宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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『機動戦士ガンダム アグレッサー』は面白いぞぅ! 皆、買おう!(ダイマ)
※今回終盤はギャグっぽいです。
 それでも! チェイス君やグリフォン隊の皆に幸せになって欲しかったんや……!
(言い訳)

※2023/6/12誤字修正。
 サクノスさま、ご報告ありがとうございます!


47 グリフォン隊

 アフリカは陥ち、地球連邦はジオン公国に一矢報いた。

 しかし、ここで連邦正規軍がアフリカに結集するのは愚策である。

 ジオン公国軍が圧倒的技術優位を保持し続けているのもそうだが、核によって最も邪魔な現地勢力が取り除かれた以上、公国軍はアフリカ人の存在を気にすることなく進撃できてしまう。

 このままでは北米や欧州同様、無人の野を征くが如く公国軍がアフリカ大陸を蹂躙するのは明白であり、そんな下手を打つほど地球連邦も無能ではない。

 戦略核によってアフリカ大陸を地獄に変えた連邦が真っ先に行ったのは『平和維持活動』という大義名分を掲げての、アフリカ人の保護であった。

 

 アフリカ人からすれば「何様のつもりか!」「誰のせいでこんなことになっているのだ!」と諸悪の根源に対して憤慨する場面である。

 それでも僅かな生存者からすれば、何も生み出さない憎悪の叫びより目の前の衣食住こそ重要であったし、何より下手に抵抗の意思など見せてしまえば、テロの加担者として処分される可能性があること。

 この期に及んで反連邦を叫ぶ気概を宿している者は、全て骸を晒しているという現実が、アフリカ人を無気力なものにさせていた。

 或いは中には、ジオン公国からの『侵略者』が連邦を蹂躙してくれることを待ち望んだ者も居なくはなかったが、既に公国にその気はない。

 元よりアフリカ解放戦線(FLN)との同盟下による同時多発的テロは、現状の公国側が大規模な動員を避けたいが為と、FLN勢力を潰すこと。紛争長期化による経済バランスの崩壊等、複合的な連邦政府の弱体化を狙ったものであって、善意からの施しではなかったし、何より無償の奉仕など外交の世界においては()()()()()

 得たい物があるから、安値で買い付けるか奪いたいものがあるから、国家は手を差し伸べる。そうして笑顔で、相手の恨みを買わない範囲で毟り取るのが優れた外交というものである以上、アフリカの資源はともかくとして、全てを失ったアフリカ人に()()()()のだ。

 

 何故、どうしてと。真っ当に生きていたアフリカ人からすれば、理不尽という言葉では足りぬ窮状。圧政と虐殺を今も強いる連邦の手の中で生きるしかないという絶望と、生かすも殺すも彼ら連邦の胸先三寸でしかないという悪夢。

 死後の世界という空想以上の地獄を、現世で多くの無辜の民が体験する中にあって、しかし暴虐の限りを尽くした連邦に反省の色はない。

 

 如何にして勝つか。勝利の為の最大効率化のみに終始する今の地球連邦の在り方は、無駄が取り払われた分、慢性的な腐敗に満ちた戦前の頃より始末が悪い。

 平和維持活動中の特例措置を適応した上で、アフリカを中立地帯と定め、医師団を派遣して仮設病院を建築する傍ら、民間軍事会社(PMSC)に採掘施設の警備を依頼したのである。

 正規軍を動かさないのは、民間軍事会社(PMSC)は飽くまでテロ組織による採掘施設の破壊活動を阻止する為というお題目と、連邦とジオン公国双方に中立的立場を取ると明言させることで、彼らに対して直接的な攻撃を回避させるためであったが、ジオン公国も馬鹿ではない。

 

 中立地帯の警備と言うのであれば、連邦と公国双方の正規軍を置き、相互監視に努めつつ、採掘した資源は全て連邦とジオン公国が買い付け、それを復興費用に補填すればいいと主張するジオン公国に、連邦は次のように反駁した。

 

『アフリカ全土に広がったテロ組織の駆逐は、テロ戦争への勝利であると同時に、痛ましい傷跡をアフリカに遺した。

 我々の迅速な対応は()()()()()()()()()()()()()、正義の行いであったと信じるが、アフリカ人の痛ましい姿は慙愧に堪えないものである。

 アフリカ人にとっての母なる大地に宿した、謂わば胎児にも等しい資源はアフリカ人の傷を癒す為にのみ用いられるものであり、これを戦争の道具とすることは、敵味方の別はあれど、同じ人類兄弟として容認しかねる。

