三山畝傍さま、カド=フックベルグさま、けささま、どみにおんさま、ご報告ありがとうございます!
「ロメオ将軍をどう見るかね? クリーネ
「分不相応な地位に就く痴れ者では?」
「これはまた」
随分と辛辣な評価だなとイワンは肩を竦めつつ、労うようにクリーネをソファに座らせてから従兵に紅茶を運ばせた。四〇年物のバーボンは既にテーブルから消えている。土産がてら、ガルシアに持って帰らせたからだ。
「忌憚なき意見を求めたのは閣下でございましょう?」
イワンの副官としての任に就かせるためにクリーネを特進させておきながら、敢えて以前の階級の軍服に袖を通させて迎えさせるという意地の悪い仕込みまでして。
「その方がロメオ将軍の緊張を解けると思ってな」
マ・クベと同タイプのクリーネを顎で使ったのは、両者の確執を知りつつガルシアを引き入れるのに役立つと踏んだからだが、これが思いの外上手く行った。
「貴官には悪いと思っている、本当だ」
だからこそこうして紅茶を運ばせたし、ガス抜きに意見という名の愚痴の一つも零させている。それを理解しているからこそ、クリーネも遠慮はせずにかけた眼鏡を拭きつつ、溜め息と共にガルシアを評すことを続けた。
「閣下、あれは己の才に騙られ、驕り、上手く行くと根拠もなく信じる手合い。分際を知らぬとしか言えませんし、任務に関しても果たして能うところか、小官には疑問視せざるを得ません」
表情こそ眉一つ動かぬ涼し気なものである反面、クリーネはありったけの毒を吐きつつ、本当に他では駄目なのかという疑問を冷静に呈するが、イワンの人事に変更はない。
“確かに優秀とは言い難いが、そこまで言うかね?”
自由に吐き出せというつもりでかけた声だったが、まさかここまで歯に衣着せずにぶちまけられるとは思わなかっただけに、堪えきれず苦笑した。
感情をコントロールし、自分と言う像を自由に切り替えられる素質を有する情報部から引き抜いた人材だったが、その分溜まりやすいストレスを解消できる場というものも心得ていたからこその発露なのかもしれない。
「まぁ、少佐の危惧するところは尤もだ。私もこの件に関しては、総帥からも散々に人事の見直しを迫られたほどだ」
今回ばかりは眼鏡違いだ、考え直せ、他にしろ、ガルマの為にならん等々……ギレンのみならずザビ家からは幾度となく言われたものだが、それでもイワンはこれで正解だと押し通した。
「何より、私に見る目がないというのなら、特進させた上で副官に据えた貴官の人事も間違いであったことにならんかね?」
「これは手痛いところを突かれましたな」
通常、将官は総帥府から秘書官を宛がわれるため、敢えて副官を選ぶ必要はないのだが、イワンは秘書官は不要であるとした上で、それに代わる副官に情報部将校であるカイル・クリーネを抜擢していた。
イワンが秘書官を付けなかったのは、キシリアという婚約者がありながら美しい異性が傍で侍ることを嫌ったから……という理由ではなく、純粋に秘書官というものの必要性を感じなかった為である。
確かに実務能力という点では問題ない上、副官と秘書官の双方を持っても良いのだが、秘書官の役目は通常の秘書のそれだけでなく、総帥府の意向と戦争指導を忠実に実行する上でのパイプという部分が強い。
そうなると、総帥府どころかギレンに直通で繋ぐことのできるイワンにしてみれば秘書官を置く意味は薄れるし、戦争指導云々に関しても今後イワン自身が綿密に協議していく以上、秘書官を通す必要がないのだ。
それならば秘書官を取らず、優秀な副官を求めた方が良いと判断した結果、情報部から分けて優秀と評価されたカイル・クリーネを特進させて手元に置いた訳だが、イワン個人としては満足いく人材であった反面、情報部からは渋い顔をされてしまったのを今も覚えている。
ただ、渋い顔をされたからとて膝下に有能かつ一大事を任せ得る人材が転がるのを見過ごしては、それこそ将としては落第だろう。
クリーネ当人も、優秀とは言え尉官を副官に据えるという異例の人事には少々の戸惑いがあったものの、短期間ながらすぐに副官という職務が板に着くまでに至っていた。
“何より私に代わり動いて貰う場面も多くなる以上、腰の強い男でなくては話にならん”
そうした理由で迎えた事情をクリーネも理解しての受諾であった。唯の副官であれば別に秘書官をそのまま顎で使える反面、権風凄まじいイワンの代理ともなれば女性というのは少々心もとない。
性差別というのでなく、純粋に男としての貫禄を求めた結果であった。
「では、閣下の眼鏡を信じねばなりますまいな」
既に賽は振られたのだ。後は出る目が良いことを期待しつつ、出来る仕事をしていくまでとクリーネは微笑を浮かべた。
「尤も、あの分では今頃内心憔悴しつつ頭を煮えさせていることでしょうがね」
◇
“考えろ、考えろ、考えろ……!!”
