ソフィアさま、ご報告ありがとうございます!
ふた月と持たずして、地球侵攻軍の完全占領下に置かれた北米。
ハノーバーを越えて北海まで追いやられ、鉱物資源を蚕食されるがままの欧州……。
強硬な態度を崩さず講和の席を蹴り、継戦を選択した連邦は、帝国主義の時代にあって、大英帝国や大日本帝国を前に膝を屈した清国と末路を同じくするだけの、歴史に学ばぬ老いた獅子に過ぎなかったのか?
“ここまでしてやられた手前、そうした見方をされても仕方ないだろうねぇ”
深く、溜め息と共に濃厚な葉巻の紫煙を吐き出しつつ、ゴップは過去の決定を振り返る。
公国側からすれば、あれほどまでの好条件はなかった筈だと、さぞ憤ったことだろう。連邦は地上軍という戦力を保有し続け、統一政権という支配者の座を降りたとて、超大国としての地位を維持し続けるのだ。
多少の賠償金や既得権益の剥奪など、この待遇の前には余りに安いが、魚心あれば水心ありと言う。
“
この独立戦争を以て、世界を二分した戦いを最後とし、二度と連邦のような暴君を誕生させないために。何よりも母なる地球を破壊し尽くし、人類の存続さえ危ぶまれるような大戦争を、二度と発生させないためという『表』の理由にして策。
地球と宇宙を、
成程それは、一見理想的な構図に見える。
“その裏に潜むジオンの
ただしそれはゴップと、その次の世代までの連邦の地位を保証したものであって、世界の恒久的な平和と安寧を得ることが叶わなければ、連邦の転落も避けられないと言うことを、ゴップも、腐敗しているが故に打算の嗅覚が並外れた連邦政府高官さえ理解できていた。
“地球連邦が敗北し、統一政権が崩れれば、間違いなくジオンが世界の盟主として君臨しただろう”
それは既定路線であるし、むしろそうならない方がおかしい。
各サイドの開放も、連邦宇宙軍との戦いを制したのも全てジオン公国の手柄であり、かの国の一人勝ちだったのだから。
“だからこそ、
早期講和が成し得た後……当然だがサイド国家が段階を経て樹立され、連邦はそれを追認せざるを得なくなる。確実に公国の息がかかった、半ば傀儡も同然の中小国をだ。
同時に、一国で連邦という超大国と相対した以上、賠償金によって戦費を賄えても、ジオン公国が人口を含めた戦後の諸問題を解決するには時間を要する。
国家を立て直す内は何としてでも平和を維持すべく、今の世代は戦後処理に追われるだろう。ジオン公国が世界の盟主として立ち回るのは、次世代以降になってしまうのは間違いない。
ゴップが次の世代までの繫栄しか保証されないと考えた理由はここにあり、同時にそれ以降の動きも読める。読めてしまう。
ジオン公国は、傀儡だった筈の友好国に出し抜かれ、盟主たる地位はお飾りに成り下がってしまう未来が。
“どれだけ立派な恩人でもね、『一人勝ち』というのは皆嫌がるものだよ……ましてや、自分達が傀儡に甘んじなくてはならないとなったら、そりゃあさぞ裏では嫌な顔をすることだろう”
ジオン公国からすれば、始まりは完全に善意で行っていることで、建国の基盤を整えんとしている今の世代の官吏達も、崇高な志を胸に各サイドに助力しているのは間違いない。
……しかし、そうした善意が無償の物であり続けた試しはないのだ。
親ジオンを謳い建国された各サイドは友好国として、初期段階であれば傀儡に甘んじてくれるだろう。ジオン公国に対して恩がある上、国を治める為に倣うべきことは山程あるのだから当然だ。
但し、親と子のように仲睦まじく居られる時間は短いもので、国が自分の足で立てるようなった途端には、恩義など建前でしか語られることはない。
