UH-1Y ヴェノム(Bell UH-1Y Venom)は、アメリカ合衆国のベル・ヘリコプターが同社のUH-1N ツインヒューイをアップグレードさせる形で開発(一部新造)した中型軍用ヘリコプターである。
初飛行から既に30年が経過し、老朽化していたUH-1Nを改造する形で、1996年にアメリカ海兵隊が発表したAH-1W スーパーコブラのAH-1Z ヴァイパーへの近代化改修計画と並行して、近代化改修させたのがUH-1Yである。
並行して行われた理由として、元々AH-1 コブラはUH-1 ヒューイをベースとして開発された機体であり、当機と共通のコンポーネントを使用する事が可能であり、開発・改造コストの抑制を行う事が可能であったからと言う事情がある。この試みにより、強襲揚陸艦への搭載に対応した折り畳み可能なブレード4枚構成のメインローター、新型トランスミッション、対電磁波能力・塩害対策、新型光学センサー、ゼネラル・エレクトリック T700-GE401Cエンジン2基が搭載され、AH-1Zと84%の共通性が付与された。また、コックピットに関しては、大型多目的表示ディスプレイ4つ及び方位計2つずつから構成されるグラスコックピットに換装され、システムもAH-1Zと同一である。その他、UH-1Nに比較して、速度・搭載能力の向上が図られ、ヘッドマウントディスプレイでの夜間飛行にも対応している。 当機は2001年末に初飛行を行なったが、AH-1Zの試作機の設計変更により、2005年度会計からの承認となった。その後、2006年にAH-1Zと共に飛行テストが完了、2008年に初期作戦能力を付与され、2009年1月に配備が開始された。今後、2016年までに123機のUH-1NがUH-1Yに更新される予定である。
AH-1Z ヴァイパー(英語: AH-1Z Viper)は、アメリカ海兵隊が運用するAH-1W スーパーコブラの発展型攻撃ヘリコプターである。UH-1N ツインヒューイの後継にあたるUH-1Y ヴェノムと並行して開発された。
AH-1ZはAH-1W、UH-1YはUH-1Nの後継機を目指してベル・ヘリコプターが開発した。また、UH-1Nの性能向上改修も並行して行われ、コストダウンを図っている。アメリカ海兵隊は1996年にAH-1Z計画の進行を決め、11月15日にベル社に契約を与えた。
2000年には試作機であるNAH-1Zがロールアウトし、試験飛行を行ったが、水平安定板の設計変更が必要と判明したことから戦力化に遅れが生じ、配備の開始は並行して開発されていたUH-1Yよりも少し遅れることとなった。
MH-6 リトルバードは、MDヘリコプターズが生産している軽汎用・攻撃強襲用ヘリコプターである。OH-6の軍用派生版。
愛称はMH-6がリトルバード(Little Bird)、AH-6がキラ-エッグ(Killer Egg)
本項では武装攻撃型のAH-6も記述し、特記がない限りはAH/MH-6と呼称する。
この機材となったベースのOH-6の前史は当該項目に詳しい記述があるが、AH/MH-6が開発される契機となったのは、1980年のイランアメリカ大使館人質事件におけるイーグルクロー作戦である。この作戦については当該項目に詳しい記述があるが、ヘリコプターの選択ミス及びトラブルが重なった事により作戦が失敗してしまった。この失敗による調査委員会で、急襲に必要な部隊と航空機の欠如が指摘され、特殊作戦航空能力開発のための特別プロジェクトである「ハニー・バジャー(ミツアナグマ)作戦(Operation HONEY BADGER)」が開始される事となる。
この計画では第101空挺師団の3個飛行大隊を中心に当時新鋭機だったUH-60及びベトナム戦争でも活躍した大型ヘリコプターCH-47の開発及びイラン大使館の人質の再奪還を目標としていた。
その中でAH/MH-6を開発する事になったのが、第229攻撃ヘリコプター大隊である。OH-6Aを運用していた同大隊は、この作戦の為にパイロットを提供し、アラバマ州フォートラッカーで同機の開発が行われた。そして同機が完成し、先のUH-60、CH-47の部隊と統合しタスクフォース158が創設され、同大隊はリトルバード運用部隊となった。そして第二の奪還作戦が行われる予定であったが、1981年にイランとの交渉が進展した結果同年1月20日に開放される事となり、この作戦も中止となった。
ところがこのタスクフォース158は後の同種作戦で必要と判断され、解散せずに現在の第160特殊作戦航空連隊「ナイトストーカーズ」となり、同機は連隊本部特殊作戦航空訓練中隊及び第一大隊に配備され活躍している。