 よって、これらの資源の中でも戦時利用可能なものについては『終戦』が宣言されるまで、アフリカ内の施設建造のみに使用すること定め、一切の軍事利用を禁ずる条約を連邦-ジオン間に結ぶことを提案する』

 

 ふざけたことを! 宇宙移民(スペースノイド)を宇宙人呼ばわりしておきながら、今更人類兄弟などと厚顔無恥に御託を並べるな! と、ジオン公国は喉から出かかった悪罵を寸でのところで飲み込んだ。

 どれだけ取り繕ったところで、連邦もアフリカ人の為に資源を注ぎ込む気など毛頭ないのは誰の目にも明らかだ。

 大方、アフリカ内で秘密軍事基地を建造するか、或いは民間工場に偽装した軍需工場を建造する腹積もりなのだろうと公国は理解して──

 

 ──公国外相は、笑顔で「尤もな主張である」と仮初の握手を交わした。

 

 アフリカで兵器を作ろうと、秘密基地を建造しようと、いつかはそこから抜け出して、北米なり連邦の最大拠点たるジャブローなりに送らねば始まらぬ。

 ならば、アフリカから各地へ資源輸送を行う為の海上交通網を徹底的に叩き、船ごと資源を略奪してしまえば律儀に金を払ってやる必要もなし。最悪沈めるしかなくなったとしても、連邦海軍という人的資源は削れるのだから問題ない。

 

「こちらの平和的交渉を蹴ったのは貴様らだ」

 

 黒い腹を隠しもしない悪辣極まる笑みを作りつつ、公国外相は総帥府に嬉々として報告した。

 

 

     ◇

 

 

 生臭い潮の風、波に揺れる艦。地球居住者(アースノイド)として、連邦軍人として生きることを選んだ多くの元宇宙移民(スペースノイド)が、いの一番に志願するのは海軍で、同時に「思っていたものと違った」と落胆するのも海軍だというのは、連邦海軍にとって鉄板の笑い話の一つだった。

 遠心力によって疑似重力を作り出すコロニーでは、構造上の制約から1Gよりゼロコンマ低く設定されており、それが地球の重力に不慣れな宇宙移民(スペースノイド)に独特の倦怠感をもたらすのだが、そこに来て船酔いや陸酔いまでかかるとなれば、宇宙生まれにとっては地獄にも等しい。

 

 地球育ちの感覚からすれば、延々吐き気と車酔いに苛まれていると思えば良いというのは宇宙移民(スペースノイド)の談である。

 

 結果、青い地球の大海原に夢膨らませてやってきた宇宙移民(スペースノイド)は現実の過酷さに消沈し、多くが二年の任期を終えれば他軍種への転籍を希望するか、任意除隊の届出を提出するかの二択であるのだが、中には骨太な『海の男』となる強者も一定数存在した。

 現在は生憎の夜闇と荒れた海面だが、快晴の空と波の飛沫に心掴まれた生粋の地球居住者(アースノイド)として輸送艦に勤務する二等兵曹の戦友は、宇宙移民(スペースノイド)でありながら、ジオン公国との戦争の中でも敢えて連邦に残った数少ない変わり種だったが、それには相応の事情がある。

 

 件の戦友が、開戦前までは親連邦が多数派を占めていた筈のサイド2(ハッテ)出身であったこと。

 親兄弟もまた統一政権というものにある種の信仰心を宿していたことや、連邦軍への忠誠と功労を評価されて、一家で地球の居住権を得た矢先に故郷(ハッテ)に親ジオン政権が誕生し、帰る場所が無くなったことなど……。

 半ばなし崩し的な形でここまで来てしまった身の上な訳だが、戦友当人は「俺は不幸だなんて思っちゃいないよ」と快活に笑っていたのを、二等兵曹は思い出して小さく笑う。

 

“ああ、そうだろうよ。俺と違って、貴様は出来る奴だったからな”

 

 連邦海軍の潜水学校に入校しておきながらドロップアウトした挙句、それでも未練たらしく周回遅れになりながら、こうして補給艦の乗員(クルー)として冴えない職務に就いた二等兵曹と異なり、同期の桜は同じ下士官職ながら、潜水艦徽章(ドルフィン・マーク)を胸に輝かせ、水測長として潜水艦の耳目を担当する、立派な海の男になった。

 そのことについて、二等兵曹は嫉妬など覚える気になった試しは一度もない。

 むしろ、人当たりの良い水測長には同じ軍港勤務で非番となった日には酒場に繰り出して飲み明かしたもので、その度海への情熱を年甲斐もなく熱く語り合ったものだ。

 濃厚なガンパウダープルーフの海軍ラム(パッサーズ)を互いにボトルで開け、港近くの下町では若い女に鼻を伸ばし、赤ら顔で互いをどつき回す……。

 絵に描いたような馬鹿丸出しの荒くれの姿は、同族だからこそ通じる友情の理想だと下士官は信じているし、それはこれからも続くと決して疑わない。

 

