(露骨な「オリジナルカップリング」タグ追加)
※2023/4/23誤字修正。
MG2501さま、サクノスさま、ケンジントンさま、ご報告ありがとうございます!
「……お気遣い、痛み入ります」
僅かに目を伏せ、上官の手を煩わせてしまった我が身を恥じながら謝罪したガルマに対し、ガルシアは慇懃に腰を折ってそれを受けた。
「殿下の心中、察するに余りあります」
「であれば、重ねて謝罪を……今の自分は、副官に値しません。これより先はザビ家の人間として胸襟を開くことをお許し願えませんか?」
内心では格好などつけずさっさとぶちまけてしまえと、形式に拘泥するガルマにため息を吐いていたが、そうした本音はおくびにも出さず「勿論です」と努めてにこやかにガルシアは快諾してみせた。
「将軍……正直に打ち明けるが、私は彼らを友人として見ることができない。いや、はっきりと口にするなら、虫が好かんのだ」
「存じております」
しかし、嫌悪の感情さえ飲み込み、笑顔の仮面を張り付けて握手をしなければならない場面こそ今なのだ。連戦連勝を重ね、地球侵攻軍が占領軍として機能するに至ったところで、未だ北米方面軍は地盤として脆く拙い。
ジオンがどれだけ純軍事的に秀でていようと、現地勢力との良好な関係を維持できねば、敵は確実にゲリラ戦を仕掛けてくる。そうなってしまえば、遅かれ早かれ北米方面軍は撤退を余儀なくされ、流した血と資金と時間の全てが無意味な浪費となってしまう。
西暦時代におけるソ連のアフガン侵攻然り、米国のイラク戦争然り、圧倒的な軍事力を誇っていた筈の超大国も、そこを間違えて撤退に追いやられた以上、決して同じ轍は踏めない。
「内心どれだけ見下されようとも、我々に選択の余地などないのです」
そうでなければ、恐怖で相手を屈服させるだけで済むのなら、ガルシアは際限なく傲岸不遜に振る舞うことを辞さなかった。
古代の暴君がそうであったように、気に召さねば首を刎ね、代わりを宛がうことで現地勢力をコントロールすることさえ、やろうと思えばできるだろうが、そんなものは誰だとて愚策だと分かる。
恐怖は憎しみへ。憎しみは復讐へ。復讐は絶え間ない反撃として自分達を苦しめる。
「むしろ、逆に見下してやれば宜しい。この程度の陰湿な遊びでしか己を慰撫できない敗者には、大人物らしく慈悲を与えてやろうとね」
ヨーゼフ・エッシェンバッハ然り、他の有力者然り、力に怯えるからこそ裏返って卑屈な手段に出るしかなかったに過ぎない。これまで経験できなかった苦い敗北の味を受け入れきれない、エリート特有の劣等感に苛まれているだけだと分かれば、観ている側は実に滑稽で、怒りも嘲笑に置き換わる。
「殿下。これは遊びと心得るのです。我々と彼らの、陰湿で、趣味の悪い、低俗な遊びだと」
下らぬ悪意に真面目に付き合うことほど、無駄なことは他にない。
俗世の渡り方というものは、何処までも卑しく醜い。それは弱者だけでなく、強者の側であっても例外など存在しないのだ。
「殿下は未だお若い。この遊戯を軽蔑する事も、遊戯から遠ざかる事も許されましょう。ですが、いずれは殿下もこの遊戯のルールを覚え、テーブルに着かねばなりませぬ」
テーブルの上で握手を交わし、慇懃に相手を讃えながら、足元では相手の足が折れるまで蹴り合い、内心罵りながらより優位に物事を推し進める性根の悪さを求められる、政界という遊戯場。
デギンが、ギレンが、サスロやドズル、イワンがテーブルに着き続ける内は、その席から遠ざかる事は出来るだろう。だが、いつか必ず意思でテーブルに着く日が来るのだとガルシアは諭す。国民と自らの血と未来をチップにした、何処までも醜く残酷な遊戯の席に。
「そうだな……ああした者らを軽蔑するだけの私は、未だ大人になり切れぬ青二才に過ぎん」
綺麗なままでいるということ。潔癖を美徳として現実に背を向ける事は、民を導かねばならない将来の王という立場にとって、臣民への背信に他ならない。
「焦る必要はございません。このガルシアが、殿下のお傍についております」
……ただ、そうした指導者としての責務や政界の渡り方という物を説諭したのも、全てはガルシア自身の栄達の為の道具に過ぎない。
