宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※今回登場する黒い三連星の階級はオリジンでラル大尉が口にしていた昇進前の階級なので、本来は時系列的に階級を下げるべきなのですが、これ以上下げると戦闘機乗りにできないので、敢えてオリジンで出た階級にしています。お気に触られた読者様が居られましたら、誠に申し訳ありません。

※コロニー内では大気圏内での戦闘機使用は現実的でないというご指摘があったため、大気圏内外双方で使用できるトリアーエズに機体を変更し、一部文章を修正致しました。
 なお、トリアーエズの開発時期はコア・ファイターと同時期であるのですが、型式番号の末尾にⅩを付けて、試作機という扱いで登場させています。
 お気に障られた読者様が居られましたら、誠に申し訳ありません。

※2024/8/28誤字修正。
 hmzさま、佐賀らしんさま、麦茶太郎さま、赤い羊さま、みやともさま、あんころ(餅)さま、ご報告ありがとうございます!


04 黒い三連星

「よく来たァ! 待ちかねたぞッ中尉!」

 

 イワンがザビ家に招かれた翌日。彼がムンゾ防衛隊の寄宿舎に到着するや否や、肩を揺らし、堂々たる体躯に相応しい豪快な足取りで歓迎の言葉を述べたのは、大尉の肩章でこそあるが、既にして少佐の内示が通達されているザビ家の三男、ドズル・ザビだ。

 質実剛健を体現する威容ばかりでなく、その実直な人柄もムンゾ防衛隊全ての将兵に愛されており、イワンもまたその例に漏れず、ザビ家の人間としてだけでなく武人としてのドズルを深く敬していた。

 

「イワン・ヨーク中尉、本日を持ちましてムンゾ防衛隊、航空隊員として着任致します!」

 

 踵を鳴らし、儀仗兵の如く模範的な敬礼を行うイワンに対し、ドズルは笑いながら答礼した後、一際強く肩を叩いた。

 

「良い意気込みだ! だが、今日はまだ顔合わせで十分だ。そう肩肘張らんでも良い!」

 

 付いて来い! とドズルは上機嫌にイワンを先導した。寄宿舎から航空隊の基地まではそう遠くなく、程なくしてイワンはドズルの足取りが軽い意味を知った。

 

「見事なモンだろう」

 

 腰に両の手を当てて見上げるドズルの視線の先を見据えれば、そこにあるのは士官学校時代にイワンが見てきた、どの連邦機とも異なる戦闘機だった。

 

「FFⅩ-4 TORIARES(トリアーエズ)……大気圏内外で使用可能な汎用戦闘機の試作機だ」

 

 機体を確認するや否や目を見張ったイワンにドズルは満足げに頷いていたが、驚愕の理由は異なる。

 イワンにとって衝撃的だったのは、トリアーエズが後にジオンにとって死神となる人型兵器(ガンダム)のコクピットとして運用される、コア・ファイターと同時期に開発されたことを知っていた為に、歴史にずれがあるのではと思わず身構えてしまったためだ。

 しかし、試作を意味するⅩとドズルの言葉に、コア・ファイターの原型たるTINコッドも〇〇六二年に試作機があった以上、驚くことでもなかったかと胸を撫で下ろすことが出来た。

 

「……連邦軍にしては、随分と思い切ったものですね」

「確かにな」

 

 ムンゾに限らず、地球連邦は各サイドに独自の兵器開発や諸研究、装備品の調達を公然と禁止し、駐留軍まで配置しているのが現状だ。

 これまでのムンゾの航空隊が実機訓練で使用していた宙域機といえば、主戦力とするには心もとない哨戒・索敵用の機体で、しかもほぼ全てが二世代前のものと来ていた。

 

“連邦寄りのコロニーであるサイド2(ハッテ)でさえ、ヴォルホッグのような哨戒機しか寄越されていないのだから、当然と言えば当然だがな”

 

「だが、ムンゾ防衛隊(おれたち)に限らず試作機のデータ収集は各サイドで実施するよう通達が来ている。試作機の各種課題や性能面の洗い出しをサイド側で負担させようという魂胆なんだろうよ」

 

