宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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38 カーン姉妹

 

「さて、大尉殿との麗しいロマンスも一区切りついた訳でございまして、ここからはオーレリアちゃんの現実的な今後を固めないと行けない訳だから、じっくり話し合いましょうか」

 

 親衛隊員と共に一時マツナガを引き上げさせ、貸し切り状態となった一室で、先ほどの瀟洒な姿は何処へやら、温くなった紅茶をぐいっと一息に飲み干して淑やかさを吹き飛ばしに来たキシリアに、オーレリアは目を点にしながら口を開けた。

 

“え、え……その、お姫様?”

 

 突然別人格が数分前のキシリアを追い出して乗り移ったんじゃなかろうかという豹変ぶりだが、年若い側仕え達も「まあ持った方か」という態度を全開に出している。

 同時に、そんな側仕えの呆れの中にも確かな信頼があるのだろう笑みが見えていることも含めて、これが本来のキシリア・ザビという少女なのだろうということがオーレリアにもはっきりと分かった。

 ……いや、自分の中のお姫様という幻想がガラガラと音を立てて崩れたことを思えば、分かってしまったと表現する方が正しい訳だが。

 

「やっぱ作法とか気にしてたら折角の天然茶葉が台無しね。適温で飲んでこそよこういうのは。そういう訳でお代わり頂戴な。勿論、ここからは人数分ね」

 

 (かしこ)まりました、と。くすくすと笑いながら告げた、おそらくは十代後半程の側仕えはティーセットと茶菓子を所狭しとテーブルに並べると、他の側仕えと共に椅子に座って紅茶を嗜み始めた。

 

“人数分って、そういう”

 

「うーん。英国人じゃないけど、紅茶の時間って優雅な感じがするわよねー」

「殿下、優雅さを保った上で口にして下さい……一体どっちが淑女か分からなくなるじゃないですか」

 

 そう愚痴を零しつつ紅茶を含むのはオーレリアと然程齢の変わらぬ側仕えであり、顔立ちや髪色からして、おそらくは先程什器(じゅうき)と菓子を並べた側仕えの姉妹だろうとオーレリアは見当をつけた。

 

「正解よ。貴女の隣に座ってるのが、お姉ちゃんのマレーネ・カーンで、私はハマーン。このお転婆姫の御守りという大任を仰せ付かってるわ」

「……!?」

 

 言葉にしていないというのに、何故分かったのか? 表情や視線から思考を読み取るにしても、流石にこれは勘が鋭いという言葉では足りず、オーレリアの心臓が驚きで跳ねたが、ハマーンは悪戯が成功したようにくすくすと笑いを零した。

 

「お転婆姫って……そりゃ自覚はあるけど、これでも公務とかじゃ()()()()してるんだし、人払いを済ませてる時ぐらいは目を瞑って欲しいんだけどなぁ」

「殿下、人間というものは思わぬところで平素の言動が出てしまうものですよ」

 

 そのようにマレーネから窘められれば、キシリアも「精進します」と項垂れた。

 まあ、堅苦しい空気を抜く為に、意図的に崩した空気であることはマレーネとて重々承知していたが、それでも取り立てられ、姉妹共々()()()()手前、自身の職責を蔑ろにする訳にも行かない。

 

「さぞ驚いたでしょうけど、他人の目が入らなかったら大体こんな感じだから、貴女も今の内に慣れておきなさいな」

 

 お菓子でも遠慮なく食べながらね、とハマーンから勧められた茶菓子をオーレリアは一つ摘まむ。既製品の高級菓子でなく、専門の菓子職人が手ずから焼いた一品だ。どんな贅沢舌であっても満足させ得ることだろう。

 当然見栄えのみならず味も極上であったが、マツナガらと共にいた時には緊張から手を付けられなかったので、正直有難かった。

 

()()()()のを作れる人材を雇うのも、貴女のような芸術家を保護するのも、ジオンにとっては同じことで、違いがあるとしたら、『即戦力』でなく『将来』に期待してるってとこね」

 

 小さく愛らしく、啄むように菓子を齧り味わうオーレリアを見つつ、自身もまたクッキーを一口で咀嚼したハマーンが続けようとしたが、そこでキシリアが待ったをかけた。

 

