宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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【イワン君の敬称に関する変更のお知らせ】
 これまで将官になったイワン君を他の人が敬称で呼ぶ際は、ヨーク「閣下」ないし、「将軍」と言わせていましたが、突撃機動軍の司令長官に就いているにもかかわらず、他の将軍と同じというのは不自然であったので、司令長官就任以降の敬称を、一律で「長官」に変更致しました。
 本来なら宇宙攻撃軍司令長官たるドズル閣下も併せて長官と呼称すべきなのですが、ドズル閣下を「長官」と称させるのは本人の気質には合わないと思うので、敢えて長官でなく、本人の希望で「将軍」ないし「閣下」と言わせていることにします。

※詳細は『36 大地の子』に記載。

※2023/5/5誤字修正。
 テクノクラート社員さま、ご報告ありがとうございます!


44 魔将の覚醒

 伽藍となった()()で、静かにゴップは葉巻を呑む。

 

 富裕層をメインターゲットに設立された大病院は、連邦宇宙軍壊滅の報とほぼ同時に連邦軍が莫大な予算と武力に()()を言わせて徴発し、政府高官もまた世界各国の病院に三々五々散っては、個人資産を投じて院内を自分好みに改装していたが、これは何も指導者層が挙って健康志向に目覚めたという訳ではない。

 開戦劈頭、戦時国際法が事実上無効化していながら、律儀にもジオン公国が順法精神を発揮したこと。

 その後、連邦宇宙軍の壊滅によって制宙権を完全に抑えられたことを悟った瞬間、連邦政府と軍高官が最も安全な隠れ家に選んだ場所こそ、地下シェルターでも軍事要塞でもなく、民間の大病院だったと言うだけだ。

 

 西暦の時代から、耐震設備等の建築基盤が整っていた病院や学校といった公共施設は、中東などでもゲリラが拠点として使用するほどに頑強でありつつも『軍事利用しない限りにおいて』国際法の名の下に、攻撃を厳に戒められてきた施設でもある。

 

 ジオン公国がお上品な相手と見るや否や、一目散に安全圏を定めた中央議員連中の図太さには驚嘆するばかりであるが、前置きした通り、逆に軍事利用したことを証明出来てしまえれば、民間人が病床に就いていようが、女子供が屋上に(たむろ)していようが、遠慮なく爆弾を投下しようと罪に問うことは不可能となる。

 

 西暦時代のイラク・アフガニスタン戦争の際、米軍は敢えて足手纏いのメディアを前線に連れ回してまでリアルタイムで敵の動きを報じたが、あれもまた国際法上における自分達の行いを正当化する為の必要不可欠な措置であり、メディアによって敗北を喫した、過去のベトナム戦争や湾岸戦争の戦訓が活かされたが故の対策と言える。

 

 しかし、それも『確実に軍事利用していると証明出来れば』の話で、結論から言えば、公国軍がかつての米軍に倣うことは不可能と言っていい。

 北米と欧州は早々に陥落し、地球侵攻軍の軍靴が大地を均したが、ジオンの攻勢はそれ以降進まず、占領地の安定こそを第一としている点からも、そこが補給等の後方事情を鑑みての現時点での限界であることは容易に推察できる。

 

 そも、連邦からしてしまえばジオン公国の総人口を踏まえた上で、降下ポイントさえ特定できてしまえたなら、後は送り込まれた敵軍の規模を交戦時に弾き出せば、相手がどれだけ版図を広げたいかは一目瞭然。

 制宙権を取られていても、見上げるぐらいはできる。それこそ天体望遠鏡でも覗けばどの位置にジオン艦隊が居るかは容易に掴めるもので、次に敵がどの地点にどれだけの規模で展開し、制圧可能な最大面積を割り出すことは造作もない。

 

 後は地球侵攻軍の制圧圏内から外れた軍事・政治的価値の低い避暑地の病院を買収した上で、通常通り営業して貰いつつ必要な機材を搬入すれば、軍事司令部としての用を成すには十分。

 病院としての規模が大きいほど出入りする人間は多く、専門機材を随時搬入する機会も多いのだから、大型トラックが列を成しても、不思議に思う者は何処にもない。

 