ガルマのお気に入りで居続ける為に「お前の傍に侍る俺がいるのだから安心しろ」と最後の一言で強調する辺りが、ガルシアが自らの言動で以て大人としての卑しさそのものを斯くも体現していた訳だが、そこまで言葉の裏を理解するには、やはりガルマは若く潔癖過ぎた。
今ガルマの心根にあるのは、至らぬ青二才に対し、かくも見事な忠節を示してくれた忠臣にして上官たる、北米司令長官への感謝だけだった。
「副官としてだけでなく、王族としてもロメオ閣下の勇姿を間近に見、その背から学べることをガルマ・ザビは欣快と感じております」
“これはこれは”
前々から感じていたが、このお坊ちゃんは本当に可愛げのあることだとガルシアは内心ほくそ笑む。
真面目だが堅物に過ぎず、まだまだ危うい足取りで隙も多いが、だからこそそうした甘さが仕え、守ってやりたいという庇護欲をくすぐられる。
“総帥閣下のような傑物でも、ヨーク長官のような怪物でも、ドズル将軍のような英雄でもない……男としても将校としても青いが、このお坊ちゃんには、先のいずれにも持ち得ない資質がある”
それは、未熟なままでも他に愛される人物であるということ。
己の能力や才覚とは別の、『王』として誰もが生来有していたいと望まずにいられない、天性のものがガルマには備わっていた。まだガルシアは知らないが、仮にキシリアと直接交流を持つ機会を得ていたなら、間違いなくこのお坊ちゃんは姉の同種だと結論付けただろう。
“はじめは、厄介なガキの子守に過ぎんとばかり考えていたもんだが……”
勿論それは今でも変わっていない。ガルマのせいで御付きの親衛隊連中の目は鬱陶しいし、娼婦さえ碌に買えもしない。
役作りの為に戦線で僅かにでも事変があれば、守衛の声に嫌な顔一つせず飛び起きて電文を受け取り、『拙速を尊ぶ』を信条とするが如く司令部で矢継ぎ早に指示と檄を飛ばす事を強いられる激務生活は、はっきり言って寿命を削られるような心地だった。
“だが、こうも素直なもんだと、毒気の一つぐらいは抜かれるもんだ”
慌ただしく、煩雑で堅苦しい日々が充実に置き換わっているという実感。
戦前のガルシアが今の自分を目にすれば、これが己かと疑うような姿だろう。忠義も献身も、所詮は全て私心に過ぎぬ。それらが利己と変わる所は何一つないと吐き捨ててきた男が、自分自身でなく他人に可愛げを覚えているなどどうかしている。
ましてやそれが、苦労知らずのお坊ちゃん相手となれば猶更で、それを自覚した時、ガルシアは静かに頭を振った。
“いかんな、こういうのは俺らしくない”
これは早死にする生き方だ。自分以外の誰か、他の何かに価値を見出した連中は、その価値の為に死ぬ。国の、愛の、誇りの……兎角そうした生き方は、決して自分の為にはならない。それを心得てきたからこそ、ガルシアは生き残ることが出来てきた筈だと自分というものを立て直す。
「そろそろ戻ると致しましょう。北米と公国の華を肴にシャンパンを呷れば、陰鬱な気も晴れるというものです」
「ははっ。確かに仰る通りです」
先程と打って変わった不真面目な物言いだが、ガルマにはその軽薄さが有難い。真面目に向き合うことが苦痛ならば、ガルシアを見習って適度に力を抜くべきだろう。
◇
パーティでガルシアら公国将兵を歓待した北米女達を
このパーティでの真の華とは、主催者たるヨーゼフ・エッシェンバッハの一人娘たるイセリナ。
そして、遠く離れたジオン公国からキシリア・ザビの名代として招かれた、マレーネ・カーンの二名である。
公国との親善を名目としたパーティであることを強調する上で、占領軍と現地有力者だけの集いで終えるには味気ない。
敵対国同士の結びつきでなく、良き隣人として互いに歩み寄りを見せるのであれば、そこは淑女を同席させることで、華を添えつつ文化交換の場を設けたいと北米側が提案し、公国側もガルシアを通じて総帥府に打診された形でそれに乗った。
公国が最高の華を用意するのであれば、そこはダイクンの遺児たるアルテイシアか、公国王女たるキシリアを向けるべきであるのは言うまでもない。
