宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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 今回、投稿に間が開いちゃったけど、文量は13000字と二話分は有るので許してください何でもはしません!
(なお今後もリアル都合で投稿間隔にばらつきが出る模様)

※お詫びとお知らせ
 既に各話の前書きに記載していますが、シーマ様の階級と、ジョニーライデンのパーソナルカラーとマークの設定に誤りがあったため、修正しています。
 ※シーマ様の階級は一週間戦争時点で中佐。
 ※ジョニーライデンのパーソナルカラーが赤と黒になり、一角獣のマークが追加されるのはルウム以降でした。

※2022/5/15誤字修正。
 麦茶太郎さま、山水公さま、広畝さま、万葉@青ペンギンさま、ご報告ありがとうございます!


23 勝利の美酒

 開戦劈頭の月面駐屯艦隊への勝利と、月面都市の『解放』から続く赫々たる戦勝の報はジオン公国のみならず、全サイドを驚嘆の渦に巻き込んだ。

 連戦連勝を重ねる公国軍の栄光と称賛は留まるところを知らず、号外の報が紙吹雪の如く各バンチに撒き散らされては、国民は『そうであって欲しい』という願望と『本当にここまでの戦果を挙げることが出来たのか?』という疑念の半信半疑に苛まれてきた。

 しかしルウム戦役にて連邦宇宙軍の背骨を砕き、ルナツーを確保しながら、その戦闘規模に反して被った損害が余りに軽微と言わざるを得ない状態で帰投した公国艦隊と勇士達の姿を目の当たりにした時、公国国民の熱狂は絶頂に達した。

 プロパガンダでない本物の勝利。制宙権確保という地球連邦の頭を完全に押さえつけての戦術目標達成は宇宙世紀初の、そして未来永劫語り継がれるであろう戦争芸術の粋を極めたものであり、未だ終戦に至っていないことを自覚し続ける軍首脳部や政府高官たちさえ口元を緩めずにはいられないものだった。

 

 これは決して、唯の勝利を意味するものではない。

 積年の悲願であった真の『独立』。新たな時代を、祈りを形とするために古き頸木と支配の鎖をその手で断ち切った始まりなのだという希望。

 公国国民のみならず、虐げられてきた全ての宇宙移民(スペースノイド)達はジオンという国家に救世主(ダイクン)の影を見た。

 連邦政府に対し、講和を優位に進める為もあってか戦争推移もまた事細かに報じられ、特にドズル中将とレビル中将の艦隊決戦は公国内で持ち切りとなった。

 両雄の逸話は国民的感動を突き動かし、公国内の音楽家は僅か一夜にして両雄を讃える詞を書き上げ、感動の赴くまま五線譜に音色を綴り奏でたという経緯は、当時の公国がどれだけの興奮にあったかを如実に物語るものであった。

 

 しかしながら、そうした官民を問わぬ熱狂の只中にあって公王(ザビ)家と家中……特にデギンとギレンは戦勝に惑わされることもなく冷静に事態を捉えていた。

 

「ギレンよ、分かっていような?」

「この度の戦勝を好材料として、連邦との早期講和を達成せよと仰りたいのでしょう?」

 

 古今東西の歴史を見るまでもなく、戦争とは始めることは容易くとも、終わらせることは困難を極める。緒戦の勝利に惑わされ、全てが自らの掌の上にあると過信した結果、全てを失った指導者は枚挙に暇がないものだ。

 ましてや政戦両面の成功の裏に潜む()()を思えばこそ、ギレンとて早期講和の舵を切らねばならないということは否応なく理解できていた。

 

「……弁えておるならば、良い」

 

 この戦勝に浮かれたギレンが、妥協なく勝利を邁進し続けるとばかり危惧していたデギンにとって、ギレンの物分かりの良さには少しばかり動揺を隠せなかったが、ギレン自身、終始己の構想のみで戦争計画を進めていたならば、決してここで講和を選びはしなかっただろう。

 より苛烈に、そして徹底的な戦争を遂行し、ジオン公国を世界に冠たる国家として君臨させ、全人類の恒久的繁栄と生存を確約するという至上目的を達する上で、必要不可欠な『犠牲』を容認し続けることが出来ていたならば、早期講和は選択肢として有り得なかった。

 

“……だが、ことここに至っては致し方あるまい”

 

 サスロが財政面から泣きを入れてくることは覚悟していたが、イワンからも早期講和こそジオンにとっての『最良』であり、中長期戦は望ましくないと進言されては、流石にその意を汲まぬ訳には行かなかった。

