ゼン・ノワールさま、SIGSEGVさま、ご報告ありがとうございます!
「申し訳ございません、公王陛下……最早、これ以上の外交努力は……」
「良いのだ、皆、今日という日までよくやってくれた」
ジオン公国首相、ダルシア・バハロの奏上に、玉座に坐すデギンは立ち上がって外相ら官吏一人一人を労わった。
今日という日までジオン公国の外交官達は反連邦の民意と機運に押されながらも、外交人として連邦政府に敬意と信頼を以て接し『戦争回避』というザビ家の方針の下、隠忍自重を貫いてきたことをデギンは誰より深く知っている。
日増しに強くなる経済制裁、食料の強制納入をはじめとした搾取の日々、それら全てにぶちまけたい思いを呑み込み、振り上げたくなる拳を抑えつつも最大限の努力を以て今日まで切り抜けてきた。
だが、それももう限界だ。どれだけ経済努力を尽くしても、これ以上はジオンという国家が成り立たない。
空気と水にかかる莫大な関税は、裏取引で持ち堪えた。半ば略奪に近い食料の催促も、プラントを増設することで耐え抜いてきた。
それでも、各コロニーとの貿易に対しても内容の如何を問わず莫大な税をかけたばかりか、航路の使用にさえ重税を課し、あまつさえジオンにとっての最大の生命線たる、重工業に必要不可欠な金属類さえ『軍事物資』と見做し徴発するという。
これを拒否するならば自治権放棄を承認しろという『最終通告』は外相を絶句させるには十分だった。
そう、よりにもよって一字一句違わず最終通告だと連邦政府は通達した。法的拘束力を有さない『試案』でなく、互いに妥協点を探り合う外交の牽制球でもなく『交渉不可能』を前提とした要求は、戦争か死かを選べと言うものだった。
「申し訳ありません……本当に、本当に申し訳ありませんでした……陛下」
議員を代表し、バハロ首相は大粒の涙を零しつつ自身の非力さに奥歯を噛み締めた。公王家と共に政治を担い、民の為に尽くしてきた首相も含め、然るべき地位にある官吏らはデギンのみならず、軍高官からさえ『戦争回避』の方針からは逸れぬよう厳命されていたからだ。
国内外に反連邦を主張するのは良い。民衆を慰撫するパフォーマンスとして、また
だが、戦争だけは論外だ。
ジオンの国力は連邦と比して三〇分の一以下である。だからこそ決して、どんなことがあっても連邦の挑発には乗るなと言い含めてきた。
自治独立というこれまで積み上げた全てが一瞬で無に帰すようなことはあってはならないと、政界に身を置くギレンのみならず、職業軍人たるドズルからさえ自重を求められた時点で、議会は戦争の二文字が破滅に書き換わるということを理解するには十分だった。
野党は国民の声を代弁する形で強硬論を唱えつつも、与党は国力差を分析に説明し、デギンもまた公王という立場を駆使し、国民に玉音を届け続けた。
戦争が始まれば、多くが血の海に身を投じることとなる。今日という日まで続いてきた安寧は失われ、日々の生活すら苦慮することを国民に強いてしまうこととなるだろうと。
明日のパンさえ保証できなくなるという現実には、どれだけ熱を上げた国民とて足を止めて考えるには十分で、けれどその度に連邦の専横が反戦の二文字を潰してくる。
熱狂に駆られ、国民を断崖に突き落として破滅に進むなどあってはならない。たとえ一分一秒でも、何時かは待ち受けてしまう破滅が来るのだとしても、その時まではと。
泥に塗れ、靴を舐めてでも生存の道を模索し続けてきた外交努力は、しかし理不尽な暴力の前に閉ざされてしまった。
「ことここに至った以上はやむを得ん。悔み切れぬ今を嘆くより、困難であろうと抗わねばならん時が来たのだ。公国はこれより戦時体制へと移行する。ギレンは前へ」
「御前に、公王陛下」
うむ、と跪くギレンにデギンは鷹揚に頷くと、従卒が恭しく儀礼杖を運ぶ。これを渡す日など、来なければよかった。こんな儀式など行う日は来て欲しくないものだと思いつつも、しかし唐突に起こるであろう開戦を受け止めていたが故に、常に準備を怠らなかった杖をデギンは執り、そして掲げ持つ。
「公国戦時法に則り、ジオン公国公王デギン・ソド・ザビはギレン・ザビを行政と軍部の長たる総帥位に任じる。
認証式すら行えぬ略式のものであるが、公国の存亡を賭し、以て国家と国民の庇護者たる決意固くば、汝に総帥杖を下賜する。これを受けるか?」
「ギレン・ザビはジオン公国に尽くし、国民の自由と勝利の為、身命を賭して聖なる義務を果たすことを誓います」
総帥杖が下賜され、起ち上がるギレンが杖の石突を強かに打ち据えれば、首相以下の議員と儀仗兵が最敬礼で以ってそれを受けた。
時は宇宙世紀〇〇七九年、四月三〇日──奇しくも西暦時代における、最大の独裁者が斃れた日と同月同日であった。
◇
戦時体制の移行に伴う国家総動員令の発令、総帥を頂点とした司令部の設立等……ジオン公国はまるで軍事大国の如き精緻かつ稠密な歯車として、連邦との開戦という未曽有の事態にありながら一切の混乱さえなく組織体制を整えるに至った。
国民の熱狂に突き動かされた場当たり的なものでは決してない。いずれ来てしまうであろう戦いに備えていたからこその恐るべき転換であり、僅か二日足らずで遺漏一つなく全てを整えたギレンを筆頭とした重鎮の手腕と紐帯的行動は、『宣戦布告』演説も含め、後世に語られるべき政府としての完成形であった。
「親愛なるジオンの民に、私は重大な発表をせねばならない。
遂に我々は地球連邦政府に対し、戦う日を迎えることとなった。
この戦いは、連邦の非道を糺す為だけのものであろうか? 否!
