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「小官めを親衛隊長に?」
「現時点でも最高階級たる貴官が隊を纏めている身だ。内密のことであるが、ジオン自治共和国が公国制に移行すると同時に、貴官の任命式が催されることとなる。勝手だが、貴官には一層の忠勤を期待したい」
「滅相もございません。このデラーズ、必ずや閣下の信任にお応え致します」
良し、と親衛隊員にして国防軍少佐たるエギーユ・デラーズ少佐の言に満足げに頷く。
厚みのある体躯に見事な
そのデラーズ自身はギレンからの信任を勝ち得たという幸福感以上に、ザビ家の嫡子を託された者として、僅かにギレンの傍に侍るイワンへと視線を投げた。
後事はお任せを──。
──ギレン閣下を頼む。
共に救国の志熱い同志として、ムンゾの時代から轡を並べてきたデラーズとイワンは視線だけでやり取りを終える。
親衛隊が先鋭的に過ぎる思想の持ち主や、暴発の危険性があることは過去に述べた通りだが、だからこそイワンは彼らと積極的に関わり、
特に武人としての気性が強いデラーズとは、度々意見の食い違いに戸惑うことはあったものの、それでも互いに祖国を想い、案じ、憂う心に二心がないと知れれば後は容易い。
各々の強みが違い、それによって手段が変わるというだけで、デラーズは地位や権威を目的達成の手段に過ぎぬと割り切るイワンの潔さに好感を抱き、イワンもまた高い理想を保ち続けるデラーズの気風に、自分にない魅力を感じたからこそ、こうして阿吽の呼吸で頷き合う間柄となれている。
政治家にはない、武人としてのそのやり取りにギレンは微かに苦笑しつつ、段取りを終えた後に、その場を去ることとした。
◇
当然だが、軍籍を剥奪され、事実上の不名誉除隊となった人間が臨時とはいえ何時までも官職に身を置ける筈もない。
よって、ここからのイワンは民間人として軍ないし政府への貢献が期待される身であったのだが、用意周到を地で行くこの男に抜かりはない。
航空士官としての経歴とヨーク家のネームバリューを利用することで、サイド3開闢以来の老舗であるMIP社のテストパイロットに自身を捻じ込みつつ、月面開発の名目で民生品レベルにまで格下げした
イワンが運転する機体は表面こそ他の民生品と同レベルでこそあったが、
とはいえ軍用機と異なる以上、違和感も当然現れる。フットペダルの踏み込みは重量の関係からかどうにも軽く感じてしまうし、重心が低い分動きが鈍い。
無重力下であっても通用する作用反作用の物理法則を利用し、能動的に質量を移動させる──早い話が手足を高速で動かすことで、推進剤を必要としない運動を行う──ことで機体の姿勢制御を行う、
“バーニアやスラスターの出力と可動域にも難があるな”
流石にそこまで求めるのは酷であるため、実機で不可能な部分はシミュレートで片づけるべきだろう。幸いにして、フラナガンとニュータイプ研究を行うために用意した軍用シミュレートをアップデートした上で、コクピットシートをMS規格のそれに交換すれば滞りなく運用できる。
試験運用における各種報告書を手早く纏めてから次に向かったのは、ジオン科学アカデミーの研究施設であり、表向きイワンの主治医として雇用しているフラナガンも、普段はここで脳波研究に没頭していた。
「進捗はどうかね? 博士」
「おほっ! 実にいいタイミングで!」
アラブ系と一目で分かる浅黒い肌に口髭を蓄えた、如何にも胡散臭げな中年という風貌のフラナガンは、まるで馴染みの情婦でも見るかのような粘ついた視線と声音でイワンの来訪に歓喜した。
「ミッチャム教授から、脳波研究のデータを寄越せと言われましてね。ええ、ヨーク殿の顔を立ててお譲りしましたとも」
正史ではジオン大学の教授たる父が反戦運動家の思想犯として投獄され、父の死刑を回避すべく国家への貢献を強要された娘のカーラ・ミッチャムが軍事転用可能な技術研究に勤しんでいたというミッチャム家だが、この世界ではザビ家の政権交代がスムーズかつ──表向きには──穏当であったこと。
サスロの情報操作によって反連邦の機運が強くも、国民に負担を強いていないことから、ミッチャム家は政治に口を出すことなく医療技術に貢献を続けていた。
