広畝さま、ご報告ありがとうございます!
“不甲斐ない大人だな、私は……”
ザビ家の皆に支えられ、キャスバルのような年若い青年に諭されて、思い返すだけで羞恥に俯きたくなるほどだったが、何時までも我が身の恥を悔いるばかりではいられない。
責任の二文字を持つ大人らしく、戦勝に浮かれはしゃぐのでなく未来の為の投資と布石に動くべきだろう。
「これは閣下。此度の戦勝と槍働き、ご同慶の至りに存じます」
丁寧に、しかし齢のこともあってか軽く腰を折るミノフスキーに、イワンもまた礼を示すことで応対する。着慣れない燕尾服であっても、体型に合ったフルオーダーは重みや窮屈さを感じることはない筈だが、勲章の方がネックなのだろう。
重みや揺れが気になるのか、時折手で押さえては気恥ずかし気に目立たぬよう掌に隠していた。
「博士が公国にもたらして下さった、新技術の数々があってこその勝利です」
こうした賛辞の応酬も程々に、ホスト役としてイワンは「折り入ってお目通り願いたい方が……」と本題を持ち出す。
ミノフスキーに関しても無下にする理由はなく、快く頷けばフロックコートを思わせる丈の長い将官服とアスコットタイという優美な出で立ちの男……ギニアス・サハリンがタイミングを見計らって進み出た。
「博士のご尊顔を拝す栄に与りましたこと、恐悦至極に存じます」
「サハリン家の若様でございましたか。ここは催しの場です故、そのように謙らずとも構いませんぞ?」
此度の叙勲に伴い正式に爵位も下賜されたミノフスキーであるが、それでも一代限りのものであるし、なによりサハリン家といえば家格で言えば公国貴族の中でも上位に位置する家系である。
ミノフスキーが軍属として技術士官としては最上位階級たる技術中将相当官としての地位を与えられており、ギニアスの階級が少将であることを加味しても、このように頭を下げられる立場ではないのだ。
尤も、家格や爵位の類と実態というものは必ずしもイコールではない。跡継ぎ不在のまま閉門を余儀なくされ、爵位を手放す家もあれば、財政難から同様の措置を取る家もある。
サハリン家に関してはそうした例と異なり、より生々しい事情で、母の痴情の縺れからのスキャンダルをきっかけに斜陽の影が落ちており、家名を持ち直すべく嫡子のギニアスは培った技術を基に東奔西走していたという訳だ。
当然だが、二七という若さにありながら技術少将の地位にまで上り詰め、正史でも類稀なる技術力を見せつけたギニアスの手腕をイワンが買わない筈もない。
元よりイワンが『暁の蜂起』の責任を取った後、ツィマット社を含む複数企業の中からMIP社のテストパイロットに就任したのは、当時MIP社で技術者として辣腕を振るっていたギニアスとのコネ作りという面もあったのだ。
正史同様、幼少期に宇宙線を浴びる爆発事故に遭い、それによって不治の病に冒されたギニアスだが、イワンは彼の為に無償で再生医療を提供し、完治にこそ至らずとも劇的な回復を遂げている。
これだけでもギニアスはイワンと、引いてはヨーク家に莫大な借りが出来た形となったが、当然魚心あれば水心あってのこと。
◇
反面、ギニアスにしてみれば、正しく塞翁が馬と称すべき人生の摩訶不思議を今この場でも噛み締めていた。
ムンゾ時代から貴族として何不自由しない筈だった人生が母の逃避行によって崩れ、階級社会からの嘲笑を浴びながらの斜陽。
それを覆すべく病躯を押して兵器開発に尽力する中で、公国において最もザビ家からの信任厚いヨーク家の、それもミノフスキー物理学やMSを筆頭に先行投資を惜しまず、常に成功してきたイワンから声がかかったというのだから堪らない。
“人生とは、何が起こるか分からないものだな”
此度の戦勝祝賀会もギニアスにとって千載一遇の好機に等しいもので、ギニアスを含む研究チームはMSそのものというより、万一戦争の中長期化が避けられなかった際の重力下戦闘を想定した各種兵器や兵装……。
特に、人的資源に難のある公国軍において必須である、少人数での運用が可能な拠点攻略用の大型機動兵器の開発プロジェクトを一任されて
MS開発以前、ギニアスは他チームと共にミノフスキー物理学を基礎に置き、応用した粒子圧縮……エネルギー量を増量することで実体弾に匹敵する威力を放つ、大型艦艇搭載兵器たるメガ粒子砲を七〇年時点で実用化させ、その実績で以って将官の地位を得たばかりか