“たとえそれが、どんな任務だったとしても”

 

 絶対に、必ず互いに生き残ろうと。そう信じて肩を叩き合った水測長は今、二等兵曹の乗艦たる補給艦の護衛任務に就いていた。

 

 

    ◇

 

 

 月明りだけが世界を照らす海面どころか、宇宙以上に深い闇の拡がる海中にあって、件の水測長はヘッドフォンに耳を傾け、全神経を集中させていた。

 ことに、潜水艦乗りにとって最も重要なのはセンスである。職人芸も当然要求されるが、それらは新兵訓練と同じで、長い航海を経れば自然と身に着く。

 本能的な勘所を生まれながらに備え、危険な臭いを鮫のように鋭く嗅ぎ付けることができてこそ、生存率は飛躍的に高まり、引いてはそれが乗員(クルー)全体の生存を保障する。

 この信条の半分は潜水学校時代の教官の受け売りだったが、そこから逸れることがなかったからこそ、彼は自分が宇宙生まれでありながら、水測長になれたのだと信じて疑っていなかった。

 その水測長は今、当直たるソナー員のすぐ横、髭面どころか鼻の毛穴までくっきりと見える程の距離で、不協音が近づいてこないだろうかという不安を共有しつつも、それを表に出すことなく押し殺す。

 無音推進システムが潜水艦の標準装備となり、日進月歩で改良を加えられてきた宇宙世紀の時代であっても、それに抗すべく索敵用の受聴(パッシブ)ソナーもより鋭利な耳を有するようになっていた。

 当然この技術はイタチごっこであったが、それでも海という戦場において、一日の長は連邦海軍にあるし、自分達が優位だと思わなければやっていられない。

 宇宙(そら)でも地上でも負け続けだというのは周知の事実であったし、アフリカではテロ組織相手とはいえ核まで持ち出したのだ。

 早々に邪魔者を退けたかったというのは分からないでもないが、誰もが連邦の余裕のなさを感じ取るには十分で、南極で講和を蹴った高官連中を公然と罵る者も後を絶たない。

 

 とはいえ、悪態をついたところで軍人である以上、己の職責から逃れられる筈もなし。

 

 誰もが悪趣味なロボットが自分の所に来ないよう祈っているが、それでも海はまだ他軍種と違い、幾分か余裕があった。

 流石に海まで、ロボットがクロールをしながら泳いでやってくる姿は想像できなかったし、中にはそれを笑い話にする剛毅な者もいた。

 

“だが、明日は我が身という言葉もある”

 

 磁鉄を含む海底山脈の岩盤がセンサーでの感知を困難にしていることもあって、潜水艦群が見つかる危険性は薄いものの、海上の補給艦はそうも行かない。

 現在の位置はアフリカ大陸と南米のほぼ中間……半分の距離を渡り切ったと思えば達成感もひとしおだが、決して気を抜けるような局面ではなかった。

 

“これで俺達が『見せ札』で『生餌』だというんだから、溜まらんな”

 

 アフリカからの資源は、民間貿易会社が運ぶ手筈となっていた。戦時条約上、戦争利用可能な輸出品目については純軍事的な品でなくとも条件付き禁制品に該当し、没収が可能となっているが、それでも問答無用で沈められないだけ、まだ民間船の方が生存率と成功率は高い。

 

 知らぬ者からすれば、『何故ジオンと山分けにせず、がめつくアフリカの資源を独り占めしようとするのか』と疑義を呈したくなることだろう。

 確かに半分は痛いが、それ以上に公国軍の攻撃は厳しいのだ。無用な傷を負うより、安全な航路と資源を得られるなら、それで良いではないかと思うやもしれない。

 だが、先に記載した通り、軍事利用可能な資源は戦争当事国しか存在しない連邦とジオンの関係上、民間船だろうが何だろうが拿捕できてしまう。

 それなら多少の危険を冒してでも総取りを狙うべきであるし、何より連邦海軍は生半可な規模ではない。

 海上交通網を完全に封殺するには、ジオン公国は全くと言っていいほど手が足りないのだから、危険を冒してでも挑戦する価値は十分にあった。

 

宇宙(そら)でも大地でも敗れたが、海はまだ我々を見放していない!”

