宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2022/10/8誤字修正。
 カド=フックベルグさま、ご報告ありがとうございます!


32 その目は笑っていなかった

「こちらへ、ヨーク長官がお待ちです」

「……うむ」

 

 到着と同時、運転兵に開けられた電気自動車(エレカ)のドアから体を出したジオン公国地上軍少将、ガルシア・ロメオは出迎えとして敬礼してきた司令部勤務らしき中尉に短く言の葉を発し、答礼を返すに留めた。

 平素であればこの手の歓待には得意面を晒し、肩で風切って進んだものが、そうした横柄さをここで押し出せるような度胸はガルシアにない。

 

“……よりによってあの『怪物』から直々の呼び出しとは”

 

 ツいているのかいないのか。前者であることを心から願いたいものだと、隠しもせずチーフで汗を拭った。

 ことここに至り、自身を大きく見せようと繕うのは無意味だろう。

 イワンとは一週間戦争の直前、将官のみの御前会議に出席した際に顔を合わせたきりだが、それでもあの底冷えする空気を思い出す度、ガルシアの背筋は氷柱を当てられたような不快感が纏わりついて仕方なかった。

 人間とは勝利を希求するが故に、あれ程まで殺意という名の下に感情を一元化できるものなのか? 鏖殺の二文字を徹底したいがために、戦争芸術という名の殲滅戦をあそこまで完成させ得るものなのか?

 

“できるだろうよ、あの怪物なら”

 

 あの目を二度と直視したくなかった。人間らしい感情の光を微かに覗かせてはいたが、泥のような濁りがへばりついて拭いきれないあの目。

 微かに個としての感情が覗く分、人形や兵器の方がまだ可愛げがあったと思えるイワンの元へ足を運ばなくてはならないと思うと、ガルシアは両足どころか全身が鉛のように感じて止まない。

 美酒美食に満ち溢れ、戦勝の二文字が全身を報道陣のフラッシュと共に叩いてきた祝賀会の場であってすら、敢えてイワンから距離を取った程度には苦手だとガルシアは公言して憚らないが、最早逃げ場は何処にもない。

 

“何のために俺を呼んだ?”

 

 ガルシアとて我が身を顧みることはできる。いや、正確には見つめ直さざるを得ない状況だからこそ顧みたというべきか。

 まかり間違っても、一週間戦争での戦争指導でお褒めの言葉を賜るだろう、などと楽観は得られない。宇宙攻撃軍が連邦艦隊を殲滅する中、地上軍の将として各コロニーの駐屯基地を制圧したガルシアであるが、そんなものは他の将とて皆やっていた。

『損耗は極限まで抑えろ』という総帥府の意向に沿っていたが為に、突出した成果を挙げることさえできなかったのだ。

 むしろ、上の方針を律儀に守ったが為に制圧が遅れたことで、叙勲の機会さえ逸したと感じて止まない。

 

“最悪、地球降下作戦から外されるか……?”

 

 可能性はあるだろう。だが、その不安を思うと先程までの恐怖は霧散し、ギリ、と知らず奥歯を噛み締めている己が居ることにガルシアは気付いた。

 

“この俺を外し、誰が地上軍の総指揮を担う?”

 

 思い当たる節は、ある。 マ・クベ……あの土気色の肌をした、冷笑的で厭味ったらしい男の顔が脳裏にこびりついて離れない。

 奴が地上軍の指揮を担いかねないという可能性を考えるだけで、ガルシアは怒りから紅潮を隠せずにもいられなくなった。

 コロニーでも艦隊戦でも汗一つ掻かなかった男……だというのに他の将軍も、怪物として認めるイワンさえ一目置いていると話題の絶えない軍官僚の陰が自分を嗤っているように感じてしまう。

 

“落ち着け……所詮奴は官僚気質の人材だ。前線になんぞ向いてはいない”

 

 マ・クベは何処まで行っても後方の人材。現場で差配するなら俺の方が上だと自分を鼓舞しながら、今後の身の振りを入念にシミュレートする。

 ガルシアを侵攻軍から外すというなら電話一つで済む話。どれだけ反駁しようが「これは決定事項だ」とにべもなく切られて終わるだろう。少なくとも、ガルシアの描くイワンという男はそれだけの力を持った人物だ。

 ライバル視しているマ・クベと違い、ガルシアは他の将軍たちと同様にイワンという男を出世レースという競争枠から外しているし、特進を重ねるまでは「自分の方が上だったのに」と卑屈になるような真似もしない。