 

“たとえそれが……失敗に終わるだろうとしても、な”

 

 戦勝に湧き続ける全宇宙植民地(スペースコロニー)の中にあって、ギレン・ザビの英知は既に暗雲が訪れるであろう未来を見通してしまっていた。

 

“我々は勝ち過ぎた──余りにも上手く、そして『綺麗』過ぎるほどに”

 

 

     ◇

 

 

「なんっで、どの新聞もテレビも、あの半端色(ジョニー・ライデン)ばかり取り立てるんだっ!?」

 

 内示でこそあれどジオン公国軍戦功章の中での、実質的な最高位に位置するジオン十字勲章の叙勲と一階級昇進を通達され、ばかりかジオン公国建国以来、官民を問わず初となる勲章伝達式典を間近に控えたオルテガは、連日連夜絶え間なく続く報道と号外に地団駄を踏んで歯ぎしりしていた。

『半端色』というのは所謂専用機持ちであるMS(モビルスーツ)操縦士(パイロット)へのやっかみも含めた蔑称だ。

 成績優秀な操縦士(パイロット)は独自改造も含めた一定の裁量を認められた自機に、指定した専用機体色(パーソナルカラー)を塗装する栄誉を与えられるが、専用機を有する程度には優秀な反面、経験不足やエースと称すほどの技量を持ち得ない操縦士(パイロット)は、機体の全身でなく肩や胸部を部分的にしか塗装出来ない。

 全身を塗装した専用機を有する操縦士(パイロット)というものは、それこそ真に限られた一流パイロットにのみ与えられた特権であり、黒い三連星やイワンが如何に卓越した技量を開戦前から示していたかを見せつけるものでもあったが、だからこそオルテガは新聞やテレビに映る『半端色』ことジョニー・ライデンが気に食わない。

 

 新聞やテレビで真っ先に報道されるのが、ドズルであることに文句はない。何しろ艦隊司令官で自分達の実質的なトップなのだから当然だ。

 次に、月面都市を『解放』した海兵隊の女性将校(シーマ・ガラハウ)が持て囃されるのも納得できる。戦の先駆けとして華々しく戦い、月に公国軍旗と国旗をはためかせたというのは、象徴として理解できるからだ。

 だが、先の緒戦において功一番たるMS(モビルスーツ)隊の活躍を示すにあたって、半端色と蔑んだ、少尉となって間もないジョニー・ライデンばかりがちやほやされるのは気に入らないどころではなかった。

 

「なにがっ! 『敵艦六隻撃沈』だ! なにが『深紅の稲妻』だぁっ!? 俺達だってルナツーで稼げればもっと上を行けたんだ!!」

 

 ルウム戦役を終えてすぐ、ルナツーを陥落させるべく部隊の再編成が行われたが、オルテガら黒い三連星もイワンも、損傷艦隊の護衛とジオン本国防衛の任を命じられ、最後(ルナツー)の戦いに参加することは叶わなかった。

 無論、それは既にしてルウム戦役で華々しい戦果を挙げた結果、これ以上は他の部隊にも花を持たせてやるべきだと宥めたイワンの言い分に従ったのもあるし、何より高機動型の稼働限界を判断してのことだったのだが、こんなことならば量産機に乗ってでもルナツーに出張るべきだったとオルテガは悔やんでも悔み切れない思いで一杯だった。

 

 ガイアやマッシュなどは、どうせルナツーでジョニー以上の戦果を挙げたところで、最多撃沈王(トップ・シップエース)の座を掴んだイワンでも紙面を飾らなかったのだから結果は変わらなかったろうと弁えていたのだが、オルテガは納得いかないまま、まるで馴染みの嬢に心の傷を癒して欲しがる常連客のように士官クラブでイワンに語れば、イワンは大笑いしつつ頭を振った。

 

「くくっ、気持ちは分かるがね、オルテガ中尉! 私達では顔が駄目だ!」

 

 改めて見てみたまえよ、とイワンは新聞の一面を示す。

 そこに映るのは貴公子然とした背高い金髪の美丈夫が、情宣・広報用に他に先駆けて全身を深紅と黒で塗られ、一角獣の紋章(パーソナルエンブレム)を戴くMS(モビルスーツ)と共に敬礼する英姿颯爽たる一葉で、その瞳の凛々しさには公国中の子女を骨抜きにしそうな魅力があった。

