宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2022/4/17誤字修正。
 トリアーエズBRT2さま、カド=フックベルグさま、SIGSEGVさま、ご報告ありがとうございます!


14 暁の蜂起

“流石にローゼルシアの私邸を襲撃した時とは訳が違うか”

 

 曲がりなりにも敵は職業軍人。諜報員が事前に通信網を分断し、徹底的に重要施設を先行して機能不全に追い込んでいるが、流石に演習や訓練の如くとは行かない。

 

「『各小隊長、損耗報告』」

(アルファ)1、損耗なし、負傷一』『(ブラボー)1、損耗・負傷なし』

 

 その後も各チームから報告を聞いた後、イワンは手早く無線越しに指示を飛ばす。

 

「『厳命した通り、損耗だけは避けろ。痕跡は一つとして残すな』」

 

 最高の兵士に恥じぬ戦いをと締め括り、イワンもまた狙撃銃を番えて死角から連邦将校の頭を吹き飛ばす。ニュータイプとして既に覚醒している以上、どのタイミングで出現するかは予期できる。

 できればこの能力を最大限生かすべく、無反動砲を駆使して機械化部隊の相手をしたいところではあったが、目立ち過ぎる以上自身を次点で有効活用するには狙撃しかなかった。

 が、狙撃であっても対物ライフルならば死角の相手も車輛ごしに撃ち抜ける。

 

「『機能不全に追い込んだチームから援護に回れ。司令塔(ガルマ)への接敵を許すな』」

 

 若鳥は視野が狭すぎる。実戦経験などないのだから当然だが、イワンらが動かねば相応の被害は免れなかったことだろう。ジープ越しに狙いを定めようとした敵兵の頭を吹き飛ばしつつ、長い夜になりそうだと肩を竦めた。

 

 

     ◇

 

 

 長い夜が終わりを告げ、人工の太陽がコロニーを照らす。見習士官を率い、連邦軍駐屯地への奇襲を仕掛けたガルマは、その暁色に僅かに目を細めると二〇名以下の損耗で連邦軍一個連隊の武装解除を成功させたという事実に思わず我が耳を疑い、次いで静かに息を吐いた。

 

「そうか……勝ったのか」

「はい! ガルマ様の指揮があってこそです!」

 

 無邪気に褒め称える見習士官に釣られる形で微笑みつつも、しかしガルマは『勝たせて貰った』のだという事実に苦笑した。

 

“……私はまだ手のかかる坊やということなのですね、義兄(にい)さん”

 

 もしこの場にイワンが居れば、それが大人の役目だと告げるだろうし、将来有望な士官を一人でも多く生存させるためだったと言うだろう。自身の未熟さを自覚したガルマにも、それは痛いほどに判っている。

 イワンが手を回してくれなければ、たとえ成功したとしても半数以上の見習士官が命を落としたことだろう。将来のジオン軍にとって欠いてはならない、有望な士官となれた、幾人かは将器さえ宿せたであろう人材の半数以上が。

 それを思えばこそ、未熟者扱いされていることに憤る気にはなれなかったし、指揮に関しても後から見直せば拙かったと思える部分が出てくることは間違いない。

 

 ただ、それでも今だけは、この勝利を戦友達と寿ぐべきだろう。他の教官達とおっとり刀で駆け付けたドズルに叱責されながらも、ガルマの表情は何処までも澄んでいた。

 

 

     ◇

 

 

 翌日、士官学校生の武装蜂起と、それに伴い僅か二〇〇余名の見習士官が連邦軍一個連隊の武装解除に成功したことをジオン国内のメディアは英雄的快挙として大々的に報じた。

 反連邦感情と憎悪、何よりもこの武装解除によってズム・シティに向かっていた連邦軍が止まらなければ、間違いなく首都は圧政者の手によって暴虐の限りを尽くされていただろうことを理解していた国民たちは、歓呼の声を響かせて若き英雄達を首都に招いた。

 

 首都に渦巻く熱狂と歓声。祖国の旗が翻る中、ガルマは『暁の蜂起』を指揮した国防軍の新星として、また国家の指導者一党たるザビ家の一員として全身に叩きつけられるような喝采を受けては、洗練された動作で手を振ってそれに応えた。

 ガルマの後続には同じく決起した見習士官らが続き、彼らもまた勇敢な同志として讃えられたが、その中にイワンという陰の功労者が居ない事実は、ガルマの中に小さなしこりとなって残った。

 

 

     ◇

 

 

「この、大馬鹿者めがっ……!」

 

 ガルマが群衆から喝采を受ける中、イワンはマクシムの手にした樫製のステッキによって強かに殴打され、額から血を流しつつもその場に立ち続けた。

 

