※2024/10/28誤字修正。
minotaurosさま、Nychaさま、ご報告ありがとうございます!
壁のリフト・グリップを掴んだマレットの体が空に踊り、整備用
直立した
緊急時を想定したスペースには相応のゆとりが設けられていたものの、それでも搬入された各種機材や整備士の数を考えれば閑散という言葉とは無縁だったが、マレットの目当ては整備士や
開発拠点も兼ねた秘密研究所たるペズンは機体性能を確認する為、訓練状況を一望できるモニターも整備用
白と黒──、生と死を象徴する二色に塗り分けられた高機動型ザクⅡを駆るのは、親衛隊最強と名高き、エリック・マンスフィールド特務中佐。
そして、試験機たるアクト・ザクを駆るはイワン・ターザ・A・ヨーク中将。
その戦いを、その動きを後学の為に見届けたいと思わない
現にこの戦いを特等席で観戦する栄に浴した整備士も技術将校らも、モニターには釘付けにならず要所要所を眺めるばかりであったし、他の
“尤も、見るべき要所については誰も見逃していないようだが”
「あんなに激しく動く特務中佐、初めて見た」
「現時点でのアクト・ザクの弱点を、的確に突いて来たね」
どれほど精密な操作を駆使し、どれだけ繊細な動きを心がけようと、アクト・ザクは未だ完成には遠い試作機だ。
制止する瞬間。
スラスターを駆使して方向転換を行う一瞬。
動作の端々で、アクト・ザクが
イワン自身の操作に瑕疵などなく、アクト・ザクの問題も織り込んだ上で尚それだ。
先のフィーリウスとの模擬戦闘でも同様の問題点は見て取っていたし、プログラムに手を加えたが、やはりザクⅡのようには行かない。
口にしたメイもアルレットも、連戦の機会を活かして改善点の洗い出しに勤しんでいるらしく、マレットの視界の端で予備機のアクト・ザクに張り付き、モニターの動きを検分しながら、OSと各種制御プログラムに目を走らせていた。
今でこそ技術中佐として
そこだけを余人が耳にすれば、さぞ地味な仕事だと思うだろうが、ソフトウェアが有効に機能しない
元は拙い出来でしかなかった教育型コンピュータが飛躍的発展を遂げたのも、それを元に
このシステムを組み込まれた
これによって基礎操縦を習得するだけでも、半年間は育成期間を要するだろうと見込まれていた新規の
加え、最適解の動作を可能にした
それこそ一週間戦争時の
“地球侵攻の第一線で活躍する
笑うか驚くか、或いはこうした若い才能こそを
いずれにせよ、こうした才覚ある人材を登用し、昇進も躊躇せず重用するというのは、軍機構が地球に見られるような官僚組織特有の動脈硬化を引き起こしていないと安堵すべきなのだろう。
何より、彼女ら開発陣のもたらした恩恵は、マレットを含む前線将兵のみならず、戦争遂行という大局にあってすら、多大の二文字でもなお足りぬものであることは疑い得ない。
マレットの視線に気付いたのか、僅かに一瞥をくれたメイにマレットは敬礼することで礼を示した。メイは技術将校故、指揮権など当然持ち合わせていないが、それでも上官であることに変わりはないのだから当然だ。
ただ、それを受けたメイ自身は答礼もせず「……悪いものでも食べた?」という表情をありありと浮かべたのは気に食わなかったが。
“……ユーマと言い、ここのガキ共はどいつもこいつも……”
ここまで露骨に顔に出されては怒りを見せる気にもなれず、軽く息を吐くに止めたが、マレットとて自身の非を顧みることは出来る。
“分かっている……これが、身から出た錆だということぐらいは”
自分の癇性も、他者を寄せ付け難い気位の高さも、欠点だとは承知している。だが、自覚していながら、未だそれを克服することが出来ないでいた。
“……ここは、姫様と過ごした学び舎とは違う”
あの頃の、キシリアに諭された頃のマレットとは状況が違った。幼き日々の中でのマレットは神童と認められるだけの地位を築いていたし、キシリアと共に伸び悩む者や苦悩する者に手を差し伸べれば、それが学友と打ち解ける契機になってくれた。