 戦友たちから兵隊やくざなどと大っぴらに語られてきた強面の三人組(黒い三連星)や、眼光鋭い髭面の三十路(イワン)では決してこうは行かないし、広告塔など勤まる筈もないのだからジョニーが持て囃されるのは当然だ。

 

 加えるにライデン家といえば由緒正しきスコットランド貴族の末裔(ブルーブラッド)で、これにマスコミが飛びつかないのは無理だろう。

 公国内での爵位で言えばヨーク家の方が上とはいえ、綴りも国籍もあったものでないイワンの姓名が示す通り、西暦時代から混じり続けた血の中から良質なものを汲み上げた後、資産家と政界での地位を笠に爵位を得ただけの成り上がりに過ぎない。

 棄民というコンプレックスを抱える宇宙移民(スペースノイド)にとってみれば、こうした生粋の貴顕たる出自というものはそれだけで羨望の的となるもので、それがジョニーを時の人となることを後押ししているのだろうと語れば、オルテガは犬のように低く唸って悔しがった。

 

「それに、だ。個人戦果(スコア)戦艦(マゼラン)フリゲート艦(レパント)を三隻ずつというのは讃えられて然るべき記録だよ。私や貴官らも年功に胡坐をかいては追い抜かれるかも知れんぞ?」

「ご冗談を!」

 

 これにはガイアも傑作だと笑った。自分達が抜かれてやる気など毛頭ないが、だとしてもイワンが抜かれる姿など想像できない。

 マゼラン級宇宙戦艦四隻に、サラミス級巡洋艦七隻。それが自機装備弾薬のみで撃沈した最多撃沈王(イワン・ヨーク)の個人戦果(スコア)であり、弾の一つも用いず蹴足で撃墜したセイバーフィッシュは両手足の指でなお足りない。

 そこにグレゴリー、フリオ両伍長の抱えた弾薬分の戦果(スコア)も加われば、おそらくこれ以降、どのような戦場を経験するとしても誰もイワンの記録を塗り替えることは不可能だろう。

 尤も、イワンが出撃前に進呈を約束していた『共同戦果』は、グレゴリーとフリオが固辞してしまったことでMS隊全体での共同戦果になってしまったが。

 

「本当に良かったのかね? 下士官からならば二階級どころか、三階級は上がれただろうに」

「どうかご寛恕を……あんな戦果(スコア)、賞勲局が絶対に良い顔をしません」

 

 MS(モビルスーツ)に限らず、戦闘艦艇や戦闘機は戦果確認と戦闘状況を記録・保存するため、極秘任務でもない限りは自動で戦闘時の映像が記録される。

 これらは複数のバックアップデータを取られた後、戦技研究や功績確認といった用途ごとに管理されるのであるが、ことイワンの記録映像はジオニック社を筆頭とした研究機関や賞勲局が頭を抱えることとなった。

 

 何故、最大積載重量(ペイロード)すれすれの機体を駆使しながら敵弾や砲撃が命中しないのか?

 何故、危険が伴う筈の至近弾を放ちながら自機が無傷であるのか?

 何故、未来を見通しているかのような機動で戦場を縦横無尽に駆け回れるのか?

 

 イワンの推進で新兵の速成とパイロットの早期完熟を目的として、正史においてはジオン最大の脅威であったガンダムに搭載された『教育型コンピュータ』なる、戦闘データを蓄積することで動作プログラムを自ら更新・最適化するシステムをザクⅡにも搭載させていたが──勿論これは正史における開発者にして天才、テム・レイのそれとは完成度は雲泥の差であるが──ジオニック社のプログラマーらはイワンの戦闘データは使い物にならないと匙を投げ、黒い三連星やジョニーのデータを重宝したというから、如何にイワンの挙動が不可解なものか理解できるだろう。

 はっきり言って、常軌を逸した個人芸という言葉でしか片づけられない、別枠として思考の外に追いやるべき例外以外の何物でもなかったのだ。

 

 当然、賞勲局も記録映像が戦果を捏造する為のダミーでないかと他機MSや各艦の記録と照合したが、結果は白であったことが一層頭を悩ませた。

 英雄と祭り上げるにしても戦果は異次元のそれと称すべきものであるし、こんなものを公表したところで、自国民でさえ信じはしない。

 ……いや、過去数度の世界大戦が証明しているように、想像を凌駕する現実というものは確かに実在するだろう。

 とはいえ、これ(イワン)と同程度の活躍を今後MS(モビルスーツ)に求められても困るし、何より問題なのはヨーク家の跡継ぎたるイワンを、ギレン総帥を含めたザビ家全員から一日でも早く将官として後方に留め置けるよう催促されていたということだ。

