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“何故、このような手を打った?”
アフリカ全土を巻き込んでの同時多発テロが、連邦軍の核使用によって頓挫したとイワンが報告を受けた時、敵の非情さでも自陣営に与えた損耗でもなく、先の疑念が真っ先に脳裏に浮かび上がった。
チャップマン率いる将校団に対し、イワンは彼らが最先鋒だと偽ったが、現実には兵器だけでなく、それを扱えるだけの人員も先んじて一定数潜り込ませていた。
正直に言えば、イワンはチャップマンを欠片程も信用していなかったし、信頼に値する類でもなかったからだ。
単に非才であるというだけならば問題はない。ガルシアがそうであるように、多少能力に難があったとしても、それを補えるよう環境を整えてしまえば相応の成果は見出せる。言葉は悪いが、馬鹿と鋏は使いようと言う奴だ。
“……だが、ジロム将軍については論外だった”
故人を悪し様に罵るのはイワンの趣味ではないが、歯に衣着せず公正な評価を述べねばならない場面が来たのなら、間違いなくそのように切って捨てねばならなかっただろう。
ムンゾ防衛隊時代は司令官の席に着いていたとはいえ、あくまで人員も規模も要人警護を主とした自警団に毛が生えた程度の、組織として立ち上げたばかりの頃の話。
悲しいかな、連邦軍将校として経験豊かな人材というものは、当時のサイド3では大変希少で、その中での最高階級がチャップマンだったから、司令官の席を与えられたというだけのこと。
後進の育成を待つまでもなく、アンリ・シュレッサーのような寝返り組の増員が見込めた時点で、チャップマンよりその椅子に相応しい人材は幾らでもいたが、それでも屋台骨を築いた功労者であることに変わりない。
幸いと言うべきか、チャップマン自身は平時型の司令官として『瑕疵なく』防衛隊司令官を務めることもできた為、有能な副官を据えれば組織運営に支障をきたすことはなかった。
“しかし、拡大していく組織の先を、対地球連邦という流れを見据えて動くことは出来なかった”
それ自体をとやかく言うつもりはない。人には向き不向きがあり、国家を蚕食するような手合いでさえなければ、イワンとしても補佐に徹して見せるぐらいはしてやっただろう。
それでも論外だと判を下したのは、能力とは別の理由。
“チャップマン・ジロムが、野心家としては下の下であったことだ”
分際を弁えぬというなら、ガルシアとて同じである。己の身の丈に生き方を合わせるのではなく、
しかし、チャップマンはガルシアと違い、悪い意味で頭が切れた。
己にとって不利な状況下や、責任が付き纏う問題を意図的にはぐらかし、安全圏に身を置きたがるという、上に立つ者としては到底容認できないその悪癖があったからこそ、イワンは敢えてガルシアを北米方面軍司令官に指名した。
己の求めるものに直向きであり、命令を忠実に実行でき、何より根が小心であるからこそ裏切れぬ……そんなガルシアだからこそ、イワンは己の手足足り得ると重用したのである。
仮に北米司令官がチャップマンであったなら、決してそうは行かなかった。失態を恐れ、責任を転嫁し、与えられた地位に固執して大局を見誤る……どれだけ有能であったとしても、そんな男に大事を託す訳には行かぬ。
だが、悲しいかな。そんな男であったとしても、上手く扱わねばならない程には公国に余裕がないのも事実。いずれは盤上から除かれる事を前提とした駒であったとしても、それを最大限長く、有効に活用するのが棋士というものだ。
身元の偽造から地下基地への潜入路まで打てる手は全て打ち、サスロ機関の連絡員もMIA(
“それでも口惜しい事に、連邦には上を行かれたがな”
ゴップがはじめ、ジオン公国への同時多発テロによる斬首戦術を企図していたように。
ジオン公国側も、テロを仕掛けるなら一気呵成に畳みかけねばならなかったからこそ、敢えてチャップマンが功を焦っても問題ないよう手筈を整えて来た訳だが、完全に出鼻を挫かれた形となったのは確かに惜しい。しかしだ。
“敵対勢力の掃討だけならば、ここまで大それた花火を打ち上げる必要はなかった”
連邦側は核使用について、あくまで公国軍という戦争当事国でなく、自国領土内での、テロ掃討に用途を限ってものであったと主張している。
テロリストには国際法も戦時条約も適応されない。
