三時限目の授業も終わり、昼休みまであと一科目となった。机に頬杖をつきながらなんとなく窓から空を眺めるリトの肩を猿山が軽く叩く。
「どうしたんだよリト、朝から事有り気な雰囲気だして」
「いや、別にどうってわけじゃないけどさ」
「もしかして…恋の悩みか?」
「んなわけないだろ!」
揶揄うような猿山にリトは大きく反応すると、予想通りのリアクションに猿山は笑う。
「まぁ、そうだよな。麻帆良でも一二を争うレベルの純情少年のリトに限ってそれはないか」
「なんだよ純情少年って…俺はそんなんじゃねぇよ」
「よく言うぜ、グラビア写真で顔赤くする奴なんて今時お前ぐらいなもんだぞ」
「ぐっ…」
猿山の言う通りリトは超が付く程の奥手であり、そういったものに対する免疫がまるでない。幼馴染相手には問題なく接することはできても、それ以外となると女性関係はお世辞にも得意とは言えなかった。
「なになに、恋愛の話?」
会話が聞こえていたのか梨穂子が楽しそうに顔を覗かせた。リトはため息をつく。
「リトにもついに春が来たの?それなら私が相談に乗ってあげましょう」
自慢げに胸を張る梨穂子だが、彼女の方も色恋沙汰の話はまったく聞いたことがない。出所不明の自信を見せる梨穂子に疑いの目を向けた。
「俺が知らないだけか?梨穂子が恋愛に明るいなんて初めて聞いたぞ」
「うっ…あ、明るくはないけど…」
「あれ?結城知らないの?」
「遅れてるな~、幼馴染なのに!」
これまたどこから聞いていたのかクラスメイトの『籾岡里紗』と『沢田未央』が乱入してくる。言葉の意味が分からずリトは首を傾げた。
「知らないって何がだよ?」
「りほっちってばこの間告白されたのよ」
「あっ!り、里紗ちゃん!」
急いで止めようとするが時すでに遅し。リトとは思わず席から立ち上がった。
「マジかよ!?初耳だぞ!」
「あ、あはは…リト達に言うのは恥ずかしくて…」
「それで、桜井さんはなんて答えたんだ?」
「えっと…ごめんなさいって。初対面の人だったし」
猿山の質問に苦笑いを浮かべながら答える。リトはまだ開いた口が塞がらない。
「ってことは男の方が一目惚れしたってわけか」
「ま、まさか梨穂子が告白されるとは…」
「何言ってんのよ結城!りほっちをよく見てみなさいって」
「顔も性格も可愛いし、なんてったってこのわがままボディ!一目惚れもするってもんだよ!」
「ひゃあ!」
「おおっ!」
里紗と未央がそう言いながら梨穂子の胸を持ち上げた。猿山は歓喜、リトは顔を真っ赤に染める。
「な、何やってんだ!」
「相変わらず初心ですな~」
「ちょ、ちょっと二人とも~!」
「よいではないかよいではないか~」
その時梨穂子とスキンシップを取っていた二人の襟を誰かがつまんだ。
「はいはい、その辺にしときなさい」
「香苗ちゃん!」
同クラスであり、梨穂子の親友でもある『伊藤香苗』が二人を梨穂子から引き離す。里沙と未央は大人しくそれに従った。
「香苗~、ちょっとくらい見逃してくれてもいいじゃない」
「放っておいたらいつまでもやるでしょうが」
「そんなことないよ、程よいところでやめるよ」
「何よ程よいところって…」
香苗のおかげで難を逃れた梨穂子を見てリトが席に座った。しかし改めて考えても驚きである、幼馴染組でこういった話を聞いたのは初めてだったのだ。これはもしかすると自分が知らないだけで、他の幼馴染にも同じようなことが起きているかもしれない。
「そんな大事なことを黙っていたとは!俺は悲しいぞ!」
突如響き渡った声に全員が同じ方向を見る。そこにいたのは教室の後ろにあるロッカーの上で側臥位の姿勢を取っている祐だった。
「祐!?」
「なにやってんだお前…」
声がするまで誰もその存在に気が付かなかった。無駄な隠密性である。
「リトに用事があって来てみれば、とんだ衝撃を受けたよ…これが大人になるってことなんだね」
「知らねぇよ」
長い付き合いのリトと中学からの知り合いである猿山はいつものことだなと思えるが、それ以外の者は祐の変人さに困惑していた。噂に違わぬ変人具合なので仕方がない。
