宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2025/1/29誤字修正。
 三山畝傍さま、土屋 四方さま、ご報告ありがとうございます!



28 人の革新

 和平の道は絶たれたが、だからとてそれで全てが無為のものとなる訳ではない。

 

 熱核反応炉等の動力を除いた、()生物()化学()兵器の使用禁止。

 中立地域を含む特定の対象・地域の攻撃禁止。

 人権的要素(捕虜法)の確認等……。

 

 地球連邦という統一政府が樹立し、あらゆる紛争の根絶が宣言された宇宙世紀〇〇二二年以来、白紙となっていたこれら戦時条約の復活は、自治を認められていたとはいえ、独立国とは見做されていなかった公国を敵対していながら一国家と認めたに等しいが、それについて追及することは公国側にさえなかった。

 どの道、負ければ全てを奪われる殲滅戦にも似た戦争が続くのだという諦観が、戦時条約を詰める武官の間にもあったのが要因だろう。

 戦時条約締結の任を負った武官の一人、宇宙攻撃軍中将たるコンスコンは憮然とした表情を隠しもせず、連邦側の武官と淡々と作業にも似た交渉を進める中、同じく隣席で条約内容の瑕疵を検分するマ・クベを脇見見た。

 武人としての気質が強く表れがちである公国軍人にあっては、後方を最前線とする軍政家は内心白眼視されがちであるが、後方あっての前線であることぐらいコンスコンは弁えているし、その能力を軽視する気も微塵もなかった。

 

“大佐程度の位置に留まってくれたなら、顎で使えた人材なのだがな”

 

 私人としては冷笑的で気に食わぬところがあるが、こうして能力を見れば出世レースの競争相手であることが惜しくなる見事な手腕と見識である。

 一週間戦争では汗一つ搔かなかった男だというのは、出世レースに乗れなかった連中のやっかみに過ぎないと否応なく理解させられる程度には。

 

“ロメオ将軍はこの男をライバル視しておるようだが、役者が違うな”

 

 公国軍内でも特に野心が高い割に、能力を疑問視されがちなガルシア・ロメオ少将だが、彼がこの場に選ばれなかった時点でマ・クベとの格の差は自ずと知れる。

 だが、重要なのは身内の格付けでなく戦時条約締結後の身の振り方だろう。

 

“俺はまだ分別ある行動が出来る自覚はあるが、他はな……”

 

 どう足掻いても待ち受けるであろう波乱を予期してか、コンスコンは内心深く息を吐いた。

 

 

     ◇

 

 

 後に南極条約と銘打たれた戦時条約の締結と、講和交渉の破綻は宇宙世紀という情報社会の完成形たる時代にあって瞬く間に全宇宙植民地(スペースコロニー)に報じられ、宇宙移民(スペースノイド)はその結果に震撼した。

 宇宙移民(スペースノイド)からしてみれば、ジオン公国側の要求は文字通り最低限度の要求だったと見做すのは当然であり、だからこそその先に待ち受ける戦いと、趨勢如何によっては明日の我が身に降りかかるであろう悪夢を想像することは容易かった。

 

 自分達は無関係だと、これはジオン公国という一国家と地球連邦との争いに過ぎないと、無視を決め込むという選択肢は既にない。

 一週間戦争での大勝利は、彼ら宇宙移民(スペースノイド)に積もり積もった不満を爆発させる起爆剤にはこれ以上ないものだった。

 棄民として蔑まれ、虐げられてきた宇宙移民(スペースノイド)からすれば積年の恨みを晴らす絶好の機会と信じて違わず、「クリスマスまでに終わる」と皆が語った第一次世界大戦ではないが、短期間で終わるだろうと誰もが信じて違わなかったのである。

 

 だが、連邦が講和を蹴ったことで風向きは変わった。既に各サイドが地球居住者(アースノイド)の飼い犬に甘んじた役人の首を挿げ替えてしまった現状、日和見など断じて有り得ないし、そうでなくともジオンを下した後の地球居住者(アースノイド)宇宙移民(スペースノイド)をどのように扱うかなど目に見えている。

 