クリーネの評は正しく、ガルシアは今まさに栄光と破滅の分岐点に立ち、その上で唇を嚙みながら知恵を絞り続けていた。
自分なら出来る。俺様は少将閣下だぞと鼓舞しつつ、モニターに開いた複数のウインドに目を血走らせながら最善を尽くすべく尽力していた。
最高峰の人材を自由に引き抜けるのは嬉しい反面──とはいえマ・クベが欲する人材と被らぬ様、事前にそちらを引き抜いた上でのものだったが──良い駒ばかりを揃えて勝てる程、戦争という盤遊戯は甘くない。
相互の連携もさることながら、将ごとの器量や向き不向きを選択した上で配置に就けねばならないし、何よりイワンから「この人材は外すな」とリストアップされた人員を所定の位置に就かせねばならないのだから、動きは制限されている。
“
イワンとの会話の中で、既に自分が何処を攻略すべきかガルシアは弁えていた。
これ見よがしに北米産の酒など振舞われれば、誰だとてそこに関心を向けるだろうし、むしろ察せない方がどうかしている。
“とはいえ流石に広すぎる……宇宙港の確保ないしは破壊を最優先にするとはいえ、そこからどう広げていくか……”
どれだけ人材に自由が効くと言っても、所詮は一局面を担うというだけで全体を指揮できる訳でもない。今後の補給も考えれば無理はできないし、継続的な勝利と安定を確保する上でも博打を打ちたくはなかった。
“占領後の統治に関しても、ガルマ殿下の心象を悪くする訳には行かん……馬は合わんが、幾人かは潔癖なのを下に入れんとな”
足らぬ足らぬは工夫が足らぬとは、確か地球の東洋の言葉だったかと振り返りつつ、ガルシアは頭を掻きつつ戦略を組み立てていく。功を焦る必要はないのだ。着実に、薄氷を割らぬ繊細さをもってことに当たるのが肝要だろう。
◇
そうしたガルシアの思惑はさておき、ジオン公国軍は南極での講和条約が失敗した場合に備え、段階的な地球侵攻作戦の準備を一週間戦争の段階で着々と進めていた。
その最たるものが月面都市に備えられたマスドライバーであり、これは巨大なバケツに輸送物を詰め込み、電磁カタパルト式のレールを走らせて、終点に達したところで中身を宇宙に放り出すという、仕組みだけを知れば砲台と何ら変わることのない代物で、即時軍事転用も可能な代物であった。
本来ならば放り出された輸送物は慣性に乗って宇宙空間を突っ切り、目的地のマスキャッチャーに受け止められるのだが、ジオンはその矛先を輸送物をキャッチする交易施設でなく、軍事基地へと設定。
鉱物資源衛星の採掘過程で出た屑鉄や岩塊を、大気圏突入を想定した耐熱カプセルに包んで搭載し、小隕石群を降らせることで各施設にダメージを与えるという手だが、勿論連邦も馬鹿ではなく、迎撃ミサイル等を入念に配置し、今後地上戦でアドバンテージを確保し得る空軍基地と宇宙港は特に厳戒態勢を敷いていた。
だが──技術差とはかくも無情なもの。
レーダーを主軸とした最新・最高の迎撃装置の数々はしかし、ミノフスキー粒子を搭載した人工隕石によって無力化される。
電波障害を見越して用意した現行最高峰の対物感知センサーさえ、粒子濃度を最大限にまで高めた新粒子の前には役立たずだ。
隕石群の弾道を探知することは叶わずに出鼻を挫かれ、燎原の火の如く軍事基地は炎に包まれた。
この粒子の暴虐を止めたいのであれば専用の中和装置か、或いはそれ以上の電波を用いるしかない。
“兵は拙速を尊ぶというが、これほどか……!?”
