宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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54 ガルシア・ロメオの優雅? な一日:前編

 吐き出される紫煙の色はどの煙草も変わりないものだが、口腔を満たし、舌と肺を満足させる味は千差万別だ。

 既にして灰皿の半分を埋めた紙巻だが、それを呑んでいるガルシア・ロメオは苛立ちからでなく、むしろ何処までも心地良い余韻を噛み締めつつ、新たに封を切った公国軍の印が押された兵隊煙草に、従兵を呼ばず手ずから火を点けて味を愉しんでいる。

 北米人が催した趣味の悪い祝賀会以降、どれだけ年季が入り、湿度管理の為された葉巻を燻らそうと、それが地球産というだけで味気ないものに感じてしまった。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うし、物に罪など在ろう筈もないのだが、それでも肝心なのは受け取る側の心持次第の話。

 性根は望郷の念(ホームシック)に駆られるほど繊細な作りをしていなかった筈なのだが、本国将官用の高級葉巻どころか、安い紙巻でさえ地球の高級品より心を満たしているという事実は、ガルシア自身驚きを隠せず……そんな己を誤魔化すように、「これまではブランドばかりに拘って、通の趣味を解していなかったのだ」と思うことにしていた。

 

 北米産の上質なヴァージニア葉の紙巻は、公国軍人のみならず他サイド出身の義勇軍にも人気が高い。

 捕虜となった連邦軍兵士は定番のジョークとして「俺たちの命はガム四枚か煙草が五本分さ」と語ったが、これは連邦軍兵士に支給される嗜好品が、前線兵士であれば前述の通りで、後方勤務であれば『ガム三枚ないしは煙草四本』であった事に由来する。

 眠気覚ましも兼ねたガムについては、公国軍兵士は軍用チョコレートを支給されているため、物好き以外食指が動く事はなかったものの、煙草については配給の兵隊煙草とは思えないほどの品質の高さから、公国軍らは──捕虜からの搾取や虐待は厳に戒められているため、角が立たない程度に──捕虜と自分達の煙草やチョコレートとの物々交換を頻繁に行っていた。

 

 公国軍の煙草も悪くはないが、生産者の趣味か、はたまた加工の問題からか、トルコ葉(ターキッシュ)めいた独特の臭みがあるため、一部将兵からは余り好まれず、愛国心溢れる将校さえ北米産の紙巻をカートンで買い込む始末。

 懐に余り余裕のない兵卒達──給金はしっかりと支払っているが、彼らの多くは自分達の戦死に備え、家族達への仕送りに大半を割り当てている──からすれば、割高のレートでも捕虜に対して物々交換を持ちかけるのは致し方ないことであろうが、ガルシアにはそれが面白くない。

 視察を口実に各基地や現場の閲兵に回り、将兵に声をかけては愛煙家である事が知られている為に、賄賂同然に送られてきた北米産の葉巻や紙巻をガルシアは「交換だ」と言って兵士達にばら撒き、自分は本国から寄越される兵隊煙草を従兵に纏めさせてその都度基地に送っていたため、今では捨てるほどに本国の安煙草を抱えていた。

 

「何故この味の良さが分からんのかなぁ……」

 

 将兵からは慰労がてら、地球産の上物の煙草や酒を振舞うガルシアに一層敬慕の念を向けていたが、肝心のガルシアからすれば、誰も彼も嬉々として交換に応じることに余り納得が行かなかった。

 

“味の深さといい重さといい、公国のそれの方がよっぽど美味いだろうに”

 

 だが、好みと言うものは人それぞれであるということぐらい弁えているし、その分欲しい物を得られるのだから文句はない。

 兵隊煙草など酒保に行けば幾らでも手に入るが、将官が安煙草を買い占めるというのは、たとえ従兵を走らせたとしても好ましい絵面ではない。

 上に立つ人間というものは、それに相応しい持ち物というものがあり、それが特別を演出するのだということをガルシアは心得ていた。

 無論それは、高いだけでセンスのないブランド物で全身を飾り立てるような悪趣味でなく、ハリウッド俳優が銀幕の中で演出するような、さりげなさを際立たせた上でだ。

 あくまで兵隊煙草は交換品であり、祖国を離れ戦う将兵を労ってのことと示さねばならない。

 どうせなら本国産の葉巻も味わいたいが、あちらは本数が限られるので、将官と言えど多くは呑めないのだから、特別な朗報(こと)でもなければ慎むべきだろうと……。

 