 ジオン公国は直接制圧し得る範囲を超えた場には、マスドライバーによる戦略爆撃によって連邦の継戦能力を漸減(ぜんげん)するという手段で対応しているものの、マスドライバーは衛星を介して目標を確認後、攻撃するという大雑把なもので、そもそもマスドライバー攻撃自体の精度も低い。

 世界各地の地上基地は陸・空共に徹底的に破壊され、軍港もまた見るも無残な有様と成り果てたが、逃げ道さえ塞がれなければ、再起は幾らでも叶う。

 

“但し、それも制限時間つきのものでしかないがね”

 

 ジオンと同じく、連邦もまた時間を味方にする事は叶わない。

 何故なら最早、世界は地球と宇宙に二分された。

 純粋な人口差で言えば宇宙は地球を上回っており、現時点では圧倒的に数で劣る公国軍も、着々と各サイドから募集した志願兵の新兵教練を終わらせ、それを地球に送り込んでくるだろう。

 身中の虫とならぬ内に袂を分かった宇宙移民(スペースノイド)寄りの元連邦軍に加え、新戦力というジオンの持ち駒は、徐々に拡充されつつある。

 

 対して連邦は、新たに動員できる戦力を、大規模には見込めない。

 宇宙での大敗北は、どれだけ好待遇で徴募を呼び掛けても逡巡させるだけの衝撃を地球居住者(アースノイド)にもたらしたと言うのもあるが、大前提として、連邦軍に所属することで地球暮らしを認められた軍関係者や、自然に身を置く現地部族を除けば、大多数は成功者として地球に留まっている特権階級であるということは忘れてはならない。

 

 肉体的に旬の、上流たる教育を受けた男は次期財団の役員や跡継ぎであり、女は学がなくとも支配階級同士の政略結婚に利用できる貴重な資産なのである。

『連邦軍人であった』という前歴は政界進出において、ある程度の箔付けと近道にはなるものの、死んでは元も子もないのだ。

 勝ち目は怪しいと危ぶむ死地に……ましてや志願した自分自身でなく、軍組織そのものと政府高官しか多くの利益が見込めぬ戦争の為に我が身を差し出すなど、余程のことが無ければ無理だろう。

 統一政権が崩壊すれば地球居住者(アースノイド)の既得権益も失われるとはいえ、特権階級ならばそれに応じた蓄えはあるのだから、再起は幾らでも可能である。

 

“下手に恫喝などしようものなら亡命されるだけであるし、首尾よく強要できたとして、労力と比して得るものは余りに乏しい”

 

 今後はそれこそ、元軍人や荒事に携わった囚人を司法取引の元で運用することになるだろう。

 

“万全とまでは行かずとも、八割は力を出せる内に決着を着けたいものだ”

 

 その為にも、無為な時間や捨て駒を作る訳に行かないのだが……と、現状で打てる手を整理しようとしたところに内線の電子音が響く。無論、院内の医師や看護師からではなく、別室で情報を回された連絡将校が相手である。

 ジャミトフの退室からきっかり五分。それだけで急いではいるが、余人の耳に触れることなく、真っ先にゴップに報告せねばならない情報らしいと知れた。

 

『ご報告致します! ジオン公国軍の次なる目標が判明致しました! 敵の標的は、間違いなくアフリカです!』

「……ふむ」

 

 確かにオデッサほどでないものの、潤沢な地下資源と宇宙港を含む戦略的価値の高い都市に恵まれた大陸であるが、口ぶりからするに、まだ降下はしていないのだろう。

 おそらくは着々と降下準備に勤しんでいるに違いない。

 

“地球侵攻から最善手を打ち続けてきたジオンも、ようやく一手誤ったか”

 

 らしくもない失敗だな、とは思わない。北米と欧州が安定した以上、幾らかの兵力を抽出できると判断したのだろうし、或いは志願兵の即席栽培が上手くいった結果、捻出できる兵士の目途が立ったとも考えられる。

 

“何より大陸は、連邦にとっても因縁深い土地だからな”

 

 宇宙暦の始まり、大規模移民政策が本格化した際には九〇億もの人口が犇めき、その自重で地球を圧死させかねない状況下にあったが、旧大国を中心として構成された連邦議会は強制移民政策を実行するにあたり、真っ先に目を付けたのがアフリカだった。