宇宙軍が壊滅した以上、万全を期してなお足りぬだろうとは各軍事基地の司令官には自覚があった。巨大であるが故に派閥争いは尽きず、将としての才幹よりも政治力でのし上がった手合いも多くは居たが、それでも今後の『反乱戦争(連邦軍側の呼称であり、ジオンの独立戦争と同様の意)』の激化を思えばこそ、北米をはじめ主要施設には相応の人材を配置していた筈だったし、少なくともここ、バイコヌール基地を任された司令官は己の能力に対して相応の自負を抱いていた。
「大佐! 当施設は既に迎撃能力は有しません!」
「皆まで言うな! 総員退避! 軍事物資は事前命令通り可能な限り破壊し、組織的撤退を図る! 但し、
元より被害は免れないだろうということは計算に入れていた。攻略された際、敵に渡すことになりかねない軍事物資と自施設の破壊も含め、兎角今後経戦の要となる『人的資源』だけは損耗を抑えなくてはならないことも弁えていた。だが。
「通信途絶! 繰り返します! 通信途絶! 高強度通信をはじめとした、一切の連絡手段を遮断されました!?」
“どれだけの痛手を被ったかさえ、伝えられんというのか!?”
敵ながら見事と称賛する気にもなれない。戦争において生死勝敗を分かつ『情報』を完全に封殺され、援軍すら望めない状況に陥り、尻尾を巻いて逃げることしか許されなくなったという事態に基地司令官は一気に血の気が引いた。
“これは駄目だ……”
絶望の二文字に直面した人間は、こういう表情をするのだろう。司令官はともかくとして、報告した部下らの表情は皆一様に死人すらマシだと思えるもので、だからこそ司令官は成すべき責務を果たすべく、また自分すら鼓舞するために机を叩いて場の空気を切り替えた。
「たかが一度の敗北で怖気づくな! 我々には国土という武器が、組織力という地力があるのだ! この際武器の投棄もやむを得ずと司令官権限で認める! あらゆる物的被害を度外視してでも伝令急がせろ!」
誰がどう見ても負けだからこそ、所詮一度の敗北と割り切り、自身の進退さえ度外視して基地司令官は活を入れた。
負けたならば逃げればいい。今は自分達が弱いとしても、それなら力を蓄えればいい。捲土重来を胸に抱き、次は勝つと腹に決める。
“滑走路も戦闘機も、飛ぶ前に隕石群が粉微塵に砕いてくれたが、分散して陸路を進めば活路はある!”
一人でも辿り着けば、拙いながらも情報は司令部に伝わる。窮地以外の何物でもないが、それでも今は犠牲を減らすべき時だ。
一分一秒も惜しいとばかり、司令官も撤退すべく車輛に乗り込み──
「はは……」
──
全長十八メートルという圧倒的なサイズ差。宇宙空間で遭遇した以上に、大地に降り立った際の威容は見る者に躊躇なく絶望の二文字を叩き込む。
そして、メインカメラの一つ目が標的を前に発光し、主力戦車の主砲と同等の銃身を突きつけた時、基地司令官は己の最期を悟るには十分で、戦争というものの現実を否応なく理解させられた。
“次があるかは、時の運、か……”
痛みすら感じる暇もなく、司令官の四肢は車輛ごと爆散した。
◇
「とどのつまり、
ジオン公国軍の第一次降下地点であったバイコヌール近郊を皮切りに、鉱山資源を主とした戦略物資を担うオデッサが陥落。次いで特に層が厚かった筈の北米は、第二次降下から瞬く間に大型宇宙艦艇の打ち上げを担う最大規模の宇宙港を備えたキャルフォニアベースに加えてニューヤークまで陥ち、今や北米は東西から板挟みに遭って攻略されるのも時間の問題だという。
「予想はしていたがここまでとはね……いやはや厄介極まりない」
『……その割には、余裕そうですなゴップ将軍』
渋面を隠しもせず汗をチーフで拭きながら、どう落とし前をつける気だ? とモニター越しに言外に詰め寄ってくる連邦政府高官に対し、ゴップは内心辟易しながら「まあ落ち着き給えよ」と手で制すことで黙らせた。
“そもそもにして、私の提示した和平案を欲と面子で蹴った連中の言うことかね?”
