宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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 今話の前半はコメディ色強め……というかヒロインがアレなので、多分ヒロインが出るたびにこんな感じになると思います(束の間の幸福)
 ガンダムって恋人たちを容赦なく引き裂くよね……つまりカップルにとってのゴールとは、哀しみへのスタートラインなんやなって(畜生スマイル)

※加筆したので改訂版とタイトルにつけましたが、今話はガルマとの兼ね合いが4行ほど追加されただけです。

※2023/12/4誤字修正。
 竜人機さま、sk005499さま、D.D.D.さま、カカオチョコさま、あんころ(餅)さま、ご報告ありがとうございます!


03 求めるモノ〈改訂版〉

「──イワンよ、愛娘を頼む」

「もうお前も一端の男、見えぬ()()()固めるのに、早すぎるということもあるまい?」

 

“と、言われてもな……”

 

 両家の家長が合意の上での決定である以上、是非もないことは理解している。何よりイワンとて、出自が出自であるが故に自由恋愛などできる筈もないということは承知していた。

 それでも、だ。

 

「キシリアはそれで良いのか?」

 

 それだけは聞いておかねばならないとイワンは水を向ける。時世や家柄故のことであったとしても、否応なくというのであればイワンはキシリアを護りたかった。

 幼少の頃より、機会がある度に腕の中で遊んでいた少女。お転婆でこそあったものの、笑顔を振りまく快活で健やかなこの少女に対して情を抱かなかった筈もなく、既にしてイワンの中では、祖国や家族同様、キシリアもまた護るべき対象に含まれていた。

 

「誤解しないで欲しいのだが、私は君に隔意を抱いている訳でも、魅力を感じない訳でもない。ただ……、君が」

「やだっ! イワン様ってロリコンなの!?」

 

 ピシィっ! と室内に亀裂の走る音がした。

 

「…………閣下、やはりこの話は縁がなかったということに」

「待つのだ婿よ」

 

 誰が婿か。良いから帰らせろ、これから防衛隊司令部で手続きと身の振りを考えねばならんのだと出口に向かおうとするのを、マクシムが勢いよく止めた。

 

「息子よ! 気持ちは分かるが、あれはただの悪ふざけで本気ではない! だから戻れ!」

 

 さしものイワンも厳格な父の泣訴には足を止めざるを得なかった。確かに冗談の類だろうとは承知していたが、それでも言って良いことと悪いことがあるし、人間傷つく時は傷つくのだ。

 実の妹のように可愛がっていた子から小児性愛者の誹りを受けて、何も思わない男がいると思うのだろうか?

 

「馬鹿娘の非礼、家長として、父として深くお詫びする……だから去ってくれるな。身内以外、イワンしか御せる者は居らんのだ」

 

 どうしてそんなになるまで放っておいたのだ! 言え!!

 

 と、イワンは激昂したくなったが、四六時中縛り付けておいてこれだったなと嘆息した。

 深く、この上なく大きく息を吐いてからイワンはどうしてくれようかとキシリアに視線を向ければ、彼女は舌を出してこつんと頭を叩いていた。

 前世を含めても初めて女性に手を上げたくなったイワンだが、そこは両家家長の手前、堪え難きを耐えた。

 

「……改めて訊くが、キシリアに否やはないのだな?」

「んー……あと一〇年したらイワン様は私好みに渋くなりそうだし、良いかなって。

 あ! でも髭は生やして! 私、髭を生やした男性って素敵だと思うんです! 頼りがいがあって何でも言うこと聞いてくれそうな感じがしますし……」

 

 イワンからすれば髭など衛生的ではないし面倒極まりないのだが、その程度で良いというのなら構うまい。何でもは聞かないが。

 

「そうか。だが、君はまだ幼い身だ」

「あらやだ、イワン様ってばやっぱり私の体に興味があるんですね! もう初夜のこととか考えてらっしゃるの!? 破廉恥を通り越して犯罪ですわよ!」

「…………。二度は許すが、三度はないぞ?」

 

 流石におふざけもここいらが限度だろうと理解したのか、「はーい」とキシリアが間延びした返事を返した。

 

「話の腰を折られたが、もう一度きちんと言わせてくれ。君はまだ幼く、それ故に真っすぐだ。止まり、振り返ることを経験できていない歳だ」

 