国家に真の友情は存在しないと昔から言うのは当然で、庇護を必要としなくなった国家は、常に自国の国益を中心として動く。
大国などどれだけ友好的であっても目障りで、いつかは自分がその地位に付きたいと思うもの。国家のエゴと言うものは、国の大小に拘わらず、何処までも巨大で度し難い。
だからこそ強国は弱国を抑える為に、常に軍事と経済の力を欲して止まないし、弱国は強国を撥ね退けるために、同じく軍事・経済力を欲し続ける。
そうしたエゴを国家が持つという理屈は、当然だがジオンの側にも通じてしまう。
旨味を得、覚えた国家は、決してそれを捨てきれない。
各サイドが独立独歩を果たせる段になったとしても、ジオン公国は自分達の影響力を保持し、常に国家の中枢に自分達の息がかかった状態を維持し続けたがる。
平和のため。相互発展のためというお題目の『裏』で、ジオン公国は盟主たる地位を盤石とするために、友好国を傀儡とし続けるだろう。
連邦のような暴君とは異なる形だとしても、強引に頭を抑えつけるのではないとしても、それは紛れもなく他者を奴隷の鎖に繋ぐ、支配者の理屈と行いでしかない。
今の世代にすれば、復讐心に駆られた各サイドが連邦に嚙み付かぬよう首輪を付けたかっただけだとしても、純粋に平和を希求したが為の措置だったとしても、後の世代は必ずそのシステムを悪用する。
“正しくリカルド・マーセナス没後の連邦と同じだよ。始まりの善意と情熱は必ず形骸化し、ジオンの求めた平和維持は、単なる強国のエゴに置き換わる”
技術的優位に支えられるだけのジオン公国は頂点に君臨すれど、その陰で確実に、不満を持った各サイド国家は各々で暗躍してしまう。
サイド国家間の同盟など、国と国とのエゴのぶつかり合いの前には、表面的にしか機能し得ない。
傷つき疲弊したジオン公国が単独で連邦と渡り合えるだけの力を持ち、いざとなれば複数のサイド国家の頭を力づくで抑え込めるようになるまでに、各サイドは虎視眈々と自分達の勢力拡大に注力し、平和維持の枠組みなど知ったことかと動くだろうが、その責はジオン公国が独立を果たした時点で、予定調和であったと言える。
自由を欲し、独立を勝ち取ること。何時だとて弱者は強者の手から逃れたいと思うもので、だからこそジオンも連邦を下すべく決起したではないか。
友好国として建国されるサイド国家もまた、強者たるジオンの軛から逃れ、自由を得る為に足掻くことなど、当然の帰結でしかない。
“無邪気に信じていたのかね? 巨悪の存在さえあれば、世界は団結し続けると? 皆が皆、大きな目的さえあれば足並みを揃えてくれるとでも?”
それは正しい。ナチス・ドイツの時は、資本主義と共産主義で、仲良く握手することができていた。
同時に間違いだ。冷戦の時代では、資本主義と共産主義は、各々の枠内でも互いに対立し、裏では反目していたではないか。
前者と後者。第二次世界大戦と冷戦の違いは、『全力で殴らねば殺せぬ相手』と『その気になれば何時でも殺せる相手』の違いだ。
世界を震撼させた第二次世界大戦の時と異なり、後者は核という脅威が互いに有れども、冷戦期における東西の経済・軍事力の差は決定的で、米国などは敢えて自国の軍備増強を喧伝し、ソ連に軍事拡張を強いることで、経済破綻と言う破滅を近づけるだけの余裕さえあった。
自分達が直接手を下さずとも、その気になればいつ
“世代が三つか、遅くとも四つも下ってしまえば、ジオンを盟主としたサイド国家同盟と地球連邦との戦力拮抗など、呆気なく瓦解するだろうさ”
そうなってしまった時、ジオン公国はどう動く? 連邦とサイド国家の対立構造を維持しつつ、力ある盟主として君臨し、人類の発展と繁栄を維持する世界平和を続けられるか?
