宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

29 / 85
※2022/6/6誤字修正。
 カド=フックベルグさま、トリアーエズBRT2さま、SIGSEGVさま、ご報告ありがとうございます!


27 かかってこい

 始めることは容易いが、収めることは難しいというのは、古今東西の歴史を紐解けば自ずと知れる戦争の真理にして悩みどころであろう。

 連日連夜報じられる赫々たる大勝利とキャスバルの演説。祝賀会で脚光を浴びた綺羅星の如き将星たちの武勇談……そうした蜜月の時間の先に待つ大任を自覚して来たものの、いざ自分がその役を負わねばならないという事態に立った時、実の父たるデギン公王直々に全権委任大使として任じられたサスロ・ザビは公王家としての礼装でなくスーツを纏い、首元のネクタイを一段と強く締めた。

 戦勝に浮かれはしゃぐ民草や各サイドと異なり、公国軍部も政界も末端はともかくとして、実権を握る者たちは勝利の酔いに酩酊することは決してなかった。

 あれだけの大戦果を挙げ、あれだけの勝利を重ねてなお「早期講和に尽きる」と異口同音に意見が一致しているのだ。

 

“戦うだけならば、できるだろう……決定的な敗北も避け続けることはできるだろう”

 

 だが、続けてどうなるのだという話だ。

 ジオン公国の総人口は僅か一億と五〇〇〇。たとえ他サイドから緒戦の勝利を武器に外国人部隊を募ったところで高が知れたもの。

 三〇億もの人間がひしめく広大な大地全てを制するには人手も物資も不足しているし、続けたところで戦費と人命に見合うだけのものを連邦から得られるとは到底思えない。

 

“精々が勝利という満足感を得られる程度のものに過ぎん”

 

 蜜の滴る実利の果実を貪れるというのならばいざ知らず、精神的欲求を満たすためだけの継戦など御免被るというのは当然で、だからこそ講和に当たっての主だった代表団はダルシアをはじめとした文官のみで構成し、武官に関しては軍事条約締結の為の、最低限の人員で賄っていた。

 

“制宙権は我々が完全に掌握し、地球上の軍事基地は常に我が国が支配した月面基地の標的として補足下にある”

 

 これで戦争を続けようというのであれば大した腹だと言えるし、サスロが連邦政府の立場であれば、終戦はともかく休戦には動くだろう。

 

“壊滅した宇宙軍の再編に外交の見直し……戦死した遺族への受給、それらを踏まえるなら立て直しには五年……戦時体制に移行しても、二年は確実に要する筈だ”

 

 それだけの時間があれば、ジオン公国も色々と出来る。他サイドと合同での経済基盤の確立に加え、軍事目的によって開発された数多ある新技術の特許(パテント)は長い目で見れば嵩んだ戦費を補填するには十分。

 

“今ならば、ここまでなら互いに納得できる講和を結ぶことが出来る。たとえ連邦に無賠責・無賠償を約束しても、ジオンの懐はまだ保ってくれるのだからな”

 

 これまでの専横を思えば、到底容認できない穏当な結末。しかし、政治家としての合理的判断がサスロに理性という歯止めをかけ、講和交渉の席にあっても柔和な笑みを崩さずに済んでいたのは、緒戦での勝利が勝者としての優越感と余裕を持たせたのもあるのだろう。

 連邦宇宙軍こそ壊滅したが、陸海空全ての地上軍は未だ無傷。強大な軍事力と人口を保持する連邦政府は、たとえここで敗戦という辛酸を嘗めても超大国の地位を維持できる。

 

 対する公国側の要求はジオンをはじめとした、独立を希望するコロニーの承認。

 それに伴う各サイドの参政権の保証と、普通選挙の実施。

 これまで法外な税を課してきた、水と酸素を適正価格まで引き下げることにある。

 

 このうち、ジオン側の要求としては独立と関税引き下げこそがメインで、他サイドに関しては全宇宙移民(スペースノイド)の未来、生存権を賭けた戦いであったという政治的アピールのものでしかない。

 