 賞勲局の面々も、そこは過去の功績から等しく意見を一致させていた。前線での華々しい活躍も結構だが、国家間の戦争という組織対組織の構図において、重視すべきは一個人の戦果ではない。

 全体を把握し統率し、そして戦勝という終わりに導けるだけの頭脳(ブレイン)であり、政戦両面を問わず求められるのは駒でなく棋士としての戦力なのだ。

 

 その点イワンが戦果(スコア)に固執せず、グレゴリーとフリオも『共同戦果』を固辞してくれたのは賞勲局にとって天の助けにも等しかった。

 MS(モビルスーツ)隊全体の戦果を拡充・喧伝できれば、今後戦時体制を機にかかるであろう負担を国民に説明し易いし、イワンの戦果(スコア)も突出こそしていても最多撃沈王(トップ・シップエース)としては現実的な位置に留まってくれている。

 それでもイワンを前線指揮官に推す将校は多いことだろうが、そこはジョニー・ライデンを筆頭に他のMS(モビルスーツ)操縦士(パイロット)が十二分に仕事をしてくれた以上、イワンを前線に留めておく理由は消える。

 

 結果、イワンは二階級特進を確約された上で後方に配置されることが決定し、グレゴリー、フリオ両名も戦果(スコア)を固辞した為に昇進と叙勲は得られなかったが、特別手当と任意で安全な配属先を選択できる特典を得ることが出来た。

 誰にとっても損のない結果であり、だからこそグレゴリーもフリオもこの件に関しては納得ずくで、むしろ下手に蒸し返す方が不味いと心得ている。

 グレゴリーとフリオが改めてイワンに丁重に固辞の意思を示せば、イワンも「貴官らがそう言うなら良いがね」と納得してくれた。

 

「では、今日は飲み明かすとしよう。とはいえ、自分で用意したボルドーを一人でというのも面白くない。前言を撤回し、皆で均等に飲み交わしたいのだが構わないか?」

 

 勿論異を唱える者は誰一人としておらず、皆グラスに満たされた葡萄酒に舌鼓を打って口元を緩ませた。土の香りとでも言うのだろうか? コロニーでも極上のワインは多くあれど、作りそのものが違うように感じるのは、地球産と言うブランドだけでは決してない。

 こと、土壌そのものに関してはコロニーの方が明らかに勝っている筈だというのに、どうしてか湿る舌はこのボルドーをより深く感じてしまう。

 

「……故郷の味だからだろうな」

 

 それはイワン自身も同じことで、思わず口から洩れてしまう。地球という土地、人という種が生まれついた母なる故郷だからこそ、成分の良し悪しで語り切れないモノを魂が感じ取ってしまうのかもしれない。

 グラスを回し、鼻先でゆっくりと嗅げば、鼻腔に広がる香りの何と芳醇なことだろう。西暦時代の品である以上、イワンと言えども早々手に入るものではないが、それでも飲み尽くすことを我慢できず、同時に理性がより深く味わえと欲望に歯止めをかけてきた。

 

「故郷ですか……大佐殿は士官候補生時代に地球で過ごされたそうですが、やはり違いましたか?」

「そうだな、マッシュ中尉……思い出という美化もあるのだろうが、やはりコロニーとは風も空気も違っていたよ」

 

 同時に、汚れてはいたがねと冗談めかして笑う。水や空気だけのことではない。西暦時代、同じ肌や近しい文化圏の人間であっても異国人ということが察せられてしまうように、複数の血と文明が等しく混じり合った世代でさえ、地球居住者(アースノイド)宇宙移民(スペースノイド)はそこに何処か口にできない違いを本能的に感じ取れてしまっていた。

 

「自分達とは違う、我々と彼らは別物だとね……どれだけ豊かであっても、人心が荒んでいるのはすぐに分かったよ」

 

 格差と差別の根は何処までも深い溝を作る。それを取り除きたいのであれば、根本的なところから仕組みを変えて行くしかないのだろう。それこそ、ダイクンが提唱したように全ての人類が地球を離れ、宇宙で暮らすような大きな変化が必要になってくる。

 

「ジオン・ズム・ダイクンは、そうした意味で確かに優れた思想家ではあったのだな」

 

 人というものの抱える本質的な部分。同族と異種族を分け隔ててしまう部分を見抜き、そこを埋めることで『人とは平等であらねばならない』という宗教的美徳を前提として動いたダイクンは、正しく良き教祖であったのだ。