──だが、ここでその手は使えない。
ここに集う者達は誰もがマレットと同等か、それ以上の『特別』だ。
頭脳も実力も実績も、マレットは決して抜きん出た存在ではなかったし、仮にジョニー・ライデンやエリック・マンスフィールドを凌ぐ実力を有していたとしても、特別視されることはなかっただろう。
何故なら軍人とは個人技が持て囃される存在ではなく、軍とは優れた個人が回せる機構ではない。ワンマンアーミーで出せる結果など、撃墜王を筆頭とした歴史に名を刻むごく一部を除けば高が知れたものであるし、その一部にしたところで戦争そのものを左右するには至らない。
英雄の時代は、遥か遠くに終焉を迎えた。どれほど『特別』な個が生まれたのだとしても、どれだけ有能な頭脳が存在するのだとしても、組織人として他者を巧みに操れねば、最終目標たる勝利を掴むことは能わない。
“そんなことは、俺とて分かっている”
だからこそ、せめて足だけは引かぬようにとマレットは努力を重ね続けた。
尉官として小規模ながらも隊を率いねばならない立場にある以上、MS部隊を運用する上での編隊飛行や訓練は欠かさずキマイラ隊と合同で行っているし、兵棋演習一つとっても他の将校らと意見を交わしつつ実践し、講評も盛んに実施している。
イワン然りヒュー然り、そうした努力は無論見ていたが、肝心なのは軍人としての技能を磨くことでなく、軍人として強固な紐帯精神を同志戦友と築けるか否かだ。
このまま余人から、居丈高な将校として見られるばかりで良い筈がない。組織にあって、ましてや生き死にに直結する戦時下にあって、内部に不和を招くような人材などどれだけ有能であっても有害だ。
誰からも愛されるよう馴れ合えとまでは言わないにせよ、胸襟を開き打ち解けるぐらいはして見せろと。それこそがイワンとヒューにとっての考課対象になっていることぐらい、マレットも理解はしている。
“だからこそ……俺とて……”
他者の評価すべき点は評価している。認めるべき点は認め、敬意は言外に示している。
だが、余人にそれが伝わり辛いということも、己が不器用であることも自覚していた。ユーマや先程のメイが見せた反応は特にあからさまであったが、他も似たり寄ったりの評価であることは間違いない。
“例外は、トーマスぐらいのものか”
性格が似通っていることや同階級ということもあって打ち解けるには時間を要しなかったが、「ゴロツキ同士でつるんでんだな」という歯に衣着せぬ
性根の近しい相手と打ち解けたからとて、ましてやそれが同階級の相手であっては全く評価に値しない。
将校とは厳格であるべきだし、部下から敬われるべきであるが、それが唯の嫌悪であっては落第だ。部下の命と命令遂行の責任を持ち、時として死を命じねばならない場面にあって、「誰が貴様のような上司の為に命を捨てられるか!」と反旗を翻されては堪らない。
命を賭す場面に至るまでに、信頼関係の一つも満足に構築できない士官など、はっきり言ってお呼びではないのだ。
……そう。お呼びでないというのに、マレットは招かれたのだ。
おそらく、いや、十中八九士官学校時代から、イワン・ヨークはマレット・サンギーヌという男の性格を把握した上で、ペズンに招聘した。
そうすることで、ペズンに集う全員にマレットの抱える欠点を明らかにした上で、性格を矯正したかったのは間違いない。
士官学校時代であっても多少なりとも性格を矯正することは出来ただろうが、あの時点では士官学校という教育機関で習得させ得る技能に重きを置いた上で、将来何処かでマレットという、癖のある有能な男を育てるつもりでいたのだろう。
将来に期待しているという、卒業式典でのイワンの言葉は嘘ではない。
当然だ。性格の問題さえ改善することが出来たなら、マレットは何処であろうと通用する逸材だ。
そして、ここペズンはそれをする上で最高の環境と言っていい。
