宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※2024/7/1誤字修正。
 けささま、ご報告ありがとうございます!


60 男の意地

 当たり前だが、マレット・サンギーヌに幼さの残る子女(ミア・ブリンクマン)とお近づきになろうなどという、俗な下心はない。

 いや、自分の不器用さを自覚した上で、周囲と打ち解けるためのきっかけにしたかった点を鑑みれば、魚心あれば水心という奴だったのは間違いないが、色恋沙汰でないことだけは断言できた。

 だというのにだ。

 

「なあ中尉、あんたツィマットから来た天才技術少尉口説いたってマジ?」

“……貴様もか、小僧(ユーマ)

 

 トレーニングに努める傍ら、話を振ってきたクソガキ(ユーマ)の憎たらしい笑みを拳で崩してやりたくなったが、下手にムキになった日には間違いなく誤った情報が拡散されるだろう。

 

“どうして、こうなるのだ”

 

 間違っても、ミア・ブリンクマンがマレットの思惑を読み違えた挙句、言い広めた訳ではあるまい。そうした軽薄な印象はなく、相応に思慮というものを備えていると踏んだからこそ、助力を申し出たのもあるのだ。

 クソガキ(ユーマ)の胸倉を掴みたくなる衝動を抑え、見当違いだと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「俺を軽薄な男だと愚弄したいか? それとも子女のように色恋が気になるか?」

 

 皮肉たっぷりに嫌味を垂れ流せば「うっせぇ!」と逆上してくるだろうと見越しての発言だったが、予想に反してユーマはポカンと阿呆のように口を開けて固まった。

 

“え……? 否定しねぇの?”

 

 ユーマの側からしてみれば「この俺が小娘と?」という返しを想像(きたい)していたし、これまでのやり取りからして、否定する時は堂々と否定するのがマレット・サンギーヌという男だと確信していただけに、口にすべき二の句が一瞬止まる。

 

「……(わり)ぃ、忘れてくれ」

 

 そそくさとランニングマシーンを止めて去って行くユーマに気味の悪さを感じつつも、マレットは鍛錬に重きを置いてマシンを止めなかった。

 

 

     ◇

 

 

“いや待てよマジかよあの性悪(マレット)が!?”

 

 アルレット達がそれとなく広めていた時は「あんな奴が恋愛とか無理に決まってんだろ」と鼻で笑ったものだし、堂々と恋愛が成立しない方に賭けまでした訳が、現実という奴は何処までも摩訶不思議な様相を呈するものらしい。

 

「あら、ユーマ。どうしたの?」

 

 こちらの表情を察しての事だろう。ユーマに限らず、強化措置を行った軍人やニュータイプへのメンタルケアを管理している医療局局長、エイシア・フェロー少佐はその美貌に相応しい、同性さえ見惚れるような笑みでユーマに手を添えて止めたが、実際には手首に触れて脈を計っている。

 安全対策を徹底した上で施術を行う強化措置だが、それでも精神面での不調を考慮して、専門医のカウンセリングが義務付けられていた。

 エイシアの他にもメンタルケアを行う専門医はペズンに多く在籍していたが、ユーマを筆頭とした、特に情緒の乱れやすい十代の若年層については、エイシアにケアを一任されており、彼女はこのように、何気ない所作で相手を推し量る術を心得ていた。

 

「あ、いや……大丈夫だって。特に体調が悪いって訳じゃないんだ」

「でも、動悸が激しいし、視線も安定してないわ。医務室で話しましょ?」

 

 嫌だと言っても、あの手この手で連れていくのがエイシアである。強化体の膂力であれば跳ね除けることは容易いが、そうした反射的な手段に移らせず、行動を誘導できるのがエイシアの手並みだった。

 

「さ。深呼吸。落ち着いて、少しずつ口に出して行って」

「……だからさ、俺は大丈夫なんだって。……その、あれだ。サンギーヌ中尉が技術少尉を口説いてたって小耳に挟んで、からかってやるつもりだったらさ、妙にマジっぽい反応を返されて動転して……」

「あらあら」

 

