宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2022/4/18誤字修正。
 広畝さま、ベンKさま、ご報告ありがとうございます!


15 男やもめ

「マクシムよ。我らも老いたものだな」

「認めたくは、ないものでありましたが」

 

 互いに向き合い、長椅子に背を預ける形で語りかけるデギンに、マクシムは汗を拭きつつ追従した。

 政治家として、国を担う者として、本来ならばイワンの言には耳を傾けねばならない場面であった。だが、デギンもマクシムもそうした政治家としての損益でなく、先の場では親としての感情を優先させてしまっていた。

 

「ギレンは政治家としての父を蔑んだことだろう」

 

 だが、それ自体は構うまい。最早、他ならぬ連邦の手によって賽は投げられている。先の小天体衝突というジャブに加え、首都にまで押し入ろうとしたのだ。

 

「どう足掻いたところで、開戦は避け得まい」

 

 なればこそ、ジオン国民と宇宙移民(スペースノイド)の為に身内を利用して何が悪い?

 ギレンであればそのように思うだろうし、事実非難がましい視線をデギンとマクシムに向け続けていた。

『感情』を優先させて『効率』を鈍らせるなど有り得ない。かつて自分達が『現実』の為に排除したダイクンやジンバら『精神論者』と何が違うのかという話だ。

 

「これから先、苛烈な政局を渡り抜くには儂もお前も衰えを隠せん」

 

 未だ、デギンもマクシムも現役としては問題のない齢である。並の政治家なぞでは太刀打ちできぬ狡知と老獪さを併せ持つ、最も熟した年齢であることもまた事実。

 しかし、即断即決を求められる戦乱の時代を渡るには、思考の固さが否めない。ガルマの身を案じる余り、頭では大局を優先すべしと理解しながらも、感情を優先してしまった我が身を顧みれば、デギンが自身の衰えを自覚させるには十分に過ぎた。

 

「では、身を引かれると?」

「君臨は続ける。しかし、統治は無理であろうな」

 

 新しい時代、新しい秩序を創らねばならない世界がやってきた。よりにもよって、衰えを自覚してしまった瞬間に。

 

「後事を託さねばならんのは心苦しいが、時代は人の都合では動いてくれぬ。マクシムよ、老骨は老骨なりに動くとしよう」

「御意」

 

 

     ◇

 

 

「これはヨーク殿……ギレン閣下までとは、本日は抜き打ちの視察を?」

「それもあるが、ミノフスキー博士に用があってきた」

 

 繋いでくれというギレンの鶴の一声で、間を置かずミノフスキーは応接間に通された。多忙な時期にもかかわらず白衣に依れはなく、その瞳は気力で満ち満ち、実年齢より遥かに若くイワンには感じた。

 

「博士、貴方には折り入って話がある。知っての通り、先の小天体衝突に伴う一連の政治的事情により、サイド3から連邦の人間は地球に強制送還されることとなる」

「その期に乗じて、研究成果を手土産に、連邦に亡命を打診するやも……と危惧なさっておられるのでしょう?」

 

 これにはギレンもイワンも微かだが目を開いた。確かにミノフスキーが口にした通りで、それを回避する為に足を運んだのだから当然だろう。

 

“確かに、順当に考えれば亡命を行う理由はないが……”

 

 正史においてもミノフスキーがジオンを亡命し、連邦に寝返ろうとした理由は諸説ある。

 MS(モビルスーツ)計画(プラン)がミノフスキー博士抜きでも問題がなくなったため、機密保持の観点から用済みとして処理されそうになった。

 MS(モビルスーツ)計画(プラン)によってミリタリーバランスが崩壊し、ジオンと連邦の立場が単純に逆転してしまうだけの結果になりかねないことを危惧した。

 急速的軍事独裁化の兆しを見せたジオンに対し、嫌悪感を抱いたなど……いずれにせよ、この件で重要なのはミノフスキーの心内一つで全てがひっくり返りかねないということで、何としてでも彼の心を繋ぎ止める必要があったということだ。

 

 そして、これまでにもイワンはその努力を惜しまなかった。現時点では緊迫する国際情勢から純軍事的かつ最重要機密を扱うために、ミノフスキーの名を世に知らしめることはできないが、来るべき日には博士の名を冠した新粒子を大々的に公表すること。