 連邦は自治権を認めたジオンを除き、各サイドの首長任命権を手元に置き続けたし、中央議会に対する選挙権も有していなかったが、逆に言えば首長以外の行政機関は監視の目こそあれど完全管理下にある訳ではなかった。

 各サイドは自分達が中央政府に隷属する地方自治体に過ぎないと理解していたが、だからこそ「何時の日か目にもの」をという気概で公務に勤しんでいたし、何よりその首長にしたところで連邦政府に鼻薬を嗅がせて地位を得た親スペースノイド派やリベラルな価値観の手合いも存在していた。

 

“連邦政府にしてみれば、武力で抑えられるからこその怠慢だな”

 

 今となっては、内心青い顔をして頭を抱えていることだろうとサスロは含み笑う。多額の金銭を巻き上げることで地位を与えた連中は、何時でもその首を締め上げることが可能なガチョウに過ぎないだろうと思えば、ここにきてジオンの勝利に呼応しての蜂起と来た。

 普通選挙の認可など得ずとも、サイド2(ハッテ)がそうであるように連邦の飼い犬に甘んじた首長と取り巻きは既に拘束され、駐留軍同様に拘置されているがサスロからすれば当然の報いであったし、何も命まで奪うつもりはない。

 傀儡に過ぎない存在であったとしても、捕虜という枠はカードとしては有用だ。たとえそれが取るに足りない存在であったとしても、それを上手く使えてこそ腕の見せ所というものだろう。

 

“これまでも、自分がそうしてきたようにな”

 

 各サイドの民意をコントロールし、親ジオン感情を煽り、開戦と同時の蜂起まで手を回し続けたのはサスロである。

 無論そこには軍事的勝利という大前提有っての成功であるにせよ、ここまでスムーズに親ジオン政権の発足に至ったその手腕は絶賛されて然るべきだろう。

 

“とはいえ、大義の為とは言え他サイドが味方に付いたところで役に立つとも思えんが”

 

 元より戦力としてあてにするのでなく、宇宙移民(スペースノイド)が一丸となって独立戦争支持の側に回ったという既成事実の為の工作に過ぎない。

 

“所謂駄目押し。これで決裂するなら、最早どうしようもないだろうな”

 

 理性ある対応を願いたいという思いを込めて、サスロは講和交渉に臨んだ。

 

 

     ◇

 

 

“公国側の勝利に連動しての各サイドの一斉蜂起と、新政権樹立の布告。敵ながら天晴な手際じゃないか”

 

 腐敗しているからこそ、保身に重きを置くが故に独特の嗅覚を持つ連邦政府を出し抜いて成し遂げて見せた成果に対し、地球連邦軍統合参謀本部議長たる、ゴップ大将は内心手を叩く。

 宇宙軍の壊滅といい制宙権の確保といい、後世では間違いなく戦争芸術の極致として戦史で絶賛されることだろう。

 

“これは君の案かね? マ・クベ中将?”

 

 にや、と肥満体形ゆえに弛んだ口元を軽く歪めつつ視線で問えば、「ご想像にお任せします」と言わんばかりに階下でこちらを見返してきたマ・クベが肩を竦めて見せる。

 両者が顔を合わせるのは、どの国家の管理下にも置かれていない中立地帯たる、ここ南極大陸の国際共同観測都市たるスコット・シティが初という訳ではない。

 マ・クベが連邦軍人として籍を置いていた頃、幕僚課程を修了すべく高等士官学校で研鑽を積んでいたマ・クベにゴップは声をかけたことがある。

 私人として、宇宙移民(スペースノイド)きっての地球通であるマ・クベとは文化遺産や白磁の話で盛り上がったというのも無論あるが、それ以上に軍政家としての手腕にゴップは一目置いていたし、青田買いに動いたことも一度や二度ではない。

 戦時において軍の要職に組み込まれたゴップであるが、あくまで彼の本業は政治家であって軍人ではない。高等士官学校で一時的に教鞭を執っていたのも、軍内でのパイプを維持するために過ぎなかったのだが、一期一会というのはよく言ったものだとあの時は心から感じたものだった。

 

“私の受け持った学生の中でも、君は群を抜いていたからね”

 

