本作品内で使用した幾つかの用語が、宇宙世紀でのものと異なっていた為、一部用語を修正しました。
現状の修正点は二点
「軍大学→高等士官学校(但し連邦軍での呼称に限る)」
「功績調査部→賞勲局(但しジオン内での呼称に限る)」
です。
他にも媒体によって現実の軍とは異なる固有の名称がある可能性がある為、発見次第随時変更していきたいと思います。
※2022/8/25誤字修正。
SIGSEGVさま、TSしたとねりさま、あーるすさま、漣十七夜さま、ご報告ありがとうございます!
「互い、二人きりで無くば出来ぬ話もあるだろう」
微笑を湛えつつ、そう口にして踵を返したギレンはキシリアとイワンに二人きりの時間を与えてくれた。
イワンとて勤めがある以上決して長く病室に留まれる訳ではないが、それでもこの時間、この空間でのひと時は千金にも値するもので、だからこそそんな気遣いをしてくれた
「……兄上って、あんな
「結婚すれば、そうした機微も掴めるものだよ」
え!? と信じ難い視線をキシリアが扉の向こうに向けると、イワンはセシリアが相手だということ。背を押したのは他ならぬ自分であったことを伝えた。
「うっわ……すっごいイベント見逃しちゃったわ……もっと早く起きてたらなぁ……」
とはいえ、キシリアの目覚めは自分でコントロールできる類のものではなかった。彼女が眠りについた理由が、イワンが良い未来を目指すために利用されたものであったように。
目を覚ますことが出来たのは、この世界が正史以上の犠牲が生まれるか、或いはその可能性を阻む為にという前提で、イワンとギレンをより良い未来へと誘導させることを対価としての覚醒であったのだから。
“ま、今後二度と干渉されないって考えたら、それだけで十分よね”
報酬などいらないし、余計な介入も必要ない。もう二度と自分に関わってくれるなと吐き捨てたキシリアを、おそらく憎たらしい笑みで見ていたであろう上位者とは金輪際出会うことはないのだから。
“だから、今は”
この相手を──想い続けてくれていたのに、寂しい思いをさせてしまった
どれだけ体は近くとも心は遠くて、何年も一緒に居られなかった分、一秒でも時間を取り戻せるように互いの温もりを分かち合い、言葉を交わして想いを届けたかった。
「私も、兄上みたいに成長できるかしら?」
──貴方に、相応しい淑女になれるかしら? と。
そんな可愛げに溢れた問いに、イワンは髪を撫でて返す。
「君はもう十分に魅力的で、私以上に多くを感じ取れている」
人の心というものを汲み取り、善意を根底に正すべき道を指し示すこと。
思いやりというものを常に心の片隅において相手と向き合うこと。
互いを支え合い、寄り添いながら進む人というものの善性を抱き続けるからこそ、イワンはそう断言できる。
「少なくとも、語るべきことを語らなかった私なぞ足元にも及ばない」
そう自嘲しながら、イワンは今日という日まで口にしてこなかった前世を詳らかに語っていく。
自分が西暦の日本に生まれていたこと。
前世ではこの世界を創作物として楽しんでいたこと。
病に伏し、死を迎えた先で訪れたこの世界に恐怖しながらも、親しい者たちと祖国の為に奮起していたこと……。
余りに荒唐無稽だと思われても仕方ないそれらに、キシリアもまた自分というものを明かす。
「ねぇ、イワン様──私
それは、初めてする告白。イワンにはそれがこの世界に迷い込んだ『異分子』にして『同類』だという事実を伝えるには十分すぎるものだった。
「薄々だったが、そうではないかという疑念は有ったし、君が眠る直前には確信したよ」
それでも構わないし、そんなことは気にも留めない。それでもイワンが告白したように、キシリアもキシリアなりのけじめとして、多くを語ることにした。
ただ、イワンのように重苦しい類のものではない。
趣味に没頭して女としての嗜みは蔑ろにしていただの。
職場では趣味を隠していた癖に仕事をさぼって劇場に行っただの。
兎角女としては寂しい反面、充実した日々であったと声を弾ませる。
「でも、不思議なの。娯楽に囲まれてた昔より、今の方がずっと充実してたって感じてたわ」
手を伸ばせど届かない世界に生きたからではない。
夢にまで見た多くの偉人たちと言葉を交わせるからでもない。
そうした欲求とは別の、純粋なものが今日までのキシリアを満たしてくれていた。
「だから、もう悔いはないの」
