天城高雄さま、広畝さま、パンパさま、ご報告ありがとうございます!
「では市長、グラナダ市は
「勿論ですとも!」
汗した額を拭いながらも、月面第二の恒久都市たるグラナダ市の市長は笑みを崩さず、サスロに分かり易く追従していたが、無理もない。
世論を分かり易く煽り、前市長のスキャンダルをリークし、この小物を傀儡として新市長に立てて早一年……。
以来、新市長は前任と比較するのも馬鹿らしい程の小物でありながら、最高の名市長などと煽てられ、乗せられながらここまで来た。
実務の一切をジオンから派遣された役人連中に丸投げして、承認欲求と預金口座の額面さえ満たされればいいと割り切れる絵に描いたような愚者ではあったが、そうした軽い神輿であればあるほどサスロには都合のいい存在であったし、何より甘い汁さえ吸えれば構わないというのは分かり易くてより結構な話だ。
「我々も地球連邦の専横にはほとほと手を焼かされておりまして……かねてよりグラナダ市と共にしてきたジオンと一層親密な関係となることは、私のみならず全市民の望みでもありますので、はい」
グラナダは月の裏側に位置しており、地球光に照らされない期間が二週間近く続く。当然太陽光発電や熱核融合炉だけでは電力を賄えず、サイド3方面からの
また、経済不振からコロニー公社が多くの重工業から手を引くようになって以来、グラナダの頼りとする
サイド3がグラナダのライフラインを握る
万一月面都市がコロニー側に回るようであれば、その時は武力でもって抑え込み、サイド3方面の
「……それで、その。今後の私の地位は……」
「案ぜずとも宜しい」
それ以上喋るなという意味合いの睨みを利かせつつも、サスロは裏切りさえしなければ全て保証してやるとぞんざいな口調で言い放つ。
「グラナダがどれだけ
「ええ! ええ、仰る通りです! ではサスロ
◇
“卑しい愚図が……何が殿下だ、気色の悪い”
脂ぎったグラナダ市市長との面会を終えた後、サスロは部下達から届けられた書類を睨みつつ、何処までも深く息を吐く。
ジオン自治共和国がジオン公国と国号を改め、更にはザビ家が公王家として君臨して程なく、サスロはこれまで以上に多くの陰謀と向き合い、企て、それらの仕事に忙殺されることとなった。
軍務経験など皆無でありながら名誉階級として少将の階級を与えられたのは、まだいい。問題はその階級以上に公王家としての権限が加わったことで、軍部の意向や戦争戦略の擦り合わせの為に、サスロ機関をフル活用しなくてはならなくなったということ。
そこに直接軍に口を挟めなくなったイワンの戦略構想や、必要とされるであろう物資やら外交窓口の確保まで迫られる羽目になったサスロは、今すぐにでもイワンを現役に復帰させたいというギレンの心情をこれ以上なく理解できた。
“とはいえ、イワンの現役復帰は連邦との開戦にでも至らねば無理な話……”
過去には危険だと喚いておきながら手前勝手なことだが、それでもサスロは猫の手だろうと借りたいところであったし、悪魔との契約書であっても喜んでサインする程度には余裕がなかった。
“大体にして、どいつもこいつも好き勝手に言ってくれる。国庫は有限だということも分からんのか!?”
打ち出の小槌など何処にもない。だというのに最低限開戦までは軍拡の予算を捻りつつ、国民の生活水準を維持させろというのだから本気でどうかしているとしか思えない。
“……ヨーク家と父上が居るからまだいいが、没後は悲惨な状況になりかねんな”
何としてでも、それまでに財政基盤を一層強固にしておかねば立ち行かない。戦争や独立も当然だが、『勝ちはしたが財政破綻で崩壊しました』では笑い話以下だろう。
“その上で、これか……”
よりにもよって自治共和国時代から経済制裁を続けている地球連邦政府と、合同でのサイド7の建設着工。大方、サイド7に近しい
“あのギレン
間違いなくイワンが絡んでいやがるなと毒づきつつも、為すべきことを成すべく動く。有意無為は別として、各コロニーの富裕層や議員から選抜したジオンシンパに一定の権力を持たせつつ、民意まで操作しなくてはならないというのにこの仕事。
いい加減、羽目を外しても罰は当たるまいと考えていたのだが、嫌な意味で眠れない日が続きそうだとサスロは溜め息を深々と零した。
◇
“遠目からでは、まるで作りかけの模型だな”
暗黒の世界に浮かぶ、建造途中のコロニー……
詰襟の襟元に輝く真新しい少将の階級章と下ろし立ての将官服はまだ馴染まないが、それでも
遥か遠くの景色から視線を外し、後ろ手に組んだ両手を解くと、そのままマホガニー製の執務机で書類仕事を再開する。各種訓練に酒保を含めた補給の管理、人員配置の見直し等、余り優秀でなかった前任の仕事に早々にメスを入れねばならなかったのは不幸か。
はたまたそれが普通で単にワッケインが神経過敏であるのかは定かでないが、ともあれ改善できるところはしなければ始まらない。
“特に、
『暁の蜂起』などとジオン国民が叫ぶ暴走は、連邦政府の態度を硬直化させるには十分なものだったが、ワッケインからすればああもあからさまな挑発行為に出ておいて、しっぺ返しを受けないと思う方が間違いだろう。