フラナガンは脳からの電気信号を肥大化させる技術をイワンに命じられるままミッチャム親子に提供し、親子が研究を進めている義手義足も
「しかしながら、あの程度の成果で満足するとはジオンの人材不足は実に深刻ですな」
義肢を生来のそれと同程度に動かせたからといって、一体何だというのか。
あれだけの情報があれば
“この男、やはり天才だな……”
マッドサイエンティストらしいと言えばそれまでだが、追及する分野では神の領域にさえ踏み込んで見せようという気概と実力は、頼もしくもあるし恐ろしくもある。
イワンが手綱を握らねば、それこそ陰で無数の屍を積み上げながら人体実験を繰り返す手合いであることは疑いようもなく、これならば多少能力に劣っていてもモラルを保てる人材の方が何億倍もマシだった。
“とはいえ、この男抜きでは困るのも嫌な現実だがな”
だからこそ、適度に自尊心を満たしつつ、イワン自身がモルモットとなることで満足の行く結果を残す必要がある。当然、義肢に関する技術の『
「博士、最早医療の、いいや……ニュータイプ研究において貴方の右に出る者はジオンにないと証明されたようなものだ。内々の話となるが、この科学アカデミーで博士の名を冠した専門機関を立ち上げる用意がある」
「それはそれは!」
素晴らしい! 心が躍ると胸を弾ませつつ鼻を膨らませるフラナガンに、だからこそ、と言葉を継ぐのを忘れない。
「専門機関が立ち上がるということは、国家プロジェクトを手掛けるということでもある。当然、軍事面においても機密に触れる以上、幾つかの条件を呑んでいただくこととなってしまうが、構うまいな?」
「ええ、勿論。ジオンが私を必要とし、その為に私が求めるモノを用意してくれる限り、不満など欠片もございませんのでね。望むことを望むだけ続けられるなら、生涯日陰者でも構いませんよ」
「そこは信用している。モルモットが欲しいなら、司法取引を行った死刑囚を引き立てるし、裏社会から幾らでも使い潰せるゴミを集めているのでな」
司法取引に関しては再生医療の実験台という名目で。そして裏社会でも不要とされた構成員に関しては、そちらに精通しているサスロから手配済みだ。
戦災孤児や貧困者をモルモットになどというのは認められることではないが、社会のゴミがどれだけ使い潰されようと、イワンの知ったことではない。
「だが、貴方が一段下に見たミッチャム親子とも今後は協力して貰わなくてはならん。彼らの義肢研究は、軍事に十分転用できる見込みなのでな」
「……上辺だけでも取り繕って欲しいということですか」
フラナガンからすれば愛想笑いや追従など時間の無駄だが、それでも社会というものは波風を立てない方が効率的だということも理解はしていた。特に、スポンサーからの要望となれば無下にするのは得策でないということも。
「良いでしょう。ですが、何故あの親子にそこまでの期待を?」
「一つは、表に出せないニュータイプ研究に変わる実績を公開する隠れ蓑として有用だということだ。生来の肉体と寸分違わぬ義肢というのは傷痍軍人を筆頭に『欠けている』人間ならば誰もが望むもので、かつ分かり易い成果なのでな」
宇宙世紀の時代にもなって、再生医療どころかこの程度の技術もないのかという話だが、この世界は人口爆発によって、半ば口減らしにも近い形で医療技術が停滞している状況だ。
富裕層を筆頭とする限られた人種ならば、再生医療なり精密操作が可能な義肢なり幾らでも用意が利くものの、逆に中間以下の身分には限りなく冷たいというのがこの世界の実情だった。その癖安楽死に関しては、これ以上ないほど寛容なのだから始末が悪い。
「もう一つは、これを機に兵器の脳波コントロールに挑戦して貰うためだ」
そして当然、後者についてはフラナガンが主導する。
「ずぶの素人が操縦桿を握り、手足を動かす感覚を伝えるだけで、プログラムすら超える精密性と反応速度を以て戦術兵器を駆る。西暦時代のSFを、ニュータイプですらない只人が行うというのは中々に痛快だと思わんか?」
それこそが義肢技術における本命たる『リユース・
イワンがミッチェル親子を優遇する理由に、フラナガンは目を細めた。