 これにはおっとりと、それでいて「驚いたわ」とにこやかな表情を作ったエイシアも、内心では本当に驚いていた。

 マレットも強化措置を行った以上、カウンセリングは受けているし、担当医でこそないがエイシアもカルテは確認している。

 確かにマレットは他者とのコミュニケーションに対して、自己表現や意思疎通が不得手であることは理解していたつもりだが、まさか『そちら』の方向であるとは思いもしなかった。

 

“まあ、決めつけは出来ないけどね”

 

 年若い少女達なら色恋に目が眩むこともあろうが、エイシアのように二〇代にもなれば相応に視野も広がってくる。

 居丈高な態度が悪目立ちするマレットだが、エイシアはそんなマレットの不器用さを理解している数少ない人間だった。

 

“なりたい自分の理想。あるべき姿の自分と、現実の自分とのギャップに足掻いている男性(ひと)……良く言えば脇目も向かない努力家なのでしょうけど、サンギーヌ中尉は自分の内側で抱えるだけに収まらず、周囲を巻き込みながら足掻いてしまうから、他人はそれを疎ましく感じてしまうのよね”

 

 そうした噛み合わない現実こそ、イワン・ヨークという『特別』を間近で見、自分と比較してしまった時とは別の、マレット・サンギーヌにとっての挫折なのだろう。

 エイシアも出来る事ならマレットの力になりたいと考えたことは有ったが、イワンとヒューの両名からマレット自身から動けるまで待つよう言明されていた手前、心苦しく思いつつも、離れ見守るに留めていた訳だが、どんな形であっても他人に意識が向いていることが間違いないなら、これを活かさない手はない。

 

「それなら変に茶化すより、見守ってあげた方が良いわね」

 

 下手に突いて意固地になるようでは目も当てられない。流言飛語の類は速やかに手を打って、マレットがアクションを起こし易いようにすべきだろう。

 

「ユーマ君も、好きな女性(ひと)が出来た時にからかわれたら嫌でしょう?」

 

 色恋というものが未経験な少年に微笑めば、視線を逸らしつつも軽く頷く。

 そんな様を可愛いものだと思いながら、エイシアはそこで話を終わりにした。いや、終わりにすべきだったというべきか。

 

「……なあ、エイシア」

 

 その後に続くだろうユーマの言葉が想像できたが、敢えて待つ。

 

「あんたにも、そういう相手がいるのか?」

「ふふっ、ひ・み・つ」

 

 年頃らしい少年には刺激の強い、大人の色香を感じさせる艶っぽい笑みを作って見せた。

 

 

     ◇

 

 

『どうでしょうか、中尉殿』

「『想像していたほどではないな』」

 

 強がりではない。イワンやフィーリウスが御し切れない機体と言うからには、さぞ恐ろしいじゃじゃ馬だろうと思っていたものだし、推力も凄まじいものだったが、機体の調整が完璧なのだろう。操縦席(コクピット)にかかる負荷は、強化体専用に調整された高機動型ザクⅡのそれと大差なかった。

 

“とはいえ最大推力での機動となれば、話は変わるだろうが……”

 

 マレットがすべきは機体の不具合をチェックする事であって、アクト・ザクの限界を試すことではない。操縦士(パイロット)としての好奇心を抑えながら、当初の打ち合わせ通り旋回や急停止の際の動作(モーション)を確認するに留めておく。

 

「『成程……』」

 

 確かにこれは難題だと、いち操縦士(パイロット)としても唸らずにはいられなかった。最先端の潤滑技術(トライボロジー)と言えば聞こえはいいが、四肢の動きが安定せず、振り回されている。

 これではMS(モビルスーツ)最大の利点である、AMBAC(アンバック)システムを殺しているようなものだ。

 

「『見るべき点は見た。帰投する』」

 

 

     ◇

 

 

「潤滑油と同じ理屈ならば、コーティング剤の塗布量を調整するのはどうだ?」

「試しましたが、現時点での塗布量が動作的には最適でした」

「コーティングしたパーツの素材に問題は?」

「現状、MS(モビルスーツ)の実用に耐え得る素材については試していますが、超硬スチールもチタンセラミック複合材も、変化は有りませんでした」

「スクリプトの更新と微調整にも限界があるか……姿勢制御ノズルの出力は?」

「これ以上上げると、運動性に支障が出ますね」

 