 コロニーの追加建設の為、コロニー公社への公金負担や完成後の利権争いが生じていた欧州と異なり、検出資材捻出の為の豊富な地下資源を奪い易かったこと。何より『文化的でないが、数だけは多い連中』だったという旧大国のエゴが、移民という名の追放政策を、より苛烈なものとした。

 

 当然だが、アフリカ諸国における多くの国民は黙っていない。中央議会の席を与えられた指導者層と、何より連邦政府への復讐を誓った現地民は過剰かつ苛烈な追放措置に抵抗すべく武器を執り、戦い続ける道を選んだ。

 連邦政府が地球上における紛争根絶を発表した後も、反連邦組織たるFLN(アフリカ解放戦線(Front de Liberation National))と連邦は絶えることのない武力闘争に明け暮れ、今なお地下に潜り続けるFLNと地球連邦の対立構造は続いている。

 

“彼らと轡を並べることが出来たなら、土地勘のない自分達でも……と考えるのは当然だ”

 

 ジオン側の技術優位も未だ健在である以上、欧州の時のように重要な地域を重点的に占領していけば、兵站面でも無理は出ないだろうと判断しても何ら不思議な話ではない。

 しかしだ。

 

“アフリカは連邦(われわれ)ですら散々に手を焼かされてきた土地だ。如何に反連邦思想が根強くとも、それだけでは攻略しきれんよ”

 

 かの土地に犇めく民族と人種……。

 部族単位に根差した確執や言語の壁……。

 

 強制的にとはいえ、人種や宗教、歴史の別なく宇宙に打ち上げられた宇宙移民(スペースノイド)は、そうした民族間の確執をはじめとした諸問題を克服して()()()()いるし、だからこそその根深さと愚かさが分からない。

 異なる宗教、異なる価値観……同じ人間でありながら、国境を隔てた先どころか僅か十数キロ離れた土地でさえ別の種族ではないのかと思うほどに、文化的な食い違いが発生するのがアフリカや中東の部族社会なのである。

 国家への帰属意識が根を張った欧米やアジア圏であれば、多少の苦労は有っても現地勢力と折り合いをつけることは可能だったろうが、アフリカとなれば話は別だ。不可能と断言してもいい。

 

 そもそもにして、コロニーという災害一つない恵まれた環境下で生きてきた連中が、風土病や自然災害といった土地そのものが根差す脅威に、一体何処まで対応出来るのだという話である。

 H・G・ウェルズの『宇宙戦争』ではないが、純軍事的な面でなく、地球という土地環境こそが、宇宙からやってきたジオンを疲弊させ、追い込んでくれる事だろう。

 皮算用に過ぎないが、連邦が手を下すまでもなく瓦解し、撤退を選びかねない状況まで行き着いてくれたなら、この上ない結果だとゴップは思わずほくそ笑む。

 

「それで、敵の規模はどの程度のものが予想されるかね? 唯同然にくれてやるのも何だ。引くにしても、それらしく演出せねばな」

 

 北米や欧州の時と同じく敗れることが前提であるが、今回に限っては敵を疲弊させ得る最大の好機だ。鼻息荒くして地下資源を貪る為の皮算用に勤しむジオンの苦難を想像して、喜色に満ちた質問で次の言葉を待ち──

 

『ジオンは一切の部隊を降下させておりません。奴らは……、現地の反乱勢力に武器を贈与しています!!』

「は……?」

 

 武器を、与えた? 一度の降下もせず、欧州や北米から兵を移送するのでもなく?

 

「情報部はどの程度の確度で掴んだ? ゲリラの使用兵器に、例のロボットは含まれているのか?」

『はい。いいえ、閣下。反乱勢力は我々の装備と同等の、既存の兵器のみ確認しております……ですが、歩兵火器のみならず、無人軽戦車や大型の戦闘ドローンまでも融通しております。間違いなく、これまでの規模とは桁違いの抵抗が予想されます』

 

 最悪、アフリカ全土に蜂起の雄叫びが広がりかねないと危険視する連絡将校の言は、情報部もまた同様の危惧を抱いているという事なのだろう。

 それはつまり、仮に敵軍が存在していたとしても、精々が反乱勢力に戦闘教育を実施する、軍事顧問に任じられた特殊部隊に限られているという事だ。

 

「……一分待て」

 

 ごと、と受話器を机に置きつつ、片手で顔面を覆う。

 未だ受話器を握りしめたままの掌に、じわりとした汗が滲む。

 

“連邦は……私は何を、誰を相手に今まで戦っていた?”