なお、アメリカ陸軍においてはナイトストーカーズのみで運用されているが、FBIのHRTにも民間型のMD-530Fが配備されている。
また、派生型としてボーイング・ヘリコプターズが開発した無人航空機(UAV)タイプのAH/MH-6X、電子戦/指揮機のEH-6も存在する。
現在ナイトストーカーズで現役で運用されているのは、MH-6H、AH/MH-6J、AH/MH-6Mである。
Mi-28(ミル28;ロシア語:Ми-28ミー・ドヴァーッツァチ・ヴォースィェミ)は、ロシアのM・L・ミーリ記念モスクワ・ヘリコプター工場の開発した縦列複座式攻撃ヘリコプターである。
北大西洋条約機構(NATO)の用いたNATOコードネームは「Havoc(ハヴォック(「ハボック」とも表記される):大混乱、大損害 の意味)」。
1972年より、兵員輸送ヘリと攻撃ヘリの性格を併せ持つヘリコプターであるMi-24の完成に続く形で、Mi-28の仮名称を与えられた機体の開発が開始された。Mi-24と大きく異なる点は兵員輸送能力を要求より外したことで、Mi-24のような兵員輸送能力は無く、純粋な対戦車作戦用攻撃ヘリコプターとして設計されている。これによって最高速度がMi-24より向上し、敵戦車、ヘリコプターへの攻撃や味方のヘリコプターによる揚陸作戦における援護といった場面においてより高い戦闘能力を発揮する設計となっている。開発段階では翼の両端にエンジンとプロペラを垂直方向に登載し、さらに機体後部に推進用プロペラを搭載するといった非常にユニークな案も考えられた。しかし結局、1977年に決定された設計は機体上部に一つのローターを持つ保守的なものであった。
1981年に設計と機体の実物大模型が認可され、1982年11月10日に試作機(No.012)が完成し、1983年には試作二号機である(No.022)が初飛行にそれぞれ成功している。1984年には初期段階での試験が完了したが、1984年10月ソ連空軍は次期対戦車ヘリコプターとしてカモフ設計局のKa-50を採用することを決定した。
次期制式採用機の座は逃したものの、その後もMi-28の開発は細々と続けられ、1987年12月、Mi-28の製造がロシアのロストフ・ナ・ドヌにて行われることが認可された。1988年1月、新型Mi-28の試作機(No.032)が初飛行した。初期の試作機より強力なエンジンが登載され、テールローターも三枚からX型に変更されていた。このMi-28Aは1989年にパリ航空ショーで初公開され、1991年にはMi-28Aの二号機(No.042)が完成する。だが、開発の努力及ばず、1993年にMi-28Aの計画は中止されることが決定した。性能的にKa-50に劣っているとみなされたこと、そして何よりも全天候型でないことがその大きな理由であった。1990年にはMi-28Aを分解した状態でイラクに輸出し、現地でMi-28Lとして組み立てる契約をミル設計局が交わしたが、この計画は湾岸戦争の勃発により白紙撤回された。
Ka-60 カサートカ(カモフ60カサトカ;ロシア語:Ка-60 Касаткаカー・シヂスャート・カサートカ)は、ロシアの航空機製造会社カモフで開発された多目的ヘリコプター。愛称はロシア語で「シャチ」のこと。
Ka-60は、Mi-8シリーズの後継機として開発された。開発はソ連時代の1984年にカモフ設計局で始められ、1997年に原型機であるKa-60-1が完成、1998年に初飛行を行った。
カモフは、従来同軸反転式ローターを採用したヘリコプターの設計を得意としてきたが、Ka-60では直径13.5mの通常型5枚ローターを採用した。そのためKa-60にはテールローターが必要となったが、カモフではダクテッド・ファンテールローター方式を採った。
Ka-60と同様の構造をもった機体としては、一回り大型のKa-62が開発されており、この機体は航空機製造会社カモフの完成した新しい機体として初飛行を1998年に行った。
Ka-60は、ロシア陸軍の新しい主力多目的ヘリコプターとしてウラン・ウデの工場での生産体制が整えられており、カモフはロシア軍の中で以前に増して重要な位置を占めていくであろうとみなされている。また、Ka-60はロシア国内のライセンスAP-29の他にアメリカ合衆国のFAR-29も取得しており、従来のソ連・ロシア製のヘリコプターより幅広い海外市場への展開が期待されている。
次回は誰をボコボコにするか考えてます。
投稿が遅くならない様に頑張ります。