宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2022/5/2誤字修正。
 麦茶太郎さま、カド=フックベルグさま、SIGSEGVさま、にゃんてるさま、mnskさま、みやともさま、ご報告ありがとうございます!


21 ルウム戦役

“始まるか……”

 

 独立の悲願、大義を抱く若人と、彼らを突き動かす信念に満ち満ちた指導者らの想い……それら全てに終止符を打つ日が来たのだと、レビルは静かに目を細めた。

 宇宙移民(スペースノイド)にしてみれば、自分達は紛れもない悪なのだろう。宇宙という広大な空間に設けた植民地(コロニー)というゴミ箱に投げ入れ、搾取を続け、いざ自力で生き抜けるようになった途端、ゴミ箱ごと焼き捨てようとする腐敗した支配者として映るのだろう。

 それら全ては全く正しく、されどレビルにとっては、それを自覚しながらも連邦の勝利は果たすべき『必要悪』として捉えていた。

 

 棄民政策だと、民族闘争だと分離主義者たちは声高に語る。自らの大義と正義を掲げ、弱者の庇護者たらんと立ち上がる彼らを前にしながらも、レビルは自身の信念に依って立ち、ジオン公国を滅ぼすことを躊躇しない。

 

“──お前達に、この感情を理解してくれとは思わんよ”

 

 人類初となる『統一政府』の実現。人という種が長きに渡り、人種、宗教、思想によって対立を繰り返してきた世界が、ようやく一つに纏まったという成果。人類史において、誰もが一度は望み焦がれた一つの家……。

 

 たとえそれがどれだけ腐敗し、強大なだけの支配者層が頂点に君臨する歪なものであったとしても、レビルはそれを手放したいとは思わない。

 ジオン公国の統治は、誇るべきものだ。公王家は民を虐げる独裁者でなく名君として君臨し、その国には議会が野党を持ち、正しく政治を機能させ、国民を導く優等国であることは疑いようのない事実である。

 数ある歴史の中にあって、最良の人々と称すべき指導者に率いられた、美しい国……もしレビルがその国で生きていたならば、そして今よりも若ければきっと、レビルは建国の志を高く抱いて死ぬことに躊躇さえしなかっただろう。

 だが、そうした国家はかつての先進国と同じなのだ。新たな独立国を認めるということは即ち、統一された政府という人類が一つに纏まる家を破壊し、再び歴史の針を戻してしまうということ。

 ニュータイプ論を掲ぐジオン主義(ジオニズム)は決して『新しい人のかたち』の胚胎期などではなく、過去にあった宗教的台頭と、独立戦争の焼き増しに過ぎないのだ。

 

“その主張、その独立を為し得た果てに、人類は再び相争うだろう”

 

 異なる主義、異なる主張で以って、各々の正義を掲げて独立する戦国時代がやってくる。たとえ地球連邦が強大な武力を背景に統一したのだとしても、それによって纏まりを見せた世界が割れれば、再び西暦世界のように力ある先進国が群雄割拠し、世界大戦を繰り返しかねない時代を呼び戻す。

 

“自由、独立、正義……、所詮それらは十年一日の主張でしかないのだよ”

 

 人類が宇宙に出て、未だ百年にも満たない時間。たったそれだけの時間に現れた独立の萌芽に、統一政府の存在意義を疑うか。或いは統一政府を幼いだけと見るべきか。

 ジオンは前者を見、レビルは後者を見た。

 

“或いは──……あの忌まわしきテロ(ラプラス)事件さえ起きなければ、こんな未来はなかったのやもしれんが”

 

 歴史にIF(たられば)など意味はない。それでも老いた者として、歴史の中に生きる一個の生命として、レビルはそれを常に思うのだ。

 宇宙世紀の誕生を祝う式典の最中……人類史上初となるコロニーを崩壊させた、最も忌むべき大規模テロの対策として、連邦政府は宇宙に拠点を置くことをしなくなった。

 

“そして、連邦政府は連邦政府たる理念を消してしまった”

 

 人類史初の統一政府は、本来宇宙移民計画を実現するために造られた筈だった。人種や宗教といった旧来のしがらみ全てを克服し、人類を存続させるべく新天地に送り出すための調停機関。

 人口増加と熱汚染で限界に達した地球を救いつつ、しかし人の未来を背負うに足るだけの重責を担うために必要とされた『一つの家』。

 

 ──しかし、ラプラス事件がそれを変えた。

 

 人類史上において、最も愚かな者共の衝動によって引き起こされたテロによって、政治の中心は地球に置かれ、それに引き摺られるように多くの権力者たちも重力に縛られる形となった。

 

 もしも、もしもあの事件さえなければ、変わったのではないか……?