 イワン・ヨークが軍籍を剥奪されたのは暁の蜂起の責任を進んで取ったからであって、今回の特進は戦時に突入した際の既定路線だったのだろうとガルシアを含め皆納得している。それこそ、その名と功績を知る者であれば一兵卒から将帥までだ。

 考えてもみるが良い。ヨーク家の嫡子として公王(ザビ)家の長女を嫁に貰い、しかも実力主義の権化で知られるギレン総帥とさえ懇意にしているような男だ。

 たとえ能力が足りぬか、或いは政界などの異なる世界に踏み込んでいたとしても、イワンは特権として将官の名誉階級ぐらいは賜っただろう。

 ガルシアだけでなく、誰もがその筈だと考えている。同列の存在として競い合うのでなく、公王家に連なる『特別』な人間なのだと弁えている。

 

“だからこそ”

 

 ガルシアは頭を回す。回さねばならない。己が心の野心は鶴の一声で消し飛ぶようなものではない。相手が『特別』ならば、それと面を突き合わせる機会を得られたことを奇貨と捉えるべきなのだ。

 どれだけ苦手な、私人としてならば決して付き合いたくない人種であろうと、どのような予想し得ない言葉が相手の口から飛び出そうと、将軍閣下と称される地位まで至った以上、ガルシアはここで終わってなるものかと奮起し、案内された扉の前に立つ。

 

「ガルシア・ロメオ閣下! カイル・クリーネ中尉! 入ります!」

 

 扉の両脇で捧げ筒をして出迎えた二名の衛兵を意に介さず踵を合わせ、声を上げたクリーネ中尉の姿に、似合わんなと内心失礼な感想をガルシアは抱く。

 褐色の肌と黒髪のクリーネ中尉は理知的な細面に眼鏡という学者然とした風采であり、何処となくマ・クベを思い起こさせるだけにガルシアには第一印象からして宜しくなかったが、それがこのようにきびきびとした動作で声を上げるのだから、思わず口元がにやけてしまう。

 

“俺もいつか、マ・クベをこんな風に顎で使ってみたいもんだわい”

 

 などと、腹黒い欲を抱く程度には心もち余裕も出てきた。そうだ。ガルシアは常にそれを目的に進んできた。栄達、富、美食、色欲……高尚さとは真逆の、俗の塊に過ぎないとは自覚している。

 だが、大多数の人間は自分と同じだという事をガルシアは弁え、自己弁護し、この生き方で主張する。

 誰かの為、祖国の為、自分以外のナニカの為に……それは確かに高尚な生き方で、尊敬を集めるものなのだろう。だが、ガルシアから言わせればそれらは所詮『自己満足』だ。

 

“理想、信念、正義……ガワはどれだけ立派でも、全て私心に過ぎんだろうに”

 

 皆、やりたいからやっているだけ。目的の為に必要な事をしているだけ。

 要はそれで全てで、そこに他人が魅了されるモノが有るか無いかの違いだけだろう。

 

“なら、俺はこの生き方を貫くだけよ”

 

 俺は俺のままでいい。変える必要も変わる必要も無いと割り切って、時に傲慢に、時にお追従を並べて従順な様を装いながら、姑息に強かに生き抜き欲しいものを貪るまで。

 こう語れば小心な悪党のようだが、目に余るほどの()()()()に手を染めたことはないし、将として能力に見合う働きはこなしてもいるともガルシアは自負していた。

 己に正直であることが悪徳であるとは感じぬし、むしろそれこそ向上心に繋がると信じて止まない。

 だからこそ俺は将軍様に成り果せ、その先にも歩をかける腹積もりで居るのだと、扉の先に待つ人喰い虎に気圧されぬよう意気込んで、しかし慎み深く礼節を保って見せながら歩を進め──

 

「多忙の中、急に呼びつけてすまなかったな、将軍。さ、かけてくれ」

 

 ──邪気も負の気配も微塵もなく、旧友を歓待するかのようにイワンは朗らかに出迎えた。

 

“……は?”