 公国が誇る天才を集わせて尚、完成に遠い状況にマレットのような素人一人を加えて早期に解決できる問題ではないのは分かっていたが、正しく八方塞がりであった。

 

操縦士(パイロット)として言わせて貰うが、反応速度や操作性に関しては完璧だ」

 

 旋回時のバーニア噴射、急制動の際の加重の方向から操縦桿の『遊び』まで、花丸をつけても良いほどだ。

 しかし、完璧だからこそ見出すべき欠陥を見つけられない。そのジレンマこそがミアを追い込んでいることは承知で、マレットは続ける。

 

「そう思い詰めるな。引き受けた手前、俺もやれる限りを尽くす」

 

 その言葉に嘘はない。いや、マレットにとって自分の言葉を嘘にすることだけは、決してできない事だったというのが正しいだろう。

 模擬戦闘をはじめとした過去の起動実験動画を閲覧するところから始まり、様々な角度から機体制御を確認した上で、マレットは時間の許す限りアクト・ザクに搭乗したが、試運転を重ねたからと言って、それだけで答えが見えるならイワンなりフィーリウスなりが口を挟んだだろう。

 だからこそ、マレットは自分の言葉を嘘にしないために、頭を下げた。

 

「助力を、頼みたい」

「……おいおい」

 

 本気かという疑念以上に、今目の前で見る光景が現実のものか疑いたくなったのは、トーマスだけではなかっただろう。

 数少ない気心の知る相手だからこそ、トーマスはマレットの気位の高さを承知していた。たとえ上官であったとしても、おいそれと下げる頭など持ち合わせていないと心得てもいた。

 

 だが、そのトーマスが知る限りでもこれで三度目。

 はじめはトーマス・クルツ、次はジョニー・ライデン、そして今は……。

 

「……あんたが、俺に?」

 

 よりによって、常日頃から格下扱いした、あのユーマ・ライトニングにまで頭を下げたという事実。それも、忸怩たる思いを抱えながら乞うているのでなく、何処までも真摯に助力を願い出るなど、青天の霹靂としか言いようがない。

 

 それも、自分自身の為でなく、自分以外の人間の為にだ。

 

「お前にとって、無為な時間となることは承知している」

 

 この頼みが、一文の得にならないことも、相手が自分を嫌っていることも承知している。頼み方一つとっても、不器用な言い方なのはマレット自身理解していた。

 

「それでも、どうか頼む」

 

 マレットは誠実に乞う。自分の言葉を嘘にするぐらいなら、抱えたものを無責任に放り投げてしまうぐらいなら、かつて魂にかけた誓約に汚泥を塗るぐらいならば、ちっぽけなプライドなど余りに安い。

 

「……ああ! 分かったよ糞、これで断ったら俺が悪者じゃねーか! つか、そういう態度出来るならなんで今までやってこなかったんだよ!? あんたがペズン(ここ)で浮きまくってた原因、それが出来なかったからだぞマジで!!」

 

 居丈高である事や、冷笑的な点ばかりではない。

 軍という機構の中にあって、『誰かを頼る』ということをしてこなかったことこそ、マレットが他と壁を隔てる形になった最大の要因なのだ。

 

 誠意のある対応が出来るなら、初めからやれよ! という年下(ユーマ)からの熱い正論であった。ただ、言いたい放題なのは突如として人が変わったかのようなマレットの言動が気持ち悪かったというのが大きい。

 いいから、頼むからさっさといつも通りの嫌味な将校に戻ってくれという一心だったのだが、顔を上げたマレットの清々しさというか、真人間ぶりは見ていて本当に気持ちが悪かった。

 

「その通りだ……今まで、済まなかった」

 

“やめろ……! そんないい大人ぶった面でこっち見んな!!”