 たとえ棄民政策に過ぎなかったとしても、それを機として宇宙に基盤を整えて行けば、調停機関たる連邦の中枢機関を宇宙にさえ置くことが出来ていたならば、ここまでの地球偏重主義には至らなかったのではないか?

 自由経済故の格差はあったとしても、地球居住者(アースノイド)宇宙移民(スペースノイド)などという、かつての人種差別のような壁は生まれず、たとえ過去の政府のような腐敗や問題を政府が抱え続けたとしても、ここまで決定的な破滅が引き起こされることは……。

 

“いいや……これ以上は止そう”

 

 所詮、過ぎた夢だ。有り得たかもしれない平和。有り得たかもしれない理想を夢想するより、今という現実に一人の将として対峙せねばならない場面なのだから。

 この後、百年単位で見れば悪とされる戦いであろうと、人類種の生存の為を思えばこそ、被れる汚名もそこにはある。

 

「各艦に通達──ルウム宙域をジオン艦隊の墓標とせよ」

 

 一木一草悉く、ここで滅し終わらせる為に。

 

 

     ◇

 

 

“来るか、来るか、来るか……来たァっ────!!”

 

 ワルキューレの指揮所たる艦橋(ブリッジ)にて仁王に立つドズルは、モニターに映し出された敵主力艦隊が合流し、しかも油断なく纏まって()()()いたことに心中で快哉を上げた。敵が戦上手であればあるほど、こちらの動きを読んでくれていればいるほど良かったが、正しくこれは重畳という他ない結果だった。

 

「レビルかティアンムのいずれかでも十分だったが、これで俺達は勝ちだ! 準備良いか!?」

「ソーラ・レイ! エネルギー充填及び照準良し! 有効射程圏内までカウント始め! 四、三、二、一……!」

「ソーラ・レイ! 発射ぁ────────!!」

 

 

 雷鳴の如く放たれた号令、それすら呑み込む光の奔流は、ルウムという宙域に存在する全ての視界を破滅の光で満たした。

 

 

     ◇

 

 

「何が……何が起きたっ!?」

 

 遥か彼方から放たれた一条の光。それが自身の瞳から数瞬の間とはいえ視力を奪い、通信障害によって敵艦隊が近づくことを予見できなかったティアンムの……より正確には、連邦軍艦隊にとっての破滅の瞬間となった。

 

「第一艦隊、各艦との通信途絶……しかし、これは……」

 

 まるで音響閃光手榴弾(スタングレネード)でも起爆したのではという程の圧倒的な光から立ち直り、いち早く視力を取り戻したオペレーターは、モニターのみならず、肉眼で捉えられる周囲の被害状況に絶句した。

 陣を密にしたために、破滅光がもたらした被害は甚大という言葉さえ当て嵌まらない。

 ジオン艦隊から放たれたらしい光の線条は、戦場たるルウム宙域の外から見れば、太い線に映って肉眼にも映えたことだろう。

 直撃を受けた艦隊は爆光に包まれ、四散する暇もなく()()したが、痛みすら感じる間もなく消し飛んだ彼らはむしろ幸運だったのかもしれない。

 灼熱した光の帯の直撃を逃れ、余波を受けた艦隊は衝撃によって巨人の手に引き裂かれた紙屑のようにも、或いは溶鉱炉に投げ込まれた鉄屑のようにも映った。

 四散した艦はその大小を問わず無残に尽きる。焼け爛れ、ねじ曲がってへし折れ、生きながら焼き尽くされた乗組員(クルー)は炭化して崩壊していたが、辛うじて原型を留めて()()()()乗組員(クルー)は、もがき苦しんだかのようなジェスチャーのまま死亡して広大な宇宙を漂い、見る者全てに自分達の死の恐怖を否応なく突きつけさせた。

 

“ジオン、畏るべし……!”