連邦は核使用に踏み切らざるを得ないだけの武装勢力の装備の質と人員規模を詳らかにした上で、「これほど大規模な兵器の備蓄は、相応の年数をかけたに違いない」と、敢えて公国側の関与を否定して見せることで、公国が非人道的行為だと詰ることを出来なくさせた。
痛い腹は探られたくはない公国としても、初めから「南極条約を順守した上での特殊作戦であり、正当な対応であった」と連邦の過剰極まりない掃討作戦を認め、言及は避ける腹積もりであったものの、だからこそイワンは首を傾げざるを得ないのだ。
“連邦の情報収集能力は、驚嘆の一語に尽きる”
核攻撃直後、アフリカに点在したFLNの主要潜伏基地や地下拠点のピンポイント爆撃自体は、指して驚くべきことではない。
“正史においても、一年戦争終結後の連邦軍は軍縮回避と予算確保のため、意図的にジオン残党を見逃し、時には物資まで流して見せていた”
アフリカ大陸内における抵抗勢力についても、それと同じ理屈である。
制空権を連邦が握り続けていた以上、どれだけFLNが力を付けようと、公国軍が更に上の制宙権を握るまで、FLNに盤面を覆す力はなかった。
消そうと思えば何時だとて消せた痩狗の群れで、利用価値があったから残してやったというだけのこと。そんなことはイワンとて百も承知だったからこそ、着々と公国軍工作員の連絡拠点を準備してきたというのに、連邦はそれさえ正確に割り出し、殺し尽くして見せた。
情け容赦など呵責もなく、しかし戦争芸術と言うならば、反撃の機会など一切与えぬ、洗練された破壊の美……などと称するには、何処かお粗末なやり口だった。
“私なら……”
もっと上手くやれたものを、と。イワンの脳裏には一層残酷な殲滅戦が浮かんでは消えていく。重要拠点を割り出していたのなら、徹底的に破壊するのはそこだけで良い。
アフリカには宇宙港をはじめ、政治的重要拠点は幾らでもある。西暦から宇宙世紀の中で開発された悪辣極まりない化学兵器を駆使すれば、都市機能を破壊することなく人間を殺し尽くすことは赤子の手を捻るように容易かったことだろう。
勿論イワンも公国軍も、その備えとして防護服やシェルターは用意していたが、完全に行き渡る訳ではない。最終的な核使用は避けられなかったとしても、可能な限り有益な施設は残しておくのがセオリーと言うものだ。
“……尤も、私も連邦がそうしてくれることを望んでいた訳だが”
アフリカ内の政治的重要拠点やインフラを盾にしつつ、連邦軍と
それを読み切った上で戦略核の使用に踏み切ったというのなら、成程確かに連邦にも利はあるが……。
“
イワンは連邦との対決だけを、この独立戦争だけを視て一手を指し続けている訳ではない。
悪を倒してめでたしめでたしで終わる創作の世界でなく、現実は何処までも悪趣味な思惑と、泥臭い
仮にジオン公国が、アフリカ人の犠牲をも最小限に抑えた上で連邦に勝利したとしよう。
アフリカ人はそれに歓喜し、握手と抱擁を交わし、ジオンへの恩を忘れないと口にして……アフリカ人は、アフリカに残り続けるのだ。
元よりFLN自体、棄民政策への反動として立ち上がった組織である以上当然だが、アフリカの民は自らをアフリカ人として、そのアイデンティティを決して捨てることはない。
“それは人類は地球というゆりかごを離れ、宇宙で生きるべきだとする
相利共栄など、決して期待できない関係。敵の敵は味方という理論で手を結んだジオン公国とFLNの思惑は、始まりの時点で大きな隔たりが存在していた。
今日の友は明日の敵となり、仮初の友情は破綻する。遠くない日、アフリカはジオンどころか
“いいや、強硬どころではない”
今次の独立戦争とは違う。圧政から逃れる為に戦った筈の
自由や正義を賭しての戦いでない、エゴと傲慢で血を流す、最も愚かな戦争……しかし、実態としては戦争などという言葉さえ生温い、一方的な虐殺と強制移民にシフトするのに時間はかからない。
“地球全土ならばいざ知らず、アフリカ単体を始末するだけなら実に容易いことだ”
それも、連邦政府の承認を得ていないテロ組織が相手となれば、イワンが直接指揮を執らずとも、ひと月とかけず殺し尽くすことは訳もないが……。
“馬鹿げた話だ……連邦を否定し、立ち上がった
だからこそ、そのような未来を回避すべく、イワンはこのアフリカ戦線で、FLNを殉教者に仕立て上げてやる筈だった。
