ですのでまだ 「05 暗闘開幕〈改訂版〉」をご覧になられておられない読者の皆様におかれましては、是非こちらをご覧いただき、イワン君がなぜああもキシリア様に固執するようになったかをご確認いただいたうえで、彼がロリコンに堕ちた瞬間を存分に罵倒してくださいますれば、作者としては何よりの幸福でございます(畜生)
※2022/4/16誤字修正。
カド=フックベルグさま、ご報告ありがとうございます!
勿論、本音を打ち明けたからと言って、それで何かが変わった訳ではない。
イワン・ヨークは変わらず軍務に没頭し、自らのニュータイプ能力を向上させるため、モルモット同然の扱いを進んで受けている。
ただ一つ。たった一つだけ変わったことがあるなら、ザビ家という家族や親しい者を見つめる時だけは、微かに瞳の輝きを取り戻せていることがガルマには嬉しかったし、士官学校も卒業間際という年数が経過すれば、徐々に雰囲気が和らいでいると分かるのも喜ばしかった。
「……ガルマ様、如何なさいました?」
取り巻きの一人が、釣られるように視線をガルマに合わせる。向いた先は、士官学校で最も厳しく、同時に最も士官候補生に親身に接してくれる鬼教官と評判のイワンだった。
「うげっ……」
俺あの人苦手なんですよ……と情けない声を上げた取り巻きに、良い教官殿だよとガルマは苦笑した。
「ただ、少し近づき難い雰囲気というだけさ」
「どうしたのかね? ガルマ三回生」
視線を感じ取ったのだろうイワンが、ガルマと取り巻き達を見やれば、ばつが悪そうな表情で取り巻きから口を開いた。
「い、いえ! 進路のことで少々悩みが……」
「ふむ。アバーエフ三回生は土木・電気工学がAだったと記憶していたが、工兵科以外に希望があるのかね?」
「は、はい。確かに第一候補ですが……」
これである。ガルマやドズル以外には近寄りがたい雰囲気を放っているのに会話は成り立つし、候補生一人一人を見て真面目に考えてくれているのだから始末が悪い。
「……実は、宇宙航法に興味が」
などと、第二候補を言えば、そういうことならと教官との面談に時間を作ると言い出す始末。咄嗟に吐いた嘘とも言えない取り巻きは、その後しっかり教官殿との緊張感ある交流を楽しむ羽目になった。
◇
「……相変わらず、不景気な面だな」
「余計なお世話というものです、マ・クベ閣下」
そこまで酷い顔つきだとは自覚しているが、敢えて口にするものでもないだろうにと思ったが、敢えて口にすることで多少は気持ちを和らげているつもりなのだろうとは遅れて察した。
「全くもって、お前という男は喰えん。将官になった私に美術品を探させるなどと……」
「マイセンは対価として不足でしたかな?」
何より公務扱いで古美術商と顔を繋ぎつつ蒐集もできるのだから、悪いものではない筈だとイワンが指摘すれば、「私も軍官僚として多忙なのだよ」と返してきた。
「ですが、その甲斐あって千金に値する品に先ずる事が出来ましたな」
マ・クベと並び立ち、巨大なタペストリーを見つめる。刺繡の細かさもそうであるが、染料の馴染み具合に加え、この風合い……決して贋作では出せない風格であり、紡がれた糸一本でさえ時代を感じ取るには十分な
「『貴婦人とユニコーン』。作者不詳、中世紀以前にフランスで製作されたと思われるタペストリーだが……これをあの
つくづく惜しいとマ・クベは嘆息した。何であれば、国営美術館に保存すべき逸品だと言うし、確かに古美術を愛する者ならば眺めていたいという思いはイワンにも分かる。
「ですが閣下、歴史ある物はそれに相応しい持ち主の手にあるべきでしょう?」
タペストリーに描かれた三日月の紋章旗は、フランス国王の顧問であったというビスト家の紋章だ。だからこそイワンはビスト財団の手に渡る前にマ・クベの観察眼とヨーク家の人脈を注ぎ込んだのであるし、実際それは功を奏した。
「ビスト財団は自己のルーツに相応しい品を得、我々は財団に大きな貸しを得るのですから」
このタペストリー自体も人一人の人生を楽に買えるだけの価値はあるが、然るべき相手に譲るだけで、美術品そのものの価値など馬鹿馬鹿しいさえと思えるだけの利潤を得られるのだから、手放す以外の選択肢など有り得ない。
今後、より一層ビスト財団はジオンの国力増強に力を貸してくれることだろう。
「正しく『破格』の条件で、ね」
「本当に、喰えん男になったものだ」
やはりこの男、他とは違うなとマ・クベは感じざるを得ない。相手が誰であれ、何者であろうと、常に欲するものが何であるのかを
でなければ、あのビスト財団に先んじて、しかも相手が欲しがっていると口にさえしていない物を掴むなど土台無理な話である。
「お前ならば、この国を掴むことも容易そうだ」