 如何に新型戦闘機と言えど配備はごく少数であるのに加え、問題も多いであろう試作機だ。たとえサイドが反抗的であったとしても、この程度で戦力差が覆ることもなし。気っ風の良さを見せつけているようで、その実この程度で喜び浮かれる各サイドの防衛隊を嘲っている連邦軍の姿がありありと浮かんできた。

 

「だが、どんな機体だろうと実機で、それも新型を飛ばせるんだ。悪い話じゃないだろう?」

 

 確かにドズルの言う通り、見方によっては悪い話ばかりではない。コロニー内や宇宙域での戦闘ばかりが目に行きがちのムンゾにとって、1Gでの戦闘さえ考慮して開発された汎用戦闘機は、連邦の驕りとは真逆に、将来起こるであろう戦争に大きく寄与してくれる事だろう。

 

「分解と解析はどの程度?」

「三機のうち、一機は点検を理由に作業している。禁じられているのは研究であって、連中が出した依頼に応えることやメンテナンスまでは問題ないからな」

 

 こういう化かし合いこそ、戦争の冥利だなとイワンはほくそ笑んだ。加え、折角なので出せる所には口を出す。

 

「防塵対策やジェネレーターの冷却機構を入念に調べておくべきと具申致します。地球での運用を前提としている以上、コロニーでの管理環境に生きる我々(スペースノイド)と異なり、自然の猛威に適応するための措置を確実に用意している筈ですので」

「俺達が地球に攻める日が来るとでも言いたげだな。勇ましいが、気が早過ぎないか?」

 

 ドズルは苦笑したものの、将来を思えば地球侵攻は確実に計画を立てておかねばならないだろう。たとえそうなる前にサイド3の完全独立と、地球連邦との完全講和が実現し得るとしても備えを怠る理由にはなり得ないし、時間は待ってくれないのだから。

 

「まぁ、俺としてもお前の先見の明は買っているところだからな。整備班と技術者連中には伝えてやる。だが、ここに連れてきたのは単にこいつを自慢する為じゃない。イワン、こいつを専用機にしたくないか?」

「ご冗談を」

 

 現在、航空隊における戦闘機の稼働率は一〇〇パーセントを超えている。航空機より操縦士(パイロット)の方が多いというのが現実で、しかもそれが人的資源に難のあるムンゾでという由々しき事態にあるのだ。

 そのような状況下にあって専用機など、ましてや士官となって二年の青年将校に新品同然の機体を振舞うなど、どうかしているとしか思えない。

 向こう三年は連邦で経験したように実機の飛行訓練を型落ち品で済ませ、シミュレートによる仮想体験で腕を磨くことになるだろうと考えていただけに、イワンは思わず溜め息をこぼした。

 

「上も下も、そのような決定は承服できぬかと」

 

 ザビ家の権風を用いて強引に捻じ込みでもしたのかと口から出かけたが、流石にそこまでは言いたくなかったので、このような言葉で固辞する意思を示したが、ドズルは冗談や身内贔屓の類ではなく、すこぶる真面目な話だと言う。

 

「士官学校での実技成績は、航空隊の古参連中を唸らせるのには十分だったからな。何より航空隊は、他と比べても()()()()士官教育を受けてる連中が少なすぎる……。

 お前も含め、畑違いだろうが青年将校には他軍種や保安部隊の勤務を経験させているが、こと航空隊と海軍は専門知識の塊だからな」

 

 そこに来て、地球出身者を差し置いて航空士官としては異例という他ない首位の座を勝ち取ったイワンは──士官学校首席の座はマ・クベが掴んだが──特別扱いするに足る人材だと言う。

 ……確かにドズルが()()()()と語った通り、航空隊内に限らず正規の士官教育を受けた防衛隊将校は少ない。

 初めに語った通り、イワンやマ・クベのように他を圧倒する力量で以って連邦軍士官の座を捥ぎ取れるような人材は非常に稀で、コロニー出身者というだけでそれなりに優秀であっても難癖をつけられて爪弾きに遭うのが連邦軍の実情だ。

 だからこそ、そうした不条理と理不尽を潜り抜けた俊英がムンゾ防衛隊に加わって真っ先に行うのは、自分たちが受けた教育内容をそのまま防衛隊の人材育成に採用することで、イワンもまたそうした現実から死に物狂いでマ・クベと首席の座を争いつつ、逐一教育内容を記録し続け、こうしてムンゾに帰還した折に書類にして提出していた。