 ジオン公国が見せしめとして吊るされるのは当然として、他サイドにしたところで徹底的に弾圧される。

 例外はジオン公国・地球連邦双方の外交窓口として、また、地球環境の復元と絶滅危惧種をはじめ、数多くの動植物の種子や遺伝子を保管していることから中立地帯に指定された、月面のフォン・ブラウン市。

 そして正史同様中立を表明したサイド6(リーア)ぐらいのものであったし、そのサイド6(リーア)にしたところでサスロの民意工作によってジオン寄りの姿勢で内側は固まっている。

 

「遂にというべきか……本当に、その決断に悔いはないのだな?」

「ああ、私は選んだよ。アンディー」

 

 恰幅の良い体にカシミアのオーダースーツを纏う老人、アナハイム・エレクトロニクス社の執行役員たるアンディー・ウェリントンに対し首肯するのは、サイド4(ムーア)首長たるオットー・フレミング。

 二人は若かりし頃、コロニーの維持に不可欠なヘリウム3を確保すべく、木星船団のメンバーとして苦楽を共にした間柄である。

 

「今でもあの頃を思い出す……我々の旅と多くの支援がなければ、人類は宇宙移民という突破口を開くことはなかっただろう」

 

 そう──全ての始まりは善意からだった。

 過去、スターリンやポル・ポトといった多くの独裁者がしたように、現状を打開するというお題目で罪なき人々を殺めるのでなく、たとえ棄民政策と蔑まれようとも宇宙に新天地を求めることで、命を護ることを選択した筈だった。

 

「なぁ……アンディー。おたくらアナハイムすら手玉に取った、あの老人……サイアム・ビストは選ばなかったのか?」

 

 数少ない真実を知る者の一人として、二人だけの秘密だとアンディーから打ち明けられた秘中の秘……地球連邦という存在そのものさえ覆しかねないという、ラプラスの箱。

 それをサイアムは、この期に及んで解放しなかったのかと。オットーはそう疑問を呈す。

 ここで『箱』を解き放ってしまえば、或いはこんな結果にはならなかったのではないか? そんな非難がましい視線と共に。

 

「ああ、あの老いぼれ(サイアム)は選ばなかった。度し難いことに『箱』の価値を確信したからこそ、現状維持に努めるなどと宣ったのだ」

 

 これまでも『箱』を武器にサイアムは多くの譲歩を連邦から引き出してきた。自らが暗殺されない、『箱』の価値と天秤にかければ連邦政府が妥協し得るラインを維持することで、ビスト財団とアナハイムの、引いては自分自身の立場を盤石にすることに注力してきた。

 

「サイアムが自らの地位を盤石としたのは、『箱』を託すに相応しい者を選別する為。私はそう聞いていたが?」

「ああ、私も『それならば』と今日まで納得してきた」

 

 だからこそ、アンディーはサイアムを突き放さずアナハイムの人間として迎合し、過去にはサイアムとアナハイム社の専務の娘との縁談まで取り付けてやった。

 何処の馬の骨とも分からぬテロリストの男と、フランスの旧家たるビスト家の縁談をだ。

 全ては何時の日か。来るべき日の為という、サイアムの口上に乗ったからこそだったというのに。

 

「だから私はもう愛想が尽きたのだよ、オットー」

 

 最早サイアムに期待はできない。このような戦争が幕を開けてなお、あの老人は人類の未来でなく自己の基盤を盤石とすべく動いた以上、アンディーも自らの信念に依って立ち、動くことを選択した。

 

「過去がそうであったように、私は君についていく」

 

 かつての四年にも及ぶ木星への航海と同様に。今また一人の男として、アンディーはオットーと共に進むべき未来を共に見る。

 

「良いのか? 私が猪突猛進なのは……」

「知っているさ、今更だ」

 

 それでも地球連邦よりは、ビスト財団よりはずっと良い。

 

「馬鹿な友人の影響だな。私も止まる気にはなれなくなったよ」

 

 人というものはどうしようもなく愚かで、間違えてしまう生き物だというのは理解している。現に、アンディーは間違えた。『箱』を来るべき時に開けるという甘言に惑わされ、人類が地球居住者(アースノイド)宇宙移民(スペースノイド)に二分して争う時代を見過ごしてしまった。

 

「だからこそ、私は新しい友人を選んだ。ジオンは我々の友人足り得る」

 