 

 声調は何処までも朗らかで、記憶にこびりついていた冥府の底から響くような音すらない。だからこそ、顔に出さないまでもガルシアは思わず唾を飲み込み、背筋に悪寒を感じてしまう。

 どれだけ悪鬼のような不敵な笑みを見せようと、どれだけ心臓を握り潰すような圧と殺意を向けられようと、表面だけは不敵に笑って耐えて見せると身構えていた。

 だからこそ何処までも不可解で、悍ましい怪物を相手取る以上に警戒と緊張で眩暈さえ覚えそうだった。

 

“だというのに、この男……”

 

 ガルシアの緊張など気にも留めず、焦りも不安も気付いているだろうに、それをおくびにも出さずに笑顔でソファを勧めてきている。

 そして、それに唯々諾々と従うように腰どころか全身を包み込むようなソファに身を沈めれば、対面には一層親愛の情を深めた憎らしいイワンの笑顔が見えた。

 

“絶世の美女相手なら、罠だろうと涎を垂らしつつ逆にハメてやろうと思えたんだがなぁ”

 

 生憎相手は同性の、それもガルシアとは女の趣味がまるで合わない男と来ている。

 いや、キシリアが二十半ばか後半になって肉付きがよければガルシアの食指も十分動くだろうが、高嶺の花より淫靡な香りで酔わせてくれる女が好みなのだ。

 キシリアはテレビどころか新聞にさえ原因不明の昏睡に陥った際でしか取り上げられることのなかった深窓の令嬢で、眠りにつく姿をガルシアもテレビで見たことがあるが、あの静謐さでは成長したところで夜に娼婦のように惑わせてくれることはないだろう。

 プライベートでは快活だという話を何処かで小耳に挟んだことはあるが、元よりイワンという婚約者がいる以上、だからどうしたという話だ。

 己の手に掴めないのならどうでも良いし、ああした名家の女は面倒も多いのだからご遠慮願いたい……と、そこまで考えて思考が脇に逸れていたと気付く。

 

“幾ら化け物でも流石に心まで読めるとは思わんが、それでも他所の婚約者を値踏む真似はここまでだな”

 

 イワンの応対が余りに不可解であったために軽い逃避に走ったが、時間にすれば数瞬のこと。ふしだらな心中を切り替えて正面から見やれば、そのアイスブルーの瞳にはかつての濁りは欠片もない。

 何処までも清々しく、人を惹き込む魅力を確固たる芯の中に感じるもので、単純な齢では積み重ねられない誠実さの表れにも思えたが、ガルシアはそれを擬態と見破る。

 冷酷非情を体現していた時期を知るからこそ、どれだけ親愛に満ちていても、そうした顔を作れるのだと弁えてしまえば警戒を解く理由にはならない。

 しかし、イワンもそうした警戒を読み取っているのだろう。微かに視線を横に流せば、クリーネ中尉が細緻な装飾の施されたクリスタル製のロックグラスとバーボンを運んできた。

 

「さぞ喉が渇いただろう? 北米産の四〇年物だ。将軍は嗜むと耳にしていてね。ああ、氷が必要なら遠慮なく言ってくれ」

「……ではストレートで、チェイサーを用意していただけますかな?」

 

 勿論だとイワンは朗らかに笑みを浮かべたが、微かにその目が値踏むものに変わったのをガルシアは見逃さなかった。コルクを空け、グラスになみなみと注がれたバーボンの芳醇な香りは、弱い者ならそれだけで酔いが回りそうなものだったが、イワンが口にした通りガルシアはかなりの通で酒豪だ。

 ただ、それでもバーボンは軽く舐めた程度で、後は冷えたチェイサーの方で渇ききった喉を潤す。

 不用意に持て成しに現を抜かすのでなく、見定める為の選択だったというのをイワンはしっかり見ていた。

 

“バーボンも目一杯氷で薄めたいところだったが……こいつにそれをするのはなぁ……”

 

 舐めるどころか香り一つでどれだけの値かはすぐに察せた。銘柄は確認できなかったが、こんな場でなければ舌鼓を打って堪能したい味だった。

 

“だが、面と向かって分かることも大きいものだ”

 

 イワン・ヨークは『姑息』だ。性質(タイプ)こそガルシアと全く違うが、相手によって顔を使い分け、好かれようというアピールを欠かさない同類だ。

 

“……だからこそ、能力的な開きがあったとしても()()()わい”

 

 使い潰すのでなく、長く使おうとするその思考回路。相手に求め、要求を吞ませようとする魂胆が。

 

“ここは乗る場面だ”

 

 視線を動かせ。観察を怠ってはいないぞという意識を言外に示し続けろ。買うのは良いが、高値を吹っ掛けてやるという意気込みでガルシアは表面的にも、そして心の奥底から一挙手一投足を見逃さないよう努め続ける。そうすれば……。

