宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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 髭面なイワン君のイラストが、シン・マツナガとか既存のキャラと被って描けない?
 逆に考えるんだ。被っちゃっても良いさと考えるんだ。

主人公イラスト
【挿絵表示】


※過去に読者様の感想欄でも返信しましたが、イワン君のビジュアルイメージは映画『エアフォースワン』のイワン・ラデク将軍を二次元に落とし込んだ感じです。
 この顔でロリコンなんだよなぁ……こいつw

【お詫びとお知らせ】
 ジョニー・ライデンが機体を赤と黒で塗装したのはルウム以降で、この時点では胴体部とシールド、そしてスパイクショルダーを深紅に部分塗装したものであると思われるため、修正致しました。
 また、一角獣の紋章もルウム戦役以降、大尉昇進後に描かれたものであると確認できたため、こちらも修正致します(2022/5/11)
 参考文献:『MSV エースパイロットの軌跡』『機動戦士ガンダム公式百科事典』
 

※2022/5/5誤字修正。
 あーるすさま、広畝さま、どみにおんさま、ご報告ありがとうございます!




22 末期の予言

 もう始まっただろうか? 既に終わってしまっただろうか?

 

“或いは、ルウムにすら辿り着くことも出来ず、ジオン艦隊は消えてしまっただろうか?”

 

 為すべきこと、果たすべきことを全て成したワッケインは、執務室に置かれた復古調の掛け時計を見やる。

 ルナツーから出撃したティアンム艦隊は、確実にルウムへと到着しただろう。ルナツーからでは地球が影となってその活躍を見ることは叶わないが、それに何処か安堵している自分が居ることも、ワッケインは将として恥じ入るべきだが自覚していた。

 遥か遠くに輝く、星のような瞬きが見える度、どれだけの命がそこに消え、どれだけの嘆きが生まれるのかを想像してしまうのは心身には決して宜しいものではない。

 将として、多くの命を預かる者として、いざその場に立てば悩みなど感じることはなくとも、遠くで見守る立場となれば、煩悶を抱かずにはいられないのがワッケインという男の善性ゆえの悩みであった。

 

「各員、負傷艦艇の報告有るか?」

『現在、一切の連絡は有りません』

「引き続き高強度通信の維持とレーダー観測を厳となせ。手負いの艦があれば直ちに収容してやらねばならん。医療班の待機も怠るな」

 

 決してサボらせるなよと将校連に念を押して、ワッケインは有線通信を切った。

 たとえ連邦艦隊が圧倒的優位と言えど、矛を交えるなら損耗が皆無ということはあり得ない。如何にジオン艦隊がこちらの見積もり以上のものでなかったとしても、会戦すれば相応の負傷者は確実に出る。

 巡洋艦や戦艦ならば多少の被害があっても戦闘を続行できるだろうが、フリゲート艦や戦闘機を格納した宇宙輸送艦は防御面に難があり、ひとたび狙われれば致命傷は避け難い。

 地球に降下できる程の余力もなく、流れ着くようにルナツーへと収容される艦は確実に出てくる筈だ。

 

“だというのに、この静けさか……”

 

 レーダー索敵を前提とし、視界範囲外から誘導兵器をはじめとした超遠距離攻撃を撃ち合い、これを防御する『見えざる戦闘』が常識化して久しい今日……相対距離を考えれば、損傷艦艇の一隻ぐらいは来ても良さそうなものであるが、それもないとなれば答えは考えるまでもない。

 

“辿り着けなかったか”

 

 おそらく、その確率が最も高い。ジオン艦隊はルウムという最大の戦場に姿を見せるより早く駐屯艦隊の前に葬られたと見るべきで、それならば未だに音信不通であるのも説明がつく。

 損傷艦艇に関しても遥か後方のルナツーでなく、各サイドの駐屯基地で収容していると見れば理解できるからだ。

 

“またぞろ、誰がサイド3(ジオン)首都バンチ(ズム・シティ)に乗り込むかで揉めているのだろうな”

 