 だからこそ、しつこいようでもはっきりと言っておかねばならない。

 

「もし君が大人になったとき、いや、もっと早くにでも心が変わって私が嫌になったら、そう言って欲しい──私は心から、君の幸せを願っている。私の存在が、君を縛るようではあって欲しくないんだ」

 

 何故イワンがここまで口にするのか。単純に幼いからか、それとも身内同然だからか。無論それもあるだろう。だが、イワンがキシリアと逢瀬を重ねてきた時間の中で、常に脳裏にあったのはマ・クベの顔だ。

 作品にもよるが、彼はキシリアを崇敬していたし、イワン自身マ・クベをキシリアの騎士として見ていた。

 そのマ・クベを差し置き、まだ彼と出会ってもいないうちに自分がキシリアを攫うというのは、果たして許されるのだろうか? と。だが……。

 

「……あの、その。そう真っすぐに言われると困るというか、恥ずかしいと言いますか……冗談でも飛ばさないと顔も上手く見れない乙女心を察して欲しいなと言いますか……ええと、不束者ですが宜しくお願いします?」

「────」

 

 その瞬間、(マ・クベ)の顔を忘れてしまったのは恥じるべきことなのだろう。一度でも会わせるべきだという思いが離れたのは、卑怯なことなのだろう。

 それでも今、この少女に対して抱いた感情を──全てを忘れて、見入ってしまったという現実を否定できなかった。

 

「──……こちらこそ。こんな、詰まらない男で良いのなら」

 

 だから、イワンはそれを受け入れた。後先もなく、それが後にどう影響するかなど考えず、込み上がった熱と感情のまま、素直な気持ちを返した。

 

「やった! 聞きましたか父上!? これで賭けは私の勝ちですねジオン党に入党させて貰いますよ! ええ、絶対に……!!」

 

 ただ、人生の選択を誤ったかとも思いはしたし、これをマ・クベに預ける方が、友情への裏切りになるなとも思い直したが……。

 

 

     ◇

 

 

「その、なんだ。……賭けの方はついででな、信じて欲しいし誓って言うが、儂はお前を男と見込んだからこそ彼奴の婿に選んだのであって、景品のように扱うつもりは……」

「……もう十分です。()()の性格は存じておりますので」

 

 深々と謝罪を続けるデギンに、諦めきった表情でイワンはこめかみを揉んだ。

 その一方で、入党手続きの書類一式に鼻歌交じりで必要事項を書き込む婚約者(キシリア)には物申したい気持ちで一杯になったが。

 

「私が言うのもなんだがな、党員になったところで役職(ポスト)がなければ唯の数合わせにしかならんぞ?」

 

 イワン自身、顔繫ぎと旗幟を鮮明にする為の入党であって、党員として働いているという訳では全くない。支持者連中は晴れがましく党員章を胸に飾って見せつけているが、こんな金色にペイントしたバッジ一つの為に馬鹿にならない年間費を払うことに大した意味など何処にもないのだ。

 

「過去の独裁国家や東側ではないのだからな。党員になったところで、就職に有利だとか何らかの特権が得られると思ったら大間違いだぞ?」

「もー! 分かってるってば! 無駄遣いするなってんでしょ? でも、私には将来に向けた人生プランがあるのですよ旦那様! 具体的には保安隊を率いて市民の暮らしを守るという崇高な使命が!」

「……軍階級で言えば、保安長は中佐相当の地位に就かねばできん仕事だ、たわけ」

「閣下、胃薬を」

 

 市販だがマクシムが愛用している錠剤を渡され、一息でデギンが呑み込む。婚約(これ)を機に服薬量を可能な限り減らしたいというのがデギンの期待であり切実な願いだった。

 

「ヨーク家で学ぶことは多かろう。挙式は当分先だが、妻となる以上は婿の家で夫を支えるべく務めるのだぞ?」

「父上……!? できちゃった婚をお勧めとか、いきなり一つ屋根の下とか色々飛ばし過ぎでは!? そんなに孫の顔が見たいの!?」

「……言葉が足りなかったな。マクシム、彼奴を当分大人しくさせるべく監視をつけろ。これ以上面倒は見切れん」

「閣下といえど、そればかりは受けかねます。婚約したとはいえ、斯様に幼い子女を連れ込んだと知れれば、息子の信用どころかヨーク家の権威さえ失墜しましょう」

「……上手く逃げおって」

「こらちょっと、可愛い我が子にして息子の嫁を、手の付けられない珍獣みたいに扱うのはどうかと思うんですけど?」

 