「将来の期待や応援したいって気持ちは本物だから、打算的な部分は語らなくても良いんじゃない?」

 

 第一それ、イワン様が周囲を納得させるために言った奴じゃないのと苦言を呈すれば、「だとしてもです」とハマーンは返す。

 

「殿下、無償の善意とか愛情って有難いけどキツいんですよ? 返しきれない恩だの、この人の為ならっていう信奉だので今後が縛られ続けてたら、それこそ目も当てられないじゃないですか」

 

 だからイワンがサスロやデギンを説諭した時と同じように、ここでオーレリアを迎える利と理を語ってしまえばいい。

 単に被害者だからという()()でなく、将来に期待しているという()()でなく、裏側の実利と打算も含めて語ってやれとハマーンは諭す。

 

「人間、裏まで全部一瞬で分かってしまうような、()便()()タイプなんてごく少数なんですから」

「ご尤も。じゃあ順序立てて語る上で、オーレリアちゃんを……というより、オーレリアちゃんのような芸術家を、どうして戦時下でも平時と変わらず育ててるかってところから話していきましょうか」

 

 何しろ地球と宇宙での、世界を二分する大戦争の戦時下で、しかもジオン公国は戦争当事国なのだ。工業校や軍学校のような即応可能戦力を育成する場ならいざ知らず、王立音楽校や調理製菓専門学校など、金食い虫以外の何物でもない。

 休校までとは行かずとも、入校者や教員に制限をかけて縮小してしまいたいというのが本音だろうに、平時と変わらず他サイドからも入校者を募っているというのは流石に異常だろう。

 

「だけど我が国はそれをしないし、国民だって反対しない。少なくとも、()()()()一般市民は特にね?」

「は? えっ!?」

 

 言われるまで気付かなかった。いいや、気付こうとしなかったが正しい。世論だの政治だのに無関心でさえあったオーレリアだが、確かにこれは異常だった。

 ジオン公国は確かに戦前から好景気だったが、今は戦争をしているのだ。

 戦時法に則って動員令がかけられ、予備役も含めて招集され、有事の際の避難訓練や灯火管制まで定期的に行われていながら、敢えて『無駄遣い』を続け、国民もマスメディアもそこに追求しようとしない?

 

「普通に考えたら、経済が止まるのが宜しくないからって結論になるわね」

 

 過去の総力戦体制を見れば分かる通り、戦争に全てを注ぎ込む体制というものは、それ以外の経済を殺す最終手段だ。

 かの悪名高き第三帝国(ナチス)でさえ、一九四四年という敗戦ギリギリまで国民の食糧事情や生活負担から、総力戦体制への移行を渋った点からしても、これがどれだけ重大な決断か嫌でも分かる。

 それでも、素人(オーレリア)でもこれがおかしいことは理解できた。

 健全な為政者によって何不自由ない暮らしを送れるからと言って政治に無関心でいるような怠惰は、必ずツケとなって国民に跳ね返るということを、選挙権を有する一国民として公国国民は弁えている。

 ジオン公国は議会を有する先進国として、立憲君主国として小学校(リトル)から政治の基礎と哲学を学び、国民は『歴史』の中から過去の『教訓』を覚えることのできる国家だ。

 

“にもかかわらず、大多数の国民が『無駄遣い』を指摘しない? 負けたら終わりの、全面戦争の真っ最中に?”

 

 そこまで考え、驚嘆にも似た疑念を抱きつつ熟考すること数秒。オーレリアはやや委縮しがちに、素人考えに過ぎなかったが、発想を逆転させることにした。

 

「ええと……つまり富裕層の人達は『無駄遣い』を重要な『投資』と見做している訳ですね?」

 

 おや? とハマーンとマレーネの見る目が変わる。自分達がそこに行き着くにはもう一言二言必要だった訳だが、同じ宇宙移民(スペースノイド)でもジオン主義(ジオニズム)に被れているのといないのとでは、邪魔な先入観がない分、理解が早いのかもしれない。

 