「ほう? つまり只人を上回るニュータイプ
「そうだ。ミッチャム親子の技術では何処まで行こうと、義肢の接合部から電気信号を伝達しなければならない以上、四肢を切除しなくてはならん」
傷痍軍人に次の戦場を用意したり、別の人生を歩ませるには十分なのだろうが、イワンが求めているのはそこで終わりでは決してない。
遥かな未来、脳波コントロールで駆動する
「……加えて、通常の人間では制御不能な
「くくっ、脳に飽き足らず、肉体まで弄りたいのですか?」
とんだマゾヒストだとイワンを嗤うフラナガンだが、決して嘲ってはいない。むしろ、それでこそだとその瞳に狂気の喜悦を滲ませていた。
「良いではありませんか……人類の改革というのなら、全く異なる生物に行き着くぐらいでなければ話になりませんからなぁ」
反応速度の強化や、幾ばくか臓器の耐久性を底上げする程度は倫理感さえ無視すればすぐにでもできる。再生医療の応用で、衰えた細胞を新鮮かつ強固なそれに作り替えればいいだけの話だ。何であれば、骨格や関節の強化だって同時にできる。
「ですが、現状ニュータイプがヨーク殿だけである以上無理はできません。急いては事を仕損じます」
「分かっている。私とて、ジオンの安寧が叶うまで命を捨てるつもりはない」
熟慮と安全策を重ねつつ、着実な一歩を踏み込みながら確たる位置へ到達する。
「実に滾ります──このフラナガン・ロムの夢が、生きているうちに届く日が来ようとは」
死の間際、ニュータイプという存在の片鱗に触れることが出来れば御の字だろうと諦めていた。ジオン・ズム・ダイクンの語った夢物語の可能性が、現実のそれなのだと微かにでも実感出来ればそれで良かった。
しかし、嗚呼……しかし。最早その程度では満足できそうにない。
「誓いましょう──貴方を最強のニュータイプにしてみせると」
何故なら本物はここにある。妄想や贋作などではなく、極上の原石が目の前に確かにあるのだから!
“ヨーク殿、貴方は貴方のお好きなようになさるが宜しい”
連邦に勝ちたいなら勝たせて差し上げよう。ジオンを宇宙の統治者にしたいのなら、そのようになさるが宜しい。その為の力は、このフラナガンが与えてやろうじゃあないか。
“ああ、駄目だ、逸るんじゃない”
もう二度と手に入らぬかもしれない最高の原石を使い潰すなど有り得ない。ダイヤモンドをカッティングする職人のように、緻密な計算の下で行わなくては全てが台無しになってしまう。
焦ることはない。瓦礫の山から一生涯かけても探し出せるか分からない次の宝石を求めるより、この一つを丹念に研磨する方が余程美しくなるだろうし、ここから先、練習台は事欠かなくなるのだから。
“ヨーク殿、貴方はきっと
嗚呼、けれど。どんなに楽しい『玩具』にも飽きは来る。
完璧な形に削り上げ、磨き上げ、これ以上ないほどの存在を生み出して、その次は?
“きっと、必ず、絶対私は貴方だけでは満足できなくなってしまうでしょうねぇ”
研究者としてのサガに、欲望に抗うことなんてできやしない。
だったらどうする? 自分の作り上げた最高傑作を、一体どうやって最高傑作だと証明させる?
そんなこと、決まっている。イワン・ヨークと同じように、もう一つの宝石を磨いて
連邦が滅ぶのも良い。ジオンが勝つのも良い。そんな勢力争いなどフラナガンの眼中には存在しない。重要なのは争いの中で、イワン個人にぶつけられる敵が出てくるのを探すこと。必ず見つけて殺し合わせることなのだ。
“名誉? 地位? 下らない。研究者が求めるのは何時だって『証明』そのものではないか”
だからこそ、フラナガンは自分以外の全てを下に見ている。理想だの倫理だのと、何故そんなもので情熱を、純度を鈍らせるのかが理解できない。何時だとて、人を突き動かすのは『こうしたい』という我が儘からじゃないか。
“だから私は迷わない。だから私は約束だけは破りませんとも。ええ──”
イワン・ヨークというニュータイプに──相応しい相手が見つかるまで、ね?
クッソ粘着質な中年オヤジに体を弄られて汚された挙句、ダイナミックに裏切られることが確定してるイワン君は泣いて良い。
でもこんな中年オヤジより信用されてなかったミノフスキー博士は、イワン君を全力でぶん殴って良い。