 

 ティアンムは万全の勝利を信じて疑わなかった我が身の傲慢を深く恥じ、同時に己と部下の心を静めるべく喝破した。

 

「狼狽えるな! あれだけの大型砲、ジオンの国力で量産はできん! エネルギーチャージの時間を鑑みても二発は撃てん!」

 

 発言に根拠はない。全てはこれまでの人生で備えてきたティアンム自身の経験則に則ったものに過ぎず、通信を途絶させた新技術のように、ジオンが複数発の大型砲を備えている可能性は十分にあったが、しかし、出来ることをするのが軍人だ。

 そして、ティアンムの勘は正しかった。

 ジオン艦隊が牽引した大型砲……ソーラ・レイは小規模の密閉型工業コロニーを改造し、核パルスエンジンを装着することである程度の輸送能力を獲得した『超大型移動砲』である。

 この指向エネルギー兵器は莫大な電力を必要としており、如何にコロニーを維持する核エンジンといえど、再充電には単独で週単位の時間を要してしまう以上──太陽発電衛星(SPS)等、外部電力を頼れば短縮可能だが──一発限りの切り札であった。

 

 現時点で消失ないし戦力外となった艦隊は、密集こそすれど全体の三分の一……未だジオン艦隊に倍する規模であり、たとえ電子戦を封じられていても互角に戦うことは可能である。

 

「体勢を立て直せ! 物量を駆使して包囲殲滅を図るぞ!」

 

 

     ◇

 

 

“苦労して運んできた甲斐があったというものだ”

 

 遥か彼方で燃え盛る敵艦という戦果を、ドズルは腕を組んで眺める。とはいえ、今日という日までこの決戦兵器を連邦の目から誤魔化すのに、然したる苦労があったかと言えばそうではない。

 密閉型工業用コロニーを大型移動砲として運用すべくかかった費用や防諜に関してはともかく、外部に設置した核パルスエンジンについては、過去に農業用コロニーの小天体衝突事件を受けて、回避可能にすべく全てのコロニーに設置していたし、ここまで運ぶ段になっても、工業用コロニーを移動砲としてでなく、艦艇修繕用の『移動基地』として誤魔化す為、敢えて内部に破損した艦艇を収蔵し、実際に修理を行うことで誤魔化してきた程度。

 強いて難点を挙げるなら足が遅かったことで、他サイド宙域を攻略した艦隊とルウム宙域で合流するのに手間取ったことか。

 しかし、それすらこちらが駐留艦隊相手に()()()()()いるのだろうと誤認させる程度の時間に過ぎなかったと思えば、むしろ足の遅さも利点として働いたと言える。

 

「ソーラ・レイ命中! 敵被害甚大なるも、体勢を立て直しています!」

「骨のある連中だ!」

 

 そうでなくてはとドズルは指を鳴らす。ソーラ・レイは確かにMS(モビルスーツ)に並ぶ虎の子ではあったが、あくまで単発砲。決戦兵器としての成果は確かに果たせたものの、それで全てを終わらせるにはまだ足りない。

 

「ミノフスキー粒子散布を怠るな! 高濃度を保ちつつ接近し、敵の目を艦隊(おれたち)に釘付けにさせるぞ!」

 

 

     ◇

 

 

 蒸発した兵士らの死の怨念、断末魔の咆哮、憎悪の塊……未だ距離は遠いというのに、脳でなく魂に纏わりつくそれらを強制的に知覚できてしまうイワンにしてみれば、それは正に地獄の亡者が魂を捕らえに来たかのような感触だったが、しかしイワンは眉一つ動かない。

 何故なら、心など一度壊している。傷つくことなどもう慣れている。最愛の婚約者(キシリア)が眠ってしまったその日から、イワンは痛みを覚えることに麻痺してしまっていた。

 けれど、それでも「自分達はここにいる」と「忘れないでくれ」という叫びを無視できず、一人一人と向き合うことを止めないのは、寸でのところで人としての一線を踏みとどまっているのは、ザビ家や親しい皆の()()だ。

 泣いて良いと言ってくれたガルマの()()で、少しでも傷を癒そうと向き合い続けたギレンの()()で……イワンは死に逝く者達の声を雑音にすることが出来ずにいた。

 

 けれど──イワンはそれを恨みはしない。

 

 何故ならそれは、本当に人として持つべき最後の一線だ。その感情を捨ててしまえば、イワンは人でなくなってしまう。違うものに成り果ててしまう。(うろ)のように空虚な心と、泥か澱のように濁った瞳で駒として在るのでなく、一個の人間として、命としてこの世界に踏み止まることが出来ているから。