彼らは自由の為、圧政からの解放の為に死んだのだと。
連邦と言う巨悪と戦うべく、宇宙の戦士たちと轡を並べ、雄々しく気高く死んだのだと。
戦勝の暁には、ギレンもかくやという大仰な演説をぶって見せたに違いない。
“たとえ、それが出まかせに過ぎないとしても”
FLNが資金繰りの為にコカイン畑の番犬として日銭を稼ぎ、近隣の学校から教育を受けた子供を拉致して少年兵に仕立て上げ、一桁の幼子をレイプして妻や妾にするような屑共だったとしても、それが発展途上国におけるテロ組織の有り体な姿であったとしても。
……そうした連中全てを『消毒』した後に。全てに蓋をして、自由の戦士として扱ってやっただろう。
“しかし、現実には連邦が全ての罪を被ってくれた”
兵器も人的資源も、惜しいと言えば確かに惜しい。しかし、数十年と持たず起きたであろう次の戦争を……いや、戦争とは名ばかりの虐殺を未然に防ぐことが出来たと思えば、この出費は余りに安い。破格とさえ言って良い程だ。
“それが分からない連邦ではない筈だが……”
余人から怪物などと称されようと、イワン自身は己がその域に達していると思い上がってはいない。
ダイクンとその一派を一掃するに当たり、ザビ家と協議を重ねたのは、己一人では達成できなかったから。
親衛隊や諜報機関を組織しながら容易く明け渡したのは、政治的な面だけでなく、自分がそれを十全に扱えるだけのリソースを保持できないことが目に見えていたから。
今もまた多くの将星に仕事を割り振り、可能な限り理想的な流れを作る事に注力しているのも、偏にイワンが己の力量を、力不足を正確に把握しているからに他ならない。
“私という男が、単独で成し得る事など高が知れている”
何処まで行っても、イワンは異なる歴史知識と意図せず与えられた能力を武器にするだけの、メッキに糊塗された仮初の英雄。真正の
“それでも──”
──勝つのは私だ。と。
ジオン公国の勝利だけではない。真の平和を、少なくともキシリア・ザビが老い、穏やかな眠りに就くその日まで、国家対国家の、互いが正義を掲げるような戦争だけは、この独立戦争を唯一のものとする気でいた。
人というものの愚かさを、醜さを、残酷な負の面を肯定しつつ、人とはそういう物だと溜め息を吐きながらも、キシリアが存命の内はテロリストや非合法組織のみを相手として戦うような、善と悪が二分する世界を営める努力を欠かす気は無い。
世界を
そこに。偽りや仮初でない、真の平和をもたらしたいのなら──
「──障害足り得る可能性は、全て『潰す』しかあるまいよ」
青い子供の夢を叶える為には、現実的な守護者たる大人こそ、泥を被るべきなのだから。
理想を現実にする為に、避けて通れない事をするだけ。
ただ……。
“……それでも、可能な限り犠牲は減らしたいとも思っていた”
アフリカ人に出血を強いる中でも、FLNと関係ない民間人については、密かに亡命させる筈だった。頑迷にも地球に留まり続ける手合いでさえなければ、市民権を与えて平穏無事な未来を約束する筈だったが……
“所詮、それも
そうした甘さと弱さを抱えているからこそ、イワン・ヨークは真の怪物足り得ないと自覚していた。
◇
“嗚呼、美味い”
健康に気を遣った、決して美味とは言えない食事と水だというのに、これほどまで五体に染み渡るのは、やはり一仕事終えた後だからだろうとゴップは心からの笑みを零す。
一世一代の対局だ。できる限り長く、じっくりと楽しむ上での体調管理として食事だけでも整えてみたが、中々どうして効果の程も実感できる。
葉巻を吹かし、美酒に耽溺などせずとも、心から夢中になれる娯楽と、鎬を削れる遊び相手がいるだけで、人生は何処までも鮮やかに色づく。
「こんなことなら、もっと早く節制に取り組むべきだったよ。老婆心から口にするが、大佐も良い歳だ。一緒にダイエットでも始めないかい?」
何処までも楽し気に、鼻歌さえ歌い出しそうな心地で、ゴップは受話器の向こう側に語り出す。酒が入っている訳でもないというのに取り分け饒舌に。十は若返った様に生き生きとした息を吐くのとは対照的に、ジャミトフは慎重に言葉を選んだ。
『……折角のお誘いですが、小官も多忙の身です。全てが片付いた暁には、一考しておきましょう』
「つれないな! 大佐のことは以前より深く理解できたんだ! ああ、しかし人の好き嫌いばかりはどうしようもないな!」