 哀れを誘うほどに涙ぐましい努力であり、痛ましいと言わざるを得ない組織の実情ではあったが、そうでもしなければ立ち行かないのだからどうしようもない。

 中には防衛隊に復員後、若輩でありながら教官として教鞭を執り、通常勤務の傍ら一人でも多くの士官を防衛隊から排出すべく日夜精力的に活動している士官も数多い。

 

「ですが、なればこそ尚更に専用機など不要でしょう。最新機は一人でも多くに使用されるべきです」

「それでも高度な運用と、効率的な実働データの収集にはお前の力が要る。第一、お前にデメリットはないだろう?」

 

 一体何故ここまで頑なにイワンが固辞したがるのか、ドズルには理解できない話だった。しかし、イワンからすれば将来電子戦を前提とした戦闘機など用を成さなくなることを知っている為、実機は型落ちだろうが新型だろうが関係ない。

 加えて専用機の、それもテストパイロットなどになってしまえば確実に航空隊に専念せねばならなくなってしまう。政治将校としての土台作りが頓挫するなど冗談ではなかった。

 

「私は他の士官同様、保安隊を兼務する予定です」

 

 防衛隊将校ならばどのような軍種であろうとも志願し、一定の能力が認められれば他軍種や警察機関を兼務することが可能であり、それらは権利として保障されると共に人材不足のムンゾでは奨励さえされていた。

 だからこそ自分は固辞しているのだと意思を表明したイワンに、ドズルは隠しもせず眉を寄せた。

 

「……ギレン(あに)と相談してた奴か? やめておけ、お前の天稟が無駄になる」

 

 ドズルからすれば、ここまで優秀な士官となっておきながら、政治家の都合で引っ掻き回されて貴重な時間を無駄にされるなど冗談ではなかった。

 確かに兄であるギレンはドズルから見ても天才の二文字に違わぬ傑物だが、だからと言って貴重な航空士官を盗られては堪らない。

 餅は餅屋。政治家は政治を考えればいいし、軍人は軍務に専念すればいい。職業とは差別化と専門化を行うことで、より洗練されるのだということは凡愚だろうと理解できる話ではないか。

 

「必要なことです。勿論、航空士官としての責務を放棄するつもりはありません。この身も知識も、一片も余さず祖国の為に活用する所存です」

「むぅ……」

 

 ドズルとて、イワンが意味もなく食い下がっている訳でないのは承知している。

 ドズル自身が先見の明を買っていると述べた通り、ギレンほどとは言うまいが、それでもイワンの言動は深謀あってのものだろう。

 何よりイワンが連邦軍士官候補時代、航空士官候補生として文句のない成績を収める傍ら、ムンゾ防衛隊の為の教育研究にも熱心に取り組んできた実績がある以上、口先だけで二足のわらじを履こうというのでないことは理解しているつもりだ。

 ただ、ドズル個人としてはその能力を純軍事的な立場で注ぎ込んで欲しいというのが偽らざる本音だったが。

 

「……ならトリアーエズ(こいつ)はどうする? どの道テストパイロットは要る以上、誰かに任せねばならんのだぞ?」

「ご安心を。航空士官として防衛隊に加わるに当たり、既に全航空隊員の経歴は読み込んでいます」

 

 幸い、確認した隊員の中に相応しい者がいるとイワンは言うが、士官連中だけならばいざ知らず、末端の兵卒を含めた隊員全てを頭に叩き込んで来たのかとドズルは言葉を疑いかけたが、自信満々なイワンの表情から素直に信じた。

 

“ギレン(あに)が目をかける訳だな”

 

 とはいえ実際のところ、イワンは航空隊員のリストから将来エースとなるネームドを絞り出し、重点的に調べていただけだが、そんなことはドズルの知る由もなかった。

 

 

     ◇

 

 

「ガイア軍曹以下、マッシュ伍長、オルテガ伍長! 現刻を以って技術検証要員の任を拝命致します!」

 