士官学校のような順位付けがなされる競争の世界でなく、前線のように戦果も重ねることも出来ない以上、マレットは自身の欠点を克服することでしか、成果を示す方法はない。それが出来ないのであれば──
“──終戦の日まで、
これだけお膳立てをして、なお変われぬというのならそれでも別に構わない。
こと能力面だけ見るならば、マレットはキマイラ隊に加えるだけの実力と、将校としての明晰な頭脳も持ち合わせているのだ。
イワンがマレットをユーマやイングリッドの良き教材として活用し、戦後は後方でテストパイロットにでも勤しんで貰えば良いという腹積もりであろうことは、マレットにも読めていた。
有能な人材を遊ばせはしないが、有害な存在は隔離する。
それがイワンの下した決定であり、万が一現状のマレットが前線に立つ日が来るとすれば、それは公国が追い詰められた時ぐらいのものだろう。
“嗚呼、糞……忌々しいが、眼を背け続ける訳には行かんな”
認めよう。詰まらぬ意地を張り続けた、馬鹿なガキのままであったことを。
キシリアに諭されていながら、目覚めた後になっても意固地になっていたままであったことを。
“いや……違うな”
手を引かれるがまま、違う世界を見せてくれたキシリアに付いて行くのでなく、本当に大事なのは、変わる一歩を自分の足で踏み出すことだったのだから。
◇
“……やっぱり、私の設計が甘いのが原因……”
才気溢れる周囲と比較すれば、ミア・ブリンクマン技術少尉は己が未熟さを痛感せずにいられなかった。
ツィマット社から推薦を受け、イワンの目に止まってペズンへの切符を得たものの、やはり場違いではないのかと思わずにいられない日はなかったが、こうしてモニター越しのアクト・ザクを見てしまえば、ずきずきと心臓が痛み始める。
“
今まさにイワンが模擬戦闘を行っているのと寸分違わぬ調整が施された、予備機のアクト・ザクをくまなく確認し、メイが手を加えた最新スクリプトでの動作確認を開始する。
あらゆる駆動系の接点にプラス、マイナスの反撥し合う磁気を塗り込むマグネット・コーティングは、それによって動力伝達の機械的な干渉全てを打ち消す緩衝作用を働かせるもので、有り体に言ってしまえば潤滑油でしかない。
このように語れば至極単純な仕組みであるが、その効果は絶大で、無限大の加重に対して機械的干渉はなくなる反面、当然だがブレーキングも働かなくなってしまう。
一〇〇パーセント以上のパワーにも機体が軋んだり破損したりすることはなくなり、機動性が増した事で倍近い出力のエンジンを積んだに等しい性能を発揮した訳だが、
理論値と実機の差異は弁えているし、イワンは癖など持たない理想的なMS乗りであることも承知している。そこはフィーリウスの搭乗時でも同じだったのだから、間違っても
“どうして……折角の機会で、
あと一つ……嵌めるべきパズルの最後のピースが見つからないもどかしさに、思わず顔を俯かせてしまう。やはり自分では無理なのかと。机上の理論は現実の前に空転するしかないのかと、目元に涙さえ浮かびかけて──
「──何を泣いている? 少尉」
その言葉に、思わず顔を上げた。目の前に立つのは長身の、精悍と評していい顔立ちの中尉であり、その両耳には深紅のピアスが輝いている。
軍組織にあってこうした装飾は本来禁止すべきだが、公国軍は生存率を高めるべく「生きて戻るのだ」という自覚を絶えず将兵に抱かせる為に、家族の写真や邪魔にならない程度の、自身にとってのお守りとなる類の所持品は特例として認めていた。
「……あ、その……」
目の前に立つ中尉──マレット・サンギーヌのことはミアも知っているし、はっきりと言ってしまえば、マレットのような高圧的な男は苦手だった。
ミア自身はそこまで気が弱い訳ではないのだが、鋭い視線も、上から見下ろされる感覚も、反射的に距離を取ってしまいたくなってしまう。だが、遠巻きから見る分と、こうして正面から声をかけられるのとでは、与えられた印象は大いに異なっていた。