ジオン側の穏当な講和要求を呑めば、列強としての地位は維持できると念を押した上で、敢えて『勝つ見込み有り』という博打に投資した政治家連中だが、初手で負けた途端にこうして手のひら返して詰め寄ってくるのだから堪らない。
“本当、ジオンの連中が悪辣な手段で害虫駆除と大掃除をしてくれていたら助かったのにねぇ……”
敵に期待し過ぎたツケがこのざまかと自嘲し、ゴップは一先ず相手を納得させるために舌を回す。たとえ相手が二流三流と評することすら憚られる、政治家どころか政治屋としても低俗な手合いだとしても、そうした連中を操って絞ってきた手前、生きて動ける内は駒として踊って貰わねば話にならない。
「宇宙軍が壊滅し、ルナツーという橋頭保を失い、宇宙の出入り口を締め出された時点で我々が敗退することは織り込み済みでしたからな」
余裕を持て。一方的に敗れた上で、それを利用するのは既定路線だったのだぞと、大上段からの物言いは逆に相手に「まだ焦るときではない」との主張に説得力を持たせる上で重要だ。
「何はともあれ、まずは情報を得ることから始めませんとな」
『先の〈捕虜交換〉ではまだ不足と……?』
南極条約締結の折、ジオンは各コロニーと月面駐屯基地の捕虜を『交換』しないかと打診し、宇宙軍が壊滅した連邦は僅かばかりでも情報を欲したが為にこれを受けたが、当然ながら連邦はジオンの捕虜など持っていない。
にも拘らず『捕虜交換』などと銘打ったのは、そうすることで連邦軍内の不穏分子という名のコロニー出身者を引き渡しつつ面子を保つためだった。
連邦軍は大多数が
開戦前であってもジオンに同情する者は多く居たが、そこは勝ち馬に乗りたがるもので、どうせ連邦が勝ってしまうならと大義より生活を取った者も多く、また政治思想的に寝返りかねない
内に爆弾を抱えたまま戦争を続けるぐらいなら、いっそ身一つの状態で切り離してしまえというのは多くが意見を一致させたところであるし、何よりそれをしても地上軍の兵は潤沢であったから然程の問題はなかったのであるが、それでも少なくない数が離反した。
“それをしたからこそ連邦軍は一枚岩と言わないまでも、まともに動けるから損はしても痛手という程ではないんだけどね”
だが、やはり数字だけ見ればそれなりのもので、しかも駐屯基地に配置していた二戦級の人員と
だからこそ、そこまでして尚『勝てる』と頷いて見せたゴップら連邦軍首脳陣にかける期待は大きく、それが裏返ったからこその今なのだが。
「宇宙と地上では勝手が違うでしょうしな。だからこそ分かったことも多くありました」
宇宙というホームだからこそ勝てたのか、地上でも条件を同じくして通じる技術なのか。
敵主力の単純な新技術だけでなく、それをどう活用するかも含めてのお手並み拝見だったのだが……。
“手強いどころの話ではないようだ”
ゴップの感想はこれに尽きる。普通、ここまで完膚なきまでに叩くことが出来るならどれだけ理性が働く手合いであっても欲と色気が出てしまうもので、あわよくばその欲につけ込み、切り崩す気でいた。
“しかしながらジオンは自分達の国力を過信せず、余力を残して攻めながら、補給に関しても無理のない範囲で止まっている”
敢えて多くの土地を差し出し、ジオンが攻勢限界に到達した段階で反撃を行う手筈であった連邦地上軍の目論見は早期に崩れた。
“戦略資源を担うオデッサは確実に、是が非でも欲しがると思っていたし、そこで削れれば良かったんだが……敵も資源は欲しいだろうし、下手に消耗するのは目に見えていたから引き下がるしかなかったけど、そちらに関しては保険がある”
宇宙から締め出し、地球に閉じ込めた以上、更に補給を潰して逼迫させるのは常道で、同時にジオン側にとっても地球の鉱物資源が魅力なのは理解していた。
オデッサの資源地帯には退避前から入念に爆薬が仕掛けられ、機材も撤退時に軒並み吹き飛ばした以上、安全確保の後に採掘作業を行うなら最低でもふた月はかかる筈だ。
“ただ、北米に関しては痛いどころじゃないな”
曲がりなりにもかつては世界の警察を自称していた超大国の地だ。
目の前の抗議代表の高官が詰め寄るのも無理のない話で、ゴップもここまで柔軟かつ堅実に動かれるとは思わなかった。
“つくづくマ・クベ将軍が敵にいたままというのが悔やまれる……補給と攻勢限界の把握は間違いなく彼の手腕……の筈なんだが”
どうにもゴップには引っかかる。確かにマ・クベは軍官僚として連邦軍将官どころか、ゴップの後釜を担えるだけの大器であったが、それでもここまで実戦で通用するものか?