 いや、普段が普段なのだから当然だろうとイワンは心中で漏らした。

 

「どの道、私は寄宿舎で缶詰ですので、閣下のご期待には沿えませんよ」

 

 これにはデギンも隠しもせず苦い顔をした。正式に結婚して家庭を持つか、或いは佐官以上の階級であれば私邸からの通勤を許されるが、婚約ではその手の特別扱いは認められない。

 

「……それはそれで、ちょっと寂しいと言いますか。久しぶりの里帰りなんだから、ゆっくりできないの?」

 

 ガルマなどはイワンが戻ってくると聞いて男の子らしく連邦軍での生活や士官候補生としての土産話を期待していたし、上手くなったヴァイオリンを聴いて欲しいとも声を弾ませていた。

 勿論それぐらいの時間を作るぐらいはイワンも出来るが、羽を伸ばすには足りていないし、キシリアやガルマの為に時間を使えば、イワン自身の休養など殆ど有ってないようなものだろう。

 今のイワンにとって地球は既に故郷でなく、この人工の大地こそが安堵を覚える場所となって久しいが、だからこそすべき勤めを果たさねばならないという焦燥にも駆られていた。

 

「……甲斐性のない婚約者で済まない」

 

 今は休むことも止まることも許されない。だが、それに対して言い訳などできよう筈もないし、したくもなかった。

 如何に政情が不安定とはいえ戦時下という訳でもなく、ましてや二一の若輩が祖国を救うために努力していると説き伏せたところで、どれだけの説得力を持てるのか。何より仕事を言い訳にするというのも、余りに誠意のない話ではないか。

 

「あーもう、そんな顔しないの! 言い訳しなかったことは褒めて上げるし、私だって色々と大変なのは知ってるんだから!」

 

 キシリアとて、ただやりたいことだけをしていれば良いという訳でも、そういう家に生まれた訳でもないということは理解しているのだろう。彼女は彼女なりに現状を、そしてイワンを慮っているし、そのことについてこれ以上とやかく言うつもりもない。

 

「ありがとう。君が私を選んでくれたのは光栄で、同時にこれ以上ない幸運だった」

 

 だから、伝えるべきは謝罪でなく感謝だとイワンは素直に思ったことを口にした。そして少しの間、席を外して欲しいとも。

 

「はいはい、どうせ私はまだ子供ですよ」

 

 そう鼻を鳴らしつつも大人しく出ていくのは、やはり婚約者への理解からだろう。ここから先にする話は必要なことで、けれど決して自分には聞かせられない類のものなのだと分かったからこそ、キシリアはスカートを翻して優雅に去る。

 

「だけど、私だって何時までも子供じゃないんだから。近い将来、頼りがいのある姿を見て驚きなさい」

 

 

     ◇

 

 

「良い娘であろう?」

「はい、私には勿体ないほどに」

 

 そうデギンに追従しつつ、イワンは口元を真一文字に引き締めた。

 

「今日という寿ぐべき日に、すべきでない話だとは承知しました。ですが、いいえ……私は今日という日だからこそ、無理にでもさせていただきます」

 

 全ては祖国の、そして愛して行く者の為にイワンは覚悟を新たにした。決して、そう、決して負ける訳にも、選択を誤る訳にも行かない。

 たとえその結果、この手を多くの血で染めることとなろうとも。戦う相手が、突き落とす相手が高潔であったとしても、イワンにはそれ以上に守りたいと思うものが、かけがえのないものができたから。

 

“──ジオン・ズム・ダイクンには、歴史のごみ箱に消えて貰う”

 

 

     ◇

 

 

 パチン、と鋭い刃が伸びすぎた枝葉を落とす。雇おうと思えば庭師など幾らでも雇えるが、自身の手で行ってこそ意味があるとギレン・ザビは考えていたし、実際手塩にかけた分、この庭園への愛着もひとしおだ。