険の強い表情をマレットが意図的に和らげているというのもあるが、それでも詰め寄るような真似はせず、ミアが二の句を継げられるよう、呼吸を合わせて待ってくれているのも大きい。
だから、いざとなれば割り込んでミアを守ろうと考えていたメイやアルレットも、動きを止めて見守るだけに留めていた。
そうして、幾分か気を落ち着かせるように呼吸を繰り返して、ゆっくりとミアは吐き出す。
「……どうしても、上手く行かないんです……見落としがあるのかと思ったんですけど、シミュレートや動作確認でも、問題は見られなくて」
どうして良いか分からなかった。何が行けないのかが分からないまま、自分が嫌になってしまったと吐露したミアに、マレットは各種計器と
「予備機らしいが、動かせるか?」
「は、はい……でも、リミッターは付けてないんです」
暗に耐G適性が高くなければ、搭乗できないと告げているのだろう。マレットもそこは理解した上で、「俺なら問題ない」と返す。
「強化措置は受けている。少尉さえよければ、協力させてくれ。無論、使用許可は長官から取った上で搭乗する」
「……良いんですか?」
唯でさえフィーリウスとイワンが実機でのテストを行っているというのに、この上さらにパイロットを追加するのはミアとしても気が引けたが、マレットにしてみれば自分から言い出したことで、投げ出すなど論外だ。
「我が軍の為だ。微力を尽くすのは当然だろう」
ただ……咄嗟に言葉はマレット自身、 “……そうではないだろう”と思わず溜め息を零さずにはいられない、不器用極まりないものだったが。
◇
マレットとミアの一部始終を眺めるに止めていたメイが、携帯端末を片手に床を蹴った。床と自身を固定する靴底のマグネットが効力を失って宙を駆け、ミアの側へと身を寄せる。
「意外だったなー。マレットさんて、あんな人だったんだ」
鬼の居ぬ間にという奴か。使用許可を得る為の書類を纏めるべく
「常時上から目線の嫌な将校さんだと思ってたし、それは間違いないんだけど、話は出来そうな感じだったよね」
居丈高な将校らしく「子女のように泣き洩らすならば去れ」とでも言ってくるだろうと身構えていたものだが、いざ口を開いて出た言葉が、相手を慮るものだったというだけでも驚嘆の一語に尽きたものである。
「ひょっとして唯の口下手なだけだったりするのかな?」
「唯の口下手で、ここまで評価が下がりっ放しなのも凄いですけどね」
ただ、言いたい放題言うのはミアも同じだった。眼鏡の似合う愛らしい童顔や一五という若さもあって気弱な印象を抱かれがちであるし、弱気な発言も多いものの、存外物言いははっきりしている性質である。
「そりゃ無理ないよ。どんだけ仕事が真面目でも他人と碌に関わらないし、ずっと眉間に皺寄せてる不愛想な将校さんで、おまけに長官さんを常に睨みっ放しだもん」
それがアルレットに限らず、ペズンに所属する者全てのマレットの評価である。
恐れ知らずという点ではキマイラの面々も大差ないし、将校としての礼節は保っていたが、流石にああも瘴気の如く滲み出る気炎を一度でも目の当たりにした日には、誰だとて距離を取りたがるのは当然のこと。
キマイラの隊員も相応の我の強さを見せてはいるが、彼らは強者としての余裕を持ち、他者を懐に入れるだけの度量を見せるだけの、常識を持ち合わせた手合いである。
それと比すれば、発言一つとっても冷笑的でありながら、自分自身を表に出そうとしないマレットでは、自ら孤立したがっているようにしか思えなかったのだ。
「でも、ミアちゃんのところには自分から来たんだよねー」
「ねー!」
ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべるメイに、アルレットも便乗する。
女三人寄れば姦しいと言うし、何より十代の少女らにとって、こういうイベントは見過ごせない。たとえそれがマレットの内情からかけ離れたものであったとしても、悪乗りであらぬ方向に解釈して転がすのが、こうした年頃の遊びなのだ。