なまじメガ粒子砲の基礎設計が秀逸であったこともあり、他チームは既にメガ粒子のエネルギーを保存させることで、大型艦艇に搭載することが前提であったエネルギー兵器をMS携行火器レベルにまで小型化させる
大型であるが故に艦艇用のメガ粒子砲をそのまま搭載することができ、冷却システムをはじめとした各種補助機構の搭載も問題はなかった。
しかし、その巨体と重量が仇となり、当初の想定を上回る開発費用の問題が浮上。統合整備計画によってコストダウンと整備性の徹底されたMSと異なり、互換性を得難いことや、拠点攻略を前提としていながら航行能力の脆弱性も問題視されていた。
早い話、金と時間を費やすに足るか疑問視されていた訳だが、だからこそこうした場を利用して巻き返しを図らねばならない。
“とはいえ、ここまで早く話が進むとは思っていなかったが”
戦前からミノフスキーのスポンサーとして動いていたイワンの鶴の一声というのも大きいのだろうが、それだけではない。
ギニアスにとっては本命たる
「終戦となれば
以前博士が提唱していた粒子放出量をコントロールすることでの、重力下における大型艦の浮遊……ミノフスキークラフトの早期実現が為し得れば、終戦後は大型交易船などへの民間利用が可能となるでしょう」
西暦時代の化石燃料のように、有限資源は極力浪費を抑えたい。その点ミノフスキークラフトは推進剤を用いず大型艦艇等を浮遊させることが可能であり、これ一つとっても得られる利益は計り知れないものとなる。
連邦が経戦を望むなら軍事目的での開発を推し進めれば良いし、そうでなければ省エネルギー技術の向上目的にシフトすれば済む話だと持ち込めば、ミノフスキーに断る理由はなかった。
仮にイワンが語ったように終戦と同時に
正式な辞令や開発チームの拡充等、細かな調整は後々行えばいい。
“重要なのは、この程度で足を止めて貰っては困るということだからな”
財政が許される範囲でと頭に付くことが前提だが、軍事力という剣を研ぎ続け、常に備えておくことは国家存続の大前提である。早期講和が達成されるにしても、連邦が国力を回復した後に殴りかかる危険性がなくなる訳ではないのだから。
◇
「随分な人気だな。深紅の稲妻殿?」
かかる声の方向に色鮮やかなドレスに身を包んだ子女らがジョニーと共に振り向けば、彼女らは礼こそ優美な物であっても足早に別れを告げて距離を取ってしまった。
ここに入場してきた時と同様、物理的に気温を下げるような圧を意図的に放ちながら現れたイワンが近づけば、それも無理からぬ話だろうが。
「……ありがとうございます。閣下」
「おや、気づいていたのかね?」
あのしつこく接していた子女らが、ジョニー自身でなくライデン家目当てのものだったことに。
「ですから、こうした場に不慣れだったのですよ」
ライデン家の嫡子として出向く機会はあったが、これまで意図的に遠ざけていたというジョニーに「それは失敗だったな」とイワンは苦言を呈す。
「あしらい方の一つは、軍衣を纏う前に身に着けておくべきだった」
香水に混ざった色香の毒を払えないようでは、権謀術数渦巻く社交場に吞まれ良いように振り回されるか、或いは薔薇の花弁の下にある棘に手痛く傷つけられるのがオチだろうに。
「助けるのは今日限りだ。次は自分の手で振り方を覚えたまえよ。尤も、私のやり方も拙いものだったがね」
あのような空気を放っては、折角の催しが台無しだ。已むに已まれず流されかけていたために直截な手を用いたが、次からは紳士的な手段を用いるのが良いと忠告する。受け流し方一つでも、毒が薬として役立つ場面は多くあるのだ。
「それが無理なら、身を固めてしまうことだな」
お節介が過ぎると分かった上で、どうしても出来ないならそうすべきだし、相手が居ないなら好みくらいは聞いてやるとシャンパンを揺らす。
「……何故そこまで?」
「理由は二つある。一つは、公国の英雄を詰まらぬことで破滅させたくないということだ」
貴族らしくこうした場に慣れているかと思えば男としては純朴で、そうした点には同性としても年長者としてもイワンは好感を抱けるが、だからといって弱点を剥き出しにされたままでは適わない。
ライデン家も交際相手は厳選するだろうが、そうした網をすり抜けて寄ってくるあくどい虫は後を絶たないものである。
政や謀りなど煩わしいと思うのなら、下手に遠ざけるより上手く裁いて周囲に興味がないことをそれとなく示しておくべきだ。