 

“お前達に向き合ってやる。幾らでも私を呪い続けて良い”

 

 ニュータイプとして強化し過ぎたのだろう。魂にのしかかる膨大な負の感情を全身で受け止めつつ、しかし止まりはしないという覚悟と共に、力強く操縦桿を握って見せる。

 その怨念を、憎悪を踏み越えてでも輝く明日を欲しているから。キシリアが目覚めた時、そこに優しい、より良い世界を用意したいから。

 

 程なくMS(モビルスーツ)隊は発艦シークエンスに入り、指揮官先頭の心得に従い、イワンは第一攻撃隊として先陣を切ることとなる。

 気密、動力、操作系、エネルギーゲイン、全て問題なし(オールグリーン)MS(モビルスーツ)デッキからエレベーターを通じて運ばれた橙色のザクⅡは、その機体をカタパルトに接合させた。

 

『準備良し。発艦許可』

 

 モニターに表示されたコードとゼロになったカウントダウンを読み取ると同時、カタパルト脇に立つデッキ・クルーが誘導棒(コンダクト・バー)を振り下ろす。

 

「『シグニ(ワン)出撃する(でる)!』」

 

 コールサインと発進を告げたイワンはカタパルト・ユニットから急加速を以て滑り出し、僚機と部隊を先導する形で星の海を突き進む。

 重量過多の機体はカタログスペックギリギリの数値しか出ないところだが、そこはリミッターを解除している為問題ない。

 スラスター光が光の尾となって一閃し、拡大モニターが戦闘宙域の敵艦隊を捉える。ジオン艦隊の作戦行動に支障はないようで、既にして宇宙突撃艇(ジッコ)をはじめとした攻撃艇が連邦艦隊の引き付け役となっていた。

 

「『各隊、作戦通り敵陣を乱せ! 我らの刃で()()するぞ!』」

 

 かく乱など拙く手緩い。横合いから一方的に、()()な部分を斬り崩す!

 

 

     ◇

 

 

 ミノフスキー粒子散布下であることによって複合射撃管制システムは役に立たず、盲撃ちを余儀なくされた連邦艦隊は一撃離脱戦法を駆使する宇宙突撃艇(ジッコ)らに苦戦しつつも、しかし決定的な破滅に至らなかったのは、偏にティアンム、レビル両司令官の指揮と、何よりも艦隊の練度そのものが高かったためだろう。

 電子戦という耳目を封じられて尚、組織的抵抗を行い続けた彼らの奮戦は驚嘆に値するものであり、或いはこのままであれば『辛勝』をもぎ取ることさえ可能だったかもしれない。

 

 だが──それも最早たらればだ。

 

 人型という、戦闘において本来不合理な形状……無駄の極みと嘲笑すべき巨大な戦術兵器を前に、しかし艦隊は成す術なく葬られる。高速機動するザクⅡが対艦ライフルを艦橋(ブリッジ)に放てば、次の瞬間には弾子が内部で炸裂して人肉ごと艦を引き裂き、エンジンに核弾頭が撃ち込まれれば、誰一人脱出する暇もなく艦と運命を共にする。

 そう、ここは連邦軍にとっての『船の墓場(サルガッソー)』。新たな時代、新たな戦争を象徴する為の引き立て役として、こと切れる彼らに用意された最期の戦場に他ならない。

 無敵と信じて疑わなかった大艦隊。圧倒的なまでの武威の象徴だった連邦宇宙軍の総力を結した一大勢力は、今や猟犬に追い立てられる羊の群れにも等しかった。

 

“化け物……”

 

 最期の瞬間、敵機を艦橋(ブリッジ)から一瞬だけ眺めた艦長は、この世のものと思えぬ光景に、声に出すことさえできなかった。

 然り、正しく彼らは真正の化け物。鋼の鎧纏う一つ目の巨人(サイクロプス)でありながら、知性を有する最強の軍勢という反則(デタラメ)

 巨人に相応しい銃と砲を携えて、宇宙(そら)を翔ける軍勢は、死を撒き散らし喰い荒らす。嘆き畏れよ人の子よ──神話の時代から抜け出した、終末の鐘の音を聴くが良い。

 射爆によって一隻、また一隻と吹き飛ぶ連邦艦。大小を問わず、殺意に濡れ光る一つ目(モノアイ)に捉えられてしまったが最期、彼らの晩餐として逃れられぬ末路を辿る。

 核という超熱量を封じた砲弾を前にして、逃れることのできる者など存在しない。

 