“まるで過去に経験した『失敗』を考慮した上で、正解を選んでるぐらいの感覚なんだよね、これ”
ジオン軍人の多くが武人肌である以上、こうした理詰めの計略はマ・クベを中核として侵攻軍の動きが構築されていたと見ていたのだが、何かが奥歯に詰まったような違和感があった。
“気持ち悪いな……全体の像が全く見えない”
ゴップとしても、これは初めての経験だ。いや、連邦政府という統一政権が樹立して以降、ゲリラやテロ組織はともかく対等な国家間の戦争など誰も経験していないのだから当然だが、だとしてもこの違和感は異常に尽きたし、モニターの政府高官にはとっととお引き取り願って、純粋に戦争に頭を回したいところだった。
“馬鹿の相手は思考の箸休めになると言っても、限度があるしね”
だが、見えないからこそ、違和感を覚えるからこそ分かることもある。
これは、確実にマ・クベ一人のものではない。しかし、動きの滑らかさからして決して大人数で計画したものでもない筈だ。必ず立案者が存在し、それを基点に調整を施したのは間違いない。
“ギレン・ザビ総帥……稀代の麒麟児たる彼か? しかし彼もどちらかと言えば政治家肌だ。ドズル将軍? いいや、あれは根っから尚武の血だ。絶対に違う”
未だ知り得ていない何者か。本来ならここでイワン・ヨークの名が浮かばないものかと余人ならば思うだろうが、ゴップに限らず連邦軍高官はイワンの活躍を疑問視していた。
何時何処の世にも怪物は生まれるものだが、ムンゾ時代からの活躍が大き過ぎたこと。
何より爪を隠すには士官学校時代の航空士官としての目立ちようが強く、前に出たがるジオン軍人らしい武人だろうと誰もが疑わなかったのであるし、仮にそうだとしてもブレインの一人であって終始徹底して戦争指導を行うだけの才幹を持っているとは思えなかったのもある。
もしそうなら、マ・クベのようにもっと上手く隠れ続けていた筈で、公国メディアの報じる戦果や突撃機動軍司令官就任も、名家故のプロパガンダという側面が出ているのだろうと捉えていた。
“まぁ、誰であっても構わないさ”
どうせ連邦の、そしてゴップにとってもイワンは殺すリストに名を連ねている一人に過ぎない。
こちらに手痛い打撃を与えるブレインというなら、始末できれば万々歳。そうでなくとも他にも殺し、切り崩す相手は山ほどいる。
“ともあれこれで、真っ向からいざ尋常に、なんてのは無理だとはっきりした訳だ”
戦争の中長期化という失敗はジオンの清廉潔白故の弱さの露呈であった反面、軍組織どころか国家として一枚岩であることはここぞとばかりに証明された。
目先の金に飛びつく三流以下なら亡命をそそのかせても、多くが
“その団結は実に素晴らしく、本質を理解する者にとっては、同時に危ういものでもある”
ジオン公国の本質──それは彼の国が宇宙という新たなステージを邁進する新興国というのではなく、むしろ過去に逆行した『宗教国家』だと先の一週間戦争でのキャスバルの演説を視聴したことでゴップは看破していた。
“彼らにとって、これは独立戦争であると同時に『宗教戦争』でもある”
ジオン・ズム・ダイクンという教祖にして殉教者が
そしてその息子、キャスバル・レム・ダイクンがザビ家に対して王家としての実権を正当化したが、これなどは正しく過去に見られた王権神授の図そのものと言っていいだろう。
“キャスバルのお墨付きを得てザビ家がサイド3を引き継いだことで、旧ダイクン派閥を完全吸収したようだけど、一層宗教的になってしまったことは否めない”
今やジオンは、理想という名の教義によって自縄自縛に陥っている。
キャスバルはダイクンの後継者という神の子でなく、神託にも等しい大義を主張し、実権を有するザビ家に王冠を被せた教皇となることを選択した上で聖戦は宣言された。
ザビ家が
特に、ダイクンという教祖の死を目撃し、彼の殉教を目撃した人々は磔刑に処された神の子を見たが如く敬虔となる。彼らは始まりの世代なのだから純粋なのも当然だが、その純粋さゆえに宗教に盲目となり依存する。
“理想も結構。それはそれで人を強くしてくれる。しかし、清廉潔白にして純粋な
理想と現実。古今東西付き纏う政治のジレンマを前に、果たしてどこまで向き合えるのか?