「過分な評価ですが、この国は既にザビ家の物です」
「危険な発言だな? ダイクンの遺児は存命の筈だが?」
「勿論、彼らが望みさえすればザビ家は降りざるを得ぬでしょう。しかし、今は違いますし、これからもその日は来ませんよ」
つまりは、そういう風に手を打ったのだろう。政変の折、マ・クベは連邦軍高等士官学校を経て駐在武官として地球圏に留まっていたが、どうやらイワンが影で相当に活躍していたと見た。
「それで? 大佐は次に、何を私に望む?」
使ってやると言い放ち、現に少将にまで至った筈のマ・クベが逆に佐官の、しかも今年大佐になったばかりのイワンに使われることを望むのだからどうかとも思うが、それでも下らぬ仕事を押し付けられることだけは決してないのだから受けることに否やはない。
「現時点では何も。ただ、参謀本部への地球圏内での環境の周知徹底に加え、兵站構築に注力していただけるのなら、これ以上のことはございません」
それは軍官僚としての本来の仕事だろうにと溜め息を零し、マ・クベははたと思う。喫緊の課題たるコロニー内での地球環境を模した専門訓練施設を増築して欲しいというのならば分かるが、幕僚への周知徹底に念を入れて来たか。
「……何時
「現時点でも可能ですが、それでは辛勝といったところでしょう」
“つまりは短くとも二年欲しいか……、いやこの口ぶりから察するに安全策を取りたがっている。三年後ならばと言ったところだな、しかしだ”
「大佐、流石に三年は無理だ」
流石に現時点でのジオンの発展ぶりを見れば、そこまで整う前に連邦が仕掛けに来る。常日頃は肥え太った巨体を持て余し、高官連中は私腹を肥やすことに余念がないものの、いざ上層部の足並みさえ揃ってしまえば、その組織力をもって驚くべき実行力を発揮する。
万端の状態で殴り合いをさせてくれるほど、連邦は性根の良い相手ではない。
「……であれば、二年半」
「伸ばせてそこが限度だな。だが、準備不足は覚悟しておけ。政府としては腐っていても、それ故に隙は逃さん連中だ」
忠勤に励みますと敬礼し、イワンはマ・クベと別れる。
踵を返すイワンを見送ってから参謀本部に戻ろうとしたマ・クベだが、最後にもう一度だけ『貴婦人とユニコーン』を眺めることとした。
“……イワン、これはお前にこそ相応しい品だと思うのだがな”
穢れなき乙女に侍る幻獣──眠り姫の揺蕩うコロニーの守護者に、これほど誂え向きの物は無かったろうにと、マ・クベは静かに嘆息した。
◇
「
「驚いております」
本来ならば圧倒的劣勢たる装備状況にあって、ここまでガルマが辣腕を振るってくれるとは夢にも思っていなかった。
正史と異なり、偽名を用いてキャスバルが士官学校に来なかった分、良くて戦術的勝利。悪ければ各自の戦闘での努力を讃えるに留まっていたかと思えば、拠点制圧まで持っていけるとは恐れ入った。
「お前に追いつきたいと意気込んでいたからな」
「私などに?」
お前も鼻が高かろうと笑うドズルだが、「不味いな」とイワンは漏らさざるを得なかった。
「不味い? 何故だ?」
「ガルマ三回生は手柄を立てようとする向きがあります。将来は手柄を
今はまだ士官候補生であり、正規任官後も下積みを経験することとなるだろうが、その過程で功を焦っては早死にしかねないという危惧に、ドズルも内々に評価を改めた。これは矯正する必要があるし、ザビ家でも協議すべき案件だと。
「……尤もな意見だ。心に留めておくが、イワンも目を離してくれるなよ」
心得ておりますと一礼するイワンに、お前なら安心だとドズルは満足げに頷いた。
◇
士官学校を首席で卒業し、その後も見習士官として実働任務に就くことが決定したガルマだが、その顔色は曇っていた。
晴れがましい筈の卒業式典。誰もが将来に胸躍らせ、
余波によって損傷を受けた集約施設二基さえもが機能停止に追い込まれたのだ。
「
「当然だが、唯の事故ではない」
サイド3が自治独立を謳って久しく、重工業をはじめとした基盤を整えていても、観測所をはじめ、幾つかの根幹部分は連邦に握られていたままであったし、イワンとて正史でも発生したこの件を危惧していた上、対策も怠っていなかった筈だったが、それでも
しかも、その件で連邦は謝罪一つ発せず、デモ隊が暴徒化したと難癖をつけて明らかに過剰戦力たる強襲揚陸艇を用いてガーディアン・バンチから首都ズム・シティに兵を移送。地球圏からは連邦軍艦船まで派遣されるという、あからさまな
「屈辱だ……! 謝罪一つさえなくこんな真似! しかも、この上食料農産物の納入だって!?」
誰のせいでこんなことになっていると思うのか!? 何故、飢えに苦しまなくてはいけないジオン国民が連邦に食料を明け渡さなくてはならないのか!?