 勝つまでは団結できたとしても、勝った後で揉めるのは勝ち戦の通例だ。特に、敵首都に第一陣として凱旋する栄誉となれば相争うのは当然で、ティアンムもレビルも諫めつつ功一番を定めるのに苦慮している情景がワッケインには容易く想像できてしまった。

 とはいえ、この戦功評価でその後の栄達が決まると思えば唾棄するのも違うだろう。唯一自治独立を為し得るだけの地力を備えていたジオンが敗れた以上、これ以降各サイドは反乱など起こす気には決してなれまい。

 自分達の世代で、軍人が武功によって昇進と叙勲の機会を得られる最大にして最後の場面である以上、殺し合ってでも功を欲するのも同じ軍人として理解できる話であった。

 

“同情は……侮辱だな”

 

 そうした醜くも理解できる争いを同僚らが行っているのだろうと嘆息する中、ワッケインは亡国の運命を余儀なくされただろう国家(ジオン)を想う。

 平時であったならば彼らは理想国家として讃えられ、指導者は敵対国の人間からさえ認められるだけの位置に有ったことだろう。

 古今の歴史にあってさえ、類稀なる名君主と称えられたことだろう。

 

“彼らにとっての不幸は、軍事的才幹がなかったこと……いや、相手は連邦だ。全ては運気一つの問題だったのだろうな”

 

 生まれ、育まれた時代さえ違ったならと、敵将であるワッケインさえそう憂えずにはいられない。或いは、もしもザビ家が連邦の側に立っていてくれていたならば、蔓延る腐敗の乱麻を断ち切り、連邦の理想を正すことのできる良き政治家となれたかもしれない。

 そんな未来が、IF(もしも)があったならば、理想の君主を仰げることを一人の軍人として胸を張り、終生政府に仕え続けることに誇りを抱け続けただろう。

 

“それは、詮無きことだ”

 

 寒い時代が来ると、過去に自分自身が口にしたことをワッケインは思い出す。いつか来てしまう日は今日という日にやってきた。

 善は力の前に膝を折り、弱者が涙する時代の訪れを確かに肌で感じ取っていた筈で、全ては今更のことに過ぎなかったことだろうに。

 

 だが、ワッケインは全てが心得違いであったと悟る。

 

『緊急! 司令官閣下! 目視にて艦艇見ゆ!』

 

 生存をかけて戦う者の意志を、力を、覚悟を見誤った道化だったと自分自身を悔いる時が来たのだと。今日この日、その喉元に鋭く研がれた剣を突きつけられた瞬間になって、ようやく悟ることが出来たのだ。

 

『──公国艦隊が急速接近! レーダーに未だ感なし! 司令官閣下、ご指示を!?』

 

 軍事力という、鋭く恐ろしい剣の切っ先を。

 

 

     ◇

 

 

「遂に、遂にこの日が来たか……!」

 

 感無量の熱を吐息に孕ませながら、隠忍自重を続けてきたMIP社社員……否、その肩書を続けてきたジオン公国軍MS隊員は、公国宇宙艦隊を捉えると同時、万呼の声すら上回る快哉を叫び、その到来を祝福した。

 

「隊長! 既に準備整っております!」

 

 当たり前だ。来る日も来る日も、今日という日の為にルナツーの目と鼻の先で()()を重ね続けてきたのだ。目隠しをされたとて、準備に時間を要しはしない。

 現在、太陽発電衛星(SPS)の偽装を行う形で設置を終えたソーラーパネルと同型の『凹面鏡』の設置枚数は全体の四分の一たる一〇万枚。ここから残りを設置し、攻撃に至るまで然したる時間は必要ない!