昔の自分に、前世というものに。目を輝かせていた多くを置いて、キシリアとして再び
「ホントは全部終わって役目を終えちゃったら元の世界に戻れるって話だったけど、何か色々予定が変わったみたいだしね」
それは初めの、キシリアとしてこの世界に訪れた彼女の勤めだった。
歴史を本来の筋道に戻し、彼女の最も愛した始まりの物語の通りに進めること。
連邦が勝利し、ジオンは敗北し、その後も血塗られた道が続きながらも、人類は存続し続けるという未来の為の走狗に過ぎなかった。
「眠る間際、私を止めようとした理由はそれだね?」
「うん。だって、私達がここに居るのは『歴史の修正』だって思ってたもの。だから、あのままじゃイワン様が
けれど、その都合は変わったと……掌の上で踊らされ、軌道に乗った時点で知らされた。
そして、その心配がなくなった以上、口封じをされる必要もない以上、自分が知り得る全てを伝える。
この世界が自分達の知る世界と酷似しているだけの世界であるということ。
最早歴史を正すのでなく、良き未来の為に生き、動いても良いのだということを。
「そうか……」
それを聞き、真実に触れたからとてイワンの行動が何か変わる訳ではない。たとえ歴史が自分自身を殺しに来ようとしたとしても、イワンはジオン公国やキシリア達の為に決して止まろうとはしなかった筈だ。けれど。
“ようやく──舞台に立てた気がするな”
訳も分からぬまま異なる世界に生きて、迷いを振り払うように走り続けてきた日々。
それを終え、地に足を付けて進むことのできるという『確信』を掴めたことが、どれだけ安心を得られただろうかと……そこまで思い、そして気付く。
ギレン・ザビがどうしてイワン自身を重宝したか。何故ここまで才覚に開きのある男を拠り所にしてくれたか……。
常に確信を持って進めるということが、どれだけ足取りを軽くさせてくれるかを。
同時に実感する。自分にとってキシリアの存在がどれだけ心強いのかを。
こんな風に、心を委ねられる存在が近くにいることがどれだけ安らげるのかを。
「イワン様、私はここに居るわ。この世界にずっと居るわ」
その言葉が力をくれる。
その思いが勇気をくれる。
イワンと違い、死んでなかったのだから戻ることも出来ただろうに、前世を、平穏に生きることのできる世界を彼岸の彼方に追いやっても、ここに留まると告げてくれたこと。
その決断をさせてしまった自分を心苦しいと思いつつも、同時に冥利に尽きてしまう。
「だから──一人にさせないで下さいね?」
「安い台詞になってしまうが、それでも約束するとも」
この戦争を終わらせよう。終わった後も、生きてキシリアをこの腕に抱きしめよう。
「愛する君を泣かせはしない」
「ありがとう──その言葉だけで、
この言葉が、腕の温もりがキシリアにはどんな娯楽より心に充足感を与えてくれる。
たとえ平和な世界に戻れたとしても、どんなに娯楽に溢れていたとしても、この相手と育める真実の愛ばかりはもう二度と得られないだろうと確信していたからこそ、キシリアははじめからこの世界で生きることを決めていたし、だから去り際にはいけ好かない上位者には中指を立ててから戻ってやった。
二度と横槍など入れさせないし、関わってくれるなと念を押した上で。
そして、嫌な思い出を忘れる為にキシリアは腕に抱いてくれるイワンの胸に顔を埋めると、悪戯っぽく笑って小さく漏らす。
「絶対負けないわ──私の婚約者は、主人公なんだから」
たとえそれが『キシリアにとっての』と頭に付くだけのことに過ぎないとしても。
そう思う限り、必ず勝つと信じられるから。
◇
キシリアとの再会と抱擁……蜜月の時間に別れを告げ、精密検査の為に医師団に全てを任せたイワンは突撃機動軍司令長官として与えられた執務室で居心地悪げに事務仕事に徹していた。
後方を専門とし、己の戦争として弁え日夜知力を絞る参謀連ならばこの地位を望むことだろうし、イワンとて前線武官ばかりでなく将としての職責を理解しているが、だとしても自分自身という人材を最大限活用できないことに忸怩たる思いがあるのもまた事実。
結果、そうした不満を拭うべく一層執務に注力していたが、重厚な扉がノックされたことで手を止めた。
「入ってくれ」
通されたのはガルマであるが、イワンに見せる平素の柔らかな表情は引き締まり、動きの固さからも緊張から窺える。こうした表情を見せる時は決まって、イワンに悪いと思いつつも無理な願いを口にする時だ。