弱者の嗚咽。強者の専横に憤るガルマの肩に、イワンは静かに手を置いた。
「……分かって、います。分かっているんです。僕だって子供じゃないんだ」
これは、明らかに連邦のジャブだ。ジオン自治共和国内の反連邦感情を煽り、開戦の口火を切らせようという小手先の手段に過ぎないことを、諭されずともガルマとて理解はしていた。
「でも、悔しいじゃないですか!? こんなの、植民地の搾取で収奪だ! 連邦は僕らを奴隷としか見てないじゃないですか!?」
「そうだ。連邦にとって我々は奴隷に過ぎない」
どれだけ自分が正しかろうと、どれだけ相手が間違っていようとも。所詮は力の多寡で全てが決まる。それはこれまで人類が紡いできた歴史の中で、幾度も証明されてきた弱肉強食の論理でしかない。
「だったら、僕らは何時まで我慢しなきゃ行けないんですか!? いつまで、奴隷らしく鎖に繋がっていなきゃ行けないんですか!?」
こんなことを、口にすべきではないと分かっている。その現実を、苦痛を受け止めながらムンゾの時代から尽くし、忍従を重ねてきた義兄に対し、若造の自分が今更口にすることではないとガルマは理解していた。けれど。
「お前は正しい」
それを受け止めてやるのが大人の勤めで、だからこそイワンはこうして聞いている。痛みも苦しみも、叫びたいのならば叫ぶべきなのだと、そう言ってくれたガルマに、イワンが逆に応えてやれずどうするのか。
「だから──もう我慢せずとも良い」
「え……?」
両の肩に手を置き、微笑むイワン。その表情は何処までも優しいものでこそあったが、その瞳は澱のような憎悪で濁り、思わずガルマは生唾を呑み込んだ。
「ガルマ、お前と私で──……いや、お前自身の手で歴史の歯車を回す気はないか?」
このまま座視すれば、連邦は更なる一手を打つ。ガーディアン・バンチから発った治安部隊は間違いなく大弾圧を強行して
「ドズル兄さん達には、どう説明するの?」
「説明は一切なしだ。良いか? これはあくまで義に駆られた学徒が主導したことにせねばならん。当然、全体の指揮も私でなくお前が執る。詰め腹は私が斬るが、ことを成すのは士官候補生たるお前でなければならんのだ」
でなければ間違いなく全面戦争だ。如何に軍拡と兵器開発を前倒しで推し進めていても、それで連邦に勝てると楽観視するには余りに何もかもが不足している。
「ガルマ……不安なのは分かる。お前の齢の頃、私はムンゾに戻ったばかりの若造だった」
けれど、時代はそこに生きる者のことなど決して斟酌してくれない。どれだけ拙かろうと、未熟であろうと、人は突如見舞われた試練に戦わなくてはならないのだ。
「だから、辛いだろうが私は『やれるか』でなく、『やってくれ』と言わざるを得ん」
一億五〇〇〇からなるジオン国民の為だけでなく、
「分かりました……僕も将来は、ザビ家の頭領として立つ男です」
勝てるのですか? などと問う必要は何処にもない。イワンが、この義兄がそのような博打でことを起こすようならば、ギレンやデギンが一目置くことなど決して有りはしないのだから。
◇
「諸君、用務員としての三年間は実に退屈であったことだろうが、その腕は錆びておるまいな?」
ガーディアン・バンチにてガルマを護るべく待機させていた親衛隊及び諜報員一同を招集し、整列させたイワンに対し、彼らは勿論だとその瞳を輝かせて訴えた。
「本日、ガルマ・ザビ見習士官は連邦の魔の手からズム・シティを護らんが為、ここガーディアン・バンチに屯する連邦軍兵営の制圧と武装解除を決定した」
これには親衛隊員さえ目を見開き、我が耳を疑った。ここ士官学校にはコロニー出身の英才のみならず名家子息も多数含まれている。
連邦軍は士官学校に駐屯地を隣接させることで、この将来有望な若者たちを人質に取っていたからこそ、ジオンの士官学校開設と軍備拡張を認めていたのだ。
その人質が自ら決起し、それをイワンも認めたということは事実上連邦との戦争準備を公にすることに等しいが、イワン自身は視線一つで彼らの動揺を鎮めつつ続ける。
「今日この日より、ガルマ・ザビ見習士官と若き勇士は英雄として讃えられる事となるだろう。しかし闇に紛れ、黒子として動く我らにその栄誉は存在しない」
黙し動く影となれ。夜明けと共に誰もが知る英雄は、熱き血を滾らせた若人達のものなのだから。
「賞賛と勲章なき戦いと、祖国への真の忠節を諸君らに期待する! 各自かかれ!」
イワン「でぇじょうぶだ。俺もお前ぐらいの時があったんだから行けるってばよ」(なお精神年齢)