宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2022/7/15誤字修正。
 カド=フックベルグさま、ご報告ありがとうございます!


30 善意の灯火

「──それじゃあ、誰がこんな世界を(まも)ってくれるの?」

 

 ──その声に、時が止まった。

 

 瞼の裏でいつも浮かんできた顔。追憶の中で響いてきた声。今日という日までは何処までも遠く、思い出の中でしか存在しなかった温かなもの。

 それを自覚し、受け止めるには、イワンもギレンも平時の判断力を放棄していた。

 覚醒した脳を読み取ると同時に響くモニター装置の電子音。拘束具のように全身に装着されていた生命維持装置が解凍に伴って順次自動的に解除され、終始モニターを監視していた医療班がコール音と同時におっとり刀で駆け付けてようやく、ギレンとイワンは現実に思考を追いつかせることが出来ていた。

 

「……何処から、聞いていたのだ?」

 

 もっと他に言うべきことが、すべきことがあるだろうに、ようやく口から出せた言葉が、こんなものでしかないという不甲斐なさを恥じる余裕さえギレンにはなかった。

 信じられないという思い。信じたいという現実。夢か何かかと、そんな有り体な感想さえ浮かんだものの、腰に手を当てて呆れたように息を吐いたキシリアの姿が、その挙措が間違いなく眠る前のそれなのだと理解できて、ようやく人並みの感情をギレンは実の妹に向けることが出来ていた。

 

「……いや、よく、目覚めてくれた」

「ありがと。兄上、さっきの質問の答えだけど、ぼんやりとだけど何となく頭に入ってたわ……兄上とイワン様があんな風に話したの、初めてよね?」

 

 喧嘩という訳ではないが、互いが思い詰めたようにしていた会話。たとえ言葉に緊迫感があったとしても、これまでであればどちらかが、或いは両方がその先を見据えて冷静に言の葉を紡ぐことが出来ていたのに、今日だけは違っていたから。

 

「だから、私が原因なら、ちゃんと私にも話して」

 

 静かに進む歩。年単位の眠りにつきながら、リハビリさえ行わず動くことが出来ているのは、宇宙世紀屈指の医療技術の賜物である反面、やはりまだ覚醒しきっていないのか、微かなふらつきが見えた。

 

「いや、まずは医師に」

「良いのよ、多分、もう大丈夫だから」

 

 平時であれば、馬鹿を言うなと一蹴して駆け付けた医師に後を託しただろう。自分の体のことなど存外分からぬもので、だからこそ医者が居るのだと諭したことだろう。

 けれど、今日という日ばかりは違った。医師らに微かに目配せて下がらせると、ギレンはキシリアの瞳を真っすぐ捉える。

 何もかもが変わらない。闊達で、思うことはすぐ顔に出て、ザビ家の人間にしては幾分も頭の足りない、出来の悪い困った妹ではあったが……。

 

“……そんなお前を、皆愛したのだったな”

 

 父たるデギンは言うに及ばず、人の良いドズルも、甘えたがりなガルマも……そして、あの癇性なサスロはおろか人というものに線を引いて俯瞰的に眺めていたギレンさえ、この妹を愛してやまなかった。

 その純粋さに癒されて来たから。何気ない日常の一つ一つに、笑顔と思い出をくれたから。

 

 ──何よりも。

 

「兄上は、どうしたかったの?」

 

 こんな風に、心を解きほぐしてくれていたから。

 

「言うのは構わんが、お前に理解できるのか?」

「ひっどい言い草だこと」

 

 こうした軽口もいつものことで。だからこそ、そんないつも通りがもう一度できたことをギレンは楽しまずにはいられない。たとえその先に出る言の葉が、思いが、私人として非道と誹られるものであったとしても。この妹ならば語ることが出来てしまう程に。

 

「この世界には、人という種が多すぎる」

 

 地球・コロニーを併せた全人口は一二〇億……これらに割ける資源的リソースは限られており、たとえ新技術によって幾ばくかの猶予を得たとしてもいずれ限界が来てしまう。

 人というものの欲望に歯止めなどなく、貧しさに喘ぐことを強制されない限り、それは避け得ないことだった。

 