 尤も、その理想を果たすには信仰のみならず現実的改革こそ重要だという大前提が抜けていたのが、彼が政治家足り得なかった最大の問題ではあったのだが。

 

「大佐殿もジオン主義者(ジオニスト)なので?」

「広義の意味ではね。ただ、熱烈なダイクン派という訳ではないよ」

 

 その思想を理解し、理を認め、それが公国国民のみならず、宇宙移民(スペースノイド)にとっての精神的支柱となり、明日の見えぬ彼らにとっての光となってくれるならば否定はしない。同時に組織を回す歯車としてでなく、一個人としてはどれだけ高邁な理想であっても、その理想が不条理に他者を傷つけてしまうようでは、決して駄目だという思いもある。

 

「人の革新、新たなステージに我々は立ったと言うが、実のところ過去の人類がそうであったように、希望の見えない世界に縋る、新しい神様と宗教を私達は求めているに過ぎないのだから……と、小難しい話は退屈だな。

 ボルドーに合う葉巻も持参したのだが、呑む者は居るかね?」

「俺達も頂いて宜しいので?」

 

 勿論だとイワンはグレゴリーとフリオにフルボディのハバナ産を一本ずつ渡し、杉マッチとシガーカッターも投げた。黒い三連星は皆紫煙は嗜まないらしく、イワンは残りも二人に進呈することとした。

 

「大佐殿は?」

「昔は嗜んだが、今はきっぱりと絶ったよ」

 

 前世では上流階級連中との付き合いの為にはじめたが、いつしか仕事や精神的な負担を紛らわすために、紫煙に依存しきっていた我が身の不徳を今となっては恥じ入るしかない。

 

「諸君も余り好きになり過ぎるなよ? ヤクより金がかかるからな」

 

 軽口交じりに忠告すれば、承知しておりますともとグレゴリーとフリオが笑って火を灯す。士官クラブに紙巻とは異なる独特の臭いが漂い、それがイワンの鼻腔にも伝わると、前世以来きっぱり絶ったというのに、煙を味わおうと鼻先が動いてしまった自分の意志の弱さに思わず項垂れた。

 

「今日ぐらいは良いのでは?」

「フリオ伍長、人はその一回で駄目になるのだよ……」

 

 頼むから誘ってくれるなとグラスを傾ければ、既にボルドーは空だ。ボトルにはあと一人分残っているが、自分より他人に飲んで貰いたかったのでバーテンダーにマティーニを注文しようと視線を向けたが、口を開くより先にドアのベルが鳴った。

 朝までコース(ティル・ドーン)の予約こそ入れていても、士官クラブを貸し切りにまではできないのだから来客は当然だろう。しかし、戸口に立つ女性将校を瞳に捉えた瞬間、イワンは阿呆のように口を開けていた。

 黒絹を梳いたように流れる長髪と、その髪にも劣らぬ艶立った黒い瞳。軍事広報や号外で賑わせた固い印象でなく、自然体で見える彼女は、イワンの目には──

 

「大佐殿?」

 

 そこで、はっとイワンは我に返り、先ほどまでの自分の間抜け面を想像していたたまれずに眼を背けて、無意識に葉巻を納めた木箱に手を伸ばしていた。

 前世を含めれば数十年来のブランクがあるにもかかわらず、シガーカッターのギロチンが正確無比かつ、最も自身の好みに合った吸い口にパチン! と切り落とされ、器用にも片手で開けたマッチ箱から取り出した杉マッチを擦る音と葉巻の着火動作は何処までも淀みなかった半面、建前とは言え従兵として連れて来たグレゴリーとフリオを使わなかった時点で、イワンの動揺は誰の目にも明らかだった。

 落ち着き払って燻らせている紫煙の味など、おそらくは有ったものではないのだろうなと周囲が確信して苦笑を押し殺す程度には。

 

 当然、周囲でさえそれなのだから、視線を向けられた女性将校──今や時の人たる戦女神にして月の解放者、シーマ・ガラハウからすれば分かり易いことこの上なかったが、彼女自身としては何故自分がこれほどまでに意識を向けられたのかが釈然としなかった。

 見惚れられた、というのは女としては冥利に尽きるのかもしれないが、齢の頃は三一と女としての旬を過ぎ、節制こそ軍人らしく怠っていないものの、化粧気もなければ色香の一つも感じられない堅苦しそうな軍服に身を包んだ女が、こうも注目の的になる理由がいまいち掴めなかったのだ。