「上出来よ。普通に考えたら無駄遣いでも公国民にとって……いいえ、私達(スペースノイド)にしてみれば、これは必要なことなのよ。特に、高学歴で育ちの良い人ほど熱心に寄付までしてくれてるわ。

 だって、私達(スペースノイド)には『伝統』がないんだもの」

 

 公国国民にとって、そうした『文化的促進』は戦時下であっても絶やさず続けるべき『投資』扱いなのだという主張。

 その根幹に根を張っている答えは口にすれば何とも惨めで、同時に多くの宇宙移民(スペースノイド)が受け入れたくない現実だった。

 

「そして、伝統がなければ、そこから育まれる文化もない。有ったとしても、それは地球という他所様から持ち込んだものに過ぎないわね」

 

 かつての超大国たる北米(アメリカさま)が、欧州から『伝統なき国家』と笑われたように。北米国民自身もそれを自覚していたが故に、建国以来熱心に自国文化の保全に努め続けたように。

 

「だからこそ公国国民は、大衆であってもなまじ頭が回る分、文句を言わない。どれだけ税金が増えようが生活が苦しくなろうが、ギリギリまで耐えてくれるわ」

 

 何故なら自分達が『棄民』などと認めたくはないから。

 ジオン主義(ジオニズム)という教義に導かれた『人類の先駆け』が、植民地の奴隷に過ぎないなどとは決して受け入れられないからこそ、熱心なジオン主義者(ジオニスト)ほどその『事実』に反駁する。譲れるものかと否定し、自分達が『選ばれし者』であると糊塗することに執着し続けていた。

 

「去年のギャラクシーリーグで、ジオン公国(わたしたち)オクラント・レプス(サッカーチーム)が連邦に大勝した時の熱狂ぶりは凄かったでしょう?」

 

 文化的後進国と侮られ、軽視された国家によるスポーツという代替戦争の勝利は、かつてのオリンピック以上の興奮と感動を国民に与えてくれたし、だからこそ今でもスポーツ選手には兵役免除が特例として認められている。

 

「音楽家っていうのは、特に良いわね。何せ新しく曲を作って美しい音色を奏でたら、どれだけ新参でも皆に認められる『無形の文化資本』を獲得することになるんだから」

 

 どれだけ華美で荘厳な劇場を立て、オペラを披露しようと、既にそんな『模倣品』など世界中に転がっているのだから、価値は有れども『唯一無二』では決してない。

 だが、新たに生まれる芸術家は違う。絵画も、菓子のレシピも、そして音楽も全てが人の独創性の象徴であり、それらを『生み出した』という事実は何人にも覆せない。

 

「あとはそこに、それっぽい名前を付ければ良いわ。『ジオニズム様式』だの『ジオニズム文化』だのって御大層に飾り立てて、『自分達の文化資本です』ってアピールするの」

 

 元は棄民の成り上がりなどと、斯様に低俗な扱いなどされてたまるか。

 我らは明確な自己文化を持ち、育み、そしてそれを後世に引き継ぐ新興国として、新たな伝統を築くことに余念がないのだと主張する。

 そうすることで、文化資本など欠片も持ち得ない宇宙移民の、分けても多くの国民を慰撫することができるから。

 

 だからこそ戦時下であっても芸術家の保護を、育成をジオン公国は奨励し続けている。

 逼迫した国庫をやりくりし、血を吐くような思いで稼いだ財源を、本来ならば一銭でも多く戦争経済に注ぎ込みつつ、戦後を見据えた予算配分の為に回したいという思いを抑えながら!

 あろうことか棄民特有の意地と体面(コンプレックス)が故に、見栄を()()()()と言い張って、割り切らなくてはならないとは、まことお笑い草ではないか!