“ギレン・ザビ辺りが不老不死にでもなれば、可能かもしれんがな……人の善意と理想が無条件で引き継がれるほど、世の中は甘くはないのだよ”
直接連邦を殴り、留飲を下げることが出来たジオン公国はいざ知らず、力を付けた他のサイド国家は、連邦に受けた仕打ちを水に流すことはない。
“間違いなく、連邦の力を削ぐべく手を打ってくるだろうね”
ジオン公国には内密に、連邦を置き去りに宇宙を中心とした通商・軍事的密約を交わし、自分達の発言権と力を高める為だけの、独立独歩の道を歩み続けてしまうだろう。
ジオン公国もまた強国のエゴと自国優位の甘美な蜜に惑わされ、友好国への無自覚な強要を強いるだろう。
その果てに、再び貧富の格差が人を、国家を追い詰める。
或いは強者が強者であるが故に、弱者を踏み潰そうと戦火の口火を拓くやもしれない。
“いずれにせよ、今のジオンが望んだ真の平和への道筋は、遠くない未来に崩れ去る……君達は甘く、国家として若過ぎたな”
善意だの施しだの、そんな甘ったるいお題目で、『国』が唯々諾々と従うものか。
そんなお題目など、自国であっても律儀に貫き続けるものか。
その点を思えば、むしろ感謝さえして欲しいとゴップは思っている。
戦争が中長期化したことによって、ジオン公国のみならず他サイドも出兵を余儀なくされ、戦費を含め捻出することで、一律に弱体化を見込めるのだ。
なんであれば、宇宙には将来ジオン公国だけが残るという未来も有り得るやもしれない。自主独立を果たせぬほどに弱り切った各サイドを吸収し、ジオンを唯一の大国として君臨させれば、それはそれで成功だろう。
“その時は思う存分、戦力拮抗に勤しめば良い。平和や繁栄というものは、異なるモノが少ないほど達成は容易だからね”
とはいえ、そんな理屈を声高に掲げた日には、ジオン公国は「ふざけるな!」と一喝しただろう。
継戦によって他サイドも同様に出血の義務を強いられたとはいえ、最も多く犠牲を強いられることになったのは他ならぬジオン公国であり、中長期化が確定した後の戦費捻出や人的資源の損耗に加え、各サイドへの支援負担すらテロによって嵩む始末。
数世代先の問題を解決する為と嘯かれたところで、それで痛手を被るのは連邦に過ぎないし、過去の人が抱いた青臭い理想など、後世の人間は簡単に捨てられると判を下したのは他ならぬゴップである。
いざ連邦と諸外国が矛を交える危険が表面化したとしても、『戦争をしたければ宇宙だけでやれ』と新たな国際法を制定してしまえば地球環境は守られる。
人類そのものの生存保障に関しても、ジオン公国が『サイド国家同盟の盟主』という庇護者の枠から外れ、頬かむりを決め込んでしまえば戦争当事国にならずに済み、国家の安寧と人類の生存権を同時に確約できるのだ。
人類の恒久的平和など不可能だったと見切りをつけ、所詮人同士は相争うもので、国家間の戦争が一定の周期で発生していた西暦の時代に歴史の針が逆転しただけだと簡単に納得してしまえるのは、ゴップの確信以前に、連邦がラプラス事件から今日に至るまでの歴史の中で証明してしまっている。
自国の安全保障さえ達成できれば、国として何一つ問題など有りはしないだろうと……至極真っ当な政治観を有する人間ならば、確実にそう反駁するだろう。
加え、仮にゴップの論をイワンが耳にしていたならば、そうした『常識的』な未来予想図の全てを真っ向から否定したのは間違いない。
ジオン公国は、それほどまでに甘くもなければ脆弱でもない。サイド国家の盟主として君臨し、世界をその手に掴み、動かすのは次世代と言う後継でなく、今を生きる我々だと。
絶対の自負と確信を込めて、イワン・ヨークは次のように言い放った事だろう。
──我らの総帥を見縊るな、と。
始まりの理想は潰えない。貴様らが説き、賢しらに語った妄想など決して実現するものか。
我らが勝利を献上し、総帥が光輝の玉座に坐した暁に、人類は黄金の夜明けを見る。
たとえ総帥がいと高き場所に召されるとて、その足跡に続く者が必ず現れ、人類の恒久的平和と繁栄を確約する以上、ヒトの未来に翳りが差すことは二度とないのだと……。
狂信者もかくやと言わんばかりの念と気炎で以てイワンは断言し、その言の葉は予言となって成就した事だろうが、これは何もゴップの眼力が確かでなかったという訳ではない。