 そう思った矢先「失礼致します」と従兵が入室し、恭しく私信を渡してきた。

 

「ご苦労」

 

 威厳をたっぷり含ませつつも、微かな笑みを浮かべて受け取り、従兵に命じて加湿器(ヒュミドール)から金箔のシガーリングが巻かれた本国産の葉巻を取り出させ、吸い口を好みの角度に切り落としてから火を点けさせた。

 

「いつもながら、完璧な管理と仕事だ」

「恐縮です」

 

 恭しく腰を折り、灰皿を葉巻用の新しい物と入れ替えた従兵は、短くも労を(ねぎら)われたことに歓喜しつつ音もなく退室し、ガルシアはジオニズム様式溢れる装飾過多なペーパーナイフで丁寧に封蝋を剥がす。

 蝋印は既にして見慣れたカーン家の紋章。天然の上質紙に踊る美麗な筆記体は、先の祝賀会で一曲を伴にしたマレーネの筆跡であることもすぐに知れた。

 

「愛い女だ」

 

 綴られるのは礼式に則った詩的な言い回し。何よりガルシアが如何に毅然とした紳士であったかを本国の社交界でも存分に広めたマレーネに、知らず愛着を抱く言葉が漏れるのも当然だろう。

 

 イワンと正面から向き合った時には、ガルシアは地位のある女など煩わしいと心から感じていたし、何であれば今でも香水の纏わり付く手頃な娼婦を抱きたくもある。

 相応の地位に付いている上でも、より高みを目指す上でも良家の女を娶る必要は当然出るが、それでも互いの生活には干渉せず、社会的地位に致命的な傷は負わぬよう各々外聞を意識し繕い隠しながら、享楽に耽るべく利用し合えるような相手を探す気でいた。しかしだ……。

 

“女というものは、育ち方一つでああも変わるものか”

 

 高嶺の花という言葉があるが、実際に手に取れば違いというものは嫌でも分かる。まだ色香に乏しい十代でさえ、そこいらに無造作に咲く野花では得られぬ独特の色彩と香りがガルシアの情欲を掻き立てた。

 これに触れたい。いいや、いっそ我がものとして摘み取り汚したいという爛れた欲望。欲するものを得るために遮二無二生きたガルシアだからこそ、膨れ上がる欲に歯止めがない。

 だが、マレーネが唯の籠の鳥か、或いは『良い子』に過ぎなければここまで関心を得ることはなかっただろう。

 

“俺を学んでいるな”

 

 分かるのだ。この私信も、社交界での喧伝も、ガルシアへの礼というだけでなくガルシアを『利用』してのことであることが。

 偉大な常勝将軍様(ガルシア・ロメオ)は、未婚の私に好意を示しているのだと。カーン家は有望な次期当主を迎え入れる用意があるのだと含み笑い、それを元手に貴族社会でのコミュニティを新たに確立しつつも、発言権自体は本国にいるマレーネが全てを握っている。

 何処ぞの家だの企業だのと仲良くなったのだという文面は、社交という顔繋ぎの場で勢力を徐々に拡大させ、同時に自分の家を己の望む形に歪めて乗っ取ろうとする動きが透けて見えるよう。

 虎の威を借る狐も同然の仕儀であるが、ガルシア自身はそれを疎ましいと感じるどころか、一層満足げに紫煙を吐き出して笑みを深めた。

 

 艶やかな花だけ求めるのであれば、相応の場で女優の一人でも口説けばいい。美しいだけ。可憐なだけというのでは、ガルシアの食指は満足しない。

 必要なのは美の中にある毒であり刺なのだ。唯々容易く玩弄するだけで得られない、女という性の有する強かさこそ、男として燃え上がるモノを自覚させてくれるからこそ、計算づくの娼婦を常に好んで買ってきた。