 

「だけど、それぐらい皆必死なのよ」

 

 笑われ、侮られ、馬鹿にされたくはないから。指さされ、上から惨めな物言いをされたくないからこそ、彼らは才気溢れる者達に恵んでくれる。当然だが、そうして積み上がった財貨は期待とイコールどころか、それ以上の物だということは弁えねばならない。

 払う物は払ったのだから、その分は利子付きで取り立てるぞ。さあ成果を出すが良いと……成り上がりだからこそ、彼らの審美眼というものは上に行くほど厳しいものだ。

 

「──だから、貴女には何としても成功して貰わなくちゃね?」

 

 ジオンのお姫様に恥は掻かせられないでしょう? と言う天使のようなハマーンの微笑みは、悪魔のように狡猾だった。

 芸術家として大成する為に、最も重要なコネと資産などお姫様は幾らでも用立てくれるだろう。お前の為なら我らが姫君は、脂ぎった手と嫌らしい目つきをした嫌いな相手とだって、喜んで握手と抱擁を交わし、大望の一助となってやろうじゃないか、と……そこまで語りながら万が一という失敗のビジョンを暗に語らないハマーンに、オーレリアは表情を青くするばかりだった。

 

「が、頑張ります……」

 

「いや、脅かし過ぎ。ハマーンはこう言ったけど、貴女の実力が本物なのは皆理解してるし、私の肝入りって箔付きで王立校出たら、よっぽどのヘボじゃない限りまず安泰よ?

 ま、安泰って言うのは平凡と同義だし、釘刺しも当然か。私としては歴史に名を刻むぐらいできると踏んでるしね」

 

“うっわ……私の釘刺しよりよっぽど堪える発言をさらっと……”

 

 ハマーンからしたら、こういう「貴女なら絶対できるわ」と言外に言われる方が絶対にキツイし、それはオーレリアも同じだろう。微かに掻いた汗をハンカチで拭う余裕すらないと来ている。

 一体どうして、才能がある程度に過ぎない小娘にここまで強烈な期待を掛け値なしに抱けるのだろうかという話だが、そういう全面的な信頼こそキシリアの良い所でもあり悪い所でもあるのはハマーンも嫌という程理解している手前、敢えて口にはしない。

 

“だからこそ、私やお姉ちゃんが御付きに選ばれた訳だしね”

 

 紅茶を嗜みつつ、側仕えに任じられることとなった時のことを振り返る。

 カーン家という男児に恵まれなかった名門に生まれたこと。ニュータイプという人類の革新に至る素質の片鱗を見せてしまったことで、当主たる父(マハラジャ・カーン)から政略結婚という質入れ以上の価値を見出され、否応なしにモルモット扱いを強いられていた中で、イワンという男に手を差し伸べられたのは望外の幸運だった。

 

『居たくない居場所ならば、逃れる為に手を貸そう』

 

 短い言葉と共に伸ばされた手。多くの実検を経て読心術さえ可能にしたハマーンには、他者の悪意を読み取ることなど造作もないし、そこに下卑たものがあればモルモットの方がまだマシだとさえ感じていたが、救いを用意したイワンにそうした感情は微塵もなかった。

 唯、子供の不幸に見て見ぬ振りなどできないという一方的な善意しかなく、そこにハマーンを異性や何らかの道具として見る感情は欠片もなかった。だが。

 

“……同時に、あんな化け物には絶対なりたくないって本気で思ったけど”

 

 恩を仇で返すような第一印象だったが、底知れないとは正しくああいうのを言うのだろう。

 逢瀬の折、ニュータイプ同士として接触し、感応し、心を交信しただけでハマーンは自分の中の第三の目が覚醒した。脳に電流が走った次の瞬間に見えた不規則な未来視。不意に道行く者が躓く瞬間。誰がどのように語りかけてくるのか。

 それはほんの一瞬のことで、制御できるようなものでなかったにせよ、明確な未来そのものを観たのは紛れもない現実で、そこに寒気を覚えずにはいられなかった。

 計器に繋がれ、投薬を受け続け、特別なのだと持て囃されたハマーンをして、一体どれだけの改造を受ければああなるのだと思わずにいられない。

 イワンという男は本当に同じ人間なのかと疑わずいられない程隔絶していたし、だからこそそこに至るまでに強化を続ける狂気の精神性も、初めて会った時は理解できなかった。

 あれは正真正銘、本当の意味でのヒトガタの化け物だと……そう偶然の出会いという救いへの感謝を抱く余裕すらなく、初対面の際のハマーンは小鹿のように怯え震えるばかりだった。