 

 次の日と言わず、数秒後にペズンに隕石が降り注いだとしても、ユーマは決して驚かなかっただろう。

 

 

     ◇

 

 

「……。ありゃあ、マジだな」

「ああ、マジだ」

 

 アクト・ザクの搭乗割を調整すべく、礼を述べてから足早に去っていったマレットを目で追ってから、ユーマとトーマスは互いに顔を見合わせた。

 十代の子女なら声を上げて盛り上がる場面だろうが、男からすれば気まずさだけが残る。

 恋は人を変えるなどと言うのは女の特権だと考えていたものだが、ああも心境の変化を見せつけられては、反応に困るのだ。

 ……まぁ、それはさておき。

 

「賭け……、中尉の勝ちだな」

「素直に喜べねぇよ、流石に……」

 

 だよなぁ、と他人の恋愛沙汰を賭けの対象にしていながら、負けた側である筈のユーマでさえ苦笑するしかなかった。

 トーマスにしても、男が全員安牌に賭けたのでは盛り上がりに欠けるという理由での大穴狙いだったのである。

 しかしだ。予期せぬ春の訪れについては兎も角として、仕事を請け負った以上は手を抜けない。

 搭乗割に従ってアクト・ザクの試運転を行いつつ、ジョニーを筆頭とした他操縦士(パイロット)と意見を交換。

 モニターでの確認も挙ってとなれば当然大掛かりなものとなってくるし、ペズンでのシフトも組み直す必要が出て来る。

当然そうした動きを見せれば、上官にも……より正確には、イワンとヒューにも話が上がった。

 

「サンギーヌ中尉も、ようやく紐帯精神に目覚めたか」

 

 大変結構と満面の笑みで、イワンはマレットにことアクト・ザクに限定しての自由裁量という飴まで与えた。

 所謂「よきに計らえ」という奴である。

 イワン自身の試験専用機でありながら、どれだけ弄ろうが壊そうが好きにさせると言う大盤振る舞いには、ペズンの誰もが驚きを隠せなかった。

 

「……サンギーヌ中尉って、長官と個人的なお知り合いだったりするんですか……?」

 

 キマイラに加わるでもないままペズンに加わるのは、フィーリウスという特例が居るだけに、希少と言えども分からなくはない話だが、流石にここまで格別の高配を見せられては、ミアが恐る恐るに訊ねるのも無理からぬ話だった。

 

“私的な面での、接点が無い訳ではないが……”

 

 あの怪物が、斯様な情実人事を行うのかという点については甚だ疑問だとマレット自身言わざるを得ない。たとえそれが、イワンにとって唯一無二の愛する少女が絡んでいるとしてもだ。

 

「……いや。おそらくは俺が使い物になるようにしたいのだろう」

 

 結局はミアに対して思う事を口にせず、マレットは自身の不甲斐なさを含めた、妥当な線を語るに留めた。

 

「自分で言うのもなんだが、俺は不器用な性質でな……ペズン(ここ)に来てからは、痛切にそれを実感した」

 

 時間こそ無為にかけてしまったが、一度は手放してしまったプライドだ。それを認め、喉元も過ぎればすんなりと過去の自分を客観視できる。

『特別』である事に拘るまでは良かった。忸怩たる思いを抱えるのも、己一人の事に過ぎぬ以上、特に問題などなかった。

 だが、そこに固執する余り、自ら孤立する状況を作り続けたことだけは、恥じねばならない事だった。

 

「手本など、遥か昔から見ていた筈なのにな」

 

 無意識に、深紅のピアスに指が伸びた。温もりなど欠片もない装飾品だが、今となっては本物の人肌と同じほどに心安らぐ。

 

「それ、女性もの(レディース)ですよね?」

 

 装飾過多という訳でなく、小ぶりな品であるから男が身に着けていても違和感こそないが、間近に彫金を見れば、本来は女性が身に着ける類の装飾だと分かる。

 

「母の形見だ」

 

 短く応えてから、意識してピアスから指を放す。それ以上を口にするのは男として羞恥に堪え難かったのだが、ミアにしてみれば故人のこと故に口を噤んだと捉え、詮索してしまったことに罪悪感を覚えた。

 ふと目についた為に意識せず訊ねてしまったが、口にする前に考えれば、自ずと答えに行き着くことは容易かっただろうに……。

 

「申し訳ありませんでした」

「ああ、いや。これ見よがしに触れたのは俺だ。少尉が気に病むことではない」

 