 鋭い眼光、巌のような顔立ちに蓄えた口元の髭が見事なガイア軍曹の敬礼に続く形で、軍人というよりも、無頼漢と表するのが相応しい顔立ちのマッシュとオルテガが踵を鳴らす。

 彼らに答礼する傍ら、ドズルは本気かと疑うような一瞥を三名に判らぬようイワンに投げたが、イワンはガイア軍曹らの喜悦に歪んだ口元やぎらついた視線に臆さず、頼もしい限りだと満足気な表情で頷いていた。

 

「……本当に一字一句違わず経歴を調べたんだろうな?」

 

 ガイアはともかくとして、マッシュとオルテガは防衛隊内でも兵隊やくざなどと敬遠される問題児である。

 憲兵替わりの保安隊との諍いに素行不良の数々……。本来エリートが拝命すべきテスト要員に指名するような人材とは言えず、上から下まで猜疑の声が上がったものだが、イワンは絶対の自信を持って「問題があれば小官が交代要員(オブザーバー)として任に就きます」と押し通した。

 

「ご安堵ください。彼らは間違いなく優秀ですよ」

 

 何もそれは将来の彼らを知っているからという訳ではなく、きちんと経歴や勤務態度等に目を通しての任命である。

 この三名、確かに素行や人格面においては些かどころでなく悪目立ちしていたが、実機での飛行訓練時間はどの航空隊員よりも長く、しかも実機に無理な負担をかけるような真似も一切していない。

 素行不良故に昇進が止まっており、それが原因で燻っているというだけであって、航空隊員として、空を翔ける者としての彼らは何処までも真摯で実直だった。

 

「しかし我々を登用とは、中尉殿も思い切った真似をしたものですな」

「不服かね?」

 

 そういえば兵卒上がりであったが為に、彼らの士官への反骨心は強かったなとイワンは得心しつつも柳に風とばかりに流した。特に気性の荒いオルテガなどは「いけ好かねぇな」と小声で漏らしたのをガイアが掣肘したが、これも「構わんよ」と宥める。

 

「士官といえど着任したばかりの青二才に対し、貴官らはベテランだ。時として私から助言を求めることもあろうし、何より現場の声に聞く耳持たぬ無能にはなりたくないつもりだ」

 

 軍組織において、階級差とは絶対の壁である。良いから黙って受けろ、栄達の機会を逃す気かと一喝するのが正答であったが、この程度で声を張り上げるようでは逆に舐められる。

 新品の青年将校を、現場のベテランが品定めするのは軍であれば古今東西変わらない。

 

「試作機は三機で、貴官らは航空隊において最優秀の小隊(三機編隊(ケッテ))だ。余人に有無は言わせん」

 

 青年将校としては過ぎた発言であったが、実際首をかける覚悟での任命であったので嘘偽りは一切ない。マッシュなどはイワンの本気を悟ってか、軽く口笛を鳴らした程だ。

 

「ですが、ね。本来は中尉殿が拝命すべきだったと上から下まで持ちきりですぜ?」

 

 ただ、オルテガだけは未だイワンが何処まで本気なのかという点に疑義があるのだろう。或いは純粋に、成績優秀な士官学校出というのがどの程度なのか見定めたいというのかもしれない。

 

「私の評価が公正かつ正当と証明できねば、貴官らにとっては針の(むしろ)となってしまうと言うのだな、オルテガ伍長」

 

 その危惧は正しいとイワンは素直に認めた。しかし、元よりオルテガ達にとってもそんなことは理解しての拝命だった筈だと諭す。

 

「貴官らは既に防衛隊内で実力を示している。実績さえここから積めば、他が口を挟むことなどできんよ」

「ははァ?」

 

 中々どうして、この士官は()()()いるとオルテガはほくそ笑んだ。

 

「そういう殊勝で謙虚なのは今まで居ませんでした。俺達が一番だと、そうお認めになって下さると?」

 

 それは即ち、イワンがオルテガを含めた三名より下だと公然と口にしていることでもある筈だと、そう大上段から見下ろしてきたオルテガには、流石に静観に努めていたドズルが思わず声を張り上げかけたが、イワンはそんな義兄にして上官の想いを素直に喜びつつも止めた。

 