 

「艦隊が我々の盾となってくれる! 皆焦らず、正確かつ迅速な仕事を心がけろ!」

 

 

     ◇

 

 

 はじめに断っておくなら、ワッケインは移動した太陽発電衛星(SPS)を中心として怪しげな作業を進める連中を認識してはいた。

 しかし、それが軍事的敵対行動だと認識していながら手を回すことが出来ずにいたのは、状況がそれを許さなかったからである。

 

戦闘機(セイバーフィッシュ)緊急発進(スクランブル)急げぇ! 何としてでも持ち堪えろ!」

 

 指揮所から矢継ぎ早に怒号を轟かす将校連。あわただしく動き、最善を尽くさんとする彼らの努力はしかし、敵の猛攻の前に空しく瓦解し続けていた。

 念を置き、ルナツーの哨戒区域に待機させていた、数少ない残存戦力たるレパント級ミサイルフリゲートは成す術なく轟沈。ルウム会戦に間に合わず、ドッグ入りしていた巡洋艦(サラミス)を発艦させるべくセイバーフィッシュを出撃させたが、それさえ一方的に胴体部とシールド、そしてスパイクショルダーを深紅に塗装した人型兵器(ザクⅡ)が駆逐して行っている。

 ソーラーパネルとは似て非なる、おそらくは危険な代物を敵は準備していると、()()と分かっていながら否応なく逼迫した状況に持ち込ませ、自らの土俵に上がることを強要させる手腕。

 電子戦を悉く無効化し、それに見合う新兵器を投入してきた防諜をはじめとした、今日に至るまでの周到さ。その全てが忌々しくも、同時に完成された戦略を軍人としてワッケインは讃えずにいられなかった。

 

“見事……!”

 

 だが、ワッケインとて一人の将。おめおめと負けを認めるほど、潔い性格では断じてない。

 

「狼狽えるな諸君! 如何に大挙しようと、ジオン艦隊は想定の半数! あの数でルナツーは落ちん!」

 

 気休めで言っているのではない。現にジオン艦隊はワッケインの言葉通り情報部が入手した情報の半数程度に過ぎず、籠城戦を続ければ持ち堪えられないことはない。

 

“連邦がジオン本国に奇襲を仕掛けると踏んで残したのだろうが、それならば猶予はある!”

 

 だが、逆に言えばそれだけの余力を残した上でジオン艦隊は勝利したということでもある。おそらくだが、ジオン側の被害は全艦隊の三分の一にすら届いていない……正しく完敗と言いようのない歴史的大敗だ。

 

「対空防御を密にし、決して艦隊を近づけさせるな! 各砲座は当てずとも面制圧を心がけろ! 一分一秒でも長く持ち堪えるのだ!」

 

 援軍など何処からも来はしない。連邦宇宙軍は持ち得る艦の殆どを出撃させ、その総力を以て完膚なきまでに叩き潰す筈だった。今更応援など呼んだところで高が知れているところであるし、何より通信網はズタズタに引き裂かれて呼べはしない。

 刻一刻とルナツーは削られて行っている現状、本来ならば降伏すべきだとワッケインも将校連も承知していたが、それでも基地を接収されてしまった場合、機密事項は筒抜けだ。連邦宇宙軍最後の砦を預かる大役を担った以上、ワッケインは安易な降伏に流されることだけはできなかった。

 

「皆、すまん! 私は……」

 

 それ以上は言うなと、分かっていると将校連は顔を伏せかけたワッケインに視線だけで応えて見せた。元より軍人。殺し殺されの商売の中、自分達の番がやってきたというだけのこと!

 

「柄でないのでしょうが、このような場面です! 勢いよくお命じ下さい!」

 

 最期まで戦い抜け、死にに行けと命じて欲しい。戦う者たちが英霊として旅立てるよう、最期まで泰然たる指揮官であって欲しいというその願いに、ワッケインは零れかけた涙を止めて顔を上げた。

 

「征け! 征って、逝ってこい! 私も全てを見届けてから行ってやる! 貴官らが務めを果たすように、私もまた務めを果たし、果ててやる!」

 

 天高き場所で再びと、敬礼を捧げ一人また一人と見送りながら、司令官権限でルナツーの全領域にアクセスを続ける。正直に言えば割に合わないことこの上ない仕事だろう。どうせ自分達が降伏しても、制宙権をジオンが取れば、講和条約の一つぐらい結ぶだろうと、余人ならばそう考えるかもしれないが……。

 

“悪いな公国。お前達のことは嫌いではないが、私は連邦軍人なのだよ”

 

 見縊った非礼はここに詫びよう。哀れみなど侮辱であったと改めよう。だが、それでも!