 こうしてすんなりと相手を気遣えることも、マレットが成長を実感できることだった。相手の表情を、視線を、口調の起伏を読むこと。

 円滑かつ良好なコミュニケーションという、本来社会に出る人間が当然のように備えておくべきスキル一つとっても赤点であったことには、マレットも今更ながら恥を覚えた。

 

“これが、このザマが特別足らんとしていた男の有様か”

 

 下手な無能より余程性質が悪いなと自嘲しながら、世間話もそこそこに視線を流す。

 アクト・ザクの技術的欠陥。

 イワン・ヨークという規格外の反応速度と操作に付いて行けるだけの追従性のみを求めた結果の失敗は、ようやく克服されつつある。

 

“動作が流れてしまうなら、それを制限させてしまえばいい”

 

 関節部に二重のロック機構を設け、稼動域を制限するという正答。

 分かってしまえば至極単純な回答であった半面、そもそもロボットというものは人体に酷似しつつも、人体では不可能な動きを可能にしてこそ応用力を発揮できる。

 先の一週間戦争にあっても、コロニーのハッチを開く上で、手首を高速回転させるという人体に不可能な動きを手段として用いた点からしても、敢えて人体に酷似した制限を設ける意義は薄かったし、寧ろマイナスでしかないと誰もがそこに目をつけては来なかったが……。

 

MS(モビルスーツ)というものを兵器でなく、汎用作業も可能な万能機と見做し続けてきた技術者や、我々将兵の落ち度だな”

 

 誰もがそれを、有って当然の機能だと捉え、囚われていた。

 敢えて使えるものを、手放す意味はないと考えていた。

 誰も彼もが、技術的進歩に伴う取捨選択というものを考慮せず、より多くを詰め込む事ばかりに注力し続けていた。

 兵器とは本来一つの分野を、専門性を極限まで追求し、他の余分を省いて先鋭化する物である筈なのにだ。

 

MS(モビルスーツ)の黎明期は未だ脱せず、ということらしいな」

 

 MS(モビルスーツ)というもの自体、実戦投入されてから一年にも満たない期間である以上、何事も手探りで進めていくのは当然の事だったというのに、誰もが勝利を飽食し続けるあまり、知らず完成形というものを心の何所かで定めていたのだろう。

 

「感謝する、ユーマ。ここまで形になったのはお前や皆の協力あってのものだ」

「……お、おう」

 

 素直な感謝というものは、頭を下げられてから何度も耳にしているが、やはり違和感を拭い切れずに声が詰まる。

 正直、以前の喧嘩腰になるような間柄の方が遥かに付き合い易かったのだが……。

 

“技術少尉もいるから、下手にからかえねぇ……”

 

 こう、なんというか、本当に努力家で良い子だよなぁと見て思える美少女なのだ、ミア・ブリンクマンは。

 だからこそ、そんな相手に合わせるなら、そりゃあ誠実な男にならないと釣り合いが取れないというのは、分かる。

 人生経験が然程でもないユーマにも分かるが……。

 

“何も、ここまで変わらなくても良いんじゃねぇかなぁ……”

 

 無駄なプライドさえ無ければ、こちらがマレットにとっての本来の姿なのだが、ユーマにはそれがどうにも苦手だった。

 

 

     ◇

 

 

「完璧な仕上がりだ。ブリンクマン技術少尉。そして本機の新技術完成に貢献した各員にも、同様に感謝を述べさせてくれ。貴君らの紐帯精神こそ、軍機構において最も尊ぶべきものだ」

 

 完成したアクト・ザクで飛行訓練を終えたイワンは、帰投するや否やミアに感謝と賛辞を惜しまず伝え、行く行くはこの技術を量産機にも取り入れるべく奮励して欲しいと述べたが、イワンは謝意だけで終わらなかった。

 

「時に、サンギーヌ中尉。この機体には慣れたか?」

「はい。長官。自機と変わらぬほどには、乗りこなしてご覧に入れます」

 

 胸を張り、堂々と応えるマレットだが、イワンがどのような意図で問いを投げたのか真意を測りかねていた。が、その疑念は間をおかず氷解した。

 鷹揚に頷くイワンはそのまま静かに、有無を言わさぬ口調で告げる。

 