 

 恐れ逃げ惑うためだけに、耳を傾けていると思ったら大間違いだ。

 来るなら来い。今日という日のため、戦いの為に重ねた時間は無駄にしない。一度相まみえたなら、その腹にたらふく魚雷をねじ込んでやると意を決すれば、その意気込みや良しと応じるかのように、微細な探知音がヘッドフォンに紛れ込んできた。

 

 聞こえたか? とソナー・ボードに目を走らせるより早くソナー員に視線を投げれば、ややあって小さく頷く。各種計器でも判別しきれなかったし、少なくとも異常と断ずるには弱い。

 

「鯨でしょうか……?」

「可能性はそれが高い」

 

 が、人間特有の本能に依る警鐘は、機械のそれより鋭敏に本質を捕えて離さないものである。

 

「無線を寄越せ! 間違いなら俺が責任を取る!」

 

 常日頃から口にし、有言実行してきた水測長の一喝に、乗員(クルー)は血液の如く淀みなく動き、物言わぬ鋼鉄の潜水艦を生物として駆動させた。

 この水測長なら信頼できるというのは、艦長含め、一〇名からなる全乗員(クルー)の声であり、各々が配置について敵の動きを探り続ける。

 

「発令所、ソナー!」

 

 無駄な動作など一つとしてなく、誰もが一級の働きを約束できる海の男としての矜持を胸に、この戦場だけは譲らないと意気込む中、艦内無線のマイクから水測長に、艦長の叫びが届く。

 

『お見事、水測長! 敵影三! 方位一九〇! 推定推力一六ノットだ!』

 

 中々の速度であるが、何より背後を取られたのは不味い。音響レーダー上に点滅するマーカーが、円の中心に近づいてきた。

 

『艦首下げ! 急速潜航!』

「敵()()四発確認! 距離一九六九フィート!」

『総員、対ショック姿勢!』

 

 敵が魚雷を発射する直前に潜航した、艦長の読みは正確だった。潜航回避しつつ、背後に振り向くべく変針した艦の慣性が水測長にかかり、軽く歯を食いしばりつつ見守る。

 死力を尽くし、万全を尽くし、為すべきことを成した後は祈るより他にない。余韻を引く金属音は強く、隠れなくなった敵が近づくと同時に、潜水艦の増速を告げる、ちんちん、という速度通信機の響きがそこに重なった。

 

「魚雷通過! 当艦は回避成功なれど、後方より爆発音有! 二隻轟沈!」

『急速転回しつつ迎撃用意! 転回後、一番、二番管! 水中発射用意!』

『前扉開け!』

 

 艦長の号令一下、魚雷管制員の通信が開き、各室に響く。戦闘配備に就いた以上、全員が艦の動作を知っておく必要がある為で、例外は余計な音を省かねばならないソナー員だけだ。

 

『前扉解放──一番、二番発射!』

 

 射出された魚雷が未だ接近を続ける敵めがけ、識別用の煙雲を放出しながら、(はらわた)を喰い破る死の槍となって突貫するが……

 

「敵影、戦闘推力で前進中!速度三二ノット!?」

 

 信じられん! 死ぬ気かという思いを抱きつつも、ソナーの反応と音から割り出した情報を絶えず無線で報告する。

 或いは上か下に回避行動を取っている可能性もあるが、それでも魚雷が迫る中、この速度で突っ込んでくるのは正気の沙汰ではない!

 

『皆、動じるな! 水測長! 命中したか!?』

「確認中! 距離一〇……五……っ、外れました!」

「水測長! 敵艦艇との距離、四九二、突っ込んできます!?」

「息を深く吸え新兵! 艦長! 標的角三五一! 深度五修正!」

『発射管三と四! 衝突警報鳴らせ! 総員気張れぇ!!』

 

 三番、四番発射! という魚雷管制員の応答と共に「皆踏ん張れ!」と水測長が檄を飛ばす。祈り、耐えろ! 海の男として腹を括れと鼓舞し──直後、潜水艦に、大穴が空いた。

 

 

     ◇

 

 

「ぁ……ごっぷ、ひっ」

 

 衝突、衝撃、漏水、計器がバチバチと弾ける漏電音……全てが一度に伝わる中、最も若いソナー員は、血液交じりの海水を呑み込む中、()()を見た。

 誰より逞しく、皆の模範たる海の男だった水測長が、こちらを見ている。見開いた右目は瞳孔が開き、左眼球は飛び出していた。圧し潰された腹部から臓物が弾け飛んで、腸が熱した鉄に引っかかって──

 

「げ、ぇ……!!」

 

 胃酸が逆流し、込み上がる物を抑えられずびちゃびちゃと黄色い吐瀉物が海水に混じるのも構わず、その場から離れたい一心でソナー員は有りもしない出口を彷徨う。

 この世で最も恐ろしいのは、未知の存在に出会うことだ。愛する者、尊敬する者を失う哀しみも、思考の全てを奪う暴力的なものと比べれば、真っ当に悲しめる分まだ救いがある。