「ゆ、祐?私別に隠してたわけじゃなくて…」
「言い訳なんぞ聞きとうないわ!」
「その口調はなんだ」
「てか早く降りろ」
顔や声は迫真でも姿勢が変わらないのでなんともシュールである。ツッコまれた祐はそこでロッカーから降りた。
「この件に関して、貴殿には追って沙汰あるものとする。んでリト、昼休み俺に付き合ってくて。話がある」
「…ああ、分かった」
「それじゃよろしく。また来るからな!震えて眠れ猿山!」
「なんでだよ」
話とは間違いなくララのことだろう。リトが頷くと祐は席に座っていた士郎を見つけてちょっかいをかけてから教室を後にした。微妙な空気がC組の教室に流れる。
「前から思ってたけどほんと変わり者ねあいつ」
「喋らなかったら結構キリっとした顔してるのにもったいないね」
「黙ってたら黙ってたで怖いけど」
「言えてる」
里沙と未央が笑いながら会話をする中、梨穂子はリトに近寄ると小声で話し掛けた。
「ねぇリト、話ってなに?」
「まぁ、ちょっとな。話すと長くなるから、あとで話すよ」
「…うん」
祐が今学園に居るということは学園長との話がついたということなのだろう。現在ララがどうしているのか気になりつつ、祐の話を待つことにした。そんなリト達を同じくC組の『西連寺春菜』が少し離れた自分の席から見つめてる。ぼーっとしていたからだろうか、梨穂子から目標を変えて背後から忍び寄る二人の存在に春菜が気付くことはなかった。
昼休みに約束通り祐についていくリト。祐が向かった先である屋上に出ると、人目につかない位置にひっそりと佇んでいるドアを開く。中はどうやら使われていないと思われる空間が広がっていた。
「なんだここ?こんな場所あるなんて知らなかった」
「元々は純一が見つけた場所だ。誰も使ってないから隠し部屋として利用させてもらってる」
「なんか段ボールが沢山あるな」
「それどかすと純一が持ち込んだエロい本が鎮座してるから気を付けろよ」
「あいつは何やってんだよ!」
段ボールの正体を聞いたリトは、なるべくお宝本(純一談)を視界に入れないように努めた。端に置かれていた椅子を二つ取り出して祐が座り、リトもそれに倣ってもう一つの椅子に腰かけた。
「さて、分かってるとは思うけど話ってのはララさんのことだ」
真剣な表情になると祐に頷く。普段の祐とは態度がまったく違うので、真面目な祐を見ると少し緊張してしまう。
「まず彼女にはこれから留学生として麻帆良学園で生活してもらう。デビルーク星のお姫さまって部分は伏せた状態でな」
「まぁ、そうだろうな」
「それで次、これから住む場所だけど…リト、お前の意見を聞きたい」
「俺の?」
「ああ。美柑ちゃんの意見は聞いたけど、リトがどう思ってるか俺は聞いてない。だからそれを聞かせてほしい」
一度視線を落とし、再度祐と目を合わせるとリトは自分の気持ちを伝えた。基本的には朝美柑に伝えたことと同じである。
「だから俺も、ララが家に住むのは賛成だ。俺も美柑も、両方の事情を知ってる。明日菜達は女子寮だし、何かがあった時に祐がそこに行けば正体が大勢にバレるかもしれない」
祐は腕を組み、黙ってリトの意見を聞いていた。話が終わると目を閉じ、何かを考えているように見える。
「デビルーク星から離れたとは言え、ララさんがあの星のお姫様ってことは変わらない。だからララさんが命を狙われるってことは無いとしても、彼女を手に入れる為にどんな手を使ってきても不思議じゃない」
「その過程で俺達も狙われる可能性がある…てことだろ?」
「高い確率でな」
その可能性はリトも予測できていた。しかし改めて言われると表情が強張る。
「そうなった場合、俺は相手が誰であっても全力でリト達を守るつもりだ。だけど全てを未然に防ぐってのは、正直言って無理だ。お前も、それなりに危険な目に合うことになる」
向けられた祐の眼差しから目を背けたくなる、だがそれをするわけにはいかない。リトは心の中で気合を入れてまっすぐ見返した。