しかし、北米全土を手中に収めたとはいえ、未だ何処に火種が燻っているかも判らぬ敵地であることに加え、既にして公王家の末弟たるガルマが出席している。
公国側がこれ以上の位を有する者を、それも前市長の娘如きと並べる為だけに送り届けるというのは、余りに格というものを軽んじているし、何よりアルテイシアとキシリアに対して不敬である。
とはいえ、曲がりなりにもかつての超大国であった北米を相手にする上でも、公国側の格というものを示す上でも、相応の人物を北米に寄越すべきだという意見は総帥府としても一致しており、そこに白羽の矢が立ったのがマレーネ・カーンだ。
家格に相応しい宮廷作法に通じるカーン家の長女であり、齢もイセリナと近しければ美貌も申し分なし。
名誉女中としてキシリアの側に侍る以上、名代としては打って付けであり、正に適任と言える存在だった。
問題はマレーネ当人と、何より名誉女中を常任させる程度にはお気に入りと見られているキシリアの意向であったが、キシリアの身を案じるマレーネはこれを快諾。
キシリアも、マレーネの安全を確約してくれることを条件に呑んだ。
実姉妹のように仲睦まじく、互いを想い合う理想的な主従愛に心打たれたのだろう。キシリアとマレーネの経緯を耳にしたデラーズは痛く感激し「万難を排し、道中の安全を確約致します」と誓い、その言葉に違いなく王室警護と同様の厳戒態勢でもって、マレーネを北米へと送り届け、今日という日を迎えた。
◇
儀仗兵用の礼装に身を包んだ公王直属の
ただ歩むだけの、特別な所作など何一つないと言うのに、それだけでそこに独特の空気が生まれる。
女など裸に剥けば娼婦も王女も同じだと軽んじていたガルシアでさえ、女というものは育ち方一つでこうまで見違えるのかとため息を漏らしかけた。
前座として己をもてなした女共など、これでは本当に花弁の一つも持たぬ雑草同然だったという感想を抱いたほどだ。
しかし、ガルシアにとっても、またこの場に集う全ての人間にとっても、重要であったのはそこではない。
この場に集う誰も彼もが目を奪われ、僅かに時を止めた。息を吞むという言葉は、正しくこういうのを言うのだろうと。それを実感させたのはマレーネでなく、イセリナの方であったという現実に、唯一心奪われなかったガルシアだけは、周囲の視線で気付いたからだ。
“成程……大した親善だ”
美酒美食や絵画だけではない。こうしてマレーネとイセリナを客観視すれば、その違いは一目瞭然だった。
美貌は決して負けていない。肢体の艶めかしさもまた同じく、女としての魅力は言うに及ばず、所作や気品に関してはマレーネの方が明らかに素材として上等の筈だ。
だが、素材だけで優劣が付くのであれば優れた料理人は必要ない。
両者を決定的に分けたのは、そのドレスにこそあった。
復古調にありながら、どの様式にも当てはまらず、しかし男の本能をくすぐる公国軍服とは違う。袖を通すことで個性を消す軍服とは真逆に、女のドレスと言うものは視線を釘付けにしつつも、ドレスでなく女が主役でなくてはならない。
イセリナの藍色のドレスは、胸にあしらわれた
対し、マレーネのドレスは違う。公国が誇る最高の職人が仕立てたという逸品は生地の質から重心まで完璧なもので、純粋に衣装としての出来栄えだけを問うならば、間違いなくマレーネのドレスが上ではあった。
しかし、マレーネのドレスはイセリナのそれと比べ、余りに主張が強い。
胸元にあしらわれた大きなリボン。臀部から足元まで伸びるスカートの後ろ襞。
着る者以上に前に出たドレスだと言うのに、大粒の宝石の耳飾りまで加わっては自己主張が強すぎる。
復古の趣はイセリナのドレスにも見受けられるが、こちらが富裕を基盤とする洗練された空気なら、マレーネのそれは他者を威圧する虚仮脅しの模倣に過ぎない。
そして、そうした『格』の違いを目の前で見せつけられたからこそ、この場に集う公国軍人は、自分達が成り上がりに過ぎないのだと言うコンプレックスを突き付けられたことに気付きつつも、どう反駁していいか分からず、羞恥に固まる事しかできていない。