 引き裂かれた隔壁と、そこから伸びる巨大な衝角(つの)……それが自分を除いた乗員(クルー)を無残に八つ裂き、殺したのだと理解するには、ソナー員と元凶の距離は余りに遠く──その()()が、死に至る数秒間の悲劇を与えた。

 

 ……ごぽ、と海水が()()()音。冷たい筈の水が、湯沸かし器のような熱を持ち……

 

「あ、づ……あ、嗚呼ああああああぁぁぁあぁあおおあおああ………………!?」

 

 絶命までの一瞬は、生きながら業火に焼かれる絶望にも等しかっただろう。

 釜茹で地獄などという東洋に存在した処刑法は、その名を耳にするより遥かに残虐で残酷な代物だ。全身の血液が煮え立ち、肉も骨もグズグズになり、沸騰した眼球が飛び出し息絶える……それを経験するぐらいなら、即死できた水測長達は遥かに幸運だったのだ。

 狂う程の絶叫、逃げ場のない血の池地獄と、沸き立つ熱湯の地獄を同時に経験したソナー員は、放熱し続ける衝角(つの)が引き抜かれると同時に絶命。

 運命を共にする乗艦もまた、ヒート式の衝角(ラム)が引き抜かれると共に浮力を失い、海底へと呑まれていった。

 

 

     ◇

 

 

 装甲さえ融解させる、頭頂部に装備したラムによる衝角突き(ラム・アタック)の初撃は、会心の一撃だったのだろう。両腕に備えた『クローシールド』を用いる必要さえなく、海底という暗黒の世界に引き摺り込まれた敵潜水艦を一瞥した後、水陸両用MS(モビルスーツ)、MSN-07N〈ラムズゴック〉を駆るグリフォン隊隊長、マクシミリアン・シェル大佐は、麾下の切り込み隊の戦果を確認。

 突貫したグリフォン隊副隊長、ハインツ・ハイウェイ少佐と、少佐の僚機を勤めるチェイス・スカルガード大尉の二機も同様の戦果を挙げたが、未だ半数の潜水艦が残っている以上、ここで終わりではないし、何より本命は潜水艦隊の撃破でなく、補給・護衛艦を航行不能にし、物資と艦艇を鹵獲する事にある。

 

「『ハイウェイとチェイスは散開。予定通り水上艦のスクリューを破壊だ。態勢を崩した潜水艦群は後続に回せ』」

 

 短距離通信を切ると同時、先鋒として遠距離から魚雷攻撃を仕掛けた三機のMSM-04〈アッガイ〉は、多連装魚雷発射管に換装した両腕の六連ロケットランチャーを前に突き出し、各々の獲物を定めて喰らい付く。

 排熱抑制が高く、ソナーでも鯨と見分けがつかぬ隠密(ステルス)性を武器として、連邦側に攻撃対象がラムズコックだけと誤認させたアッガイだが、ことここに至り、隠れ潜む理由はない。

 全体として丸く、ともすれば愛嬌さえ覚えるような外観に反し、アッガイの汎用性と性能は折り紙付きだ。巨体に見合わぬ機敏な動きで敵魚雷を翻弄し、的確に潜水艦隊を海の藻屑に変えて行く中、マクシミリアン達は両腕のクローでスクリューを切断し、補給艦隊の動きを物理的に止めて行く。

 軍用艦の巨大なスクリューシャフトを両断するのは並大抵のことではないが、アッガイを超える加速と、何よりザクⅡの超硬スチール合金を遥かに凌駕するチタン・セラミック複合材の装甲は、たとえスクリューに巻き込まれたとしても痛痒さえ感じない。

 何しろ宇宙空間では、ザクⅡの蹴足で戦闘機を容易く撃破できる程なのだ。そのザクⅡを上回るチタン・セラミック複合材を武装にまで潤沢に用いたラムズコックの爪は熟したバターに刃を入れるように全てのスクリューシャフトを断った上で、見せしめとして護衛艦の一隻に爪をかけたが……。

 

「……抜けんか」

 

 多角的な実戦データを取得する為、無理な使用も推奨されていたが、艦底部の装甲を一〇メートルは切り払ったところで刃が引っかかった。

 高速回転するスクリューを予め切断していたのもあるし、クローシールドはどちらかと言えば打突に用いる物であるから、これでも十分過ぎる。

 ロッキングジョイントを解錠し、左腕部のクローシールドを分離(パージ)。然る後、海面へと浮上し、爪を失った左腕を護衛艦に突き付けた。

 