「え、え……その。そうなるんですか?」
「そりゃ、あんだけ不愛想だった男が困ってる女の子に駆け寄ってきたんなら、そういうことでしょ」
確証どころか恋愛経験の一つもない癖に、堂々と断言して見せるアルレットであった。何かにつけて恋愛に結び付けるのは思春期の少女らしいと言えばらしいのだろうが、だとしても突飛過ぎないだろうかというのが、渦中の人物であったが故に冷静だったミアの感想である。
ただ、こういうイベントを間近で見た女というのは、我が事でもない癖に暴走し、理屈でなく感情で動くもので、メイもアルレットも聞く耳を全く持たなかった。
「ミアちゃんはどう? 好み? それとも生理的に無理?」
凄まじく両極端な二択であった。流石に後者程の忌避感は嫌悪は抱いていないが、だとしてもいきなり好みかどうかを問われても答えようがない。
「困りますよ。そういうの、まだ先だと思ってたんですからぁ……」
「えー……でも、こんな人と付き合いたいとか、そういうの考えたことない訳じゃないでしょ?」
どんな女だって女として生まれたなら、一〇になる頃には男と言うものを意識する。仕事を伴侶にする女や男に見向きもしない女も世の中には多いが、そういう女は過去に男と自分の生き方を天秤にかけて選んだだけだ。
女は女として、必ずどこかで理想の男と言う奴を脳裏に描く生き物なのだから。
「そ、そういう中佐殿はどうなんですか?」
「? あたしなら好きな人居るよ」
恋愛小説より論文を読み漁り、麗らかな恋を夢想するよりスクリプトの更新に重きを置くような生活を送る上官を半目で見つめたが、帰ってきたのは意外な一言だった。
「ていうか、結婚前提で付き合ってるし」
「え……!?」
「誰……というか、どんな方なんですか!?」
これにはアルレットとミアも目を剥いた。この天才少女のハートを射抜いたばかりか、名家のご令嬢相手にしっかり婚約まで漕ぎ着けた男とは一体何者なのか。
苦し紛れの方向転換であったつもりだが、思わず前のめりでミアが問い質せば、メイはここぞとばかりに惚気だした。
「メイの婚約者さん……ケンっていうんだけど、元はコロニー公社で働いてて、サイド3の建設にも携わってたから、赴任中はカーウィン家とのお付き合いも結構あったの。
……ただ、コロニーの建設中にケンが機密情報を見ちゃったの。よりによって一〇歳の私が、丁度ザクⅠの開発に携わってた時期に」
それは不味いなどと言うものではないだろう。ケン自身は言うまでもないが、それ以上にメイとカーウィン家にも情報漏洩の嫌疑をかけられてしまいかねない。
「特に不味かったのが、あたしとケンが私的なやり取りをしてたってことだね」
パーティで知り合ったのを機に、仕事の邪魔にならない程度のビデオレターなど送っていたが、当然これも不味かった。
私信の内容自体は当たり障りのないもので、押収されたとしても何ら問題のない代物ではあった。
しかし、カーウィン家との接点が単なるコロニー公社社員と仕事上の付き合いであったなら穏便に片付いたであろうに、これによって一気に拗れた。
サスロ機関も軍情報部も、地球連邦の管理下に置かれた、半官半民の形態たるコロニー公社に所属していたケンを連邦のスパイだろうと踏んでいたし、カーウィン家に近づいたのも、メイから情報を抜く為だったに違いないと睨むのも当然の反応だった。
そうなってくればカーウィン家……というより、メイにも相応の対応をしなくてはならない。当人に自覚がなかったとしても、何処まで話したのか、話してしまったのかという点について聞き出した上でメイの処遇も考えねばならないからだ。
「流石にあの時は、『あ。詰んだ』って思ったよ」
口調こそ軽いものの、状況的には八方塞がりであったのは言うまでもなく、相応の沙汰が下されるであろうことは覚悟していたのが本音で、予想外であったのは、そこで思わぬところから助けが出たことだ。