「公私を問わず、貴官には一目置いている身なのでね。出来る限りはしたいのだよ」
とはいえ、先に語った通り直接助けるのは今回限り。二度三度と同じことが続き、進展がないようならそれまでだったというだけであるし、軍人として、エースとして軍務に支障が出ないのなら失敗した私生活まで深く関わろうとも思わない。
「二つ目は……、伴侶として長く付き合う相手を誠実に考えて欲しいという老婆心からだな」
一度きりの人生は短いようで長いもの。童貞臭い男の考えで、押しつけがましいという自覚はあるが、それでも愛には直向きで誠実であって欲しいというのがイワンの本心だった。
「一目置いているという言葉に二心はない。貴官が心から愛したいと思う相手がいて、家柄や齢に問題があるなら骨は幾らでも折っていいと思える程度にはね」
後々この言葉を覚えていたジョニーがイワンを頼り、イワンも苦笑しつつ協力するのは遠いようで近い戦後のことであるが、今のジョニーにしてみれば身を固めるということに実感を抱けない若者でしかない。
精々が、そういう時が来れば本当に頼っても良いだろうという程度である。
それより意外だったのは、イワンという男の印象が遠巻きから眺めたり、或いは一方的に話しかけられた時とはがらりと変わってしまったことだろう。
無表情であっても険の深い顔立ちや、無頼のそれとは違う統制された暴力を担う人間特有の冷えた空気は未だにジョニーの背筋を氷のように冷たく撫でているが、この程度であれば場数を踏んだ古参兵ならば自然と身に付く風格であり、戦場の香りとも言うべきものだ。
市井の者ならばいざ知らず、黒い三連星のように自分達が纏うものと同種であるが故に無自覚で居られるか、或いは分かった上で向き合うならばどうということはない。
単に肩の力を抜けない類の人種と思えば済むだけのことであるし、軍の世界であれば真偽はともかく多忙な身の上であることは疑いようのない人物なのだ。
それを思えば、如何に論功行賞の一環として昇進が認められる公国軍と言えども、将官の権威を笠にする気配は微塵もなく、こうして親身に接してくれるだけでも人となりは察せられるし、言動から滲み出る態度も誠実であった。
“……お節介が過ぎるぐらいにな”
まだジョニー自身は初恋という世界を、その感情を知らない。
どれだけ遅くとも思春期が来るまでには芽生えるであろう色鮮やかな体験をする機を、どういう訳か逸したままここまで来てしまったが、だからこそ愛に直向きに生きる同性の言葉を真摯に受け止めるだけの真面目さと純朴さも備えていた。
愛し合うこと。生涯を共にするということ。本当に愛しいと思える相手が出来て初めて芽生えるその感情の深さは、余人から耳にする知識でしかジョニーは知らない。だが、だからこそイワンの言葉や表情で、それがかけがえのないものなのだろうと同時に理解できるのだ。
失えば痛みを伴うと知りながら、取り返しのつかない悲しみを味わうと知りながら、人が人として互いを深めたいがために結びつく関係。それを自分の人生の中で拒む理由はない以上、いつかの日の為に心に留めておくべきだろう。
「ご厚意に感謝を。しかし、このような物言いをお許し下さるなら……小官は閣下を誤解しておりました」
醸し出される空気と言い視線の圧と言い、遠巻きから見る分には必要以上の距離感を保とうとしまいがちであったと言外に苦笑するが、イワンもそこは自覚があってか気にも留めず「だろうな」と流した。
「自覚はあるが、何分多忙な身の上でね……親しい者以外では、気を張らずに過ごすということを忘れて久しい身の上だ。許されるなら、私人としては貴官とも今後は肩肘を張らぬ付き合いをしていきたいが、構わないだろうか?」
断る理由は何処にもない。礼装用の白手袋を外して差し出された手を握り返せば、巌のように固く分厚い皮膚からは思いの外温かな熱がジョニーに伝わってきた。
“国家の防人って立場からすりゃあ、こんなことを考えちまうのは不謹慎なんだろうが……”
次は私人でなく、武人としての上官の顔を見たいものだとジョニーは少しばかり口角を吊り上げた。
※告知
ジョニーのヒロインはこの時点で小学校の制服着てるリミア・グリンウッドかジョニ子のどっちかで悩みましたが、この作品ではシナリオに絡ませやすいジョニ子で行きます。
これにはイワン君も満面の笑みでサムズアップ(同類という仲間への熱い信頼感)