それは、家の鎖から解き放たれた際、イワンからスペースノイドの、公国の真実を聞かされたマレーネも変わらない。
いいや、イセリナのドレスを一目見た時点で違いを思い知ったマレーネこそ、この場の最大の被害者だろう。
それでもマレーネは、道化だと自覚しつつも、公国の淑女として泰然と胸を張って歩むことを止めなかった。俯きたくなる衝動を抑え、今すぐにでも祖国に戻りたいという思いを抑えながら、キシリアの名代として相応しくあろうと続け、しかし、北米人のくすりと零れた嘲笑に、思わず足を止めかけ──
「──どうしたのかね? 楽団諸君。淑女が来たならば、ワルツを奏じるのが役目だろう」
有無を言わさぬ口調で、ガルシアがパチン! と指を鳴らす。
どこまでも気障で、己を大人物だと疑わぬ傲慢。成り上がりらしい容赦のない声音でもって命じれば、慌ただしく楽団が音色を響かせる。
本来であれば、演奏はイセリナとマレーネの挨拶を終え、皆と歓談した後に行う予定であったが、それを指摘できる者は誰もいない。
仮にそれをしたならば、ガルシアは淑女に恥をかかせた無作法者として逆に北米有力者を公然と詰ったであろうから。
「──レディ。是非私と一曲」
慇懃に腰を折りつつも「どうか」と乞う真似は決してしない。俺の誘いを断る女など居ないだろうという傲慢に、しかしマレーネは救われたような心地で手を伸ばす。
「喜んで。ジェントルマン」
将軍閣下と称さず、紳士として見、相手をするのは感謝から。伸ばした手を掴むのは荒っぽく、心を読まずともそれだけでどのような男かは理解できたが、それでもマレーネには嬉しかった。
“そう……私は嬉しかったのね”
ハマーンほどでないものの、マレーネも相手の心裡が読み取れる。けれど、今はそれをする気になれなかった。たとえそれが、キシリアから気を付けろと言われた男が相手であっても。困った事があったら、すぐにガルマに逃げなさいと忠告された人物であっても。
“だって、この人だけは私を見てくれたんだもの”
他の全てが、イセリナ・エッシェンバッハに目を奪われる中、ガルシアだけはマレーネを見、マレーネの為に動いて見せた。
時を止め、自らの矮小さに男達が打ちひしがれる中、ガルシアだけは卑屈になる事をしなかった。
「何を小さくなっている? お前は誰に合わせているのだ?」
それはジオニズム様式ではないだろう? お前は一体何処の誰で、何のために来たのだとガルシアは鼻を鳴らす。
「下らん遠慮なんぞ捨てろ。お前と踊っているのは北米司令官様で、我々こそ主役で勝者だ」
「は、はい!」
我々は敗者でも弱者でもない。それは連中で我々は勝者であり、征服者なのだと。そんな支配者の理論を振りかざしながら、ステップはワルツとは思えぬほど激しくなる。
格式に拘泥などするな。自分達こそ主役だという強すぎる主張。
音楽どころかパートナーさえ添え物にするようなダンスだが、マレーネは見事それに合わせて見せた。どころか、逆にガルシアさえ添え物にせんばかりにドレスを翻す。
「やればできるではないか」
良いぞ、それでこそジオンの女だと。助けてやった自分を利用しようとしたマレーネの強かさに対して心底楽し気に、今日という日のパーティで、初めて心から笑っていた。
「お上手ですのね」
「俺を誰だと思っている?」
品性の欠片もない下卑た男だと、余人は戦前のガルシアを陰で詰ってきた。ガルシアもまた、己の栄達の為ならどんなことでも出来る男だと自負していた。
だが、だからこそ上り詰める為の努力だけは欠かさなかった。何時の日か上流階級の世界を渡る日が来ると。己にとって相応しい世界とは、栄華を極めた場所なのだと。
一切の疑念疑問を抱くことなく信じてきたからこそ、こうしてダンスの一つも披露できる。
それは何処までも自分本位で、パートナーのことなど欠片も考えない身勝手なダンスだったが、だからこそ視線を集める。
ましてやマレーネのドレスは、最高の職人によって仕立てられた逸品だ。裾の動きから影の落とし方まで、完全な計算によって調和のなされたそれは、装飾過多だからこそ否応なしに目を奪う。
我を見よ。我を見よ。
成り上がりの貴族趣味と、笑いたくば笑ってみろ。