「一三〇〇時、模擬戦闘訓練を行う。アクト・ザクには中尉が搭乗し給え」

 

 

     ◇

 

 

 試験機故、専用機としての塗装さえされないままのアクト・ザク。光に反射する全身は銀色の地金が輝き、姿を映像から見るものは、まるで流星か何かのように映った。

 従来の高機動型とは比較にならない速度と旋回性だが、何より目を引くのはその武装──試作段階のビーム兵器を携行したことだろう。

 エネルギー供給を始めとして各所に課題を抱えた武装故、正式採用には後一歩という所だが、この模擬戦闘では『理論値(カタログスペック)』を基に命中判定を下す仕様となっていた。

 

“最先端の武装と機体を与えられた上での模擬戦か……”

 

 謂わばこれは、マレット・サンギーヌに対しての最終評価試験なのだろう。

 欠点は修正した。与えられるものは全て与えた。

 その上で「何処までできるのか」を見せろ、それに応じた席を用意してやろうというイワンの魂胆は、おそらくマレットだけでなく、あの場にいた全員が察したことだろう。

 だからこそ、注目は否が応にでも集まった。果たして何処まで出来るのか。どれだけの結果を示せるのかが皆知りたかったのだ。

 

“余人の注目など、俺にはどうでも良いが……”

 

 それでも、これまでの様な惨敗だけはすまいと誓う。

 幾度となく無残に破れ、影すら踏めず鎧袖一触とばかりの差を示され続けた日々。しかし、その中でも確かな成長というものを感じる事は出来ていた。

 軽装宇宙服(パイロットスーツ)の皺がわき腹を圧迫する不快感も、緊張から来る背筋の痒さも、手の内に掻く汗も、その全てが日常の一コマの様に自分自身に溶けている。

 唯々遮二無二であった、黒星をつけ続けた過去と違い、視界は何処までもクリアだ。

 

“だが、それで俺自身が強くなった訳でも、ましてや奴が弱くなった訳でもない”

 

 最先端技術の結晶。実弾のそれと異なり、弾速と直進性から、発射後の回避は絶望的である筈のビーム兵器すら、ランダムの回避運動でなく意図して避けて来るイワン機(ザクⅠ)には「おいおい……」と思わず口から出てしまう。

 

“この、怪物め……ッ”

 

 込めるのは唾棄でなく畏敬であり、認めたくなかったが紛れもない賛辞から。ああ、それでこそだ。そうでなくば()()()()()()

 この相手なら、これぐらいは当然だ。この相手なら、どんな障害だって容易く乗り越えて見せる筈だという期待を、決して裏切らなかったから。

 それでも──たとえどれだけ優れた、特別な存在なのだと認めていても。

 

「俺が、諦める理由はない──!!」

 

 立て続けの二連射は当然回避されたし、マレットもそこは承知していたが、決して無駄弾ではない。発射間隔と射線を見切られてしまうなら、こちらも同じく逃げ道を誘導するまでのこと……!

 

“逃がしはしない……追い立てるのは貴様でなく俺なのだ!”

 

 狩るのでなく、狩られる側を楽しめと犬歯を剝き出しにして豪快にフットペダルを踏みこめば、殺人的なGが全身を軋ませにかかるが、これで良いし、これしかない。

 あの、常軌を逸した埒外を相手に本当に勝ちを拾いたいのなら、圧倒的なパワーと俊敏なレスポンスという、スペック差に()()を言わせる以外なかった。

 

 イワン機を中心に、円を描く様に回りつつ迫る。相手の弾速と旋回性能を計算に入れ、その上でザクⅠの反応限界そのものを上回る機動力で懐に飛び込むこと。

 どれだけ予測されようと、回避不可能な状況に持って行ってしまえばいいが、当たり前だがこんな手が実戦で使える訳ではない。

 イワンの乗機が戦前の旧式機で、かつ一対一という状況だからこそ可能な手段だ。

 ここまで圧倒的な性能差など現実には有り得ないし、これが複数対複数の戦闘であれば、イワン機の僚機が接近を食い止めるべく、弾幕を張って牽制した筈である。

 何処まで行こうと、実戦からは程遠い、ハンデありきの模擬戦(けっとう)だからこそ取れる手段……そんなことは他ならぬマレットが、最も理解していることだった。

 加えて。

 