 その実績に見合う数々の特権を確約し、ミノフスキー粒子を人類の生存範囲拡大に貢献すべく、軍事以外の研究を行いたいというのならジオン国の全面的支援も約束していたことなどだ。

 しかし、そうした実利は感謝こそしていても、ミノフスキーは心を動かすほどではなかったし、そんな餌を用意せずとも()()から留まるつもりであったとも口にした。

 

「私はコロニーの出身です。『独立』と『解放』は宇宙移民(スペースノイド)の誰もが心の奥底では望むことです」

 

 たとえ研究が軍事に利用されたからとて、それを承知で支援を受けてきたし、何より技術の最先端は常に戦争と共にあったのが人類の歴史である。だが……。

 

「今後、我が国は連邦に対抗すべく、政治体系そのものさえ変革を求めねばならん……そう言えばらしく聞こえるだろうが、早い話が独裁国家に生まれ変わるということだ」

 

 それでもサイド3に身を置く覚悟はあるのかとギレンは問う。追放する気はないし、させる気もないが、それでも重要なのはミノフスキーの真意であり、望むモノを知りたいがためにイワンとやってきたのだ。しかし、ミノフスキーの表情は先程と全く変わりない。何処までも凪のように穏やかなものだった。

 

「全ては独立の為でありましょう? 独裁というのであれば、ザビ家がこれまでしてきたことは正にそうでした。ダイクンの没後、常に舵を取ってきたのはザビ家なのですから、今更取り繕う意味などありましょうや?」

 

 君主制も民主主義も所詮は政治上の一形態に過ぎず、何よりそれらは国家を動かす『手段(システム)』であって『目的』ではない。

 

「連邦の目が光っていたとしても、ザビ家が国家を私物化し、蚕食しようと思えば幾らでもできました」

 

 反対派を徹底的に駆逐し、議会のみならず国民そのものさえ一つの色に染め抜いた。このサイド3を自分たちの王国に仕立て上げ、地球連邦がそうしているように、富を貪り続けることは容易かったことだろう。

 

「ですが、ザビ家はそれをしなかった。持てる全ての能力を、ザビ家は宇宙植民地(スペースコロニー)宇宙移民(スペースノイド)の為に注ぎ込み続けてきたのです」

 

 ならば、そのような国から全幅の信頼を寄せられたミノフスキーが、利を求めて寝返るなどという不義理は犯せない。口先だけの綺麗ごとと一蹴されることは承知の上で、ミノフスキーは切り出した。

 

「身辺警護を称する監視を増やしても結構。何となれば、このダークコロニーで余生を終えても構いません」

 

 本気なのだろう。その瞳は独立への熱意に爛々と輝き、枯れ木を思わせるような節くれだった指には研究への活力が満ち満ちている。流石にこれ以上の追求はミノフスキーに対する不誠実だろうとイワンは感じ、ギレンもまた立ち上がってミノフスキーの手を取った。

 

「博士の存命中に、ジオン科学賞の叙勲申請は必ず通す。だが、それ以上を期待して待て」

 

 それが私にできる、最大限の詫びにして報い方だと。そう告げたギレンに、ミノフスキーは満足げに頷いた。

 

 

     ◇

 

 

あの老骨(ミノフスキー)が亡命する気であったと、本気で考えていたのか?」

 

 あれで裏切る腹積もりだというのであれば大した大猩々ぶりだが、ギレンの目を以てしてもそれは有るまいと判を押すには十分だった。だからこそ、らしくもなく外したイワンに首を傾げるばかりであった。

 

「……杞憂に過ぎませんでしたが、可能性としてはあり得るだろうと」

「つまりは勘か」

 

 そうした嗅覚を身に着けることは、政治家たるギレンにも必須であることは承知している。しかし、勘というものはあくまで物事を見通す上での足がかりにすべきものであって、それを意識しすぎては話にならない。

 最前線ならばいざ知らず、後方に身を置くのであれば調べ上げた上で動くべきだろうに。

 

「お前ともあろう者が迂闊だったな。今回は許されたが、下手をせずとも不信を買ったぞ」

「……自覚しております」

 

 まぁいいとギレンは肩を竦めた。人間誰しも間違いというものはあるのだし、何よりイワンという男が完全無欠とは程遠いと実感できただけでも十分だ。

 信頼は結構だが、盲信すべきでないというのは当然だとしても、なまじ実績が実績なだけにギレンとて感覚が麻痺していたことは否めない。

 いい教訓にはなったと意識を切り替え、『臨時秘書官』たる地位に就けたイワンを横目に口元を吊り上げる。

 