「ジオンはそれを回避すべく、人口の抑制に注力してきた」

 

 現在までに建造されたサイドは七つ。うち最新コロニーたるサイド7(ノア)は一(バンチ)のみの建造で留まっており、ジオン─連邦間の独立戦争開始時点で新規の建造は停止している。

 月面都市をこれに加え、平均すれば一つのサイドに一〇~一五億程度の人口が居なくてはならない筈だが、ジオン公国に限っては移民政策による技術者らの誘致を開戦に向けて打ち出しておきながら、総人口は未だ二億にも達していない。

 これは決して過疎化を意味するものではなく、最先端を行く地球圏同様の生活水準を維持すべく、先進国家としての適性人口に『調整』した結果だった。

 

「逆に、サイド1(ザーン)など悲惨なものだ」

 

 最初期の大規模移民政策の場として、文字通りのゴミ捨て場として建造されたかの地は既にスラムも同然の有様で、正確な人口統計すらできていない。

 平均を優に倍する人口が溢れながら、多くはまともな職すら得ていない無法の都。限られた食料や資源を力で奪い合う、共食い同然のアンダーグラウンドな世界が罷り通ってしまっていたのがサイド1(ザーン)という掃き溜めだ。

 宇宙に進出し、月面軌道上にコロニーという揺り篭を用意し、どれだけ生活圏を拡大したところで、それを賄うだけの物が用意できねば意味などない。

 結局のところ、人の形成する社会に格差というものが存在する以上、世の中というものは数の足りない椅子取りゲームを強いられる。

 そして、一人でも多く椅子に座らせたいのであれば、方法は二択。椅子という幸福の分母を増やすか人という分子を減らすしかなく、ギレンが選んだのは後者だった。

 

「無秩序な増加と腐敗した体制……それらに歯止めをかけるには、劇薬であろうと使用せざるを得んのだよ」

 

 増え過ぎた人口を適正な()()間引く(もどす)ことで『人類の存続』という大前提を確約し、その先に続く繁栄を約束するには、非道に走らざるを得なかった。

 

「少なくとも私にとって、独立戦争というものはその為の手段に過ぎん」

 

『戦争』という人の倫理を麻痺させる極限状況を利用し、虐殺さえ宇宙移民(スペースノイド)独立の為の必要悪にして、不可欠な犠牲だったと民意を誘導する。

 イワンが反対し、正史において実行された『コロニー落とし』などは、その最たるものだ。

 宇宙に新天地を求めることで、人口そのものの抑制を否定した地球連邦初代首相、リカルド・マーセナスが知れば決して相容れなかった真逆の方策である反面、ギレンはその先にある未来に対し『責任』を持つ気でいた。

 現時点でさえ人類の存続を危惧する状況下にありながら、何時現れるかも知れぬ誰かに後を託すなどという責任逃れなど以ての外だ。

 遥か先の未来に、自分が見ることの叶わない行く末に押し付けて善人面をするような輩に政治家たる資格はないと、もしもリカルド・マーセナスが存命していたならばギレンは彼の善性に鼻を鳴らし、切って捨てたことだろう。

 人口爆発という危機とそれに伴って過剰に浪費されていく有限資源に対して安易な理想論を語り、問題の先送りを行う気は毛頭ない。

 

「未来の為などと糊塗したところで、これが口減らしという低俗な理由での虐殺だとは承知している。だが、それを為し得た後……この戦争に勝利した暁に、私は人類の永続と繁栄を確約する」

 

 己の野心や自国の勝利のみを目的に行動している訳ではない。ギレンはギレンなりに人類の行く末に危機感を抱き、その果てに行き着く滅亡という最悪の結末を回避すべく非情な独裁者を演じてきた。

 この争いが終わり、後の平穏を乱す不穏分子や欲深な寄生虫の全てを粛正した果てに、ギレンは治世の名君として人類存続に向けた統治の舵取りを担うのだ。

 絶対民主主義などという羊頭狗肉を掲げた、地球連邦のような失敗はしない。

 たとえ人として寿命が尽きるとしても、後事を託す人類がギレン・ザビの遺志を継ぎ、やがては遥か彼方の別銀河さえ旅するだけの力を得るべく邁進できるだけの道標を刻む気でいたのだから。

