこ?」
「俺やリトに美柑ちゃん、他の幼馴染も通ってるでっかい学校だよ。それと、俺の大切な場所」
祐達より一足早く学園を目指すリトと美柑。通い慣れた道を進みながらリトは美柑に聞いた。
「にしても、いきなりどうしたんだよ?うちで暮らすのがいいんじゃないかなんて」
「だってその方が色々と都合がいいでしょ。ララさんもいい人そうだし」
リトもララのことは悪い奴とは思っていない。天然すぎる等不安な部分は多分にあるが、彼女は根っからの善人だ。
「それともリト、ララさんが居たら緊張してリラックスできない?」
「なっ!んなわけあるか!てかそういうことじゃねぇ!」
揶揄う美柑に大きく反応してしまう。我が兄は相変わらず超が付くほどの奥手である。視線をリトから遠くへと飛ばした。
「もしかしたら、そうすれば祐さんの助けになれるかもって思ったの。実際は困らせちゃったみたいだけどね」
美柑は自笑するような表情を浮かべた。それを見たリトも少し先を向く。
「祐は口じゃ言わないけどさ、自分が大変なのはいいけど周りがそうなるのは嫌がるからな」
「うん、だと思ってた」
暫く無言で歩き続ける二人。気温が下がってきたことを強く実感させる冷たい風が吹いた。
「まぁ、なんだ…俺としては、ララをうちに住ませるのは反対じゃない」
呟くようなリトの言葉を聞いて美柑は意外そうな顔をした。
「…なんだよ?」
「驚いた。てっきり反対すると思ってたから」
気恥ずかしさを隠す為に頭を掻く。おかしなことを言うつもりはないが、それでも自分の気持ちを伝えるのは照れてしまう。
「俺だってララはいい奴なんだろうなとは思ってる。状況もそうだし、色々と放っておけないのも。あいつが住みたいって言うなら、別に断ったりしねぇよ。でも、祐が渋ってる理由も分かる」
「私達のところにも噂の婚約者候補が来る可能性があるから…だよね?」
「たぶんな」
祐が悩んでいたのはそれが原因だ。リトや美柑のことは誰よりも信頼している。ララがこの星で過ごしていくなら、この二人と暮らすことは間違いなく彼女にとってプラスになるとも思っていた。それと同時に二人は祐にとって大切な存在なのだ。できれば面倒事からは遠くに身を置いてほしいものの、自身がそれをしていないのだからお願いなどできない。
「これから祐は学園長と話をするんだろうし、今はそれを待とう」
「だね」
お互いを大切に思うからこそ、物事がスムーズに進まないこともある。儘ならないものだなと思うリトと美柑だった。
「おっす大将」
「ああ梅原、おはよう」
自分の席に鞄を置いた正吉が純一の机に寄りかかりながら祐の席を見た。
「なんだ、今日もまだ来てないのか」
「そうみたい」
「なんかこの間から多いよな。まるでまた中学時代に戻ったみたいだ」
一瞬考えるそぶりを見せるた純一は軽く頭を振って苦笑いをした。
「怠癖がついたのかも。来たらビシッと言ってやらないとな」
「おっ、なら俺にも任せろ。マグロでしばいてやる」
「自分でもネタにし始めたのか…」
それから少し経ち、朝のホームルームの時間となった。担任の麻耶が教室に入ってくるが、未だ祐は来ていない。出席を取り始めようとする麻耶に春香が隣の席を一度見てから聞いた。
「高橋先生、逢襍佗君は…」
「少し前に遅れるって連絡を受けたわ。理由は寝坊とかじゃないから、来た時にみんなあまり揶揄わないようにね」
近右衛門から伝えられたのは祐が家庭の事情で遅れるというもの。麻帆良祭中の一件があったので、摩耶としても気掛かりであった。
(逢襍佗君大丈夫かな…?)