 ならば一つ目の巨人(サイクロプス)達はその圧倒的な力に酔い痴れ、愉悦交じりに殺戮劇を楽しみ続けているのだろうか──否。

 鋼の巨人を駆る者たちは、たった一人を畏れている。無敗無双を約束された、最新最強の軍勢さえ、その光景を目の当たりにしてしまったならば、己が矮小さを悟らずにはいられない。

 

『ありゃあ……なんだ』

 

 短距離通信によって漏れたオルテガの声に、マッシュは返す言葉を持ちえない。

 

“大佐殿……貴方は、一体何に()()()のですか……?”

 

 ムンゾ時代からの最古参……右に出る者なしという自負を以て戦いに臨んだ三連星をして、その光景は異常だった。

 人体の限界を超えた反応速度? いいや、そんなチャチなものではない。

 正しく()()は戦場を、敵の殺意を、未来さえ読みながら動いている。

 返り血さながら爆破の光を浴びながら、殺到する火線を嘲笑うように回避する橙の機体。爆破に伴い引き裂かれた巡洋艦の、大型の破片を足場にして推進剤さえ使わず戦場を闊歩しては、有り得ざる戦果を積み上げていく戦場の王者。

 殺意の波動とでも言うのだろうか? まるで蜃気楼の如き『圧』が物理的に機体を歪ませ、見る者の喉を一瞬のうちに干上がらせる。

 

『マッシュ、オルテガ! ()()を見るな……!』

 

 隊を任されたガイアの叫びで、ようやく二人は我に返る。決して、イワンの機体は埒外の速度を有している訳ではない。高機動機を駆使する三連星の方が性能(スペック)言えば圧倒的に優位だろう。

 だが、それでも決して()()と相対するようなことだけは避けるべきだと本能で分かる。

 射界に入ろうとしたセイバーフィッシュをモニター外から蹴り墜とし、小型艦艇をデブリの爆発に巻き込んで引き裂くなど、どんなエースにだって不可能だ。

 味方たる自分達でさえそうなのだから、敵となればその異常性と恐怖は限界を超えているだろう。なまじ速度が突出していない分、連邦艦にとって最優先で撃墜すべきと認識したのかもしれない。

 対戦闘機用の濃密な弾幕に囲まれ、あわやその時かと思われたが、しかし次の瞬間にはまるで影絵の如く機体は弾幕をすり抜けて、最短距離にあるマゼラン級を立ちどころに轟沈させる。

 寒気さえ覚える静と動。欠片も無駄を有さない、血の通わぬ機械かと思わずにはいられない挙動に対し、戦意を喪失しない連邦艦の勇戦には敵ながら称賛を禁じ得ない。

 

 ──だが、無意味。

 

 血が湧かない。肉も踊らない。あるのは唯々鏖殺の意志だけで、一目見た瞬間、自分が燃やし尽くされるような幻影を覚えたのは、きっと三連星全員だ。

 

 吞まれるな……! きっと連邦艦の誰もが、そう自分自身に言い聞かせている。

 

 殺せ、殺せ、殺されるな相手を殺せ! 三六〇度、全方位から迫る殺意に、それ以上の殺意が灼熱の息吹となって跳ね返る。

 たった一機、たった一人、たった一つの『個』を目の当たりにして、有り得ざることに周囲の艦隊は陣形を組んで囲んでいた。

 

『俺達が流星なら──()()は、恒星だ』

 

 光り輝きながら駆け抜け、見る者を魅了する刹那の煌めきなどではない。自ら迫るまでもなく、己を中心として敵を惑わせる鋼の恒星(ほむら)

 故、イワン・ヨークはルウム戦役の英雄となった。

 

 ──暁の恒星という、畏怖と称賛の異名と共に。

 

 

     ◇

 

 

「窮鼠猫を嚙むというが……こっぴどく嚙まれたものだ」

「閣下! 最早我が軍に勝機は有りません! 直ちに脱出を……」

「狼狽えるでないっ!!」

 

 従兵に宇宙服(ノーマルスーツ)を運ばせ、退避を進言した副官に対し、レビルは活を入れて軍帽を被り直した。

 

「既に我らは完全包囲下にある! たとえ脱出できたとしても、逃げ切れるものではないわ!」

 