 

 読み違える筈だ。何もかも、上手く行かず空転した筈だ。

 これまでもゴップは、何処かで引っ掛かりを覚えていた。綺羅星の如き将兵が集うジオンにあって、名の知れた誰をも抑えながら、常に自分達の上を行く何者かは、彼らではないだろうという確信にも似た違和感があったが、ようやくここで理解出来た。

 

“我々の相手は公国どころか、宇宙移民(スペースノイド)ですらなかった”

 

 アンリ・シュレッサーをはじめ、ダイクンの思想に共感し、寝返った元連邦軍人は確かにいた。しかし、ジオンに派遣した軍人の大多数は、元は軍人としてのキャリアを重ねた事で地球での市民権を獲得した宇宙移民(スペースノイド)であるし、一部の純粋な地球居住者(アースノイド)にしたところで、戦略構想を有するような人材では決してなかった。

 そんな人材が寝返ってしまえば、地球の民族や地理的特色そのものを宇宙移民(スペースノイド)に教授されかねない。

 万が一どころか、億が一であってもそんな事態に陥って堪るかという保険であったが、現実にジオンが地球に侵攻している現状、それは正しかったと多くが確信している。

 

“しかし……しかしだ。今まさに、我々は最も危惧していた事態に直面している”

 

 アフリカに眠る、莫大な地下資源という餌は完全に無視された。

 それどころか、アフリカに根差す地域・民族的対立を巧みに利用し、自分達に決して火の粉が降りかからぬよう、対岸の火事を眺めるように、反対勢力と連邦との血で血を洗う戦いの傍観者で居ようとしている。

 決して宇宙移民(スペースノイド)に行き着けない、怨嗟と暴力と怨恨を煮詰めた世界を知り、学び、歴史を垣間見続けた地球居住者(アースノイド)でこそ持てる視座を有した者が、それを指示したのだろう。

 

“特に悪辣極まるのが、送り付けたのが既存兵器に限るという事だ”

 

 いざ反乱勢力がジオンにすら牙を剥くとしても、既存兵器の一切を旧式のそれに置き換えた、究極のゲームチェンジャー足り得るミノフスキー粒子とMS(モビルスーツ)を手元に置き続ける限り、反乱勢力に逆転の目は決してない。

 いつ何時(なんどき)であろうとも、自分達が常に主導権を手放さぬよう動く性根の悪さ。民族対立特有の残虐さと不義理を常に隠しもしない現地勢力と、壁を隔てる周到さ。

 

 その小癪さと忌々しさが、ゴップの肩を震わせる。今日という日まで、決して感じることのなかった焦燥、追い込まれているという確かな感触。これは、これこそが──

 

“してやられたと、いう事か……!”

 

 ──楽しいという、感情らしい。

 

「くふっ」

 

 顔を覆っていたのは恐怖からではない。政治家として、政治将官として、感情を表に出さぬ紳士階級として常に着用すべき仮面が、そうしなければ剝がれてしまうと危惧していたから。胸の奥から湧き上がる、常軌を逸した感情(ねつ)を抑えなければ、歯止めが効かなくなってしまうと分かっていたから。

 嗚呼、だが、だがもう駄目だ、自分という物が、どうしても抑え切れない。

 

「くっ、は、は、ははははははははっはは────────………………あ!!」

 

 ジオンがどれだけの新兵器を開発し、勝利を重ねたとしても、戦略という一点においては、常に予想の範疇でしかなかった!

 人口を。国力を。全てを計算した上で打てる手は、常にゴップの範疇に留まり続けた。

 釈迦の掌を抜け出せぬ猿を見るように、自分の掌を抜け出せぬ愚物共しか、この世にないのだと諦めていた!

 ことの成否は決して問わない。どれだけ目を見張る成功でも、どれだけ愚劣な失敗でも構わない! この人生で、勝利を飽食し続けたが故に飽き、乾いた自分の予測を一度でも超えてくれる何かがあるのなら、それに出会えることが出来たなら、ゴップはそれを見てみたかった!