 

     ◇

 

 

 月も朧雲に隠れ、飛沫(しぶ)く波が一層の不吉さを掻き立てる。

 連邦海軍将兵は、断続的に響く海中の爆発音と、航行不能に陥った自艦の損耗に顔を青くしつつも機雷を散布することで凌ごうとするが、生物の如く縦横無尽に移動可能なMS(モビルスーツ)に通用する筈もなし。

 アッガイの頭部から射出された対機雷用ジェル(フリージーヤード)がこれを無効化し、一切の爆発音を耳にすることも叶わないまま航行不能に陥った船団は、海面から浮上したラムズゴックに左腕を突きつけられた。

 

「降伏勧告でしょうか……?」

「……だろうな」

 

 クローシールドによって艦底を無残に引き裂かれた護衛艦だが、軍艦である以上はそこまで簡単に沈まない。……が、既に航行不能に陥った上、肝心要の潜水艦隊が壊滅した以上、選択の余地はない。

 

「『我々は名誉の降伏を選択する! 各艦、発光信号と白旗上げ! 戦時法に則り、動力を完全停止せよ! 総員、甲板に集合!』」

 

 

     ◇

 

 

「おい、聞こえただろう! 兵卒を纏めて甲板に出るぞ!!」

「曹長は、それで良いのですか!?」

 

 旗艦からの一方的な降伏命令に、戦わず、自沈さえ選択肢に入れないまま、おめおめと敗北を受け入れることを納得するのかと、壁を叩く二等兵曹に対し、最先任たる曹長は「悔しいに決まっているだろう!」と吠えた。

 

「お前だけじゃない! 俺だって潜水艦に親友を乗せてたんだ……!!」

 

 誰にも家族が、親友が、恋人がいた。各々の思いや大事な物を抱えて、戦場に臨んでいた。

 それでも……。

 

「俺達は下士官だ! 軍人なんだ!」

 

 そうである以上、上官の意に沿い、兵卒を纏め、一人でも多くの命が無為に散るよう努めなくてはならない。それが私兵でない、職業軍人として果たすべき義務なのだと……。

 金槌で殴られたような正論に、二等兵曹は折れるしかなかった。

 

「その通りです……ですが……。無念です」

「耐えろ! 自分の感情の整理より、部下を優先するのが下士官だ!」

 

 分かるよ、などと気安い慰めを曹長は口にしない。誰もが歯を食い縛っている。誰もが、この決定を理性からでなく、感情で覆したいと思っている。しかし、それを覆せるだけの階級も、論理も自分達は持ち合わせてはいないのだ。

 碌な荷など積んでいない補給艦と最新鋭でもない護衛艦隊など、自沈したところで何になるという話で、司令官の決断こそ正しいと、間違ってないことは理解している。

 耐え難い苦しみを、確かにこの胸に蟠りとして煮え滾らせていても、それを自暴自棄な行動に移すことだけはしてはならない。

 

「根性をくれてやる時間はない! とっとと走れ!!」

「……はっ!!」

 

 嗚咽に近い挙手敬礼の後、踵を返し進む二等兵曹を見送り、曹長もまた己の務めを果たすべく駆けた。先程迄の毅然とした態度とは異なり、誰にも見せなかったその目には、微かに涙を湛えていた。

 

 

     ◇

 

 

“潔いな”

 

 腕部に搭載されたメガ粒子砲を用いず済んだことは、技術屋連中にしてみれば落胆することだろうが、軍人としても私人としても、マクシミリアンには歓迎すべき事態だった。

 戦争中なのだとしても、どれだけ根の深い対立だったとしても、そこには一定のルールがあり、尊厳がある。

 多くの血と怨嗟を浴び、人を死に追いやることで勝利と栄光を貪る軍人という因果な職業に就き、その中で栄達を重ねて行こうとも、マクシミリアン自身や麾下の隊員は、血に酔い痴れる獣性など微塵も宿していないのだ。

 器用にラムズゴックの右腕で敬礼しつつ、メインカメラで甲板に居並ぶ将兵を見据えれば、多くが泰然と立ち並びながらも、その顔は戦友を失ったことへの歯がゆさと、死者から目を逸らして生き永らえてしまったことへの恥と安堵が入り混じった表情が浮かんでいた。

 恨んではいるのだろう。悔しさもあることだろう。それでも己の保身でなく、部下の為の選択であったことは、指揮官の表情を見れば嫌でも察せてしまったから。

 

“……出来る事ならば、私の顔など見たくもないだろうな”

 

 だとしても、これはやらなければならないことだと言い聞かせながら、母艦たる大型潜水艦に収容されると共に、敵艦の甲板へとマクシミリアンは立った。

 