 

「その理想実現に、イワンの力を借りる気でいた……いいや、イワンこそが私にとっての最大の協力者として、理想の理解者として動いてくれる筈だった」

 

 だが、あろうことかそのイワンは肝心要のところでギレンに反対してきた。必要悪とすべき口減らしを頭で理解していながら『良識』という公人にとっての最大の悪徳がそれを阻み、結果としてこの戦争の中長期化を避けられないものとしてしまった。

 

「キシリア、お前に理解して欲しいとは思わん。真っ当な人間であれば、誰だとて私の理想を狂気と断じて阻むだろう」

 

 それで良いし、それは正しい。人としての善性を抱くが故に理解が追い付かないならば、それは私人として至極真っ当だという証左に他ならないのだから。

 

「そうね、確かに普通なら思わず引いちゃうわ」

 

 遥か未来の為に、何十億もの人間を死に至らしめる狂気……それを良しとする精神は()()なら決して受け入れることはできなかっただろう。

 

「でも、ね。だからって私がそれを理解できないって思われるのも、それで兄上やイワン様を何もかも否定しちゃうって()()()()られる方がずっと心外」

 

 想い、愛するが故に踏み止まること。それ自体は決して悪いことではないし、自分という存在がこの二人にとってそこまで重たいものだったという事実は、キシリア自身嬉しく思っている。

 ただ、当人を差し置いて進むだの止まるだのと議論するのは止めて欲しいということだけは分かって欲しかった。

 

「そういう『死んだあの子はこんなこと望んでない』みたいなのはちょっとね。そりゃあ、それなりに長く寝ちゃってたみたいだし。口なんて利けないんだから仕方ないけど。

 第一、イワン様はともかく兄上が人としてぶっ飛んでたことぐらいは理解してたわよ?」

 

 この世界が創作のそれでなく、自分と同じように多くの命が、個々の意思が犇めく世界である以上、虐殺を企てたことへの罪の意識や責任を身内として感じはしても、それでギレンの全てを否定する気はキシリアにはない。

 むしろ、こんな風に揺れていたことこそ、キシリアにとっては驚天動地にさえ値した。

 何者にも染まらず、己の道を信じ進む求道者にして独裁者。キシリアにとってのギレン・ザビとは正しくそれで、少なくとも身内の情で足が鈍るなどとは露とも感じてはいなかった。

 悩んで、迷って、足を止めて、振り返って……そうした人としての当たり前を心に抱いてくれたきっかけが自分だというのなら、これほど家族冥利に尽きることはない。

 

「だから、除け者にせずにこんな風にちゃんと喋ってくれたのは嬉しかったわ」

 

 苦悩を内に秘めたまま、押し潰されそうな重みを見えないように抱え込んで、自分の前だけ笑顔でいるような、そんな人生を二人に送って欲しくはなかったから。

 

「悩んだって良いじゃない。人間なんて、無敵になんか絶対になれっこないんだから」

 

 弱さを抱え、脆さを受け入れ、道半ばで息絶えることさえ承知した上で次の世代に託すこと。それこそ集団で生き、社会を築き、世を統べて来た人の営みである以上は心得ておかねばならない大前提で、同時にそれを指摘してきたのが、日々自分達より頭が鈍いと散々に酷評してきた相手だというのだから堪らない。

 

「ああ、全く持ってその通り……人である以上、当たり前のことだったな」

 

 返す言葉もないとはこのことだ。今日という日、この時だけはギレンはキシリアに白旗を上げてから、イワンを静かに横目見る。

 未だ声一つ発せておらず、会話に割り込むことはおろか、肌に触れることさえ躊躇うばかりの、最愛の妹の婚約者にして義弟はキシリアを瞳に捉えたまま微動だに出来ずいた。

 

「……普通、勢いよく抱きしめるとか、思わず泣いちゃうとかあるんじゃない?」

 

 溜息交じりの吐息に、呆れたと言わんばかりの表情でキシリアが漏らす。

 

「済まない……全て、私の独り善がりだった」

 

 そこまでしてようやくイワンの口元が微かに動き、口端からこぼれ出た言葉は謝罪だった。

 