 

「ようやくだ、嗚呼、遅かったじゃないか……死ぬまで出会えないと諦めていたよ?」

 

 もしもゴップが正史と同じように、ギレン・ザビの能力を過小評価することなく、人類を滅ぼし得るだけの才覚を有していると知り得ていたならば。彼は人類の守護者として、義務からその腰を上げただろう。

 もしもゴップが今よりも老い、死期を悟るまでとは言わずとも、考えるようになっていたなら。自身を民に寄生する寄生虫と定義しつつも、自分を富ませてくれた宿主たる人類への恩返しとして、その権能を人類存続の為に用いただろう。

 

 だが、それは全て、今この世界にあってはIF(たられば)に過ぎない。

 

 死を一考するには今少し遠く、義務から立ち上がるには、余りに善良過ぎた敵だったからこそ、ゴップには全てが空しかった。

 

 自分と渡り合う事の出来る強敵。それに出会う好機に恵まれなかった不運にして幸運……。情熱のない人生だからこそ、ゴップは寄生虫として私腹を肥やし、日々を己の為に費やすしか、英知の使い道を見出せなかった。

 宿主たる人類を蝕むのではなく、宿主を肥えさせおこぼれに与るという……個人としては莫大であっても、人類全体で見れば気付けもしないような富に満足する事で、『何不自由ない人生』そのものを『満足』だと思い込むことで、無聊の慰めとしてきた日々……。

 

 定石から詰めまで全てを覚えてしまったチェスの様に、何もかもを淡々と、作業の様にこなすばかりの半生だった。だからこそ、宿主たる人類にとって、有益な寄生虫であろうとする信念から外れず生きてきた。

 

“──けれど、私達はようやく出会えたんだ”

 

 恋する乙女の様に純粋に。

 愛する者を殺された怨敵の様に禍々しく。

 未だ見る事の叶わない公国の影を求め、ゴップは窓から空を、否、宇宙(そら)を見上げる。

 富を、力を、持ち得る権能の全てを全力で投じることが許されなかったのは、今この時の為だったと、知らず握り込んだ拳に一層の力が籠もる。

 肉体的にはどうであろうと、老獪の二文字を体現するに相応しい狡知を備え、それを最も遺憾なく、十全に奮い発揮できる地位に辿り着いた今。

 レビルもティアンムも既に亡く、地球という世界の半分を玩弄出来るだけの力を備えた上で、人類史上最大規模で繰り広げる対局の席に着けたこと。

 それは、世界というチェス盤を用意され、対局する相手を神が選んだ上で、ゴップに指し合えと示しているようですらあった。

 

“──これを。これこそを運命と言わず、何と言う?”

 

 相手もまた、世界の半分たる宇宙(そら)を陰から操り、駒の如く動かす力を有している。引かれ合い、導かれるとはこういうことだと。歓喜に眩暈さえ起こしそうな中であっても、冷静に運命の相手を推し量る。

 

“優劣の別はさておき、君は私と同じだね?”

 

 決して、どんな殺し屋であっても辿り着かせないよう保身に徹し、陰で全てを差配する政治将校の完成形。たとえジオンと連邦の雌雄が決したとしても、ゴップと相手が互いにすれ違う機会があったとしても、既にゴップ自身が知り得ている人物なのだとしても、その正体をゴップが突き止めることはできないだろう。

 比類なき狡知を宿しながら余人の多くはその真価を知り得ず、腐敗した将官としか看做さないゴップがそうであるように、どれだけ名が知れ渡った高位顕職であろうとも、その全容を知り得る者はごく僅かか、或いは絶対強者で有るが故に、決して敵が手を届かせることのできない場に留まり続けることが出来る手合い。

 持ち得る権能を最大限行使しながら、確実に息がかかっていると盤面で理解できるのに、互いに差し手の顔は確認できない。きっとそんな状況が、終わりの日まで続くのだろう。だからこそ、顔も見えない相手だからこそ、一層昂るものがある。

 余計な情報がないからこそ、熱く熱く、期待に心が燃え上がるのだ。

 

“私達はずっと、互いの陰に恋し続けるんだね”

 

 恋文を認める様な、軍人にあるまじき詩的な言い回し。ありったけの思いと皮肉を込めて、ゴップはこの出会いに感謝する。もしも神という存在が在るのなら、今この瞬間にも祈りを捧げたいほどだ。だから、これから──

 

“世界という──()()()チェス盤を楽しもう”

 

 退屈していたんだ。何もかもが些事に見えてしまうから、俗物らしい生き方しかできなかったんだ。けれど、それはもう今日で終わり。死ぬまで眠る筈だった、ヒトを超越した知を、力を今解き放たずして何とする!?