「勿論、ただ黙ってというのも外聞が悪いとは承知しているとも。どうかね? オルテガ伍長。貴官が口にはしなかったが、望んだ形でそれを示すというのは」

 

 ガイアら三名とイワンのどちらがテストパイロットに相応しいか。雌雄を決するというのはこの上なく分かり易く、そして手っ取り早く周囲を黙らせるに十分だろう。

 

「……おいおい」

「これはまた……」

 

 ドズルもガイアも、これには思わず声を漏らした。確かにガイアはともかくとして、マッシュとオルテガはイワンが鼻持ちならない士官であれば、実力で捩じ伏せてやるつもりではあった。

 しかし、品定め(ちょうはつ)に声の一つも荒げず、かといって媚びへつらう真似もせず、堂々と士官としてガイア達を立てて言葉を交わしてきただけに、ここでこのような態度に出てくるとは夢にも思わなかったが……。

 

「士官とは兵らと仲良くするものではないが、敬意を抱かれるべきものだ。そして、侮られては()()()ものでもある」

 

 上に立ちたくば心得ておけと言い放ち、そして続ける。

 

「こうした事態を予期しなかった訳ではないのでな。()()()()()宙域で始められるぞ?」

 

 

     ◇

 

 

「やはりお前は職業軍人になるべきだ」

 

 あの古参兵共(ガイアら)にああも啖呵を切って、しかも性格を見抜いて訓練機と二名の随伴要員(パイロット)まで待機させていたのだ。

 示しをつけるという意味で、ここまで度胸のある男を政治にかぶれさせるのは、ドズルには心底惜しかった。

 

「まだまだです。本来は向こうから()()()くれることを期待したのです。こちらから口にするつもりはありませんでしたよ」

 

 制服からパイロットスーツに着替え、ヘルメットを被るイワンは自身の人心を読みきれぬ未熟さに嘆息した。

 上にも下にも猛反発があった以上、実力で示して貰うことが必要だとはイワンも理解しており、だからこそ敢えてガイアらと反目していた士官を随伴要員に指名した上で待機して貰っていた。

 誤算があったとすれば、イワン自身から挑発に乗らねばならなかったということか。我が儘を口にする可愛げのある部下の思いを酌める、出来た上官にはどうやら程遠いらしい。

 

“或いは、心が老いていても体は若いからか?”

 

 血気盛んとなるには前世を含めれば齢を重ね過ぎている筈なのだが、思わず血が滾っているのをイワンは自覚していた。

 

『中尉、兵隊やくざ共に目にもの見せてやりましょう!』

 

 随伴要員の一人が、そう意気込んで通信越しに発してきた。彼もまた若手の中では芽のある部類ではあるのだが、模擬戦の度に黒星をガイア達に付けられている手前、イワンが声をかければ一も二もなく食いついてきた手合いである。

 

「『逸るな少尉。あちらは阿吽の小隊、こちらは即席の小隊だぞ?』」

 

 とはいえ、即興のチームであの三名に勝てるなどとはイワン自身全く考えていない。この模擬戦は拙いチームでありながら、如何にあのベテランに食い下がれるか。

 イワンが若輩だからとて舐められたままでは居られないのと、テスト要員としてガイア達が相応しいことを立証する為のものであって、勝ち負けは二の次なのだから。

 

“とはいえ、あの『黒い三連星』と一戦(まみ)えることへの歓喜がないといえば嘘だがな”

 

 これ程の幸運、これ程の贅沢が果たしてあるだろうか? 前世ではその活躍を、その生き様を眺め、子供の頃から目を輝かせていた相手にこうして対等な形で向き合えたことに、興奮するなというのが無理な話だ。

 

「『相手は古参、胸を借りるつもりで行け──だが、やるからには勝つぞ』」

 

 輝ける戦場の星を相手に、イワンは子供のように声を弾ませた。

 

 

     ◇

 

 

 機体はどちらも同じ型落ち。士官候補生時代の訓練機と比しても操作性は劣悪だったが、それでもイワンはガイア達の一糸乱れぬ飛行に思わず目を奪われた。

 

“流石だな!”