誰あろうMS計画を主導していたイワンの耳に機密情報漏洩と、ケンのスパイ疑惑が入ったのである。
暁の蜂起によって詰め腹を切らされる一年前であったから、本当にギリギリのタイミングではあったものの、これがメイとケンの命脈を繋いだ。
サスロ機関にせよ軍部にせよ、ケンの背後関係を洗うのは当然だが、何より漏洩時の調査も抜かりなく行っていたことに加え、仮にケンがスパイであったとしても、機密を保持する上で「血の臭いはすぐにバレる。嗅ぎ取られるような真似だけはしてくれるな」とイワンが命じてくれたのが大きかった。
最重要機密を管理するダークコロニーの侵入からデータ閲覧の手際まで、それこそプロの動きだと誰もが確信していたケンの手際も、単なる出向先のミスや用意されたアクセス・キーの中身が間違っていたことなど、本当に不幸な偶然が重なった事故に過ぎなかったのである。
「普通、そんなこと有る? って思うよねー……でも、機密情報が抜かれちゃうのって、そういう万分の一の偶然が重なって、ってことが往々にあるらしいのよ」
どれだけ厳格な情報管理を徹底しようと、それを行うのが人間である以上は必ず穴が出来てしまう。それでも今回の
もしそのまま一歩でも施設の外に出ていたなら。
もし外部に僅かにでもアクセスした痕跡が見られたなら『運が悪かった』で残る人生の全てが台無しになるところだったのだから。
ケン自身も事前に立ち入りを禁止を通告されていた区画に、書面上に記載があったとはいえ立ち入ってしまったことは問題だが、公国側も相応の不手際が有ったと非を認めた上で、ケンには機密保持の為に二つの道を提示された。
一つは開戦まで身柄を確保し、表向きはコロニー公社の仕事をしているように偽装すること。
もう一つはコロニー公社を辞して公国軍に志願することで、公国国籍を取得して身内になることだ。
機密情報を閲覧してしまった手前、どちらもサスロ機関の監視が付くことが前提になっているし、何であれば前者の方が公国にとっては都合が良かったぐらいなのだが、コロニー公社に勤務できる人間というものは生粋の
ケンもまた十代の折に連邦軍に二年間の任期入隊をしてから、前歴を活かしてコロニー公社の枠を勝ち取った口であったことや、軍役に伴う好条件をイワン直々に提示されたこともあって、公国軍人となる道を選んだのである。
「しかも、指して間も置かずにMS
ケン自身は地上軍に志願した事もあって、地球侵攻までは比較的安全な位置にあったのは確かであるし、それについてはメイも喜ばしかった。
一週間戦争の大々的な勝利を知った時などは「これで戦争が終わる」と飛び跳ねたほどだが、しかし運命は無情にも戦争の中長期化を選択し、ケンは降下作戦の第一陣として欧州に臨むこととなってしまったのだった。
「あたしも整備士として前線行きを志願したんだけど、却下されちゃったんだよねー」
当たり前だとアルレットとミアは同じ感想を抱いたものの、メイは本気でケンに付いて行くつもりだったというから、カーウィン家としても軍首脳部としても頭の痛い問題であったことは間違いない。
第一にして「縁もゆかりも深くない、それなりのエリートというだけの男の為に、どうしてそこまでするのか?」と、涙ながらメイの父は問うたが、そこで堂々とメイは「好きだから」と偽らざる気持ちを打ち明けたのである。
勿論同様の発言は軍部にも伝えたが、メイの父親も軍部も更に頭を抱える羽目になった。
名家のご令嬢にして天才の二文字を体現するメイ・カーウィンが、よりによって一三も歳の離れた男の為に死地に赴くと言う。
いっそケンについては、今からでも後方に下がって貰った方が良いのではないか? という意見もあったが、戦技教導隊でS評価まで得た男を後方に遊ばせるなどどうかしている。
ならばどうすれば納得するのかという話で、こういう男女の問題は当人同士で解決させるべきだろうという所に落ち着いた。
軍もカーウィン家も、ケンがメイの気持ちに応えるか否かは別として、断固としてメイの前線行きだけは阻止せねばならない。