「愛する君の為だと……君の未来の為と決意しながら、私は何も出来ていなかった」

 

 目覚める時には、全てを終わらせていなければならなかった筈なのに。

 誰もが夢見た、幸福な結末であるべきだったのに。

 

「こんな様で……こんなみっともない結果を晒してしまった」

 

 キシリアが眠ってしまったことで弱く、脆くなったというギレンの指摘は正しかった。

 失ったことで得られた強さなど、イワンには欠片も有りはしなかった。傷つくことで見えた境地など何処にもなかった。

 ただ欠けただけ……痛みにのたうち、見るべきものも進むべき道も定まらず、恐れを胸に抱きながら、鈍った足で闇雲に駆け抜けた結果が今だった。

 

「だというのに──私は……っ」

 

 期待している。キシリアがイワン・ヨークという男を受け入れてくれることを。みっともない自分を見捨てずいてくれることに。

 欠けてしまったものが戻ること。傷ついた心が完全に癒える日を願っていた筈だというのに、いざその時が来た途端足踏みする。

 人は弱く、脆いものだと。決して神様のようには行かないのだと聞かされても、それでもイワンは耐えられない。だって──

 

「──こんな姿をっ、君に見せたくはなかった……!」

 

 恥ずかしい。苦しい。死んでしまいたくなる程に不甲斐ない。

 一体どうして、こんな様で顔向けできるというのだろう? 愛し、誓った相手に何もできなかった己を恥じて、お願いだから見てくれるなと、両の手で顔を覆いかけて──

 

「弱くても、みっともなくても良いじゃない」

 

 その、力強く覆った手が柔らかで弱い掌に退かされる。ぐしゃぐしゃになった顔を、一番見られたくない相手に見られてしまう。

 

 

 口にしてくれる言葉は、イワンが心の奥底で求めていた優しさで、そこに甘えてしまう弱さが一層イワンの心を卑屈なものにしてしまう。

 

「こんな私に……幻滅しないのか?」

 

 君が求めるような、頼りがいのある大人ではなかったのに。

 理想の伴侶とするような、強く逞しい男ではなかったのに。

 

「する訳ないじゃない──私達、いつか夫婦になるのよ?」

 

 創作の世界に飛び込んで、夢にまで見た舞台を眺めて、それで満足するようでは駄目だということぐらいは分かる。

 相手を想って、考えて、甘えつつも支えてくれた分は少しでも返せるように努力して……ここで、この世界で過ごしてきた時間はキシリアがキシリアで無かった日々よりも、趣味一辺倒で過ごしてきた日々よりも遥かに充実していた。

 心から誰かを愛するということ。想い合い、分かち合う時間というものはこれまでの人生で積み重ねてきた何よりも得難いものだった。

 

「私だって、何時までも自分勝手で馬鹿な子供のままじゃないんだから」

 

 理想の姿だけを見て、綺麗な部分だけを求めるような女に、一生涯添い遂げるような甲斐性なんて持てやしない。駄目なところも弱いところも受け入れて、二人三脚でお互いを補い合いながら成長して歳を取って、いつか眠るのが『家庭を持つ』ということなのだから。

 

「殿御の詰まらないプライドぐらい、呑み込めなくちゃ嘘でしょ?」

 

 第一、男が賢くもなければ子供だというのは古今東西変わらない。精神年齢で言えばキシリアも実年齢より遥かに幼いだろうことは認めるが、それでも肝心なところで駄目になる男を見れば、まだマシだろうと内心普段の自分を棚に上げて評していた。

 

「だから、ね? イワン様も吐き出しなさいな」

「……済まない」

 

 二度目の謝罪。けれど今は、先ほどまで微かにキシリアに伝わってきていた、手の震えは止まっていた。

 

「より良い世界を届けたいと……そう願っていながら、こんな結果になってしまった」

「それは恥じることじゃないわ。だって、イワン様はずっと頑張ってきたんでしょう?」

 

 罪のない人たちが、犠牲になんてならないように。たとえ戦いが続くのだとしても、多くの人たちが正義の為に、未来の為に、前に前にと進めるように。

 

「未来への責任って言うのなら、兄上と悪だくみするより、私はこっちの方がずっと好みよ?」

 