イワンもその内容は口にしないまでも「前線勤務を希望している」のだと理解していた。
対してデギンをはじめ、ザビ家の面々は何としてでも年若く、ザビ家の将来を担うガルマを後方に留め置くべく前線勤務から遠ざけるつもりであったし、事実ガルマ本人がザビ家の人間として公国に尽くしたいと主張してもそれを突っぱねてきた。
本来なら士官学校卒業後は将校として現場を経験した後に参謀本部勤務の内示を回す手筈であったが、正史と開戦時期がずれたために軍大学入校枠の人員が前線勤務を希望したのを機として、ガルマまで前線勤務を希望しだしたのである。
正史ではガルマの泣訴に折れたドズルがギレンに口利きし、北米司令官として派遣された訳だが、そのドズルも明確に否を突きつけた以上、残された選択肢はイワンしかないということだ。
「……言っておくが、私は情で人事を動かすつもりはないぞ」
「分かっています」
だからこそ、納得できるだけの論を携えてきたという。ドズルやデギンは有無を言わさず突っぱねたそうだが、少なくともイワンならば聞く耳は持っているだろうと読んだ訳だ。
実際、それは正しい。イワンもまた正史でガルマが戦死してしまうという結末を辿ることを知り得ている以上、私情のみであればむしろデギンやドズル以上に前線勤務には内心反対していた。
“だからと言って感情論では納得させられんし、既にして歴史の分岐線が切り替わっている正史を持ち出すのもどうかという考えもあるから通した訳だが……”
そこを踏まえた上で、身内としての情だけでなく「行ってどうなるのか」という軍人としての実利的な面も重きを置き、聞く姿勢を取るが故に執務室まで通したのだ。
頑ななザビ家の面々と異なり、説き伏せることさえ出来たならば動かすことも出来るだろうというガルマの目の付け所は正しかった訳である。
尤も、付け所が正しいというだけであって動くに値しないと判断されれば梃子でも動かぬ分、ある意味デギンやドズル以上の難物ではあるのだが、それでも門前払いを受けないというだけでガルマには有難かった。
「ですが、前線勤務については地上軍少佐としてでなく、公王家末弟たるガルマとしてお話ししたく」
「成程。では殿下、そちらにおかけ下さい」
執務室脇に配置された革張りの来賓用ソファに招きつつ、対面に着く。
軍人としてならば上官権限で閉口させることが出来るし、身内であっても義理の兄となるのだから同じくだが、公王家の末弟という立場を持ち出されては、イワンとて頭ごなしにはできなくなる。
こうした立場の上下一つとっても、イワンは唯一ガルマが相手にできる立ち位置ということだ。
“そして、アポイントメントを取る前でなくここで切り出したのは、私がドズルらを事前に呼びつけぬようする為だな”
賢しい奴めと内心含み笑う。こういう悪知恵が身についているのは、むしろイワンとしては好ましい。実直は確かに美徳だが、私人としてはともかく公人としては減点だった。
むしろ、こうした知恵に罪悪感など覚えず頭を回せば世渡りが楽になりそうだが、それは今後次第だろう。少なくとも、先の言葉一つとっても「悪いことをした」という顔をしては権謀術数渦巻く世界ではやっていけない。
特に、ガルマ自身が口にした公王家という立場に否応なく振り回される今後を思えば尚更に。
「では殿下。私を上手く丸め込むだけの論を開陳して下さいますな?」
「実のところ、論や策と称するほど立派なものではないさ。単にガルマ・ザビという男が前線将兵に対する担保となればいいと考えたに過ぎないだけだからね」
成程とイワンは得心する。というより、イワンが納得できる唯一の答えがそれだった。
言うまでもなく、侵攻は防衛と比べ遥かにリスクが高い。敵地に侵攻する為の道を切り拓く侵攻軍の損害も避けられないこともそうだが、確保した敵地に残す駐留軍のストレスというのは生半可なものではないのだ。
勝っている間であれば士気も保てようが、撤退が必要となった際に組織的な行動を取ることは非常に難しい。
「たとえそれが、侵攻当初から織り込み済みのことであったとしても、ね」
「そこまでご理解しておりましたか」
これは良い。実によく頭が切れるようになってくれたとイワンは笑う。
ガルマの言う通り、総帥府をはじめ軍指導部は今回の経戦に伴う地球侵攻を、あくまでも一時的なものと見做していた。