 コロニーは気温の管理も十全で過ごし易いが、それでも動けば当然汗をかく。湿り気を帯びたオーバーオールに若干の不快さを感じつつも、こんなものかという達成感に満足して手拭いで汗を拭えば、背後から足音と共に水の入ったボトルが差し出された。

 

「……何故ここにいる?」

「お招きにあずかりまして」

 

 そうではないとギレンは庭園に踏み込んだイワンを睨む。ギレンは父たるデギンがここにイワンを招いた理由を知っているし、だからこそこうして常日頃より一層庭園の手入れに力を入れていたというのに……。

 

「あの姦しい妹は、どうしたのかと聞いているのだ」

 

 給仕らには茶宴の用意をさせていたし、暫しここにはイワンを近づかせぬよう言い含めてもいた。最後の最後まで納得の行く仕上がりにできたところで、新たな家族を寿ごうとしていたのが台無しだと口元を尖らせたが、イワンの表情を見て凡その察しはついた。

 

「……今日は止せ。日取りは追って知らせる」

「いいえ、今日だからこそです」

 

 先程落としたばかりの枝葉を拾い上げ、弄ぶイワン。それの意味するところは呆れるほど簡単に察せられるが、だからと言ってという思いがギレンにはあった。

 

「父上とも話したのか?」

「はい。機は窺う必要がございますが、方針は固まりました」

「……少し、歩くぞ」

 

 庭園を並び歩く、長身の二人。一〇も歳が離れているギレンとイワンだが、ギレンにはこの年下の青年が時折自身の父ほどの齢に感じることがあった。

 

「美しいものです」

 

 完全なる調和。完全なる箱庭。自然の有する美を凝縮しつつ、人の手によって均衡を保たせた一つのセカイ。

 

「手間はかかるがな」

 

 害虫を潰し、水と養分を与え、不要なものはその都度摘み取らねばならない。完全にして弛まぬ管理あってこそ、初めて保たれる空間だ。

 

「国家もまた然りですな」

「…………」

 

 否定はしない。ギレン自身、政治家を志した際にそうした皮肉を込めた上でこの庭園を作り上げた。敵たる害虫を踏み潰し、毒をもって殺し尽くすか、或いは寄せ付けず、大地を豊饒のものとするために養分を欠かさず、しかし傲慢にも伸びた枝を一息で落とし、用をなさぬ枯れた葉先を指で摘み取り、愛でるべき薔薇からさえ棘を取り除く。

 

 そう、ここは正しくギレン・ザビの小世界。

 実現すべき、理想像たる社会の完成形に他ならない。

 

「何故、私と共に来なかったのだ?」

 

 増えすぎた人口、徒に消費される資源、自己利益のために他を蝕み、蚕食しながら肥え太るしかない管理(しはい)者共……。

 

「今の時代、今のセカイには問題が多すぎる」

 

 超然たる独裁者としてのギレン・ザビを知る者ならば、聞き違えたかと思うような言葉だろう。果て無き野心と全てを凌駕する頭脳でもって、世界に対し挑戦状を叩きつけた、あのギレン・ザビの言葉がこれかと。

 しかし、誰しも若く芽の開かぬ蕾であった時期はある。今、イワンが手を添えた花のように。

 

「その件については、議論は出し尽くした筈です」

 

 そうだ。イワンがマクシムにしたように、ギレンにも同じようにやり取りを行った。違いがあるとするならばマクシムと違い、ギレンは食い下がってきたことぐらいか。

 

「そうだな……その通りだ。お前は若すぎた」

 

 生まれるべき時に、生まれることが出来なかったという理不尽と不条理。必要悪と理想実現の双方を理解し、比翼となりえただろう対等な友人はしかし、それが許される時間を天から与えられはしなかった。

 

「私とお前は、我々の父のような関係にはなれん──ああ、分かっていたことだ」

 

 同じ舞台、同じ場所、同じ世界で敵を迎え撃つこと。理想も大義も、それらに必要とされるべき全てを互いに理解できていながら、ギレンとイワンは異なる場所で、異なる敵と戦い続けねばならない。