 

 こうまで惚れ惚れする飛行と編隊機動は、候補生時代の教官連中でさえ無理だろう。加え、開戦に当たり散開した際の動きもまた同様に溜息が漏れるほど。

 

“基本に忠実だな。しかし、それ故に恐ろしい”

 

 隊長機(ガイア)を囮として、残りの二機が誘い込まれた敵機を迎撃する正統派。

 加え、レーダー技術全盛である宇宙世紀において捕捉されるだけで誘導弾(ミサイル)が音速を超えて放たれ、機関砲もまたイワンが前世で知る二一世紀のそれとは弾速も精密性も桁違いだ。

 誘導弾(ミサイル)は熱源を感知し、警告音が発する瞬間にはチャフフレアを撒かねば即撃墜判定が下されるし、機関砲も射線に入った瞬間レーザー照射で命中判定が出てしまう。

 

“その上、操縦士(パイロット)が目視する必要すらないと来ていてはな……!”

 

 火器管制システムの充実は、従来の操縦士(パイロット)が有する人としての役割の殆どを廃している。何となれば、人間よりも無人機の方がGを考慮せずとも動ける分、遥かに厄介と言える程に。

 

“しかし、それを覆しての英雄! それを覆してこその黒い三連星という訳だ!”

 

 シミュレートでの無人機相手の被撃墜は驚異のゼロ。対人においてさえ無類の強さを誇り、自身らには黒星一つさえ付けぬその実力。

 もう少し品行方正に努めれば良いものをと、その天稟が惜しいと嘆きたくなるほどだ。

 

“だからと言って、見入ってばかりもいられんが!”

 

 これは観戦でなく戦闘。雌雄を決する場面である以上、全霊を挑むのみと、しかしそう意気込んでいた瞬間、模擬戦前までは意気軒昂であった少尉がマッシュに喰われた。

 

『他愛ない!』

 

 オープンチャンネルでそう笑われたが、イワンとてそれは否定しない。如何に即席小隊といえど、余りに呆気ない結果だった。

 

「『二番機、私の影に付け! 被弾だけは避けろ!』」

 

 やはりシミュレートでは限界がある。辛くも複数方向から迫る誘導弾(ミサイル)に対して回避判定を捥ぎ取るが、展開は防戦一方だ。

 

『子守は大変でしょうな、中尉殿。今楽にして差し上げます』

『糞、駄目です中尉! 構わず避けて下さい!』

 

“チィッ……!?”

 

 逃れ得ぬ十字砲火。たとえイワンが回避に成功したとしても、随伴機だけは確実に刈り取る詰め将棋にも似た最善手。しかし、だからこそ随伴機の犠牲を無駄にはしない。

 

「『……ああ、子守はここまでだ』」

 

 航空士官候補生の実力を、とは言わない。これより先は()()も、現代戦()()()()すら無視した戦いに移らせて貰う。

 

 

     ◇

 

 

『こいつっ!?』

『有り得ねぇ! ヤクでもキメてんのか!?』

 

 よりによってこの宇宙世紀の時代、視界外からのレーダー照準を前提とした時代に……!?

 

「『格闘戦(ドッグファイト)だと……!?』」

 

 今や廃れ久しい西暦の戦い。相手の尻に喰らいつくべく超音速の加速を駆使して肉薄し、追い詰めにかかるなど一体どういう冗談だ!?

 

“万が一接触したら、俺達と心中だぞ!?”

 

 マッシュやオルテガが驚愕するのも当然で、ガイアでさえ冷や汗を掻いた。しかしその狂気、その蛮勇を成し得るだけの技量を確かにイワンは有している。

 

「『マッシュ、オルテガ! 喰らいつかれる前に何としてでも墜とせ! 奴は俺でなくお前達が狙いだ!』」

 

 機動からしてそこは間違いない。しかし、随伴機との連携を意識せず済んだ分イワンの空戦機動(マニューバ)はマッシュらの経験の外から迫り、これまでのような戦法が通じない。

 

『!? すまん、被弾した!』

『冗談だろ!?』

 

 小隊の中ではと頭につくが、動きが最も荒々しいオルテガでなく、あのマッシュが被弾判定を喰らう? ましてや未だ傷一つないとはいえ、僚機を墜とされた単機相手に……?