伝統と格式とやらに縛られたお前達が、追いついてこれるならやってみろという挑発に、勝ち誇っていた筈の北米人が早くに追いやられてしまう。
“勝っていた……間違いなく、我々が勝っていた筈だった”
公国軍人の誰もが、ガルマさえ敗北を認めていた。だが、ただ一人。ガルシアだけはこの場で己を貫いた。成り上がりの己を、伝統も格式もない己を曝し、それでもこれこそが俺達の世界だと見せつける事で、この場の世界をジオンの色に塗り変えて見せた。
最早、公国軍人の誰も愛娘に目を奪われていないという事実に、ヨーゼフは歯噛みする事さえ出来なかった。
自分達が雇った楽団すら、ガルシアとマレーネの歩調に合わせてテンポを変えてしまっている。
もう誰もマレーネを、ジオンを決して笑えない。それを確信してようやく、ガルシアは勝ち誇る様にマレーネを抱き寄せた。
「見ろ、誰もがお前に注目した。お前が男共の視線を奪ったぞ?」
だからお前も誇るがいい。この栄誉を、称賛を。将軍閣下の腕に抱かれた幸運を噛みしめ、決して今日という日を忘れるなと囁けば、マレーネは静かに頷き、同時に疑問を問う。
「どうして……私を助けてくれたのですか?」
その質問が、何処までも馬鹿な物に聞こえたのだろう。呆れかえったように、ガルシアは口元を歪めて見せる。
「お前……、俺があんな年増が着るようなドレスの女と踊る男に見えるのか?」
だとすれば見る目がないなと溜め息を零し、これにはマレーネも得心した。
貴族趣味が高じつつも、自分と言う物を何処までも大きく見せたがるスペースノイドにしてみれば、確かにイセリナのドレスは簡素に過ぎる。あんな飾り気のないドレスを着るのは、それこそ成人した子を持つマダムか、下手をすれば老婆ぐらいのものだろう。
己の老いを認め、後ろに下がる御婦人方ならばいざ知らず、年頃の子女ならあんなドレスは有り得ない。
「確かに軽薄なご質問でしたわね」
分かれば良いと、抱き寄せる力を微かに弱め、マレーネを自由にしたが、今度はマレーネが力を込めて引き寄せる。
ジオンの男が、何を遠慮じみた真似をしているのだと言いたげに。
「それとも私は、閣下の好みではございませんか?」
「心して聞け──お前以外となど、ジオンのドレスでも御免被る」
香水の香りも、独特の訛りも、男より前に出ようとする厚かましさも、全てが故郷に繋がっている。汚染された空気に満ちた、重力の軛に繋がれた世界とは違う、何処までも奔放な
「お前を誘い、口説いたのはその礼よ。この催しで、唯一俺の心を満たした女に対するな」
「光栄ですわ」
当然だとガルシアは笑う。似合いもしないことを承知で誘い、踊り、ばかりか手放しで女を褒めるなど、鬼の霍乱かとさえ思うような事態だろう。
だが、似合わぬというのであれば北米で軍務に明け暮れる日々こそが正しくそうであったのだ。ならばせめて、こうした場面ぐらいは役作りでない男としての己を、気に入った女に見せつけたいと思った。
「お前も満更ではなかろう? 凡百の将でなく、ガルシア・ロメオという将軍に手を取られたのだからな」
「そのような役職に拘泥せずとも……」
「……成程。家と位が煩わしいという手合いか」
ニュータイプでは決してない。心を読み取られることなど有り得ない筈だというのに、僅かな逡巡の言葉で思いの裏まで読み取られたことに、マレーネは思わず息を呑む。
しかし、ガルシアに言わせればこれほど分かり易い女もそうは居ないだろう。上流にしては顔に出過ぎだ。
「馬鹿が。例えばだ、俺が将軍でなく乞食であれば、お前を助けるべく手を差し伸べたところで、お前はそれを拒絶しただろう?」
家など煩わしいと、それは己を縛る鎖に過ぎないと否定しながら、結局は名家のご令嬢らしく、上下の線を心の中で引いている。だが、それは決して恥じることでも、殊更に否定することでもない。
「良いか小娘。地位も出自も、お前を縛っていると感じる全ては鋭利な武器よ。それを活かさず、鋭い刃を恐れて触れず遠ざかるなど、勿体ないにも程があるわい」
卑しい成り上がりだからこそ、生まれながらに強者の立場にある者を妬まずいられないガルシアだからこそ、権力を疎んじるその性根が愚か極まりないと思わずいられない。