「貴様という男が居ながらこの結果は何だ!? どの面を下げてジオンの為などと宣えるものだな! ええ!?」

 

 軍服と言わず絨毯にまで血が染み込んだが、うめき声一つ上げぬイワンに対し、マクシムは二度、三度と杖で肩を打ち据え、石突で水月を突いて嘔吐させてから、ようやく居並ぶザビ家を見渡した後、デギンに深々と頭を下げた。

 

「……我が愚息の不始末、父として、ヨーク家の当主として深くお詫び致します。何となれば今回の責を取り、この老骨めの首を納めていただいて構いませぬ」

「今回の責は、士官学校校長の任に当てたドズルめの失態でもある……そこまではできんよ」

 

 だが、今回の一件により連邦はジオンに対し事態背景の調査と責任の明確化、そして責任者に対する処罰を要求してきた。

 元はと言えば意図的な天体衝突によって国内に多数の死者を出したばかりか、暴徒鎮圧の名目で首都に血の雨を降らせようとした連中がだ。

 

「この落とし前、どうつける気だった?」

 

 申せとデギンが床に杖を突けば、嘔吐感を呑み込んでイワンは口を開く。

 

「小官の更迭と予備役編入を一時的措置とし、その後は正式に軍籍を剥奪。全ては見習士官らの愛国心を煽り、動かした小官にこそ責があると認めさせます」

 

 その上で、ジオン国内の反連邦感情を理由に連邦国民は官民を問わず、安全を確保した上で地球への帰還と、連邦軍の撤収を条件として取り付ける。

 

「これにより、今後我々は連邦の目を気にすることなく軍拡に動くことが可能となります。何より、此度の『暁の蜂起』を以てザビ家一党は誰もが国を担うべき存在と国民から認められました。これよりはジオン自治共和国をジオン公国と改め、ザビ家による完全なる統治を……」

「もう良い! 黙れ!」

 

 全てがイワンの掌の上だったということは嫌という程マクシムには分かった。軍籍の剥奪に関しても、どの道連邦と開戦するならば現役復帰は容易と見越しての判断だろう。

 

「貴様のような男に、キシリア様をお任せできるなどと進言した私が浅はかであったわ! ヨーク家の当主として命ずる! 二度と貴様はザビ家に……」

「お待ちを、マクシム殿。此度の蜂起、元を糺せば全ての責は連邦にこそある筈。ましてやイワンは親衛隊と機関から選りすぐりを集め、在学中ガルマには絶対の安全を保障しておりました。この上、それ以上の責を問うのは如何なものかと」

「ギレン閣下……いや、しかし此奴はそのガルマ様を利用したのですぞ!?」

 

 口車に載せて矢面に立たせ、作られた英雄に用立てて、陰では謀略を巡らせた。たとえ連邦側が仕掛けたのが偶然であったのだとしても、それを出汁に策を練ったのは間違いなくイワンなのだ。

 

「家族を……義理の弟を、この愚息は……!」

「マクシム殿、やめて下さい!」

 

 再度振り上げたステッキが後頭部に叩きつけられそうになった瞬間、イワンに覆い被さるようにして庇ったのは英雄としての歓待を首都市民から受けたガルマであった。

 大声を耳にした瞬間、手渡された大輪の花束を放って駆けつけたガルマには、先ほどまでの高揚感など一瞬で吹き飛んでしまった。

 

義兄(にい)さんに言われなくても、きっと僕は動いていました……! ジオンの国民を、首都市民が犠牲になることを見て見ぬ振りなんて皆できっこない! 僕に意地が、勇気がなかったとしても絶対に誰かに押されて動いていた筈なんです! 僕だって、ザビ家の男なんですから……!」

「……っ」

 

 そう言われてしまえば、臣たるべきマクシムには何も返すことが出来なかった。上に立つべき人間として、ザビ家の男としてというのなら、あの場面で動かないというのは無理だっただろう。

 その為にこそドズル然りイワン然りが居た訳だが、ドズルは蜂起の折、悩みを聴いて欲しいと校長室に来た士官候補生に銃を突きつけられて対応が遅れてしまった。

 しかも、それ自体はイワンの発案でなくガルマの発案である。当然ドズルとてただ大人しくしている筈もなく、逆にタイミングを計って候補生を拘束した後、教官達と急行したが、時すでに遅し。

 夜明け前に連邦軍駐屯地は降伏し、明け方には見習士官が整列して教官達を出迎えるという有様で、イワンに関しては言うまでもない。

 

「マクシムよ、儂の部屋にこい。皆は各々の居るべき場所へ戻れ」

 

