宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2022/4/14誤字修正。
 Gravestoneさま、SIGSEGVさま、カド=フックベルグさま、あーるすさま、ポイジさま、ご報告ありがとうございます!


11 人形師の糸

 全ては、その日から変わった。

 たった一人の少女。たった一つのパズルのピース。

 それが欠けたことによって、失ったことで、イワン・ヨークは変わってしまったと誰もが理解できてしまった。

 

「お喜びください、サスロ閣下。かねてより計画していた対連邦諜報機関が完成致しました。これよりは閣下の名を冠し、『サスロ機関』として全権を正式に移譲致します」

 

 書類一式と共に整えられた構想及び運用法を提示されたサスロは、微かに汗を滲ませながら疑念を呈した。

 

「……纏めたお前が動かさんのか?」

 

 これほどまで入念に組織しておきながら、それを動かすだけの権限を丸投げするなどどうかしているとサスロは感じたし、実際手柄の横取りにも等しい為に躊躇したが、イワンは何を仰いますかとにこやかなままだ。

 

「全ての功と権力は、ザビ家にこそ集中させねばなりません。『ジオン自治共和国』はザビ家の完全なる統治あってこそ、国民の全幅の信頼と期待に応え得るのです」

 

 時はジオン・ズム・ダイクン議長の死、そしてキシリア・ザビの眠りから三年余りが経過した宇宙世紀〇〇七一年。サイド3、ムンゾ自治共和国はジオンという新たな国名を選択した。

 故ダイクンのファーストネームを冠することとなったこの国家こそ、ザビ家の統治は一時的なものであることの表明であると同時に、未だその忠誠心が揺らがぬこと。ダイクンの理想実現を標榜するものであると喧伝する上で絶大な効果を発揮したが、勿論有名無実では話にならない。

 人的資源確保の為の大規模な移民誘致を打ち出し、各種社会保障の充実とビスト財団を加えてのより大規模な重工業、資源採掘事業の拡充等……。

 他サイドや地球圏さえバブル期を過ぎ、新規コロニーの開発さえ停滞する中、ジオンだけは肩で風切る勢いで拡大発展しつつあったが、これには当然理由がある。

 

 元よりこれらの政策は秘密裏な軍備拡張計画の為の資金確保──対地球連邦政府を想定したものに過ぎず、労働人口の確保や経済支援は、全てがまやかしのものにすぎない。

 とはいえ、如何にまやかしであったとしても職と然るべき待遇を保証され、職業訓練の傍ら専門知識を得られるとあらば、国民からしても歓迎すべき事態である。

 機を見るに敏であったビスト財団は自己拡大の為にサイド3への支援を惜しまず、ジオンもまた自国産業の発展に注力を惜しまぬ傍ら、地球圏に中枢基盤を置くビスト財団を差別することなく手厚く遇した。

 

 無論のこと、これらに関してはイワンの功でなく資産家たるヨーク家とデギンの功であって、イワン自身の手柄と言えばビスト財団と顔を繋いだ程度に過ぎないし、経済面においてイワンが出来ることなど何一つとしてないのだから脇に置くべき事柄だ。

 

「分かった……だが、タダでというのも何だ。ギレン(あに)には功績を伝えておく」

「ありがとうございます」

 

 無理に固辞するより、ここで切った方が他の仕事に時間を割けるという実務的な割合の方が強いのだろうとは、サスロにもすぐ分かった。イワンが執務室から敬礼と共に退室したのを見届けるや否や、直ちに電話を繋ぐ。

 

「兄上、俺だ。今、イワンが手土産を持ってきた……五年間、手塩にかけた諜報機関を丸ごとくれてやると。兄上に親衛隊を任せたばかりだというのに……」

『結構なことだ。元より情報戦はお前の専門とするところだろう?』

 