 

“尤も、だからこそ私はお役御免で済んだ訳で、こうしてお姉ちゃんとここに居られるんだけど”

 

 ニュータイプとして、モルモットとしてならば既にイワンという極上の素材に加えて、フラナガン機関という最高峰の実験場がある。

 そして、自らと家の栄達を求めるマハラジャにしてみれば、キシリアというジオンの姫君の側仕えに姉妹共々任じられたことは、ラル家やサハリン家のような名家に嫁がせる以上に喜ばしかったことだろう。

 なにしろ一足飛びでザビ家という最高権力者ばかりでなく、懐刀たるヨーク家次期当主とのパイプまで繋ぐことが出来たのだ。

 実力主義で鳴る公国軍内でのポストやハンモックナンバーは動かせないが、こと貴族社会での席次という意味において、これ以上の旨味はない。

 イワンの要求に対し、マハラジャは目の色を変えて唯々諾々と従い、これまでの研究結果を含めた全てを投げ売った結果、カーン家は相応の昇爵とザビ家の制定した騎士勲章を新たに賜り、オペラ座のボックス席もよりザビ家に近い位置を特典として得る結果となった。

 労せずして望む以上の物を得た時のマハラジャの内心を垣間見た瞬間、ハマーンは娘として心底嫌気がさしたものだ。

 

 父親(マハラジャ)は決して愛情が無い訳でも、冷酷な訳でもなかった。だが、それでも道具として肉親を使えるだけの二面性を持ち得ていたのは紛れもない事実で、だからこそこんな感想を抱けてしまう程度には、既にハマーンの心は父から離れていたし、マレーネもまた同じだろう。

 どれだけ優しく微笑もうと、「これはお前達の将来の為でもある」と口にしようと、その心の裡にある醜悪な『俗』を覗き込めるようになってしまったハマーンには、最早父親の心は響かなくなってしまっていたから。

 

“我が父ながら、なんともまあ俗物だったこと”

 

 ただ、それでもマハラジャが人並み以上に優秀なことは間違いなく、だからこその大盤振る舞いがあったとも言える。同時に、側近という立場以上に、ここまでザビ家との距離が近くなれば公国と一蓮托生するしかない程度には距離が近づいた手前、マハラジャは粉骨砕身して国家に忠勤するだろうとは後のイワンの言であったし、そこはハマーンも同意する。

 元よりマハラジャは表立って自分というものを主張する手合いでないからこそ、ハマーンを利用した根回しに余念がなかった訳だが、あからさまであったが故に与しやすい。

 我を通し切れない有能な人間というものは、根を抑えれば弱いもの。

 俗物を俗物と唾棄しつつも、そこに理と利があるのならば使いようは幾らでもあるのだと、嫌な意味で大人としての思考が出来てしまった幼い自分を自己嫌悪した時、『だからこそ』とハマーンを助けたイワンが続けた言葉と、そこから先にあった出会いは忘れられない。

 

『大人の悪意というものを経験し、感じることのできた君にこそ、護って貰いたい人がいる』

 

 勿論、ニュータイプとしての力に忌避感はあるだろう。異能を生涯閉ざしていたいという感情も理解できている。

 だからこそ、無理強いは決してしないと前置いた上で、イワンはキシリアの元にハマーンを通し、そしてハマーンは「嗚呼……」と知らず声を漏らして納得した。

 

『初めまして! 貴女と会えて嬉しいわ! これから仲良くしましょ!』

 

“──このお姫様は、清廉なんだ”

 

 混じり気のない笑顔。ハマーンという少女の経歴を、境遇を、異能を知りながら、それでも気味悪がることも、内心で恐れたり利用しようという感情さえ抱かない。

 

 けれど、それは裏表というものが、初めから存在していないという訳ではないというのも分かる。

 人というものの度し難さ、醜さ、愚かさというものは理解している。人というものの業は如何ともし難く、世に理不尽が蔓延っていることも、また同様に弁えている。

 けれど、()()()()キシリアは、彼女は人というものの善を根本から信じている。

 正しい道というものが確かにあり、人はそこに至ることが出来ると確信している。

 