 

「このまま将官同士友諠を深めたいところだが、残念なことに今は戦時でね」

 

 ほら来た! とすぐさま入る本題に内心もろ手を挙げて声を弾ませる。

 商人ならもう二言、三言はあったかもしれないが、実利主義(プラグマティスト)な軍人らしく切り出すタイミングが早い。

 

“俺ならもう少し長引かせて、酒で思考を鈍らせてから切り込むな”

 

 なまじ権威が強すぎたことの弊害が出ているのだろう。労せず意のままに従わせることのできた時期が長かった為に、対等な交渉感覚が鈍っていると見た。ガルシアとしてはやり易く、だからこそ切り込むまで相手に言わせておく。

 

「まだ公表していないが、ガルマ殿下の出征が決まった」

 

 ザビ家と出征に携わるごく一部の人員を除けば箝口令が敷かれている内容だと、そう前置いた上でイワンは言の葉を続ける。

 

「地球侵攻作戦の士気を維持し、将兵を鼓舞する上で必要な措置だが……言うまでもなく戦死など以ての外だ」

 

 最大限の安全確保は絶対として、重要なのは誰にガルマの()()()役をさせるか。白羽の矢を立てた相手をイワンは真っ直ぐ見据えて告げる。

 

「ロメオ将軍には、地球侵攻と共に殿下を御守りする大任を受けていただきたい。当然、その労に能う限りの援助と報酬は約束した上でな」

 

 欲する物は全て揃える。物資、人員……それらはかつてマ・クベに伝えたことと同様のものだったが、イワンはガルシアにそれ以上の物を用意していた。

 

「『戦後』は言うまでもなく、凱旋将軍として最高の栄誉を賜るだろう」

 

 二階級特進、戦功・名誉章の叙勲……或いは特別賞与と言った即物的なものまで得られる物は全て与えると微笑み、ガルシアは“ここだ!”と己に高値を付けるタイミングを計って口を開く。

 

「では……小官にもジオン十字勲章を賜る機会をいただけると?」

 

 地位だけでは決して得られない、公国軍人として身を飾る上での圧倒的なステイタス。それぐらいの価値はある仕事の筈だろうという期待を向ければ、イワンは嫌な顔一つせず()()()()()

 

「慎ましいことだ。仮にも戦勝後は凱旋将軍となるのだぞ? ジオン勲功大章ぐらいは要求したまえよ」

“は、あ……!?”

 

 聞き違えたかと我が耳を疑う。死後追贈を含め、現状三名しか叙勲していない最高勲章を口約束とはいえ渡すと宣ったのだから当然だ。

 

“死後追贈……捨て石……いざという時ガルマ殿下を無事本国まで届ける為の?”

 

 そこまで考えて、イワンもガルシアの表情からそうした不安を読み取ったのだろう。

 気持ちを落ち着かせるようにイワンは手ずからチェイサーの水を注ぎ足し、飲むよう促せばガルシアも表面上は繕い続けながら静かに、しかし動悸を抑えるべくゆっくりと呷った。

 

「我々に余裕はないのだ。将軍どころか、兵卒一人とて無駄に失いたくない程に」

 

 そして、だからこそイワンはガルシアという男をこの任に大抜擢した。

 

「先の一週間戦争にあって、将軍が総帥府の命を誰より忠実に守ったことを私も、そして総帥閣下も正しく評価している。()()が現状確約できるのは功二級までだが、戦勝時の叙勲者の数によっては、ロメオ将軍の象牙の像が広間に加わるだろう」

 

 公国軍人としての最高の栄誉。それも存命での叙勲ともなれば、その価値は計り知れないが、そちらは所詮皮算用。とはいえ報酬としては、功二級だけでも十二分に釣りがくることは間違いない。

 だからこそ、ガルシアは一つだけ譲れないことを口にした。

 

「成程、ヨーク長官の厚意は誠にありがたいことです。その上で、問いたいことが。

 ──マ・クベ将軍は此度の遠征に参加を?」

「私がオデッサ攻略を命じた」

 

 口調は変わらず穏やかだが、短くはっきりとした物言いに“そこは(つつ)かぬ方が賢明だ”とガルシアの保身が囁いたが、野心は“押され、恐れるな”と踏み込むことを命じた。