上司と部下で、折り合いがつかないのは社会の定めだ。どれだけ互いの能力を見込んでいても、職務上必要不可欠な位置にいる人間だとしても、反りの合う合わないは生理的問題でしかない。
しかし、だ。
「大佐。君にとっての私は、有能な
だというのに、と。心底楽し気に、背筋をナメクジが這いまわる様な、生理的嫌悪を催す不快な調子でゴップは続ける。
「どういう訳か、大佐は怒っているね?」
連邦にも、ジャミトフ自身にとっても、不利益など何一つ被っていない筈だというのに。
「不満があれば、忌憚なく述べてくれていいのだよ? それほどまで、私の打った手は大佐にとって拙いものだったかな?」
探り、煽っている事はジャミトフとしても承知していた。しかし、大将閣下の問いに無言を貫く訳にも行かぬ。互いに軍服を纏わず、公式記録にも残らない会話だとしても、軍機構の中で動く以上返答は強制されている。
「……反乱分子とジオンの工作員が厄介だというのなら、化学兵器を使用すべきでした。さすれば、アフリカの政治的重要拠点や土地を必要以上に破壊する事もなかったでしょう」
「慧眼だな。だが、それについてはこう反論しよう。
私はね、ジャミトフ大佐。君という男を知りたかったのだよ」
ジャミトフ・ハイマンが何を望み、求め欲するのか。ただそれを知りたいが為だけに、敢えて無駄に大掛かりな花火を上げてやった。たとえそれがジオン公国が戦勝した後、連中に楽をさせてやる結果になったのだとしても、そんな戦後はゴップからすればどうでも良い。
ゴップ個人に限ってなら、未来の絵図など勝敗に拘わらず、如何様にでも引けてしまう。
そんなことに手間を割くのなら、ジオン公国と対局する上で、ジャミトフという持ち駒がどう機能するのかを知り得ておく方が余程有意義と言うものだ。
「今、君は拠点より土地の部分に重きを置いた」
ゴップに対する反駁として、戦略的見地でなく『自然環境』こそを重要視した。
それは決して、耳を澄ませれば分かるような安易な物ではなかった。感情に任せ、受話器を強く握るような真似もしていない。
本当にささやかな、微かに息を整えた程度の声調の差。しかし、どれだけ微々たるものであったとしても、そこに籠る熱量が違えば、答えは自ずと知れてしまう。
「少し前の私では、君の真意に辿り着けなかった」
部下の心を理解して上げられなかった、愚かな上司だったと深く反省している。だからこそ、試さなくてはならなかった。
ジャミトフが早々に怒りの感情を向けなければ。
歯車の如く一片の淀みなく動き続けてしまっていたら。
何度も何度も時間をかけて、試行錯誤しながらじっくりと、ゴップは何処がジャミトフの琴線に触れるのかを探らなくてはならなかった。
だから、皮肉でない掛け値なしの礼を、謝罪まじりの苦笑と合わせて舌に載せる。
「ありがとう。怒りという感情を見せてくれて──君の怒りが、最後のピースをはめてくれた」
人は皆、誰しも内に秘めた欲望を抱え生きている。たとえそれが余人からすれば馬鹿馬鹿しい物であったとしても、当人にとって譲れない一線や大事な物は、一つぐらい有るものだ。
「大佐が望んでいるのは『地球』そのものだね?」
この母なる星が人類に蝕まれ、青く美しい姿が損なわれる事を危惧している。ジャミトフにとって人類とは幻想的な獣にへばり付いて血を啜る、醜い寄生虫にしか映らない。
「だから大佐は、心底私を憎んでいる」
近代化開発が進んでいたとはいえ、それでも保護区には多数の動物達と、天井の世界を彷彿とさせる自然の美が満ちていた大陸を、核の炎で焼き払ったのだ。
「けれど、これだけは心に留めておいてくれ──大佐の望みは、私なくしては叶わない。いいや、違うな。私を殺せば、手が届かなくなってしまうよ?」
どの口で……! とジャミトフは昂ぶる感情を抑えながら、冷静に息を整え続ける。
悪党としての年季が違い過ぎた。今ゴップは、ジャミトフが求めたものを扉の奥底に仕舞い、施錠した上で、その鍵を決して手の届かない位置から、ちらつかせている。
ことに、権謀術数の世界において最も有効なのは『相手が何を求めているか』を正しく理解してしまうことだろう。
今ゴップがそうしているように、果たしたい目的、得ようとしたい物を『知った側』は遠ざけてしまうことが出来てしまう。
詰まるところ『知られた』時点で二人の勝敗は既に決していたのだ。
“一体、何がこの男を変えた?”