祐のことを心配し、僅かに表情が曇る春香。その祐本人は現在麻帆良学園の敷地内にある建物の上から周囲を観察していた。
「よし、大分人も減ったな。そろそろいいか」
朝のホームルームが始まれば教室外に出ている者は殆どいなくなる。ここまでしなくても周りに見られず学園長室に忍び込むぐらいなら可能だ。しかし万全を期しておいて損はない。祐の後ろから顔を出したララも麻帆良の街を見渡す。顔を隠す為の帽子が風に飛ばされぬよう押さえた。
「すご~い!これが祐達の学校なんだ!面白い建物がたくさん!」
「後で案内できるかもしれないからその時に詳しく説明するよ。その前に、学園長に会いに行かないとね」
「は~い!」
「よろしい。この距離なら直接行けるか…ララさん、準備はいい?」
元気よく返事をするララに祐の手が差し出された。よく考えずにララはその手を重ねる。
「いつでもオッケーだよ」
祐が頷くとその身体は粒子となって消えていく。手を繋ぐララも同じようにその場から居なくなった。
学園長室で資料に目を通している近右衛門の少し先に光の粒子が現れる。少しずつ人型になる光に驚いた様子もなく、見ていた資料を横に置いた。やがてその場に祐と少女が現れる。彼と手を繋いでいる少女に見覚えはないが、恐らくこの彼女こそが話の重要人物なのだろうと当たりを付けた。
「おはようございます学園長。こんな入り方ですみません」
「おはよう祐君。なに、気にせんでくれ」
「ありがとうございます」
軽い挨拶を終えた二人。祐は横の少女に目配せをすると、少女が帽子を取ってその顔を見せた。
「まず話をする前に学園長に紹介したい方がいるんです。お分かりかとは思いますが彼女のことです」
「初めましてガクエンチョーさん!」
明るく頭を下げる姿に近右衛門は笑顔を見せた。
「これはこれは、なんとも元気で可愛らしいお嬢さんじゃな。初めまして、わしはこの学園の長をしておる近衛近右衛門という者じゃ」
「私はララ!ララ・サタリン・デビルークです!」
「……なんじゃて?」
にこやかな表情から一変して呆けた顔になる近右衛門。祐に視線を向けると苦笑いをしながら祐は説明する。
「ララさんは昨日地球にやってきたデビルーク人です。そして、デビルーク星のお姫様でもあります」
「なんてこったい」
近右衛門は自分の額を軽く叩いた。祐が連れてきたのだから訳ありの人物とは思っていたが、想像以上の大物だった。
「ガクエンチョーさんって頭長いね、もしかして地球じゃない星の人?」
「ララさん、学園長は地球出身だよ。ただぬらりひょんて言う妖怪の」
「勝手に妖怪にするでないわ!」
その話題でひと悶着あったものの、すぐに本題に入る。昨日起きたこととララの事情、そしてこの星で暮らしていくことを伝えた。近右衛門は長い髭を撫でる。
「なるほどのう…少し前に王位継承の問題が起きているとは聞いていたが、そんなことになっていたとは」
「ララさんのことは色々と補助していくつもりです。言ったことの責任は取らないと」
「ふむ、ならばわしらも協力せねばな」
「ガクエンチョーも協力してくれるの?」
「そりゃそうじゃとも。この話を聞いておいて放ってはおけんよ」
「ありがとうガクエンチョー!祐、ガクエンチョーっていい人だね!」
近くまで来たと思えば近右衛門の手を取って大きく振るララ。こんな素直な反応をされれば協力もしたくなるというもの。本人に自覚がなくとも彼女からは生まれ持ったカリスマ性を感じる。自然と人を惹きつけるのは、やはり銀河の頂点に立つデビルークの王族ということなのかもしれない。
「して祐君。今後のことはどのように考えておる」
「まずララさんには麻帆良で学園生活をしてもらいたいと考えています。ここより安全な場所もそうないですから」