「次の予定はどうなっている?」

「宙に浮いていた親衛隊長の内示通告と挨拶を……しかし、何もこのような形を取らずとも良かったのでは?」

「公的身分のない身で、これまでのように大手を振って歩けるとでも思うのか? お前が保安隊長の地位を確保しておけば、それで済んだものを」

 

 確かにその通りだったが、それを言うのなら予備役としての期間を一週間でも設けてくれれば片付いた話で、敢えて秘書になどせずとも良かった。

 連邦に然るべき処置を下したと喧伝する為にも、イワンの軍籍剥奪は可及的かつ速やかに行わねばならないというのは一理ある反面、抵抗しようと思えばできたことで、要するにこれはギレンの我が儘である。

 

 軍籍剥奪から間を置かず、ジオン党政治部部長たるギレンの秘書に任命されてしまったイワンだが、実態はイワン自身が抜けたことによって生じる穴の補修や各種引継ぎをつつがなく終えるために、イワン()ギレンを連れ回している形であった。

 

 一時的にとはいえ、これまで政界に直接踏み込んだことのないイワンが秘書官などというのは如何なものかと思うのだが、そもそもにしてイワンとてジオン党の党員であり、「お前とて今となっては中堅党員で通じるだろうが」とギレンに笑われる程度には年季が入っている。

 ただ、部活動の幽霊部員の如く一切の役職についていない、数合わせの党員に過ぎない者が秘書官の地位にというのは各所から不満が出そうなものであるが、ギレンはこれまで秘書を付けては来なかった。

 機密保持という側面もあるが、純粋に秘書を置く必要性を感じていなかったらしい。

 

“セシリア・アイリーンは能力主義の義兄上(あにうえ)に目をかけられていても、まだ秘書ですらないからな”

 

 正史におけるギレンの第一秘書(秘書官長)にして愛人は、逆算すれば今年で一七。

 彼女は幼少期から神童と持て囃されてきた身であり、数々の学院を飛び級した後に『自治共和国最高特務機関(後の総帥府)』に勤務し、そこから士官学校の研究部会に出向する形で研鑽を深めているというのが現状だ。

 実際、イワンもセシリアとは教官と研究会員として面識はあるが、確かに非の打ちどころのない傑物であり、ギレンが浮ついた心根で秘書官長に抜擢する類の女性でないことはすぐ知れた。それはさておき。

 

「正規秘書の一人ぐらいは置くべきでしょう。アイリーン女史はどうなのです? 教官として在籍中、義兄上(あにうえ)の肝いりで士官学校に出向したのだと小耳に挟みましたが」

「それだけの耳を持ち得ながら、何故ミノフスキー博士を読み違えた?」

 

 そこで敢えて、ギレンはらしくもなく周囲を確認しつつ声を殺した。

 

「……行く行くはそうするつもりでいるが、実績もないまま下手に侍らせれば反感を買う。セシリアは()()()()出自なのだ」

 

 能力を買ったギレンが強権で伏せているが、棄民たる宇宙移民(スペースノイド)でそこまで言わしめる身分というだけで凡そは察せられた。同時に、だからどうしたという思いはイワンに芽生えたが。

 

義兄上(あにうえ)らしくもない。『選ばれし民たる宇宙移民(スペースノイド)』と演説をぶっておいでだったでは有りませんか」

「その中にも上下はある。お前がザビ家の『駒』で在ろうとするようにな」

 

 分かり切ったことを訊いてくれるなとギレンはこめかみを揉み、次いで問う。

 

「迂遠な言い回しは好ましくない。何を望んでいる?」

 

 単に秘書を置けと言うのなら、敢えてセシリアを推す意味は然程ない。如何に人的資源に難のあるジオンと言えど、そこまで手が回らないということはないし、イワンはリスクを込みで考えられる人間だ。

 そこで敢えて異性の、しかも年頃のセシリアを推すとなればギレンにもそれとなく察しはつく。

 

「よもやとは思うが、早く家庭を持てなどと説教を垂れる気か?」

「持つべきでしょう。ザビ家の嫡子が四三にもなって男やもめなぞ、外聞が悪いと思いませんか?」

 