 

“お前達が『正しく在る』限り、連邦は膝を屈さんよ!”

 

 負け惜しみなどではない。ジオン公国がジオン主義(ジオニズム)を標榜し、ダイクンの理想に殉じ続ける限りにおいて、決して連邦は敗北しない。

 

“だから、これは賭けだ”

 

 ジオンが正義を手放し、勝利を貪欲に求めるか。理想を抱いたまま滅び沈むか。

 

“だが──もしも。お前達が理想を、正義を掲げたまま勝てたなら”

 

 その時は、あの世で潔く負けを認めよう。たとえ此度の戦いのように予想を覆されたのだとしても、そんな未来が来たのなら、地獄の底でもワッケインは笑って兜を脱いで見せる。

 

「聞こえは決してしないだろうが、覚悟しておけ! お前達が歩むのは想像を凌駕する苦難の──」

 

 言葉は続かない。指揮所のモニターが目も眩む閃光で満たされると同時、圧倒的なまでの熱線が、ルナツーという要塞を焼き焦がした。

 

 

     ◇

 

 

 まるでマグマか何かをぶちまけたように表面を煮えさせ、そのまま全幅一八〇キロメートルにも及ぶ小惑星(ルナツー)を中心部まで溶解させた悪夢の熱線……。

 その名を『ソーラー・システム』。原理自体は至極簡潔なもので、虫眼鏡の代わりに巨大かつ大量のミラーに太陽光を集約させ、焦点を定めることで目標物を焼くという代物だが、規模は理科実験で行うそれとは桁違いのものである。

 折り畳み式のミラーは一枚が二〇×一〇メートル。枚数は計四〇万からなり、これを展開した際の面積は一二×六キロメートルにも及ぶ。

 その照射威力もまたスケールの違いを否応なく理解させるもので、焦光座標温度は優に四〇〇〇度に達し、ソーラ・システムから放たれた太陽光線ビームはルナツーのスペースゲートばかりか、ドッグで出撃を整えていた巡洋艦もろとも一瞬で蒸発。

 そこからルナツー全体を抉るように更に焦点をずらしつつ照射を続けることで、ルナツーはもはや宇宙要塞としての機能を徹底的に破壊され尽くしていた。

 

「『最悪、接収は考えずとも良いとのことだ。対空ミサイルと短射程ビーム砲座は徹底的に焼いておけ。我々の被害軽減が最優先だ』」

 

 ソーラーパネルは設置こそ人型開拓作業機(モビルワーカー)による人力であったが、焦光の為の姿勢制御バーニアは連動システムが設けられ、コントロール船によって管理されている。

 その為、ミノフスキー粒子散布下であっても短い範囲でなら指示が可能な高強度通信を使用し、ルナツーを睥睨しつつ『ソーラー・システム』を任された指揮官……アンリ・シュレッサー少将は艦橋(ブリッジ)から細かな命令を続けていた。

 

「相手が()()と分かっていても、そうせざるを得ない状況を作り出し、強要する……閣下の最も得意とするところでしたな」

 

 ソーラーパネルがどう危険かまでは分からずとも、連邦軍が展開を妨害したかったのは確かだろう。だが、先に話しかけられた通り、()()させてやるほどシュレッサーは人の良い男ではないし、実際全て恐ろしいほど上手く行ったが、シュレッサー自身はこの結果に肩を竦めた。

 

「世の中分からんもので、何の因果か地上戦の専門家が、今や宇宙で要塞攻略だ」

「昇進も早かったですしね」

 

 ははっ、と小さく笑いつつ外した眼鏡を軽く拭くのは連絡将校たるライジェル・フォン・ムーア大尉だ。彼は眼鏡をかけ直すと、見るも無残に焼き尽くされ、今も手も足も出せないままズタズタに引き裂かれたルナツーに視点を戻す。

 

「……敵とは言え、酷なことをしたものです。()連邦軍人としては、胸中複雑では?」

「既に私は公国軍人だ。ダイクンの理想実現の為ならば、かつての戦友さえ殺し尽くすさ」

 