「彼女を地球に留めたのも、守ると言ったのも俺だ。だからその責任は俺が持つものであって、リト達が何か責任を感じることはない。ララさんの住む所も、他に選択肢が無いってわけでもないしな」
「その上でもう一度聞く。リトはどう思う」
投げかけられた問いに、リトは前のめりになって反応した。
「その前に一つだけ教えてくれ。ララが俺達の家で暮らすことは、祐にとって助けになるか?」
お互い目を合わせながらも沈黙が生まれた。ほんの数秒を数分と勘違いしてしまいそうな静寂の中で、ゆっくりと祐の口が開く。
「現状、その案が俺にとって一番動きやすいのは確かだ」
祐の答えにリトは少し椅子に背中を預ける。ならば答えはもう決まった。
「じゃあやっぱり、俺はララが家で暮らすのに賛成だ」
「その案が祐にとっても、ララにとっても都合がいいんだろ?だったらそれが一番だと思う」
「危険な目に合うぞ」
「俺はお前と一緒に戦えない。これでも考えてたんだ、どうしたらお前の力になれるんだろうって」
祐の秘密を聞いて、自分に何ができるだろうと考えていたのは明日菜達だけではない。特別な力など無い、そんな自分にもできることが遂に巡ってきたのだ。
「お前はいっつも誰かを守ってて、そんなお前は大切な幼馴染だ。だから俺にもやれることがあるなら少しでも協力したい、力になりたいんだよ。美柑だって同じ気持ちだ」
「…そうか」
祐は力が抜けたように頭を下げ、頭を掻くと今度は椅子にもたれ掛かった。
「はぁ…だめか」
「なんだよだめかって」
「ララさんと同棲したいみたいな理由だったら、軽く突っぱねてやろうと思ってたんだがなぁ…」
「アホか」
ただの色ボケでこんなことを言ったのではない。本当にそんな理由だと思われていたのなら失礼な話である。
「偶には役に立たせてくれよ。世話になりっぱなしで返せないってのは…いい気分じゃない」
「俺リトに何かしたか?」
「直接じゃなくても、何度も助けられてる。あの怪獣も宇宙人も、放っておいたら大勢が犠牲になってた。その中に俺もいたかもしれない」
誘拐を繰り返していた宇宙人がなにを企んでいたのかまでは知らない。だがあの怪獣に至っては、祐があの場で対処してくれていなければ間違いなくもっと甚大な被害が生まれていた筈だ。
「本音を言うと、俺からすればお前らは居てくれるだけでいいんだけど」
「それだと俺らが良くない」
「…強情な奴め」
「お前が言うな」
重苦しい雰囲気は消え、いつもの調子が戻ってきた。双方こちらの方が性に合っている。
「お前の意見は分かった。あとは才培さんと、できれば林檎さんにも連絡したい」
「どうせいいって言うぞ?」
「それでもちゃんと伝える必要がある」
「変なところは真面目だよな」
「ほっとけ」
話が一段落したので立ち上がって隠し部屋から出る二人。大きく伸びをするリトの少し前を歩いていた祐が振り返った。
「リト」
「ん?」
「ありがとう、恩に着るよ」
「気にすんな、祐と一緒だよ。俺も、俺がやりたいことをやってる」
面と向かって言われると恥ずかしく思う。しかし祐から感謝を言われ、リトは無意識に笑っていた。
「どうしたのよ?急に外で食べたいなんて」
「今日はなんかそんな気分なんよ」
「日も出ていますし、少し暖かいですね」
明日菜・木乃香・刹那の三人は話の通り、木乃香の気まぐれで昼食を外でとる為に芝生が広がる中庭に来ていた。
「あ、あそこにせぇへん?」
「了解」
木乃香が一足先に木陰の場所まで歩いていくと、鞄からレジャーシートを取り出して敷く。
「木乃香最初っから外で食べるつもりだったでしょ」
「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれんよ」
「ぼかす必要ある?」
二人の会話に柔らかく笑う刹那。そんな時、何かに気が付いて遠くを見た。
「せっちゃん?」
「どうかしたの?」
「いえ、少し向こうの方が賑やかだったので」