続いてララの意見も聞きながら今後のことを詰めていく祐と学園長。会話の節々で、ララの反応から既に祐へと信頼を置いているのを感じた。話の通りなら彼女がこの星に来たのは昨日だという。出会って一日程度の相手をここまで信用できるものだろうか。祐のことは近右衛門も信頼しているのでそこはいいが、少々ララが心配にはなった。
「それで、住む場所なんですが…」
「普通に行けば女子寮になるが、その様子じゃと他に何か候補があるように見えるのう」
「仰る通りです。ただ、正直悩んでます」
ララのこと、そして祐のことを知っているリト達の家に住むのは確かに色々と都合がいい。リトと美柑、そして二人の両親を含めてもこれだけ好条件の相手はそういない。仮に何か問題が起きたのなら昨日のように飛んでいけば、自分がどこにいようとあまり関係ない話ではある。だがこの件はリトともう一度話しておきたい。そのことを含めて近右衛門に伝えた。
「リト君が自ら申し出たのかの?」
「そう言ってくれたのは美柑ちゃん…妹さんです。リトが実際どう思っているのかはまだ聞けてません」
木乃香の幼馴染でもあるリトとは近右衛門もそれなりに親交がある。一度リトの家族とも顔を合わせた経験があるので、美柑や二人の両親のことも知っていた。しっかり者の妹、そして父親母親は豪快な人柄だったのを覚えている。そう言えば親二人に妖怪ですかと聞かれたこともあったと思い出した。
「ならばリト君ともしっかり話し合う必要があるじゃろうな」
「はい。あとは才培さん、可能であれば林檎さんにも連絡を取って話をしたいですね」
「サイバイさんとリンゴさんって?」
「リトと美柑ちゃんのご両親だよ。いつも忙しくて家にはあまりいないけどね」
「へ~、二人のパパとママか~」
(まぁ、あの二人なら十中八九いいって言うだろうけど)
暫く会えていない二人のことを思い浮かべる。なんとなく返事は予想できても実際に聞くべきだ。
「そうなると今日一日では難しいじゃろうて。従ってララ君の今日泊まる場所を決めねばな」
「はいはい!じゃあ祐のお家に泊まりたいです!」
「ほうほう」
挙手したララの意見に興味深そうな近右衛門。祐は困り顔になった。
「いやぁ、それはいいんですかね…」
「私のこと知ってる人はリトと美柑以外だとユウだけ、今日ぐらいはユウの家でもいいでしょ?」
「学園長も知って」
「今会ったばかりのよく知らぬ老人よりも、祐君の方が安心できるのではないかの」
(あれ、この人俺んところに泊まらせようとしてないか?)
まさかのララへの援護射撃だった。てっきりこの案は止めるものだと思っていた祐は驚きである。
「いいんですか学園長!?このままいけば俺は手を出しますよ!」
「そう言うが祐君はどうせ出さんじゃろ」
「舐めやがって!ああそうさ!出さないよ!」
「なら今日は頼めんか?慣れない星での生活じゃ、信用している者の近くにおる方が安心できるというもんじゃよ」
「……」
そこで祐は言葉が出てこなかった。反論が思いつかないので負けである。
「じゃあ決まり!今日はユウのお家でお泊りね!」
「そんなに泊まりたいんならどうぞ…」
「お世話になりますユウ殿」
「今の声は誰じゃ?」
近右衛門の問いに祐はララの髪に付いているペケを指さした。
「申し遅れました、ペケと申します」
「この子は大福の妖精なんですよ」
「違います」
「祐君、嘘をつくでない」
一旦話は終わったが、これから祐が麻帆良の街を案内するわけにはいかない。そこで近右衛門が現在手の空いている魔法教員に案内を頼むことにした。その結果呼ばれたのは葛葉刀子である。正確に言えば彼女は魔法使いではなく京都神鳴流の剣士だが、こちらの関係者であることに変わりはない。学園長室にて事情を説明された刀子の顔は引きつっていた。
「というわけじゃ。ララ君をこれから留学してくる生徒として正体は隠し、少しの間彼女の案内を頼みたい」
「は、はぁ…それは構いませんが」
「よろしくねトーコ先生!」