 無表情のまま、一欠片の慈悲も見えぬ声音でシュレッサーは零す。ダイクンが存命であった頃、シュレッサーは自治権確立の動きがあったサイド3の監視役として派遣されていた駐在武官であったが、ダイクンのジオン主義(ジオニズム)に共感。

 その熱意を買ったダイクンが自ら招聘した後は、ムンゾ防衛隊から続く国軍創設に尽力した生粋のジオン主義者(ジオニスト)であり、かつて革新(ダイクン)派と慎重(ザビ)派との政争があった際は、ライジェル共々革新(ダイクン)派の立場をとっていた人物でもある。

 

「こう言っては何ですが、私は閣下共々閑職に追いやられるか、謀殺されるものと考えていました」

 

 たとえジオンが慢性的な人材不足であったとはいえ、ジンバの暗躍に加担した疑惑の拭えない将校を生かすほど、ザビ家は甘くないとライジェルは考えていたのだが……。

 

「私も当時は不思議だったよ。ランバのように、政治から距離を取っていた訳でもなかったしな。とはいえ、ザビ家は我々が想像するほど冷たくはなかった」

 

 弾劾裁判の後も、ジンバへの面会も特例ながら許されたほどで、中々に住み心地の良さそうな刑務所にはシュレッサー自身驚いたものである。

 

「……閣下は先の政争をどう見られますか?」

 

 危険な発言とは承知の上で、ライジェルは切り込む。こんな時に──いや、こんな時だからこそなのだろう。趨勢の決した最前線だからこそ、猶予はあると見込んだ上で瞳を鋭くして問うた。果たして、ザビ家はダイクン暗殺の黒幕なのか、と。

 

「状況からして、ザビ家が最も得をしたのは誰の目にも明らかだ」

 

 不安定な政情を支えつつ地位を盤石にし、富国強兵に務め、今まさにこうして連邦相手に大勝利を収めつつある。

 

「同時に、連邦がきな臭く、ジンバにも口に出せん所があった。ローゼルシアに関しては、言うまでもなかろうよ」

 

 ザビ家とて、清廉潔白と言い難いのは間違いない。だが、全ての悪意の源泉であったかと問われれば否だろう。

 

「ザビ家も連邦の暗殺対象だったと?」

「そう見るのが妥当だろう。そして、それすら利用してみせるのが『政治家』の手腕というものだ」

 

 複数の思惑、複数の悪意や野心を見通し操りながらも、最終的には()()()()()()()見事に事態を納めて見せた。

 

「ザビ家が生き永らえ、確たる地位を築けた理由はそこだと見ている……ジンバにはその才覚がなかったようだが」

 

 あの政争の後、崩壊した改革派はザビ家の派閥に吸収こそされたが下野も粛清もされず、連邦とて大人しく引き下がって見せていた。

 軍部や保安隊といった各方面の混乱も必要最低限に纏められ、何事もなかったかのように国家は運営されたばかりか、飛躍的発展を遂げた一連の手管はたとえ主義主張の異なっていたシュレッサーをして、文句のつけようは何処にもなかった。

 

「何より、ローゼルシアからキャスバル様とアルテイシア様をお救い下さったのも事実である以上、私があの件を蒸し返すつもりもない。その点に関しては、あの女の暗殺を主導したヨーク大佐に感謝しているぐらいだ」

「あの怪物をですか」

 

 ミノフスキー物理学への先行投資と、それを前提としたMS開発及び統合整備計画の推進者……そして、ソーラー・システムとソーラ・レイの発案者でもあるという。

 

ザビ家の御曹司(ガルマ・ザビ)の為に詰め腹を斬らなければ、ドズルでなくあの怪物が三軍を差配していたでしょうな」

「……いや、それはあるまい」

 

 シュレッサーは士官学校で教授職を務める傍ら、一教官としてのイワンを見てきたが、外聞とは裏腹に、実務面においてはそれなりに有能という程度の評価を下さざるを得なかった人物だったからだ。

 

「純軍事的才幹は……ロートレック少将ほどと?」

「同格とまでは言わんが、精々一段か二段上程度だな」

 