 そして、だからこそガルシアもマレーネを利用することに躊躇がない。

 

 相手が自分を褒めそやし、己に目を付けているのだと騙るなら、それに合わせて相応の文を送ってやろう。望むような色男として蝶よ花よと愛でてやりつつ、高貴な花を育んだ温室ごと我が物にしてやると意気込んで筆を綴ってやる。

 

 私信を送り合う未婚の男女というものが、上流でどういう目で見られるかは語るに及ばず。ましてやマレーネの側からこれみよがしに家紋入りの封蝋を付けて送るのだから、余人の目からすればどういった間柄かは最早探る必要すらあるまい。

 

“ガルシア・カーンか……まずまずの名だな”

 

 皮算用で未来を夢想し、毒の蜜を備えた貞淑な夫人を侍らせる未来に、恍惚の吐息を紫煙と吐き出す。まだまだマレーネの動きは拙いが、手堅いところから手をつけている。自分を縛り続けた御家に対する復讐が原動力になっていながら、暴走しそうな感情を抑え、熱意を持ってじっくりと動く事ができるのはある種の才能と言っていい。

 

“俺があれ位の齢の頃は、連邦の士官学校で他に嘲られながら、成り上がるべく砂を噛んだもんだ”

 

 その頃は今のような処世術も身に着いておらず、当然要領も良くはなかった。何度高慢な地球居住者(アースノイド)に「今に見ていろ!」と吠え叫び、掴みかかりたくなる衝動を抑えたか。

 その都度、苛立ちから取るに足らぬ失敗を重ねたもので、だからこそ箱入り娘がここまで上手く立ち回れているということを、ガルシアは己を顧みて素直に感心しているのだ。

 あれは本当に佳い女で、他に渡す気になれなくなるほど嵌れそうだと愛着さえ覚えている。

 余人が本心を知れば、それは恋というものなのでは? と口にしそうであるが、ガルシアがそれを認める事はないだろう。この男は賢しいが、それ故純粋な愛情というものを、己の心胆であっても打算や欲目に置き換えてしまう悪癖を有している。余程の事がなければ愛だの恋慕だのを認める事はないだろうから。

 

 

     ◇

 

 

“ここだけが、まるで総帥府のようだ”

 

 軍事基地特有の実務的な堅牢さを有する施設内の最奥、北米方面軍司令官の執務室に通ずる純白の扉に施された意匠を一瞥し、イアン・グレーデンは踵を鳴らして声を上げた。

 

「イアン・グレーデン少佐、入ります!」

 

 従兵によって開かれた扉の先も、やはり本国総帥府の執務室を思わせる意匠。大理石を思わせる色合いの内装は聖堂を想起させる威厳と荘厳さに飾り付けられているものの、そこに地球圏からの伝統に通ずるものは全くない。

 独自の文化、独自の様式を誇る新興国の貴き世界を演出し、見る者を強制的に威圧する空間には、尉官時代に数度総帥府に足を運んだ程度の経験しかなかったグレーデンにとって、否応なく階級差のみならず、住む世界の違いというものを叩きつけるような空気があったが、しかしグレーデン自身がそれに呑まれることは無かった。

 

“おそらく、ここで感じるのが、祖国の空気以外に()()ないからだ”

 

 これまでもグレーデンは他の指揮官が座す司令室に足を運んできたが、多くが絵画をはじめとして、北米で得た調度を僅かながらとはいえ背景に入れてきていた。

 無論それらは略奪品でなく、正当な手続きと対価を支払っての物であった反面、物見遊山のように緊張感の欠けた空間であることは誰の目にも否めない。

 場を彩る為に共有空間や私室に置くというなら気にもかけまいが、どれだけ趣味の良い物であっても、執務室を飾り立てる物でもあるまいと内心眉を顰めていた。

 

“しかし、ここは違う”