正史と異なり、ザビ家が一枚岩となって機能するジオン公国は、ギレンを補佐する人材には事欠かず、その誰もが一角の人物だ。
軍事にあってはドズルとイワンが。諜報のみならず、内政・外交についてはサスロやデギンが……そして、その旗下で戦う綺羅星の如き将兵と官吏達が居る。
自国の存亡と生存権を賭けた正義の戦いに、誰もが身命を賭して身を投じている現状。
それによって本来ギレンが他に比類なき才覚を披露する場面が隠れ、その威光が分散してしまったが為に、ゴップはギレンと言う男の価値を、現時点での功績内で判断するしかなかった。
イワンの様に、仮にギレンが世界の統治者として君臨し、支配しただろう歴史のIFを知り得ていれば、ギレンを歴史の中に多く存在するような、優れた指導者の一人に過ぎぬと過小評価する事は決してなかった筈だ。
多くの偉人がそうであったように、老いと共に駄馬にも劣った麒麟に成り下がるのでなく、たとえ命尽き果てても己の思想を世界に刻み続ける怪物と知り得ていたならば、ゴップは未だ陰に潜み続けはしなかった。
レビルとティアンム亡き後、地球連邦における事実上の最後の砦として、連邦軍人としての義務感以上に、人類に黄金の夜明けをもたらす指導者が狂した時、誰も討伐し得ぬ怪物と成り果てる前に何としてでも排除すべく、全力でその英知を働かせたことだろう。
だが、所詮それはたらればであるし、何よりゴップも連邦も、圧制者であったからと言ってこれまでの非を認め、潔く敗北を認めてやるほど殊勝でもなければ、統一政権の座を手放す気など毛頭ない。
長々と語っては来たものの、連邦政府の多数派たる圧制者達が継戦を選んだのは既得権益を守る為であって、世界の為などでは決してない。
何処までも分かり易い私利私欲の産物。人という種が一丸となって未来を切り拓かんとした、統一政権に対して忠誠を誓い、それを崇高な理念として絶えず胸に抱く少数派はさておき、多くは人のエゴと利権が絡み合い、富める者としての立場に甘んじたいが為、宇宙に棄てた棄民を永劫奴隷の鎖に繋ぎたいが為に、継戦を選んだに過ぎないのだ。
だが、どんな理由であったとしても、自国の勝ちを求めることは軍人として正しく、間違いなど何一つとして在りはしない。
“間違いがあったとすれば……有り得ない筈の躓きに見舞われたことだ”
だからこそ、ゴップは一言も声を発しないまま、敢えて自身の思考の海に埋没することで、目の前の男を待たせている。不敵に唇を歪めつつも眼だけは笑わず、沈黙と言う手段で以て、男の失態を詰っていた。
「何故呼ばれたか、言わねば分からない程耄碌はしていないだろうね、ジャミトフ大佐?」
叱責にあたり、階級だけでなく、敢えて名を付す事で憤懣がどれほどのものかを暗に示していることは当然伝わっている筈だが、対するジャミトフ・ハイマンはその冷淡そうな細面の通りの性格なのか、感情の起伏を見せることは一切しない。
諧謔に口元を歪ませることも、恐れて真一文字に引き締めることもせず、慇懃ではありつつも、まるで機械越しに相手をするかのような声音で報告しだす。
あろうことか、現時点での連邦軍ならび政府の
「ティターンズについては、現場の一存で行われた事です。何より、ジオンは我々の動きを察知していました。手を拱いていれば、逆にこちらが一網打尽にされた事でしょう」
「だから私の意向を無視してまで、テロの早期決行に踏み切ったと言いたいのだね? ティターンズを表に出したのも、また同様の理由として?」
この間抜けが……! と並の将官であれば、ジャミトフに対して悪罵と共に更迭を言い渡したことだろう。
戦争において国家が真に欲するのは、戦いを制する事ではなく『相手にこちらの要求を吞ませること』にある。
敵国土へ侵攻し、敵兵の屍を積み上げることや占領することは、あくまで手段であり過程に過ぎない。
極端だが、敵兵を一人として殺せず、寸土として敵地を踏めずとも、軍事力という剣を突きつけ、恫喝する事で相手を従わせることが出来たならばそれは紛れもなく成功であるし、逆に幾万の勝利を重ねたところで、目的を果たせなければ失敗である。
戦争とは外交の一手段に過ぎぬというクラウゼヴィッツの名言通り、全ては駆け引きを前提にして動く国家間の
その点を鑑みるならば、連邦が仕掛けた
ジオンが此方の動きを察知していた?