 

 しかも、その相手が陰で小児性愛者でないかと囁かれた有名人(イワン)なら尚更だ。勿論シーマ自身も含め、多くがザビ家の長女との縁談が政略結婚の類であるとは承知しているし、真に受けている訳でもないのだが、だとしてもこの反応は予想外に尽きる。

 

“出自と築き上げた名声を考えれば、女など駄菓子のように摘める良いご身分だろうに”

 

 蓼食う虫も好き好きとはこういうのを言うのだろうかと訝しみつつも、副官として侍るデトローフ・コッセル大尉に薄手の軍用外套を預け、階級に従って折り目正しく、しかし場を弁えて慎まやかに敬礼すれば、イワンは律儀にも立ち上がって答礼を返した。

 いや、返してしまったというべきだろう。言うまでもなくどちらも非番で、しかも上下の違いこそあれど直接の面識はない間柄だ。

 にもかかわらずこれでは、貴女を意識していますと口にしているようで、とても武人らしい見目にはそぐわないし、シーマとしても流石に困る。

 横で控えるコッセルなど、ひょっとして過去に()()()()関係だったので? と気を利かせるような距離を保ちつつ、「場を変えますか?」と小声で問うてきたのが一層に困る。

 

「……無用だ。あの大佐殿と面識はない」

 

 だから、そのように小声で返した途端、コッセルがシーマとイワン双方に視線を行き来させたのは、流石に少しばかり腹立たしかった。

 言いたいことがあるならば口にしてみろと声にしたかったが、流石に上官の前であるし、何より見目云々に関しては自覚のある身だ。

 どういう訳か件の大佐殿は奥歯に物が挟まったような、それでいて罪悪感が湧いたような表情をしていたが、兎にも角にも身に覚えが全くないのだから距離を開けてカウンターに陣取る。

 ……が。間を置かず芳醇な香りを放つボルドーが注文もしてないのにシーマの前に置かれてしまった。

 

「ヨーク大佐殿からです。不躾にご尊顔を拝してしまったお詫びにと」

 

 質問しようと顔を上げた途端、涼しげな表情でバーテンダーが応えれば、コッセルも流石に当惑しだした。ひょっとして口説かれているのでは? という質問をしたがっているのがコッセルの表情からも分かる。

 

「…………」

 

 なので、盛大に溜め息を吐いてからシーマは奥の予約席で黒い三連星と、従兵と思しき伍長二名と飲んでいるイワンへと足を運ぶ。

 当然だが素知らぬ振りを決め込む訳にも行かずイワンが立ち上がれば、マッシュなどは口笛を軽く吹き、イワンは後で覚えておけという視線を軽く投げつつ、開口一番に謝罪した。

 

「軍人としてでなく、私人としてお詫びを。淑女の顔をあのように見つめるものではありませんでした」

「……謝罪を受け入れます。ですが、何故私なぞの顔を?」

 

 これで下手に好みであったなどと返されてはその後が面倒なのだが、そこまで気を回すにはシーマも堅物に過ぎた。とはいえ、イワン自身シーマを客観視すれば美麗と判を押せる反面、異性として意識していたという訳ではない。

 

“正直に言うべきだろうか──……前世の記憶より老けていなかったからで、写真で見るより一層若く見えたからだ、と”

 

 言えば上官だろうと殺されるなと意識を切り替え、当たり障りのない語句を考える。が、こういう時に限って平時のように口を回すことが出来ず、しどろもどろになっていることを自覚しつつ、口を開く。

 

「……その。中佐のことを考えた折に、中佐自身が立ち寄ったのでな。ああ、知っているかもしれないが、私は婚約者がいる身だ。不実に及ぼうという気持ちからでなく、あくまで仕事のことだったのだが……」

 

 それでも驚きを隠せなかったというイワンの言を正直に受け取るなら、噂をすれば影という奴なのだろう。尤も、何処まで本音かは表情からだけではいまいち読み取れない。

 異性として見ていないというのは本当なのだろうが、同時に慌てて言ったようにも聞こえるのだ。

 

「では、守秘義務に差し支えなければ伺っても?」

 

 だから、仕事を終えてのささやかな時間を味わうつもりで来た士官クラブにも拘らず、女将校としての堅苦しい空気を醸し出して問えば、イワンも先程のぎこちなさは何処へやら、右往左往する瞳や声音は一瞬で消え、「かけてくれ」とシーマを促してから口を開く。

 