 

 ジオニズム様式に溢れ、ともすれば装飾過多のようでありながら、来客をもてなす以外に余計な物が何一つとしてない。

 唯一かけられた絵画とて公王(ザビ)家一同が集う肖像画に留まり、万全な空調管理のなされた室内に、微かに香るのが国産煙草の残り香だけと来れば徹底しているという言葉では足りない程。

 

“熱狂的なジオン主義者(ジオニスト)でも、ここまで出来る者は多くないだろうな”

 

 それも、病的な国粋主義者という訳でもない人間であれば猶更だ。

 

「遠路ご苦労だったな、グレーデン少佐。叙勲式以来だが、貴官の勇名と献身は絶えず私の耳に届いていた。貴官は正しく、公国将兵の模範とするところだ」

「恐縮です。司令官閣下の指揮あればこその、小官と麾下部隊の活躍であります」

 

 互いに顔を合わせたのはグレーデンがガルマより三級ジオン十字勲章と昇進を賜っての前線受勲式以来であったが、その時もガルシアはグレーデンの肩に手を置き、英雄然とした表情を意識して作りながら、叙勲を言祝いでいた。

 

「公王陛下と総帥から将兵を預かる身として、そのように述べてくれるのは嬉しい限りだ。かけて楽にしてくれ。本国からの上物を開けよう」

 

 勧められるがままにソファにグレーデンが腰を下ろせば、並々とグラスに注がれた赤のスパークリングロゼをガルシアが軽く掲げた。

 

「乾杯だ。北米MS(モビルスーツ)操縦士(パイロット)初の、一級ジオン十字勲章受章者に」

「小官が……で、ありますか?」

 

 他に誰が居るのかね? とガルシアが満面の笑みを作る反面、グレーデンは嵌められたことに気付いた。

 前線での三級受章の折も、二級ジオン十字勲章を受章して本国に戻された時も、グレーデンは前線地上勤務を希望し、後方で教官に戻ることを固辞し続けてきた。

 地上戦の戦いを学ぶには、本国より北米こそ最良の地だと。至らぬ雛鳥を巣立たせる為にも、敢えて土地の限られ、環境も異なるコロニーの大地より、地球での訓練こそ地上軍にとって最も有効だという逃げ道を確保してきたし、それは理屈としても正しい。

 侵攻初期なら危険はあっただろうが、安定した統治下にある北米内地はどれだけ大規模にMS(モビルスーツ)を運用しようと、敵と遭遇する危険性は無きに等しいのだから。

 

“だが、両の指ですら余る一級を受章するとなれば、万が一にも戦死という事態は避けたいというのが本国の言い分だろう”

 

 北米総司令官(ガルシア)から直接の呼び出しである以上、嫌な予感はしていた。しかし、グレーデンは二級十字勲章受章以降、安定化にある北米で後進の育成に当たっており、叙勲や昇進の機会は有ったとしても数か月先の事だろうとばかり考えていた。

 何しろ立てる手柄も、昇進の名目もなく──下手に手柄を立てれば本国に戻されるため──最前線の配属希望もしていなかったのだから当然だ。

 

 しかし、断っておけばグレーデン自身は戦いを希求する戦争狂いではなかった。一軍人として愛国心を備えているし、初めての地上戦は己の武威を奮うことに歓喜していたが、だからといって石に齧りついてまで血で血を洗い、屍山血河を築く阿修羅の世界に溺れたい訳では決してない。

 それでなお、前線を拘泥する理由があるとするなら、それは先に述べた通り、北米こそが後進を育成する上での最高の環境であることが一つ。今一つは……。

 

「来るべき()()の日……或いは連邦軍総司令部(ジャブロー)攻略には、小官が必要となります」

「撤収に関しては、撤退と言い換えて良いぞ?」

 