 あの一週間戦争の開戦劈頭、ジオンはフォン・ブラウンを陥とす際、()()を傷つけることは一切なかった。

 

「我々の作ったノアの箱舟……心血を注いだテラリウムを」

 

 崩壊していく地球環境という危機……それを守る為のガラス容器にしてタイムカプセル。ありとあらゆる種の生命を保管し、維持するための未来に託す希望こそが、ここフォン・ブラウンというドーム都市だった。

 

「長かったな、ここまで来るのは」

 

 連邦の軍事基地はドームの外であったにせよ、無傷というのは信じ難い奇跡だろう。大質量の兵器が縦横無尽に駆け巡り、戦火がギリギリまで迫っていながらフラミンゴの一羽も失わずに済んでくれたのは、神に祈りたい気分だった。

 

「君の作ったフレミング・インダストリー社、そしてアナハイム・エレクトロニクスの公共事業……そして、多くの支援者に支えられての今だ。

 知っているかね? 支援者の中にはジオンの重鎮たるヨーク家の名も入っている」

「ああ。パーティで会ったが、ご令息(イワン・ヨーク)が甚くご執心だった」

 

 自分達が動いた木星船団の折には父親(マクシム)も多額の投資をしてくれたが、親子揃って何かと縁のある間柄だ。

 

「……まぁ、それが理由という訳ではこれっぽっちもないのだが」

 

 組むべき相手、共同歩調を取れる相手というだけのことで、個人間での情など欠片もない。そういうやりとりで大きな舵取りを間違えるほど、オットーは間抜けでないつもりだ。

 

「ただ、私達が動かねば負けるだろう?」

「確実に、な」

 

 今回の件を機に、公国は多少あくどく進める方法を選ぶだろうが、それだけで勝てるほど連邦は甘くも弱くもないのだ。

 そして繰り返すが、ジオン公国の敗北が意味するところは単なる一国家の喪失に止まらない。ここから先は全てを得るか失うかという境目であり、同時に人類の未来の方向性を選ぶ分水嶺足り得る。

 

「面従腹背は終わりだな」

 

 木星船団の一員として駆け抜け、サイド4(ムーア)建設の立役者として増えすぎた人類の足場を作り、実業家として蓄えた財で連邦政府に鼻薬を嗅がせつつ、従順な首長を演じて見せたオットーは遂にその腰を上げるのだ。

 

我々(ムーア)は公国と同盟を結ぶ。言うまでもないが、付いてくるなら心中は覚悟してくれ」

「今更だな。それと、これはここだけの秘密だ──アナハイムは私が奪う」

「ふはっ!」

 

 執行役員の一人とはいえ、地球に本社を置くことを許された巨大コングロマリットの一角を一個人が強奪するという宣言に、オットーは思わず吹き出す。それこそ、何を今更と言わんばかりに。

 

「どうせ、根回しは済んでるんだろう?」

 

 ジオンにも、アナハイム最大の生産拠点を置く月面にも、この話を打ち明けた時点でアンディーは全てを終えている。そう、彼は選んだ。

 

「サイアム・ビスト、奴の手足を奪うために」

 

 早い話、アンディー・ウェリントンは連邦政府とビスト財団に()()たのだ。

 

「悪いかね? 私だって全力で殴りたい時は殴るさ」

「いいや、そういう分かり易いのは最高だ」

 

 乗るべき時には全力で乗る。息子が愛するジャズのように、軽快で大胆な動きというものは老いてなおオットーの好む分野である。

 

「まずはバカ息子を呼び戻しだ。連邦じゃなく、派手なジオンの軍服を着せにゃならん」

「さぞ似合わん軍服姿になりそうだな」

 

 違いない! と。ジオンのお仕着せ姿の息子を想像して、ゲラゲラとオットーは笑い転げた。

 

 

     ◇

 

 

 斯様に否定されたサイアム・ビストだが、選ばなかったというのはあくまで結果に過ぎず、その前後を語らねば不公平というものだろう。

 確かにサイアムは善人などとは口が裂けても評せぬ人種であることは間違いない。

 宇宙世紀の開幕と同時、多くの命を奪ったラプラス事件の実行犯の一人であり、その時に得たラプラスの箱を交渉材料に、連邦政府から多くの利益を巻き上げてきた、歴とした犯罪者に過ぎないのだから。