「突撃機動軍の侵攻はコロニーを戦地としないためと、同時に地球圏に存在する資源確保。他にも幾つか目的はあるんだろうけど、大本命はこの二つだろう? 我が軍の人的資源や補給面を鑑みれば、地球全土を支配下に置くのは不可能だ」
「左様です。地球という広大な土地は我らの手に余りますからな」
コロニーという本土を戦火から遠ざけつつ、可能な限りにおいて敵資源を奪い、疲弊させる。早期決着を果たせなかった以上、残された手段はこれしかない。
「だからこそ、僕が敵地に留まっているということは将兵にとって必要だと愚考した」
我々は決して捨て石ではない。ガルマ殿下がこの地で踏み止まる限り、祖国は我々を見捨てはしないという安堵感を全将兵が得られるというのは、これ以上ない程士気を左右する。
「当然これが、僕が死ねば瓦解しかねない諸刃の剣だということも承知している」
故に誓う。決して無理無茶をする気はないと。自分自身が神輿であることを自覚し、功を焦ってデギンや兄達の宸襟を騒がせるような真似はしないということを。
「僕は決して家族を、民を悲しませはしない」
胸に手を当て、誠心を以て誓いを立てたガルマにイワンは然と頷く。
「殿下のお覚悟、確と賜りました」
その意思を、決断を尊重しよう。たとえ誰が否定しようと、イワン・ヨークだけはガルマ・ザビの味方で居ると約束し、その選択を肯定する。
「公国臣民として、軍人として、何よりも義兄として──」
──心から、愛する義弟の想いを汲むと。ガルマを立ち上がらせて肩に手を置く。
そして、認めた以上ここから先は臣と王子の立場でなく家族としてイワンは続ける。
「だからこそ、決して先の言葉を違えてはいけないよ。お前は上に立つ者だ」
使われる者でなく、使う者なのだから。
手柄を立てる者ではなく、手柄を与える者なのだから。
そして──忘れてはならない。
消えた星が再び灯ることのないように、潰えた命は二度と蘇らないのだということを。
「どうかキシリアを、皆を、そして──私を泣かせないでくれ」
どんなに恥じるような時であっても、必ず公国に戻ってくれ。
生きて帰り、再び見えるという誓いを忘れないでくれ。
「私とキシリアが結ばれる日に、ガルマが居ないなど想像したくもない……私はお前の本当の兄になりたいのだ」
「約束するよ。僕も、大好きな兄さんの弟で居たいから」
良い子だと。幼子であった頃そうしたようにガルマの頬を撫でてから帰すと、イワンは備え付けられた卓上電話を取った。総帥府直通の回線を使用できるのは将官に限られるが、イワンに関しては更に上、ギレンにさえ直接かけることが出来た。
「ガルマが今ここに──ええ、皆反対したそうですが、私は認めました」
『お前が最も反対するだろうと踏んでいたのだがな』
呆れとも納得ともつかないギレンのため息が受話器越しに伝わる。確かにその通りで、もしガルマが意に沿わぬ解を示すようであれば、決して公国の外に出しはしなかったことだろう。
だが、ガルマは納得させた。自分自身がすべきことを理解し、それをイワンに示して見せたのだ。
「一つだけ問わせてください。ガルマの解は
『愚問だな。身内だからとて贔屓はせん』
でしょうなとイワンは肩を竦める。有意無為を適切に判断し、その上で使える位置に置くのがギレンという男のスタンスだ。仮に無能を晒したなら、それを踏まえて何処に置くか断じただろう。だからこそ、イワンは微かに笑って告げる。
「
今はまだ拙く、未熟で、足取りすら危うげだったが、そう思わせてくれる片鱗は微かに見れたから。己を見、周囲を見、立ち止まり、振り返り、その上で決断することができたから。
『そう信ずるに値する見どころは有ったか──
これ以上の賛辞はないだろう。能力主義であるが故に、ギレンは決して違えまい。微かに込もった吐息の熱は間違いなく将来の期待からのものであった。
だからこそ、ギレンはイワンに釘を刺すことを忘れない。
『私からもガルマの前線行きを認めて欲しいなら、期待を裏切ってくれるなよ?』
「ご安堵ください。その為の人選は抜かりなく」
戦死などさせぬと誓うイワンに、良しとギレンは信じて通話が切られる。再び静寂に包まれた執務室であったが、イワンは即座に電話をかけ直した。
「私だ。ガルシア・ロメオ少将に繋いでくれ」
あれ? ロリキシリア様よりガルマ君の方がヒロインムーブ強くね?