※2023/12/2誤字修正。
竜人機さま、麦茶太郎さま、ご報告ありがとうございます!
唐突だが、キシリア・ザビは転生者である。
『お前は今から、歴史を修正するために送り込まれる』『変わりつつある世界を正すのだ』
二四という若い身空で交通事故に遭い、苦痛や未練さえ感じる暇もないまま死に至る筈だった彼女にとって、そうした言葉と共に唯一の趣味にして最も愛する世界に送り込まれたことは歓喜すべきことだったし、物心ついた瞬間目に映る全ての景色や、周囲の人々には興奮しっぱなしだったのを覚えている。
自分が生まれる前から続いてきた長寿作品の、そのキャラクターの一人一人が声を発し、自分を見つめ、語りかけてくれるのだから歓喜しない方がどうかしているし、何より彼女が生まれたザビ家自体、彼女が最も愛しているキャラクターだったのだから当然だ。
作品ごとの設定の違いから、同時代の登場人物であっても年齢等食い違うところはあったが、それでもキシリアが任されたのは『歴史』を修正することであって、細かな『設定』ではないのだからそこは気にすべきではないだろう。
“これから私はキシリア・ザビとして成長して、ザビ家の皆とジオンを盛り立てつつ、歪みそうになる流れをその都度矯正して行くのね!”
ただ、そんな喜びや使命感も束の間の話で、いざ現実に直面すれば、キシリアの心はぽっきりと折れた。
元OLの一般人が国政を担ったり、大規模な組織運営などできる筈もなければ、そもそも学力自体足りていないのだから当然だ。
テレビ等のメディアから国際情勢を逐一読み取り、軍・政双方に影響力ある地位を築くべく奮起したキシリアだが、今からどれだけ努力したところで地頭そのものに問題があるし、正史における全面戦争が発生する時点での自分の年齢は前世と同じ二四。
真っ当な手段では無理だと投げ出すのは当然で、ならば身内であることを利用して未来知識を武器に父や年の離れた兄達を誘導しようにも、「世の中のことも大事だが、女の子としての勉強はしっかりするのだぞ」と
どうしたものかと苦悩しつつも、取り敢えず姉らしく一つ下の弟であるガルマの面倒を見ていた矢先、正しく天からの助けが来た。
──
本来この世界には存在しない
何しろイワンが生まれたのは宇宙世紀〇〇四四年と、キシリアがこの世界線で本来生まれる筈であった年と同じであり、幼少の頃より連邦軍士官学校への留学を志す神童だった。
ザビ家の男兄弟との仲やデギンとの関係も良好であり、特に長男たるギレンやデギンはもう少し早く生まれていれば政界でこき使えたのだがと笑う程には認められてもいる。
だからこそ、キシリアはこう考えた。自分はイワンというキシリアの代わりを務めるだろう人物をサポートし、誘導することで歴史をコントロールするのが役割なのではないか? と。
勿論それは、単なる思い込みというだけではない。ヨーク家の嫡子にして一粒種であるイワンが、多少齢こそ離れていても気心の知れたザビ家の子息達と兄弟同然の関係を築き、友諠を深めていたこと。
キシリアとガルマに関しては年下というだけでなく幼いこともあってか、特に親身に世話を焼いてくれ、最も一緒にいる時間の長いキシリアを除けば、ぐずるガルマをすぐにあやせる唯一の人物であったほどだ。
連邦軍士官候補生として離れ離れになってしまうということを、幼いながらに察して大泣きした時のガルマの顔は未だにキシリアの脳裏に焼き付いているし、そのことでガルマをからかえば、顔を真っ赤にして「止してください、姉さん」と恥じらうものだから堪らない。
……まぁ、女らしい行儀作法を嫌々やっていたキシリアと、馬術やヴァイオリンと言った教養を進んで学んだガルマとを家族が見比べて、いっそ性別が逆であれば良かったものをと言われた時は女として少しへこんだし、長男たるギレンの毒舌にはちょっとどうかと思った。ギレン曰く。
「父上、それでは当家から穀潰しを生むこととなりますぞ?」
流石に一〇歳児の将来に対し、このような評価は如何なものかとキシリアは反駁したかったし、事実した。
「兄上達が優秀過ぎるんです~。皆が皆才能と努力で傑物になれるなんて思わないでくださいよ……、いやホントに」
「そう主張するのであれば、最低限の教養ぐらいは逃げず身に着けて欲しいものだな……イワンに世話を焼かせおって」
「……面目ございません」
そこに関しては素直に謝罪した。士官候補生として重要かつ多忙な時期に時間をやりくりしてまで、令嬢としての教養を投げ出したキシリアのモチベーションを高めるためにリモートで積極的に相手をしてくれたし──ガルマの相手も同じくらいしていたが──メールだけでなくわざわざ地球から土産までつけて便箋で便りをこまめに送ってくれたほどだ。
ガルマなど、キシリアのものと一緒に送られてきたミュシャの絵葉書の裏に書いた手紙を今でも大事に飾っている。乙女か。
……と、話が脱線したが、キシリアがイワンをサポートする、という部分に至った理由は、こうした家族も同然の距離だけが理由というでなく、むしろキシリアの将来にイワンがこれ以上ないほど密接に関わってくるのだということを理解するきっかけがデギンから持ち込まれたためである。