 そして、ガルシアは野心に従って一歩踏み込む。

 

「誤解なきよう。ヨーク長官の采配に異を唱えるつもりは毛頭ございません。ですが一つだけ。仮にマ・クベ将軍も同様の勲章を賜るならば、私を先にしていただきたい。勿論、死後追贈となった場合は除きますが」

 

 順序を変えることぐらいは造作もないだろうというその言葉は、暗にマ・クベならば最高勲章に手を伸ばすだろうという程度に彼を認めていたということだが、そこはガルシア自身癪であるから、深く考えないようにして要求を突きつける。

 

「ヨーク長官には、買われた以上の仕事を果たして御覧に入れます」

 

 売り言葉の締めとしてそう告げれば「良いだろう」とイワンは静かに。しかし作り物の笑顔でなく、ガルシアが想像した通りの冷たい表情で買いを決めた。

 

「ロメオ将軍の献身に期待する」

「万事抜かりなく」

 

 売り買いの商談はこれにて閉幕。後は各々の仕事に取り掛かるだけだと席を立つだけだが、イワンは腰を上げず最後に言い放つ。

 

「将軍。ガルマ殿下は未だ若く、多感な時期だ……くれぐれも、殿下が悪影響など及ばぬよう留意してくれ」

 

 平素の不品行極まりない姿を晒してみろ、どうなるかは分かっていような?

 という能力云々とは異なる部分で「お前がどういう人間かは知っているぞ」と太く長い釘を刺せば、ガルシアはイワンの弧を描く口元とは別の、底冷えする視線に息をつめて返す。

 

「……承知しております」

 

 クソ、と内心吐き捨てつつガルシアは唯々諾々と従った。本国との距離が開いた遠征となれば敵地で私利私欲を貪れるだろうと踏んでいたが、この分では確実に監視がつくだろう。

 それも含めての成功報酬と思えば収支としてはプラスだが……と、土足で現場を荒らされる不快感──というのは建前で、実際には本国の目が遠い場所で欲を耽溺したいものでしかないが──を隠しつつ従順な表情を作る努力をしようとして、ふと気づく。

 

「……何故、私の私生活を知った上で白羽の矢を立てたので?」

 

 配役を変えて欲しい訳ではないが、不可解に過ぎたので口にせざるを得なかった。

 大役を担うことは既に決定し、イワンも今更一言二言疑問を呈した所で変えはすまいということを察しての発言だったが、それに対する答えは予想外のものだった。

 

「ロメオ将軍は、月並みな公国軍人としての思想を有していなかったと理解していたからだ──それを多くは汚点と取るだろうが、私は資質と捉えている」

 

 ガルシア・ロメオには公国軍人らしい武人としての誇りも、ジオン主義(ジオニズム)への心酔もない。この国に生きる武官にあってその二つのいずれか片方ならば欠落していても不思議はないが、両方というのは希少な部類だろう。

 勿論それは、国家への面従腹背を是としている連中……売国奴を除けば、という部分が頭に付くが。

 

「将軍にとってジオン主義(ジオニズム)など、紙幣どころか硬貨一枚分の価値もない筈だ」

 

 それで良いし、それが良い。報酬を欲して務めを果たす、正しく『職業軍人』としての瑕疵がない姿だとイワンは率直にガルシアを評す。

 多くがこの独立戦争を使命だの聖戦だのと心酔するが、そうした栄光に糊塗された夢想でなく、仕事と捉えられるからこそイワンはガルシアに目を付けた。

 これが『一般的な』古色蒼然とした武人肌の公国軍人であったならば、いざという場面で確実にガルマを悪風に染める。

 ガルマ本人がイワンの為に「死ぬ気はない」と口にしていても、人間というのは一時の感情に流されやすいものなのだ。

 たとえ任せた将が逃がそうとしても、武人としての将の姿を傍で眺め続けたガルマが軍事ロマンチズムに傾倒し、栄誉の死を求めかねないし、そうした可能性は大となる。

 能力に能う勤めを果たすこと。自己陶酔や同調圧力でなく、目的の為に他を割り切り動くことが出来る者を求めたが故の選択だった。

 

「大仕事にはなるだろうが、ロメオ将軍の能力を超えるものではないと判断した。私の目が狂いでなかったと証明してくれ」

 

 今度こそここで終わりだろう。席を立ったイワンに合わせて立ち上がり、ガルシアは敬礼の後に執務室を後にした。

 

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