 何であれば、自分の後釜にすべく手元に置いておいても良いという程には買っていたのだが、流石に意思が固く動かすことはできなかったのは未だに悔やまれる一時だった。

 

“愛国心や政治思想が強い手合いでないと思っていたんだが、まぁ、手に入らないものに固執するのも止そうか”

 

 世の中には合理だの金だので動かせない手合いも多い。そして、それらの半数以上は頑迷さでなく、有能でありながらも芯の揺らがない存在だということもゴップは弁えていた。

 ただの手駒には甘んじないという意思。凡百とは違い、真の将器を持つ男であったが故に惜しいと思いつつも敢えて止めようもしなかった。こういう手合いは、自分の足で立つことが出来る者だということを理解していたから。

 

“ただ、ねぇ……君は承知してこの講和交渉に臨んだんじゃないかな?”

 

 この講和が、破綻するしかないということに。

 

 

     ◇

 

 

 馬鹿な、と。講和の席にあってその表情を歪めたサスロをはじめとした代表団の中にあって、唯一マ・クベだけはゴップの予想通り眉一つ動かすことなく事態を静観していた。

 

 確かにジオン側の要求は互いに承認できるギリギリの位置に有った。

 ジオンからすれば当然の、最低限の権利を要求しているに過ぎないだろう。

 

“独立を認めろ、普通選挙を実施させろ、ライフラインで暴利を貪るな……まぁ、言い分としては真っ当過ぎるぐらいに真っ当だとは認めるよ”

 

 ハト派のゴップ自身、ここで講和条約が締結され、終戦を迎えることが出来たならばこれ以上ない大団円だったとは思っている。

 

“誤算があったとするなら、君達は連邦政府の腐敗度合いを甘く見たこと。

 そして、彼らの腰を砕かせることを怠ったことだ”

 

 ぎし、と深く体重を預けた背もたれが軋む。

 ルウム然り、ルナツー然り、徹底的に敵を駆逐したその残忍さを、連邦政府に向けていればよかった。自分達にも命の危機があるのだと、軍事力という鋭い剣の切っ先をその喉元に突き付け、手足の一本は見せしめに切り落として吠えておくべきだった。

 

“だというのに君達ときたら、実に律儀に正義の味方なんてのをやってくれてしまった”

 

 正々堂々正面切っての宣戦布告に始まり、月面都市の制圧時でも民間人の被害はなし。

 制宙権確保後も地球本土への衛星軌道上からの攻撃は、市街地への被害を考慮して郊外の軍事基地だけに標的を絞ってしまった。

 

“いっそのこと、傍若無人な議員連中を中央議会の議事堂ごと潰してくれれば良かったんだが”

 

 自身もまた政治家を本業としていながらジオン側の立場と仮定してでなく、連邦議員として、連邦軍人の立場からゴップは本心で息を吐く。

 ゴップとて、清廉潔白な政治家であり、軍人であったとは断じて言えない。むしろ、自分自身を地球と連邦政府に巣食う寄生虫だとさえ見做している。だが、寄生虫とは宿主あっての寄生虫だ。

 たとえ連邦が勝利できたとしても、宇宙と地球が骨肉相食む争いを繰り広げた先には、地球という宿主、連邦政府という宿主が老い細るしかないということぐらいは弁えている。

 

“それでも、宿主を殺してまで肥え太ろうとする愚かな寄生虫の方が圧倒的に多いのが実情でね”

 

 強めの虫下しの一つでも処方して貰えることを期待したのだが、ジオンは講和交渉の時までお上品な戦争を続けてしまったのだから堪らない。

 

“今後もお上品で居続けるつもりなら……君達、負けてしまうよ?”

 

 少なくとも、ゴップにはそれが出来てしまう。ジオンが()()ジオンで在り続ける限り、その()()体制から脱却できない限り、ジオンが勝利の栄冠を得ることは決してないと。

 他ならぬゴップ自身が連邦軍を代表し、政府首脳陣に策を開陳した結果が今なのだ。

 

 確かに宇宙移民(スペースノイド)の窮状は察するに余りある。コロニー国家の求めるところも理解している。だが、だからといって連邦軍の参謀として、軍政家としてのゴップが手を抜いてやる理由は何処にある?