この戦いは、連邦の圧政から逃れる為だけのものであろうか? 否!
我々にとってこの戦いは、
否、断じて否!
この私も含め、ジオンの子らの心には父ダイクンの理想が今も深く根付いている! 重力から魂を解放され、新天地に立つ全ての
今日この日こそ、我らが自らの足で起つことによって、父の教えに従ったのだと、私も含め皆が胸を張れるのだ!
今日を生きる為でなく、過去への復讐からでもない!
続く未来の為、父祖の恥じぬ己であるため、子や孫に誇れる己であるため、共に生きる
今日という日はジオン国民に限らず、全ての
我らの戦いは
我らの父、ジオン・ズム・ダイクンがそうであったように! 父の想いを受け継いだ我々もまた、次の子らにこの胸の灯を託すのだ!
全ての
この日、ジオン公国の至る所で『ジーク・ジオン』の唱和が途切れることは決してなかったが、熱狂に突き動かされたのは公国国民だけではない。この演説を耳にした全ての
決して声高には叫べずとも、黙し身を縮めるしかない弱者であってもその手に汗を握りしめ、その瞳は感動と興奮に打ち震えていた。
そして、多くが十字架に祈りを捧げるように、静かに手を組み心から希う。
──ジオン国民に、ダイクンのご加護がありますように、と。
◇
しかし、地球連邦政府も開戦に踏み切るだろうと予期して待機していた各コロニーの連邦軍将兵も、ジオン公国の『宣戦布告』を嘲笑するばかりであった。
地球連邦政府という統一政権が樹立され、『地球上の紛争の全ての消滅』を連邦政府が宣言して以降、一切の戦時国際法は統一政権の存在を揺るがすものとして廃止されて久しかったからだ。
宣戦布告のない奇襲どころか、核や化学兵器の類さえ制限のない現在にあって、よもやここまで律義に過去のルールを順守し、スポーツか何かのように自己の正義を主張するなどとは誰も夢にも思わなかったのである。
殴りたいのであれば、黙って殴るべきだった。『奇襲』こそが、ジオン公国に与えられた千載一遇の好機にして唯一の活路であったというのに、彼らはそれをしなかった。
だが、それも無理からぬことかと多くの連邦軍高官は肩を竦めた。
連邦との圧倒的国力差を前に、死の行進を余儀なくされたジオン公国には、最早正義を語る以外の、自身を勇壮に飾る以外の一切を残されてはいないのだろう。
自分達は正義を貫いた。たとえ結果は無残であっても、
だからこそ、ジオン公国は純軍事的な成果でなく『政治的正答』を得ることに固執したのだと連邦軍と政府は結論付けた。
たとえ戦時国際法が過去のものになり、責任追及が出来ずとも、ジオンが奇襲を行えば地球連邦政府がジオン公国に対し、「卑劣な侵略戦争を受けたのだ」という主張を掲げ、過去に突き付けた死刑宣告を棚に上げて、防衛戦争の大義名分を得ただろう。
だが、連邦の悪行も過去の死刑宣告も、各サイドはおろか地球圏の人間さえ忘れていない。たとえ奇襲を行ったとしても各サイドの民間人にさえ手を出さねば同情されたことだろうに、敢えてジオンに一点の曇りも許さなかった潔癖さは、いっそ滑稽ですらある。
たとえ避けられぬ滅びなのだとしても、一矢報いるという覚悟すら抱けず、ただ美しく散ろうとしたジオン公国には多くの連邦軍人が溜め息を零した。
泥に塗れるのだとしても、汚点であったとしても、それが一体何なのか。どれだけ清く在ろうとも、それが死期を早めるだけのものならば、恥をかなぐり捨てて挑むべきであろうにと。
開戦前、コロニー駐屯基地で出撃を控えた無名の指揮官はこう語った。
「ジオン公国には、優れた政治家は数多存在したが、軍略家は皆無であった」と。
◇
“始まってしまったな”