 命というものを数で捉え、大人らしい諦観で全てを仕事のように片付けていくより、人としての善意を抱き、悩みながらも足掻くこと。

 より良い明日を描くというのなら、政治だとか打算だとか、そうしたものより青臭い夢物語の方が、ずっと爽快というものだ。

 

「──私が大好きなのは、皆が素敵って思える大団円」

 

 

 だから、キシリア・ザビを愛しているのなら魅せて欲しい。

 真に想うが故に道を迷ったというのなら、この無責任な願いを叶えて欲しい。

 イワン・ヨークが進んだ道は、決してキシリアの願いと相反するものではなかったから、その歩みをここから見たいとキシリアはせがみ、イワンも泣き腫らした顔にようやく微笑を浮かべて応える。

 

「……私は、正義の味方には程遠い存在だ」

 

 軍人として、政治将校として善悪好悪の別なく国家の為に殺してきた。そこに私人としての私利私欲などなく、その信念に一点の曇りさえなかったのだとしても、誰かを追い詰め、突き落とすことで未来を築かんとしたという事実は動かない。

 

“またそんなこと言って”

 

 自信過剰はそれで問題だが、ここまで卑屈では駄目だと思う。だから女として、妻になる身の婚約者として男の尻を蹴らねばなるまいと思っていたが、それが杞憂だというのはイワンの表情からして明らかだ。

 もう迷わない。揺らがない。たとえ人として、男として弱くとも、ここで奮い立たなければ顔向けできないというのがはっきりとキシリアには伝わったから。

 

「それでも私は、私にできる最善を尽くす」

 

 ここは、この宇宙世紀というものは、正義の味方が必ず勝利するような優しく生温い物語ではない。

 悪意と陰謀が渦巻き、善意が踏みにじられ、多くが涙し、死に至る残酷な世界で抗いながら、希望を繋げていく物語だ。

 だが、だからこそ、そんな世界だからこそ、イワンは自分がこの世界に生きる意味を今確かに見出していた。

 

「キシリア──私は君に誓うよ。この世界を(まも)ってみせる」

 

 キシリア・ザビが望んだ通り──いいや、それ以上の大団円でピリオドを打つと、その小さな手を取り、抱きしめることで誓約を立てる。

 絶え間ない争いと犠牲を強いる世界だというのなら、その悪意の全てを覆す。

 この温もりに、愛に恥じない物語を紡いでいこう。

 軍人たる以上、その道程に犠牲が出るのだとしても、死を命じるのだとしても、全てが光に満ちた未来に繋がる為のものであり、無為の犠牲など後にも先にも出させはしない。

 

 暗く長い絶望を越えて──悪意の夜に善意の灯火を灯して行こう。

 

「それでこそ!」

 

 私が大好きになった相手だと笑いながら、キシリアはギレンを再度見つめる。

 これがイワンの選んだ道であり、自分が望んでいたことだと示すように。そして。

 

「兄上は、人類を減らさなくちゃどうにもならないって話だったけど、私はそうは思わないわ──だって、兄上なら全人類の面倒ぐらい見れるでしょ?」

 

 手を抜いて、楽をしようなどと考えてくれるな。ギレン・ザビという指導者なら、リカルド・マーセナスさえ超える政治家にさえ至れる筈だというその無責任な期待に、ギレンはやれやれと肩を竦めた。

 

「常日頃からだったが、お前は何一つ出来ぬ癖、無理難題ばかり言ってくれる」

 

 だが許そう。これまでもそうだったように、そんな無責任さを愛してやろうとギレンは堂々と告げた。

 

「お前の言う通りだ──人の世の全てを治めることなど、私には造作もないことだ」

 

 大言壮語も極まれり。しかしその表情に迷いはない。たとえどれほどの困難が待ち受けようと、絶望に等しい現実を跳ね除けてこそ、未来を勝ち取るということなのだから。

 

「見ているが良い、キシリアよ──我らの旗が、この宇宙(そら)で永遠に掲げられる日は近いぞ」

 

 それは必ず叶うと、ギレンは確信している。

 ここに己が居て、友たるイワンが居る。

 何より──最愛の妹が見守っていてくれるのだから。

 

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