 ならば虜囚の道を選ぶか? それもまた否だ。敵は確実に自分達を殺し尽くす。他ならぬレビルが決断したように、ここで連邦軍の将星を殺し尽くしてこそ、ルウムの戦いは幕を下ろし、今次大戦の勝敗を決することが可能となる。

 

「短距離の高強度通信はまだ生きている筈だ! カニンガン准将に連絡を取れ! これより我らは、公国艦隊司令官の首のみ狙う!」

 

 それは生きて虜囚の辱めを受けずという、軍事センチメンタリズム故の発露か? 否。最早勝敗の趨勢は決すれど、この戦いが殲滅戦であることは誰の目にも明らかだ。

 故に、脱出を促さぬレビルの言葉に、誰もが砕けかけた腰を立て直して敬礼を捧ぐ。

 逃れられぬ死であるならば、せめて一太刀浴びせねば死んでも死に切れる筈もなし!

 

「心得給えよ若造(ドズル)──老将の首は、安物ではないということをっ!」

 

 

     ◇

 

 

「閣下! アナンケが麾下艦隊と突貫! 我らも続きますか!?」

「ならん! 我らはここで()()派手に暴れる! 一隻一機でも多く、敵の目を引き付けろっ! レビルめ……猛将と謳われた私を前に抜け駆けとはな!」

 

 マゼラン改級戦術指揮艦〈アナンケ〉と麾下艦隊を見送りながら、ティアンムは笑いつつ座乗艦と共に荒れ狂う。

 

「目に付く敵全て撃ち尽くせ! 残弾など気にするなよ! 腹を括って歯を食い縛り、老将の花道を飾ってやれ!」

 

 

     ◇

 

 

 ルウム戦役の戦いは、長らく不明確なものとされてきた。

 連邦艦隊の『消滅』によって、ジオン公国側の資料でしか詳細を確認できなかった為である。

 だが、この謎多き戦役の中にあってレビル中将と麾下艦隊の活躍だけは、事細かな証言と記録によって、最も早く信憑性の高い物として伝わった。

 

 特に、レビル率いる麾下艦隊における次席指揮官、ロドニー・カニンガン准将はその活躍目覚ましく、その英雄的戦いは、後世においても絶賛された。

 

「敵艦確認! アナンケです……!!」

「捨て身で来たか! ティアンムと間違えたわ!!」

 

 面白い! とドズルは獅子吼を轟かせ、集中砲火で以ってレビル艦隊を迎え撃つも、カニンガン准将の歴史に残る名操艦はこれを回避し、ばかりか進路上に存在するドズルの麾下艦隊を撃沈。

 その身をアナンケの盾として進み続け、末期の散華さえ自らの艦を用いてワルキューレの視界を阻んだ功績は、艦隊戦における空前絶後の働きであり「敵ながら天晴!」とドズルは感嘆の吐息を漏らしたが、それで終わりは決してしない。

 

「全砲門! 正面に集中砲火! 何としてでも辿り着くぞ!」

 

 傷つき続け、何時爆散してもおかしくない筈のアナンケはしかし、止まらない。唯々愚直に、そして全霊をかけて進む様は正しく老将の意地であり、決死を覚悟した想いが死中にあって活路を見出していた。

 

「止まりません、閣下! 退避をっ!!」

「下がるなぁ……!」

 

 ドズルは意地で言っているのではない。一歩でも引けば喰い殺される。僅かにでも臆せば沈められる。不退転の覚悟を前に、一度でも怯めば全てが終わるっ!!

 

「見事な鋒矢よっ! 後世に恥じぬ戦いよ! だが、勝つのは俺だ──……!」

 

 ジオン公国側の記録に曰く。

 レビル中将座乗艦〈アナンケ〉は満身創痍なるも突撃を敢行す。その様、まさに正面のみ捉え進む鋒矢の如く有り。

 ドズル中将座乗艦〈ワルキューレ〉はこれを前に引かず、応射にて反撃す。

 

「ぬ、ぅっ……!!」

 

〈アナンケ〉は止まらず、〈アナンケ〉は沈まず。死兵となって唯々ドズル中将のみを見据え、ドズル中将のみを求め進む。

 公国艦隊は火力優勢圧倒なるも、これをものともせず、レビル中将の麾下艦隊は被害を引き受け、沈み逝く味方艦さえ目もくれず、〈アナンケ〉は更に加速し、燃え盛りながらも突貫す。