 庇いながらも頑として動こうとしないガルマに、流石にこれ以上は無理だと察したのだろう。デギンは息を吐いて踵を返すと、マクシムもその背を追う形で後に続く。

 そこまで乱暴でなかった筈だが、何故か戸の締まる音がその場にいた全員には殊更大きな音に感じた。

 

 

     ◇

 

 

義兄(にい)さん! 大丈夫……!?」

「大事ない」

 

 頭部がぱっくりと割れた分出血は酷いが、そちらに関しては数針縫えば済む話だ。肩に関しても感覚からして罅が入っている程度で、尾を引く類のものではない。

 

「何より、悪いのは私だ」

 

 どれだけ準備を整えていたところで、運が悪ければ分け隔てなく死ぬことになるのが戦場だ。ましてや、十二分に安全な指揮所もない状態で司令塔を勤めさせた以上、この程度の傷で帳消しになるとは思っていない。

 

「ガルマに心配される資格など、私にはないのだぞ?」

「……するよ。資格とか、そんなの関係ない。言ったでしょう? 僕もザビ家の男だって」

 

 ガルマは飽くまで、起つべき時に起ったというだけに過ぎない。たとえイワンにそそのかされずとも動いて見せたと語ったのは強がりかもしれないが、同時に心の奥底にあった『そういう男でありたい』という願望もあった筈だ。

 

「僕は、早く大人になりたかった。義兄(にい)さんやザビ家の皆に認められたいだけじゃない。皆を助けられる人間になりたかったんです……それは、いけないことですか?」

「……いや、嬉しいよ」

 

 嘘じゃない。本当だ。けれど……。

 

「だからといって私に、いいや……他の誰にも『使われる』ことを良しとはするな」

 

 お前が言うな、と……そう言われて当然のことを口にしている自覚はイワンにもある。良心につけ込み、そそのかし、未熟極まりない士官見習を操っておきながら、どの面下げてそんなことを抜かすのかという話だろう。

 

「あの状況下では、蜂起するより外になかった。しかしガルマ、本来お前が目指すべきは私ではない」

 

 何故ならイワンは『駒』である。どれだけ優秀であったとしても、どれだけガルマの評価が高かったとしても国家の為、王の為に動き、時として捨て駒として動かされねばならない立場に置かれる存在でしかない。

 ガルマが真に目指すべきは『王』であり『棋士』でなければならないのだ。

 

「操られ、使い捨てられることにだけは決して甘んじてはいけない」

 

 今はまだ幼く、そして未熟なのだとしても──

 

「──ガルマ、真にザビ家の男となりたいのなら、私を『使う』男になりなさい」

 

 分かったね? と。優しく語りかけた言葉は、けれど有無を言わさないものだった。

 

「でも、僕は……」

「いいや、ガルマ。イワンの言う通りだ」

 

 押し黙り、静観に徹していたドズルが逡巡していたガルマの肩に手を置く。

 

「イワンだけじゃない。お前は何時か、俺すら使いこなす将になって貰わねばならん。俺もイワンも、ギレン(あに)やサスロ(あに)だって、お前より長く生きてはやれんだろう」

 

 何時か訪れる別れ。いずれ来てしまう次の時代。それを引き継ぐのは、次のジオンを受け継ぐのは、他の誰でもなくガルマの勤めなのだから。

 

「今はまだ育ててやれる。護ってもやれる。だから、俺達から学べるだけ学んで行け。そうすれば、お前はもっと凄いことが出来るようになる」

 

 自分たちでさえ予想も出来ない傑物として、世界に羽ばたくことを信じていると──そう闊達に笑うドズルにギレンは咳を払った。

 

「……将来の方針を固めるのも結構だがな。ガルマ、今はイワンを病院に連れて行ってやれ」

 

 流石にその様は見るに堪えんと、血が止まり切っていないイワンを一瞥した後、ドズルとサスロに視線を投げた。

 

「お前達は私の執務室に来い。()()について話がある」

 

 

     ◇

 

 

「ギレン(あに)、話というのは……イワンの……」

「ドズル。お前には問わねばならんことがある……お前は自分が庇って貰った自覚はあるのだろうな?」

「も、勿論……」

 

 もし『暁の蜂起』という英雄譚が存在しなかったら。

 もしイワンが陰ながらガルマ達を護ってくれていなかったら。

 いずれも考えたくはないIF(もしも)だが、当然()()()()()後で誰が、どのような責任を負わねばならないかをイワンが考えなかった筈はない。

 

「ザビ家への連座を避けるため、敢えて誰にも相談せずイワンは動いた。本来ならお前とて監督不行届きを追及され、校長職は引責辞任が妥当なところだ」

 