 

「『マッシュ、オルテガ……、()()を使うぞ』」

『『──!!』』

 

 未だ対人戦において、一度として見せてこなかった秘中の秘。

 しかしそれを、この相手に使わずして何時使う──!!

 

「『フォーメーションを組め──ここで、確実に墜とす!!』」

 

 

     ◇

 

 

 散開した三機が、再び一つに集い編隊を組む。連なり、弧を描く三つの機体を目にしたとき、イワンはそれを流れ星のようだと詩的な感想を抱き、そして絶頂さえしかけた。

 

“これこそ正しく! これが、()()戦法の原型か!”

 

 三つの機体が、綺羅星のように向かってくる。戦闘機同士の、航空戦のセオリーには有るまじきことに、イワンに対して真正面から──!

 

「────!」

 

 イワンは回避行動に移ったが、無理だった。

 一機目の射線を、二機目の追撃に対し機動を逸らせど、三機目までは対応できない。航空機というものの特性上、一機目の攻撃に対して回避行動をとった時点で、イワンに機動を変えることは不可能だった。

 

「『──お見事』」

 

 オープンチャンネルで賛辞を述べると同時、イワンに撃墜判定が下された。

 

 

     ◇

 

 

「ヨーク中尉、先の非礼をお詫びします! なんなりと罰をお申し付けください!」

 

 コロニー内へと帰投したイワンに対し、あろうことかあのオルテガが踵を鳴らして、真っ先に敬礼と謝罪の意を示したことに、思わずイワンは面食らう。

 訓練機から降りたイワンはガイア達にあらん限りの賛辞を述べ、彼らこそ相応しいことを喧伝する為に、その空戦機動(マニューバ)を称えるつもりであったというのに、何故敗者たるイワンに礼を示すのか、皆目見当がつかなかったのだ。

 

「中尉殿は腕を示しました。こいつはオルテガなりのケジメです」

 

 口先だけの士官ではない。対等に戦い、自分達を率いれる宇宙の戦士として認めたのだとガイアが代表して述べる。

 

「俺達はずっと決めてましたからね。()()を使わせた相手は認めると」

「……光栄だ。貴官らのような、勇者に認められたことを誇らしく思う」

 

 心からの言葉と共に、イワンはオルテガの正面に立ち、答礼する。

 そして、上官として大きく声を張り上げた。

 

「オルテガ伍長! 貴官は軍人としてあるまじきことに、上官への不服従の意を示した! 異論あるか!?」

「ありません、中尉殿!!」

「ガイア軍曹、マッシュ伍長! 同小隊員の軍規に悖る行動を止めなかったことは、連帯責任を課さざるを得ない! 異論あるか!?」

「「ありません、中尉殿!!」」

 

 良し!! とイワンは更に勢いよく、腹から声を張り上げて。

 

「よって私はガイア軍曹、以下二名に対し技術検証要員としての、最大級の貢献を強制する!! 貴官らは持てる力を以てムンゾの為! 防衛隊の為、身命をかけてこの任を達成せよ!! 異議も、反論も、一切の反駁も認めん! 復唱!!」

 

 罰を受ける事を覚悟しての事であった為にガイアらは一瞬当惑したが、直ちに背筋を伸ばし、イワンの命を復唱した。

 

「「「ムンゾの為、技術検証要員として、最大限の貢献を確約します!!」」」

「宜しい! ガイア軍曹、一歩前へ!」

「はっ!」

 

 ザ! と軍人らしい足取りで前へ進み出るガイアに対し、イワンは告げる。

 

「現在トリアーエズの一機は、専用機としての登録が空白となっている。よって、先の模擬戦において実績を示したことを評価し、イワン・ヨークはガイア軍曹の専用機受領を推薦する!

 他二名も、今後の活躍次第では同様の措置を取ると確約するので、先の発言に違わぬよう軍務に励め! 以上を以て、本日の戦闘訓練を終了する! 解散!」

 

 その決定に対しての最大級の感謝を表すべく、ガイア達は最敬礼をイワンに捧げた。

 そう遠くない未来、黒い三連星と称されることとなるエースと、彼らを率いるイワンとの、初邂逅が幕を閉じた。

 




戦闘機版ジェットストリームアタックという、ロマンをやりたいだけの回でござった。
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