 確かにサスロは国民運動部部長の地位に就き、情報統制を行う傍ら国家の、そしてザビ家の耳目としての役割に専念してきた。

 その手の長さはコロニー外を越えて地球圏の裏社会にまで迫り、今やどの犯罪組織でさえ伝手を得てサスロは情報を引き抜くことが出来る。

 そこにきて、対連邦を想定した諜報機関というのは正しく垂涎の的だった。これまでの自分に欠けていた、軍部や連邦政府にさえ網を張れる手足は確かに有用という言葉でさえ決して足りないものだろう。しかしだ。

 

「兄上、イワンは……あいつはもう駄目だ。あいつは絶対に俺達の手に負えなくなるぞ!?」

 

 欲するものを欲する時、常に与えてくれる無制限の魔法のランプ。しかし、それをただの便利屋と見ることは、もうサスロには無理だった。

 

『あれは昔から優秀だった。私が認めた男なのだから当然だろう?』

「ああ、そうだな……兄上なら、アレを相手に出来るだろう」

 

 だが、サスロ自身もドズルも、言うまでもないがガルマとてアレを御すことは無理だろう。

 

「兄上だけだ……あの化け物の上を行けるのは」

 

 だから頼む、鎖に繋いで手放してくれるなと。そう嘆願するサスロは妄想で言っているのではない。

 

「俺は……いいや、この国(ジオン)はあの化け物に()()されている!」

 

 ダイクン、ジンバ、ローゼルシア……確かに始末する計画を完璧な形で練り上げたのはザビ家だろう。しかし、事の発端は何だった? そうしなければならないと自分達に信じ込ませ、実際に成功に至る筋道を用意したのは一体誰だ?

 

「俺達が支配者だと、理想の統治者だと馬鹿共(こくみん)は思っているようだが違う! あいつだ! あいつが『成功』を用意したんだ!!」

 

 用意された答えの先、それにザビ家が現実的な計画を立ててきた。そして実際、今までそれで成功し、栄華をこの手に掴んでいる。

 ……だが、それは何時まで続く? イワンがザビ家にとって、全てを裏返しかねない道に誘導しないと何故言える?

 

『お前の危惧は無駄だが、その時こそ私の出番だろうと言っておく。義弟(イワン)がザビ家を裏切ることなど有り得ん──……変わってしまったことは、認めるがな。

 お前とて、義弟(イワン)がどれだけキシリアを愛したかは知っていよう』

「それは……そうだな」

 

 確かに恐ろしくある。自分が人形師の糸に操られている感覚が付き纏っている。しかし、確かにギレンの言う通り、イワンはキシリアを愛している。過去形でなく、今も変わらず、おそらくは死ぬまで愛を貫いて果てるだろう。

 

「悪い……浅慮だった。不安だったんだ、あいつの変わりようが、ずっと」

『お前だけではない、ドズルからも言われたよ』

 

 イワンが怖い、変わってしまったと。少しでも仕事を減らしてやるべきだと。

 誰だとて、あの光彩の欠けた瞳を見れば不安に駆られるのは当然だろう。

 

『だが、好きにさせてやれ……義弟(あれ)から仕事を奪えば何も残らん』

 

 軍籍を剝奪し、公務から退かせ、それで心の安寧など得られるものか。そんなものを与えられるのは、この世でたった一人だけだったのだから。

 

 

     ◇

 

 

「進捗はどうかね? 博士」

「これはヨーク中佐。お喜びください。熱核反応炉の小型化は順調そのものです」

 

 丁寧に腰を折りつつ、白衣を纏う老人の名をトレノフ・Y・ミノフスキー。

 新粒子発見と共に『ミノフスキー物理学』を提唱し、この物理学を応用することで、後にこの世界における軍事面において最高峰の貢献を果たすこととなる偉大な科学者だが、イワンの進言による大規模な国家資金援助によって、その研究成果は正史に比して飛躍的な発展を遂げていた。

 

「素晴らしい成果だ。融合反応炉の安全化といい、博士の名が宇宙に轟く日は遠くないな。以前からの課題であった粒子放出のコントロールと、ジェネレーターの小型化はどうなっている?」

「滞りなく。反応炉の小型化につきましても、()()宇宙貨客船に積むには十分でしょう」

 