 

“それでも、『箱』を得た意味を考えている程度には、人というものを止めてはいないつもりだ”

 

 若かりし頃。『箱』の存在を単に当時の政権を崩壊させる程度にしか価値を見出していなかった頃のサイアムは、自分が浅はかな小人物に過ぎなかったという自覚はある。

 それでも老いを重ね、人々の行く末を見て行けばそれなりの考えというものを持つようにはなっていく。

 それは後ろ暗いやりとりでとはいえ、豊かさを享受したが故の余裕もあってのことかもしれないが、だとしても今の己がそう感じている以上、過程は重要でないだろうとも思っていた。

 

「だから、私をここに呼んだのですか?」

「……!?」

 

 サイアムはまだ打ち明けてはいない。全てを語るのはジオン公国という存在を目の前のイワン・ヨークを通して見定めてからのつもりだった。

 ジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプ論……それが世に広まったのを機に『箱』に秘められた真の力を理解し、恐れたサイアムが同時に願ったこと。

 自分が偶然手にした力が、地球連邦の存在そのものを揺るがす程のものだったのだと確信した、その瞬間に湧いた願い。

 

「人類の革新たるニュータイプ……貴方の望みは、その存在を確信した時に『箱』を託すことにあったのでしょう?」

 

 その通りだ。イワンが語った通り、サイアムははじめ、ニュータイプがもしも本当に現れてくれたなら、人類の革新を実現した存在にこそ『箱』を託すつもりでいた。

 

「ですが、事情が変わってしまった……貴方自身が、変節せねばならないほどに」

 

 ジオン公国と、地球連邦との戦争……宇宙世紀始まって以来の国家対国家の戦争は今や、地球居住者(アースノイド)宇宙移民(スペースノイド)に分かたれての、生存を賭けた戦争へと移行してしまった。

 

「……その通りだ」

 

 だからこそ、サイアムは節を曲げてイワンを招いた。ニュータイプを、人の革新を提唱したダイクンの遺志を継ぐ国家に『箱』を託す価値があるのか見定める為に。

 その先にある未来に希望を見出せるかどうかに賭けていたというのに……。

 

“まさか……招いた相手がそうだったというのか?”

 

 だとすれば、これほど数奇な運命もあるまい。時代が、世界が変革を求めたが故の巡り合わせだというのであれば、サイアムはそれを歓迎すべきなのだろう。

 ニュータイプという存在を、その真贋をこの目で確かめた後に『箱』を渡すべきだろうと、そう思っていたのに、イワンは静かに首を振った。

 

「私自身がニュータイプであることは否定しません。ですが、それは決して貴方が思うようなものではありません」

 

 イワンは知っている。ニュータイプとは宇宙という環境に適合した存在であったとしても、それが夢や希望を与える存在ではないということを。

 イワンは実感している。ニュータイプなど、所詮は人という存在が新たな機能を備えたというだけであり、手足が一つ増えたという程度でしかないということを。

 

「誤解なく人と分かり合えるということ──それは決して、素晴らしいことではないのです」

 

 人というものの心の隅々まで知ってしまって、そこにある光と影を見て、繋がって……。

 

「言葉では伝えきれないこと。身振り手振りでも届かないこと……それをもどかしいと思う人は多いことでしょう」

 

 或いは逆に、悪意というものをひた隠したいという後ろ暗さもあるのかもしれないが。

 

「私はそうした人の不便さを、ままならぬ部分こそを愛しています」

 

 伝えきれないからこそ、伝えようとしたい。

 理解しきれない部分があるからこそ、相手というものを考えて行動したいのだと。

 

『だからこそ私はこの力を軍人として、組織人として政戦の場以外で使おうとは思いませんでした』

 

 こうしてその力の一端を、ニュータイプは実在するのだという証明としてサイアムの心に直接響かせたように。親しい者との繋がりでなく、何処までも唯の道具として扱ってきた。

 

 過ぎた力──人の身に余る力を備えることは人類の革新とは違う。

 

 そうした信念の下に、イワン・ヨークはニュータイプの在り方を『機能』に過ぎないと自らに定めた。

 