ましてや、それが自分が目にかけた女の性根に宿っているとなれば尚更だ。
「俺が閣下などと称されるのは、いみじくも自分が持つ武器を使い続けてきたからこそよ。
血も若さも美貌も、全て女として使える武器だ。お家を忌むならば、それを利用してこそ逆襲となる。名誉女中という肩書きもまた、お前の名を輝かせる道具となる」
人生を輝かせたいのなら、幸福の果実を貪りたいのであれば、全てを有効に利用すべきなのだ。たとえそれで悪女と囁かれるとしても、そんなものは負け犬の遠吠えでしかない。
「それとも年頃らしく、
耽美小説のヒロインの如く、財貨や家でなく心だけを貪られたいという少女趣味に耽溺しているというのなら──
「──褥でならば、幾らでも睦言を囁いてやろう」
「……っ」
知識は有れど、接吻の経験さえない少女には余りに過激な物言いに距離を取りかけたが、腐ってもガルシアは軍人である。手早く、しかし相手を痛めぬ加減で重心を崩して腰を搔き抱く。
「くくっ、冗談だ」
カーン家の息女にしてキシリアのお気に入りに、流石にそこまでの無体を働く気は毛頭ない。
「だが『欲しい』と思ったのは事実だ」
嘘ではない。身の危険を感じて無意識に心に触れてしまったマレーネは、この言葉が本心からのものだと察してしまう。
カーン家との繋がりだとか、正妻とするに相応しい経歴だとか、そうした私利私欲もまた持ち得ては居たが、それ以上に女としてのマレーネを求めているのだ。
「まるで、飢えた獣のような方ですのね」
「飢えを忘れた果てを、お前は見ている筈だがな?」
飢えがあるからこそ勝ちに行ける。『満足』が人生の足を止めれば、次の瞬間には競争相手が悠々と追い抜く。
見ろ、と微かにガルシアが周囲に視線を投げれば、北米人の誰もが悔し気にマレーネを目で追っていた。自分達の主役が脇に追いやられ、公国軍人に活力を取り戻した姿が、何処までも憎らしくてたまらないのだ。
「あれが飽食の末路よ。飢えていれば決して好機を逃すことは無かったろうに、連中は勝ち方というもんを忘れたのだ」
そして、常に勝ちを、得たいものを得ることを抑えぬガルシアだからこそ、縁という好機を逃す気は毛頭なかった。
「この俺が居る限り、ジオンが世界を必ず掴む──俺が居てこそ、それは成し得る。だが、その栄光に相応しい伴侶は限られる」
だからこそ──
「──小娘の殻を破り、俺に相応しい女となれ」
「え……?」
口説いているのか、突き放しているのか? おそらくは前者だろうが、求婚にしては迂遠に過ぎはしないだろうか?
「私を欲しはしないのですか?」
「傅いて、『寵愛を賜る栄に与りたく存じます』などと、俺が乞うとでも思ったか?」
未熟な、女として磨ききれていない十代の小娘を相手に、北米司令長官ともあろう男が?
「俺は何時だとて、お前を手にできる男だ。欲する時、欲するままに。たとえお前が俺以外の伴侶を得ようと、俺はお前を奪える男だぞ?」
だからこそ、卑しく愛を乞う真似だけは絶対にしない。絶頂を目指すガルシア・ロメオに相応しい女とは、同じく勝利者として歩める女なのだから。
「勝ち方は教えてやったのだ。次に相見える時は、今よりマシな女になれ」
何処までも強かで、誰より底の見えぬ魔性の女になって見せろ。
地に俯くのでなく、高みを見据える者になれという鼓舞。
男の論理でつけられた優劣の在り方と挑戦状に、内心では燻っていたマレーネの心に灯が点る。
“ああ、そうよ……私は縛られたくない女だった”
父に、家に玩弄されるばかりの人生から抜け出したくて、だからイワンやキシリアに心の底から感謝していた。けれど、その感謝を感謝のままで終わらせたくは決してないとも思っていた。
「ありがとうございます、閣下」
自分に道を示してくれた殿御に、心からの礼を述べる。
だから、次に会う時は望む以上に強かな女になって見せよう。心を奪われるのでなく、奪う側に回ってやろう。自分以外が目に入らぬような、魔性の存在に羽化して見せる。
“尤も、そうなってしまったら、ガルシア閣下以上の殿御に見初められるやも知れませんがね?”