 貨客船などと言えば聞こえはいいが、実際には軽巡洋艦への兵器転用を前提としたものに過ぎない。これに限らず、ジオン国内で運用する多くが民生品とは名ばかりの軍用品だった。

 身近な防寒着や保存食は冬季戦用装備や戦闘糧食(レーション)であり、宇宙港の拡張とて運輸産業の推進でなく軍艦配備を前提としたもの。何もかもが、来るべき戦いに備えて動き続けていた。

 

「重畳だな。人型開拓作業機(モビルワーカー)の進捗状況は?」

「そちらにつきましては、ドズル中佐殿のご到着を……」

「ほう、早かったなイワン。サスロ(あに)のところに顔を出すというから、遅れるとばかり思っていたんだが」

 

 噂をすれば、というところか。開発施設に悠々と足を運んだドズルに対しイワンが敬礼を捧ぎ、速やかに答礼してからドズルも成果を確認するために、モニターに顔を覗かせた。

 

「現在、ジオニック機関……失礼、ジオニック社に招聘された開発チームとテストパイロットの意見を参考にした結果、重心の低い従来のタイプでなく、より人型に近い試作機のものが、運動性や機動に推進剤を必要としない点からも有用と判断されました」

 

 正史におけるジオニック社は世界初の人型兵器を生んだ軍需複合メーカーであるが、イワンは自然発生するより先んじてツィマットやMIP社といった複数企業から技術者を選出させ、半官半民の研究機関として立ち上げた上で、表向きは開拓作業機や重機パーツの製造企業としての看板を用意していた。

 敢えて各企業から秘密裏にコンペを行うことで正規採用機を選定するのでなく、複数企業から技術者を吸収する形をとったのは、メーカーごとにコクピットや操作性が異なるという事態を避けつつ部品等に共通規格を持たせるためで、これは正史における『統合整備計画』を前倒しで進めるための措置でもあった。

 

「良し。反応炉は人型開拓作業機(モビルワーカー)に搭載出来そうか?」

「……この進捗状況ですと二年はかかるかと。無論人型開拓作業機(モビルワーカー)に関しましては、要求仕様通りそれを前提とした運動性の確保に努めておりますが」

「イワン、そう無理を言ってやるな」

 

 これでも想定より遥かに速い方だぞとドズルが窘めれば、確かにその通りだとイワンは非を認めた。

 

「テストパイロットから、より細かい声が聞きたい。モニターに出してくれ」

『こちらオルテガ曹長! ヨーク中佐殿、ドズル中佐殿もご無沙汰しております!』

「兼ねてより要求していた、脱出コクピットについて意見が欲しい。ラル少佐、ガイア少尉らも忌憚なく述べてくれ」

『戦闘機のような射出型は現実的じゃありませんな。一旦脱出できても、乱戦下では確実に死亡します』

『自分も少佐殿と同意見です。やはりコストがかかってでも、ヨーク中佐殿が提言した小型戦闘機の変形ユニットは必須かと』

 

 やはりパイロットである以上、生存率向上は多少の性能低下とコスト増加を招いてでも欲しいところなのだろう。

 ランバもガイアも、イワンが知識を元に提言したコア・ファイターや複合試験型グフに運用された、コクピットシステムに航空機変形ユニットを搭載した仕様を強く求めてきた。

 

「コストは度外視して構わん。技術的には実用可能か?」

「脱出のみの用途として武装を排した上で、航空機に変形後はドッキング出来ずとも良ければ……」

 

 頭を掻いて唸る技術者に対し、十分だとイワンは頷く。経験を積んだ操縦士(パイロット)は兵器などより遥かに高価で価値ある存在だ。連邦との戦力差を度外視しても、操縦士(かれら)を使い潰すような真似は論外と言っていい。

 敗戦間際になって、操縦士(パイロット)を艦隊の護衛付きで輸送しながら、肝心の機体は碌な護衛もなく運び出すような図は笑い話にもならないのだから。

 

「予算は最優先で捻出する。各員にはジオンの為、一層の努力を期待する」

 

 

     ◇

 

 