 どれだけ険しくとも、賢しい大人から否定されるのだとしても、自分は無力な女に過ぎないのだという現実を知っていても。

 

“──このお姫様は、()()()()を続ける子なんだわ”

 

 だからこそイワンのような怪物が深く、純粋に愛することが出来るのだと理解できてしまった。

 

“だから、この人は耐えたんだ”

 

 ハマーンから化け物と畏れられる程の実験を。人としての常軌を逸した過程を乗り越えながら、同時に人としての良心をイワンが失わず居られたのは、間違いなくこの少女があってのものだ。

 だからこそ改めてイワンの心を読み取れば、キシリアの為に尽くして欲しいという一心で連れて来たのが嫌でも分かる。

 同時に、キシリアという少女もイワンという化け物がどれだけ努力して、どれだけ愛してくれていて、だからこそ拙い自分が努力しなくてはならないと意気込んでいるのかも分かってしまう。

 

“これ、流石に反則でしょうに”

 

 父親(マハラジャ)のような、そして、自分を実験台にしてきた大人達のような黒さなど微塵もない。相手の内側を覗いてしまったことへの罪悪感さえ、その心の温かさに触れた感動を思えば消し飛んでしまう。

 こんなにも眩しくて、穢してはいけないと思ってしまうようなお姫様の前に連れてきて、こんな惚気まで見せられて、その上で助けて貰ったのだから、断るなど土台不可能じゃないかという話だ。

 ニュータイプなどと、人類の革新などという宗教や異能に縋らずとも、別に良い。

 人は人のまま思い合えば分かり合えるし、優しくなれる。

 少なくともハマーンは、キシリアとなら心からの友諠を育めると確信できてしまったから──

 

『──ハマーン・カーンです。これから宜しくお願いします、お姫様』

 

 そんな、まるで意中の相手にたどたどしい告白をするような、今思えば赤面物の挨拶をしながら、ハマーンは新しい世界に飛び込んだのだ。

 

 

     ◇

 

 

“そうして私は甲斐甲斐しくも、お姉ちゃんと一緒にこのお姫様に滅私奉公するのでありましたとさ”

 

 などと内心苦笑交じりに溜め息を零し、今ここに居るオーレリアを見つめることで現実に戻る。きっと、自分達がそうだったようにオーレリアもキシリアに振り回されるだろう。

 人というものを信じすぎてしまうお姫様に呆れながらも同時に癒され、だからこそ、護って上げなくてはいけないと、自分が傍に居ないと駄目なんだという使命感に駆られてしまうことだろう。

 

“だからまぁ、これも運命だと思って諦めなさいな”

 

 だって、この運命は決して悪いものじゃない。

 救いという言葉に導かれた、奇跡のような運命なのだから。

 

「これから宜しくね、愛らしい後輩さん(オーレリア)

 





 今回の話は読者様には退屈だろうなーと思いつつ書いてましたが、それでも初代ガンダム二次創作で、「文化的側面から見るジオン公国」って誰もやってないなー、やりたいなーという思いがあったので書かせていただきました。
 ……あと、どうしてもバンディエラに登場したジオンのサッカーチームを登場させたかったんじゃ
(正確には徴兵してないからチーム全員生存してますって言う救いを用意したかったのでする)

 え? イワン君とカーン姉妹とのフラグ? 見えてる地雷原に飛び込むほど、イワン君はライトなガノタじゃないんだよなぁ……。
(虹霓のシン・マツナガとC.D.A.若き彗星の肖像を読みつつ)

 あ。それとハマーン様は百合(ロリキシリア様)に走ったりしません。ちゃんと赤いロリマザコンに将来ロックオンして赤い奴の胃を(ハートでは決してない)コロニーレーザーでぶち抜きつつも、周辺被害が及ばないようイワン君とキシリア様が調整します。
 ヤンデレな姉の方? 多分浮気しない良い感じに顔と頭のいい優しいモブとお見合いセッティングしてゴールさせるんじゃないですかね?(適当)

 ……マジでカーン姉妹って恋愛核地雷ってレベルじゃないから、この二人の恋愛シーンは割とガチ目に書きたくないでござるw
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