 静かな反駁に対し、ガルシアは敢えて現実というものを鼻先に叩きつけるように、前者について公国軍の戦略を開陳して見せた。

 これまでも再三述べてきたように、地球全土を支配下に置くことが出来ないことは、戦力比を見れば誰でも分かる。

 だからこそ、公国軍は敵が大規模な反攻作戦を企図し、それを行えるだけの戦力を整えようとした日には即時撤退して宇宙に逃げ、防衛線を再構築するか。或いは逃げた後でマスドライバーを用いて北米ないしは欧州の大地ごと連邦軍を蹂躙した上で、再侵攻を行うという悪辣極まりない計画を初期段階から盛り込んでいた。

 戦争というものは自国の土地であれば甚大な被害が出てしまうが、敵の土地であればどれだけ痛もうが知ったことではないというのは、古今の戦争を見ればよく分かる。

 

 地球聖地主義(エレズム)を盛り込んだ教義故に多少は自然環境に配慮するだろうが、重要なのは犠牲を抑えつつ勝利せしめることであり、その点を鑑みるならば、グレーデンと彼の麾下大隊は北米戦線の虎の子だ。

 

「なればこそ、ガルマ殿下は言うまでもなく、替えの利かぬ指揮官を無事後方に送り届ける上でも、殿を勤める精鋭部隊は欠かせない筈です」

「そうだな。正直に言えばこちらとしても少佐を手元から失うのは惜しいが……。戦争というのは常に替えが利くことを前提に人員を配置するものだ」

 

 グレーデンが指揮するMS大隊にしても、副隊長たるシロー・アマダ大尉を昇進させ、大隊長の後任に据えれば済む話である。

 それは、連邦軍総司令部(ジャブロー)攻略という現兵力では壮大に過ぎる展望についても同様だった。

 

連邦軍総司令部(ジャブロー)攻略に関しては、時期尚早だと言いたいところだったが……どうやら先の口ぶりからして、貴官の元にも噂話程度は耳に入ったか」

 

 情報部の防諜対策班は何をしていたのかとガルシアは片手でこめかみを揉んでみたが、大隊長ともなれば拾えるレベルの事であろうし、何より本国から技術将官が近々お目見えになるとくれば、大凡の察しぐらいは付く話である。

 

「貴官を信用して話すが、噂は事実だ。近々北米で連邦軍総司令部(ジャブロー)攻略の切り札開発に着手する予定でな。ギニアス・サハリン技術少将がひと月とせずここに来る。計画名は〈アプサラス〉……()()ヨーク長官の肝入りだよ」

 

 吐き出される深い息は、名を語るすら憚りたいという思いに満ち満ちていたが、表情を変えなかったところを見るに、グレーデンにはその思いは共有されなかったらしい。

 栄達を確約された分、目を付けられているガルシアと異なり、グレーデンには無意味にイワンを恐れる理由がなかったからだ。

 しかし、MS計画をはじめ、数多くの計画を主導してきたザビ家の懐刀が推すというだけでも緊張の度合いは十二分に伝わった。そして、そうした計画が持ち上がりながらも、グレーデン自身が本国に招聘されるということは……。

 

「……小官が、攻勢に置く席は無いということなのですね」

「貴官は十二分に勲功を得たのだ。手柄は後続に譲り、貴官にしかできん仕事を為すべきだ」

 

 読め、と本国から直々に寄越された書状を投げる。これまでの歓待と比してぞんざいな扱いだが、そうした言動こそ有無を言わせぬということを明確に示す。

 

“……コロニー内でのMS戦を想定した、専門部隊の練兵……”

 

 本国がグレーデンに要請しているところは、この一文で明白だ。

 つまり、今後本国内で内乱が発生した際に早期鎮圧するか。

 或いは戦後、他サイドが公国軍に侵攻するか、逆に公国が侵攻する上での基礎を固めろということ。

 国家の浮沈を左右する大義に満ちた今次大戦と比すれば、正直に言って気の乗らぬ仕事だと、そこまで考えて──政治絡みを除いた上での──最悪のケースを想定していなかった事に気付く。

 

「敗戦間際に追い込まれた際の、本土決戦を視野に入れて……ということで?」

 