「月面都市『解放』の手際は見事だった。既に内示があったことと思うが、貴官には二階級特進とジオン十字勲章の叙勲が確約されている」

 

 だが、そこから先はまだ聞いていない筈だなと念を押して問えば、シーマは静かに頷いた。

 

「現在貴官の立場は海兵上陸戦闘部隊指揮官代理であり、ドズル閣下が直接の指揮権を有する。しかし、だ。仮に連邦との講和条約が破綻した場合、戦争は継続される。当然、地球侵攻部隊を編成しなくてはならん」

 

 会話する前に咥えていた葉巻の火は消え、同時に慌ただしくも勝利に酔いかけていたシーマ自身の心地も醒めた。あれだけの勝利、あれだけの戦果を達成しながら、まだ連邦は続ける可能性があると言われれば、それも当然の反応だ。

 

「……しかし、大佐殿。我々は制宙権を確保しました。頭を押さえた以上、こちらが無理難題を押し付けねば講和に乗るのでは?」

「そうだな……それが連邦にとっても、我々にとっても理想的だ」

 

 頭を押さえていても連邦自身はその膨大な国力を駆使して宇宙軍を再建する猶予を確保した上で、再び超大国としての地位を取り戻すことが出来る。

 対してジオン公国は真の独立を達成した上で他の宇宙植民地(スペースコロニー)が独立する為のモデルケースとして経済基盤を整えつつ他サイドと同盟を結び、相互に連携しながら地球の専横に歯止めをかけることが出来るだけの勢力図を作り上げることが可能となる。

 適度な緊張感を有しつつも宇宙と地球が互いに暴走の歯止め役となり、相互に発展しながら世界を回し続けることが出来るのならば、言うことは何もない。

 

 たとえ経済の中心が地球でなく宇宙に移り、地球そのものに旨味がなくなったとしても、それならば連邦の体制を維持したまま彼らを宇宙に引き摺り出せばいい。

 統一政府たる地球連邦の本来の理念通り、コロニーをゴミ捨て場ではなく人類全てにとっての新天地(フロンティア)として開拓しつつ、地球そのものの保有権は彼らに委ねる。

 これまで通り水と空気というライフラインの取引を『真っ当』かつ適正な形で継続するのなら、連邦の人間にとっても文句はない筈であるし、コロニー側とて多少の不満こそあったとしても、連邦の不満を爆発させて全面戦争に至らしめてしまうよりは遥かに穏当な結末である以上、納得できるはずなのだ。

 

「……だが、終えるべき時に終わらせられなかった戦争は幾つもある」

 

 勝っている側の都合から。

 負けている側の都合から。

 歩み寄ったつもりでいても、一方が頑として呑まなければ、どんなに誠意を尽くしても無に帰するのが国家間の、組織同士の争いだ。

 

「最悪に備えることこそ(われわれ)の職分だ。貴官も程なく准将として将官待遇を得て、私も少将となる以上、前線武官として武功を重ねるだけでなく、終戦(詰み)まで戦争指導を遂行せねばならないことを()()()心がけねばな」

 

 よく言う、という言葉をシーマは寸でのところで飲み込んだ。

 佐官としての地位などイワンにとってみれば飾りで、ムンゾの時代から将官同然の仕事をこなしつつ、軍籍を剥奪された時期でさえ政戦両面で絶大な影響力を保持していた男だ。

 そんな男から、今更『お互い将の立場になるのだから気を引き締めて行こう』と言われても、檄を飛ばされたというより忠告のそれではないかと感じずにはいられなかった。

 

「それで大佐殿? 私に何をお命じに?」

 

 だからだろう。不遜な物言いの相手に対し、平時の堅物らしくなく、似合わぬことを自覚しつつも私人としての砕けた調子でグラスを掲げつつ問えば、イワンはその口調の方が似合っているなと心中で笑いつつ、しかし真顔のまま告げた。

 

「地球侵攻軍を編成するにあたり、それを統括する上位組織を用意せねばならん。現状、ドズル閣下の指揮する宇宙攻撃軍では、MS(モビルスーツ)は部隊運用上侵攻には適してないのでな」

 

 宇宙攻撃軍を西暦時代の軍隊に置き換えるなら海軍であり、地球侵攻においては陸軍と海兵隊を統括する新規軍を用意したいというのがイワンの言である。

 