宇宙世紀という時代にあって、唯一独立を果たすだけの器を有していた国家、ジオン公国の終わりの始まりを、ワッケインは感じ取る。
程なくして、月面都市と各サイドに駐留していた艦隊は作戦行動を開始するだろう。
敢えてジオン本国へ強襲は仕掛けず、サイド3から出撃したジオン艦隊を迎え撃ちつつ、遅滞戦術を駆使してジオン艦隊を後方へと誘引。
地球とルナツーから出撃した大規模艦隊と
これを回避したいのであれば、ジオン艦隊は各ラグランジュ・ポイントの内、最短距離に位置するL2方面の月面都市から出撃した連邦艦隊を即時撃破。
しかる後、L4に位置する
何であれば、各サイドに分散させた駐屯艦隊でさえ集結させればジオン本国を攻め落とすことすら可能だと判断されているほどで、ルナツーと地球から出撃する艦隊は駄目押しの一手に近い。
“その上、最短に位置する月面都市に屯する艦隊は各サイドに待機する艦隊以上に層が厚い。下手をすれば、
余りに一方的かつ、情け容赦のない戦い。しかし、それは言い換えれば慈悲なのだろう。たとえ連邦政府にその気はなく、圧倒的戦力差で踏み潰し、各サイドに実力差を示すことで心を折り、独立の萌芽を摘み取ろうという魂胆なのだとしても、結果として戦争の長期化は避けられる。
早期に勝てる戦争を悪趣味にも延々と続け、死に体となったジオンを各サイドへの見せしめにしないというだけでもワッケインの心は幾分か慰撫されたが、所詮それも軍人らしからぬ一個人のセンチメンタリズムに過ぎない。
意識を切り替えるべく室内でありながら軍帽を深く被り、矢継ぎ早に指示を飛ばすワッケイン。しかし、そんな彼に将校の一人が口を挟んだ。
「閣下、MIP社の者たちは如何なさいますか?」
艦隊を出撃させる以上は軍事行動を目撃されてしまうのだから、一時的にでも拘束した方が良いのではないかという提案。しかし、それにワッケインは頭を振った。
「彼らを拘束したところで、定時連絡が途絶えたと知れればジオンとて察するだろう」
それなら拘束に人手を割くより、一分一秒でも早く艦隊を送り出すべく準備すべきだし、非武装の民間人を拘束するとなれば、それ相応の手続きや事後処理が必要となってくる。
如何に連邦政府の後ろ盾があるとはいえ、大手企業の顧問弁護団と年単位で揉めるのはワッケインとしても避けたいところだった。
「……何より、彼らは万が一にも
これにはその場にいた将校団も苦笑した。まさかと思うが、ルナツーにジオン艦隊がやってくると、本気で信じているのかと。
「……今日という日まで、ルナツーを監視することで祖国に貢献し続けた者たちに対して、礼を失するような部下を持った覚えはないが?」
僅かな希望に縋る者を、祖国を信じる者を嘲笑するなとワッケインが静かに睨めば、将校団も背筋を正して非を改めた。
「諸君。我々はここに留まるが、留まる者として最高の仕事を続けよう。宇宙世紀における最強最高の軍隊として、敬すべき敵に相応しい軍人たらねばならん」
全てつつがなく、完璧な状態で戦場に届けよう。連邦軍人としての己が出来る全霊で、ジオン艦隊を斃すべく行動しよう。
“それこそが──私なりの、ジオン公国への敬意だ”
ワッケインは軍人である。軍人である以上は戦い、勝利することを求められる。たとえ相手が弱者にして善であり、正義が向こうにあるのだとしても。ワッケインは連邦軍人としての勤めを果たさねばならないのだから。
“許しは乞わん。存分に恨め”
──土台これは、殺し殺されの戦争なのだから。
スペースノイド「我らが父、ダイクンのご加護を!」
なおそのダイクンをぶっ殺したユダはザビ家の模様(台無し)