 敢えて口に出せば、そういう捉え方もあるだろうし、下手に不幸な真実である、政治絡みの考えが脳裏に浮かぶより健全だろうと、ガルシアは自軍の敗北を示唆するような発言にも拘らず、嫌な顔一つせず返して見せた。

 

「軍人である以上敢えて語るまでもないだろうが、『備えよ常に』ということだな。

 拒否権は無いぞ。何しろこれは総帥府直々の辞令だ」

 

 要請を拒否した所で、抗命罪を名目に本国に更迭させた上で前線勤務を禁止して命じるだけだと告げられては、最早グレーデンに逃げ場はない。

 今更だが分かり易いシャンパンでなく、敢えて赤のスパークリングロゼで迎えたのも、これがグレーデンにとってこれが歓迎すべき事態でないことは承知していた為だろう。

 迂遠な心遣いは痛み入るが、美酒で紛らわすには少々重い現実だった。

 

「そう悪く捉えるな。総帥府は一定数人員が使い物になれば、貴官の配置を私に一任すると言ってきた。私の知る限り、上は約束を違えんよ」

 

 仕事が手早く片付けば、後は栄達も含め思うが儘だと手を広げる。

 本国に戻れば自動で中佐に昇進するし、何であれば階級の前に『特務』の二文字を付けても良いという。

 

「要は、親衛隊からの引き抜きですか」

 

 度重なる要人暗殺を筆頭としたテロ対策を口実に、本国で新規に結成された〈首都防衛師団〉と、兼ねてより本土警護を担っていた親衛隊の確執は遠く離れた北米にも届く程であったが、流石にこれは顔を顰めたくもなろう。

 よりにもよって一番考えたくなかった、派閥と縄張り争いに巻き込まれるなど冗談ではなかった。

 

「……心から同情するよ。しかし、これは命令だ」

 

 あの暑苦しい教条主義者共に放り込まれることはガルシアとて憐憫を催すが、再三言ってきたように総帥府直々の命とあらば、拒否権など皆無である。

 

「引継ぎには二週間与える。貴官ならば心配ないだろうが、遺漏なく頼むぞ」

 

 

     ◇

 

 

「行かれるのですか……?」

 

 残って欲しい。まだ貴方から学ぶべきこと、教わらねばならないことは多く、自分のみならず多くの部下たちも、貴方が居るからこそ纏まり、貴方に付いて行きたいと思っているのだというのが、短い言葉にこもった震えから伝わってくる。

 

「──俺は、良い部下と教え子を持ったよ」

 

 だが、それに。グレーデンという教師に甘えさせるばかりではいられない。雛鳥たる彼らに、真の意味で巣立ちを迎えさせるためには、自分という存在が一度離れなければならないのだということを、別離の間際になってようやくグレーデンは得心した。

 

「アマダ大尉。ここから先はお前の戦いだ」

 

 戦時下にあっては上官の戦死を前提として、どの階級であれ二階級は上の仕事をこなせるように仕込まれる。既にしてグレーデンは、大隊長を任せられるだけの仕込みをシローに済ませている以上、唯一(みそぎ)として必要なことは跡を濁さず、悔いを見せず去ることだ。

 

「首都で会おう。前にも言ったが、お前なら必ず首に勲章がかかる」

 

 前を担い、背を預けてきた日々は変わる。ここから先、誰より前に立ち、戦い、率いる役を担うことになる副隊長(シロー)に、簡素な激励をかけて佐官のマントを翻す。

 

「必ず!」

 

 後ろで叫び、敬礼する()()()次の大隊長に振り返らず微笑み、グレーデンは軽く手を振った。

 




 ガム四枚か煙草が五本の元ネタは『機動戦士ガンダム 戦略戦術大図鑑―1年戦争全記録』の「連邦兵、命の値段がガム四枚。煙草だったら五本分」からです。
 こういう設定資料集の小ネタやよもやま話は可能な限り拾っていきたい所存。

 グレーデン出すなら、ノイジー・フェアリーも絡ませたかったけど、あそこは出してもそこまで見せ場を用意できなかったので断念……orz
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