刹那に釣られて同じ方向を見つめると、少しずつこちらに歩いてくる二人組が見えた。どうやらその二人を中心にざわめきが起こっているようだ。一人はスーツの女性、もう一人はピンク色の髪をもつ少女だった。
「ウチらとおんなじ制服やけど、見たことあらへん子やね」
「ほんとだ。見たことあったら忘れなさそうな見た目だけど」
「…刀子さん?」
「せっちゃん知り合いなん?」
「はい。スーツの女性は私と同じ神鳴流の剣士で、私達の授業は担当していませんが教員の方です」
「へ~」
二人を観察していると少女の方はなんとも楽しそうだが、刀子は若干疲労が顔に出ているような気がする。
「面白いところだね〜麻帆良学園って!地球の学校ってどこもこんな感じなの?」
「いいえ。麻帆良学園のような場所は、私が知る限りではありませんね」
(初めから今に至るまでずっと元気ねこの子…)
無尽蔵の体力とも思えるララの様子に刀子は遠い目をした。これほどパワフルなのは彼女が宇宙人ということも関係があるのだろう。彼女と自分の違いが年齢だけとは思いたくない。それから周りの生徒達の視線が常に向いているのも落ち着かなかった。ララを見ているのは分かっているが、それでも連れているこちらにも視線が移るのだ。
「あれ?あの人どこかで…」
周囲を見回していたララが何かを見つける。刀子もその方向を確認すると、先にいたのは刹那達だった。
(刹那?それに木乃香お嬢様と…神楽坂明日菜さんですか)
同じクラスの三人が昼休みに外に出ているのはおかしくはない。しかしララは三人が気になったのか、そちらに走って行ってしまった。
「あっ!デビルークさん!」
「えっ、あの子こっちに走ってきてない?」
「ほんまやね。明日菜と同じくらい走るの速いな〜」
「なんだあのスピードは…」
敵意は感じないが一応木乃香の前に出る刹那。顔がしっかり見えるところまで来ると、ララが明日菜達を指さした。
「やっぱり!ユウとリトの幼馴染の人だ!」
「「「…え?」」」
謎の少女からよく知る名前が出てきたので呆けた顔をしてしまった。急いで追いかけてきた刀子がララの肩に手を乗せる。
「デビルークさん!勝手にどこかへ行かないでください!」
「あっ、ごめんなさいトーコ先生」
「あの刀子さん…この方は?」
刹那が恐る恐る訪ねると刀子は眼鏡の位置を直しながら答えた。
「彼女は海外からの留学生として麻帆良学園に転校することになったデビルークさんです。私は学園長に頼まれて彼女に学園内を案内していました」
「な、なるほど…」
「えっと…なんで私たちのことを?」
「写真で見たの!その時ユウが幼馴染だよって教えてくて」
明日菜達は顔を見合わせてから改めてララを見ると、笑顔で見つめ返された。どことなく桜子に雰囲気が似ている気がする。
「デビルークさんは祐君とお友達なん?」
「お友達…どうなんだろ、私ってユウとどんな関係なのかな?」
「いや、私達に聞かれても…」
明るいだけでなく天然も入っているようだ。ララの醸し出す空気に肩の力が抜ける。ともかく危険な人物ではなさそうだと刹那が感じていたところ、明日菜はジト目になっていた。
「ちょっと待ってて、今から祐に電話するから」
「もうかけとるよ」
(は、速い…⁉︎)
見事な早技に刹那は舌を巻いた。
共に昼食を取ろうとしていた祐とリト。そんな時祐のスマホが着信を知らせる。
「んあ?木乃香からだ」
「なんかあったのか?」
「分からん。取り敢えず出るわ」
リトに断ってから通話を始めた祐。学園で電話をしてくるとは急ぎの用事なのだろうか。
「はい、もしもし」
『祐君、今ちょっとええかな?』
「大丈夫だけど、どうかした?」
『デビルークさんとどんな関係なん?』
「……」
祐の顔から感情が抜けて無表情に変わり、その様子を横で見ていたリトはぎょっとする。
「木乃香今どこにいんの?」
『中庭の芝生広場におるよ』
「すぐ行くわ」
『待ってるで~』
通話を終えてリトの方を向く祐。話が分からないリトは困惑していた。