「ジオン公国、突撃機動軍所属。グリフォン隊隊長、マクシミリアン・シェル大佐です。貴官らの勇気ある決断に敬意を表します。

 我が隊と公国軍の名誉に誓い、南極条約に則った対応を約束します」

「……貴隊の誠意ある対応に、心より感謝します」

 

 マクシミリアンの形式的な発言に対し、艦隊指揮官も簡素ながら返礼を示す。

 日に焼けた肌と角ばった顎、敗北を受け入れてなお力強い瞳は、腐敗と汚濁に満ちていた連邦軍内にあって一切の穢れを宿さず、その声音もまた信念に依って一本の芯が入っていた。

 

「敵ながら、司令官殿を殺めず済んだことを、幸運に感じております」

「……そうか。勝者の口からそのように述べてくれたことは、私にとっても慰めとなる。可能ならば、今日散った多くの者のことも、戦果としてでなく、故人として記憶に留めて頂けたなら幸いだ」

 

 それが司令官として、敗者として出来る唯一の抵抗にして復讐なのだとマクシミリアンは受け入れた上で、静かに頷いた。

 

 

     ◇

 

 

「八回目の出撃でようやく出くわしたかと思いきや、囮とはな」

 

 これは骨が折れそうだとぼやくハイウェイに、帰投してからようやく軽装宇宙服(パイロットスーツ)のヘルメットを外したチェイスは、苦笑を浮かべながらも首肯した。

 

公国軍(われわれ)の戦力規模では、逆立ちしても連邦の海上交通網を封殺することは不可能ですからね」

「……まぁな。サイクロプス隊の連中も相当気張ってるらしいが、あっちも一〇回以上出撃してようやく当たりが一回だ」

 

 だが、広大な大海の世界にあって、敵船襲撃という目標を達成したことは、囮であっても二桁に届くか否かという出撃回数で遭遇できたことは運が良い方だろう。

 北米と欧州を抑えているとはいえ、逆に言えばそこから発艦した母艦と、湾港基地から出撃に行動範囲を絞られた現状、アフリカ大陸各地から、目的地も定かでない敵輸送網を狙って叩くのは至難の業だ。

 

「嫌になるぜ、全く……おいチェイス、俺はお前のことを考えて言ってんだぞ? このままじゃ、式も挙げてねぇのにガキが生まれて、生まれたガキが親父の顔も知らねぇまま大きくなるまで戦争が続きかねないんだからよ?」

 

「……そうだな。私も孫の顔は楽しみにしている」

 

 げぇ!? と、背後から現れたマクシミリアンに、ハイウェイが顔を引き攣らせた。

 

 何しろチェイスが婚前に孕ませた挙句、なし崩しに婚約まで行くことになった相手……ミリア・シェルの父親が、このマクシミリアン・シェルだからである。

 正直、このタイミングでこの話題はすべきでなかったとハイウェイは後悔していた。何なら隊内ではタブー中のタブー扱いで、詳細はチェイスとマクシミリアン当人の中でしか知らない。

 チェイス自身、この件に関しては黙秘を貫いており、隊内では──男親が一人で育てた愛娘が、婚前交渉に至ったのだから当然だが──マクシミリアンと苛烈なやり取りがあったのではと囁かれていた。

 

 ……が。現実は少々異なる。

 

 実を言うと、愛娘を抱くよう唆した挙句、孕ませてしまえとまで言い切ったのがマクシミリアンで、チェイスも当初、これには耳を疑った。

 しかし、マクシミリアンという父親からすれば、これは必要なことだった。

 何しろ最愛の一人娘が、人並みの幸福を願う父親の思惑と裏腹に軍人を志したばかりか、あろうことか父を模範とするあまり特殊部隊の……それもマクシミリアン率いるグリフォン隊の配属を希望し出したのである。

 父の背を追いたがる(ミリア)の一途さは否定しがたい反面、戦死か、下手をすればそれ以上に悲惨な末路を辿りかねない進路は流石にマクシミリアンも容認しかねたが、肝心要の娘の意思は固い。

 

 正式な配属願を私心で跳ね退けるような公私混同が出来る筈もなく、どうしたものかと内心頭を悩ませていたところ、訓練期間中の(ミリア)と好意的なやり取りを行っていた部下(チェイス)の存在が耳に入るのは早く、娘の接触具合と表情から、これは行けると確信するのも時間はかからなかった。