『なら……私の望みは、待った意味とは何だったのだ?』

 

 ラプラスの箱を、今となっては、地球連邦政府を揺るがしかねないとさえ判断したその力をジオン・ズム・ダイクンのニュータイプ論の出現と共に理解してしまったが故に、辿った道のりは何だったのかと。

 ニュータイプは人の革新でないと言い切った相手が、偽りの力でしかないのではという一縷の望みを抱え、心中でのみサイアムは問う。

 返答など返してくれるなと。単に勘のいい相手か、種や仕掛けのある存在であって欲しいという願望からの行為だったが、しかし結果は残酷だった。

 

『意味など、有りはしません──貴方のそれは唯の逃避だったのだから』

 

 明確な意思が跳ね返り、のみならず箱の魔力を知り得、抱え込んだサイアムの半生をも否定してきた。

 お前は単に、恐れただけだと。統一政権たる地球連邦政府から失われた理念。宇宙世紀始まりの日に託された『善意』と『祈り』を封じ込める為に、『箱』を手にしたサイアムの恫喝に連邦政府が屈してきたように。

 サイアムもまた初めは連邦政府を揺さぶる程度にしか考えていなかった『箱』の持つ真の魔力を理解したが故に、自らの手に余ると断じ、より力のある存在に託すことで楽になろうとしたに過ぎないのだと。

 

『それは……! だが……』

 

 反駁しようにも出来はしない。託すと言えば聞こえはいいが、サイアムのそれは地球連邦政府初代首相、リカルド・マーセナスの『託した』ものとは根本的に異なる。

 西暦の時代を越えて、宇宙世紀を始めた者達……彼らは増え過ぎた人類を徒に宇宙に棄てたのでなく、できる限りの祈りを込めて送り出してくれたのだから。

 

『貴方は初代首相のように、祈りを届けようとしたのではない』

 

 人の持つ想いを信じ、希望を信じ、何時の日にか全ての人類が手を取り合い、共に歩もうとした未来を願っていたのではない。

 可能性を信じ、善意によって移民政策の決断を下しながら初代首相と共に署名した、多くの議員達とは違うのだ。

 

『ただ、代わって欲しかっただけではありませんか』

 

 自らの犯した罪……ラプラス事件の実行犯の一人が、偶然手にしてしまった『箱』。

 その重さに耐え切れなくなっただけではないとしても、未来に繋ぐ為と考えたのだと自分に言い聞かせたのだとしても……。

 

『もし、それら全てを否定できるのであれば──』

 

 ニュータイプなどという、不確かなものに頼るのでなく。

 

『──自らの意思で、ラプラスの箱を解き放つべきだったのです』

 

 全てはそれで済んだ話だった。地球連邦という統一政府は、棄民政策は悪意から生まれたのではない。

 増え過ぎた人類を間引くのでなく新天地を求めつつ、同時に宇宙への生活を余儀なくされてしまった者たちへの贖罪と祈りの証として、初代首相の祈りは有ったのだと世界に訴えることが出来たなら……。

 そんなIF(たられば)は、同時に夢物語に過ぎないとは、イワンとて承知している。

 

『勿論、それで世界が変わってくれる保証はありません。どの道、戦争が起こった可能性の方が遥かに高かったことでしょう』

 

 仮に連邦政府を根幹から揺るがす『箱』が解き放たれ、全てが明るみになったとしても、連邦政府がそれを認めるかと問われれば否だろう。

 事実確認を名目に先延ばしにするか、メディアに工作を仕掛けて事実無根と突っぱねるか……地球とコロニーの間で波紋を呼ぶことはあったとしても、それで全てがひっくり返ってしまうかは怪しいもので、だからこそ『箱』の中身を初めから知り得ていたイワンも、それに手を出そうとは思わなかった。

 封じられてしまった祈り──始まりの善意を解き放つのは、全てが終わってからであるべきだと考えていたから。

 

『たとえ今、箱を解放したところで宇宙移民(スペースノイド)の憎悪を一層燃え上がらせるだけでしょう』

 

 真実を隠し続けてきた連邦と、箱に込められた祈りを利己の為に用いたビスト財団への怒り……より苛烈な反連邦意識を生むだけの、燎原の火のように憎悪を広めるだけの真実など、イワンは欲していない。