「ど、どうしたんだ…?」
「たぶんだけど、ララさんと木乃香がエンカウントした」
「えぇ…」
「明日菜!木乃香!刹那!うん、ちゃんと覚えた!よろしくね!」
「よ、よろしく…」
「明るい子やね~」
「え、ええ。そのようですね」
祐が来るまでの間、こちらだけ名乗らないのも失礼なので三人は自己紹介をした。刀子が疲れた表情をしていたのも刹那はなんとなく察しがつく。
「刹那もユウ達と幼馴染なの?」
「いえ、逢襍佗さんとは幼馴染ではありません。私は中等部時代に転校してきたので」
「そうなんだ。どこから来たの?別の星から?」
「べ、別の星…?」
「デビルークさん、ちょっと」
後ろで話を聞いていた刀子がララを連れて離れると、小声で何かを話している。本気で聞いてきたのか、それとも単なる冗談だったのか判断が難しい。
「今のってジョークなのかな…」
「最近の情勢から見てもなんとも言えませんね…」
「多様性の時代やもんな」
「多様性で片付けていいのかしら…」
そんな話をしている最中に遠くからリトと共に祐が歩いてきているのが見えた。何故リトも一緒なのかと思っていると、ララも二人の存在に気が付いたようだ。
「あっ!ユウ!リト!」
ララは二人に走っていくと勢いそのままに抱きついた。過激とも言えるスキンシップにリトは赤面、祐は苦笑いを浮かべる。
「やぁララさん、麻帆良はどうだった?」
「面白いところだね!早く私も通いたい!」
「それは何より。気に入ってくれたみたいで俺も嬉しいよ」
横目で確認するとリトは固まってしまっている。彼の為にも一旦ララを離した方が良いだろうと肩に手を置いて優しく距離を取った。
「随分仲がいいみたいね」
ララ越しに声のした方を見れば笑顔が引きつっている明日菜が目に留まった。木乃香は普段通りの笑顔だが、刹那は複雑そうな顔をしている。
「えっと…もう自己紹介は済んでる?」
「うん!」
満面の笑みを返してくるララに、少しこの場を和ませるのを手伝ってもらうとしよう。祐はララの身体の向きを反転させて明日菜を指さした。
「ララさん、お近づきの印に明日菜にハグしてあげて」
「明日菜に?うん!任せて!」
「は?ちょっと!」
なんの躊躇も見せずに明日菜へと向かって走るララ。どうするべきかと戸惑っている内にララが明日菜を思い切り抱きしめた。情熱的な抱擁である。
「明日菜!これから仲良くしてね!」
「それはいいけど抱きつかなくていいから!」
「素敵な瞬間ですね」
「バカなこと言ってんじゃないわよ!」
嗾けておいて祐は他人事だった。気が付くとララはいつの間にか目標を木乃香に変える。
「木乃香!よろしくね!」
「は~い、よろしゅうなぁ」
こういったことにノリがいい木乃香はすっとララを抱きしめ返す。見習いたいかは別として尊敬はする明日菜と刹那だった。
「刹那もよろしく!」
「あ、あの!私にはしていただかなくても!」
言葉の途中でララに抱きつかれて赤い顔で固まった刹那の反応は奇しくもリトと同じである。
「抱擁にはストレス軽減やリラックス効果があると聞いた気がする。葛葉先生もどうですか?」
「結構です。あとにじり寄らないでください!」
どさくさに紛れて刀子と抱擁を交わそうとする祐だったがそう上手くはいかなかった。尚も距離を詰めようとする祐の後頭部を明日菜が叩く。
「あんたはあんたで何やってんのよ!」
「あでっ!」
叩かれた祐は後頭部を摩りながら明日菜を見つめる。
「な、なんか文句あんの…?」
「…なぁ明日菜、ケツ触らせてくんねぇ?」
「嫌に決まってんでしょ!」
臀部を両手で押さえつつ祐から距離を取る明日菜。それを見て祐はどこか満足している雰囲気だった。
「あ~、やっぱりこれだよ」
「あんたどうしたの…」
いよいよおかしくなったのかと明日菜は心配になる。おかしいのは前からだが今の祐は一層おかしい。
「ほらリト君、そろそろ起きいな」
「…はっ!ああ木乃香、悪い…」
一方その頃半ば気絶していたリトを木乃香が起こす。それが済んだのなら今度は刹那を起こさなければならない。刹那を揺らしながら周りに声を掛けた。