 

 地球は()()()、宇宙は()()。定石から詰みに至るまで、全てを把握してしまうほどに。けれど、どんなに狭い盤面でも悪手はある。思いつかない一手がある。

 実際、ゴップは地球居住者(アースノイド)なら打てる手だが、宇宙移民(スペースノイド)には打てぬだろうと、予期出来た筈の手を侮ったが故に衝撃を受けた。ふらつき、よろめき、殴られたと自覚したその時になって、ようやく惰眠から目を覚ました。

 超越した才幹を有しながらも、それが為に十全の中の一で足りてしまう世界に合わせ、夢に微睡みながら人の世を渡った怪物──イワン・ヨークのような、異なる世界と歴史の知識を頼みとして、余人から畏れられた紛い物とは違う、真正にして究極のモンスターが悍ましいほど真っ直ぐに、ジオンを標的に定めたのだ。

 

“思う存分、スリルに満ちたチェスに耽ろう! 君と私で、世界の全てを使って遊び尽くすんだッ!”

 

 世界の覇権、人類の行く末を賭けた壮大で、しかし勝敗次第で数多の命が潰え、未来が暗黒を覆う、最も残酷で悪趣味な戦争というゲーム。

 しかしそれはゴップにとって最早遊びだ。彼は情熱の赴くまま、興奮と衝動の赴くままに全力で駒を動かし、勝利を掴むべく奮起する。

 遊びだからこそ全力で──誰より強く手強いプレイヤーとして、ジオンの前に立ちはだかろう。何処までも醜く、厚かましく、ジオンが正義を掲げるなら、それに相応しい悪の軍勢を率いてやろうではないか!

 

“君が思わず私を殴りたくなるような手を打ってやろう。奥歯を噛み締めて歯を鳴らし、千度私を殺したくなるほど、夢に見てくれることを切に願う”

 

 だが、決して本当に殴らせてはやらぬし、この身に裁きが下ることは決してない。

 彼は魔将──物語のように破滅を約束された魔王でなく、魔王さえも持ち駒として操る、万魔の支配者であるが故に。

 

「ああ、待たせてすまない。今から出す命令を、違えず実行してくれ給え」

 

 きっかり一分。どれだけ長く思えた長考も、脳髄に迸った歓喜さえ、現実の時間に置き換えればその程度。しかし、その一分が翼持つ虎を叩き起こした。

 片手間で、片足を持ち上げれば潰せる蟻の群れを夢うつつに眺めるのでなく、喰らい合うべき同族を前に巨体を起こし、天に舞う翼を広げたのだ。

 

「私からのささやかなプレゼントを、アフリカへ届けてくれ。

 戦略核(イエローミックスケーキ)を七つ、満遍なくだ。生ものは傷みやすいから即日で頼むよ?」

 

 ──まずは面白くなるように、盤()()()()に拳を叩き落とすところから始めようか。

 




※ゴップ閣下はラスボスじゃありません。
 TASでも絶対に殺せない、ムービーイベントキャラです(無慈悲)

 老け込んで人類存続を考えるには早く、武闘派が死んで権力牛耳れるようになった途端、同じレベルでチェス(手駒は世界の半分)が指せる相手が出てきたゴップじっじ、全力で趣味に生きることを決意した模様。
 おう喜べよイワン君。宇宙世紀最高峰の政治将官に認められたぞ?

※政治将官としても棋士としても、ゴップ閣下はイワン君の完全上位互換です。
 ていうか未来知識ないと、イワン君はMSパイロットや前線指揮官としては超優秀だけど、将帥としては普通に優秀な将官ぐらいの立ち位置です。
 つまりは過大評価だよゴップ閣下あ!?
(絶望のジオンハードモード突入。取り敢えずアフリカは死ぬ)
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