 相手が平民であれ棄民であれ、嫡子のお相手が不在という現状を憂うならどうということはない。ザビ家の将来に責任を感じるなら気がある相手の合意を得て、さっさと籍を入れろと急かす。

 

「ドズル義兄上(あにうえ)などは先日、校長室で教導隊員(ゼナ・ミア)を口説き落としたそうですよ? それ自体は相手の了承を得た以上寿ぐべきですが、ギレン義兄上(あにうえ)が先でなければ何かと角が立つのです」

「……はっきりと言うものだ。ああ、いい。分かった。その件は前向きに検討しておく」

 

 見事なまでの政治家答弁であったが、凡庸な政治家連中と異なり、ギレンの検討は現実に行うという意味では信頼できるものである。おそらくだが、ドズルが式を挙げるより早くギレンが動くことだろう。

 だが、どうにも煮え切らない表情でギレンは足を止めた。

 

「……お前はそれで良いのか? 本当ならば、今頃はお前がキシリアと式を挙げていただろう」

 

 敢えて、口にするか悩んだ言葉を吐くことにした。ドズルは良い。家庭の一つを持つぐらいの気ままさはすんなりと受け入れられるだろう。だが、ギレンまで立て続けに動くのは流石に気が引けた。

 

「お前だけを置いて、人並みの幸福など……」

「良いのです。それこそが、私の望みなのですから」

 

 イワン・ヨークはその為にこそ生き、その為にこそ尽くしている。ザビ家の誰も死なせはしない。幸福であらねばならないという思い一つで、今日という日を進んでいる。

 

「式での義兄上(あにうえ)()()()()笑顔を楽しみにしております」

「……言うではないか」

 

 思えば、こうした冗句は何時以来だったことだろうか? キシリアが眠って以来こんな風に笑うことは絶えて久しかったことで、あの姦しい声と笑顔が遠いことに、改めて目を細めた。

 

「イワン、お前はキシリアを想い続けるのか?」

「命尽きるまで」

「たとえ、生きているうちには目覚めずとも?」

「誓って」

 

 ──……そうか、とギレンは短く零した。

 余人が見れば、きっとこれは不幸なのだろう。死せずとも生きていない少女を想い続ける、痛い人生なのだろう。けれど。

 

「──ならば、あれが目覚めたときには、お前の式を誰より派手なものにしてやる」

 

 それでもギレンは、希望はあると口にした。気休めでも、痛みの続く人生なのだとしても、続く限りは先がある筈だと。そうでなければ……。

 

“余りに、不憫ではないか”

 

 他人の幸福を喜び、他人の平和を望んだ男が、本当に得たいものを得られない。

 人生の幸不幸など運一つで転ぶものと理解できていたとしても、赤の他人にならばいざ知らず、苦しむ『家族』にさえそれを受け入れてしまうには、ギレンは余りに近くでイワンを見過ぎた。

 

“……変わったな”

 

 イワンでなく、ギレン自身がだ。近い将来に待ち受ける乱世にあって、非情の独裁者たるべき男が。人口爆発を解決すべく優等な人類のみを残すと決めていた男が、あろうことか一個人の人生に情を抱き、絆され、同情するなどと……。

 このような様で、果たして熾烈な戦争を乗り切ることが出来るのだろうかと自嘲しつつも、しかし次の瞬間には平時のギレンへと戻っていた。

 迷えば死に、悩めば死ぬ。それが政治家という生物であり、国を担う者が決してつけ込まれてはならない、消失させるべき弱点だ。

 感情を殺せ、実利を追及し効率を求めろ。それを自分自身に言い聞かせるのでなく自然体で行えてこそ、王は王たることが出来る。出来ねばその時は、王の価値など乞食も同然に落ちぶれ、蹴落とされるだけだ。

 

「励めよ、イワン。中途で倒れることは決して許さん」

 

 私も、お前と同様に進むのだからと。その言葉を呑み込みつつ、ギレンはイワンと共に再び歩を進めた。

 




 ホントはセシリアさんじゃなくてデラーズ閣下を出したかったけど、文章が嵩んでしまった……。

 ちなミノフスキー博士はギレンの野望におけるギレンルート(ディストピア社会)を目指してるって知ってたら確実に亡命に動いた模様。
 現時点のジオンが好景気で差別抜きの理想的君主社会で、居心地いいから残ってるだけという罠……いつか始末しなきゃ(使命感)

※ホントに始末したりはしませんので、ご安心ください。
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