工作員を一網打尽とする機会を、虎視眈々と窺っていた?
ああ、そうだろう。連邦と一戦交えるというのなら、それぐらいの情報網は有していなければ話にならないし、だからどうしたという話だ。
それらを想定した上で動く以上、一網打尽になどさせはしない。
連邦が有する圧倒的物量差と最高の部隊で以て、ジオンの諜報員を遥かに上回る規模を動員し、轢き殺し蹂躙すれば片は付く。
“だからこそ、暗殺という斬首戦術において、最も重要なのはタイミングだった”
やるならば一撃で、確実に。ジオン公国が機能不全に陥る規模で、同時多発的に根こそぎ首を刈り尽くす。どれだけ強大な兵器を持ち得ていても、どれだけ有能な軍人を現場に揃えようとも、それらを支える国家の柱を、徹底的に倒壊させてしまえば良い。
ティターンズはその総仕上げとして、全ての首を刈り尽くした後に『自分達がテロを敢行したのだ』と表明する見せ札であって、実行犯とする気は更々なかった。
全ては連邦の与り知らぬことであり、野蛮なテロによって予想外の方向に自体が転がってしまったに過ぎないという詭弁を弄する為の、いざとなれば本物のテロ組織として処断できる、便利な捨て駒。
誰の目にも明らかな連邦の陰謀だとしても、ジオン公国が手も足も出ない状況を作り出してしまえば、どうすることも出来はしない。
どれだけの怨嗟が募ろうと、前線での継戦意欲や反連邦感情が燃え上がろうとも、国家が機能不全に陥ってしまえば、感情面でなく現実的な判断を下さざるを得なくなるし、そうした現実的な思考に至れる人材だけは、敢えて殺さず残す手筈となっていた。
仮にジオン公国が斬首戦術の傷を可能な限り浅くすることが出来たとしても、他サイドを支援するだけの余裕を消失させるだけで、連邦には十分。
戦死したレビルやティアンムと違い、継戦を選択した連邦政府は、ジオン公国を歴史のゴミ箱に投げ込み、統一政権存続の礎として、その存在を抹消したい訳ではなかったから。
特権階級に胡坐をかき続ける愚物共にしてみれば、統一政権という連邦の根幹さえ、その利益の前には容易く手放してしまえる程度の価値しかない。
統一政権の維持に拘泥する連邦軍人は、当然徹底抗戦を訴えることだろうが、所詮少数派に過ぎない以上は、後で幾らでも処理できる。
反乱の意志ありと見做すなり、ティターンズ扱いにして軍法会議にかけるなり、邪魔者の排除方法には事欠かない。
『狡兎死して走狗煮らる』とあるように、現実でなく妄執に生きる者達には、『戦後』に相応しい場を設ければ……具体的には、絞首刑台なり、銃殺場なりへ移動して貰えば丸く収まる。
話は戻るが、連邦内での多数派が望むものを得たいのであれば、公国官吏の首という首を落とし、転がし並べ、ジオン公国に打つ手がなくなってから、こう打診すればいい。
『講和条件の訂正を申し入れた上で、降伏を受け入れて欲しい』と。
『連邦政府はジオン公国単独の独立ならば喜んで承認し、賠償金の支払いさえ、国庫が耐え得る範囲で認めます』と。
苦い敗北を受け入れ、頭を垂れて縋りつき、統一政権の過ちを認めた上で、ジオンの勝利に合意しよう。
意地を張れる余裕などなくなり、講和の席に再び就くしかなくなったジオンは、どれだけ苦くとも仮初の勝利を選ぶだろうし、選ばざるを得ない状況に、ゴップは確実に持って行く。
“そして──疲弊しきったジオン公国と地球連邦は、終戦の後に同盟関係へと至る”
怨敵であり、自国の羊飼い達を縊り殺したテロ国家との同盟など、到底不可能だと余人は考えることだろう。