 

「閣下……っ! ぶつかります!!」

「引くなと言っておろうがぁぁぁ────…………!!」

 

〈アナンケ〉の突貫続き、〈ワルキューレ〉の正面に接触。ゼロ距離にて擦過、肉薄の際、レビル中将、ドズル中将は互いの姿を艦橋(ブリッジ)にて認む。

 レビル中将、満身創痍にあってその瞳、戦意旺盛にして闘志尽きず、矢の如き鋭さで以ってドズル中将を捕らえん。

 

「急速旋回! 然る後、アナンケに向けて斉射用意……!!」

 

〈ワルキューレ〉、擦過の後後方に通過す〈アナンケ〉に反転。これを──

 

「撃──……」

 

 ──これを、撃沈すべく一斉射を指示するも、〈アナンケ〉は回頭直後爆散せり。

 状況から推察するに、機関部が臨界点を突破したものと思われる。

 

 

     ◇

 

 

“こんな、このような幕引き……っ”

 

 指揮所にて手摺りを握り潰し、ドズルは悔し涙を流した。

 ……勝てなかった。最後の最後、ほんの数瞬のことと言えど、回頭速度はアナンケが確実に上回っていた。

 

“俺は、死んでも悔いはなかった……! 男として、雌雄を決する気でいたのだぞ!?”

 

 だが、敢えてドズルはそれを口にしなかった。死した相手に恨み言をぶつけ、鞭打つ真似など武人としての矜持が許しはしなかった。

 

「…………」

 

 しばし、ドズルは散華したアナンケを黙し目で追った。かの旗艦が息絶えたのはルウム宙域における全連邦艦がMS隊とジオン艦によって包囲殲滅された後であり、全てを見届けた後に果てた為に、無情な静けさの中にドズルは佇むしかなかった。

 これが、戦の最中であればドズルは意識を切り替えることが出来ただろう。戦いはまだ続いていると、そう自他共に言い聞かせ、敗北の念を拭うことが出来た筈だ。

 

 ……だが、そのような言い訳は用意されない。

 

 完全勝利に湧くジオン艦隊の中にあって、ドズルの胸中は完全なる敗北で満たされていた。もう二度とドズルは男として、将としてレビルを追い越すことはできなくなった。永久に越えられぬ壁として、レビルは勝利を抱いて去ってしまった。

 何処までも歯がゆく、口惜しく、しかし武人としての礼をドズルは敗北してなお忘れはしなかった。

 

「各員! レビル将軍と、偉大なる宇宙の勇士に、敬礼ぇ────…………!!」

 

 この戦いはジオン独立戦争の最中と、その後数年の間、連邦軍内において物議を醸した。レビルの突貫は彼の軍事センチメンタリズムによるものに過ぎず、仮に艦隊を逃がすことに注力していたならば、その後の戦争は変わったのではないか、と。

 しかし戦後、ジオン艦隊の包囲殲滅は周到に計算し尽くされたものであり、連邦艦隊の生存確率が皆無であったことがジオン公国側の交戦記録映像と各種資料によって明るみになった際、レビルの名誉は不動のものとして記録され、後世の戦史研究者、作家は筆舌の限りを尽くして両雄の戦いを讃えることとなる。

 

 かくしてここに、ジオン独立戦争における最大規模の艦隊戦、ルウム戦役は終結。

 ドズルは後に、この戦いで最も敬すべき偉大な存在を失ったと回顧し、敵であるレビルの死を誰より惜しみつつ、敬礼を続けながらこの宙域を後にした。

 なれどこれは、血で血を洗う独立戦争の一会戦に過ぎない。

 

 戦いは続き──平和と独立の道のりは、未だ遠くに在った。

 




 ルナツーを焼くためのソーラ・システムの陰に隠れておりましたが、ソーラ・レイも『17 寒い時代』でちらっとサスロが出しておりました(多分読者諸兄は絶対気付いてたでしょうけど)

 イワン君のコールサイン名の元ネタは、白鳥座W星(赤色巨星)の学名であるW Cygniから。異名を決めてからだったので、かなーり安直なネーミングでありまする。

 今話の執筆後の感想。こんなの機動戦士ガンダムじゃないわ! ただの宇宙戦艦ヤマトよ!(台無し)
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