メイの父親などは「いっそ振ってくれれば後腐れもない」と考えていたし、そこは軍部も同感だった。
二七の男が、一四の小娘の告白など受け入れる筈もないだろうと高を括っていたのである。
ここで誤算であったのは、ケンなる男が小児性愛者という特殊性癖の持ち主だったことでなく、メイ・カーウィンという少女の情熱を甘く見たことだ。
「『連れて行って』『死んで欲しくない』『大好きなの』……今にしたら、もっとロマンチックな言い回しも出来たと思うんだけど、あの時はあれで大正解だったんだよねー」
得意げに語って見せる口元は、明らかな勝利宣言のそれだった。
ただ、この場でこそ簡単な言葉で済ませているが、実際は何処までも切実な泣訴だったのはメイ自身自覚もあった。
貴方と一緒なら、死んでも後悔はないから連れて行って。
貴方が死んでしまうなら、残る人生に意味はないから死んで欲しくない。
もう二度と、こんな思いを抱くことはないと思えるほど、貴方の事が大好きなの、と。
嗚咽交じりの言葉の数々に加えて、歳の差など考えず、女としての自分を見て答えて欲しいと言われたケンは泣き落としに屈した訳だが、戦線が安定したという一報がメイに届いてからも、別れ話の一つも持ち出す事なくビデオレターでの文通を続けている分、しっかり腹は括ったと見て良いだろう。
ただ、メイの父親からすれば一四の娘を浚われたことについては心穏やかでいられなかったのは間違いないが、ケン自身は今や二級ジオン十字を左肋に輝かせ、腕一本で少佐にまで昇進した英雄の一角だ。
公国国籍も三級ジオン十字を受章した段階で取得している以上、難癖などつけられる筈もなし。年若い娘を奪われる未来に歯軋りしていたが、今の本題はそんなメイにとって波乱万丈かつ順風満帆な恋模様でなく、ミア・ブリンクマンの春の予感についてである。
ただ、本人にとってはメイやアルレット程乗り気で居られないのだろう。こういうのは外野なら騒がしくなれても、いざ当事者の側になると途端に声が小さくなってしまうものだし、何よりだ。
「中佐殿は、はっきりとお相手を見初められたのですよね?」
「うん、一目惚れ」
だが、ミアには自覚できるだけのものがない。鼓動が激しく打つだとか、顔を見ただけで赤面するだとか、そうした分かり易い感情はなく、心に渦巻くのは突然の助力に対する当惑ばかりだったのだ。
「んー……まぁ、そりゃそうだよねー」
マレットの感情はどうあれ、ミアにしてみれば接点など皆無に等しかったのだから、いきなりどう思うかなどというのは結論を急ぎ過ぎた。
しかし、だからと言ってこんな面白い……もとい、下手をしたら将来にかかわるイベントを放り投げるのも論外だった。
「じゃあ、何時でも相談に乗って。今後はマレットさんと話す機会もあると思うし、アクト・ザクの調整も、アルレットちゃんとこれまで以上に頑張るから!」
要は、特等席で見物したいという本音を隠しもせず胸を張るメイに、ミアは苦笑するしかなかった。
Q:どうしてリリア・フローベールちゃんを、マレット様のヒロインにしなかったんですか?
A:だってこの子出しても、マレット様がオラつくだけで性格修正できないし、アクト・ザク関連のドラマも何もないしで、イベント的に薄味だったので、フローベールちゃんみたく内向的だけど、言うことははっきり言えてメカニックとして優秀なロリ……もとい、美少女のミアちゃんに出張って貰うのがいいかなって……。
(単にロリ枠追加したかっただけの奴)
Q:ケンって妻子持ちじゃなかったっけ?
A:この作品のケンは漫画版以降の設定が固まったケンじゃなくて、ゲーム版のギャルゲー主人公(オールSランクミッションクリアキャラ)なケンなので、多分戦争終わる頃には、女性オペレーターとか、小説版でズゴックに乗ってGM三機纏めてぶっ潰す武闘派の秘書官とか無意識に口説いて、ハーレムになってます。
取り敢えず戦後になったら、メイちゃんはケンをグーで殴っていい。