しかし、国家間の同盟とは友情によってではなく、打算と合理によって結ばれるものでしかない。
自治独立を勝ち得たとて、自国の国力回復が急務たる状況に陥ってしまっている状況のジオンでは……。
何より単独での独立承認を受け入れてしまえば、味方であり同類であった筈の他サイドから完全に孤立してしまうことが強要されたジオンでは、どう足掻こうと敗者たる連邦の助力を必要としてしまう。
その結果、他の
ジオン公国の掲げた理想など、所詮はお題目にしか過ぎなかった。彼らは解放者ではなく、支配者の座を欲しただけの連邦と同じ穴の狢だったと他サイドは見做し、その裏切りに対して、憎悪の視線を向けることは間違いない。
“そうして我々は、ジオンと友好関係を結び続ける。地球と宇宙の、世界を二分する超大国として互いに手を取り合いながら、他の全てを支配する側に居座り続ける”
時間をかけ、世代を跨ぎながらじっくりと、甘い汁で理想に満ちていたジオンの精神を腐らせてやろう。圧倒的な軍事力と技術の暴力で以って、全てを屈服させる悪の枢軸たる同盟を築くことをゴップは画策し続けていた。
……だが、よりにもよって、その最初の一歩を、あろうことか味方の連邦軍人によって崩された。
ジオン側がどれだけ網を張ろうとも、ゴップは間隙に付け込めるだけの機会を見計らい、確実に成功させる自信があった。しかしそれは、
確実に、ジオン公国は、既に連邦が体勢を整えていると誤認してしまったに違いない。
優れた人材と稠密なる歯車で以って構成された組織を有する国家であるが故に、彼らは対策を怠らぬ。ここから先は、互いの諜報員と特殊部隊が血を流す、泥沼の戦いに身を投じる羽目になってしまった。
……何処までも深く手痛い失敗。仕損じた一手は余りに大きい。
大前提として、この作戦は
制宙権はジオン公国の手中にあり、ルナツーが陥落した時点で、これが覆る見込みはない。
ルール違反が常態化した戦争と認識され、宇宙中の
“だからこそテロの実行には、細心の注意を払わなければならなかった”
周到に。生産施設などへは一切手を出さず、官吏等の国家運営に携わる人材のみを標的とする。場合によっては発電施設等のインフラを抑える必要もあっただろうが、それでも
どれだけ怒り狂うとしても、
怒り狂った
戦後の軍事裁判は避けられないとしても、あくまで国家間戦争の枠内で穏当な決着が見込めるよう、大規模暗殺計画は一度きりで決着を着けなくてはならなかった。
犠牲を払うのは御上だけで、自分達は安全だと民衆に思わせることもそうだが、何よりテロの後にすぐさま連邦の敗戦が決定すれば、ジオン国民も他の
非道に走った連中には当然責任を取らせるが、それは降伏させた後の軍事裁判で如何様にも料理できると民意を操作させてしまえば、全てが片付く話だった。
“だが、それも最早ご破算だ”
これから先、連邦は愚策としか言えぬテロ部隊の逐次投入を強いられる。
ティターンズなどというテロ組織を前に出してしまった以上、公国国民を筆頭とした
それもこれも、ジャミトフ・ハイマンがしくじったせいで……!!
“いいや、彼はしくじった訳では無いし、決して無能でもない”
全ては計算ずくで、
たとえここで殺されるとしても……いいや、ゴップが殺すどころか、更迭さえしないと読み切っているからこそジャミトフは視線一つ外さず、堂々と向き合うことが出来ている。
“だが、不可解極まる”
一体何故、ジャミトフはゴップの期待を裏切り、
或いは寝返りの類か、何かしらの正義感をその身に宿しているとでも?