“窮鼠猫を嚙むという言葉さえ知らんとはな”
だが、覆水は盆に返らず、割れた卵は王様ですら戻せない。連邦はより一層の経済制裁を
いや、むしろ柔軟性を欠くからこそ。合理や実利でより深く判断できるワッケインだからこそ、と言えるのかもしれない。
水や空気というライフラインにどれだけ暴利をかけようと、そんなものは各コロニーや月面都市からの裏取引でどうとでもなれば、希少金属の類とて手を回すことは幾らでもできる。
“連邦は、拡大していく
ジオン側への責任追及だの、小天体追突に対する賠償拒否だのと、そうした目先のことでなく、最も近い位置での監視を継続すべく尽力すべきだったのだ。
“今まさに、我々を注視している
地球連邦政府と合同での
世間ではジオンが連邦に対して恭順を示し、経済制裁の緩和を狙っているだの、これが友好の証だのと口走る阿呆も居るが、誰がどう見たところでこれがサイド7に近しい
「失礼します! 司令官閣下、本日の訓練航行の報告書になります!」
「……ご苦労」
訪室と共に敬礼し、書類を届けに来た青年将校を短く労うと「時に」と、ワッケインは踵を返そうとする将校を引き留めた。
「貴官には、
執務室の椅子に腰かけたまま、大型モニターに流した視線を青年将校が目で追えば「ああ」と何処か哀れみを感じるような声を漏らした。
青年将校が見つめるのは、MIP社から派遣されたという社員が総出で
「我々の動向が気になるのでしょうな。無理もありません」
どれだけ声高に独立を叫んだところで、彼我の国力差は絶望的なまでに開いている。ジオン側から仕掛けてくることが連邦にとっては望ましいが、そんなことは普通なら有り得ない。
どれだけ声高に反連邦を、真の独立をと叫ぼうと、全面戦争を回避したいと思うのはムンゾ自治共和国時代からここまで、現実路線を貫きつつ経済政策に重点を置いてきたザビ家の政治的手腕を見れば一目瞭然。
ジオンとて決して馬鹿ではないからこそ、こうして今までとは逆に連邦の動きを見ているのは間違いない。あれだけの規模で目を向けているのも、無数のスペースゲートや監視所が設けられたルナツーの規模を鑑みれば当然だろうと言う。
「
どれだけ国力差があったとしても「お前達の動きを把握できる程度には耳目を有しているのだぞ」というアピール。自国の非力さを
「優秀な部下を持てて何よりだ」
月とは地球を挟んで反対側に位置しているルナツーは、
言い換えれば、ジオンはこの基地を直接叩くには余りに遠いということだ。
“開戦すればルナツーから主力艦隊が出撃するのに合わせ、
どれだけ制宙権を得るのに重要な存在だとしても、ジオンが直接ルナツーに手を出せる筈もない。有り得るとすればルナツーから出撃した艦隊も含めて連邦軍を殲滅し、そこから更に進撃して叩きに来ることだが、そんな夢物語は脇に置くか妄想家の戯言と両断すべきだろう。
では、今まさにサイド7建造に着工し、ソーラーパネルを交換している連中がルナツーに挑みかかって来るか? いいや、それもあり得ない。
ルナツーはコロニー建設に必要な資源確保の為、小惑星ユノーを牽引して月軌道に定着したものを、軍施設として利用した代物だ。
その直径は一八〇キロメートルにも及び、兵器工廠としての機能も有する巨大要塞でもあることから
地球に存在する連邦軍最大拠点にして司令部たるジャブローほどでないにせよ、今なお続く資源採掘の傍ら、日々拡張が続くルナツーの攻略はたとえジオンが全力を挙げても相応の被害は免れない。
あのようにチャチなロボットでは打って出たところで痛痒の一つすら感じまいし、秘密裏に兵器を運ぼうにも、それこそ逆にルナツーの目がある以上すぐに露見してしまう。
サイド7が完成した折に部品単位で分解し、着々と内部で戦力を積み上げるにしても、その隠し場所は限られる。連邦の目を誤魔化すには戦艦というのは大きすぎる以上、出来ても戦闘機などの戦術兵器が関の山だろう。
“哀れだな”
勝者であることが確定しているワッケインは、ジオンに憐憫の情を催した。
どれだけ志高くとも、どれだけ高邁な理想を掲げようと、より強大な存在に潰される。
それは歴史が繰り返してきた弱肉強食の論理であり、軍人たる以上ワッケインもそれを敢えて否定はしない。
だが、いずれ来てしまうだろう連邦とジオンの戦争を想像した瞬間、ワッケインは口中に苦いものを感じてしまう。
連邦は確実に勝利するだろう。多少の手傷を負うかもしれないが、そんなものは精々軽度の火傷という程度。
だが、対するジオンは何処まで戦う? 国民は何処まで戦争を許容する?
……きっと、過去の歴史が証明してきたように、凄惨な現実がジオンという国を襲う。女子供や老人さえ武器を執り、重い足取りで敗れるその日まで戦い続けた先にあるのは、敗戦という絶望に加え、連邦からの更なる弾圧が続くだろうことは想像に難くない。
危険思想と不穏分子の封じ込めという名目で、各コロニーはより強い制限を受けることになる。
「──寒い時代が来るな」
叙勲と昇進の機会を得る格好の時代が迫りながら、ワッケインはそれを望む気にはなれなかった。
今回は短いですが、キリが良いのでここまでで。
ワッケイン閣下を格好よく書きたかったけど難しいお……orz