 

『祈りを解き放つのは、それと同じように込められた想いがあってこそなのです』

 

 祈りを呪いにしてはいけない。

 願いを憎悪にしてはいけない。

 

 託された光は、同じ光を持つ者が開放すべきなのだ。

 だからこそイワンはもう一度、しつこくともはっきりと諭すように告げる。

 

『一握りでも、貴方が善意を持って箱を開くことができてこそ、そこに意味はあったのです』

 

 話はこれで終わりだと。決別を示すようにイワンは指定された会合場所から離れるべく立ち上がる。

 戦争は継続する。人と人との命の奪い合いはより激しさを増していく。

 統一政府の在り方を、そこに託された先人の願いが封じられてしまった結果、官僚主義の傾倒によって腐敗の一途を辿った連邦政府と、棄民として隷属を余儀なくされた宇宙移民の対立は開戦と同時に分水嶺を越えてしまった。

 その罪は、サイアム自身が一生背負わねばならないなのだという非難も、イワンの言葉には含まれていたのかもしれない。

 

『待ってくれ』

 

 だから、背を向けるイワンに対し、サイアムは静かに心で問う。

 

『最後に、一つだけ教えてくれ──ニュータイプを人の革新としないのなら……イワン・ヨークが定義する、人の革新とは何だ?』

 

 足が止まる。首だけでなく、全身を回し正面から椅子に座るサイアムを前に真っすぐ見つめる。

 

『その答えは、既に示されていたものです──他ならぬ、リカルド・マーセナス首相によって』

 

 初代首相は、ままならない理不尽と現実に向き合いつつ、少しでもより良い未来を求めて前進すべく動いた。

 人の善意を信じること。相手を考え、尽くし、想おうとすること。

 何処までも真っ直ぐに生きようとすること。

 人という種の持つ普遍善──賢しい大人になるに連れて失われていく純粋さ。

 理不尽と不条理に直面しても、正面から挑み続けることのできる正しさ。

 

『そして私は、婚約者との日々の中でそれを実感することができました』

 

 分かり合える能力(チカラ)でなく、分かり合おうとする想いの大切さを。

 心から互いを想い、理解し、何よりも尊重しようとすることを忘れなければ、ニュータイプなどというものに頼らずとも人は未来に向かって進めるのだということを。

 

『特別である必要など、何処にもなかったのです』

 

 誰しもが持てるもの、人の優しさという『きれいごと』。

 夢想家の戯言と笑われても、現実は甘くないと理解していても。

 

『そうした祈りと想いを、願いを込めて託すことこそ人の革新だと信じています』

 

 だから、もしも。ここからでも変われるのなら──

 

『サイアム・ビスト──貴方の裡にも、そうした想いが生まれることを祈っています』

 

 足音が遠ざかる。おそらくはもう二度と会わないだろうという、そんな固い靴音が空しく響く中、残されたサイアムは項垂れる。

 

 自らが犯した罪……実行犯の一人に過ぎないのだとしても、過去に奪ってしまった多くの命と、かけがえのない『想い』を奪ってしまったことの重さを実感しながら。

 




今回のまとめ。

アンディー「こんなことになるまで『箱』を独占するとか失望しました。
      アナハイム乗っ取ります」
サイアム「だって……ニュータイプが『箱』なんか要らないって……言うから」
イワン「いや、今渡されても反連邦感情にガソリンぶちまける程度にしか役に立たないんだが?」

 ぶっちゃけラプラスの箱に関しては、開戦前にとっとと開放して、連邦と会談なりなんなりで譲歩引き出しながら統一政府の諸問題を内外から見直しつつ、スペースノイドの不満をある程度改善させとくのが良かったよねって。
 まぁ、それが本当にできてたかって言えば、作中で語った通り連邦政府の腐敗っぷりから難しかったとは思いますが。
 それはさておき。人類の革新に対するイワン君の回答を要約すると。

サイアム&ダイクン「ニュータイプが人の革新じゃなけりゃ、何が人の革新なんだよオラぁん!?」
イワン「(マーセナス首相みたいな祈りと)キシリアたんがくれたっ! この尊みこそジャスティス……!!」

 ……こ れ は ひ ど い……
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