否。否。否。それ程までに分かり易い男であったなら、ゴップはジャミトフを『尻尾切り』には選ばなかった。
堅実に仕事をこなせるだけの実力も、口の堅さもこの男は有している。軍人らしく、自分の命すら数字として処理できる精神も宿している。
それと同時にゴップを裏切り、欺く政界の闇に浸った連邦軍人らしい腹黒さを備えていても、ゴップにとっての『最悪』だけは
どれだけゴップを国家の寄生虫と唾棄していても、どれだけ私人としてはソリの合わぬ人間だとしても、ジャミトフはゴップの『才幹』を認め、殺すに惜しいと判断し、生存を確約しつつ『破滅』からは遠ざけてくれる手合いだからこそ、思想や能力の一切を度外視して、この計画に組み込んだのだ。
だからこそゴップは睨めつけはしても、不満を態度で訴えはしても、それ以上のことはしない。恨み言など言うだけ徒労に過ぎぬし、軍事作戦にトライ&エラーはつきもの。
ましてや連邦軍のような巨体ともなれば、ゴップが全てを担う訳に行かない以上、大小の差は有れど、今後も齟齬は出てくるだろう。
紫煙が泳ぐ葉巻を静かに宙に振ることで退室を促せば、ジャミトフもまた溜め息一つ溢すことなく、立ち上がって踵を返す。
但し、その背を釘で貫くことだけは忘れない。
「このようなことは、二度と無いようにな。大佐」
「無論です。今後はいつ如何なる時も、閣下のご意思に沿うことを確約致します」
つまりはこの一手だけで、ジャミトフの思惑は果たせるということなのだろう。
それがどういったものかはこの場で明らかに出来なかったが、これ以上余計な真似をしないと言質を取れたのは不幸中の幸いか。
“……弱り目に祟り目とは言うが、悪いことは続くものだね”
徳など積んだ覚えもなし。運気などに縋れぬ身の上であることは承知しつつも、伽藍となった部屋で吐かれる吐息は何処までも重い。
しかし──それが興奮と歓喜に変わるのは、この直後の事だった。
今回ゴップ閣下良いところなかったけど、ジャミトフが連邦の勝ち確パターンを崩したので、次回はゴップ閣下へのボーナスタイムです。
ノーミスだったら大規模同時多発テロ(特殊部隊と最新装備によるガチ)でジオン崩壊待ったなしだったし、ここまで圧倒的ジオン側優位が続いてたからね、是非もないよね。
(なお「んなもんこいつらに必要ねーだろ!」ってレベルの連邦の国力は見ないものとする)
あと、今回ゴップ閣下が語った、早期講和におけるジオン側の『裏』の理屈は微妙にジオン公国(というかイワン君)の思惑とは食い違ってます。
後々詳しく語る予定ですが、ざっくり言うと、ジオンが「サイド国家の盟主としての地位を維持したい」という願望はありますが、それが長続きしない(その内他国が好き勝手動き出す)のは承知しているので、何なら連邦に軍事技術流して、ガチで『サイド国家同盟』として一枚岩にならんと対抗できないレベルに連邦を成長させた上で、各国に「やっぱジオンさんがトップ張って前に出てもらわねーとヤベーわ」っていう適度な緊張状態を維持したかったという狙いがありました。
この辺り、連邦の地力とか腐敗っぷりとか諸々考慮して
「そんな超巨大国家、いつでも殺せるようにしとかんとアカンだろ。しかも恨み骨髄のスペースノイドが、怨敵に自分の生命線の技術流出してくれるとかねーよ。
下手したらまたスペースノイド滅ぼしにかかるぞ、つか連邦は絶対やる」
と、我が事ながら連邦のヤバさと過去のやらかしを正しく認識してるゴップ閣下と。
「いやヤベーのはヤベーけど、だからこそそのヤバさ最大限利用すべきだろ。
友好国が独り歩きすんのは百も承知だし、だからこそ人口とか地力含めて、一丸になったらギリ勝てて、戦争したって得なんかねーじゃんってぐらいの国力に、その都度連邦を調整すんだよ。流した技術分の諸々も、その分連邦から徴収すりゃあ国庫が潤うしな。
平時の防衛費ってマジで金食い虫だから、稼げるときはガッツリ稼がんとアカンのだ」
っていうジオンの思惑が嚙み合わなかった結果が、講和失敗による戦争の中長期化である。
仮に早期講和が実現した場合は、その技術流出をアナハイムが担当することによって、この世界でもこいつらが(ジオンの息がかかりつつも)死の商人として君臨する予定だった模様w
多分ゴップ閣下がジオンの思惑を全部知ってたら早期講和は実現したし、何なら親ジオン議員として振舞いつつも、隙あらば噛み付こうとしてくる適度に緊張感ある状況を作り出してくれてたまである。
結果は御覧の有様ですがw