 当然、昇進も当分止まっただろうというギレンの言にドズルは「分かっている」と力なく項垂れた。

 

「本当なら、俺が親父にしこたま杖で殴られてるとこだっていうのも含めて……」

 

 それでも敢えてドズルがイワンの盾とならなかったのは、イワンがマクシムやデギンから、罰を受けることを心の奥底で望んでいることを察してしまったからだ。

 勿論傷ついて欲しい訳ではないが、それで少しでも心の方が軽くなるのならと、そうドズルはらしくもなく静観を決め込んでしまった。

 

「成程。ただ突っ立っていたという訳ではないらしいな」

 

 もしそうならばデギンやマクシムに代わり、この場でギレンがドズルを打擲していたところである。

 

「本音を言えばな、私はお前に責任を取らせたいところだった」

 

 ドズルとイワンのどちらを取りたいかと言えば、ギレンは贔屓目抜きにイワンを迷いなく取る。たとえ連邦と()()を構える段になれば戻るとはいえ、それまで軍・政いずれにおいても必要不可欠な将校が欠けるなど冗談ではなかった。

 

「……だが、ザビ家という看板に、どれだけ小さくとも疵が入ることは避けるべきだ」

 

 イワンが口にした公国制は、ジオン自治共和国と国名を改めた段階でギレンと構想を練っていた。だが、その為には国民がザビ家()()に対し、全幅の信頼を寄せねばならない。

 

「自治を勝ち得て以来、共和国たる我が国には議会があり、議員は民意によって選択され、当然だが野党も存在している」

 

 敢えてそれらの上に公王家という『国家の象徴』を築くならば、それこそ王権神授の如き神聖視が必要不可欠と言っていい。

 

「父上は新首相として、誰もが最高指導者と認める位置にある。私やサスロもまた確固たる権力基盤は盤石であり、お前も国防軍においては将兵からの信頼厚い軍人だ」

 

 故に、残る問題は幼いガルマだ。士官学校首席という箔を得ていたとしても、そんなものは毎年必ず出てくる英才というだけ。順当に実績を重ねようにも、平時である以上相応の時間はかけねばならない。

 最悪、公国制への移行は開戦と同時だろうとギレンは考えていたが、幸か不幸か見習士官が決起せねばならない場面が、よりにもよってガルマの在学中に来てしまった。

 

「危険な橋ではあったが、ガルマは無事渡り切った。連邦の目や口も物理的に遠ざかる。分かるかドズル? ザビ家の統治下となれば開戦準備は格段に早まるということが」

 

 たとえ、あのイワンを抜いても時計の針を加速させることが出来るほどに。

 

「俺は政治家じゃあないが、予算が早く組まれれば、勿論それに見合う結果を用意できるのは確約するよ。ただ……」

 

 その後に続く言葉はギレンにも分かる。ドズルがご執心の人型汎用兵器を含め、イワン抜きというのは不安が残って当然だ。この一件でジオンの時を加速させることが可能なのだとしても、果たしてそれに見合うだけの結果が得られるかは誰にも分からない。

 おそらく、損益の全てを知り得ているのはイワンぐらいのものだろう。

 

「つくづく化け物だな、あいつは……」

 

 手の届く位置にあった時は心底恐ろしいと感じていたというのに、いざ国家の中枢から離れるとなれば、途端に惜しくなるという身勝手を承知でサスロはぼやく。

 

「だがギレン(あに)(イワン)が潔く身を引くことを良しとしたのなら、俺達だけで動いても問題ないと認められたということじゃないのか?」

「思い違えるなサスロ、イワンは保険を遺したからこそ引いただけだ」

 

 親衛隊や諜報機関と言った組織の権限を事前に移譲させ、汎用人型兵器の運用プランはドズルや技術者連中と協議した上で動かしている。何より、士官学校教官としての任に就く以前に、一通りの引継ぎは終えている状態だった。

 

「いつ何時(なんどき)であったとしても、自分という『駒』が場から失われた()を念頭に動き続けてきたのがイワンだ」

 

 たとえ一秒後に不慮の事故や、理不尽な偶然が重なったことで現世を離れるのだとしても、それまでにすべきことをやり終えているのがイワンという男であり、そうした徹底的な『事前準備』こそ彼の最大の強みと言える。

 

「だが、今のジオンに有能な人材を遊ばせる余裕はない」

 

 一時的な軍籍剥奪とはいえ、やりようは幾らでもある。これから先、何があろうと生きている限り使い続けてやるとギレンは含み笑い、そして零す。

 

「──奴には私と共に、祖国の勝利を見届けて貰わねばならんのだからな」

 




佐官の狙撃手とかドイツ軍のエルヴィン・ケーニッヒ少佐かな?
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