「時にキシリアよ。イワンをどう思う?」
普通なら何のことだろうか? と首を傾げる場面だが、この時のデギンの表情をキシリアは知っている。趣味に没頭してプラモデル制作にかまけていたり、DVDやグッズ集めに精を出していた前世の自分を見かねた母親が、お見合い話を持ち込んだ時と全く同じ顔つきだった。
「あの、父上……私はまだ一〇歳ですし、そういうのは流石に早すぎませんか?」
「なんだ、お前も年頃らしいことを察するようになったのか」
凄まじく好意的解釈をされてしまった。違う、そうじゃない。
「……まぁ、性急であることは認めるがな。これまで近しい歳の令息らと顔を合わせても、皆内心では子ども扱いしてきたお前だ。多少の齢の差があっても、あれぐらいの男の方がそうした目で見やすいのではないか?」
“うわ、よく見てるなぁ……”
政治家としての観察眼もそうだが、ガルマ同様に老いて作った子供なだけに特別よく見ていたのだろう。そりゃあ小児性愛者でもあるまいに、心も体も未発達な男の子に恋慕の感情を抱けるほどキシリアの性癖は拗れていない。ただ、それを言うならイワンもそうだろう。
まさかとは思うが、向こうからキシリアに求婚したいとでも相談を受けたのだろうか? そうであったら断って欲しい、切実に。愛娘の貞操の為にも。
「何やら良からぬことを考えている面だが、これはマクシムと儂とで内々に相談していたことだ」
絵に描いたような政略結婚であった。イワン自身の意思はと言えば、あれは分別のある男で、次期当主としての自覚も持ち合わせているから考えてもいなかったという。鬼か。
しかしまぁ、そうなってくるとキシリア当人にも選択肢というものはなさそうだと感じたが、デギンは「お前は別だ」と言ってきた。
「家同士のことというだけでない。あくまで儂がイワンならと認めていたというのもあるからこそ『そういう話がある』と言っただけだ。お前がイワンを男として見れんか、或いは単に嫌だというのであれば無理強いはせん」
それでもザビ家の人間である以上、何時かは何処ぞの家に嫁がねばならないし、そうなった時にイワンが良いと思っても売り切れていることは覚悟しておけということだった。
“そう言われると、なんか惜しい感じがする……”
結婚願望など前世を含めても持ち合わせていなかったキシリアだが、確かにイワンは異性として公正に採点すれば悪くない。
精悍な顔つきは歳を重ねればキシリア好みのおじ様になりそうだし、家柄や能力だけでなく性格もこれ以上ない好青年だ。これを断った日には、ザビ家の女給たちだって「何考えてんだコイツ」という目でキシリアを見てくることだろう。
“何より、ここで一緒になるのって多分既定路線よね?”
ここまでお膳立てされて、受けないというのは流れとして有り得ない。幸いにしてイワンの性格はよく知っていて、婚約したからと言って年端も行かない少女相手にすぐさま
もしそうならこれまでの視線とか手つきとかでそれとなく察せられる。幼少期の記憶を探るに、そういう危険な兆候はなかった筈だ。尤も、あったらギレンなりデギンなりに間違いなく報告しているが。
「分かりました。私もザビ家の女として、覚悟を決めます」
「覚悟を決めねばならんのはイワンの方だがな」
待てや
「奔放に過ぎる自分を客観視しておけ……親の贔屓目抜きに将来を期待できる美貌を持っていたところで、それで男の心を繋げると思えば大間違いだぞ?」
どれだけ家族同然の付き合いであってもイワンは他人で、婚約する以上は今までのように甘えて寄りかかるようでは駄目だという。
「今はまだ幼かろうと、時が経てば女となるのだ」
心と体が成長した時、初めてこれまで受け取ってきたものをしっかり返していくことになる。慈しみ、愛でられ、兄のように尽くしてくれた相手を、親愛以上の想いで返していけとデギンは語る。
「今後はイワンに世話など焼かせず、学ぶべきことを学んでいけ」
清廉にして無欲
“ホント……良い父親で良い家族なのよね”
けれど、そんな家族は何時かはバラバラになってしまう。それは本来の歴史である以上避けえないことで、自分がその為にここに居るのだとしても──
「姉さん、どうしたんですか?」
「んー? ちょっと父上と将来のお話しをね。ねぇガルマ、イワン様が私と一緒になって、ガルマの本当のお兄さんになってくれるってことになったら、どう思う?」
「本当ですか! イワンさんと姉さんが一緒に!? 父さん、姉さんが変な嘘か願望を口にしているのでなく!?」
「こら弟よ、姉に対してその口ぶりと信用の無さはどうなの?」
デギンがそうなる予定だと口にすれば、ガルマは一層表情を向日葵のように明るくした。まぁ、兄達は政治家や軍人として忙しく、どうしてもキシリアに任せきりなところが出てきてしまっていたのに対して、接した時間が多くなり、かつ面倒見の良いイワンにガルマが懐くのも当然と言えばそうなのだろうが。
“まぁ……こういう一家団欒が出来るうちは、素直に喜ぶとしましょう”
たとえそれが束の間の幸福に過ぎなくなるのだとしても、その時間を思い出として刻むのは、何も間違いではないのだから。