これまでのゴップは、唯々必要が求めるからこそ動いてきただけの、受動型の人間に過ぎなかった。爪と本心をひた隠し、周囲に同調しつつ謀略を巡らす典型的な軍高官であり、その能力をひけらかすことも、先陣を切って動くこともしなかった。
淡々と勝ちに向けて動きつつ、必要最低限の労力で万事そつなくこなせるような、実力の片鱗しか覗かせない陰の人物。真に見る目を持つ者にしか、その真価は理解できない男だった筈なのに。
“何処の誰が、この男を目覚めさせおった!?”
ゴップと言う男を便利屋に仕立てながら、同時にその能力を誰より評価していたのもジャミトフだった。決して眠れる怪物を起こさず、多少の不興を買っても、それが自身に牙を剝く程の怒りに触れない位置に留めておく必要があると、十二分に弁えてもいた。
微睡みの中だけで瞼が開く程度で良い。決してそれ以上は覚醒してくれるなと、欠伸混じりに世界を見据え、多少の手間はかかれど、全ては俗事に過ぎぬと割り切ってくれる事こそ理想だった。
だが、誰かがこの怪物を揺り起こした。その巨体をむくりと起こし、ジャミトフの五体を前足で踏みつけながら、ゆっくりと喉元に爪を立てている。
それを悔いることは容易いが、重要なのは
“この怪物が、
不興を買った腹いせに縊り殺したい訳でも、弱みを握りたかった訳でもあるまい。ジャミトフがゴップを利用しようとしたように、ゴップもまたジャミトフに何かをさせたいのだろうことは嫌でも分かる。
「怯えずとも良い。私は共にことを為す者は大事に
あからさまに弱みを握り、そのまま容易く首を折れるだけの位置にいながら、喉を鳴らすように甘い言葉を囁いてくる怪物に、恨み言の一つさえ漏らせない。
「たとえ志半ばで息絶えたとしても、大佐の大願は私が成就させてみせるとも。
──だから、決して私の目の届かぬところで、二度と動いてくれるな」
願いの全てを望む以上の形で叶えてやる代わり、魂の一片まで捧げろという悪魔の誓約。
かつてジャミトフ自身が口にした、意向に沿うという生半可な言質とは訳が違う。
たとえ同種のそれであったとしても、ゴップはジャミトフという男に完全・完璧である事を求め続ける。そして、僅かにでも目標に届かないと見るや、確実にジャミトフが怒り狂う事をしでかすだろう。
「アフリカについては済まなかったと思っている。けど、心配要らない。フォン・ブラウンにはありとあらゆる生命の種子が揃っているんだ。大佐の怒りなど帳消しになるぐらい、戦後は自然豊かな世界が広がっている筈だよ」
つまりは人質。もしもジャミトフを元凶として負債を背負う事があれば、次はフォン・ブラウンを焼き払ってやるという恫喝に、ジャミトフは完全に折れた。
「私は……、小官は閣下に絶対の忠誠を誓います」
「大変結構!」
それが聞きたかったと手を叩く音が耳に響く。
「これからも忙しくなるぞ! 軍人として禄を食む以上、祖国に勝利をもたらさねばな!」
溌溂と声を上げるゴップは、新しい玩具に夢中な子供の様に無垢で、だからこそ残忍な声音を隠しもしなかった。
溜まり溜まったジャミトフ・ポイント。無情にも魔将の前に即失効した模様。
ジャミ閣下が無能だった訳じゃないんや……相手が悪すぎたんや……。
イワン君、キシリア様の心の安寧の為と、世界平和の為に平和を脅かす一切(邪魔者)を殺し尽くすつもりだった模様……お前、それでも主人公か?
(なお過去作の幼女戦記二次創作では、平和のためとかほざいて、植民地に大型爆弾ぶち込む男が主人公だった件。私の作品にゃ碌なロリコンが居ねーなオイ)