飢えた獣を自称するなら、精々鼻をお利かせなさいなと、一曲目の幕と共にガルシアの腕から、蝶のようにするりと離れる。微かに弧を描いた口元は男を知らぬ小娘でなく、既にガルシアさえ惚れ込むような、艶めかしい女の唇だった。
◇
“イワン
所詮は成り上がりと、劣等以下の棄民だと見せつけられ、俯くしかなかった場面。
皆が敗北に打ちひしがれる中、武威でなく紳士の流儀で北米側を屈服させたばかりか、マレーネの心すら救って見せた背中に、ガルマは上官として以上に、男としてガルシアを敬するしかなかった。
“本当なら、僕があれをやらなければ、出来なければならなかった”
成り上がりでも棄民でもない。確たる伝統をここから打ち立てる新興国なのだと、これが『公国流』だと見せつけ、目を奪い、アースノイドの世界をスペースノイドのそれに塗り替えて見せた鮮やかな手腕こそ、ガルマが学ぶべき見本なのだ。
“できれば、音に消えた二人の会話も耳にしたかったが……いや、流石にそれは無粋だな”
あれ程までの情熱的なダンスを目に出来ただけでも十分で、大人の男女の世界に小僧が土足で踏み込むべきではないと自重する。
そして、だからこそ見て学べたことをしっかりと活かさねば始まらない。
意を決して歩を進めた先。ガルマの足取りに気付いたのか、俯いた顔を上げたイセリナの表情は毅然としつつも、微かな敗北感を滲ませていた。
「殿下の拝謁の栄に与りましたこと、恐悦至極に存じます」
「止してくれまえ。公王家の威光など、これから友諠を育む相手に振りかざす真似はしない」
あくまで一人の男として、紳士として淑女に向き合いたいという誠意を込めて、ガルマは静かに手を伸ばす。敬する上官程堂々としている訳でも、武人としての威厳も身に付かぬ青二才かもしれないが、その腕と視線には、確かな誠意を込めていた。
「イセリナ嬢、貴女を壁の花とするには忍びない。どうか、私と一曲」
続く二曲目は、流石に楽団も持ち直したのだろう。緩やかに奏でられる音はスペースノイドのガルマにとっても心地良く、逸る心を抑えてくれた。
「私などで、宜しいのですか……?」
あの、麗しいジオンの令嬢でなく?
「無論だ──私は君に目を奪われた。今もこの心は動いていない」
二心など決して存在しない。この心に偽りなどないと誓う視線は、イセリナにとって眩しすぎた。元は見下す筈だった自分達が見下される側に回り、脇に追いやられるばかりだったというのにこうして声をかけたのは、恥の上塗りを期待しての事では決してない。
マレーネがそうであったように、イセリナにも俯くのでなく、見上げる機会を用意する為の誠意であったのだ。
「……ですが、公国流の踊りを披露することは能いません」
「いや。私は君の、君達の作法で踊りたい。我々は真の意味で互いを知りたいのだ」
テーブルの下で、足を蹴り合うばかりが外交ではない。格差と差別の根がどれだけ深くとも、個人間で育まれる誠意が、本当の意味での友好を築く一助になると信じるが故に。
その若さ。青臭さを嗤いたくば嗤うが良い。ガルマはガルマなりのやり方で、この悪趣味な遊戯に決着を着けたいと思った。
それでこそ、自分を信じ、送り出してくれた義兄や兄姉に、王たる父に顔向けできると思ったから。
そして何より、イセリナの為にこそ踊りたかったから。
長い夜の第二幕──踊る若人二人の表情は、何処までも清々しい物だった。
【悲報】マハラジャ画面外で終了のお知らせ【どうして】
編集長が要らん事言ったせいで、とんでもねーバケモンが生まれた模様。
多分確実にカーン家はマレーネ様に乗っ取られます。
ホントは羞恥に俯くマレーネさんにガルマ様が手を差し伸べて、そこから淑女の扱いとジオン流のダンスに興味を持ったイセリナがガルマ様と仲睦まじく踊る……というのが今話の初期の流れだったのですが、編集長が好きになり過ぎたので流れを変えましたw
いやマジで書いてて楽しいわ編集長w
いつかこいつ断崖に突き落としたい(鬼畜)