「せっかくやからみんなでお昼にせえへん?みんなまだやろ?」
「お昼か~、ここだとどんなものが食べられるんだろう」
「そっか、そこら辺も紹介しないとね」
「先生も一緒にどうですか?」
「え?いえ、私は」
「トーコ先生も一緒に食べようよ!」
木乃香に誘わてやんわりと断ろうとしたがララに両手を握られる。こう言われては無理に振りほどく気も起きないので頷くことにした。
「分かりました、ご一緒させてもらいます」
刀子を連れて木乃香の共にシートへ向かうララ。その姿を腕を組んで見つめる祐の隣に明日菜が近寄った。
「なんか不思議な子ね」
「ああ、まったくだ。それでいて驚くほど純粋ときてる」
そう言った祐は真面目な表情だった。含みがあるように感じるのは気のせいではなさそうだ。
「ララさんのこと、明日菜達には伝えておいた方がいいだろうな。飯食いながらにはなるけど、色々説明するよ」
「…その感じだと訳ありってことね」
「ご明察。さっ、俺達も行こう」
歩き出した祐についていくように明日菜も進む。ララにも何かがあるのではないだろうかと祐の名前が上がった時点で薄々思ってはいた。実際その通りなようで明日菜はため息をつきたくなったが、一番そうしたいのは祐かもしれないのでぐっと堪えた。
「ふぃ~、戻ったぜい」
「お、来たな」
教室で昼食をとっている当麻と青髪の元へと席を外していた元春が戻ってきた。
「食事中に電話とはマナー違反やで土御門君」
「仕方ないだろうが。俺はお前と違っていろんな人と繋がりがあるんだ」
「なんや貴様!言うに事欠いて注意をしてあげた僕を馬鹿にするとは!みなさ~ん!土御門がヘイトスピーチをしてますよ~!」
「飯食ってる時に叫ぶなよ青髪、マナーがなってないぞ」
「カミやんは土御門側かいな!この色違い黒トゲピー頭!ぶっ壊れたモンスターボールに閉じ込めたろか!」
「誰が色違い黒トゲピー頭だ!あと俺を閉じ込めたかったらマスターボールでも持ってこい!」
席から立ち上がって言い合いを始める当麻と青髪。元春は一人食しれっと食事を再開した。
「贅沢言うとんちゃうぞ!ザコポケモンの分際で!」
「言いやがったなテメェ!」
いよいよ取っ組み合いを始めた二人。そんな当麻達を見かねてか、胸につい視線が向かってしまいそうな女子生徒が近づいていた。彼らが武力行使を受けて鎮圧されるまで秒読みである。友人達の惨劇に目を逸らしつつ、元春は一人考え事をしていた。
(やれやれ、あっち側もピリピリしているとは…まぁ、最近の事件が多発しているこの状況じゃ無理もないか)
先程の連絡は元春にとって頭を悩ます要素を増やした。この歳で胃の調子を心配しなければならないとは悲しい話である。
(イギリス、もっと言えばロンドンは特に不安定な場所の一つだ。下手な飛び火は勘弁願いたいが)
正直これ以上この国に面倒事を集中させたくはない。だがそんなことは望むだけ無駄というものだろう。せめて様々な所からやってくる問題がブッキングしない事を祈るくらいしかない状況にため息が漏れた。
一番好きな章は?
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序章・始まりの光
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幽霊と妖怪と幼馴染と
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たとえ世界が変わっても
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悪魔よふたたび
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漢の喧嘩
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