 そして、イワンとマ・クベのように競い合う友のいないギレンにとって、その孤独と責務は何処までも深く重い。

 余人が聞けばデギンが、マクシムがいるだろうと、彼らもまた傑物であり、肩を貸し合える存在だろうと評するかもしれない。

 だが、違う。最早彼らでは駄目なのだ。全盛から時を追うごとに衰え、決断を鈍らせていくのが分かる彼らでは将来、否、既にしてそれを上回らんとしているギレンを慰撫することは叶わない。

 

 勿論、イワンがギレンほどに優秀かと問われれば否である。しかし、政界において真に必要とされるのは何者にも屈さず動じぬ断固たる決断力であり、その上で先を見通すだけの目を持っていることなのだ。

 

 ジオン・ズム・ダイクンは、確かに他を魅了するだけのカリスマを誇る。

 ギレン・ザビとて扇動家として、思想家としてのダイクンは傑物として評価しよう。

 だが、ダイクンは他の熱情を駆り立て、突き動かすことはできても、その動きをコントロールすることはできていない。

 デギン・ザビという経済面における政治的成功を成しえる頭脳(ブレイン)。それを支える資本家としてのマクシム・ヨーク。この二人の存在があってこそ、ダイクンはひたすらに扇動家として自分の思想を語っていられる。

 国民は飢えず、連邦に頼らぬ独立した生活を送っているからこそ、彼らには思想に傾倒できるだけの『余裕』がある。

 中途で飢えに倒れもせず、国民は狂奔に突き動かされて走り続けることができている。

 

 仮にここで改革派と対立しているデギンとマクシムが倒れれば? 改革派にとっての目の上の瘤が取り除かれてしまったなら?

 答えは語るまでもない。精神論で全てが上手く行くのなら、第二次世界大戦の勝者は逆転していたことだろう。

 

 だからこそ、ギレンはイワンを欲して止まない。ギレンをして恐るべきことに、イワンは未来を見ているかの如く核心を突く。

 たとえ政治家としてギレンの足元にも及ばぬ、多少優秀というだけの男であったからと言って、それがなんだ?

 能力の有為無為なぞ二の次で良い。そんなものはギレン一人で事足りる。

 ギレンが欲するのはその透徹した瞳であり、障害を見極め排除することを躊躇しない決断力と実行力だ。

 一寸先をも見通せぬ闇の中、松明を掲げ道を示してくれる者が傍にいること。自分の決断は間違っていないと時には背を押し、時には過ちと気づき、足元を照らして踏み外さぬよう止めてくれる者がいること。

 ピラミッドという頂点に一人しか立てない孤高の指導者にとって、どのような財貨を擲ってでもそれを欲するのは当然のことだろう。

 

 だが──それが無いものねだりに過ぎないことをギレンは承知している。

 

 イワン・ヨークは既に道を選択した。

 ギレン・ザビの腹心でなく、それ以上に己自身を有効活用すべく軍人の道を選択した。

 ……そして、既にしてギレン・ザビはその選択を認めてもいる。

 イワンが唯の、一介の軍人としての地位に甘んじるのであれば、何としてでもギレンはその道を阻んだことだろう。如何に地球連邦と比して人材の不足したムンゾと言えど、軍人としてならばイワンの上を行く者は数多い。

 

 しかし、イワンは護国の盾として在るべき軍人を目指しながら、同時に軍人が有する危険性も理解できていた。

 意外かもしれないが、軍人が政治を覚えることが好ましくないとされるのは間違いである。真に優れたる軍人……特に、軍組織をコントロールする参謀には政治に対する理解を有していることこそ望ましい。

 何故なら軍組織が軍事的優位を確保するためだけに、或いは軍組織そのものを強化する意図でもって立案した作戦行動が国際情勢を無視した結果、政治的に国家を追い詰めてしまいかねないからだ。

 

 ザビ家の三男、ドズルは軍人としてはカリスマを持った優秀な士官でこそあるが、根っからの職業軍人故に(まつりごと)というものを忌避している。

 政治などにかぶれている様では、真の軍人には程遠いと……その実直さが将兵に魅力として映るのやもしれないが、ギレンからすればそれでは困る。

 故に、ギレンは軍という暴力装置に、新たな部品を組み込む必要性があると常々考えていた。

 即ち、政治将校の確立──西暦時代に存在したソビエト連邦を始め、東側諸国が誤った使用法をした為に軍政分離こそ国家を清浄に保つと認識されてしまったが、プロイセン王国の名将にして教育者、ゲルハルト・フォン・シャルンホルストが望んだ、真の意味での政治将校こそをギレンは望み、イワンもまた自身がそうなることを確約した。