 つまりは将官として凡庸か、ややできる程度。なら、ヨーク家嫡男の箔をつけるために、他人の手柄を掠め取ったのかとライジェルが問えば、シュレッサーは頭を振った。

 

「そこに関しては本物だ。ヨーク大佐は物事を見通す先見性と、そこに至る準備に関しては他の追随を許さない手合いだった」

 

 だからこそなのだろう。イワン・ヨークという男は、おそらく自身の弱点を自覚しているし、だからこそ多少危険な手合いであっても人材を確保(プール)することに余念がない。

 シュレッサーやライジェルが脛に傷持つ経歴であっても、こうして栄達を重ねているのは偏にイワンの口利きあってのものである。

 

「親衛隊の設立にも噛んでいたという噂だ。デラーズを親衛隊長に推したという話もある」

「あの軍事ロマンチストを?」

 

 能力は確かに高いが、武人としての気性が強すぎる。ともすれば、組織より個人に対しての忠誠を優先するだろう人物だが……。

 

「……成程、それで親衛隊ですか」

 

 あそこが教条主義者の坩堝となっていることは周知の事実であるが、賄賂も媚態も通じない近衛兵というものは疎ましい反面、組織には必要不可欠だ。

 特に、ギレン・ザビの総帥就任以降は総帥個人に忠誠を誓うよう忠誠宣誓まで用意した程で、ザビ家の個人的ボディガードを勤めて貰う上でもこれ以上ない組織である。

 それでいて親衛隊員は二階級上の権限を有する『特務』扱いなのだから、逆らえる者は多くない。ザビ家の安全のみならず、今後の綱紀粛正においてもああいった頭の固い連中は特に便利だ。

 

「憲兵より扱い易く動かせて、睨みを利かすには持って来いという訳ですな」

 

 実際、各サイドの駐屯基地制圧後の部隊監視には大いに役立ったことだろう。それ以外にも要人警護や情報統制等、使う場面には事欠かない。

 

「実に見事な手並みです。怪物の名に恥じぬ働きだと思われますが?」

「そこがヨーク大佐にとっての強みであり、同時に弱みだ。正確には、強みが出過ぎているが故、他人に『全能感』を誤認させてしまっているところだな」

 

 ライジェルがイワンを『怪物』と称したように、戦争や時代という盤面の流れを一切合切読み切っているように見えてしまう点。

 しかし、実態としてはそこはイワン個人の『特技』『個人芸』に過ぎず、先程言ったようにイワン自身の将官としての能力は多少優秀という程度に過ぎない。

 

()()()()はそれで問題なかった。何しろ情報という手札全てを伏せ切っての行動だったからな」

 

 だが、連邦のブレインが手札を読んで動くようになれば()()()()のようには決して行かない。それを自覚しているからこそ、可能な限り情報を隠匿すべく徹底的な殲滅戦に動いている。

 

「ルナツーを宇宙要塞として確保する気が無いようにな」

 

 捕虜は取るな。降伏を許すなという苛烈極まりない命令は、それを十二分に裏打ちしている。今後、公国軍はサイド7に軍事基地を建設し、ルナツーはあくまで本来の用途である資源採掘所として確保できればそれで良いという方針は、イワンが情報の秘匿に拘り続け、手札を見せてしまうことを極端に恐れていることの証左でもあった。

 とはいえ、あらゆるものが慢性的に不足していた公国内で、ここまで完璧な仕事をこなした以上、更に多くを求めるのも酷な話だが……。

 

「しかし、ヨーク大佐が主導した計画は膨大です」

 

 能力的な不足を込みにしてでも、やって貰わねばならないというライジェルに、シュレッサーは勿論だと頷く。

 

「冷や飯食らいとなるところを取り立てて貰った身だ。至らぬ部分は補佐し、尽くさせて貰うとも」

 

 ──ダイクンの理想を、ザビ家と公国が保ち続ける限りにおいては、な。

 




『機動戦士ガンダム公式百科事典』曰く、ソーラー・システムに使用されたミラーは400万枚は多すぎるので、40万枚が妥当とのことでしたので、後者を採用いたしました。
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