“ここまでしても、まだ勝利には遠い”

 

 決して追いつけぬ機動力。圧倒的な火力。しかして、その全てを見切るからこそ、イワンはキマイラという幻獣さえ幾度となく単騎で屠り続けた怪物なのだ。

 相対距離はMS同士の交戦距離としては中距離。ここまで来れば、既にイワン機が回避運動を十全に取れない距離まで迫ったと見るべきだが、あろうことかこの距離でさえビーム兵器を見切ってきた。

 

“何処まで、嗚呼、本当に何処まで……っ”

 

 嗚呼、この怪物め。幾度生まれ変わろうと、決してこれ以上には巡り合えぬ怨敵め。

 

「そんな相手だからこそ……」

 

 独白の先を、口走ることは出来なかった。決して口にしたくないと、貝のように口を閉じてきつく奥歯を噛みしめると、続く言葉の代わりにビームを斉射したが、やはりそれも示し合わせたかのように紙一重で躱してくる。

 呆れさえ覚える理不尽。途方もないほど不条理な実力差。しかし、それが、だから何だ。

 

“俺は、勝つっ!!”

 

 状況に潰されるな。絶望を退ける勇気を持て。

 既に幾度となく敗れた。幾度となく土をつけられ、安いプライドは何度となく踏み躙られた。

 だからこそ、鮮やかな勝利など望むべくもない事は承知したからこそ、ここまで泥臭く、こすっからい手まで打って勝利を求めた。

 至近と称すべき距離まで詰めると同時、未だ残弾の残るビームライフルを投げながらも突進を止めずに相対距離を詰め続け、遂に豪快なタックルを決める。

 

「ようやく、触れたぞ……っ」

 

 そして、ここからが本番だ。ぎちぎちとぶつかったアクト・ザクの右肩が、マシンガンを手にしていたイワン機の右腕を潰す。

 イワンも格闘戦に持ち込もうとするが、マレットは勢いそのままに更にフットペダルを限界まで押し込んで、イワン機を離すまいと背面の大型推進ユニットを豪快に噴射した。

 狙いは遥か後方。宙域に漂う手ごろな岩石めがけ、イワン機諸共アクト・ザクが突っ込んだ。

 

 

     ◇

 

 

「やりやがった……、あの野郎マジでやりやがったっ……!!」

 

 バンバンと机を拳で叩きながら、観戦していたトーマスが快哉を叫ぶ。

 性能差も、条件も、全てがマレットの圧倒的優位にあったのは当然だろう。しかし、一対一だ。あのイワン・ヨークの乗機が一対一で、ああも追い込まれるなど、一体誰が想像できた。

 

「やれっ! やっちまえ中尉!!」

「魅せるじゃねえか、戻ったら吐くまで飲ませてやるからなぁ!!」

 

 他のキマイラ隊員もこれには諸手を挙げてお祭り騒ぎだ。トーマス同様机を叩く者、あらん限り声を張り上げる者、リアクションは様々だが、誰もが喝采を叫びつつ、共通の思いを抱いていた。

 

「ジョニーは想像してた?」

 

 あのマレットが、ここまでやって見せる事を。

 

「サンギーヌ中尉は長官直々の招聘だからな。これぐらいはやってくれると思ってたさ」

 

 噓ではあるまい。でなければ他の面々同様に目を見開いたであろうし、そうでなくとも緊張で声が固くなった筈だとイングリッドも察したが、楽し気にジョニーは続ける。

 

「──むしろ、面白くなるのはここからだと思うぜ?」

 




 感想欄で岩石に突っ込むのは上官への殺人未遂じゃね? って書かれそうなので前もって説明すると、岩石じゃなくてそれを模したダミー・バルーンなので、そこまで無茶苦茶はしてないです。
 ホントは決着まで掲載したかったけど、そこまで行くと2万字超えちゃってね……。
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