「ず、随分気さくなお姫様ですね…」
初対面にも拘らず距離の近いララに困惑する。嫌な気分はしないが、生真面目な刀子には慣れない距離感だった。
「ララさんをお願いします葛葉先生」
「ええ、やるからにはしっかり役目はこなします」
「あとこれは関係ない話ですけど、葛葉先生…これを機に僕と親睦を深めていきませんか?」
「本当に関係ないですね!なんですか急に!?」
お互いのことを知ってはいても、したのは挨拶程度で碌に話したこともない。祐の話題なら同僚から又聞きしたことは数多く、その話の通りなら変わった生徒だなと思っていた。実際変わった生徒だった。
「一目見た時から絵に描いたようなクールで知的な大人の女性と思っていました。是非この逢襍佗祐の青春を共に華やかなものへと」
「生徒が堂々と学園長の前で教員を口説くでない」
「わ、私は軟派な男性はお断りです!デビルークさん!行きますよ!」
「はーい!それじゃユウ!またあとでね~!」
ララの手を取って足早に学園長室から出ていく刀子。勢いよく閉まったドアから祐に視線を移すと、その顔は何故か満足気だった。
「やはりこれだ…俺への反応はこうでなければ」
「お主は何を言うとるんじゃ」
やれやれと頭を振って椅子にもたれ掛かる。一息つくとその表情を真剣なものに変えた。
「さて祐君、彼女も席を外した。腹を割って話そうではないか」
近右衛門に振り返った祐の表情もまた先程とはまったく別のものであった。
「ありがとうございます、気を使っていただいて」
「なに、構わんよ。彼女が居ては色々と話しづらいこともあるじゃろうて」
授業は二時限目も終了し、次の三時限目の準備を始めたB組。楓がロッカーから教科書を取り出そうとしていると、コソコソと教室に入ってくる祐が目に留まった。
「何やってんだ逢襍佗…」
「しまった!バレた!」
「そりゃバレるだろ」
縮こまって身体を小さくはしていても、普通にドアから入ってきていたので当たり前である。祐は膝立ちになって楓に手を合わせた。
「違います!寝坊じゃないんです!ですからごぼうでシバくのだけは勘弁してください!」
「いつあたしがそんなことやった!?」
「蒔の字、流石にごぼうはやり過ぎだぞ」
「だからやってないっての!」
いつの間にか後ろにいた鐘が話に入ってきた。気付けばクラスの視線がこちらに集中している。
「蒔寺の奴…そんなことを…」
「これから俺達はごぼうに怯えなきゃならないのか!?」
「それも悪くないかもしれない」
「ドMは黙ってろ!」
勝手に盛り上がる男子生徒達に冷めた視線を送る楓。そのまま笑っている祐に恨めしそうに見た。
「変な風評被害起こしやがって」
「ごめんごめん、あとでちゃんと言っておくから」
謝罪すると自分の席に向かおうとする祐。その背中に楓の声が掛かった。
「逢襍佗」
「なに?」
「…お前、最近大丈夫か?まだ色々忙しかったりするんじゃないのか」
見れば彼女の顔は心配そうだった。そんな楓に祐は笑顔で答える。
「ありがとう蒔寺さん、でも大丈夫。暫く忙しいかもしれないけど、俺自体は至って健康だから」
そう言って祐は席に歩いていった。今は春香や純一達と挨拶を交わしており、楓はその光景を見つめる。
「蒔ちゃん、逢襍佗君がそう言うなら大丈夫だよ」
話を聞いていた由紀香が一足遅れてやってくる。鐘は相変わらずの無表情で同じように祐を見ていた。
「これでいて蒔は世話焼きだからな、気になるんだろう」
「これでいては余計だ」
普段通りの調子に戻っていくB組は、賑やかな雰囲気のまま三時限目を迎える。
大丈夫。祐はその言葉を久し振りに使った。
一番好きな章は?
-
序章・始まりの光
-
幽霊と妖怪と幼馴染と
-
たとえ世界が変わっても
-
消された一日
-
悪魔よふたたび
-
眠りの街
-
旧友からの言葉
-
漢の喧嘩
-
生まれた繋がり