ギレン閣下(あにうえ)には親衛隊を、キシリア機関となる筈だった諜報組織はサスロ閣下に移譲。ミノフスキー粒子とMS(モビルスーツ)の開発、軍需品の生産ライン確立も概ね順調と言っていい”

 

 本来、ジンバ・ラルの件で予備役に降格される予定であったランバ・ラルを現役に留め佐官にし、黒い三連星も将校に引き上げた。他にも目に付く将兵は片端から動かしているが、すべきことはやはり多く、時間も足りない。

 

「お加減は如何ですかな?」

「問題ない。始めてくれ」

 

 手術衣を着用し、各種計器を装着したイワンが合図すると、脳波をはじめとしたデータ測定が開始される。一定の肉体的苦痛や精神的負担ないし、薬物の投与がどこまで影響するのか。

 ニュータイプ能力を科学的検証及び再現するため、イワンは自らを検体として、医学博士にしてニュータイプ理論の信奉者たるフラナガン・ロムを表向き主治医として雇い、その研究に協力していた。

 

「やはり中佐の見立ては正しかった。肉体的負荷以上に、精神的負荷が脳波の放出量を底上げしております。投薬は副作用の影響も大きいでしょうし、今後はこちらを中心に()()()て行くべきでしょうな」

 

 弾むような声のフラナガンに反して、イワンは全身に汗をかき、動悸も大きい。寿命を削る類の投薬や実験こそ行ってはいないものの、それでも精神的・肉体的負担を常に限界直前まで行っての実験なのだから当然だ。

 

「……どの程度上がった?」

「計測結果では、およそ二パーセント程」

 

 上々だとイワンは汗を拭う。たった二パーセントかと思うだろうが一度の、それも安全性を確保した上でこの結果ならば申し分ない。

 

「次は戦闘シミュレートと合わせて測定を頼む」

「既に準備できております」

 

 軍用のそれと同一のシミュレーションマシンに乗り込み、実機操作と寸分違わぬ仮想戦闘体験を開始する。通常のそれと違いがあるとするならば『未来予知』を行わない限り、敵機の攻撃を回避することも、こちらが撃墜することも不可能に近いという点だけだ。

 

「脳波のシグナルと予測のタイミングは完璧です! 一機撃墜! 二機撃墜! これはどうです!?」

 

 まるで買って貰ったばかりの玩具ではしゃぐ子供のように、フラナガンはシミュレートを弄って楽しんでいる。撃墜数が二四機に達した時、集中力も限界に達したのかイワンに撃墜判定が下された。

 

「素晴らしい! 実に素晴らしい結果でした……! ターゲットへの的中率は五二パーセント! 過去最高記録ですよ!」

 

 何よりだとイワンは息を吐き、チューブ式のスポーツドリンクを含むと、即座に意識を切り替えた。

 

「再現性の実証と、脳波を利用した兵器開発は可能か?」

「勿論。しかし、本当にそんなものが必要となる日が来るのですか?」

 

 ドローンをはじめとする無人機や誘導ミサイルなど当たり前となっているこのご時世、放出された脳波信号を頼りに操作する兵器など、コストパフォーマンスが悪すぎると言わざるを得ないだろうというのは、軍事においては門外漢たるフラナガンでさえ考えることだが、イワンは微笑を浮かべつつ応えた。

 

「実用的か否かは重要ではない。これはあくまで、ニュータイプ能力の可能性を追及しているに過ぎないのだからな」

 

 二本足で赤子が歩けるようになるように。子供が文字を覚えていくように。未だ成長の余地あるニュータイプという存在が、何処まで行けるのか立証する為だと説明すれば、フラナガンも納得したのか表情を綻ばせた。

 

「そういうことならば、協力しない訳には参りませんな」

 

 可能性の追求こそ、あらゆる学者の求めるモノなのだからと息巻くフラナガンに、イワンは内心笑みを深める。

 何故なら彼は、それが必要とされる時代が来ることを知っていたのだから。

 




瞳から常時ハイライト消して国の為に止まらない男とか怖すぎなんだよなぁ……。
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