 正義を貫き、理想を抱き、大義を掲げて進むというのなら進めばいい。

 しかし、正しい側が勝利するというのであれば、この世に悪がのさばる道理はない。

 たとえ汚濁に塗れても悪の上を行き、その上で万人の為の未来を築くというのならば良いだろうが、少なくとも()()ジオンでは駄目だとゴップは冷めた目でサスロらを捉えて、黙したまま視線で告げる。

 

“出直してきたまえよ、若造。連邦は君らが思う程、容易い相手ではない”

 

 野望を果たしたいのであれば、勝利の玉座に続く血糊の絨毯を歩いて貰おう。

 

“私の描く以上の、理想をこの目に見せてくれ”

 

 

     ◇

 

 

“くそ、くそ、くそ……!? 奴ら、本気で続ける気なのか!? 共倒れになると分かっていながら!?”

 

 正気ではない。狂気の沙汰だと講和の席にも関わらずサスロは顔を引き攣らせるが、それは他の公国代表団にしても同じであろう。

 確かに地球という土地はジオン公国には広すぎる。軍事勝利上不可欠な、地上軍による制圧を行使できない以上は真っ当に戦うなら千日手になるだろうとは承知していた。

 だが、だからといってここで連邦が継戦に打って出るなど一体どうして想像できる!?

 

“制宙権は俺達が完全に抑えたんだぞ!?”

 

 どれだけ地球に侵攻する公国地上軍が疲弊するとしても、連邦が大規模艦隊を宇宙に上げることなど不可能。決定的な勝ちの目をどちらも確保できないのなら、延々と戦時体制が続く羽目になってしまう。

 どちらも莫大な戦時債務を抱え、満身創痍のまま互いを殺し合う全面戦争を続けるなどどうかしているとしか思えない。

 

“間違いない。連邦は(やつら)……戦後各サイド(おれたち)を本気で奴隷にする気で居やがる”

 

 技術も、財産も、積み上げた全てを戦時賠償を名目に根こそぎ奪うことで穴埋めするつもりなのだろう。そして、どういう訳かそれが出来ると確信している節がある。

 

“あれだけ負けて、あれだけ叩かれて尚、強気で居られる”

 

 強がりでなく、自棄でも博打でもおそらくない。サスロにはその実行手段を予期することはできないことが歯がゆかったが、それでもと気を持ち直す。

 

“ギレン兄とイワンなら、対策は打てる筈だ”

 

 いいや、打ってくれると信じたい、というのが正しい。でなければ、そうでなければ救いがない。込み上がる吐き気を抑えきれず、卓上の水すら飲み込む気にもなれないのだ。

 空調はこれ以上ないほど万全だというのに、だくだくと流れる汗が止まらない。

 それでも強がるように、既に汗をかいて今更取り繕えるものでもないだろうに、サスロは不敵に口元を歪めて見せた。

 

“いいだろう、やってやる! 生かす気もないと分かったなら、誰だろうと腹の一つも括れるものだッ!”

 

 甘く見てくれるな、俺達は独立を勝ち取って見せるという気概を込めて、相対する連邦代表団を……否、その有象無象の後ろで試すように見つめてきたゴップに対し、言葉でなく覚悟の視線で宣戦を布告して見せる。

 笑え、笑え、嗤ってみせろ! 窮地に有ればあるほど強く! どこまでもふてぶてしく口元を吊り上げて見せてこその、万民を導くに足る政治家だろう!!

 

“──かかってこい、相手になってやるッ!!”

 

 万感の思いを込めた視線に対し、まずは及第だというように大猩々(ゴップ)は嗤っていた。

 




サスロ「それでもイワンなら、イワンなら何とかしてくれる!(筈)」
イワン「あばっばばばばば────!?(手の内読めたけど、理解できて絶叫するパターン)」

これはもうダメみたいですね(諦観)

 そして満を持して登場しました、おそらく本作品における連邦側最大の難物。

 魔 将 ゴ ッ プ 閣 下 の エ ン ト リ ー だ ! !

※マジでラスボス以上に厄介です。色んな意味でw

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。