「勿論、命令系統が複数あることは宜しくない。新規軍は宇宙攻撃軍の隷下とし、命令系統を一本化した上で運用される。この件は開戦以前から計画され、既に総帥府にも受理されていてな。貴官を正式に海兵上陸戦闘部隊指揮官として任命し、降下作戦に加えるか。或いは本国の公国軍総司令部で、艦隊司令部勤務に就かせたいというのが私の目論見だ」

 

 勿論、降下作戦は危険が伴うからとて、捨て駒として扱う気は毛頭ない。というより、事前に捨て駒を用意できる程ジオンの人材は豊富と言えない現状、最も危険な第一次降下でさえ磐石の備えで行う予定だった。

 

「私如き若輩が、海兵隊司令官ですか?」

「それだけ我が国には余裕がないのだよ」

 

 どれだけ大勝だとお祭り騒ぎに興じたところで、人的資源の問題だけは如何ともし難い。

 ムンゾの時代から散々に悩まされ、だからこそ士官学校に多くの人材を搔き集めてきたものだが、それでも連邦と組み合うには全く足りていないのがジオン公国の実情で、だからこそ実力主義の昇進制度が罷り通る。

 同時に、そのような無理無茶を通しながらも、戦い続けねばならないという現実に否応なく付き合わされるということでもあるのだが。

 

「承知しました。私も軍人として公国への忠誠を宣誓した身です。願わくば部下と共に前線で苦楽を共にしたく。そして、一つだけ質問をお許しください。私と、海兵隊が加わる軍の名をまだ耳にしておりません」

 

 そうだったなとイワンは口元を少しばかり緩める。艦隊支援を主目的とした宇宙攻撃軍と異なり、汎用戦術戦闘機としての機能を最大限機能させ、戦場の主役としてMSを中心に運用しつつも、陸海諸兵科と共に進軍し、作戦行動を共にする新規軍。その名を──

 

「──突撃機動軍。それが、貴官が海兵隊の長として幕下に加わる軍の名だ」

 

 そして、仕事に関して言うべきことは全て言った以上、堅苦しいやり取りはここまでで良いだろうと切り上げる。

 

「中佐と副官の大尉のここでの支払いは私が持とう。何であれば、我々同様朝までコース(ティル・ドーン)で飲み明かしても構わん。席は一緒でなくとも良い」

 

 勤務時間外に仕事の『打ち合わせ』をさせたのだから、これぐらいはして当然だろう。失礼極まりない内心を鑑みれば間違いなく足りないが、相手がニュータイプでもないのなら心を読まれる心配もなし。無理に本心を晒して不興を買うこともない。

 それを考えれば、やはり否応なく互いを理解し合えてしまうニュータイプというものは不便で厄介だとイワンは思わずにいられなかった。

 

「ではお言葉に甘え、ご相伴にあずかると致します。席もここで構いませんよ。コッセル、お前はどうする?」

「小官は中佐殿のお傍に」

 

 正史のように着崩されたそれでなく、詰襟の士官服を折り目正しく着こなしつつも、やや首筋が窮屈そうなコッセルは言いつつシーマの横に侍る。

 男女のそれでなく、あくまでも忠実な部下と上官らしい信頼感ある距離感にイワンは何も感じず、その意識も既に酒精と黒い三連星ら戦友に向けられていたために、コッセルは拍子抜けした気分になった。

 コッセルから見てもシーマは妙齢の女性として非の打ちどころのない美貌を備えていたが、純粋に美貌に目を奪われる感性を有していはいても、イワンは男女の仲に進展したいという思いが皆無だと見て取れたし、シーマに関しても出会い頭視線を注がれたイワンに対し、全く思うところがないようでボルドーに舌鼓を打っていた。

 

 おそらくだが、シーマ自身もイワンが異性としての自身に興味を抱いていたならば話を終えると同時に早々に席を立っただろうからこそ、こうして同じ席で飲んでいるのだろう。

 コッセルが興味本位で、ある程度皆の酔いが回ったタイミングで、イワンという男をどう思うか問うたところ、シーマは笑って小さく、コッセルにしか聞こえない声量で返す。

 

「悪くない性格で、顔も整っているが好みではないな」

 

 三五であれは老けすぎだよ、と。酔いもあるのだろうが、平時の堅物らしからぬ冗談にコッセルは思わず噴き出した。




 ちな、本作のシーマ様のビジュアルイメージは『ギレンの野望』での第一次地球降下作戦開始時のムービーに登場した、普通の制服姿で口紅もしてないお若いシーマ様です(失礼)
 取り敢えずシーマ様はイワン君の顔がジャガイモになるレベルで殴って良い。
 割とマジにw
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