 

 でありながら憲兵でなく航空士官を選択したのは、単にコロニー出身者にはその道が開かれていなかったこと。

 ギレンにとっては忌々しいことだが、後方に頭脳として配置すべき人材であったとしても、いざとなれば前線に出るか、他方面での活躍を求められるほどにムンゾの人的資源が乏しかったこと。

 各軍種の適性面において、航空士官としての適性が最も高かったことなどが挙げられるが、それでも士官としての共通項を抑えてさえいればどうとでもなる。

 なんとなれば一部のムンゾ防衛隊員がそうであるように、警察階級と軍階級の両方を保持させてもいい。イワンならば各種試験は間違いなく通るし、そこは心配していない。

 

 このムンゾにイワンが戻った時点で、ギレンは目的達成のための第一段階……保安隊の掌握と私物化に動く手筈は整えている。

 間違いなく、確実に、イワンはギレンの期待に応え続けてくれることだろう。

 それを思えばこそ、期待を、心を、理想を裏切らぬという確信があるからこそ、互いに並び歩まずともギレンは確かに前を進める。

 共に歩むだけが友情ではない──真に重要なのは、離れていようとも互いが信じ合えるか否かだと。道が分かたれた時、そう微笑んだイワンの表情を、今もギレンは覚えているから。

 

「イワン、何を求める?」

「人類の正しき繫栄、それを支える統治機構と、何よりも生存の権利を」

 

 そうだ。それで良い。変わらぬ答え、変わらぬ意志にギレンは静かに安堵していた。だが、イワンはそこで終わらなかった。

 

「──そして、愛する者の幸福です」

「────」

 

 知らず、胸の閊えが取れるような心地だった。人並みの幸福、人並みの願い。

 庇護すべき国民、善良な民衆ならば誰もが望むであろうその答えを、ギレンは予期していなかった。大義を、理想をギレンに語れども、個人としての願いをイワンはギレンに伝えてはこなかった。

 それは、政治家として進む者にとって持つべきでない弱さであり、たとえ心の中に絶えず抱き続けていたとしても、自分自身の非道を、必要悪を鈍らせてしまうことになりかねないから。

 

“──ああ、そうか”

 

 だからこそ、ギレン・ザビは今日という日まで心に不安という弱さを、並び立つ友を必要とする弱さを抱かねばならなかった。

 イワンが、この友がギレンと同じく人並みの幸福を願わぬのではと。ただ理想と大義のみの人生を歩むこととなるのではないかということを、心の何処かに感じていて、だからこそ目の届くところに置きたかったのだ。

 

「キシリアを頼む。あれは不出来だが、お前の与える幸福を無下にすることだけは決してない」

「承知しております。ですが、お忘れなきよう。私の求める幸福には義兄上(あにうえ)も含まれているのですから」

義兄(あに)か……友が義弟(おとうと)になるというのは、存外悪くない」

 

 自身の顔には似合わぬと承知で微笑み、義弟(イワン)の肩を静かに押す。

 願わくば、誰一人として家族が欠けぬことをと。

 非道に徹し、血で血を洗う未来を不可避のものと知りながら、それでもギレンは、身勝手にも望まずにはいられない。

 

「キシリアを呼べ。ここで最高のダルマイヤーを淹れてやる」

 

 ──この庭園で見る笑顔が、曇ることなど想像したくもなかったから。

 




 ちな主人公(イワン君)の名前がロシア系なのは、シャアがモロにロシア人の名前だからっていうのがありますが、もう一つはこのムンゾ時代にロシアお家芸の粛清祭りを敢行するからです(容赦/Zero)

 蛇足ですが、キシリア様を好いているのは、実はTV版のマ・クベ以外にもいたりします。
 漫画作品ですが、『ガンダムパイロット列伝―蒼穹の勇者達』ではなんとあの真紅の稲妻こと、ジョニー・ライデンがキシリア様ラブだったりしますw
 まぁ、この漫画だとキシリア様美人なので、惚れるのも納得ではあるのですがw
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