“──現実を許容できなければ、決して勝てはしないよ?”
◇
“ここまでは良い。何もかも、既定路線と言えるだろう”
湯気立つマイセンのティーカップを手に、攻略したオデッサの基地内でマ・クベは音も立てず優雅に喉を潤す。しかし、淀みない動作とは裏腹にその内心には将としての緊張があり、音もなくティーカップを取る指先は微かに力が入っていた。
こうして一息入れる前は本国からの通信映像でギレン直々にオデッサ攻略のお褒めの言葉とジオン十字勲章の推薦まで賜った程だが、しかし全く油断する気にはなれなかった。
『私は然るべき勤めには報酬を惜しまぬ主義だ。戦勝後は期待しておけ』
微かに口元を吊り上げたギレンの映像が切られた際の言葉を思い出し、マ・クベは軽く息を吐く。
“戦後か”
思わず口から出したくなる甘美な響きをマ・クベは呑み込む。素直に喜ぶには地球で現実の泥を浴び過ぎた。鼻は腐敗の腐臭で利かなくなりかけ、目も見るに堪えないモノを見過ぎてしまった。
連邦と異なり、コネと贈賄がのさばっている訳ではないが、それでも上に立つということはそうした部分にも目を光らせつつ戦後の連邦のみならず、各コロニーの軍組織とも付き合い方を
“腐りきった掃き溜めと糞の沼に首まで埋まりながら、不敵に笑い泳ぎ切る……ゴップ将軍、貴方という人材がジオンに居なかった不幸を呪わずにいられませんな”
何にしても厄介なのが、その薫陶を授けてくれた教師と一戦交えねばならないということだ。あの、如何にも無能の極みと言わんばかりの肥え太った見てくれでありながら、その実これまで見た誰より『生存』という戦略を心得た稀代の怪物と。
“たとえ戦場で直接相まみえずとも、ゴップ将軍の思惑に反映された相手は必ず出張る”
宇宙軍は壊滅したが、だからこそ地上の影響力はゴップに集中してしまっている。連邦軍という暴力装置を誰より手広く、そして深く巧みに動かせる男が、よりによって残ってしまっている。
それも、その他大勢の陰に隠れるのでなく、影響力を剥き出しにしてしまった状態で!
“連邦宇宙軍を壊滅させた結果がこれだ”
あの歴史的大勝利が間違っていたとは言わない。ジオン公国という『本土』から戦いを遠ざけ、主戦場を地球という敵地に移す上でも、橋頭保を含め宇宙から一兵残さず連邦軍を叩き出してやる必要があったことは理解しており、即ち初めから公国側にはゴップの台頭を阻むなぞ不可能だったのだ。
“暗殺などできる筈もなし。あれはそうした臭いに最も敏感な手合いだ”
全てが終わるまで、勝敗を別にしても決して表には出てくるまい。それを確信し、厄介なことだと嘆息しながら、しかしマ・クベは焦りに顔を歪めることをしなかった。
“貴方の知識、貴方の技術、貴方の思惑……その全てを学び切った訳ではありませんが”
それでもマ・クベは断言する。
「勝つのは我々だ」
戦いが終わり、『こんな筈で無かった』という苦い毒をたらふく飲むのは公国ではない。
統一政府という幻想は死ぬ。勝利者は我々なのだと思い知れと……そう語る口元には、ギレンが見せたような笑みはない。
何故ならマ・クベは心得ている。ワンサイドゲームは有り得ないのだということを。
こうして口に出さねば──己を鼓舞しなければ、暗い現実を渡れないのだということを。