 ……かかりはしなかったが、そうした理性と父親としての感情の葛藤がなかったと言えば嘘である。

 自他共に厳格な軍人であるマクシミリアンとて、幼い頃の愛娘の写真に頬を緩ませるぐらいには親バカな父親だ。士官学校を卒業したてのうら若い娘に対し、そんな根回しをしてまで……という思いや、まだ若いのだから、という感情が鬩ぎ合いながらも、結局は娘の為に内心涙を流し、チェイスに詰め寄った。

 

 世に多く見られる「あんた! ウチの娘の事どう思ってんのよ!?」と迫る親のアレである。

 

 チェイスからすればミリアは可愛い後輩のようなものだっただけに、まさか直属の隊長からそんな話を持ち出されるとは思わなかったが、確かに振り返れば好感触らしい反応だったと気付く。というか、父親の目から見てそうなのだから、これで気付かないのは余程の朴念仁か馬鹿ぐらいだろう。

 熟考し、この場をやり過ごせるか思考を巡らすこと二秒。短いようであるが、二秒が戦場での生死を分かつ時間だと叩き込まれているチェイスにとって、その二秒は人生で最も長い二秒であった。そして返答は。

 

『こちらから告白して、確かであればお受けしたいと思います』

 

 マクシミリアンとチェイスの見当違いであればそれで良し。そうでなければ……まぁ、特別思いを寄せている異性も居ない人生であったチェイスであったし、何よりこうして戦友でなく、異性として認識させられれば、ミリアが魅力的な女性であることは意識せざるを得ないので、素直に受けようと思っていたが、結果は既に示されている。

 

 その後も隊内では上官の娘と部下というのは、風紀の問題もあるのだからという理由で伏せ、マクシミリアンはチェイスに、陰で娘を前線に送ることに反対していることを吐露。

 お前も伴侶となる相手(ミリア)を死なせたくない筈だと説得し、出征前なら勢いでヤれる筈だ。

 良いからヤってこい。確実に子供こさえろよ命の洗濯(軍人の長期休暇)に二週間くれてやる!!

 と、まさかの父親から突撃を指示され、期待に応えたというのに懐妊したらチェイスは殴られた。ポーズとしてやっておく必要があるのはチェイスも理解できていたが、理不尽の極みである。

 第一にして、認可のない懐妊は戦前から厳格な産児制限のかけられていたサイド3では完全にご法度で厳罰対象である。しかし、戦前から教導隊員としてMS(モビルスーツ)操縦士(パイロット)の訓練を受け、特殊部隊にまで配属されたチェイスはエリートとして社会的信用を担保できる存在であったことから、処分を保留。

 ルウム戦役での戦果と十字勲章組の列に加わったことを機に婚約者(ミリア)の出産を追認され、正式に婚姻届と生育許可を得るに至ったが、問題はミリアの方であった。

 

 軍が特殊部隊員を育成する養育費は、はっきり言って下手な兵器より遥かにコストと時間をかける。それがまさかの妊娠で前線で使えないというのは頭を痛くさせたが、そこは総帥府の知己にマクシミリアンが貸しを作ることでミリアは総帥府勤務に就き、ことなきを得た。

 

 ……しかし、マクシミリアンは知らない。

 

 その貸しを作った、娘と然程齢の変わらぬ女性(ダイアン・ノイス特務少佐)が、幼少の頃から己に恋慕の感情を向けていたということを。

 戦後どころか本国での一級ジオン十字勲章叙勲時の数日間の間に、肉体関係に及んだ挙句、婚約まで取り付けることを。

 それによってミリアがどんな目で父を見れば良いのか分からず、顔を覆い苦悩するということを……この時のマクシミリアンは、知る由もなかった。

 

 とはいえ、仮にそんな未来が待ち受けていることを知っていたとしても、マクシミリアンにとって、この光景も故郷で待つ家族の未来も、全てが徳難いものだった。

 祖国から遠く離れた地で戦い、国家の未来を憂いつつも、決して未来は暗くないのだと信じることが出来ること。

 この部下達とならば、必ずどのような困難も乗り越えられるだろうと信じられること。

 

 それを実感し続けられることが──堪らなく、嬉しかったのだ。

 




ノイス「ママと呼んで良いのだぞミリアぁ……!」
ミリア「父上ぇ!? 何で私と同じぐらいで、私より胸も尻もでかい女と再婚したんですか説明してください父上ぇ……!!」

 こ れ は ひ ど い w

 ま、まぁ、ノイス少佐も白鳥(ミリア)も、みんな幸せだから別にいいよね!
 え? アグレッサーメインヒロインのサノ・カオリ少尉は原作でルウムに参加してるから助からない?
 ……。二次創作だし、父親に猛反発されて地球に置いてかれたって設定で良くない?
(理由なくネームドを殺したくない病)
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